私のICEE体験談

一人目 森拓哉さん
二人目 石川滋子さん

一人目 森拓哉さんの場合(会社員 27才)


一年目
 今を遡ること4年、98年10月、会社の先輩の紹介で松本道弘先生の私塾、弘道館に初めて見学に訪れる。それから一ヶ月後の11月、どういういきさつで受験することになったのかははっきり覚えていないが、自分はICEEの舞台にいた。大学を卒業した頃(当時の英会話歴6ヶ月)に「英会話」に取り組みだした私の英語力といえば、TOEICで600点くらいの初級であった。しかし、不思議と自信がないわけではなかった(もちろん、あるわけでもなかった)。要は恐いもの知らずだったのである。
 さてICEE最初の関門「他己紹介」だが、私自身全く覚えていない。しかし次のピーチのことは覚えている。選んだタイトルは確か“My most memorable experience”だった。ここで決定的な間違いを犯してしまう。「膝が痛い」ことを“wrong knee”と言ってしまった。ジャッジが怪訝な顔をしながら“bad knee ?”と問い直してくれた。さぞかし日本語に詳しいジャッジだったのだろう。結果はステイ。「誰も敗者ではない」というこの試験の理念は承知しているが、そんなことは関係ない。大して勉強をしているわけでもないくせに大きな挫折感を味わった。同じ時期に弘道館に見学に行った英語道場の仲間、清水知奈美さんが、見事に地検の突破を果たして「いやー、英語道場先輩の中島さんのおかげですよ」と謙遜している姿も自分の悔しさを増幅させた。

一年目の感想:「ちきしょー。悔しい。」

二年目
 英語の勉強もものすごく熱心にやっていたわけではなかったが、少なくとも継続はしていた。諸先輩方に「おまえは英語が下手すぎる」と揶揄されながら、朝の6:30から45分ほどは英語の勉強にあてていた頃だと思う。
 二回目の挑戦。「地検」で何を喋ったかは覚えていない。が、昼休憩時にそばを食いながら「通っててくれー!」とドキドキしながら願っている自分がいた。結果はパス。次の水検に進むことができた。この年の水圏で初めてWhy-Because GameとDiscussionを経験したのだが、なんだかよく分からないうちにここもパス。一年目から一気に飛躍してDebateをすることになった。残念ながらここでステイとなったが自分としては大満足であった(後に2級の証明書を頂く)。そもそもDebateをすることは考えていなかったのだから。しかし、諸先輩には“coincidence”だとか“too early”だとかちゃかされる。満足だったのだが、やはりどこか悔しかった。

二年目の感想:「よし来年は2級であることを証明する」

三年目
 当初と比べると随分余裕が出てきた。が、会社の先輩は準優勝の翌年に「地検」で落ちたことがあるらしい。油断大敵。チャレンジャーの気持ちを忘れずに挑むことを心がける。これが意外と重要なのだ。無事に去年と同じディベートの舞台に立つことができた。「これで2級は証明できたよな?」そう自分に確認することができたとき、すこし欲を出す自分に気付く。人間そんなもんでしょ。
 前年は全くなかった「Debate頑張る!」という気持ちが生まれてきた。役目は肯定側・第一反駁、否定側の立論は尊敬する先輩の一人である。立論、反対尋問を聞いて、何を言ったらいいのかモヤモヤしていたのだが、作戦タイムのときにアドバイスを頂いたことが功を奏し、「言いたいこと」が二つに絞られた。緊張して声が震えていたが、“We have already got two consensus so far. No1・・・ ”とはっきりそう言えた自分がいた。
 結果はパス。パスを告げられ前に出るとき、周囲の仲間が驚きの顔で自分を見つめる。「なんであんたが?」「すごい!」今まで見たことのない風景がそこにあった。少しの優越感に浸る。この「優越感」を持った時点でこの年のICEEは終わったようである。
 未知のステージ・火検・第二ラウンドの通訳は自分の能力では全く及びもしなかった。ただ時間が経つのを待つだけであった。「俺にこんなことをさせるなんてとんでもない!」と怒りにも似た感情が沸き起こっていた(世に言う「逆切れ」?)。この年は1級をもらうことができた。

