
タッド三浦と。今年初めてのわたしの演奏。しめやかな夜ではあったが、わたしの自分についての感触は「悪くなかった」。そして、またまた賄い料理とビールで満足したのである。
![]()
![]()
お店に向かう自転車で、顔の筋肉がどんどん強ばるのを感じた寒い夜。1ステージ目が始まったときは殆どいなかったお客さんも、夜が更けるにつれて増えてくる。それに呼応してわたしたちの演奏にも力が入った。
出演は他にタッド三浦(G&V)、やはぎあつお(B)、バットマン小森(D)。
(画像提供:Ms. Mieko Shibazuka - 左画像をクリックすると女史が管理するBATMAN小森のHPレポートにリンクします。右画像は店内用ポスター。)
藤井歌麿(充俊)と。他の出演者がキャンセルにより、出演者枠にゆとりがあったので、わたしの演奏を聞きに来ていたガッツ山口&ブルース金角(やはぎあつお)も数曲飛び入りした。
タッド三浦とアコスティックギターで。
家では通常、深く椅子に腰をかけてアコギの練習しているが、どうも、これが実際の本番とそぐわない。まず椅子の高さが違う。次に、座っているとどうもお腹に力が入らず、マイクに声が乗りづらい。というわけで結局、立ち上がることになるわけだが、例えばこの夜、ストラップは下がるし、ギターはズレるし、というのでたいそう困惑。「ミスが多い、たるんどる!」と相方よりお叱りを受ける。アコギを使う場合の姿勢、発声方法など、以前からどうもしっくり来ていなかったので、これを機に研究することにしよう。
さて、いつも楽しみな賄いのケイジャン料理。厚切りポークソテーだったのは、アメリカ牛BSE問題の影響かしら。
(画像提供:Jun Furumizu - 画像をクリックすると氏のHPにリンクします。氏も同店出演中です。)
給料日後の月末金曜日のせいか店内は大入満員。また、仙台の仲間、片倉さんが出張を利用して寄ってくれる。店内暑く、汗だくの40分3ステージ。電車の終電が気になる11時を回ったころからお客さんが減りはじめるものの、最後は残ったお客さんと歌って踊って盛り上がる。出演はわたしの他、タッド三浦(G)、藤野晴信(B)、大久保初夏(D)、大久保紅葉(H&V)。
タッド三浦とアコスティックギタ−で。前回の失敗を踏まえて、この日は「ずり落ちないストラップ」を用意し、あらかじめ「立って歌う」スタイルで挑戦。エスタブリッシュドな感じのビジネスマンが入れ代わり立ち代わりするものの、もっとたくさんお客さんが来ないかなぁ。お店にはうんと繁盛してもらいたいものである。ところで、この夜も、またまた賄い料理とお酒に満足。海老と何かタンパク質でできたものをパイ生地で包んだ美味しいもの、一体何だったんでしょうか...。
ガッツ山口とアコスティックギタ−で。このところアコギ企画が続いているが、カントリーブルースらしいナンバーをもっと増やして、「ファイア−・アンプラグド(仮称)」を何とか形にしたいもの。1年後を目標に、地道に頑張っていこう。
月末の都合が悪くなったので、急遽予定を変更して、この夜に登場。スタックハウスの出演日だったので、ボーカル&ハモニカの円城寺重之をキャッチ。わたしのアコギに付き合ってもらう。わたしのアコギ、まだまだ要修練。でも楽しかった。もっと練習して、こういう編成(ギターとハモニカ)でも聞かせられるようにしたいものである。
タッド三浦とアコスティックギタ−で。休日にもかかわらず、なかなかの客入りでほっとする。わたしとしてはまあまあの出来のつもりであったが、相方からは叱責。まあ、次回またがんばりましょう。
![]()
ユキ・オギソ氏のショーに、サイドギターとして参加した。ボーカルの氏をサポートしたのは、わたしの他、ガッツ山口(G)、ねもと雅子(B)、バットマン小森(D)。
まずは、ユキ・オギソ氏の紹介。「1981年に渡米。現地ラジオ番組への出演をきっかけに、日本人初のアポロシアター出演が決まるなど、アメリカで着実に演奏活動を続ける。しかし、当時の日本の首相の失言問題から生じた反日感情のあおりを受け、演奏活動に対する有形無形の障壁に悩まされる。その後一旦帰国、日本とアメリカを往復する数年の後、今から7年前に心筋梗塞で倒れる。リハビリを経て、近年カムバック。今年は演奏活動に大いに意欲を燃やしている。」
では「ファイア−が何故オギソ氏のショーでサイドギターを弾いているか」とい訝る方も多かろう。オギソ氏のような経歴の持ち主ならば、腕の立つギタリストはもとより、音楽産業界に顔の効く、いわゆるプロのギタリストも知己の中に多いはず。が、わたしでいいのだそうだ。また、実際の経緯としては、メインのギターを担当しているガッツ山口が「大道さんもサイドギターを勉強しなきゃダメですよ」と、引っ張ってくれたのである。
この夜はこのメンバーでの初陣だったわけだが、バックの演奏はまずまずの出来だったのではないだろうか。ガッツ山口はバンドの要となって頑張り、ねもと雅子も大奮闘。いつもはどちらかといえば音量控えめなバットマンも「!!」というドラミング。演奏曲目リストが提示され、「イントロやエンディングも予め決めておく」というやり方は、これまでわたしが辿ってきた演奏方法とは違うものなので、正直なところ、戸惑いもあり、少々窮屈でもあった。しかし、スタンディングのボーカリストのバックを勉めるというのはこういうことなのだろう。よい機会だ、勉強させてもらおう!
