




9月末、北アルプスに登った。槍ヶ岳である。
去年は涸沢に行ったので、今年は槍に挑戦しようということになったのだ。
このページは、私 "エムカワ" と
"いぬねこ" 氏の登山記である。
去年
秋の、北アルプスの定番は穂高である。
とくに穂高連峰の入口にある涸沢カールは紅葉の名所だ。
穂高まで登らず、ここで満足して帰って行く人も多い。
昨年の涸沢の光景が目に浮かぶ。
うまい具合に紅葉のピークに巡り逢うことができたのだ。

山々がくっきりとその姿を現している。
青い空、白い雲、真っ赤に燃えるナナカマド。
心が洗われる。
ふたつの山小屋は人で溢れている。あまりに人が多いため、涸沢小屋では宿泊客の荷物が広いテラスの片隅に置かれ、雨よけの大きなブルーシートで覆われていた。
9月29日
昼頃にはこちらを出たかったが、いぬねこさんの仕事の都合で夕方の出発となった。午後5時に家を出る。
週間天気予報では、10月3日までハッキリしない天気が続く。いまは小雨が降っている。
途中、牛丼を夕食にとり、ついでに明日の朝食用に牛丼弁当を注文する。安くてよい。
いぬねこさん、サンダルがほしいと言う。テントの出入りで登山靴を履いたり脱いだりするのは面倒なものだ。靴流通センターに寄ることにする。
サンダル購入の後、明日の昼食用にハンバーガーを買い込む。安くてよい。
富士宮バイパスから精進湖道路を通り中央道を走る。
諏訪湖SAで小休止し、長野道に入って塩尻北ICで下りた。
山に入るとしばらく風呂に入れないので、松本で銭湯に入ることにする。念入り?に垢を落とす。
真夜中近く、上高地の手前にある沢渡駐車場についた。雨は相変わらず降り続いている。
上高地へは乗用車の乗り入れができない。自然環境保護のためだ。バスかタクシーを使うしかない。
また、時間の規制もある。門限に遅れると、出ることも入ることもできなくなってしまうのだ。
東京からは上高地まで夜行バスが出ているが、私たちは静岡からなので、沢渡駐車場からシャトルバスで上高地へ向かうことになる。
車中で物品の最終チェックとパッキングをする。物品の確認は大切な作業である。アイテムが一つ足りないことで、途中で下山を余儀なくされることもありうるのだ。
今回私が使ったザックは、ゼロポイントのワンルーム型である。部屋が一つしかないので、奥にある物を出そうと思ったら上にある荷物をすべてを出さなければならない。使う頻度の順番でパッキングできればよいのだが、重量のバランスもあり、なかなか思うようにはいかない。
物品で一番重いのはカメラを入れたソフトクーラーバッグである。中判と35ミリ一眼レフ各一台、交換レンズ、細々としたアクセサリー、フィルムを合わせると10kgほどになる。すぐ出せるよう一番上にしたが、ナベやコンロ、ガスボンベがあって据わりが悪い。
テントはいぬねこさんが、ツェルトは私が持つことになった。
これでザックの空きスペースはほとんどなくなってしまったのだった。
パッキングが終わったのは、日付が変わってしばらく経ってからだった。遅い就寝となる。
車中泊用の寝袋を忘れたので着込んで眠るが、明け方寒くて目が覚める。
体の調子が思わしくない。風邪のひき始めのような感じである。まずいことである。
9月30日
8時起床。一晩中雨が降った。
睡眠時間が短いこと、雨が降っていることを考慮し、無理をせず横尾で一泊することにする。
朝食は冷えた牛丼だ。朝からずしっと胃袋におさまってゆく。消費期限はきのうの22時だが、どうということはない。けっこういける。
横尾で泊まることになったので、昼まで駐車場でまったりする。風邪気味は相変わらずで、だから、こののんびり感は少しも不快ではなく、なんとなくうれしかった。

雨が止んできた。日も差してきた。
午後1時、シャトルバスに乗り込んだ。
30分ほどで上高地のバスターミナルに到着する。
ハンバーガー1コかじって、いよいよ歩き始める。
上高地から徒歩で約40分、明神館がある。ここまで歩くとザックや靴の不具合がわかる。丁度いい休憩地だ。ザックのベルト長を調整し、靴ひもを締め直し、次のポイント徳沢をめざす。

徳沢はリゾートという雰囲気がある。芝のひろがる広場がテントサイトでかなりひろい。
そのいちばん奥に、しゃれた建物の徳沢園がある。一本だけ黄色く鮮やかに紅葉した大きなカツラの木がその手前に立っている。
横尾まではほとんど平らで歩きやすい道が続く。ハイキングコースというより散歩道(ちょっと長いが)と言った方がいいだろう。もしイヌを連れていたら、どこかの公園と錯覚するほどである。
日が傾いてあたりが薄暗くなる頃、横尾に到着した。ここでテントを設営し、夕食の準備をする。
空が赤く染まっている。夕焼けだ。明日は晴れるだろうか、台風が来ているらしいが。

