
高根山古墳
浜北には集合墳と捉えられている古墳が多々存在します。
これらの古墳の中で特異な物が見受けられます。
現段階では仮説の域は出ませんが、様々な所で本格的な
調査を促す意図でこのページを作成しました。
高根山は石室が存在する事から古墳と認定されていますが
二段構成になっている古墳の上部のみをもって
古墳と断定されている可能性が在るようなのです。
もし下層部が古墳であるのならば直径500メートル程、
現状で日本最大と呼ばれている古墳が486メートルなので
国内最大級の古墳と成るはずです。

左の山が二段構成に成っている事はお分りに成ると思いますが、
実際に上ってみると綺麗な段差が構成されていることが分ります。
この上部のみを持って古墳とするのならば、下の山に関しては
かなりフラットな土台になるので一つの山を削って作成したと見る
よりは、下層部も含めて作成された可能性の方が強い様な気がします。
この近辺は古墳や遺跡が多々発見され既に研究されていますが、
これらの古墳群が同一の土質で構成されている様なので、
これらが現存する同じ土質の山を削って構成された物なのか、
同時期に古墳群全体を一つのプロジェクトとして同じ所から
土を運んできたのか、どの様な意図で作られた物なのか、
どの様な豪族の墓であったのか、本当に墓であったのか等、
様々な観点で調査を進めていただきたい所です。
これらの古墳の中で一番長いものが高根山に該当する
可能性が在り、古墳を墓とする従来の仮説からすれば
かなりの権力者の墓とされる可能性も在りますが、
別の古墳との間が土で埋まっていると思しき状態で、
ここの地質等を分析して各々が独立した古墳か否か、
是非とも立証される事を希望するところです。
私はフィールドワークから浜名湖から天竜川にかけて
古代アラハバキの聖地が存在した可能性を見ていますが
この集合墳の中に田村神社やイワクラが存在し、
それ以外にもこの付近に重要と思しき物を見つけてはいますが
これらの古墳が各々が独立しつつ全体として有機的に意味を持つ
形態として構成されたものではないかと推察しています。

高根山は東の端の部分が道路工事で破壊されていますが
隣のイワクラの在る六所神社が存在するポイントまで
前方後円墳と言う形で含まれると立証されれば
巨大な世界に誇る文化遺産として立証される可能性が
存在する物と思われますが惜しむらくは第二東名の工事が
入っており、出来る事ならば是非とも此処の調査を進め、
古代大和の聖地として観光地化等の流れを出す事が出来るなら
高速道路を迂回させ保護する事で開発を遥かに超えた
メリットを提示することも可能ではないでしょうか。
高根山が我々の未来の姿を示している気がするのは
私だけではないのでしょうか。
アラハバキの白きイワクラへ
忘却の聖地へ
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©2001/10/8 Katsuyoshi Yamamoto