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Davide Yoshi TANABE
vous presente

              ≪週刊フランスのWEB≫
                    第81号
Tokio, le 02 juillet 2001

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Indice(目次)
1.フェルナン・レジェ 
2.セーテ  映画「夕なぎ」
3.ヴィデオ・ゲーム
4.エルヴェ・ヴィラール 「カプリ、さようなら」
5.日本語になったフランス語
6.あとがき

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1.Fernand Leger
  http://www.freeflights.net/girgols/Museum/fernand_leger.htm

 フェルナン・レジェ(1881-1955)は、いわゆるキュビスムの画家である。先週またまた倉庫のような建物がならぶお台場に仕事にいった。フジTV局の入り口のところに、見たことのあるような彫刻がある。その色、形から僕はでっきり岡本太郎の作品だと思った。ところがそれはフェルナン・レジェであった。題名は「La fleur qui marche(歩く花)」。
http://www.grandwailea.com/Website/artGallery/leger/lafleur.html

 岡本はsurrealisteを標榜した画家だったが、僕にはよく分からなかった。ただ社会的発言だけが目立ち、作品は特にオリジナルであるとも思えなかった。上記の色付けされた「歩く花」は岡本にありそうだったし、大阪万博のシンボル・タワーもアフリカ彫刻で見ることができるもので、なんら珍しいものではない。なぜ岡本は1940年、長くいたパリを去ったのだろう。戦前の岡本はそれなりのいい作品を描いていたように見えるのだが。
 レジェ展は1999年パリのポンピドゥー美術館で回顧展が開かれた。

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2.Sete
  http://www.opisline.com/

 映画「夕なぎ」(クロード・ソテClaude Sautet監督 1972)を見ていたらラングドック(スペインに近いフランス側の地中海の海岸線)のセーテが出てきた。懐かしい町である。セーテを最終目的地として出かけたことはないが、バルセロナの帰りによく立ち寄った。特に夏場はセーテあたりで一泊すると帰りが楽なのだ。セーテは港町だが、郊外に海岸がある。コート・ダジュールのような整備された海岸ではなく、むしろ野卑sauvage。セーテの町はフランスのヴェネツィアと言われているそうだが、それは過大評価で、とてもヴェネツィア的雰囲気はない。多少運河があるだけである。庶民的な町で、物価が安く、飯がうまい。

 映画の方は本当はかなり難しい主題なのだが、邦題「夕なぎ」と原題「Cesar etRosalie」はまったく結びつかない。原題は単に男(Yves Montant)と女(RomySchneidet)の名前である。このキャッチ・コピーを見てほしい。「暮れなずむセピアの海辺にすべての想いを秘めて 今日、ロザリーは去った・・・再びめぐり逢う日はいつ 美しい追憶をこえて なお激しく燃えあがる愛・・・永遠にいきづく男と女の愛を流麗に描いて・・・フランス・シネマ大賞に輝く 秀作ロマン!」。何が書いてあるのか、実に誤解を生むような、かつ内容のない紹介文である。確かに話はいわゆる三角関係でモンタンとシュナイダーの間に昔の恋人Samy Freyが入ってきて関係がややこしくなるのだけれども、キャッチ・コピーのような甘いものではない。何が違うかというと、「愛」というものに対する彼我(ひが)の考え方の差があまりにも大きいということである。キャッチ・コピーの、ひいては多くの場合、日本の女性の側の誤解がそこにある。このことに立ち入ると本を書かなければ成らないが、ひとことすれば、日本女性のほうがずっとリアリストなのである。

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3.Jeu video
  http://www.zonejeux.com/home/index.cfm?fa=welcome

 このサイトで遊ぶためには、会員にならなければならない。ぼくは参考までに会員の申し込みをしてみた。国を選ぶところで日本もあったから、pronostics(予想)などのゲームと違って欧州外でも参加できるようだ。会員になるのは勿論無料。クラシックなチェスなどのゲームもチョイスできるが、もっと単純で面白いものもあった。当然ながらダイアルアップでインターネットをしている場合は、電話料金がかさんで、こんな無駄な遊びはできない。まずはケーブル、またADSLに接続して定額になってからということだが、僕は後述のようにADSL接続にしてしまった。このサイトはすべてフランス語である。こういう遊びをすると楽しくフランス語を覚えるのではないか。でも、すこし実験(?)してみた限りでは、面白いけれどIQというよりは子供たちのほうが圧倒的に強そう。ランクが発表される。この手のサイトは日本こそ進歩していて、何万人もの子供たちが日夜、ネットのゲームサイトで遊び、競争しているのかもしれない。いや、何千万の世界中の子供たちが、アメリカの、フランスの、ブラジルのサイトでお互いにゲームをすでにしているのかもしれない。やはり21世紀、国境がどんどんなくなってほしい。

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4.Herve Vilard
Capri, c'est fini