三年目の感想:「二級が証明できた(はず?)。よかった。」

四年目
 この年ははっきり言って目標がなかった。「去年、通訳まで行ったのだから今年もできればそこまで」くらいだろうか。しかし、通訳をする自信はなかった。無事に去年と同じ通訳まで進む。Debateが随分良かったらしい。確かに自信を持ってDebateをしていた(肯定・第一反駁)ことは記憶にあたらしい(でもこの自信というのが落とし穴。「慢心」になったときが要注意なわけ)。通訳では去年の怒りにも似た感情はすっかりなくなっており、大きな壁「通訳」に挑戦していた。
 この年は結局ここでステイ。結果は前年と同じ1級だったが、周囲からの賛辞はこれまでで最高のものだった。ディベートが良かったのだ。素直に喜んだ。それと同時に「頑張れば通訳もできるようになるのでは」と自分の新たな可能性も感じだしていた。

四年目の感想:「もっと欲を出してもよいのでは?」

<まとめ>
こうして振り返ってみると、一人ではとてもできなかったプロセスをたどっていることにはたと気付きます。一緒に切磋琢磨してきた英語道場のお仲間にありがとう。そして何より、中島さんには下手くそな英語に根気よく付き合っていただいたこと、英語道場という場を与えてくれたことに謝意を表したいと思います。ありがとうございます。

英語を話すとき、聞くとき、読むとき、書くとき、自分の中でまだまだモヤモヤしたものがあります。なんだか息苦しいわけです。「交渉」に進んでも息苦しいことには変わりないのかもしれません。ただ、今よりもう少し楽に呼吸できるようになるのでは。そんなことを考えながら、日々生活しております。

参考情報:TOEIC 785点(02年5月受験)



二人目 石川滋子さんの場合(英語講師)


lCEEに参知して

今回ICEEに初めて参加しました。一言で言うと、“楽しかった”というのがまず第一の感想です。次に“目からうろこ”ということです。

“楽しかった”ということについては、“お祭り”だと思って気楽に参加したら良いのだと言われ、半信半疑で行ったところ、皆さん本当に楽しんでいる様子が肌で伝わってきて、“知的フェスティバル”とはこういうことなのだと感心し、また、これこそ真の英語の力をはかるテストだと確信しました。なぜなら21世紀に日本が世界にのびていくには話せる英語(読む書くだけではなく)が必要であり、それをザポートするようなテストがあったらよいのに、と常日頃から思っていたものが“形”としてそこにあったからです。

最初ディスカッションとかディベートなど私にはとうていできないと思っていましたが、やらなければ、永久にできないでしょうし、逆にやろうと思えば誰にでもできるのだということがわかったのは大きな収穫でした。易しいところから始めてみれば良いので、大事なのはとにかく始めてみることだと。

ICEE参加と、それにむけての練習を通して、自分の頭の中に今までなかった新しい回路が生まれ、それが既成の回路とも結びついて、大げさかもしれませんが頭が良くなったような気がします。

“目からうろご’については、私は高校で英語の講師をしていて、仕事柄しゃべるときに間違いをすることを非常に恐れていました。前置詞一つでもあやふやだと、もうその英語をしゃべる気にはなれませんでした。文法第一の学校ではある意味やむをえないことです。ところが今回英語道場の練習やICEEに参加してみて、日本語も英語も同じということが遅ればせながらわかったのです。つまり、日本語で間違えても平気なのに、英語で間違えると、なぜそんなに落ち込まなければならないのかと。言い直せばいいだけのこと、英語をしゃべるのに構える必要はないのだと思えるようになったのです。これを“目からうろこ”というのでしょうか。ふわ〜つと肩の荷がおりたような感じになって、気楽に英語がしゃべれるようになったということです。

よく英語の宣伝に英語をシャワーを浴びるように聞くとリスニングカが増すとありまずが、真偽のほどはわかりませんが、英会話に関しては、確かに、あたかも水道の水を出しっぱなしのようにしゃべり続けるということが、スキーのジャンプ競技の表現を使うとすれば、“K点”を越える唯一の方法であるような気がします。

4時間も5時間も英語をしゃべり続けるという環境を作るにはやはり日本人同士の仲間が必要ですし、またその成果を発表できる場(ICEE)があることはとても励みになると思います。

そんな色々なことを思った、なにものにも代え難い貴重な体験でした。

2002年度受験:ICEE1級