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Davide Yoshi TANABE
vous presente

              ≪週刊フランスのWEB≫
                    第80号
Tokio, le 25 juin 2001

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Indice(目次)
1.ボイコット リスト
2.穴居 中世の遺跡
3.エレーヌ・セガラ
4.ミレイユ・マティウ 「訛りが抜けない」
5.日本語になったフランス語
6.あとがき

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1.boycottage
  http://vegelist.online.fr/boycott.htm

 動物実験、フランス語はVivisectionヴィヴィセクシィオン、ゼクシィオンと濁らないのは発音例外、sectionとは「切ること」、viviは想像できるように「生きていること」、従って生体実験ということになる。この主題に関してはかなり以前になるが、本メイル・マガジンで話題とした。英語でもvivisectionという語はある。

 今回ご紹介するのは、動物実験をしていると目される化粧品、化学、製薬会社のリストである。このリストの作者は、リスト・アップされた会社の製品を買わないように、つまりボイコットするようにリコメンドしている。ご丁寧に動物実験をしていない会社の製品を代替製品として例示までしたいる。動物実験をしていないと宣言しても、たとえばフランスの比較的安い化粧品メーカーでナチュラルを売り物にしているイヴ・ロシェを槍玉にあげて、子会社を通して動物実験をしているとして、欺瞞を鋭く突いている。

 動物実験をしていないと日本で製薬会社がいえば、先ずは厚生省が当該薬品の製造販売を許可しないだろうが、薬の消費者である大多数の国民も薬の安全性について保障がないと考えるであろう。結論をいうと動物実験は必ずしも必要がないのが、現状である。それは核実験をする必要が科学的にもないのと同様で、現代は十分なシミュレーションを科学的・化学的にまた論理的に出来るのである。少なくとも、僕はもう十年も前にスイスでそう教わった。

 カラス撲殺、犬猫の抹殺をしながら(または放置しながら)、ガラパゴス諸島まで自然環境視察にいった御仁(石原都知事)は、そこで哲学的発見があったそうであるが、イグアナに「怠け者だ」というような感想は低劣にすぎる。動物に対してヒトをより優れた存在、ヒトは動物を支配すべきものであるという考えであって、アニマルとヒトとが共存していこうという21世紀にはあわない。

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2.Village Troglodyte, Rochemenier
  http://perso.club-internet.fr/troglody/ 

 穴居の遺跡がフランスにある。スペインのアルタミラに比する遺跡もあるフランスだが、穴居が意外とパリに近いロワール川沿いの村ロシュムニエRochemenierにある。穴居というと石器時代などを思い浮かべる方がおおいだろう。また比較的近代でも横穴を掘って住んでいた例は中国、アフガニスタン、スペインのアンダルシアなどにあり、僕はチュニジアの砂漠(オアシス)やアンダルシアで今日も尚地中に住んでいる人々を見学したことがある。

 フランスのロワール川のこの村は石器時代ではない。13世紀くらいからそれでも存在したことが知られている。横穴ではなく、平地に穴を掘ったのである。地上から見えるのであるから、鍾乳洞などとも違う。百聞は一見にしかず。当サイトの写真を見ていただきたい。シャペルあり、住居あり、庭あり。
 
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3.Helene Segara
  http://www.helenesegara.fr.fm/

 フランス人としてはちょっと変わった名前の女性です。それはそのはず、フランスの歌手ですが、父はイタリア人、母はアルメニア、生まれはニースのある県。1996年にあの情熱のイタリア歌手アンドレア・ボチェルリとデュエットでVivo per lei(I live for your)を歌っているのでご存知の方も。このサイトは先ごろコンクールで二位に入選したもの。なかなかこっているが、あまり重くないのでいいサイトだと思う。

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4.Mireille Mathieu
J'ai garde l'accent 

Paroles: G. Bonheur, J. Bernard 1967
Disque Barclay

 いつまでもオカッパ頭のミレイユ・マティウである。ピアフの再来と言われ、本人もそれを意識して歌ってきただろうとおもう。正統派のシャンソン歌手だが、フランス国内よりも、アメリカや日本など海外でもてるようだ。熱唱型の歌手でいかにも真面目である。それが現在のフランスの若者たちにはもてない理由かもしれない。

Oui, j'ai garde l'accent qu'on attrape en naissant du cote de Marseille
C'est l'ail du potager, l'huile de l'olivier, le raisin de la treille
C'est le micocoulier ou jouent les ecoliers,
Qu'une cigale egaye.

そう、マルセイユ地方の生まれついての訛り(アクセント)、それは畑のニンニク、オリーブの油、棚のブドウ / それは子供たちが遊ぶ榎(えのき) 賑やかな蝉の声する榎 そんな私の訛り

potagerは普通、菜園と訳される、ウチの庭の畑、裏の畑ほどの意味である。treilleはブドウを作るときの棚、ブドウは日本のようにフランスでも棚に蔓を這わせて作ることもあるし、棚を作らない方式もある。micocoulierミコクリエが榎に相当するかは難しい。南仏プロヴァンス地方の木で、高さは25メートルにもなり、道具の柄や竿に使われると説明されている。ただ、語源は現代ギリシャ語らしい。

Quand la mer de Pagnol en retenant ses vagues
S'endort en revassant
Et reve d'un marin qui lui passe la bague
La mer a notre accent !

