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今夜の番組チェック

 みなさんこんにちは。当クラブは1995年に発足し、耳の不自由な20代から40代のメンバーと当クラブに賛同する方々と活動をしております。
 また部員・マネージャーを募集しております。制限はありません、幅広く交流したいので興味のあるかた一度見学にいらしてください。メンバー一同こころよりお待ちしております。
DEAF RAMBO烈伝

第4回・北の猛犬


 デフランボー北紀行シリーズ最終回の登場人物は福島の猛犬i氏である。

  i氏はフォワードだが最初バックスをやっていた癖が抜けないのか、コンビの途中いつの間にかSOに居たりして迷惑なことがしばしばある。 まあ、そのことはさておき、彼の低いタックル姿勢は素晴らしい(決して足が短い からではない)。お手本のようなほれぼれとする形であり、僕は彼のタックルだけは貰いたくない。

  彼は、毎回遠い福島から朝6時台の高速バスに乗って東京の練習にやってくる。

  岩槻クラブとの練習のときであった。その日のグランドは北海グランドである。このグランドは都内からは離れており埼玉県蓮田市にある。最寄り駅から離れているうえに近くから場所が発見しにくく私も2回程行ったがまだ良く覚えられない。 入り口はちゃんとあるが、入り口以外の周りが凄い薮なので、グランドが隠れて見えず慣れないとつい見過ごしてしまう。

  さて皆が集まり練習が始まろうかというときに一人の男がグランドの入り口とは正反対の塀の薮のなかから突然、姿を現した。i氏であった。

  現れた方向が不意だったことと、来るとは聞いていなかったので、我々はとても びっくりしたが、聞けば最寄り駅に行ったものの集合時間にわずかに遅れてしまい、バス停名を頼りに自力でグランド近くまで来たと言う。しかしグランドの位置が分からず2回ほど通過してしまった後やっと発見し、塀を潜り、凄い薮をかき分け、グランドに入ってきたそうだ。

  遠い福島から朝一番の高速バスでやってきて埼玉の交通不便なグランドに突然その姿を現す。私にはなかなか真似出来ない。

  北の男はどこか熱いものを持っているようなのである。

  このi氏、先のNHK教育TVの全国放送では、約10秒間インタビュー画面を独占した。翌日からi氏の携帯にはメールがひっきりなしに届き、彼は返事に忙しい思いをしたが、その中には、

  「実は前ラグビーをやっていた」

  と名乗り出た60才の福島のろ う者のおじいさんも居たとのことである。(嬉しいですね)

i氏の住む福島の磐城は最高の芝質のラグビーグランドがいくつかあり格安(1時間 1000円…信じられない!)で借りられるそうだ。グランドの受け付け嬢は彼の友人のろう者の妹であり、顔見知りで借りやすいそうである。

  今度は我々が高速バスに乗って磐城に行く番ではないだろうか!

  さて、、筆者の筆力もそろそろここらへんで限界のようだ。。 次回はもっと文才のある者にバトンタッチすべく筆をおこう。


第3回・砂糖氏


  北のアスリート デフランボーシリーズ第3弾の登場人物は札幌のアスリート、砂糖である。 (また匿名の意味無し)

  砂糖は無言実行型、そしてマイペースの男である。

  砂糖は、社会人になってからラグビーを始めた。当時千葉県多古市に住んでいた彼が、地元の多古ラグビークラブの門を叩いたのがきっかけである。(その縁で3月に多古セブンズに参加させてもらっています)

  無言実行の彼は黙々と1人でトレーニングを積み重ね、ウィングとしての資質をあっと言う間に開花させた。アスリートという言葉がスピードとパワーを兼ね備えた者に送られる称号だとしたら、デフラグビー界では彼があてはまるだろう。彼は100mを11秒台で走り、ベンチプレス100キロをあげる。 デフ界で彼以上のアスリートがもしいたら、私に教えて欲しい。(ラグビーに誘ってしまおう!)


  彼も足同様、手が速かった。
(どうしてもこのパターン?!)

  突然、彼は彼の好みのタイプである佐藤珠緒似の女性と結婚宣言をして周囲を驚かせた。彼の結婚式には、6名の東日本メンバーがお祝いに駆け付けた。それは結婚式と2次会を大盛況のうちに終わったあとの、まだまだ夜は更けないすすきのでのことであった。

  2次会が終わったとき、既に夜の12時を回っていたが、札幌の人たちは「さあ次」と皆、3次会場へ向かっていく。すすきのの夜はまだまだ人が大勢おり、まるで土曜の渋谷のような賑わいである。しかし我々東日本ラグビーメンバーは当日東京から来てさらに結婚式の余興のためにろくに食事ができなかったので、とても腹が減っていた。 我々は3次会場へ向かう途中、一団から離れて寄り道しぶらぶらとラーメン横丁へ向った。

  ラーメン横丁も混んでいたが幸いあまり待たずに7名がすんなり席に座れ、ラーメン注文しようとして、、(ん??7名?)、、ふっと横を見ると、砂糖がいる。


  「お、おまえ、3次会は…」

  「腹減った」

  「は、腹減ったって、、、、主賓だろ……、奥さんと皆は今頃待ってんじゃ…」

  3次会場へ帰ってきたら、ブーイングの嵐であったことは言うまでもない。

  このように彼はマイペースなのである。

  しかし、砂糖と食べたラーメンはとても美味しかった。

  実はまだ一緒に試合したことがない。距離が遠くて難しいがいつかは同じチームでやろう。(あの時は迷惑かけましたと奥様にくれぐれもよろしく)


