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Davide Yoshi TANABE
vous presente

              ≪週刊フランスのWEB≫
                    第78号
Tokio, le 11 juin 2001

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Indice(目次)
1.コート・ダジュール エーズ村
2.ペール・ラシェーズ 
3.フェリックス・ナダール 19世紀の証人
4.フレデリック・フランソワ 「恋は去り 恋は来たり」
5.日本語になったフランス語
6.あとがき

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1.Eze, un village du Cote d'Azur
  http://www.eze-riviera.com/

 「エーゲ海の天使」というイタリア映画があった。先の大戦中にドイツ軍にかわってギリシャの島を占領したイタリア兵たちの、戦争のさなかにありながら、真空地帯のような、そこだけが表面的には平和であった物語である。原題は「Mediterraneo(地中海)」であった。それが日本語で改題されてしまった。ギリシャだからエーゲ海Mer Ege(メール・エジェ)の方がとおりがいいから変えてしまったのだろうか。しかし、これは間違いである。エーゲはギリシャとトルコの間の海である。地中海にもギリシャはあるし、島々もある。

 読者の方からエーズについてメイルをいただいた。そこは名前だけ通りがかりによく目にした村だが、泊まったことはついぞなかったコート・ダズュールはニースとモナコにはさまれた山がちの村である。読者の方がおっしゃるように、Nietzscheが1885年、ツァラトストラZarathoustraを書いた土地とサイトの歴史のページにも記されていた。

 哲学者ニーチェにフロイト的解釈を試みることは面白いことかもしれない。けれども、どうも地中海に、ギリシャ文明に憧れたにしても、太陽的明るさよりも、悲劇的・ディオニッソス的側面を強調したのはやはり極めてドイツ的であり、ローマ・エルサレムの基本的には太陽の宗教をまさにドイツ的に改革したルーテルと同じ軌跡なのではないかとおもうのである。僕にはツァラトストラがほとんど全く分からなかった。ドイツ語からの翻訳の問題もある。だが、それ以上にタンペラマンの問題であろう。

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2.Cimetiere de Pere Lachaise
  http://gargl.net/lachaise/

 パリには有名な墓地が三つある。最も知られているのはモンパルナッスの墓地であろう。ペール・ラシェーズは19世紀に主として整備された墓地である。サイトで面白いことを発見した。ここには、幾多の世界的に有名な故人が眠っているが、墓地の整備を始めたころ、1817年、モリエールおよびラ・フォンテーヌをよそから移籍(移築)したというのである。そのお陰か文学方面ではアポリネール、バルザック、ドデー、プルースト、ワイルド、ネルヴァル等の墓が建てられている。更に、美術、音楽など芸術関係で、ベリーニ、サラ・ベルナール、モジリアニ、ピアフ、ビゼー、ショパンといった顔ぶれなのである。

 僕は自分に関しては、墓を作って欲しくないし、墓地などというところに埋葬してほしくない。荼毘後、できれば、ナポリ沖と神戸沖に撒いて欲しいと思うが、経済的また法的事情でかなわなければ、ゴミとして始末してしまってかまわない。仏壇なんてとんでもない。故人をおもいだすのに墓なんて要らない。

 だから墓参りは年に一回長慶寺に行くだけである。それも親睦のためであって墓参の意味はない。ヨーロッパの墓地は、その形も様々で面白い。彫刻も多く、写真もある。生への執着か。ルガノの隣人ファビアおばさんは、チュニジア生まれのイタリア人であった。彼女の亡き夫の墓はスイスからほど遠くないヴァレーゼの墓地にある。毎月墓参りを欠かさない。交通の便が悪いので、都合のつくときはよく彼女を墓地まで車で送った。灯明は蝋燭の形をした電気のランプであった。ランプがいつもともっているようにいくらか払っているのだという。具合が悪くランプの灯が消えていると管理事務所に文句を言いに行っていた。彼女はいまどうしているだろうか。

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3.Felix Nadar
  http://histoiredesarts.multimania.com/nadar.html

 ナダール賞という写真家を対象とした賞がある。1955年フェリックス・ナダールことトゥルナションFelix Tournachonの功績を称え、かつ後進の写真家の為に創設された。ナダールは18世紀を代表する写真家でヴィクトール・ユーゴやジョルジュ・サンド等の有名人を撮影するとともに、世界ではじめて気球を利用して空中写真をとった。さらに夜間の撮影に電気のライトを使うなど写真の歴史を発達させた仁である。

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4.Frederic Francois
L'amour s'en va, l'amour revient