オギソ氏のボーカルはやはり一皮も二皮も剥けている(まさに、お金のとれるボーカル!)。日本で生活しているわたしたち、英語が身に馴染んでいないわたしたち。とても不利な環境で英語の歌を歌っているわけだけれども、しかし、英語で歌う以上、英語自体とそして歌詞の背景がわかっていなくては論外だ。内容がわからずに歌って拍手喝采が貰えるのは子供だけ。わたしたちはもっともっと努力しなくては。オギソ氏の説得力のある歌を聞きながら、いつにもましてそんなことを考えさせられていた。
さて、蛇足ながら可笑しかったこと。「COLD COLD FEELING」が始まって、「はて、コード進行を確認していなかったぞ、どうするんだ?」と思って皆の方を見たら、ベースの雅子ちゃんもこっちを見ている。二人でガッツを見る。どうやら9、10小節目は2-5-5#-5の模様。右端と左端に分かれた雅子ちゃんとわたし、遠くから互いに頷きあう。フロントマンの後方ではこんな楽しいことも起っているのね!
(画像提供:Ms. Mieko Shibazuka - 上モノクロ画像をクリックすると女史が管理するBATMAN小森のHPレポートにリンクします。)
平日はなかなか出演の都合がつかない仲間を集めて、「藤井充俊ショー」「ブルース金角ショー」そして「ファイアーショー」の3本立て。フロントの3名以外の出演者は、古水潤(G)、円城寺重之(H)、長浜太郎(G)、藤野晴信(G)、ねもと雅子(B)、有坂瑞(D)、藤井雅之(D)。
(画像提供:Mr.Jun Furumizu)
数日前のフィドラーでのわたしの演奏をたまたま聞いていた、同レストランのオーナー、イブ氏がオファーしてくれた仕事。もちろん、わたしにとっては初めての店である。お店には音響設備が皆無なので、アコスティックデュオとはいえ、ギターの他、アンプ、ミキサー(1台のアンプでギターとボーカルを出力するため)、マイク、マイクスタンドを持参する必要があったのだが、好都合なことに、自宅から自転車5分程度のロケーション。自転車のカゴに積めるだけ積めて、背中には背負えるだけ背負って、ボリショイサーカスの熊みたいな格好にて出陣。
1セット目は機材のセッティングが上手くいかずやや不調だったものの、調整完了後の2セット目は相方長浜太郎(G)のいっそうの奮闘にもより、わたしも彼も大いに演奏を楽しむことができた。わたしたちの演奏にあまり関心なさそうな外国人客の中で、当ホームページを見て、ぷらりと寄ってくれたというブルース好き青年や、食事中の日本人女性などが熱心に聞いてくださる。じっと耳を傾けてくれるお客さんがいると、やっぱり、気合いが入るなぁ!
