2003年8月 ← 日記 ← ホーム


コンビニ開店/野見山暁治展/セクレタリー/ヴィクトリアン・ヌード展/法隆寺宝物館/シャノアール/氷海の伝説/青年海外協力隊/富山旅行/純生のCM/映像記録 昭和の戦争と平和〜カラーフィルムでよみがえる時代の表情〜/厚田・岩波映像資料センター えい・あい館/化粧品のカウンター/日本の夜と霧/絞死刑/傘盗まれる/天栄村と風力発電と岩瀬湯本温泉
クーラー欲しいよ。
■2003/08/29 初めて乗る電車

 暑い…。神保町の画材屋に行き、ご祝儀袋を選ぶ。  ご祝儀袋って意外とシンプルなものが少ない。色付きの和紙、金箔ピラピラ、なんか大きい鶴なんかが乗っているのもある。  結局、ポチ袋コーナーで表面に何も書いていない、薄いピンクの色が付いた袋を買った。  レジの向うにガラス器のコーナーが置いてある。ベネチアングラスの縁に昼の強い光が当たって、透ける光のそこだけが涼しい。

 今日は週末金曜日。バイト先すぐそばの国立近代美術館に『野見山暁治展』を観に行く。金曜日は夜8時まで開いているのだ。

 この画家の絵を観るのは初めてだ。抽象画。近年の作品よりも、若いころパリに行っていた時の絵にひかれた。
 夕焼けのような、しかし、観様によっては体内の肉を光にかざしたような、ピンクとラベンダーが混じった色で描かれている。どうにも、観ていると心がモゾモゾしてくる。落ち着く色なのに興奮する。

 時間が余ったので常設展へ。ガーン。結構盛り沢山。もっとじっくり観たかった。
 梅原龍三郎の『北京秋天』(1942)と『姑娘とチューリップ』(同)を観ることができた。
 戦前、北京に滞在していた梅原は、好んで旗袍(チャイナドレスね)姿の女性を描いたという。女優の李香蘭(山口淑子)もしばしば呼ばれて、モデルをつとめたそうな。
 この女性もそーなのかなぁ、と絵に顔を近づけてジーッ…。

 美術館を出たあと、友人がコンビニを始めたというので開店祝いに行く。
 大田区は東急池上線の千鳥町駅前にあります。セブンイレブンです。キャノン本社がある下丸子のすぐそばです。
 近くを通ったら是非寄ってちょ。

 で、五反田駅から東急池上線に初めて乗った。
 初めての電車は、乗っている人、車窓から見る風景、すべてにぎこちなさと緊張を覚える。
 同じ東京に住んでいるのに、外国に来たわけでもないのに、どうしてこんなに違和感を感じるんだろう。まるでテレビドラマの中の光景にまぎれこんだようだ。
 異次元の空間に、実は今、私はいるんじゃないか、そんな妄想まで出てくる始末。

■2003/08/24 文化の夏

 本格的な真夏日パート2。熱い。もうマジで熱い。クーラーくれクーラー。
 最近、駅からの帰り道、私は家々の窓をチェックしている。昼間の暑さが残る夕方、窓が開いていないとゆーことは、その家はクーラーをつけているのである。
 閉まった窓を見るたびに歯ぎしりしている俺。貧乏度高いじゃないか。情けない。

 早起きして新宿でモーニングショー。『セクレタリー』(2002)を鑑賞。
 自分のこと差し置いて何だが…8割はオタクだった。女の子がお尻hittingされて目覚めちゃうお話だし、そんな映画にわざわざ早起きして観に来る方々は、まぁ…オタクなんでしょう(含有我)。
 でもなァ。パンフレット見てグフグフ笑ってたりさァ、なんか上映中に変な臭い(お風呂入ってないような)もしたしな…。オタクでもいいから風呂は入ってよ。一人笑いは人前では謹んでよ。

 上野へ移動。東京芸大美術館で『ヴィクトリアン・ヌード展』。
 芸大美術館に初めて入った。順路が変わっている。1階→3階→と来て、2階に出口があるのだ。順路を逆戻りしにくい構造になっている。
 見学順路については各論あるだろうが、まぁ、ちょっと強制的な感じはした。「ちゃんと考えて並べたんじゃ。ウロウロしないで順序どおり見ろや」ということではないだろーが、もしかしたらそーゆー意見も着工のときにあったのかも、しれない。

 その後、彼氏の提案で国立博物館の法隆寺宝物館へ。マジ凄いっすよココ。1999年にリニューアルした建物は、谷口吉生のデザインも凄いけど、とにかく中!展示物、名称のとおり、本当お宝だらけです。
 しかも、資料室はインターネット(外部アクセス可能)あり、ゆったりソファあり(Le Corbusierデザイン:シングルで市価18万円)、いやぁーお金かかってますね。さすが文化行政の東大クラス。なんかもう、映画保存の扱いと比較するとヤになっちゃっうくらい立派。

 遅い昼食。蕎麦と牛タン丼のセットを食べるが、とってもマズい。
 疲れて家に帰宅。『ちびまる子ちゃん』から『サザエさん』といつもの流れ。今日のサザエさんジャンケンはあいこ。