私たちのテントは2〜3人用だが実質二人で寝ると荷物を置く場所がない。なのでツェルトが荷物置き場になる。きょうは地面に広げたままで立てなかった。が、これが間違いの元であった。
食事を終え、そさくさと寝袋に潜り込む。
夕食は、インスタントラーメン、ハンバーガー、ウーロン茶。
山の食事は炭水化物が主体となる。エネルギーの補給が第一だからだ。インスタントラーメンとアルファ化米、それにフリーズドライのスープ類である。
軽さと調理の簡便さが重要なのだ。
10月1日
4時50分起床。小雨が降っている。喉が痛い。
5時半頃、白々と夜が明けてくる。湯を沸かし、朝食の用意をする。

テントの中は結露しまくっていた。フライをちゃんと張らなかったためだ。フライとテントの生地が貼り付いていたのだった。
ツェルトには水が侵入してしまっていた。防水加工だから大丈夫と高をくくっていたのがまずかった。お陰でパッキングに手間取ってしまい、予定より出発が一時間ほどずれ込んでしまった。
7時半、雨の中横尾を発した。
槍見河原で休憩するが、槍ヶ岳は見えない。一ノ俣を過ぎ、槍沢ロッジへ向かう。
気持ちが焦っていたのか、パッキングが雑になっていたようだ。
歩いているうちに、後ろから見るとバナナというかキュウリというか、三日月を背負ったようなかたちになってしまったのだが、ステッキを使っていたので、それでも歩くには妙にバランスがとれていた。

槍沢ロッジの少し前から登りはきつくなり、大曲まではほぼ同じ角度で坂が続いてゆく。
9時25分、槍沢ロッジに到着、しばし休憩する。
小休止するごとにザックの曲がりがひどくなる。仕方なくパッキングし直す。
ザックには水がかなり侵入している。衣類はビニル袋にくるんでいるので簡単には濡れないだろうが、やはり心配だ。
なにより三脚が困る。ザックの後ろに括りつけてあるのだが、けっこうがさばる。休憩の時、後ろに空間がないと座れない。
ザックの一番上に寝かせて付ければよいと思うだろうが、横に広がりすぎてすれ違う人の邪魔になってしまう。横に立てて付けるには重すぎてバランスが取れない。
ザックは三脚を付ける前提で作られてはいないので、荷造り用のバンドでぐるぐる巻きつけなければならない。撮影の必須アイテムだが、けっこう厄介な存在でもあるのだ。
何でそんな邪魔になるようなデカイ三脚を持っていくのだろうと思う人がいるかもしれない。それは、デカくて重い三脚でないと、シャッターを押したときにブレてしまうからである。
雨は降り続く。靴の中への水侵入もこの頃だろうか。撥水スプレーをタップリかけてきたが、これだけ濡れれば効力もなくなってしまう。よく耐えたと思う。
10時45分、ババ平に着いた。ここで昼食。朝作っておいた握り飯をほうばる。
11時54分、大曲り。頂のほうは雲がかかって見えない。
大曲を過ぎたあたりから、登りはさらに険しく急峻になる。この辺に山小屋がほしいと思う。
亀のように、ゆっくり、ゆっくり歩を進める。ザックのベルトが肩に食い込む。
クツ下と靴が妙にフィットしている。足を動かすたびに、水が靴からじわっと染み出すのが見える。クツの中はプールである。
ザックが重いので、登っているあいだは寒くないが、ちょっと止まると、すぐに身体が冷え始める。
テント泊の予定だったが、とても身が持たないと判断し、山小屋に泊まることにする。だが、歩けども歩けども先は見えてこない。
10分歩いて5分休むような状態。手がかじかんで言うことをきかない。3000メートル近い高地なので、外気温はずいぶん低いはずだ。
坊主岩小屋の前で休憩。ここでビバークか?
いや、なんとか山小屋まで行きたい。
ガスっていて見通しが悪い。足下に登山道の印があるので迷うことはないが、今どこにいるのかがよくわからない。それだけで暗い気持ちになるものだ。
なんども立ち止まり、座り込み、挫折(下りる、ではなく動くのを止める)しそうになる。雨に打たれながら、「もういい」と何度も思った。
夕方4時45分、殺生ヒュッテ着。
「今日はもうお客さんは来ないと思った」と笑いながら、山小屋の主人が暖かく迎えてくれた。
ザックの中はずいぶん濡れていたが、衣類はビニル袋に入っていたのでどうやらたすかった。しかし、シュラフは防水のスタッフバックに入れていたにもかかわらず、水を含んでいた。
ヒュッテの土間(コンクリート)で荷物を広げる。二つあるテーブルは荷物で一杯である。
乾燥室(といっても対流型ストーブが一つあるだけだが)に火を入れて貰う。
テント場で野営していた若い男性が山小屋に非難してきた。とてもテントでは寝られないから小屋泊に、と言う。なにしろ台風が来ているのだ。
いよいよ風雨が強まってきた。その日、宿泊客は我々と彼の3人だけだった。
いつもは衣類以外干せないが、客が少ないので今日は特別、シュラフから靴からテントにいたるまで、濡れているものはみな干した。
食堂のストーブに張り付くようにしていたが、体はなかなか温まらない。
5時半、ヒュッテの夕食をいただく。 ご飯、みそ汁、ロールキャベツ、漬け物、プチゼリー2個…。
テレビで台風のニュースをやっていた。静岡県は暴風雨だという。どこかで鉄塔が倒れたらしい。
8時消灯。時間になると発電機が止まるので、文字通り消灯になる。
声がおかしい、喉が痛い。鼻水が出る。風邪がひどくなったようだ。
重い掛け布団を被って眠る。
明日は台風一過、きっとよい天気だろう。
10月2日