長浜太郎とのアコスティックデュオも初めてだったが、よい感触。次の共演を調整して解散した。
タッド三浦とエレキギタ−で。比較的よく聞いてくれるお客さんが数組。「ワンダフル・ワールド」のリクエストがあったが、わたしは歌えない。タッド三浦がギター演奏でこれに応えた。西洋人バーで弾き語りするには、有名曲をたくさん知っているといいんだろうなぁ。
タッド三浦とエレキギタ−で。持参しているアンプの出力が足りないせいかギターの音が歪みがち。(そういえば、先日の某ブルースクラブのY製アンプにもまいったなぁ...)あまり多くはないが、それでも途切れることなく客も来店。先日知り合ったW君もまた寄ってくれる。11時を回ったころに来店した二人の韓国女性からは、この夜もリクエストを頂戴する。プレスリーナンバーか「スタンド・バイ・ミー」!例によって、タッドがギターで対応。わたしはというと、即座にインストで切り抜ける技がないので、うる覚えのサビの歌詞でごまかす。
それでも、この二人組の女性客、わたしの歌を気に入ってくれてチップをくださる。ううむ、「ポップスベスト100曲」みたいな本で、歌を覚えようかと真剣に考える。店の雇われ音楽係としては、お客さんに喜んでもらうのが一番だもの。ま、もっとも、「レギュラーにしてもらえれば...」の話かもね!
長野市の南に位置する千曲市は去年の9月に1市2町が合併して誕生した新しい自治体。ブルージーンズは合併前の更埴市で10年前にスタートしたロックとブルースの店。店主の鈴木さん自身ミュージシャンでもあり、また、このお店以外にも貸しスタジオを経営している。翌日の群馬での演奏も含めて、タッド、大久保シスタ−ズ(初夏D、紅葉V&H)、わたしとで、大久保パパ号で東京を出発したのであるが、ツアーメンバー中わたしだけが初めての来訪である。タッド、初夏、紅葉とは、日頃、ずいぶん一緒に演奏してはいるけれども、それはわたしがフロントでやっているときのこと。わたしがタッドショーのサイドギターを担当することは稀なので、わたし、やや恐縮気味。とはいえ、サイドマンとはテクニックのみで評価されるものではあるまじ!技術的に劣る部分は他の要素で補わなくては!日頃フロントで演奏しているとき、わたしがサイドマンに期待していることを、わたし自身ができる範囲内でやってみることにした。まあ、ステージ上でタッドに怒鳴られたり、睨まれたりしない程度に善戦(?)したかな?しかし、ワンコードで「キャットフィッシュブル−ス」を、ツーコードで「アイド・ラザー・ゴー・ブラインド」を演奏しながら、「ああ、一体何をどうすればいいんだ!」と天を仰いでいたことは事実である。
この日、ベースを担当したのは長野市在住のマキさん。既に数回タッドショ−をサポートしているとのこと。安定したベースでバンドを支えてくれた。初夏のドラムは今やタッドショ−のもう一つの看板でもあり、まさに期待どおり。紅葉もまたレパートリーを増やし、ファンを増やして絶好調。演奏後、わたしはお店で近藤房乃助氏のビデオを見てから、他のメンバーと共に店主鈴木氏のスタジオ(大きなご自宅の中にある)に泊めていただく。ぐっすり眠った翌朝、鈴木氏の御母堂の手料理の朝食を御馳走になり、NHKの将棋トーナメント最終戦の結果を見届けて、一路、群馬との国境を目指したのであった。
千曲市を出発して2時間ほどで、群馬県榛名町のブルースガーデンに到着。ブルースガーデンは通常のブルース呑み屋とはちょっと趣が異なる。榛名町のとある住宅地の、とある一般住宅一階部分が、大人数で飲食しライブ演奏もできる機材・設備とスペースをになう「ブルースガーデン」の正体である。オーナーはバーニー・ヒル氏。ブルースを愛してやまない同氏が、大工としての技能を駆使して、夫人の実家である当地に自らの手でこうしたスペースを建設したのだそうである。氏はここで「群馬ブルースソサイエティ」を主宰し、定期的にジャムセッションをはじめとするイベントを催しており、群馬のブルースミュージシャン、愛好家の拠点となっている様子が伺える。オーナーのバーニー氏の風貌や経歴や、場所柄、スペース内の雰囲気など、どれを取ってもとてもニューエイジ的。
