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《過去に観た映画はこちら》

ミスティック・リバー(@渋谷シネパレス)

 なんだか、背筋が冷たくなるような「こと」を描いた作品である。
 仲のよい少年3人が、悲劇に巻き込まれる――1人が誘拐されるのである。
 大人になった彼らは、ある殺人事件をきっかけに再会を果たす。一人は殺人事件の被害者の親として、一人は殺人課の刑事として、そしてもう1人は容疑者として。

 話はミステリーなのだが、ミステリーとして見たらあまり面白くない(なんか最初の段階で大体予想がついちゃうのである)。しかし、タイトルの通りこの作品は、普段の生活には見えない「人生の底を這うように流れる流れ」を見事に描ききっている。すごいなぁクリント・イーストウッド(監督)。クリリンなんて言っちゃってごめんよ。
 再会した3人は、それぞれに辛い過去(現状)を負っている。誰が勝ちとか負けじゃない、それぞれにそれぞれの地獄があるのだ。だから、3人の男(ショーン・ペン/ティム・ロビンス/ケビン・ベーコン)のいずれかに「あいつはラッキーで、あいつはアンラッキー」とランク付けはできない。
 しかし、男達とは対照的に女達の世界はもっとハードで、勝ち負けつけられるわけないこの勝負に、キッチリと落とし前だけはつけるのである>ジミーの妻アナベス「ジミー、あなたこそこの町の王様よ」 こわー…。
 特に、ラストのパレードのシーンでのアナベスとセレステの対比。それこそ背筋が凍りつきますよあなた。

 警察も町長も介入できない、町の暴れん坊親方(こういう人、日本にも絶対一人はいるよな。商店街の会長とか)ジミーにショーン・ペン。ピッタリの役ですね。『アイ・アム・サム』の父親役もよかったけど、こうゆー繊細な乱暴者の役が彼には一番似合っているし、そういう役をやらせたら、一番うまい役者だと思う。
 刑事役にケビン・ベーコン。相棒の刑事役に『マトリックス』でお馴染みのローレンス・フィシュバーン。彼一人だけ浮いてました。演技のトーンがみんなと違う。舞台である「大都市郊外の街」があんまり似合わないんだな、この人。スマート過ぎちゃって。
 誘拐され、暗いトラウマを持つデイブにはティム・ロビンス。

 最初から最後まで重苦しいので、観終わったあとにショックが来る映画。人生は(何度も人生人生ってスマンね)きっちりと物差しで計れるものではないし、また、明確に分別つけられないものなんだという感想を持った。表には裏、裏には表が必ずあるのである。

 それにしても、最近アメリカで絶賛されている映画って、ほんとこーゆーのが多いね。みんなそんなに今の自分と本当の自分に折り合いがつかなくて悩んでいるのでしょうか。
 ちなみに、ショーン・ペンの演技を見ていて思ったのだが、田村正和はきっとショーン・ペンを意識して演技しているのではないか。似ているのよすごく。セリフとセリフの間の取り方とか。ソックリ。
 んで、それを受け継ぐのがまー木村拓哉なんだろうなぁ、と思ってしまうわけです。
 あ、あとワーナー宣伝部の「もうひとつの『スタンド・バイ・ミー』を見るために、あなたは大人になった」っていう宣伝は、全然この映画の趣旨と外れている気がします。『スタンド・バイ・ミー』のような甘酸っぱさは、この作品にはさらさら無かったぞ!
 
キル・ビル VOL.1(@池袋文芸坐)

 やっとこさ『キル・ビル VOL.1』を観に行きました。

 結論からいうと…この映画については、「オタ(ク)万歳!」「フジヤマ・ゲイシャではなく、これが本当のジャパニーズ・カルチャーだ!」とする肯定的な意見が多勢を占めていますが、私はあんまり面白くありませんでした。
 「え〜あんなに楽しみにしていたじゃん!」と周りから言われそうですが、正直、ちょっとガックリ、拍子抜け。なんで、なんでだ。タランティーノは日本のチャンバラ時代劇を見ていなかったのか?