 夕飯はもずくウドン。もずく+オクラ+お酢+だし+醤油+ちょこっと砂糖、をグチャグチャ混ぜて、冷たいうどんにかけるだけだ。手抜き料理だがウマー。
 それにしても暑い。布団の上で寝られない。畳に直接寝ることにする。

 
■2003/08/23 シャノアールの謎

 あー…ついに、ついに本格的な真夏日。気温35℃。熱い。
 クーラーの無い我がボロアパート。灼熱地獄である。畳がアッタかいのだ。
 そんな中、何とか頑張って甲子園の決勝戦を見る。常総学院勝ってよかった。木内監督ご苦労様でした。

 木内監督の胴上げを確かめてから、西陽攻撃が始まる前に駅前へ逃げ出す。
 シャノアールでアイスココア。彼氏は就職活動の参考書を読んでばかりいる。その上、ジャンボパフェ(チョコレート)まで食べている。
 シリアル嫌いの人がパフェのコーンフレークを食べられるのはおかしいじゃないか、と指摘すると、「朝ご飯でシリアルにミルクかけて、ハイ、と出されるのが嫌いなのだ」と言う。
 そういう女は妻として認めないんだそーである。あーそー。
 ほんじゃ味噌汁と卵と漬物用意して、茶碗にはシリアル入れて出してやる。文句ないべ。

 クーラー効き過ぎ&冷たい物をガブ飲みしたせいか、お腹がピーピーしてくる。
 外から、ドドンパドドンパと太鼓の音が響いてきた。今日は『三鷹阿波おどり祭り』なのだ。
 喫茶店を出ると、祭りが始まっている。小さな女の子までが編み笠をかぶっているのが可愛らしい。

 駅前のトンカツ屋で夕食。トンカツ屋にはひっきりなしにお客がやってくる。揚物の匂いをかぎながら、チンチンドンドンと鳴り物の音を聞いていると、あぁ、日本の夏だなァとしみじみ思う。

 ところで、喫茶店『シャノアール』とは『chat noir』=『黒猫』だったんスね。「ノアール」と書くからわかんないのだ。「ノワール」と表記してくれれば「あぁ、フィルムノワール=黒ね」と気付いたのに。しかも、メニューに黒い猫が描いてあるのに。気付くの遅すぎ。

 
■2003/08/22 アラスカの白い世界からベタベタ松竹へ

 岩波ホールへ映画を見に行くのは久しぶりだ。新宿で諏訪敦彦の『H story』(2001)を観にいこうかと思ったが、前評を読むと、どーも面白くなさそうなので、やめる。週末で頭は疲れている。観念的な作品は避けておこう。

 岩波ホールで観た『氷海の伝説』(2001)。上映時間が2時間52分もあるのでどうなるだろう…と不安だったが、観て本当によかった。公式サイトのreviewにもあったけど、ほんと、陳凱歌の映画を最初に見たときのような衝撃があった。

 約3時間という長丁場、且つ岩波ホールの観客層は年齢が高いからか、映画の途中に10分の休憩が入るという変則的な上映形態。
 黒い画面に白いゴシック体で「休憩10分」と出た途端、会場に微かな笑いが漏れる。だってこれ、『釣りバカ日誌』の「合体」を連想させるんだもん…いきなし松竹調かよ。

■2003/08/20 国連駐イラク事務所へのテロ

 要するに、あるテロリストたちにとっては、国連もアメリカも「勝手な理屈で、勝手に国を荒らして、支援だ援助だとカッコいいこといって、俺らをコントロールする不逞な輩だ」とゆーことなんでしょう。
 犠牲になった国連スタッフをどうこう言うつもりはないが、国連、「国連」だからって許されると思ってはいなかったか。

 思い出したのは、青年海外協力隊の説明会。
 私は数年前、青年海外協力隊に応募しよーと、渋谷で開かれた説明会に出席した。問題集も広報誌「クロスロード」も購入した。マジで応募するつもりだったのである。
 説明会の終盤、個別相談となった。私のいるグループには2人の協力隊OBが説明に当たった。
 彼らが話すことは、いかに自分たちが水や食べ物で苦労したか、現地の人とのカルチャーギャップに悩んだか、という内容が主だった。
 参加者も、「帰国したら就職できますか?」「受かるには専門能力が重要ですか?」とゆー質問が多かった。

 私は聞いた。就職は厳しいと過去に協力隊に言った友達がこぼしていたし、専門能力のない人間が行ったって、現地の人にとっては迷惑なだけだと思ったからだ。
 だからほかの質問をした。「もし、あなた方の背後に、日本だとかJICAだとか、後ろ盾が無かったら、この協力隊に参加していましたか?」
 OBの二人は黙ってしまった。

 まぁーなんてヤな質問するんでしょ。今思うととんでもねぇ女ですね。恥です。
 しかし、私が今ここで、恥を晒してでも書きたかったことは、大樹の陰に寄りかかって、支援の本来の意味を忘れてはいないか、と疑問に感じたことなのだ。

 結局、就職が決まったこともあって協力隊には参加しなかった。  「大樹=大国じゃなけりゃ、そもそも支援なんてできるわきゃねーじゃん」と言われればそれまでなのだが、今でもこの疑問について考える時がある。
 アメリカではなく、「国連」が狙われたというニュースを聞いて、あの時の話を思い出した。

