
韓國の國旗
(太極旗)
チェ ソンオッ
目次
1.最初の國旗の名前は『朝鮮國旗』
2.韓國の國旗の由来
3.國旗の紋柄について
4.國旗繪描きの順序
1).最初の國旗の名前
韓國の國旗が最初に作られた朝鮮王朝の時代には國の名である朝鮮とともに朝鮮國旗と呼ばれた.當時朝鮮王朝を作られてから1919年3月1日獨立万歳運動が起きる前まで27年間朝鮮の國旗と呼ばれてきた.
2). 太極旗の由來
いくつかの文獻によると太極旗が韓國國旗として韓國を始めに象徴したのは1882年である. 當時修信使朴泳孝(1861−1939)が國旗の必要性を感じてゴゾン皇帝から許しを得て日本へ行く途中明治丸戸の船上の上で描いたものと記録されている.
1949年10月政府によって現在の太極旗が制定された.このような由來にもかかわらず1882年に繪かれた最初の太極旗の實物や繪が保存されてすらず太極旗の歴史が斷絶されてきさのである.
そのあいだ歴史學界をはじめおおぜいの人たちが最初の太極旗を搜すことに精一杯の努力を傾けたがその願は成就しなかった.
ついに1997年8月8日東京都立中央圖書館で最初の太極旗の繪と關連した記事が掲載された1882年10月2日時事新報を發刊週年光復節の日に公開されて115年ぶりにその實體を歴史の事實として確認できるようになった.
>>>時事新報ついて...
資 料 : 時事新報(日本發行1882年10月2日月曜日第179 )
資料形態 : 4面新聞縮小版
發見日者 : 1997年8月8日(1997年8月15日公開)
發見場所 : 東京都立中央圖書館
時事新報は1882年3月東京で創刊されて1936年に廢刊された刊紙(日曜日休刊)新聞であった. この新聞の1882年10月2日月曜日の第179 韓國最初の太極旗關連記事が掲載された.
この新聞が發見したことでそのあいだ推測やあらゆる形態で思い浮かべてきた最初の太極旗の繪をようやく歴史の記録で確認できることなった.
とくに1882年10月2日時事新報は修信使朴泳孝(名前)行の日本訪問を朝鮮の有信というほど長たらしく激賞した後『朝鮮國旗』とキャプション(caption)に付けた國旗の繪とともに國旗の制定背景と説明をはっきりした.
>>>記事内容
時事新報は4面發行の日刊紙新聞だった.關心の對象になった1882年10月2日月曜日の時事新報の2面は5段でそのなかで3段では『朝鮮國旗』とキャプション(caption)に付けた太極旗繪とともに關連記事が掲載されていた.
【時事新報 : 原文】
朝鮮には國旗と云べきものなきに今度支那より來りさる馬建忠が朝鮮の國旗は支那に從ひ三角形の青地に龍を書くべし本國支那は黄色を用るども朝鮮は支那の東方に當る那たるを以て東は青色を貴ぶの意により青色を用ふべしと指示したるに國王は大に之を墳み決して支那の國旗に倣ふべからぬとして四角形の玉色地に太極の圖(二つ巴繪)を青赤にて書き旗の四隅に東西南北の陽卦を附けたるを自今朝鮮の國旗と定むる沙汰せられたりとあり.
3).國旗の紋柄について
>>>太極の陰陽
太極−丸い円を表す宇宙の自然の究極的な生成原理を象徴

陰房−色は,朝と希望

陽方−色は紅,日光のような大切な光

4卦
乾−空,春,東の方,仁


坤−地,夏,西の方,義


離−日,秋,南の方,禮


坎−月,冬,北の方,知慧


つまり,天,地,日,月,四季と四つの方向の意味.
4)國旗檜描きの順序
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※私も韓國の太極旗でよくわからなかった大部分を今度H.Pを作くりながら知る部分が多くてほんとうによかったです.
大部分の韓國人ならただ韓國の太極旗の形だけを知っていて,初めての明前についてなんですかと聞いて見ると知っている人はあまり多くないはずたと思います. これからも私が知っているすこしの知識をもって、だれがいつ,どこで,聞いて来てもかんたんな太極旗の最初の明前とか誰によって作られたか、ということぐらいはこたえられる人になるようにこれからももっと努力しようと思っています.
チェ ソンオク