波をとどめてパニョルの海がぼんやりと眠り 指輪を彼に渡す水兵を夢みる 海にも私たちの訛りがある

Pagnolはマルセル・パニョルで南仏の作家、仏アカデミー会員、la gloire demon pereは映画にもなった、映画監督もしている人物。作品はフランス的退屈を僕には代表しているように見える。「パニョルの海」がどこか良く分からない。

Quand le vent de Mistral decoiffe les marchandes
Jouant au Tout Puissant
Et qu'il nous fait le ciel plus bleu que la lavande
Le vent a notre accent !

ミストラルの風が女将さんの髪を乱すとき ラベンダーよりも青い空をくれた神を演じて 風にも私たちの訛りがある

Oui, j'ai garde l'accent qu'on attrape en naissant du cote de Marseille
C'est le mas paternel, aux murs couleur de miel, aux tomates vermeilles
C'est la tuile du toit, comme un peu de patois que le soir ensoleille

そう、マルセイユ地方の生まれついての訛り それは父の田舎 蜂蜜色した壁 真っ赤なトマト / それは屋根瓦 夕日がさす方言のような そんな私の訛り
 

Quand la nuit de Daudet aux moulins met des voiles
Qui tournent en crissant
Et que ca grouille au ciel des millions d'etoiles,
La mer a notre accent !

ドデの夜がきしみ回る風車にヴェールをつけるとき 幾百万の星で空をいっぱいにする 海にも私たちの訛りがある

la nuitと初めておきながらla merとくくっているのは、詩としておかしい気がする。ドデはアルフォンス・ドデ、ニーム生まれの作家、童話もたくさん作っ
た。

Quand l'ete de Giono revient en transhumance
Et que les estivants, imitent en riant
Le parler de Provence,
Le monde a notre accent !

ジョノの夏が羊たちとやってくる時 夏休みの都会の人たちが 笑いながら真似をする プロヴァンスのことば その世界にも私たちの訛りがある

transhumanceは移牧だそうだが、これは山岳地帯の放牧としては当然で、夏は羊を山で飼い、晩秋山をおりる。ピレネーでもスイスでもシチリア島でもこうして羊をかう。だから羊飼いがいるのである。日本で羊飼いというと妙に牧歌的だが、それはそんな職業が存在しないからであろうか。アメリカの牧畜のイメージはローハイドであるし。parlerはここでは名詞。ジョノはジャン・ジョノでやはりプロヴァンス出身の作家(但しオート・プロヴァンスHaute Provence、1970年没。

Oui, j'ai garde l'accent qu'on attrape en naissant du cote de Marseille,
C'est l'accent du clocher, la Noel des bergers dans la nuit des
merveilles.
C'est l'orgueil provencal, la gloire de Mistral,

C'est l'accent de... Mireille !

そう、マルセイユ地方の生まれついての訛り それは教会の鐘の訛り 聖夜の羊飼いのクリスマス プロヴァンスの誇り ミストラルの栄光 そんな私の訛り

それは訛り...マルセイユの!

プロヴァンスの有名人を皆並べたような詩であった。いかし、ミレイユ・マティウが歌うとなんとも味がでてくる。それにもかかわらず、マルセイユ・アクセントは綺麗なものではない。イタリア・アクセントの方が、愛嬌がある。今回の訳は慌てているのでとんでもない誤りをしているかもしれない。

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5.日本語になったフランス語

・ノートルダム Notre-Dame:聖母マリアのこと。la Sainte Vierge、文字通り「聖処女」であるから、新教(カルビニスムやルーテル教会その他)では排斥されたが、カトリック国、イタリア、スペイン、フランスではその名を関した寺院が数多ある。カトリックがあくまでキリストを産んだ母親を信仰の対象としていることは、その処女性がどうであれ、多くの女性の聖人がうまれていることと無関係ではない。いわくサンタ・テレーザ、サンタ・マルガリータ、サンタ・ウルスラ等々。また、プロテスタント倫理が近代資本主義に果たした役割があるとせば、聖母信仰が女性の開放に、性の平等に果たした役割はネガティヴだったのかポジティヴだったのか面白い研究対象と思う。ぼくはポジティヴではなかったかと考える。

・ノブレッスオブリージュ Noblesse oblige: 1817年8月25日の勅令によれば、公侯伯子男爵duc,marquis,comte,vicomte,baronと序列がある。これらの上に王princeがやはり貴族として規定されている。Noblesse obligeとは何もしかし貴族だけがいうことばではない。フランス人は結構よくつかう。要は不名誉なことをあえてしないことだが、たとえばみんなが赤信号を無視して横断歩道を渡っているときに、自分は信号が変わるのを待つといった、つまらない意地のようなときにもつかうのである。

