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2004/12/06更新

581系・583系

583系 上野
583系で運転された最後の定期寝台特急列車「はくつる」 1994/11/25 上野にて

583系 茨木
急行「きたぐに」に使用される京都総合車輌所の車輌。臨時「シュプール」では座席車として485系を連結する列車がある。 茨木にて
<背景>  151系の成功以来、昼行特急列車は着実に電車・気動車による置き換えが進んだが、 夜行列車に関しては客車列車のままで、スピード面で電車に劣っていた。 また車輌数の増加により都市部では車輌基地の確保が重要な課題となっていた。 このような中で、昼夜兼用の特急型電車として製造されたのが581系・583系電車である。
<車輌の概要>  足回り、車体とも485系を基本にした設計で、併結も可能である。 車体は車輌限界いっぱいまで広げられれ、寝台使用時に必要な車内空間を確保している。 車内は昼間時はボックスシート、夜間は三段式の寝台として使われる。 寝台幅は下段が102cm、中段・上段が70cmであり、20系客車の52cmと比べると大幅に拡大された。 便洗面所は485系同様後位に設置されているが、便所は各車2箇所、洗面所は3箇所に増やされている。 このため出入り台は前位よりに設けられている。 冷房装置は分散式のAU15型(3.1kW:2700kcal/h)だが、モハネ580・582は屋根上のスペースが足りないため、 床置式のAU41A(4.6kW:4000kcal/h)も併用している。 前面は将来の分割・併合に備えて貫通型とされ、この形態は後の485系や183系などにも受け継がれた。
  1967年に投入された電動車12ユニットは60Hzのみ対応の581系として製造されたが、 翌年製造分より50/60Hz対応の583系として製造されるようになった。 また1970年投入分からは制御車がクハネ583に変更された。 これは東北地区で貫通15両編成を組むためにMGの出力を向上した車輌である。 なおMGは床下積載、CPは運転室下に収納し、座席定員が8人・寝台定員が6人増加している。
  登場時はサシ581に配電盤があったため、食堂車抜きでは走行できなかったが、 1982年11月改正で食堂車の営業が中止となったため、 電気系統の改造を行い、サシ抜きで編成を組めるようになった。
<歴史>  1967年10月改正で、「みどり」「月光」1往復ずつでデビューした。 このときに製造されたのはクハネ581、モハネ581、モハネ580、サハネ581の4形式である。 581系は「月光型」と称されるようになった。 1968年10月改正(ヨン・サン・トウ)より大幅な運用範囲の拡大が行われ、 山陽筋では「つばめ」(名古屋〜熊本)、 「はと」(新大阪〜博多:2往復、内季節列車1往復)、 「金星」(名古屋〜博多)、 「明星」(新大阪〜熊本)、 「月光」(新大阪〜博多:2往復、内季節列車1往復)に、 東北方面では 「はつかり」(2往復)、 「はくつる」(上野〜青森)、 「ゆうづる」(上野〜水戸〜青森) に充当された。 昼行使用時に1等車の要望が多かったため、この改正に当たってサロ581も製造されている。 1970年に増備されたロットより制御車がクハネ583となった。 クハネ583は青森運転所に集中配置され、クハネ581は全車南福岡電車区に転属した。 1970年3月改正で、大阪万博輸送のために「明星」1往復を増発、「はと」1往復を定期列車化した。 1970年10月改正では鹿児島本線が西鹿児島まで電化され、 「有明」(博多〜西鹿児島:2往復)、「しおじ」(新大阪〜下関)、「きりしま」(京都〜西鹿児島)が新設、 「はつかり」「ゆうづる」もそれぞれ1往復ずつ増発された。
  山陽新幹線が岡山まで開通した1972年3月改正では、山陽筋の583系の運用が大幅に見直されている。 南福岡電車区の受け持ちは、 「しおじ」(新大阪〜広島)、 「つばめ」(岡山〜博多・熊本:4往復)、 「有明」(門司港・博多〜西鹿児島:4往復)、 「金星」(名古屋〜博多)、 「きりしま」(京都〜西鹿児島)、 「明星」(京都・新大阪〜博多・西鹿児島:4往復)、 「月光」(岡山〜博多・西鹿児島:2往復) となった。また金星の間合いで「しらさぎ」(名古屋〜富山)にも充当された。 青森区の受け持ちは 「はつかり」(上野〜青森:3往復)、 「みちのく」(上野〜水戸〜青森)、 「ひばり」(上野〜仙台)、 「はくつる」(上野〜青森)、 「ゆうづる」(上野〜水戸〜青森:3往復) となった。 この改正に際しての増備により、583系434両が出揃った。 この時期が583系全盛期といえよう。 この後は新幹線や他の交通機関の台頭により、 長距離の在来線昼行列車や、夜行列車そのものが縮減傾向に向かって行った上、 1972年には昼行用として簡易リクライニングシートを備えた14系客車、183系が登場、 1974年には24系25型がB寝台も2段寝台で登場し、583系の接客設備はもはや時代遅れとなっていた。 特殊な構造ゆえ改造も難しく、抜本的な改良は今日まで行われていない。
