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Davide Yoshi TANABE
vous presente

              ≪週刊フランスのWEB≫
                    第52号
Tokio, le 27 novembre 2000

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Indice(目次)
1.ビゼー 
2.ローマ賞
3.大学都市
4.カタコンブ
5.街で拾ったフランス語
6.あとがき

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1.Georges Bizet
  http://www.resmusica.com/compo/bizet.htm
  http://www.regardencoulisse.com/oeuvres/carmen/carmen.htm

先週のラヴェルの記事に誤まりがありました。読者の方からご指摘がありました。ラヴェルの生地はシブールCiboure又はサン・ジャン・デゥ・リュスSaintJean de Luz(大西洋ピレネー県)です。父はスイス系のエンジニア、母はバスク出身です。次のサイトにその生地の写真があります。一八七五年三月七日生まれ、その年の初夏にはパリに転居しています。また、生家と誤まった記念館は1921年からだそうです。訂正しお詫び申上げます。
http://www.saint-jean-de-luz.com/histetpat.html

 さて、フランスの作曲家シリーズの最後をビゼーとします。ほかにグノーCharles GounodとかアダムAdolphe Adam等々いるのですが、僕も良く知った名前ではないので割愛します。またショパンChopin以外にも多くの外国人がフランスで学びまたかつ評価を受けフランスで活躍したわけですが、それは別の機会にゆずりましょう。ビゼーは床屋の息子です。しかし、ただの床屋ではなかった。歌曲の先生でもありました。母親もピアノに親しみ、親類にも音楽家がたくさんいた。九才で音楽院に入っているのだから並の子供ではない。順調に天分を伸ばし、ローマ賞もベルリオースやドビュッシー同様に一等賞をとってる。しかし、短い生涯で、三七歳で終えている。生前の評判は散々(さんざん)だったとききます。
 今日に伝わる有名な曲は「アルルの女(L'Arlesienne)」とオペラ「カルメン(Carmen)」でしょう。何と僕の携帯の着信音はこの「カルメン」です。舞台で「カルメン」を何回か見ましたが、正直言って映画の方が良かった。かのロズィFrancesco Rosi監督になる映画で、カルメンを嗚呼Julia Migenes Johnson、NY生まれのギリシャとアイルランドとプエルトリコの血をひく、カラスCallas以来の歌手と言われるJuliaが演じ、ドン・ホセをPlacido Domingoが演じた映画です。Julia Migenesのカルメンは決して美人ではないけれども、「カルメン」の性格を余すところなく表現しています。そして、あの声!僕は、ドン・ホセのように嫉妬に狂うことなく、僕の「カルメン」と離別してしまいましたが、それは何時か「あとがき」にでも語ることがあるかもしれません。それはともかく、オペラ「カルメン」はメリメの小説ですし、フランス語でうたわれます。スペイン人はそれを残念がりますが、極めてスペイン的、アンダルシア的歌曲です。

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2.Grand Prix de Rome
  http://musicaetmemoria.ovh.org/prix-de-rome-1.htm
   
 先週号のラヴェルもローマ賞を射止めているのですが、ここでこのローマ賞について一言します。この賞の創設は実に1663年に遡ります。フランス・アカデミーがローマにAcademie de France a Romeを作りました。留学生会館のようなものです。そこに賞を得た若い芸術家を送りこみ古代及びルネッサンスのイタリアの勉強をさせました。芥川賞どころの騒ぎではない。作曲部門ばかりでなく、彫刻、絵画、版画、建築の部門があります。インフラを用意するところが流石フランスですね。このコンクールは1968年の五月革命まで続きました。この年、三百年以上の歴史を閉じてしまったのですが、その後も従来の選考の形ではないとしても、今日まで留学システムは文化省の下に残っています。

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3.Cite Universitaire de Paris
  http://www.cite-u.com/

 大学都市といっても、大学のある都市、例えば仙台のような都市をさすのではありません。その昔は、仙台に学生が行くと言うと、帝大(といっても帝京大学等の略ではありません、念のため)の学生になることを意味したようです。小津の映画での会話でそんなことがありました。
 パリの大学都市はパリ市の区内ですが、南のはずれにあり、裏を高速がはしっています。イタリア広場からダンフェール・ロシュロを結ぶジュルダン大通りBld Jourdanをはさんで向かいはモンソー公園です。かなり広い。要するに各国の学生寮がある場所を指します。最近の日本の大学の学生寮も立派になって、うらぶれた木造で畳の部屋という明治・大正の風はなくなったようですが、ここの寮はそれぞれになかなかたいしたものです。英国、米国、ドイツ等欧州諸国だけでなく、日本、カンボジア、キューバ等世界各国の学生寮があります。日本館は、薩摩の島津家のパリ屋敷を移築したものとは有名な話しでしょう。