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6.あとがき

 ADSLが先週水曜日に予定どうり開設された。ところが、その設定でトラブル。毎日NTTのアシスタントをうけているが上手くいかない。僕の機械IBMに内蔵されているラン・カードとNTTのソフト(フレッツ接続ツール)が働かない。回線はパーフェクトだというのに。暫くはこのADSL移行に悩まされそうだ。今、Windowsを入れ直してくれというので、当惑。バックアップ作りからはじめている。今日はお陰でこのメイル・マガジン発行が危ぶまれた。そこでMM発行後にWin98を初期化することとして漸く発行にこぎつけた。

 このMMは幾つかの発行所から出されているが、一番古くから発行を助けてくれたPubzineが「優良マガジン」92誌を選んだ。その中に当≪週刊フランスのWEB≫が入った。9638誌中の92誌だから悪くはない。これはひとえに読者の方々の応援の賜物で、でなけば怠け者の僕が続けていけるわけがない。大いに皆様方に感謝申し上げる。

 が、一方メイル・マガジン発行所も商売で、パブジーンはその事業の活性化に上記のようなアイデアをだしたが、まぐまぐは来月中旬から有料マガジンを関係会社を作って発行し始める。応募資格をみると、僕にも該当するので一つマガジンを発行してみようかと思う。そのためにはコンテンツが勿論いる。≪週刊フランスのWEB≫を有料化することも出来る。しかし有料化したら読む人などいないだろう。第一、僕が自由に書けなくなる。だから、広告は載せないし、お金も取らない。いままでどうりとする。有料のマガジンはやはり言葉であろうか、フランス語だけというのもバナルBanalで類似のものが多いだろう。そこでフランス語とイタリア語とスペイン語をいっぺんに習ってしまおうと欲張るか、同じフランス語でも、動詞活用なんかやっていると、かっての僕がそうであったように万年初級のひとが必ず脱落するから、初中上級を網羅、ラフォンテーヌの寓話からモリエールの劇、時事までをカヴァーして読み物としても面白くするかどうしようかと思案している。なにしろ語学校系のマガジンは面白くない。そして大部分は人の語学コンプレックスにつけいった商売をしているとしか思えないのである。読者のご教示もお願い致したい。

 さて先週の続きである。初めてパニエ・ア・サラダ(護送車)に乗ってから数年後、もうパリには住んではないなかった。しかし、かなり頻繁にパリには来ていた。ある夕方、一年で一番快適な欧州の季節、日がどんどん長くなって夜の九時でも明るい五月の末の頃だった。ところはサンジェルマン。僕はこの辺りが好きで用もないのにドゥ・マゴ(喫茶店、かってサルトルなどが常連だった)やその向かいのドラッグストア(drugstoreと書いてフランス語になっている。もともとアメリカのシステムだろうがフランス式は、コンビニのようではなく、かなり高級にできている)などを徘徊し、パリ気分を満喫していた。オデオンのほうに映画でも見ようかとむかって歩き始めたとき、デモ隊にぶつかった。学生デモだったので、一体何を主張しているのだろうと、プラカードを読んだりシュプレヒコールを聞こうと「立ち止まって」デモを見ていた。そのときである。いきなり脳天をぶん殴られた。そして、屈強な男たちに両腕をとられて、パニエ・ア・サラダに。橋を渡って右岸の警察署へつれられていった。車から下ろされると、部屋で早速、写真だ。まるで犯人のように、正面と横顔とをパチパチやられたのである。ここまで、全く説明がなく訳がわからなかった。チリやアルゼンチンの話ではない。人権宣言の国、フランスの首都パリでの出来事である。写真の後で多少待たされてから尋問が始まった。「何故、お前はデモに参加したのだ」というものだ。阿呆らしい。僕は眺めていただけじゃないか。何度も何度も同じ質問を繰り返す。僕も、何回も同じ回答をした。「僕はデモがどんな目的であったかすら知らない。逮捕監禁は不当である。即刻開放せよ」。そうしてやっと翌日の朝三時頃に警察から放り出された。勿論警察は謝りなどしない。誤認逮捕を認めない。僕を解放したときの台詞は「こんどから気をつけろよ。外国人のくせにデモに易々と参加するな」であった。僕は在フランス日本大使館にフランス側に抗議するよう要請する手紙を書いた。フランス内務省にも抗議文を送った。結果はいずれもフランスの法律では「誰でも、理由なく、24時間に限って、逮捕監禁する権利が警察にある」から仕方ないであった。どうもあきれたが、それこそどこにも持っていきようのない事件となった。ここから得た教訓は、官憲の尋問には矛盾なく執拗に同じ回答を繰り返さねばならないということである。叫んだり、じたばたしてもダメなのである。しかしこのことは次に逮捕されたとき、大変役に立った。
 
 次回は、モロッコの軍事基地で逮捕された時のことだ。へたをするとあの映画「ミッドナイト・エクスプレス」の主人公のような目にあったかもしれなかった。あれをみてから、僕はイスタンブールに行くことを断念した。(続く)

 都民の方々、選挙には行かれましたか? 僕は当然ながら投票しました。世田谷区から立候補したNPOのひとに投票しました。なんとか当選したようです。

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