 エルヴェ・ヴィラールというとマイナーなようだが、かつてこの「カプリ」で流行歌手として一世を風靡した。相当な年齢と思われるが、先週のミレイユ・マティウ同様、おかっぱ頭で、いつまでも若く見える。おかっぱというと藤田嗣治(日本人で唯一人世界で通用する画家である)を思い出すむきもあるかもしれない。藤田はおかっぱでも愛らしくないが、エルヴェはなかなか女性ファンがおおい。若いときの写真を見ると長髪でかなりの美男子である。「メディテラネエンヌ(地中海の女)」なども歌っている。

Nous n'irons plus jamais,
Ou tu m'as dit je t'aime,
Nous n'irons plus jamais,
Comme les autres annees,
Nous n'irons plus jamais,
Ce soir c'est plus la peine,
Nous n'irons plus jamais,
Comme les autres annees;
Capri, c'est fini,
Et dire que c'etait la ville
De mon premier amour,
Capri, c'est fini,
Je ne crois pas
Que j'y retournerai un jour.
Capri, c'est fini,
Et dire que c'etait la ville
De mon premier amour,
Capri, c'est fini,
Je ne crois pas
Que j'y retournerai un jour.

僕たちもう二度と行かない 君が僕に好きだといったところに 僕たち二度といかない いつもの年のように 僕たち二度と行かない 今夜は行っても仕様がない 僕たち二度といかない いつもの年のように カプリ それはおしまい 僕の初恋の町だった カプリ それはおしまい いつかカプリに帰るなんて カプリ それはおしまい 僕の初恋の町だった カプリ それはおしまい いつかカプリに帰るなんて

Nous n'irons plus jamais,
Ou tu m'as dit je t'aime,
Nous n'irons plus jamais,
Comme les autres annees;
Parfois je voudrais bien,
Te dire recommencons,
Mais je perds le courage,
Sachant que tu diras non.
Capri, c'est fini,
Et dire que c'etait la ville
De mon premier amour,
Capri, c'est fini,
Je ne crois pas
Que j'y retournerai un jour.
Capri, c'est fini,
Et dire que c'etait la ville
De mon premier amour,
Capri, c'est fini,
Je ne crois pas
Que j'y retournerai un jour.

僕たち二度と行かない 君が僕に好きだといったところに 僕たち二度といかない いつもの年のように 時々やり直そうって言いたいときがある だけど君が嫌というのが分かっているから勇気がでない カプリ それはおしまい 僕の初恋の町だった
 ( … … ) 

Nous n'irons plus jamais,
Mais je me souviendrais,
Du premier rendez-vous,
Que tu m'avais donne
Nous n'irons plus jamais,
Comme les autres annees,
Nous n'irons plus jamais,
Plus jamais, plus jamais.
Capri, c'est fini,
Et dire que c'etait la ville
De mon premier amour,
Capri, c'est fini,
Je ne crois pas
Que j'y retournerai un jour.
Capri, oh c'est fini,
Et dire que c'etait la ville
De mon premier amour,
Capri,oh c'est fini,
Je ne crois pas
Que j'y retournerai un jour.

僕たちもう二度と行かない でも君とのはじめてのデートを思い出す 僕たちもう二度と行かない いつもの年のように 僕たちもう二度と行かない 二度と 二度と カプリ それはおしまい (… …)


Oh capri, oh c'est fini,
Et dire que c'etait la ville
De mon premier amour
Oh capri, c'est fini,
Je ne crois pas
Que j'y retournerai un jour.
Oh capri, oh c'est fini,
Et dire que c'etait la ville
De mon premier amour
Oh capri, c'est fini,
Je ne crois pas
Que j'y retournerai un jour.

嗚呼 カプリ おゝ それはおしまい 僕の初恋の町だった 嗚呼 カプリ おゝ それはおしまい いつかカプリに帰るなんて 嗚呼 カプリ おゝ それはおしまい 僕の初恋の町だった 嗚呼 カプリ おゝ それはおしまい いつかカプリに帰るなんて 

 カプリは勿論ナポリの沖合いの島。ナポリからまたソレントから小さな連絡線がでている。別荘地帯で、僕にはあまり生活の実感がなかったところで、島としては隣の島、カプリより大き目の島、イスキア島のほうが肌にあっていた。
カプリのサイトは
http://www.capri.net/home/it/index.php
イスキアIschia島は
http://www.ischiaonline.it/
いずれも夏行くところで冬はさびしい。大体イタリア全体がそうである。冬のヴェネツィアなど一人で行けばおぞましいだけである。

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5.日本語になったフランス語

・ノスタルジー Nostalgie: 郷愁、異国にあって故郷を懐かしむことなのだが、フランス語のノスタルジーにはもう少し深い意味がありそうだ。つまり無念の気持ちである。残念だと思うメランコリーである。たとえば僕が中禅寺湖に初めてこの間訪れて、スイスの湖を懐かしみノスタルジーにかられたなどはこの部類である。

・バカンス Vacances: 長期休暇、日本でいえば子供たちや学生の夏休みなどをいい、週末をかけた三日や四日ならweekend prolonge'(延びた週末)というところだろう。しかし、日本のゴールデン・ウィークなんかはVacances de fin avrilといってもいいのではないかと個人的には思う。