 
■2003/08/17 富山から東京へ

 朝起きると雨。彼氏の家からは剣岳がすぐそこに見えるのだが、今日は見えない。

 朝ご飯を食べた後、午後の出発までノンビリと過ごす。疲れがたまっているのか、誰も来ない2階にあがるとついウトウトしてしまう。
 しかし、彼氏の実家で昼寝を決めこむほど、私はまだずーずーしくはない(=小心者なのである)。

 午後1時。駅まで車で送ってもらい、富山をあとにする。
 富山駅からの特急は満員。ザックを背負った山帰りの人が多い。
 越後湯沢まで2時間。上越新幹線に乗り換えて東京まで2時間。計4時間。ただひたすら眠った。
 東京に着くと、街はネオンをガンガン光らせていてまぶしい。窓を開けたら何も見えない、真っ暗な夜が4時間も電車に乗ればあるのに。
 日本は狭いようで広いのだ。

 和食続きだったので洋モノが食べたくなり、夕食はコンソメスープのスパゲティにする。
 二人でスープをすすりながら、なんだかしみじみしてしまう。コンソメスープには、そういう効能がある。

 
■2003/08/16 東京から富山へ

 1泊2日で富山へ行ってきた。彼氏の実家へ里帰りである。
 千葉とか滋賀とか、一見なんのことやらわからない県名もあるが、富山はその点非常にわかりやすい。
 本当に、山、山、山、の土地である。富山人の背後にはいつも日本アルプスがそびえ立っている。いつも山に守られている。
 そのせいかどーかはわからないが、富山の人は概ねノンビリした人が多い。顔つきもおだやかで、ポヤーンとした表情をしている人が多い(特に男子。俳優の西村雅彦、ノーベル賞受賞者の田中耕一さんを見よ)。
 しかし、ポヤーンとしながらも、「県内の小学生は全員立山に登山」とゆー通過儀礼があるせいか、性格は辛抱&粘り強い。
 これは私の偏見だが、富山の男子はムッツリ助平が多いと思う。批判を覚悟で書くが、その方面においても非常に大和男子的である。

 朝4時半に起き、8時の羽田発富山行き飛行機に搭乗。
 朝っぱらから気になったのが、羽田空港へ向かう京成線で、品川から乗ってきた若い夫婦。
 旦那はチューブの前田風。首元に金のネックレスが見え隠れしている。奥さんは30歳を明らかに過ぎているであろうに、くるぶしまでのレースのソックス。
 何故この二人がくっついたのか、理解に苦しむこの夫婦、かなり焦っている。
 ニャぜならば、電車は7:32に羽田空港駅に到着するのに、夫婦の乗る旭川行きの飛行機は7:45発なのだ。

 旦那はガタンガタンうるさい車内で、必死にJALへ電話をかけている。奥さんはその隣で、「私たち荷物預けないし、」「飛行機ってちょっと位遅れたって待ってくれるからダイジョーブだよ」と旦那の携帯に向かって無責任な事をわめいている。

 しかし、JALもお盆時期の繁忙期は強気だ。「お助けできません」の一言で旦那は電話を切られたらしい。
 それでも奥さんは喰いさがる。
 「わかった!私が改札出る時、2人分の切符を精算しとくから、〇〇ちゃんは先に荷物持ってカウンターへ行けば間に合うよ!」
 「んなことしたらオレが改札出れねーだろ!」

 小バカな議論が続くこと15分。電車が駅に着くやいなや、二人は荷物を持って走っていった。
 「絶対コイツら間に合わない。ってーか、間に合ってほしくない」とその時車内にいた誰しもが思っただろう。私だけではないはずである。

 飛行機の窓から、日本アルプスの峰にまだ雪が残っていることを確認。40分のフライトで富山に到着。
 東京は雨が降っていて寒かったのに、富山は青空で、しかも暑い。日差しが強い。

 家でソーメンなどを食べたあと、魚津水族館に行くことにする。
 しかし、水族館、入場料が高い。大人1人730円。となりの売店で売られているコーンラーメン630円より高い。
 開催中の特別展は「オスとメス−水生生物の性」。性ねぇ…。夏休みだってのに、すごいネーミングだな。
 結局、水族館は面白くなさそうなので、氷見へ向かう。

 氷見で『赤い橋の下のぬるい水』(2001年・今村昌平)のロケ地を訪ねる。家屋や橋は撮影当時のまま残してあり、観光客向けの地図も用意されていた。
 氷見の道の駅で買った焼きそばが激しくウマー。イカや貝がゴロゴロ入っている。さすが氷見。
 道の駅にはおいしそうな魚がたくさん売られていた。いい魚を買うには、朝早く行かないとダメなようだ。

 家に戻ってお風呂。親戚を呼んで大宴会。お庭で花火。しかも十数年前の花火だと言っていた。ちゃんと点火した。物持ち良すぎるこの家。
 家に戻るとデザート。アイス、水羊羹、ブドウ、梨、おまんじゅう。まるで家中から掻き集めた様相である。
 さすがにお腹いっぱいになって早々と就寝。


