知られざる高級車

日本車になれなかった車特集_1

三菱クライスラー318

このコーナー初の乗用車特集。決して商用車ネタが尽きた訳ではありません。(笑)

三菱クライスラー318(三菱クライスラー・チャージャー770)及び

いすゞステーツマン・デ・ビル。

これらの車は、国際的な資本/業務提携の時代に、センチュリーやプレジデント

のようなフラッグシップ的最上級モデルを持たなかった両社が、

提携先の米メーカーとのやりとりで、右ハンドルでサイズ的にも適度である

豪州車を選択、本格的に輸入販売して各社のラインナップのトップに組込み

”国際的なフルラインナップの総合自動車メーカーへ”

という企てによって導入された車両です。

しかし、元々高価な普通乗用車は需要は限られている上、折しもオイルショックと

重なり、結局”企画倒れ”僅かな台数を輸入したのみに留まりました。
これが曲者で、自動車ガイドブックでは輸入車なので正式なカタログ欄

には収録されず、日本車検索大図鑑からも外されています。しかも輸入車ディーラー

側から見ると、国産メーカーの行為とみなされたらしく、結果的にその曖昧な立場から

現存車のみならず記録すらほとんど残らない”闇に葬り去られた車”と化しています。

今回は、これに豪州車つながりという事でマツダ・ロードペーサーAPと

もう1メーカー加えて特集としてみました。

特に三菱クライスラー318といすゞステーツマン・デ・ビルは

現存車の情報や画像等ございましたらお知らせ下さい。

’71年/18回のモーターショー展示車。豪州仕様のままらしく”クライスラーの車”の

表示のみ。リリースは’72年8/1〜で、396万円!当初はノックダウン生産

(ヘンリーJみたい?)を目論んでいたようです。

(1971年)
掲示板で、Inomamoさんが自工の社史を調べて下さいました。

転載の了解をいただいたので掲載します。

資料が発掘しきれなかったのですが、72年?ごろのモーターショウで三菱ブースに豪州クライスラー318とチャージャー770が詳しい解説もなく展示されていたようです。当時のCG誌には「時期デボネアとなる可能性が濃厚で、旧型車の後席で不便をかこっていた三菱グループの社長族も云々」と書かれていた記憶があります。ここからは想像ですが、オイルショックが来なければ初代デボネアはここで終了、二代目はロードペーサーのようになっていたのでは…?と思います。実際は、4気筒2600のエンジンを積んで生き延びる事になりましたが…。

とりあえず自工の社史を引っ張り出してきました。一部抜粋で掲載します。
5,204cc V8 230psエンジン搭載の“クライスラー318”と“クライスラーチャージャー770”を名古屋自動車製作所で整備・点検した上で傘下の販社で72年から発売したのである。(略)
またやがて1年後にはオイルショックに遭遇することとなって、販売実績では1972年129台、1973年108台、1974年3台の計240台とさしたる実績もないままに、この輸入車販売は終わった。

業務提携で北米はじめ各地でギャラン等をクライスラーブランドで販売したのと交換条件だったようですが、現在のダイムラークライスラー三菱へ繋がる道筋でもあると思います。


チャージャーと併せても僅か240台だったようです。オイルショックに翻弄されずに、

国内組立てと自社エンジン搭載で低価格化でもしていたら面白かったのですが…。

’72年/19回の2度目のモーターショー

展示シーン。63年式のタービンカーも

加え、チャージャーと計3台で展示。

”名古屋自動車製作所”で

ミラー/ウィンカー等は改善済の様子。

(1972年)

豪州クライスラー製モデルの画像を

見つけ損なったので南アフリカ製ですが

ヴァリアント・V.I.P.(SE?)です。

南アって右ハンドルだったのですね。

(1978年)

同じく南アフリカ製の低グレード版

ヴァリアント・リーガル?

丸2灯ライトです。

(1978年)

豪州クライスラー製のリーガル。

既にマイナーチェンジ後です。

野口さんの情報によると、〜75年の

クライスラーSEセダンが318のベース

との事です。

(1978年)

再び掲示板より、Inomamoさんからお借りした三菱車総合カタログと記述です。

手元の三菱車総合カタログにはインペリアル・プリムスフューリー・クライスラー318・チャージャー770がA31後期デボネアの上に掲載されております。インペリアルとフューリーは社史にも掲載されておらず、写真もドアミラーのままである点が少々疑問です。

(1973年秋?)

三菱クライスラー318のみならず、フューリーやインペリアルまで自社ラインナップに組込んでしまうとは、何とも大胆な…。

時代背景を想うと非常に興味深い記録資料と化しています。

その後、国産車(国内メーカー扱い車?)の定義が明確化されたのか?

一連のUSホンダ車/ランドローバーベースのホンダ車(名前忘れた)、

ミストラル/ブルーバード・オージー/プリメーラ5ドア/セプター/マグナ/

フェスティバ5等は、日本車?として記録に残されているようです。

この点でも、クライスラー318/チャージャーといすゞステーツマン・デ・ビルは

初のケースで扱い損ね、何ともタイミングの悪い登場だったと思えます。

日本車検索大図鑑で無視されているのは何故…?

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