  1975年3月改正で新幹線が博多まで延伸され、山陽筋の在来線昼行特急は廃止された。 これに伴い南福岡電車区の583系は全車が向日町、青森に転属している。 向日町区の受け持ちは 「有明」(門司港・博多〜西鹿児島:3往復)、 「しらさぎ」(名古屋〜富山)、 「金星」(名古屋〜博多)、 「明星」(新大阪〜博多・西鹿児島:3往復)、 「なは」(新大阪〜西鹿児島)、 「彗星」(新大阪〜大分・宮崎:2往復) となった。1978年10月改正では 「有明」(門司港・博多〜西鹿児島:3往復)、 「雷鳥」(大阪〜金沢・富山:4往復)、 「金星」(名古屋〜博多)、 「明星」(新大阪〜博多・西鹿児島:2往復)、 「なは」(京都〜西鹿児島)、 「彗星」(新大阪〜宮崎) に変更された。 1980年10月改正では「有明」運用が2往復となり、代わりに「にちりん」博多〜宮崎2往復に充当されるようになった。 また博多発着の「明星」が廃止された。
  1982年11月改正で東北・上越新幹線が本格開業し、上野〜青森間の在来線昼行特急は廃止された。 青森区の受け持ちは 「はつかり」(盛岡〜青森:2往復)、 「はくつる」(上野〜青森:2往復)、 「ゆうづる」(上野〜水戸〜青森:3往復) となった。 向日町区の受け持ちは 「有明」(門司港・博多〜西鹿児島:2往復)、 「雷鳥」(大阪〜金沢・富山:4往復)、 「明星」(新大阪〜博多・西鹿児島:2往復)、 「彗星」(新大阪〜宮崎) となった。この改正で583系は大量に余剰車が発生し、 419系や715系への改造が進められることになる。 1984年2月改正では山陽方面の運用からは撤退し、向日町区では「雷鳥」2往復と急行「立山」(大阪〜富山)のみを受け持つようになった。 1985年3月改正では向日町区の受け持ちは急行「きたぐに」(大阪〜新潟)のみとなる。 急行「きたぐに」使用にあたってサハネ583の寝台の中段を撤去しサロネ583が登場した。 青森区の受け持ちは「はつかり」(5往復)、「はくつる」(2往復)、「ゆうづる」(2往復、うち1往復季節列車)となった。 1988年3月改正で「北斗星」運行開始により「はくつる」は1往復となる。 1993年12月改正で「ゆうづる」が廃止され「はくつる」が2往復となった。 またこの改正では「はつかり」の定期運用を失った。 「はくつる」は1994年12月改正で客車化され、583系は寝台特急の定期運用も失った。
  現在定期運用として残っているのは急行「きたぐに」のみとなっている。


モハネ583 1〜 50/60Hz対応の電動車。主制御器(CS15E)を持つ。冷房はAU15型9台。
モハネ582 1〜 50/60Hz対応の電動車。パンタグラフ(PS16H)、主変圧器(TM14/20)を持つ。冷房はAU15型4台とAU41A型4台。
モハネ581 1〜 60Hz対応の電動車。主制御器(CS15E)を持つ。冷房はAU15型9台。
モハネ580 1〜 60Hz対応の電動車。パンタグラフ(PS16H)、主変圧器(TM10)を持つ。冷房はAU15型4台とAU41A型4台。
クハネ583 床下にMG(MH128-DM88:210kVA)、運転台下にCP(MH113B-C2000MA:2000NL/min)を装備する。
クハネ581 運転台直後にMG(MH93A-DM55A:150kVA)、CP(MH113B-C2000MA:2000NL/min)を装備する。
サハネ581 冷房はAU15型9台。
サロネ581 冷房はAU15型9台。
サロ581 1〜 冷房はAU15型9台。
101〜 サロンカーとして使用するため、1989年に一部の座席を撤去し、ソファーを設置した車輌。
サシ581 1〜 食堂車。後位側が厨房となっている。冷房はAU15型9台。
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