★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

Davide Yoshi TANABE
vous presente

              ≪週刊フランスのWEB≫
                    第62号
Tokio, le 19 fevrier 2001

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

Indice(目次)
1.水
2.フィギュア・スケート
3.レユニオン 海外県
4.馬鈴薯
5.日本語になったフランス語
6.あとがき

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
              
1.Volvic, l'eau minerale naturelle des volcans d'Auvergne
  http://www.danoneconseils.com/marques/volvic.html

 日本百名水などというが、怪しいものである。だれでもが、そこらの見た目に綺麗そうな清水を採取すればミネラル・ウォーターになるわけではない。しかし、僕が日本で飲んでいる「六甲のおいしい水」の成分分析表は「ハウス食品」が勝手に分析した結果にすぎない。そこになんら行政のコントロールがあるとは表面上考えにくい。神戸にいたとき、何の疑いもなく、水道水を飲んでいた。そこは宮水と同じ水源からきているということで、日本でも最もおいしい水として僕も飲んでいた。パリにも同様な地区があって、先々週お話をしたゼニアがいた通りなどは、ミネラル・ウォーターを飲む必要がない美味しい水が水道から迸(ほとばし)ると定評があって、水道の系統によっては良質の水が得られた。今はどうか知らない。「六甲のおいしい水」にはだから僕の幻想があるかもしれない。しかし、ミネラル・ウォーターは全てのメーカーに共通する基準で分析表を各ボトルに示さなければならない。僕がヨーロッパで愛飲していた水は、プレーンではヴォルヴィック、ヴィッテルである。エヴィアンは、汚いと思うレマン湖の傍でとれるので避けていた。
http://www.adminet.com/jo/dec57-404.html

====================================
2.Patinage artisitique
  http://www.multimania.com/csg81100/
  http://www.ffsg.org/

 久しぶりにフィギュア・スケートのTVをみた。NHK杯。ペアではイタリアが優勝した。スイス、フランスのTVではよく放映されていた。それは必ずしも北国だからではないだろう。非常に芸術性の高いスポーツである。十年ちょっと前、日本の伊藤ミドリ選手が世界ではじめてトリプルTriple Axelを演じたそうである。その彼女に憧れたのが、日本でも評判の悪いフランスの海外県レユニオン出身のシュラヤ・ボナリSuraya Bonaly選手で、九四年のNHK杯千葉大会のとき、優勝を失し、採点の不当を態度で表した。確かに彼女はそれ以前にも、いわば、人種偏見のために不利な立場に置かれてきた。アメリカ、ロシアが圧倒的に強いこの競技で、フランス人とはいえ黒い肌、氷とは縁のない常夏の国レユニオン出身の彼女は、聊かエキセントリックな言動とともに孤軍奮闘していた。幼いときに養子に出され、スケート一筋に歩んできた。だから、東洋の伊藤の活躍が目標ともなったのだろう。しかし、今やアメリカ選手も中国系など人種は多様になってきた。フランスのテニスではヤニク・ノアがアフリカ出身だ。Suraya選手は現在アメリカでプロだというから、ホリデー・オン・アイスあたりで活躍しているのだろう。

 サイトはカストレという町のスケート・クラブとスケート協会のものである。

====================================
3.Reunion
  http://www.runweb.com/
  http://www.outre-mer.gouv.fr/domtom/reunion/index.htm

 Suraya選手にちなんで、レユニオンを訪れてみた。首都はサンドニ市。意外と人口の多い島でインド洋とはいえマダガスカルに近い。独立国ではない。フランスの海外県DOMである。県であるから、フランスの一部と見なされる。従ってUE(欧州連合)の一部で来年からはユーロが通貨となる。海外領土TOMとは区別される。カリブ海のマルティニークなどとおなじである。このDOM−TOMという体制は大きな問題を常に含んでいるように思える。僕は独立した方がいいように考えるが、混乱しているアフリカを横にするといくら大陸のフランス(メトロポール、本土という)からみてコストがかかろうと、ただ遠いという理由だけで独立させてしまうのは酷な気もする。セイシェルの悪い例もある。フランスは地方自治の遅れた国である。地方自治が育つまで、それはおそらくあと百年もかかるかもしれない、現在のレユニオンはそれまでフランス国内と同様の権利を享受した方よいという住民の賢明な選択なのかもしれない。

 サイトはまさに椰子と白い砂浜の南国の島レユニオンを楽しませてくれる。こんなところでは、本来Suraya選手のような強烈なファイトは出てこない。

====================================
4.Pomme de terr
  http://www.cnipt.com/default.htm

 馬鈴薯などという言葉も古いかもしれない。ジャガイモというのが「ダサイ」ならポテトである。あいつはイモだなんて日本語でもいうが、フランス語でもパタートゥpatateということがある。しかし、別に田舎者と言う訳ではない。単に「馬鹿な奴、愚かな奴」ということである。しかし、別の表現でPomme de terre「地の林檎(リンゴ)」と呼ぶ。この方が一般的でポテトに相応(ふさわ)しい。元は南米はペルーの原産で、タバコ、七面鳥、トマト同様コンキスタドールという美名のもとに行われたヨーロッパによる南米文化破壊の際に齎されたものである。現代イタリア料理などは、コロンブスやガマなどがいなければ、存在しえないたかだか五百年の歴史しかない代物である。ニョッキはポテトが主原料。
 