 そういえばベルギーにはまだ活躍している万年青年のフレデリック・フランソワがいた。名前はまったくフランス的だけれども、マスクは甘いイタリア人である。フラマンのブレルとは違う。好青年で、よきパパ。破滅的なところが全然ない。まさに善良なる市民の代表のようなフレデリックである。父の代にベルギーに出稼ぎに来て、彼がうまれている。父の出身地ナポリをこよなく愛する。ナポリ民謡は父親から教わった。

La vie tourne a l'envers, a l'endroit
Nous mene un train d'enfer, quelquefois
Qu'est-ce que ca peut nous faire
Puisqu'a l'amour nous on y croit
Certains jours sont trop durs, tu m'rassures
Et quand ton coeur soupire, j'te fais rire
On est l'un pour l'autre
Comme un soleil qui n's'eteint pas

人生は時として 全速力で駈ける 裏目か順風か / それがどうしたというのだ / 恋を信じるから 時として苦しいとき 君が僕を慰め 君の心がため息をつくとき 僕が君を笑わせる 僕らはお互いのために 太陽が消えてなくならないように

a l'enversとa l'endroitは対になって、表裏の関係。train d'enfer:文字通りなら「地獄の速度」だが成句で「高速で、大急ぎで」。

L'amour s'en va, l'amour revient
Mais nous, on s'aime
L'amour est fou un peu comme nous
Il pleure, il rit
L'amour s'en va, l'amour revient
Pas de probleme
L'amour c'est toi, l'amour c'est moi
Il nous unit

恋は去り、恋は去り 恋は来たり でも僕らは愛しあう / 恋は僕たちのようにちょっとクレイジー / 泣いて 笑って / 恋は去り 恋は来たり 問題ない 恋それは君 恋それは僕 恋が僕らを結ぶ 

Les couples se quittent, trop vite
Sans mieux se connaitre, peut-etre
Tout le monde hesite
Moi dans mon coeur, je n'ai que toi
Aujourd'hui je t'aime, plus qu'hier
Et bien moins que demain, tu sais bien
C'est ecrit dans nos mains
En lettres d'or et de lumiere

カップルが別れる お互いを知りもしないで早や過ぎないか 多分 みんなが不確か 僕の心に君しかいない 今日君が好きだ 昨日よりも でも明日になればもっと君が好きだ 分かっているね それは金と光の文字で 僕らの手に書いてある


L'amour s'en va, l'amour revient
Il nous ressemble
L'amour est fou, il change tout
Meme une vie
Un jour de pluie, il fait soleil
De vivre ensemble
L'amour c'est toi, l'amour c'est moi
Il nous unit

恋は去り 恋はきたり 僕らににて 恋はちょっとクレイジー 恋は全てを変えてしまう 人生さえも / 雨の日もあれば 晴れた日もある 二人で生きる 愛は君 愛は僕 恋は僕らを結ぶ

L'amour s'en va, l'amour revient
Mais nous on s'aime
L'amour est fou, il est comme nous
Il pleure, il rit
L'amour s'en va, l'amour revient
Pas de probleme
L'amour c'est toi, l'amour c'est moi
Il nous unit

恋は去り 恋は来たり でも僕らは愛しあう 恋はちょっとクレイジー僕らのように 恋は泣き 恋は笑う 恋は去り 恋は来たり 問題ない 愛は君 愛は僕 恋は二人を結ぶ

 相当「甘い唄」ですね。単純なんです。だからフレデリック・フランソワが歌うと底抜けに明るくて、場合によっては底が抜けてしまうのかもしれない。けれども、良く聴くと、単純に愛の賛歌ではなくて「恋は去り 恋はきたり」と恋も「時」に支配され、失恋することもあるんだという現実がちゃんと組み込まれている。

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5.日本語になったフランス語

・トリコット Tricot。何か古いけれども「縦メリヤス」。この織り方は今もある。ま、トリコットなのだが、フランス語では勿論最後の「t」は発音しないから、トリコであるが、動詞でtricoterがあるから「t」が日本語に残ったのかもしれない。あるいは単に英語読みか。

・トロンプ・ルイユ Trompe-l'oeil。騙し絵。時折街中でみかけるのではないか。tromperが「騙す、間違えさす」ということで、oeilは「目」。

・トワル Toile。辞書では綿、麻などの張りのある布地、芯地となっているが、それだけなのだろうか。フランス語でオリジナルの意味は同じとしても、テントのこと、またシーツ、さらには画布もトワルといっているのだが。