■2003/08/14 8/11の内容について訂正

 NHK総合で「映像記録 昭和の戦争と平和〜カラーフィルムでよみがえる時代の表情〜」を見る。
 カラーフィルムの発見、というよりも8/15終戦記念日前の戦争特別番組。
 映像はよく復元されていた。でも、今見るこの色合いが、果たして当時の色合いとまったく同じなのかというと、そうではないのだ。
 一度失われたものは、完璧にはよみがえらない。

 番組で使われた映像のほとんどは、アメリカ側が撮影している。
 日本人が五穀かじって「一億玉砕」とか叫んでいたときに、アメリカ人は高価なカラーフィルム使ってカメラ回していたんだもんなぁ…しかも余所の国の焼け野原なんか撮っちゃって。
 戦争に負けるはずだわな、と思う。

 ところで、訂正8/11に書いた日記の内容ですが、あれウソです。すいません。
 「大日本天然色映画」が人工着色を行っていたかどーかはともかく、『千人針』に関してはマルチカラー方式とはっきり朝日新聞の記事に書いてありました(ちゃんと読めよ)。
 で、マルチカラー方式とはなんぞや、ということですが、ある方にご教示頂いたところ、赤色と青色と、2種類のネガを用意して、この2本のネガをポジに焼き付けて調色する、とゆーことです。
 化学はからきしダメなので理解できませんが、よーするに人がセッセと色を塗っているというわけではないようです。
 失礼しました。
 ウソは書いちゃいかんね、ウソは。以後不勉強気をつけます。


■2003/08/13 最近のCM

 CMについて2本。

 まず、コマソンについて。サントリービール『純生』のCMです。
“狂犬”と呼ばれたあの極楽とんぼの加藤が、あろうことか木村佳乃とボロ一軒家で「ぜいたくしない、でも、しあわせ。」とゆー、なんだか真の貧乏人or加藤の凶暴ぶりを愛しているファンが聞いたらキレそうなコンセプトに基づいて作られたこのCM。バックに流れる歌が印象的ですね。

 ♪ゼイタクしなくていいんだよ。二人で作ればパラダイス。明日も晴れそうだ。
 ♪VIVA純生。VIVA純生。
 ♪サントリー純生。


 これが1970年代のCMソングの復刻版と知ったのは最近のことです。
 1970年ごろから放映されたオリジナル版は、俳優の佐藤允が登場するシリーズが続いていたとのこと。
 で、オリジナルの歌詞(歌:森田公一とトップギャラン)は、

 (1番)
 ♪命が燃えればいいんだよ
 ♪何もなくてもさ
 ♪見知らぬどうしの一騎打ち
 ♪それが男だよ
 ♪VIVA純生。VIVA純生。
 ♪サントリービール


 (2番)
 ♪寝ぐらがなくてもいいんだよ
 ♪青い屋根がある
 ♪キラつく太陽 子守歌
 ♪波をまくらによ
 ♪VIVA純生。VIVA純生。
 ♪サントリービール


 こーしてみると全然違いますね。オリジナルの方は1番・2番をみると一匹狼的な男性像が目に浮かびます。
 特に1番。時代が感じられますねぇ。「ビール飲む人=男」から「ビール飲む人=男と女(もしくはファミリー)」という図式に変化したのです。
 飲酒の範囲内に女性が加わったんですね。確かに、今のアルコール飲料の主要ターゲットは若い女性です。
 キリンだって中山美穂だし、サントリーモルツには鈴木京香がいたし(今は田中麗奈)、エビスビールもほとんどが男女一緒に出ているし。
 その一方で、高倉健の男っぷりを前面に推しだした『キリン クラシックラガー』もあるんですが。これは三船敏郎から続く「男は黙ってサッポロビール」の伝統でしょうね。

 で、お次はシャープの液晶テレビ『AQUOS』のCMについて。

 美しい建築の中で液晶テレビを見ている吉永小百合。
 「もういちど、テレビに集まる、家にしよう」というナレーションが映像にかぶさる。

 AQUOSという液晶テレビは画像の美しさやデザイン性もさることながら、ブラウン管使用のテレビに比べて消費電力を約50%〜30%削減し、発電によるCO2の削減に貢献するとゆーことで、「環境に優しい」テレビなんだそーである。
 CMの最後にも「リビングは、環境です。」とある。
 みんなが集まらないリビングに、「環境=リビング」に優しいテレビを置いて、みんなでテレビを見ようよ、と制作意図があるのかどーかはわからないが、私が思うに、結局、いくらハードの性能が良くなろうと、受信機の中で流れるソフト(番組)がどーしょーもなきゃ、テレビの前に集まったって意味はないと思うのだ。
 だから、AQUOSのCMがテレビで流れるたびに、「なんだかなぁ…」と思ってしまうのである。
 それとも、AQUOSの前にみんなが集まって、この美しいデザインのテレビを愛でよう、ってゆーことなのか?
 よぅわからん。

