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| 夜遊びコラム | ||||||
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キャバクラの歴史
あなたはキャバクラはどのようにして派生してきたかご存知ですか?"キャバレーとクラブが……云々……" なんてことは、どこかのHPなどで見かけたことがあるでしょう。 でも、あれは全くもっての嘘です。 では、キャバクラの歴史の真実はどういうものでしょうか? それでは今回のコラムでキャバクラの歴史についてふれたいと思います。 そう、キャバクラの歴史の真実とはこういうことだったのです――― さかのぼること、今から約1千年前。 そう、源氏と平家が日本を二分していた時代… 源氏が平家をやぶり1192年に鎌倉に幕府を作りました。 しかし、幕府を作ったからといって、太平な世の中が訪れたわけではありません。 破れた平家の残党、戦火に巻き込まれた民… 不平不満を言う輩はまだまだ数多くいました。 そこで時の権力者、源頼朝は酒を飲むと気分が良くなることに目をつけ 皆が喜ぶ夜の場―――喜夜場という酒場を全国各地に作りました。 この酒場はたいがい、大きな蔵の中で隠密に行われていた為、 喜夜場蔵(キャバクラ)の愛称で親しまれていたのです。 そう、これがキャバクラの始まりだと言われています。 そして普通の酒場と違うところは、夜だけお店が開かれ、 来店するお客に若い女が酒をついでくれ、 不平不満、愚痴を嫌な顔をせず聞いてくれるというところであった。 この接客をしている女共は、幕府の厳選なる審査をくぐり抜けた者のみがやることを許され、 また、審査をくぐりぬけた者は称号として本名と別の名前を源氏から貰えたのであった。 ここで付いたのが源氏名というわけです。 この喜夜場蔵のシステムは実によく出来ており、庶民の不平不満を働いている女からいち早く知ることが出来、 幕府側もそれに早急に対処することから、不平を言う輩も徐々に減ってきたという。 有名な史学者はこの当時を鎌倉幕府ならぬ、キャバクラ幕府と呼んでいる。 これを読んでいるあなたも、テストの時に覚えたのではありませんか? いい国(1192)つくろう さて、ここで鎌倉幕府で有名な”御恩・奉公”という言葉をご存知でしょうか? 実はこの言葉も喜夜場蔵から派生した言葉なんです。 指名キャストが従者(客)にあたえる営業(御恩)と, 従者(客)が指名キャストにはたす奉仕義務(奉公)のことです。 そうなんです、キャストが色恋営業をする変わりに、 お客はキャストのポイントが少ないときには一族を率いて指名キャストの為に喜夜場蔵に行くということです ここで生まれた言葉が いざ、
おあとがよろしいようで… | ||||||