
![]() 全体の姿です。開襟、四つボタン、四つの貼りポケットという構成です。親衛隊(SS)の制服もそうなのですが、「開襟」という点がドイツというか世界的に軍服のの伝統となっていた「竪襟」や「折襟」から脱却して現代の軍隊に服装の面から近づいていることがわかります。丈が短いのはこの時代のドイツ陸空軍の勤務服の特徴で、ヴァイマール共和国時代の10万人軍から一気に再軍備・大拡張されたドイツ国防軍また新設の空軍に大量の軍服を調達するために、生地の節約面から軍服の丈を短くしたというのが一つの理由になっていますが、自費調達を旨とする将校の軍服もこれの影響があったものでしょうか。しかし、「軍服かくあれかし」という美しいフォルムをしております。 |
![]() 新制の「空軍」らしい直線的なカットです。左で「現代の軍隊」と書きましたが、襟回りのアルミモールの縁取り、襟章・肩章・胸章それに加えて勲記章を佩用すればやはり今の目から見ればやや装飾過剰でしょうか。 襟章や肩章の色は兵科色(Waffenfarbe)を示し、この服の黄色は飛行科(Flieger)ないし降下猟兵(Fallschirmjäger=他国で言う落下傘兵)です。 |
![]() 肩章です。アルミ糸を編んだ形式です。この頃他国では徽章類には純銀線を使うのが一般的で(金線も銀線に金メッキしてあるもの)したが、主としてドイツ陸空軍は変色しにくいアルミ糸を使いました。本品のようにアルミ糸そのままの場合と、絹糸を巻いたアルミ線を使う場合があります。尚、海の潮風の影響を受けやすい海軍は銀線を使っている例がよく見られるのは「伝統墨守」の海軍の体質のせいか不思議な現象です。星が一つで中尉を示します。この肩章の星は後から増やしたものです。 |
![]() こちらは襟章です。アルミモールの柏葉とウィングで階級をしるしたものです。柏葉に組み合わせたウィングの数で階級を示しますので、この柏葉とウィング2つで中尉を現します。進級すると襟章を換えますので、本品も少尉から中尉に進級時に取り替えたらしく、縫い付け方が荒くなっております。 |
![]() 右胸ポケット上につけられた空軍のHoheitsabzeichen(国家鷲章と呼ばれる)です。本品もアルミ線を撚った「モール」で作られています。鷲の尾が下がっているのは戦争前やごく初期までの特徴で、後には本ページのトップにあるような尾が上がった鷲になります。 |
![]() この服の持ち主は歴戦の勇士らしく、いろいろな記章類を取り付けるための糸かがリがついています。ポケットの上は略綬用と思われ、その下はSpangeと呼ばれる戦功章の可能性が高いです。空軍の飛行科の場合この記章は各種ありますが、降下猟兵にはなく、白兵戦章をもらったものでしょうか。 ポケットの真ん中につけるのが鉄十字章。その下向かって左が戦傷記章。ポケットの下左右は降下猟兵資格章と地上戦戦闘記章というところでしょうか。たしかに降下猟兵の可能性が高い服です。 |
![]() この服には入手時すでに袖章がついておりました。 "Fallscirmjäger-Regiment 2"すなわち降下猟兵第二聯隊ですが、どうもオリジナルにあるドスキンタイプではなく、ビロード地に白糸での刺繍ですし、士官用ではなく下士官兵用ですし、取り付け方は荒いしとフェイクの条件が備わっております(笑)。私個人はこの服が降下猟兵である可能性は五分五分と踏んでおります。 |
![]() この服のテーラーはミュンヒェンの"Kuhn & Nupnau"です。ここの顧客はヒトラー総統(ここで作ったモーニングがオークションに出ました)、ゼップ・ディートリヒ、フォン・クライスト元帥と多士済々。とにかくベルリンの"Holters"や "STECHBARTH"と並ぶ高級軍服店だったようです。 テラータグは首の後ろについております。 左胸内ポケットにはオーナーのネームがあります。日本風に刺繍でネームを入れるのと較べると安っぽいのではないかと思われますが、ドイツ軍の軍服ではこれが一般的です。オイルクロスなので今でも消えておりません。「ジュッターリン」と呼ばれる筆記体でよく読めませんが、最初のLtn(少尉)だけは判読可能です。日付は1941年n?月(November=月でしょうか。それともm?=MärzかMai。3月か5月)11日です。 |
![]() この服を着て、次ページのシルムミュッツェを被るとこんな感じになります。 えっこのモデルって誰っ??う〜〜ん(笑) |