 サムライ/女子高生/ヤクザ/アニメと、これらは確かに今の日本を真に意味する記号であります。だがねー、「あぁ、やっぱりニッポンってこの程度でしか理解されていないのね」と思えば、そりゃサミシイじゃんか。
 クライマックスの「青葉屋の決闘シーン」、あれは予算がかかっても日本で撮影するべきだった。なぜ、刀を使った“真剣”勝負に香港ワイヤー・アクションが必要なのか?タランティーノの脳内妄想では殺陣もワイヤーも一緒くたかもしれないが、見ていてドタバタしているだけで、クールな立ち回りではなかった。
 タランティーノが日本刀を“Cool”な象徴と考えているのなら、やっぱり正攻法の殺陣でアクションを作ったほうがカッコよかったんじゃないかなぁ…。
 それに加えて「青葉屋」のセット…。あの巨大なセットは、小泉首相がブッシュ大統領初訪日の際に嬉々として連れて行った西麻布の某巨大居酒屋とまるで同じ。

 オレンとの激闘を繰り広げる安っぽい雪の庭も、ぜんぜん情景的に美しくない。作りもののチープさを出したかったのかもしれないが…庭はよくない。大体、雪の降る庭で血を流すなんてのは「、忠臣蔵」みたいな不粋な奴らがやればいいことなんである。

 オレン・イシイは非常によかった。「復讐を誓う女」としては、ユマ・サーマンが演じる“ザ・ブライド”よりずっと似合っていたし、血が通っていた。
 そう、この映画がダメだコリャと思った理由がユマ・サーマンなのよ。この人、“ザ・ブライド”の役にそもそも合っていなかったんじゃないか?
 キレイすぎるし、シンプルすぎる。セルロイドの人形ようなその肌から、映画でも象徴的に使われている「血」の匂いが漂ってこないのだ。『キル・ビル』を観る前に実は『パルプ・フィクション』(1994)を観たんだが、ユマ・サーマンは『パルプ…』のミアみたいな、ちょっと普通の世界にはいないような女を演じた方が、しっくりくる気がする。
 だから、彼女が鼻から血を噴出そうとうめき声を上げようと、いまいちヒロインに没頭できないのである。「復讐を誓う女」は、かっこよくカワサキのバイクなんか乗りこなしてはいけない(ホンダじゃなくカワサキ選んだ点は評価)。
 もっと身ぐるみひんむかれて、縄で締め上げられて、陵辱の限りを尽くしていたぶられないと、観ている方は彼女の復讐を認められないし、ヒロインを応援できないのだ。
 「や〜、こんなにイジめられてカワイソウ!外道のビルなんて殺しちゃえ!」と観客に思わせないと、復讐のヒロインは完成しないのだ。
 その点、オレン・イシイは、観客に「すげぇこの女」と思わせるエピソードが盛りだくさんなのである。どうしたって、分はオレン・イシイの方が優勢である。

 日本人俳優について。
 サニ千葉。うーん…伝説の刀匠ならぜひ立ち回りを披露してほしかったなぁ。それでこそ面目躍如って気もする。
 栗山千明。かわいい。GOGO夕張の役は日米両国のオタにはタマランね。とりあえず目のマスカラがすごい強調されたハリウッド・メイクだったね。演技はあまり上手でなかったが、まぁ演技力より存在性の方が重要だからいいかー。でも、あんなに短いスカート履いてたのにパンチラ無しは(いささか)サービス不足である。
 そのほか、田中要治、森下能幸などなど。菅田俊なんてえらくシブいキャスティングである。

 まぁ、『キル・ビル』はタランティーノの脳内妄想が爆発して、使いたいキャスト、使いたい話で本物の映画にしてしまったのだから、タランティーノは(前からずっと思っているが)つくづく幸せな監督である。
 彼はこのまま、「SF大好き〜」が昂じて、自ら壮大なSF映画を作ってしまったジョージ・ルーカスのようになるんだろうか。二人とも、パクったネタで大まじめに映画を作り、それが結果として大ヒット作に結びついている点もよく似ている。
 にしても『キル・ビル』…血と刀とヤクザをのぞいたら、大した話じゃないんだよなぁ…。今度のVol.2は一体どうなっちゃうんだろう。

マトリックス レボリューションズ(@吉祥寺バウスシアター)

 やっとわかった。スミスは福田官房長官に似ている。
 マトリックスという映画自体がマトリックス(幻想世界)なのであるので、映画自身に映画の物語性やカタルシスを求めてはいけない。
 キアヌ・リーブスはあまり演技が上手でない。