さて、この日は昼間は群馬ブルースソサイエティの面々と、東京からのBLUES T.A.D.メンバーからの参加者によるジャムセッション。夜は6組の出演者からなるライブイベントと相成った。
昼間のセッションは次第に参加者も増え、また、群馬側が鍋料理なども用意していてくれたため、どんどん盛り上がる。夜は夜で、一般のお客さんもかなり立ち寄ってくださる。わたしも、昼のジャムセッションの他に、夜のイベントではアコスティックデュオとしてカモネギたかひろとペアを組み、また、高野一郎セットでのサイドギターでも参加させてもらった。
夜のイベントは2、3を除いて、どれも即席結成バンドではあったけれども、いずれも「今できるベスト」を目指した熱演を披露。今回の企画の大テーマ、「ブルース隆盛のためのミュージシャン同志の交流」はみごとに果たせたのではないだろうか。ジャムセッションを通して、親しみつつ、かつ、互いに切磋琢磨しうというのは、まことにブルースの特権である。わたしはこの日一日に大いに満足して、深夜、体内にかなりのアセトアルデヒドを貯えて、かの地を辞したのだった。
(画像提供:藤井充俊氏 - 「ファイア−&ネギーデュオ」画像をクリックすると藤井充俊氏HP内のレポートにリンクします。)
タッド三浦(G)、藤野晴信(B)、大久保初夏(D)、大久保紅葉(H&V)と。この夜もお店はなかなかの繁盛ぶり。お客さんも熱心に聞いて反応してくださる。いつもの紅葉のゲストコーナーの他、タッド三浦も数曲歌う。3ステージ歌うには在庫曲が心もとないわたし、大いに助けられる。演奏終了後、店側から「新曲を増やすか何かの方法で、リピーターのお客様に飽きられないような工夫も、今後お願いします」とリクエストされる。さて、どういう作戦で行こうかね。
店主じょにさんの計らいで実現した「入道ショー with ブルースクルーザー&ファイア−」。翌日の仙台ヘブンでの演奏も含めて、2日間のツアーを手配してくださった。聞くと、入道氏は例年3月末に福島に来て演奏しているとのこと。昨年末にわたしが同店にお邪魔していたときに、ちょうど2004年の「入道ショー」の話題が出ており、わたしがその話題に関心を示したところ、「じゃ、ファイア−もおいで」と誘ってくださったのが事の発端であった。
さて、このツアーの初日、なまず亭にわたしがいつもの「あぶくま3号」で到着すると、入道氏によるボーカル教室がすでに始まっていたので、わたしも大急ぎで参加。短い時間だったので、それだけでトレーニングになるわけではないが、参加者は発声のヒントを得ることができた。わたしも、過去に経験したナット・ダブ氏による、そして安部ジーナまりあさんによるボーカルレッスンに共通するものを発見して納得させられた。
本番前にリハーサルを済ませ、軽く夕食を取る。ボーカル教室に参加していた女性2名とわたしとで即席コーラス隊も編成され、「入道ショー」のバックを仰せつかる。今回の「入道ショー」には一昨年テキサスで録音された氏のCD「オープン・ザ・ドア」から数曲演奏されることになっている。テキサスのゴスペルスクエアに替わって、クル−ザ−とわたしたちでコーラスをつけるという趣向だ。
本番。ホスト役のブルースクルーザー(扇ミッキー美樹男v&H、早坂洋一G、渋谷シブケン研一B、菱沼デイブ久雄D)がまず最初に登場。数曲演奏の後、わたしをステージに紹介してくれる。わたしと彼等の演奏は40分くらいだっただろうか。わたしは左手が指板にしっくりこないまま、また、右手のピックが上ずったまま演奏を終えてしまう。なんとか踏ん張ったものの、後で、じょにさんにも「前回の方がよかったね」と言われる出来であった。ところで、わたしの演奏の後、入道氏を待つ間、カントリースタイルで演奏するランブリン前田が2曲出演した。
そして、いよいよ入道氏の登場。さすがに堂々としたステージ。深く厚く暖かみのある声、明瞭で説得力のある発音、嫌味のないフレージング、やはりレベルと格が全然違う。わたしが感服しているうちに、どんどん曲が進み、わたしもサイドギターで参加する打ち合わせの「トーク・トゥー・ミー・ベイビー」に。この曲の後、例のコーラス隊付きの「オープン・ザ・ドア」コーナーへ以降。クルーザーのメンバーはコーラスも事前に研究済みだったが、わたしたち即席女性バックコーラス隊はかなりいい加減。それでも、入道氏、ニコニコして耐えてくださる。ゴスペルナンバー、オリジナル(日本語)などを4曲披露。CDで聞いたときとはまた違う印象で、「やぶれコーラス隊」の妨害(!?)にもかかわらず、素晴らしい歌であった。
