第2回・O川氏
早くも話題沸騰のデフランボー烈伝、第2回目の登場人物は北のスプリンターO川氏である。(匿名の意味無し)
私とO川氏の出会いは突然であった。あれは今を遡ること5年くらい前、突然自宅に一件の電話があった。
「わ、O川でっけどお」(私は、O川ですが)
お互いに電話は苦手なのに、強烈な津軽弁を連発されてしまって、会話がなかなか成立しない。ちなみに「わ」とは青森では「私」という意味である。
こちらは「O川」を聞き取るだけでその電話が終わったことを伝えておこう…。
(注)実は事前にファックスか何かで連絡を受けていたが、私が忙しかった ため放っておいたらしびれを切らして電話してきたようである。
(5年前はメールを持っていない人も多くファックスで連絡していた 時代であった)
そう、彼はじょっぱり青森の生まれ育ちである。先のF氏も足が速いがO川氏も足 が速い。100mを11秒前後で走り高校1年のとき県の陸上大会で決勝7位に残
った。しかし彼は陸上部を蹴り、ラグビー部に入部した。
彼にはラグビーで有名なW大からラグビー推薦入学の声が掛かったが、父親を生前 に亡くしていた彼は家族を助けるために上京を捨て愛する青森で働く道を選んだ。
彼は本物の「じょっぱり」なのである。
じょっぱりとは青森の方言で「気持ちを内に秘めた頑固な人」という意味がある。
←ちなみにこちらが青森の銘酒といわれるじょっぱりです。
彼も手が速かった。(どうも足が速い人は手も速いようである。)
先の2001年11月11日、と1が並ぶ日に、O川氏は結婚式を挙げた。 お相手は、邦子さん。彼女と話した青森県中の人が「癒される」と証言する素晴らしい性格の持ち主である。(これは本当である)
全国から9人のデフラガーが青森に集まり、2人の門出をお祝いした。 (このあたりからデフランボー烈伝は本格的に脱線モードに入るが、
今回は?!?!)
この結婚式は大変感動した結婚式であった。詳細はここでは省くが邦子さんが感動のスピーチをしていたとき、色々な過去のことが走馬灯のように脳裏を駆け巡ったO川氏は突然泣き出し、その後とうとう最後まで涙がとまらなくなってしまったのである。
それはじょっぱりO川の最高の男泣きであった。
その姿を見て居た隣席のだいぶつ氏もグランド上の迫力とはうって変わり、鼻水をだらだら流し、目をうるうるさせておった。その鼻水は彼のビールにぼたぼた落ちていたが気付かずに飲んでおった。
似た家庭の事情を持つ2人の幸せな将来に我々は仲間としていつもエールを送りたい。東京に来たらいつでもまた飲もう。
しかし、O川氏よ、スプリンターというには程遠い体型になってないか?!?!
重戦車か?!
このままじゃプロップ転向にされるで!!
邦子さん、彼をびしばししばきあげ体型改造をよろしく!!!!
↓↓↓最後に幸せあふれる写真をどうぞ。(ちなみに本人の許可済みです)
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