 僕はこの大学都市のモナコ館にいました。モナコ館に入るまでに、経緯がありました。先ず日本館が、けんもほろろに断ってくれたので、そのことは別途あとがきにでも書きますが、いわばコネで入館しました。その懐かしい写真もサイトにでていました。小国モナコが立派な寮をもっています。二階は領事の住居になっていましたから学生は三階以上に原則二人一部屋でしたが、南国地中海の国らしく暖房がどこの寮よりもきいていて助かりました。半地下には学生の運営するバーがあって、そこのモナコ風サンドイッチSandwitch monegasque、モナコの形容詞はモネガスク、ちょっと似ているマダガスカルの形容詞はマルガッシュMalgacheですが、それはともかく、このトマトと缶詰のマグロをアリサという赤い唐辛子を塗ってパンに挟み、オリーヴ・オイルをかけるサンドイッチは美味かった。パンは勿論四角いイギリスパン(食パン)ではなくバゲットですね。
 モナコ館をご覧になりたい方は、多少面倒ですが、
1.http://www.cite-u.com/echangeur.htm
2.左のマスからle campusを選択。le cumpusの中が分かれているのでles maisonsを撰ぶ。
3.ページがジャンプする。そこでligne2 "maison" non^ratachees外国館を選択
4.再びジャンプ。外国館の中からfondation de Monacoをクリック
5.更にジャンプ。visite guide de la fondationを撰ぶ。手順4で日本館の住所はありますが、サイトはありません。Helleniqueとあるのはギリシャ館、Suisseはスイスですが、ちなみにスイス館はあのコルビュジェLeCorbusierの建築です。

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4.Catacombe
  http://home.worldnet.fr/~drac/kta.htm

 カタコンブというとローマにあるカタコンベ、クリスチャンの地下の墓が有名ですが、上記大学都市の近くにもカタコンブがあります。しかし、パリのカタコンブには更に別の意味、即ち広大な地下壕の世界があります。サイトでは、様々な経緯で残った地下網を知ることが出来ます。地下鉄百年記念でご紹介したパリのメトロ、映画でも良く登場する地下の協同溝とは別に存在する膨大な地下の施設です。ロビン・ウィリアムス主演の感動的映画「Dead Poet society(フランス語タイトルCercle d'un poete disparu)」で高校生が集まる洞窟のような雰囲気なのか、こうした地下を利用してまるでキャンプをはる若者達もあるようです。しばし、不思議な常夜の闇の世界を散歩してみてください。

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5.街で拾ったフランス語

 しばらく日本語になったフランス語を検証してみましょう。アンツーカー。これは「en tout cas」(アン・トゥ・カ)から来ています。日本語の意味はご存知テニスの赤茶けたコートです。最近はセメントの方が多いのでしょうか。en tout casは、「どんなことが起ころうとも、いずれにせよ」というのが、本来の意味で、日常非常に良く使う言葉です。水はけがよくて何時でもテニスが出来るコートということなのでしょう。フランス人でこのテニス・コートや陸上競技のコースの意味を知っている人は先ずいないのではと思われます。
 ランデヴー。「Rendez-vous」。「あいびき」なんて洒落た翻訳もあります。なかなかいいですね。でも、残念ながら、逢瀬(おうせ)のことですが、普段使われる意味は「会合の約束」と言うことだけで、Rendez-vous amoureuxとでもしないと恋人同士のランデヴーの意味はフランス語ではでてきません。se rendreなる再帰動詞の命令形からきた名詞です。
 アンティーク。「Antique」。日本での意味は骨董品、古美術品だけですが、それはアンティキテAntiquite'といった方が好いでしょう。また骨董・古美術商はアンティケールAntiquaire。確かに古い、それもかなり古いというのがAntiqueの本来の意味です。とくにギリシャ・ローマ時代のものを指すようですから、なまじっか古いだけではAntiqueの部類に入らないようです。

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6.あとがき
 (前回からの続き)
 パスポートは紛失したケースもスリに合った場合もあり、既に四五回なくしている。なくしてから数日後に拾われたことも度々。「親切な」泥棒なら、役にも立たないパスポートをゴミ箱に放り投げないで、道端や車の下に捨ててくれるのだ。確かに余り自慢になることではないが、旅券が無くなっても慌てなくなってしまった。そのたびに日本領事館や大使館に行かなければならないが、大抵の場合、大使館の応対は横柄。ま、当たり前でしょうが、怒られてしまう。それもぐちぐちという。「じゃ、いりませんよ。パスポートなんか」と答えると在外館員の方が呆れて「そうはいかんでしょう。気をつけてくださいよ」と本省に問い合わせてから発行してくれる。犯罪者のように扱われるいわれはないと思っていたから、こちらが居直ってしまう。外務省のブラック・リストには僕の名前があるようだ。スイスのパスポートは失ったら出てこない。商品価値を泥棒がしっているからだが、日本のものも中東やアジアでは売れるようだ。慣れたつもりのカルティエ、例えばアルジェのカスバの露天を覗いているときなどに、巧妙に掏(す)られるとどうしようもない。なくしたくて無くしたのではないと弁明する。ともかくそれはしかし屁理屈だ。ごめんなさいね。最近は気をつけております。
 旅先でなくしたときは、警察の紛失証明で大部分の国では出国させてくれる。スイスから隣国に出入りするとき、パスポートの提示を求められることは殆どない。ましてや欧州で、スイスは共同体のメンバーではないけれども、国境の概念がなくなってきている。イタリアからフランスに入った時、旅券不所持で追い返されたことが一度ある。そのときは、高速を出てヴェンティミラの別の海岸線の国境からフランスに入ってしまった。ホテルの宿泊カードには旅券番号を書く欄があるけれども、うろ覚えの番号でかまわない。
 車を盗られた事もある。(続く)。

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