 それにしても、最近面白いと思えるCMが少ない。
 特にガタ落ち度の激しいのがJフォン。どうしたJフォン。これは東日本地区限定の話だが、東京デジタルホンから移行した1998年から999年当時のCMは素晴らしく良かったのに。藤原紀香の「ジェイフォンあらわるシリーズ」。
 特にいいな〜、と思っていたのが「スカイメール編」。メールを打っている男子高校生がベリッとマスクを剥がすと、そこには謎の女“ジェイ・フォン”が…。
 「作文は得意なのよねぇ〜」と、颯爽と藤原紀香が現れるシーンはいつ見ても「カッコええなぁ」と思った。

 なのに今のJフォン(東日本)はあんまり…むしろ2ちゃん広告・CM板ではよくパッシングを受けている。
 ドコモはお役所色が抜けきれなくていつも面白くないし、auもイマイチ。TU-KAは「カメラなんか要らない」と開き直ったところが逆に痛々しく思える。

 といった中で、安定しているのが「引っ越しのサカイ」。1989年の開始時から一貫した面白さを続けている。
 これはCMに出ている徳井優さんに拠る所も大きいのだろうが、毎回、サカイのCMには期待を寄せてしまうのである。
 (ちなみに、サカイの歴代CMはホームページで見ることができます。トップページ>カンパニー>CM紹介 これも特筆にあたるエラい点)

 
■2003/08/12 慰めは友達とにんにく卵黄

 久々に友人と会う。吉祥寺の台湾料理『旺旺』で魯肉飯や米粉、棒棒鶏、苦瓜炒肉など。友人は台湾に長く住んでいたことがあり、ここの魯肉飯は特においしいと言っている。タマゴタマゴ♪が入ってるぅ。煮タマゴたまらん♪確かにおいしい。量多い。しかも安い。「大盛り」「安い」の言葉に弱い私は大満足。

 お茶をしに、以前から気になっていた喫茶店『花仙堂』へ。入り口には京傘と赤い毛氈を敷いたベンチ。
 中に入るとダウンライトがほの暗く、車箪笥や大きな生花が置いてあり、落ち着いた雰囲気。木のイスの背もたれに白いカバーがつけてあるのが一番好ましく思える。

 デザートがおいしそう。しかし、あまりに台湾料理でお腹イッパイになってしまったので、泣く泣くブレンドコーヒーのみ注文。
 1人用のサイフォンに入ってコーヒーが出てくる。おいしい。冷めても酸味が出てこない。うまーい。
 BGMはバッハのチェンバロ協奏曲。ガラにもなく、私はバッハのチェンバロ協奏曲とチェロの無伴奏組曲が好きなのだ。
 おいしいコーヒー、静かな喫茶店、良い音楽。最高じゃないか。いい夏の夜じゃないか。それなのに、あぁそれなのに。

 詰まるところは2時間半、友達に対してグチの言い通しなのである。「あたしの人生こんなハズじゃなかった」とかさ。なんだよ、だったらお前の人生どんなハズだったんだよ、と突っ込まず、黙ってうんうん、と聞いてくれる優しき友達。
 最後はいつもの開きなおりで、「人生闘うことから降りたらラクよぉ〜」と、中年オバサン風にスナップ利かせて手首をブンブン前後に振る。
 ダメだ…かなりダメっぽい俺。
 でも今日は結構鬱だったのよ。だから甘えちった。普段オプチミストでも、そりゃー落ち込む時は落ち込みますよ。
 とゆーわけで、なんだか「甘えたい俺」と「それを許さない俺」が相反する、静かなる激動が走った一夜。
 「やずや」の『家伝にんにく卵黄』(カプセル)を飲んでから寝る。


■2003/08/11 総天然色映画

 今日は映画の話題を2本。

現存最古、1937年のカラー邦画発見 モスクワで(引用元:朝日新聞2003.08.08)

 1937年に作られたカラーの日本映画が見つかった。「大日本天然色映画」が製作した劇映画「千人針」(三枝源次郎監督)の一部で、日本人が撮ったカラー映画としては現存する最も古いものと見られる。NHKが特集番組を制作する過程で映像を入手し、東京国立近代美術館フィルムセンターの研究員、岡田秀則さんが確認した。

 見つかったのは35ミリフィルムに撮影された約18分の映像。出征する息子のために千人針を作る母親の物語で、白い布に赤い糸を縫いつける様子などが色鮮やかに残っている。映画全体の半分程度の長さとみられる。

 三枝源次郎は日活京都や日活大将軍で撮っていた監督で、今回発見されたのは彼のフィルモグラフィー89本のうちの87本目とされている。
 『千人針』は1937年(昭和12年)10月21日に電気館(浅草)で公開されたと記録があり、同日公開の映画には『肉弾兄弟』(大都・和田敏三監督)、『進軍の歌』(松竹大船・佐々木康監督)、『軍国母の手紙』(新興東京・久松静児監督)など、戦時色の強い作品が並ぶ。
 『千人針』発見のすごいところは、1951年の『カルメン故郷に帰る』(松竹・木下恵介監督)が最初とされていた日本のカラー(総天然色)映画の歴史を塗り替えたことだ。
 しかも、大日本天然色映画のカラー映画は人工着色。着色とは、レタッチ職人がフィルムのコマ一つ一つに色をつけていくとゆー、工程は省略するがえらい手間のかかる作業なのだ。
 「へー」で終わらせちゃいけないんですよ!絵画や印刷物と違って、1950年代以前の、昔のフィルム=ナイトレートフィルムってのは、ほっとくと自然分解して、粉みたいになっちゃうのだ。
 だから、「名作だ」といわれている映画も、フィルムがないためにスチール写真とシナリオで想像するしかないとゆー悲惨な状況に、映画史を勉強する人なら誰しもがぶち当たるのである。
 しかも、フィルムの保存ってのは湿度・温度管理が不可欠な、結構メンドくさいものなんである。ってことでこちら↓