バゲット Baguette: 細長いフランスパンだけではない。妖精や魔法使いが魔術を使うときに振る小さな棒、オーケストラの指揮者の指揮棒、さらには僕たちが食事をするときに使う箸もバゲットである。

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6.あとがき

 先週の月曜日、ADSLにやっと成功しました。結局はOSを再び入れなおす、それをMSはリカヴァリーなんて都合のよい言葉を使っていますが、ようするに今までためてきたデータをすべて破壊する形で漕ぎつけた成功でした。しかし、このADSL、快適ですよ。電話料金支払いを節約できて、かつ圧倒的に転送速度が速いのですから。ヤフーがもっと安く速いADSLを提供するらしいのですが、こういう面での価格競争は歓迎です。ADSL接続に関しての困難さ、トラブルが当初あったのですが、それに対するNTTのエンジニアの対応は親切で適切でした。フレッツ・サポート・デスクのフリーダイアルはとても繋がりにくかったのですが、それをよく心得ていて、NTTの方からトラブルの原因を知るために電話を僕にかけてきてくれました。NTTのお仕着せフレッツ接続プログラムにこだわらず、第三者の提供している接続プログラムRASPPPoEをつかってまでも問題解決に挑もうとしたのは、回線提供者として当り前とはいえ、よくやってくれたと感謝しています。最終的にはOSのリカヴァリーという最低の手段しかなかったのは残念ですが。

 さて、モロッコである。モロッコはこれから話す事件があった以前にも何回かいっているし、それ以降も訪れている僕の好きな国のひとつである。モロッコはイスラム文化圏に入るに違いないが、いわゆる西欧的「寛容tolerance」の国である。女性の服装も、伝統的イスラムのチャドをコートのように改良していて、しかもカラーである。僕は初めて自分で買ったホンダ車をパリから運転してジブラルタル/タンジェとモロッコに入った。フェズという中世を思わせる町がある。映画「外人部隊」でおなじみのモロッコは、フランスに統治されていた時代を持つ。フランスはしかし、モロッコではアラブ人の町を破壊しなかった。その所為かモロッコの人々の性格は非常にいい。ここで人がいいというのは間が抜けているという意味ではない。オスピタリテHospitalite'(人を歓待する気持ち)があることを言う。ついでに北アフリカの隣国をみると、アルジェリアは総じて狡猾、チュニジアは功利的である。勿論、アルジェリア人でも尊敬できる仁もいる。だからあくまで僕の印象であるが、歴史的に何かがあると僕は確信している。アルジェリアでは徹底的に古いアラブの町を破壊したのである。破壊しきってからフランスの町を建設した。それが美しいアルジェ、オラン、コンスタンチーヌである。したがってアルジェリアには、カスバといえども、アラブ人が住む地区というほどの意味しかなく、都市としての歴史的に重要な意味はない。モロッコではメディナと呼ばれるアラブ人の古い町がそのまま、城壁も壮大な門(バブ)も残された。新しいフランス式の町は連接して都市計画され建設された。メディナはしかし化石ではない。いまでも生きている。アリAliはフェズのメディナの住人であった。彼の家、内庭のある典型的なアラブの家に招かれて数日を過ごした。招待してくれたといっても、決して金持ちの家ではない。家で食事をするとき、アリと僕はメディナのマーケットに食材、肉や野菜の買出しにいった。もちろん僕が払うことにした。そしてアリの母が料理してくれるのである。この一家にはアリの姉妹を含めて女性がいっぱいいる。だが、そのほとんどはちらっと見るだけで食事の席で一緒になるようなことはなかった。僕が使ったベッドはアリのおじいさんが普段寝ているものだった。つまりその家で一番立派なベッドである。おじいさんは、インドシナ戦争でベトナムにフランス軍の兵隊として行ったそうで、えらくアジア人である僕を懐かしがってくれた。アリの兄がフェズから南に百数十キロくだったケニフラKhenifraという町にある軍事基地で兵役に付いているという。アリが久しぶりに会いたいというので、一緒に車で行くことにした。高速道路はないから結構時間がか
かる。しかし新車で新米の運転手の僕には楽しいドライヴであった。舗装はきちんと
されている。ケニフラの町は、兵隊しかいないようなところで、ま、バーとボルデル(曖昧宿、この意味がわからない方は辞書を引いてください)しかないといっていいかもしれない。アリとその兄またその仲間たちとバーで気焔を揚げて遅くなったので、僕たちはその町の「普通の」宿に泊まることにした。翌朝宿を切り上げるとき、前日レセプションに預けておいたパスポートがない。その朝早く憲兵が持って行ったというのだ。「憲兵!」、悪い予感がした。

 前置きが長くなった。逮捕されてからの執拗な尋問のことは次回書くことにしよう。 (続く)

 モロッコを紹介する写真が豊富なサイトを下に引用する。

http://www.geocities.com/SiliconValley/Heights/7511/MorPictF.htm

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