5時ちょっと過ぎに起きる。腰痛、鼻水、腰痛。
風が強い。予想に反し、外はガスっている。
5時半、朝食の準備をする。
風邪ひいてる時のラーメンは臭いが鼻についてイヤだが、そんな状態である。食うのがシンドイ。
頭痛薬を飲んで少し楽になる。
風が強いのだから、吹き飛ばしてくれてもよいものだが、ガスは晴れそうもない。
しばらく待つことにする。
8時20分、荷物を殺生ヒュッテに置いて、35mmカメラのみ携行の軽装備で登る。
相変わらずガスっている。下の方は明るいが、槍ヶ岳は見えない。
ヒュッテから僅か30分足らずで槍ヶ岳山荘に着いた。こんなに近いのなら昨日のうちに来れたかも、とも思ったが、あの荷物を背負っていたら、辿り着く前に倒れていたに違いない。殺生ヒュッテが限界だったのだ。
槍ヶ岳山荘に着いたほんのちょっとのあいだ槍の穂先が見えたが、すぐガスに隠れてしまった。明るかった下界も、ガスに覆われた。
山荘は清潔感があり、なかなかいい。
女の子が土間を掃き、ぞうきんがけしている。明るく健康的で爽やかだ。
「掃除中なので、食堂で休憩してください」と彼女は言う。まったく嫌味がない。
その言葉に甘えて、食堂で暖を取る。
ここでは手作りのパンも売っている。山の上にいるとは思えない雰囲気である。
ただで居るのも申し訳ないのでコーヒーを注文した。
靴がまだ乾いていない。中敷きと靴下をストーブで乾かす。

「さて、そろそろ」と、山荘にいぬねこさんを残し、気合いを入れて槍の穂先を目指す。
山頂への道(道と言えるかどうか)は、鎖と鉄梯子が所々にあり、それ以外は岩に手をかけてよじ登ってゆく、ロッククライミング状態である。
ガスって視界は悪く、風がびゅんびゅん吹いていて、気を抜くと飛ばされそうな気がする。
鉄ばしごが凍っている。フリースの手袋しか持っていない私は、滑るのがこわくて途中で断念した。
再び食堂でうだうだする。が、いつまで待っても視界が開けないので、撮影をあきらめ殺生ヒュッテに下りることにした。
ヒュッテで昼食。インスタントラーメンと飯が、うまい!体調が回復してきたようだ。
荷物の整理をし、天狗原へと向かう。
ヒュッテから天狗原の分岐へは、1時間ほどで着いた。
分岐から天狗原へ向かう道はすばらしい紅葉である。ハイマツの緑をバックにナナカマドの赤が目にしみる。

天狗原に着いた。大きな岩がごろごろしている。天狗池の側には万年雪が残っていた。
天狗池から槍ヶ岳を望む。雲で見え隠れする槍ヶ岳。いい風景だ。
しばし天狗原で過ごす。
紅葉の撮影が目的ならババ平にテントを張るとよい。余分な荷物をテントに残し、カメラだけ持って身軽な身体なら機動力がある。ババ平から天狗原にかけては、どこを向いてもフォトジェニックだ。
テントを設営する。
10月3日
目が覚める。外はまだ暗い。
鼻水がずるずるする。体調よろしくない。
いぬねこさんは外でお湯を沸かしているようだったが、私はテントの中でうだうだする。
1時間ほどしてぼちぼち動き始めることにした。
テントが結露し凍っている。やはり山は寒いのだ。
空にはうっすらと雲があり、三日月が出ていた。
朝食を摂り、再び天狗原界隈で撮影をはじめる。
日が当たるようになると、とても暖かい。
ポイントを探し、じっくりと構図を模索する。
空が青い。槍ヶ岳もくっきり見える。写真的には多少雲がほしいところだが、思ったようには出てくれない。が、それはゼイタクと言うものだろう。