演奏後、出演者で近くの中華屋で打ち上げ。わたしもすぐ合流するつもりが、なまず亭に残留しすぎてしまったらしく、駆け付けたときにはすでに閉会。失礼をしてしまった。仕方がないのでわたしはホテルに戻って就寝。2時半。しかし、どうやらその頃、入道氏とミッキーは最後のかけうどんを某所ですすっていたらしい...。
(上画像提供:Mr.Joni/Mr.Shibu-ken −「入道ショー」)
車にて午前11時福島を出発。仙台には2時頃到着。昼食を済ませてから、ヘブンへ。店主の瀬戸さん以下、スタッフやボーカル教室参加者らが既に集まっている。さっそくボーカル教室。その後リハーサル。6時には一通り準備も終わり、瀬戸さんに連れられて近くの居酒屋で打ち合わせを兼ねて軽く一杯。この夜のステージは「クルーザー」「ファイア−」そして「入道」の3部構成に決定する。
入道氏のヘブンでの演奏は昨年3月以来。クルーザーもその折にはサポートバンドとして同行したものの、クルーザー名義のステージは2年ぶりとのこと。わたしはといえば、昨年9月の定禅寺SJFにからめて企画された、タッド三浦ショーの前座を務めて以来だから半年ぶりだ。もっとも、同年10月の「仙台ブルースフェスティバルのときには、瀬戸さん以下、ヘブン周辺のスタッフ、プレイヤーに再会しているのだけれど。
着替えも済ませて、出演者が店に入ると、店内既にお客で一杯。その後も引き続き来客があり、賑やかな店内の雰囲気に、いやがおうにもテンションは高まる。入道氏は顔見知りの友人や来客と挨拶を交わしている。みんな1年ぶりの「入道ショー」を楽しみにして来てくださったのだ。前座の役割も重要だ。身の引き締まる思い。クルーザーのメンバーも気合い充分の様子。8時を回ったところで、いよいよスタート。入道氏がまずステージに上がり、前座の出演者を丁寧に紹介してくださる。恐縮。入道氏がステージを降りたところで、クルーザーの演奏が始まった。
ミッキー扇のボーカルとハモニカが看板のブルースクルーザー。ミッキーはまた一段とボーカルの腕を上げたなぁと感心して聞き入る。曲の合間には馴染み客から「つっこみ」攻撃されている。みんなに愛されている、という感じだ。余談ながら、ミッキーは入道氏を師と仰いでおり、また入道氏がミッキーを可愛がっているのは傍目からもよくわかる。ミッキーはクルーザーの最後の演奏で、入道氏から「これからはお前がこの曲を歌っていけ」と言われたという、オーティス・スパンの「メイク・ア・ウェイ」を歌い上げた。
この後、福島から追い掛けてくれたランブリン前田が飛び入り出演。昨夜同様2曲披露する。さて、いよいよわたしの出番。直前にギターの早坂さんに「がんばって自分で弾きなさい」と言われる。「ファイア−ショー」で早坂さんがギターを弾くのではステージが締まらない。わたし、頷く。少々時間が押し気味だったので、入道氏の意向を確認すると、「かまわない。予定どおり、演奏しなさい」と言ってくださる。昨日以来、初対面の弱輩者にもかかわらず、わたしに「ファイア−」と呼び掛け、親切に対応してくださる入道氏。その恩に報いるためにも、よい演奏をしなくては、とわたしの気持ちは増々強まる。
演奏は始まってしまうと、いつものように、あっという間に過ぎてしまった。相変わらず拙さの残るギターだったし、ハウリングも起こしてしまった。それでも、お客さんがステージに集中してくださっているのが伝わり、バックのクルーザーの気迫が伝わり、わたしは力がみなぎる感じがした。そして、ラストの「イフ・ユー・ラブ・ミー・ライク・ユー・セイ」へ。最後のメンバー紹介も兼ねて、わたしはこの曲でいつもメンバーにソロを回している。このとき、わたしは最初にミッキーにソロをふったのだが、その熱のこもった素晴らしい演奏が、客席から大きな拍手を受けた。わたしは胸が熱くなった。ミッキー、ありがとう!ミッキーへの喝采はその後のメンバー全員のソロにまで引き継がれて、「ファイア−ショー」は終了した。