・ナルシス Narcisse。ナルキッスというのはnarkissosでギリシャ語からだろう。ラテン語はnarcissusだから。当然ながら「水仙」のこと。従って「自惚れや」だということは神話のとおり。一月の地中海沿岸、見渡す限り野生の水仙の原が見えた、あの家は遥かな思い出の中に、「天国と地獄」の家のように建っている。アルジェ郊外の海の見える家だった。僕のネクタイを首輪にしたタロー(この始末は以前書いたが、運命の悪戯で、兄弟は日本に、彼は近所の石をぶつける意地悪い悪餓鬼を噛んでしまい、処刑されてしまった犬)をつれてカルメンが元気に駈けていた。

 ナルシスは香りが強いが、好きな花である。

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6.あとがき

 ハイメ・デ・アルミニャン監督の「エル・ニード(巣)」という映画をヴィデオで見た。1980年オスカーにノーミネイトされたが賞はとれなかった。その前年スペインはサラマンカの郊外の村を舞台として作成された映画である。サラマンカはカルメンの生地サモーラにも近く、甥が通っている大学がある町でもある。ここの大学は、イタリアでいえばボローニャほどにも歴史のあるところで、今のスペインの王家(ブルボン王朝)の大学でもある。正統スペイン語カスティヤーノの中心地である。スペイン語を習うと称して、多くの日本の方が、果敢にスペイン各地に留学されているようだが、バルセロナ、セビーヤなどカスティヤーノ以外の土地に留学しても、スペイン語をならうという目的ならば、殆ど意味がないのである。アクセントが違うどころの話ではない。アンダルーシアでは語尾を全部食べてしまうし、カタルーニャは外国語である。もっとも現在のスペイン王カルロスのスペイン語はかなりあやしい。僕は亡命先であったイタリア語のほうが得意なのではなかろうかと思う。独裁者フランコの死後、王政復古となったわけであるが、なぜ共和制をとれなかったのか、スペインの事情は複雑である。おそらく、現在緩やかな王制を敷いているために内乱がないのであろう。フランスのような中央集権、パリ中心の国とスペインはまるで違う。欧州連合が進めば、スペインは平和裏に解体する。既にバルセロナ、ビルバオなどが、独自にブラッセルと条約を結んでいる。

 それはともかく「エル・ニード」は面白かった。音楽指揮者をリタイアしてサラマンカ郊外に住む初老の男Alejandroと、妖精のような13歳の少女Goyitaの恋物語である。アルモドーバルの映画ではないから、プラトニック・ラブである。時代は映画作成時点としても、間違いがなかろう。村人のモラルは、しかしまだまだフランコ時代のものである。閉鎖的で相当になおカトリック。だからGoyitaのような少女が出てきたのは驚異である。

 日本でこうした物語がどう受け止められるのかはしらない。少女の年齢から、児童福祉法とか少年法とやらがからんできて面倒な問題になるかもしれない。物語の中で、残酷なのは少女のほうであって、老いた指揮者ではない。この残酷さは、少年や青年の特質である。あるいは天使の残酷さなのである。悪魔の誘いは拒否できる。勇気の問題である。しかし天使の誘惑は命令である。ゴジータは小悪魔、いわゆるロリータではなかった。エンジェルだったから、アレハンドロは破滅した。しかし、その破滅が不幸であったとはいえないのである。

 エル・シードのサイトは
http://www.todocine.com/mov/00201480.htm
 スペイン映画の検索には次が便利
http://www.todocine.com/busqueda.htm

 凶悪犯罪の前に死刑廃止など問題にならない世相である。フランスは死刑廃止をした。しかし、ついこの間まで死刑があったし、ギロチンは戦後暫くまだ公衆の面前で執行されていたといわれる。日本は絞首刑である。アメリカは電気椅子。それがだんだんと公開され、ネットでも様子が公開されるようになった。現在この刑が進行中の監獄はフランス名をもっている。インディアナ州のTerreHaute。死刑を執行されるのはテロリストTimothy McVeigh。日本時間で今朝5時頃執行予定である。

http://crime.com/deathrow/pop-up/death_chamber.html
僕は死刑を廃止すべきと思っている。裁くものの誤謬をおそれることもあるが、それよりもなによりも国家権力によって生命を左右されるのは我慢がならない。生命が地球よりも重いというのは幻想である。国家に奪われる命ならば、まだしも自死を選んだ方がましである。このことは靖国の英霊などと愚かしいことをいう権力者は絶対信用しないということである。世論調査で100%の支持があろうと、僕は組みしない。英霊ではなく犠牲者なのである。

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