廃校の学校、映像資料館に 岩波映画640本を収蔵 (引用元:産経新聞2003.08.12)
 北海道厚田村の廃校になった小学校の校舎を使い、岩波映画製作所が作った16ミリフィルムのドキュメンタリーなど約640本を収めた「厚田・岩波映像資料センター えい・あい館」が開館した。

 「えい・あい館」は「映画を愛する」の意味。フィルムは無償で寄贈され、将来は約2000本を保管する予定。湿度の低い北海道はフィルムの保管に最適という。

 高温多湿の日本は、フィルムの保存には不適切なのだ。北海道や、今回の『千人針』が発見されたモスクワの映画保存施設(国立フィルムフォンド?)みたいに、湿度と温度ともに低めの場所が望ましい。

 日本の公的な保存施設は、神奈川県相模原市にある。北海道なんて、土地もあるし気候的にも最適なんだから、北海道に作りゃいーじゃんかと思うのだが、まぁ中央集権的なこのお国、そう簡単にはいかないんでしょうね。

 ちなみに『千人針』はNHK総合で14日夜9時から「映像記録 昭和の戦争と平和〜カラーフィルムでよみがえる時代の表情〜」放送される。これを読んだそこのあーた、カラーじゃなくて「総天然色」が見られますよ。

■2003/08/08 化粧品カウンターって…

 デパート1階にある化粧品カウンター。
 匂いが凄いし、能面メイクのBA(Beauty Adviserね。要するに美容部員さん)はワンサカいるし、とにかく、圧倒的に女率高いし、銀行や病院と一緒で、あまり好きではない場所ではある。
 でも、今ハマっている 化粧品会社が新しい色を出すというので、見に行ってみた。
 まぁ可愛い。顔にチョチョっとつけてもらう。フェイスカラーと口紅を予約。
 ついでに友達の誕生日プレゼントも購入。

 それにしても、あの化粧品カウンターで鏡見ると、ナントまぁー肌が汚く見えるんでしょ。
 いや、もともと汚いから仕方ないとして、その汚さは自宅の鏡で見るよりも50倍は汚く見える。
 照度が一体何ルクスあるのかわかんないが、あの電気ムダ使い気味の白〜い店内においては、もう、毛穴までバッチリ。毛穴から生えてる毛まで見えそうである。
 んでもって、お客さんに「あたし肌きたなーい」と思わせていろいろ買わせちゃう戦略だよね。
 ク○ニークなんか絶対そうだよな。

 再びフィルムセンターで『黒い十人の女』(1961)。岸恵子、山本富士子、宮城まり子、中村玉緒、岸田今日子。同じ日本人かね、この人たちは。どうして昔の女優さんってあんなにキレイなの?
 「昔の映画はいい」と懐古主義で言うわけじゃないが、でも、美しいものは美しい。
 その美しさは、造形の美しさではなく、佇まい、言葉(発声も含めて)、仕草、すべてが凛としている。だらりとする所はだらりとしている。その塩梅。
 山本富士子、当時30歳。岸恵子、当時29歳。現代の同世代の女優で、あそこまで妖艶さをかもし出せる女優は、そういないんじゃないか。少なくともメジャーといわれる今の芸能界においては。いや、麻生久美子や鈴木京香に期待しましょーか。


■2003/08/07 でた!

 日比谷シャンテシネで『藍色夏恋』(2003)。出たー!夏の日の恋。Summer of Love(byジャネット・ジャクソン)。
 汚れちまった私にはまったく理解不能の世界。


■2003/08/06 2本観ると最近とても疲れる

 池袋文芸座で『日本の夜と霧』(1960)と『絞死刑』(1968)。
 『日本の〜』は、ドキュメンタリー調、同じ題名のアラン・レネ『夜と霧』(1955)と比べれば、扱っている主題が違うとしてもレネの方がずっと説得力(恐ろしさ)が伝わってくる。とゆーか、『日本の〜』、カメラがピンぼけで見づらいのよそもそも。

 『絞死刑』は本当に面白い。佐藤慶のお母さん姿には由利徹の「針仕事」がかぶって大笑い。
 小山明子、ゾッとするほど美しい。彼女が演ずる在日朝鮮人女性が、主人公Rに朝鮮民族の自覚を促す演説は、「そんな」と思いつつも納得してしまう台詞だ。特に、なぜ在日朝鮮人が日本で犯罪を犯してしまうのか、を説明するくだり。
 在日朝鮮人はここまで深く、「日本」と呼ばれる国に根付いているのだ。それを知らないのは、自分は日本人だと信じて疑わない日本人だけだ。