さあ、いよいよ「入道ショー」。「うた歌いの入道です」というのが入道氏の挨拶だ。客席からの声援が凄い。威風堂々とした入道氏の1曲目は「リコンシダー・ベイビー」。この曲がこんなにいい曲だったとは、わたしはそれまで知らなかった。素晴らしかった。フレーズにただ歌詞が乗っているのではない。あるストーリーが美しいフレージングで語られているのだ。そして、なんて深くて豊かな声なんだろう。次の「メッシング・ウィズ・ザ・キッド」も新しい発見だった。調子が良いキャッチ−な曲だから、誰が演奏しても、そこそこウケる曲だけれど、入道バージョンは更に魅力的。メリハリが鮮明で、なんといってもカッコイイ。そして、入道氏のハモニカ。決してバリバリ吹きまくるタイプではなく、ハーピストが通常使う専用マイクやアンプも使わない。ボーカルマイクで拾うだけだし、客席サービスのときには生音である。「ああ、こういうハモニカもあるのだな」と、またまた新発見。氏は「自分のハモニカはあくまでも演奏全体の中に溶け込んでいるのが好きだ。前に出るタイプのハモニカではない」というようなことを歓談中に口にしていた。
ステージが進行するにつれて、入道氏と客席がどんどん一体化し、わたしは「『コール&レスポンス』とはこういうものだったんだ!」と開眼した思いだった。BBキングのライブ盤などを聞いていると、BBキングが何か語り、歌うたびに、客席が反応し、その客席の反応にさらにBBキングが歌い掛けたりしているが、まさに、そんな体験。聞いている人間が、どんどん開放されていく。無理してノッてるフリなんかしなくてよい。おつき合いの手拍子など必要ない。そんなことをしなくても、自然と歌い手と一緒になってしまうのだ。入道氏の歌のテクニック、ステージングの妙もあるけれど、恐らく、この夜、客席の誰もが何かそれ以上のものを感じたはずである。この幸福な「コール&レスポンス」はCD「オープン・ザ・ドア」のコーナーに移行して、さらに深まる。氏は、また、信仰とは切り離されて、カルチャースクールの一講座と化してしまった日本のゴスペルブームに異義申立ながら、「何故ゴスペルを?」という疑問に答えてレコーディングの経緯を語った。
とにかく、この夜の「入道ショー」は素晴らしかった。きっとわたしは忘れない。以前、東京で「服田洋一郎&入道デュオ」を観たときに、「もっときっちりした、スタンダードなバンドスタイルで入道さんの歌を聞きたいなぁ」と思ったことがある。しかし、そのときに感じた物足りなさは、この夜、完全に払拭された。クルーザーの演奏も、また、素晴らしかった。早坂さんの流麗なギターフレーズは冴えに冴えて、曲にぴったりはまっていた。シブケンとデイブのリズム隊も絶妙だった。そして、この夜のクライマックス。1時間ほど前にミッキー扇が歌ったあの歌、「ブルースハウスブル−スバンド」のドラマー、小川さんが亡くなってから、自ら歌うことを封じていたという、オーティス・スパンの「メイク・ア・ウェイ」を、「3回忌も過ぎました。今夜は歌わせてください」と入道氏が歌いだしたのである。客席が入道氏の1フレーズ、1フレーズに深く耳を傾けた。わたしも心から感動した。何度も「入道ショー」のサポートをしているクルーザーのメンバーさえ、この日のショーは格別だったようだ。
今回、入道氏の2日間のツアーに参加したことは本当に幸運だった。このツアーを企画してくださったなまず亭のじょにさん、ヘブンの瀬戸さん、また、クルーザーのメンバーに深く、深く感謝!そして、入道氏。氏に比べたら、ゴマつぶみたいに小さなプレイヤーのわたしさえ、プレイヤーに対する敬意を払ってくださった。そして、ブルースの新たな魅力を発見させてくださった。本当にありがとうございました。
さて、クルーザーのメンバーと入道氏は車で福島へ。わたしは仙台の友人宅に一泊なので、彼らとはここから別行動。別れの挨拶の後、ヘブンにしばし残留し、友人宅にお邪魔して、翌日、しっかり美味しい朝ご飯もよばれて、午後の「正宗号」に乗り込む。バスの旅は時間がかかるようでいても、ツアーの思い出にひとしきり浸ることができて、案外とてもいいものである。