天狗原界隈にはぞくぞく(といっても数人だが)と、強者のカメラ小僧(といってもすでにおじさんだが)がやってくる。
足もとが悪いかもしれないと、磯用の長グツでやってきたおじさん。何時間も天狗池で粘っていた。
朝一番のシャトルバスで上高地に到着し一気に、昼にはここまで登ってきたおじさん。しかも、翌日には涸沢を日帰りで往復してしまう健脚!
よくぞ登ったり。齢八十過ぎてなお、ナナカマドを前に撮影しているおじいさん。

ババ平で遅い昼食となる。もう午後三時だ。
暗くならないうちに下ってしまいたい。横尾で泊まってもいいが、なるべく上高地近くまで行きたいのだ。徳沢まで急がねばならない。
途中ヘッドランプを付け、徳沢に着いたは6時半だった。
テントを張り、夕食の準備をする。風がびゅんびゅん吹いている。
夕食のメニューは、じっくりことこと煮込んだスープと卵スープ(中華味)、アルファ化米。
体が温まる。
寝袋に潜り込むが、相変わらず風はびゅんびゅん。
10月4日
朝、相変わらず風はびゅんびゅん吹いている。
朝食を終え、テントをたたみ、出発の準備をする。
徳沢の、黄色く染まったカツラが美しい。少し撮影をし、徳沢を後にした。
明神池に着くと猿が5、6匹明神館近くの赤い木の実を食べている。それをのんびり見守る観光客。のどかな風景といったところ。
そこへ館の主人らしき人がきびしい顔をしてやってきた。
箒片手に、石つぶてで猿を威嚇するのだ。
「日光みたいにしちゃどうしょもない」と言う。
野生は野生のままがいい。観光客がヘンにエサをやってしまっては、自然のバランスが狂ってしまう。

昼少し前、 河童橋に着く。
河童橋周辺は観光地だと、あらためて思う。
でっかいザックを背負っている汗まみれの我々には、ちょっと場違いのような感じがしてしまう。
登山者の影がとても薄いのだ。
丁度よい時間である。早速昼食の準備をする。
今日の昼はパスタだ。最後の自炊である。
マカロニをゆで、たらこスパの素をかけてツナマヨを混ぜ合わせていると、やけに人なつこいカモがやってきた。
何だろうと思ったら、エサをねだりに寄って来ているのだった。
見渡せば、梓川の畔で弁当を広げながらカモにエサをやっている人たちがいる。
カモのハト化である。これでいいの?と首をひねってしまった。
のんびりと上高地を散策する。上高地はけっこう広い。車は走らないからすべて歩きである。高級ホテルも並んでいるが、宿泊客もそこまで歩くのだ。
ハイヒールに重いボストンバックをぶら下げて黙々と歩く姿を見て、なんだがおかしかった。
ウエストンの碑見る。
午後3時、 バスターミナルに着く。ここでは登山客と観光客が入り交じっている。やはり山の入口なのだ。
ちょっとほっとする。
午後4時半頃、沢渡駐車場を出発した。
行きは高速道路を使ったので、帰りは下道を行くことにしたが、時間が時間だけに渋滞にはまってしまった。
とりあえず、おなかにものを入れようということで、ラーメン屋に入った。
山でインスタントラーメンばかり食べていたのだから別のものでもよかったのだが…。
国道20号線をひた走り、諏訪郡富士見町にある蔦木宿(道の駅)で温泉に入った。サウナがあり、露天風呂もある。なかなかいい温泉である。
ひさびさに体を洗える。
頭を洗う。1回のシャンプーではまったく歯が、いや泡がたたない。3回目にしてようやく、いつものような感触になった。
入浴後、体重を量った。かなりエネルギーを使ったはずで、何キロ減ったか楽しみだったのだが、ほとんど変わっていなかった。そしてナント、いぬねこさんの体重は増えていた!
なぜなのだろう。おなかを撫でながら、ちょっぴり悲しくなった。
しかし、体脂肪は減ったはずである。イヤ、そう信じたい。
うちに着いたのは日付が変わる直前だった。明日は、足を引きずって歩くのだろうなあ…。