■2003/08/05 傘とられる

 今週はなかなか忙しい。その1日目。友達と会ったあと、京橋のフィルムセンターで市川崑。『炎上』(1958)を鑑賞。
 市川雷蔵ファンでいっぱい。映画のほうは、ものすごく辛い大根おろしを食べさせられたような感じ。よくわからんが。
 いや、素晴らしい映画だったのよ、もう。

 帰りに「はなまるうどん 京橋店」に行って、ごぼ天とかけうどんを食べる。
 おいしかったのに、あぁおいしかったのに…外の傘立てにあった傘がバクられた。ビニール傘だけど。
 外は大雨。東京駅までずぶ濡れ。世の情けは雨にも溶ける。


■2003/08/03 旅行その2

 梅雨明けの朝である。さっそく朝風呂!風呂場には誰もいない。朝陽を受けながらの温泉ひとり占めは、「朝からこんなゼイタク…」と後ろめたさを感じつつもやはり楽しい。
 風呂から上がって朝食。たらの芽のおひたしが美味しい。ほのかな苦味。朝からこーゆーのもいいな、と思う。
 結局、お櫃に入ったご飯を全部平らげる。あとで数えたらお茶碗3杯も食べていた。ありえね。

 外に出ると気持ちの良い青空が雲ひとつなく広がっている。そして、こんもりと繁った緑の山。浅黄色の水田。
 宿の周りは雪国らしく、大きい屋根の家が多い。茅葺きの家が結構あることに驚く。観光用ではなく、村の人が普通に住む家なのに、だ。
 源泉があると思われる小屋の周りを、いくつかの温泉宿が取り囲むようにして建っている。といっても、経営しているのは私たちが泊まった宿ともう一つくらい。奥には相当な年月を経たと思われる、映画にでも出てきそうな古い宿(たぶん本家)があったが、今は経営してないらしい。

 通りがほとんどない村道なので、久しぶりに運転をしてみる。1年半か2年は運転していないはずだ。
 同乗者は助手席で死んだふりをしている。それでも、高速を含めて3時間位は運転した。対向車がどうも怖くて左寄りがちな運転に自己嫌悪。

 ダムで出来た人口湖の羽鳥湖周辺に向かう。ゴルフ場とペンションだらけ。
 しかし、目的地はそんなロマンティックな場所ではない。私の目指す場所は山の上、村で自慢の風力発電を見に行くのだ。

 2基の風車は、山の上の草地にひっそりと、双子のように立っていた。
 グォン、グォン、と規則正しい回転音が聞こえる。風車の下まで行くと、今度は羽の回るヒュン、ヒュンという音が聞こえる。
 首を直角に上にして見ていると、なんだか、パワーを出すときの荒々しさが一切ない。攻撃性のない穏やかな動力源。
 ただ風を受けて、自らの仕事を黙々とこなしている。
 風車の足元を、さまざまな夏の草花が囲んでいる。細いススキの先に、トンボが止まっている。
 山奥だが、2基の風車はちっとも淋しそうじゃない。トンボや釣り鐘草に囲まれて、静かな充実した生活を送っているようにみえた。

 風車に別れを告げて裏磐梯方面へ。途中、猪苗代湖を通る。夏空の下でファミリーたちは水遊び。気持ちよさそう。
 タオルあるし、替えのおパンツもあるから入っちゃおうかな、と思うが、またハシタナイとか言われるに決まっているのでやめる。
 “磐梯吾妻スカイライン”に入る。この道路、通行料に1570円(普通車)も取りやんの。観光地だから仕方ないけど。
 スカイラインに入る前、峠の上にあった電波の反射板に激しく萌え。直角にしか進まない電波を反射させるためにあると、同行者がへらへら言い放つ。何であーたはこんな事ばかり知っているのか。
 スカイラインを走ると、廃墟となった温泉ロッヂがあったりして、心がだんだんと荒涼としてくる。

 火山砂礫の道を通って、標高1580mにある『浄土平』に到着。レストハウスや天文台があり、観光バスに乗ったお客さんも結構来ている。
 ここからは、吾妻小富士に登ることができる。標高1707m。徒歩10分もあれば山頂に着く。
 頂上は大きな噴火口になっていて、細かい岩が蟻地獄のような斜面をパラパラと落ちる。
 斜面には緑があった。火山ガスが出る所なのに、小さな白い可憐な花が咲いていることに驚く。

 山を下りて、お土産に福島名産の桃を農協で買い、帰宅するべく高速道路に乗る。結局、高速を含めて3時間位は運転した。

 激しく空腹。朝食から何も食べていない。安達太良SAで生姜焼き定食。スタッフがみなすべて地元高校生で、男の子も女の子もアロハ風のユニフォームを着てキビキビ働いている。サービスエリアは貴重なアルバイト場所なのだろう。皆さん初々しい。

 その後、高速道路から自宅近くまで運転し、無事帰宅した。帰宅後は近所の焼肉屋で豚トロなど。
 この焼肉屋には、伊東美咲がビールのキャンペーンガールをしていた時のポスターがあるのだが、どう見ても明らかに鼻が違うのである、あのツンと上を向いたお鼻が。
 伊藤美咲、鼻だけは研なおこ以来の衝撃。