 このサイトはポテト生産者組合のもの。ドイツがやはりポテト生産ではヨーロッパNo.1である。土地の所為であろう。確かに大航海時代にフランスにもポテトが入ってきたが、本格的に生産され始めたのは十八世紀に入ってから、ドイツからパルマンティエなる人物を介してのことだそうで、フレンチ・ポテトもそれまではなかったことになる。僕はこのポテト・フライが大好きである。ヴィタミンCが豊富なそして熱でヴィタミンが破壊されない唯一の食材なのだ。アメリカではフレンチというと、ポテト・フライ、スイスというとチーズのことをいうのに感無量だった。フランスの国民料理は、つまい家庭でよくする料理は薄い焼肉にポテト・フライを添えたもの、ステック・フリットに尽きる。そうそうフランス人が毎日ゴージャスなものを食している筈がない。

====================================
5.街で拾ったフランス語

・ コキーユ coquille。料理の名として日本語になっている。コキーユ本来の意味は、貝殻、(卵などの)殻をいう。とくにイメージは巻貝のようであるが、コキーユ・サン・ジャックというと帆立貝。とくにその貝柱。何故聖ジャックなのかというとスペインのサン・ジャック・デ・コンポステラへの巡礼者の衣装がその貝の形に似ていたからという。

・ コキュ cocu。「妻を寝取られた男」と辞書にある。けれども、女性がコキュであるElle est cocueという表現もあるから、この訳は必ずしも正しくない。単に意味なく相手を罵倒する言葉として使われることの方が多いだろう。語源は面白い。雌鳥が自分の巣ではない他の鳥の巣に卵を産むことからきているのだそうだ。

・コクリコ coquelicot。ヒナゲシ、虞美人草。スペイン語はマリポサ。きれいですね。モネの絵に「コクリコ」の題のものがある。もとはといえば、鶏の鳴き声からきているらしい。よくフランス人はサッカーの試合などで勝利を収めたときに、「コクリコ!」と叫ぶが、これも同じ語源。ただしcocorico乃至coquericoと書いている。フランスのスポーツ・ウェアーに鶏のマークのものがある。風見鶏をふくめてフランス人は鶏が好きだが、鶏はフランスだけの象徴ではない。ポルトガルも鶏がシンボル・マーク。

====================================
6.あとがき

 コンラッド君とフレデリック君のことを書くのはかなりつらい。フレデリックはジュネーヴ。隣人であった。体重百キロを優に超えるような母親と妹、弟との四人家族。妹だけが優秀で、彼女は弁護士資格をスイスでとった。精神的に安定していたのも妹だけ。ドイツ系スイス人とスペインのハーフたちである。父親は資産を残して他界し、誰も定職についていなかった。僕はフレデリックや弟のアルベルトとときおりディスコにいった。フレデリックもその母親も精神科の病院の入退院を繰り返していた。いわゆる躁鬱病。北杜夫等この病気を売り物にしている作家がいるが、あれはたいしたことはない。本物は入院を要する。しかも回復する薬も処方もない。母親は躁のとき、誰も運転できないのにベンツを買い、運転手の青年までつけた。僕たちもよく家に招待してくれた。息子たちは母親のことを心配し、母親は甲斐性のない息子たちを案じていた。そしてある初夏の週末、僕たちが地中海に遊びに言っている間に、フレデリックが自宅のベランダから身を投げた。全身打撲。カルメンは病院に彼を見舞ったが、数日後凄惨な死を遂げた。母親はそれから数ヵ月後マラガで他界した。心臓発作ということだが、いつも精神安定の強い薬が脇にあったから、真相はわからない。

 コンラッドはゲイであった。ルガノでの隣人である。実の母親は存命だったが、母親の愛情を受けたことがないらしかった。彼も定職をもたなかった。フレデリックのように躁鬱病で入院したこともある。中年の妻帯者の恋人がいた。浮気ものではない彼は、彼だけがたよりだった。コンラッドとの関係がオジサンの奥さんにバレて、別れなければならなくなった。そいてある日、睡眠薬を多量に飲んで自殺してしまった。
 カルメンはこの二人の青年の面倒をよく見ていた。僕たちの家にも良く呼んで食事もした。病気については彼女も自分の経験からよくわかるのだろう。僕は黙ってみていた。ぼくは積極的に手を出さなかった。「好い奴」だけど「影が薄いな」とおもっていた。
 彼らに共通しているのは、優しい青年たちだが、「希望」がないことである。世界で最も豊かな国スイスでの話である。熾烈な競争社会日本とはちがう。差別の国、嫉妬の国に生まれたのではない。世の中に、社会に反発するなんてとんでもない。しかし、その世の中に、その社会に適応できなかったのだ。

 「そんな奴らは死なせておけばいいじゃないか」。そうだろうか。ぼくには、いまでも疑問である。真相は僕が考えているところとは全く違ったところにあるのかもしれない。しかし、ひとついえることは、彼らの声は、ケチオ君やゼニアさんまた同じく鬼籍にある父のようには、黄泉(よみ)の国から声が聞こえてこないのである。

 来週は存命の人、フレディーのことを書こう。彼はユダヤ商人である。(続く)。

 さて、僕の環境が来週あたりから変わりそうである。東京の近くだが、引越しもしなければならないだろう。経済には好転するが、時間はなくなる。せめて、このMMだけは続けたいとねがっているが、果たして。暫し休刊しても、ご心配なく。

precedente accueil suivante
retour a la table