
我が家のテニス観
神戸医師会 池村 風月
“嗟テニス人、異常にテニスを愛すあるが故に患者に迷惑かける然るに、何ぞテニスに勝や“
テニスも年代によって趣も異なります。我が家五人の子供共々各年代のテニスを綴ってみましょう。
A. 小学生
皇太子と美智子妃が成婚し世はテニスで佳いとこへお嫁(婿)に行けるものと。但し、テニスは少々で長嶋、王を目指す野球少年。我が家の子供たちはテニスコートがベッドで、ラリー音が子守歌の日々。
B. 中学生
我が家では、月月火水木金金とテニス、残り少々勉学。昼間は学校テニス、夜はクラブテニスのダブルの日も。
C. 高校生
他に目もくれず相変わらずテニス三昧。高2で終わり高3は受験というも…。
D. 大学生
幅広い社会知識も得るために他のクラブも経験せよというに、まだまだテニスクラブへ。あきないの?
E. 中高年(親)
子供や友とのお付き合いテニスというも、本当はやることがない。やれることがない。惰性のみでコートへ足を運ぶ。テニスでみる我が家の人生詩を次に。

| F. 京の牛若丸 曇天にも心挫けず 朝の診療を終えて京都へ まだ見ぬテニス友はどんな方? 梅雨時の降雨も不安 京ちゃんは無関心に菓子をパクつく Mさんは細身ながら中年まで 実業団を率いた名選手 筋力あるでもなく、凄いショットあるでもなく 最初ピカの強打に手こずったMさん 後は拾い、散らし簡単に弁慶退治 外人並にパワーアップをめざす普通人 Mさんをみるとテニス観は根底から覆る コート狭しと牛若丸の動きでまねできない正確なショット さらに仙人のごとき数えられぬまでの戦術 そんな仙人も京ちゃんにボレーを決められ悔しがった |
G. わが家のデビスカップ 入梅前は雨が多く 梅雨明け宣言後は晴れが続く 志麻が週末に戻り 春合宿以来の わが家のデビスカップ 第一戦はパパと志麻 高校時代のパワーテニスはないが 粘りのテニスにパパ大苦戦 2つとり3つとられて 6−3でようやくパパ勝利 第二戦は京とママ 京が真摯に打ちまくり ママを左右に走らせて6−4で勝つ 県チャンピオンのママも小学生に形無し ダブルスも京が勝って、デビスカップを制す |





| H. 世界医師テニスを制す 天高く博多の森に 世界の医師が四百余名 世界の医学交流と共に 我こそはテニス世界一と 人種、宗教を超えて集う ウェルカムパーティーは英語のスピーチ 着物姿の博多美人がやさしくもてなす 主催県以外は皆外人のつもり これから一週間の長〜い闘いが始まる しっかり食べて飲んで試合に臨む ワールドは全て三セットマッチ制 だんだんと慣れてよかペース配分に ママは全日本選手をやぶり世界一位に ミックスWは惜しくも世界二位に よ〜く遊び、よ〜く働いた(?)一週間の成果 |
I. テニスはNO さわやかな博多の森に 世界医師テニスで一週間 大、大、大すきなテニスでも シンドイ競ったテニスを毎日、毎日 伊達君子がやめたのが少しわかる 博多から帰った翌日も 楽しかったテニス部の練習日 う〜ん!肉離れ、背筋痛、腰痛、 とてもじゃないが苦痛で行けず 秋晴れのテニス日和にも中でテレビ 肉体的にも心的にも 三ヶ月はテニスせんとこう 肉離れで階段は昇れずバックは持てず テニスってこんなにシンドイもんなのやなぁ 世界で勝ったものの…ボロボロ。 |
J. 無念
人生五十年で忘れられない出来事がありました。昨年七月に全日本医師テニスの希望の星、丸尾 充先生が
黄泉の国へと旅立たれました。医師テニス仲間が皆目標を失い茫然自失の中で、故丸尾先生の追悼式・テニス
大会が催されました。
無情・無念な人生ながらも彼を讃え偲びたいと思います。
丸尾 充先生を偲ぶ
抜けたーと思った瞬間
脱兎の如き彼の脚力は
コート外のボールを容易に返球
熊本にてただ成す事もなく彼の前に敗る
毎時、毎年決勝戦にいた彼の勇姿
見下すわけでなく、奢るわけでなく
勝利してもはしゃぐことなく
敗退にも腐らず明日を観る
京府医時代から黙々と走り込み
テニスに懸ける意気込みは尋常ならず
絶対に相手より一球多く返す情熱に
対戦相手はもうへとへとに心情負け
福井に行ってからも練習の虫
とうとう頂上へ登りつめ、国体代表選手に
全日本医師テニス連盟の輝ける鏡
“負けても言い訳をするな”
後輩たちに無言実行を諭された