(画像提供:仙台 HEAVEN / Mr.Shibu-ken)
タッド三浦、矢作厚生、わたしの3人でそれぞれフロントを取りながら3ステージ。ドラムに大久保初夏、ゲストに大久保紅葉(V&H)。演奏後、数人の常連外国人客と歓談。
長浜太郎と。一部の酔客にヤジられる。これまであまり経験したことのないことだった。ミスをするたびに笑われる。明らかにこちらを「下」にみており、バカにしている感じであった。もちろん、不愉快ではあったけれど、よい経験だった。結局、わたしの芸が拙いということである。ファイトが沸いて来た。演奏後、BBキングの超有名版をかけてもらう。わたしの家にはろくなオーディオ設備がないので、よい音響で聞けてとてもよかった。1週間休みなく昼夜動き回ってくたびれていたので、ちょっとウトウトしてしまった。オーティス・スパンの「メイク・ア・ウェイ」も聞かせてもらった。自転車にて午前3時帰宅。
タッド三浦とアコスティックデュオ。4月から、同店の水曜日営業は「レディーズ・ナイト」と称して、女性客にシャンパン半額サービスなどが始まった。それに呼応して(?)、店内の生演奏も「女性ボーカル」をフューチャーしたものに変わることになった。さて、もちろん、わたしが女のボーカリストであることには間違いないのだけれど、いわゆる「女性ボーカル」と呼ばれる範疇にうまくハマっているのかいないのか...。むむむ...まあ、がんばってみましょう!
「ユキ・オギソ ブルースナイト」。ボーカルのユキ・オギソの他、ガッツ山口(G)、ねもと雅子(B)、バットマン小森(D)、ファイアー大道(G)。「自分の名前で出ています」というフロントマンというのは、演奏以外の諸々、つまり、ブッキング、メンバー連絡、店とのつきあい、客入り等々、すべて自分の責任だから、よく考えてみると心理的に負担の大きいものである。「ピッチャー、四番で監督兼マネージャー」という感じかな。この夜、「レフト、九番で役付きいっさい無し」のポジションのわたしは、演奏だけに集中できて楽しかった。
(画像提供:Ms. Mieko Shibazuka - 上モノクロ画像をクリックすると女史が管理するBATMAN小森のHPレポートにリンクします。)
ふたたび「ユキ・オギソ ブルースナイト」。いつものメンバーの他、山下なおみ嬢がピアノでゲスト出演。また、司会役にチャーリー氏も登場。大勢のお客さんが来てくださる。ようやく、このセットのレパートリーも馴染んできた。ユキ・オギソの歌と、ガッツ山口のギターがさらに盛り上がるよう、サイドギターの工夫をしなければ。
先月同様、タッド三浦(G)、藤野晴信(B)、大久保初夏(D)、大久保紅葉(H&V)と。アンプ側のボリュームを10近く上げても、何となく私のギターの音量が不足している。結局、リスクを犯さず、ギターはタッド三浦にお任せ。さて、この夜ついに、「酒を飲みに来ているパブのお客にスローナンバーは一切不要」との結論に達する。3か月に一度日本に出張しているという外国人客グループに、再会の約束(?)をして店を出る。余談ながら、このときもまた、大久保シスターズはわたしの娘か、と問われたのであった。
初めてのアコスティックでのソロ!残念ながら、独り自前で伴奏して歌えるのは3曲だったので、あっという間に出番が終わる。いつもの共演者から、「ファイア−さん、芸風、変えたの?」なんて言われる。シカゴでの演奏もそろそろ5年目に突入。心機一転、新しい挑戦が必要な時期でもあるまいか?毎月1曲づつレパートリーを増やす所存なり。
昼間、某かの職業に就いているミュージシャンが参加しやすい休日。多くのプレイヤーに集まってもらった。出演者は以下のとおり。「矢作厚生セット」:矢作(V&G)、北川純(G)、菅家あき(H)、ガッツ山口(B)、タッド三浦(D)。「レイコセット」:レイコ(V)、タッド三浦(G)、ガッツ山口(G)、藤野晴信(B)、山岸泉(D)。「ユキ・オギソセット」:オギソ(V)、ガッツ山口(G)、大道(G)、藤野晴信(B)、山岸泉(D)。「ファイア−セット」:大道(V&G)、タッド三浦(G)、矢作厚生(B)、山岸泉(D)。