第2回・O川氏

りんご園早くも話題沸騰のデフランボー烈伝、第2回目の登場人物は北のスプリンターO川氏である。(匿名の意味無し)

私とO川氏の出会いは突然であった。あれは今を遡ること5年くらい前、突然自宅に一件の電話があった。

「わ、O川でっけどお」(私は、O川ですが)

お互いに電話は苦手なのに、強烈な津軽弁を連発されてしまって、会話がなかなか成立しない。ちなみに「わ」とは青森では「私」という意味である。 こちらは「O川」を聞き取るだけでその電話が終わったことを伝えておこう…。

(注)実は事前にファックスか何かで連絡を受けていたが、私が忙しかった ため放っておいたらしびれを切らして電話してきたようである。 (5年前はメールを持っていない人も多くファックスで連絡していた 時代であった)

そう、彼はじょっぱり青森の生まれ育ちである。先のF氏も足が速いがO川氏も足 が速い。100mを11秒前後で走り高校1年のとき県の陸上大会で決勝7位に残 った。しかし彼は陸上部を蹴り、ラグビー部に入部した。

彼にはラグビーで有名なW大からラグビー推薦入学の声が掛かったが、父親を生前 に亡くしていた彼は家族を助けるために上京を捨て愛する青森で働く道を選んだ。


じょっぱり 彼は本物の「じょっぱり」なのである。 じょっぱりとは青森の方言で「気持ちを内に秘めた頑固な人」という意味がある。

←ちなみにこちらが青森の銘酒といわれるじょっぱりです。

彼も手が速かった。(どうも足が速い人は手も速いようである。)

先の2001年11月11日、と1が並ぶ日に、O川氏は結婚式を挙げた。 お相手は、邦子さん。彼女と話した青森県中の人が「癒される」と証言する素晴らしい性格の持ち主である。(これは本当である)

全国から9人のデフラガーが青森に集まり、2人の門出をお祝いした。 (このあたりからデフランボー烈伝は本格的に脱線モードに入るが、 今回は?!?!)

この結婚式は大変感動した結婚式であった。詳細はここでは省くが邦子さんが感動のスピーチをしていたとき、色々な過去のことが走馬灯のように脳裏を駆け巡ったO川氏は突然泣き出し、その後とうとう最後まで涙がとまらなくなってしまったのである。

それはじょっぱりO川の最高の男泣きであった。岩木山

その姿を見て居た隣席のだいぶつ氏もグランド上の迫力とはうって変わり、鼻水をだらだら流し、目をうるうるさせておった。その鼻水は彼のビールにぼたぼた落ちていたが気付かずに飲んでおった。

似た家庭の事情を持つ2人の幸せな将来に我々は仲間としていつもエールを送りたい。東京に来たらいつでもまた飲もう。

しかし、O川氏よ、スプリンターというには程遠い体型になってないか?!?! 重戦車か?!

このままじゃプロップ転向にされるで!!

邦子さん、彼をびしばししばきあげ体型改造をよろしく!!!!

↓↓最後に幸せあふれる写真をどうぞ。(ちなみに本人の許可済みです) ↓↓↓


第1回・Fさん

その名をFさんとしよう。

 彼の脚は速い。彼の脚は決して長くないが彼のストライドは大きく跳ぶように走る。彼は1995年頃ニュージーランドのデフの試合に参加しその自慢の快足を飛ばして2トライをもぎ取って凱旋帰国してきた。

 私もそのときのビデオを見たがフロックではなく単に彼の脚が速くニュージーランド人はついていけなかった。ニュージーランドではいまだにそのときに強く印象が残っており、日本人が来てラグビーの話になるとその話が出るらしい(それ本当)。

 彼は脚同様、女性にも手が速かった。出会ってわずか半年で結婚式をあげていた。彼が年齢的に焦っていたと言えるのかどうかは定かではないが・・・。

 しかし何でも速いことは良いことであるようである。ともあれ、現在2人は幸せで愛娘が一人居る。
愛娘を連れた彼の顔は全く持ってしまりがない。もともとすぐしまりがなくなる顔だが、それがさらに崩れるのである。

 「HARUちゃんが、HARUちゃんがドア開けたいからドア開けてあげた」

 もう 聞いて居られないのである。

 そんな彼だが、試合中はめっぽう強気のランで押しまくる。一度HARUちゃんが来ていたが、パパの奮闘をよそに彼女は他の子供と楽しく遊んでいた。しかし そんなことはお構いなしに彼は縦横無人に走る。 縦横無人に走るのは良いが…。

 彼は本当に縦「」無人に走るのである。

 御存じラグビーは前に向かって走り、トライをするスポーツである。

 それがボールを持ったとたん、味方を押し退けながら般若無人に「横」へ走る。彼は一番右ラインの近くにいる右ウィングだが一番左のラインに向かって走る。

 迷惑なのである。

 いや、別に横に走っても彼はなかなか敵に捕まらない。しかし味方はやりにくいことこの上ない。私などは必死にフォローしながら、

 「このまま左のタッチライ ンがゴールラインだったらいいのに…」

 などとぶつぶつ文句を言いながら走る。

 そんなFさんだが、最近は年齢のせいか脚のスピードもかなり落ちて来たようだ。

 しかしチームも強くなってきたし、あともうひとふんばりと頑張っている。 見た目も若いしまだまだ頑張ろうな!

 藤江さん!!(あ、実名だしちゃった)


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