 
■2003/08/02 旅行その1

 夏休み。せっかくなので小旅行へと出発する。

 千葉の実家からのんびりと車を駆り、まずは佐野市へ。
 佐野といえば厄除け大師に佐野ラーメン。が、ラーメンは既に2回食しているので今回はパスして、駅近くの『野村屋総本店』で“耳うどん”なるものを食べる。
 “耳うどん”とは、佐野の一帯で正月に食べるお雑煮のようなもので、餅の代わりにちょっと大きめの餡なしワンタンが入っていると思えばよい。
 耳とは悪魔の耳と自分の耳を意味し、密談を悪魔に聞かれることなく事全て順調に運び、また、自分の耳を食べれば誘惑や悪口を聞かずに済むので、幸せな一生を送ることができるそうな。
 なんだか、悪口大好き・誘惑に弱い私にとっては、絶対食べなくてはいけないような食べ物である。
 で、その耳うどんだが、あっさりした出汁の中に柚子が散らされて、正月だけでなく夏でも美味しく食べられるものだった。

 助手席で寝てる間に、高速道路を走ったらしい。目を覚ますとグッタリ暑く、首の周りの汗が気持ち悪い。
 車外に出ると、パーキングエリアの周りは青い夏山である。福島県に入った。
 ぼんやりソフトクリームを食べ、宿に着くにはまだ時間があるので、会津若松から田島へ抜け、日光街道に入り、観光名所の“塔のへつり”へ行くことにする。

 “塔のへつり”とは、阿賀川(通称:大川)の両岸が浸食されて風化し,その繰り返しで塔のようにそそり立った奇岩を指す。
 “へつり”とは、地方の方言で川に沿った断崖や急斜面の意味しているとのこと。

 川まで降りる途中の土産もの屋には、マムシが生きたまま一升瓶に入れられてチョロチョロと舌を出したり、ふてぶてしくトグロを巻いたりしている。
 焼酎でも注がれて性欲増進に励むオヤジなどに飲まれるのか。
 川の両岸には吊り橋がかかっており、ユラユラと揺れている。しっかりした吊り橋で、走ったり飛んだりしなければ安心して渡れるのだが、それでも歩けば揺れるのでちょっと怖い。
 吊り橋の床が割れて下に落ちたり、でもって激流に流されたりするリボ○ダンDのCMに出ているタレントを一瞬尊敬する。一瞬だけど。
 “塔のへつり”は、一般に絶景と言われているようであるが、印象としては地獄の道行きのような、殺伐とした岩の集まりだった。
 ちなみに、昭和18年に国の天然記念物に指定されている。

 夕飯はどこで食べるか。会津若松市へ出るも適当な店がない。時間ギリギリだが、急遽喜多方へ出てラーメンを食べることにする。
 喜多方市内へ入り、お気に入りの店『なまえ』へと向かうが、店は閉まっていた。
 ションボリ。駅前で夜8時まで開いている『源来軒』へ入る。名物のネギラーメンは売り切れで、普通のラーメンと餃子を頼む。
 ラーメンはおいしいけれど、『なまえ』に比べるといささか味が濃い。閉店近くだったからかな。餃子は大きくて嬉しかった。
 外は夏祭りで、中学生の女の子が浴衣を着て友達と歩いている。短パンをはいたお父さんが、小学生の息子とお祭り会場の方へ自転車で駆けていく。息子は丸刈りで、夜目にみても肌がコンガリとよく焼けていた。

 夜9時半。福島県天栄村の岩瀬湯本温泉に到着。宿は『ひのき風呂の宿 分家』
 岩瀬湯本温泉の起源は遡ること800年。弘仁9年(818年)、第52代嵯峨天皇が病に倒れ、お告げによって岩瀬湯本で湯治したところ、病気はすっかり良くなったらしい。
 こんな遠い時代のことはあまりピンと来ない。昭和42年に漫画家のつげ義春が岩瀬湯本温泉を訪れて、結構気に入っていたそうだ。

 今回の宿も気持ちの良い宿だった。若い奥さんのおかみさんは、親切に部屋にお布団を敷いて待ってくれていた。
 お肌がもち肌で羨ましい。
 ワハハ本舗の佐藤正宏に似ているダンナさんもいい人だ。

 宿は大きな茅葺き屋根の二階建て。お風呂は男女別の内湯で、浴槽から床から全てが檜で作られている。
 檜風呂は気持ちいいナ。出たり入ったり、出たり入ったりを何度も何度も繰りかえし、汗まみれの体を念入りに洗った。
 よく磨きこまれた廊下の床が、風呂上りの足の裏に気持ちがいい。

 部屋に戻ると、こんな山奥の鄙びた宿にもちゃんと有料チャンネル「レインボーチャンネル」が通っているのを発見。
 早速(おい)プログラムをチェックするが、最近のAV嬢はあまりグッと(←古い)こないね。やっぱ長瀬愛の引退は残念だぁね。
 せっかく爽やかな旅だったのに、全国どこでも私の夜はいつもこーなるのである。



2003年9月 ← 日記 ← ホーム

[PR]アナタのウラ県民性をチェック:こっそり一人で?ワイワイ皆で?診断しょ