
「ブルースT.A.D.」の仲間9人で参加。郡山のパブ「バードランド」で「南東北ブルースサミット」と題して、われわれ関東組と地元組の交流ブルースナイトが開催された。互いの自己紹介を兼ねたセッション1時間の後、1セット30分の時間枠で8セットが出演となった。
その場に集まったプレイヤーはほぼ全員演奏、とにかくギタリストの数が多いので、1セットにギター3本という変則編成でプレイヤー諸氏には気の毒だったのだけれども、致し方なし。
わたしはこの夜、東京から参加のトミー増田(G)の他、Mr.山口(G)、Mr.湯浅(B)、ストーブ吉成(D)と組んだ。アンプをオンにしたとたんわたしのギターは「ぎゃーっ」という歪み音、また、ステージの上ではいろんな音が輪郭なく乱立している。「こりゃいかん」という感じではあったが、リハーサル無しのかくなる状況下では致し方なし。こういうときこそ、気合と愛敬で勝負!?
演奏に凌ぎを削るというより、終始和やかに進行した「南東北ブルースサミット」。個人的にはストーブ吉成氏のドラムを久しぶりにたっぷり聞けたこと、女性ボーカリスト華さんが新境地(?)を開拓しつつあると思えたことが記憶に残りそう。最後に登場したタッド三浦のセットでは、聞きなれたはずの「キャットフィッシュブルース」が特に印象に残った。
(画像提供:千賀喜通氏。画像をクリックすると氏のHP内フォトレポートにリンクします。)
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年4回の開催が決まっている「ビアレストラン寒菊」での「ファイアーブルースショー」。今回は一緒に郡山に出かけた仲間の数名と組んでの出演。早朝、4名相乗りで郡山を出発。南東北からまっすぐ南下すれば千葉九十九里地方かと思いきや、結局、高速道路でいったん東京に出るのが時間的に最短であることが判明。一行が到着したのは演奏開始15分前だった。
店には、この日のドラム担当大久保初夏嬢の他、ゲスト出演してもらう「長生村ブルースバンド」のメンバーも既に集合済み。わたしたちは大急ぎで支度をして、早速、演奏スタート。席にはご常連の面々が待ってくださっている。
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1ステージ目は「ファイアーショー」、大道(V&G)、K.O 小泉(G)、畑井トシマサ(B)、大久保初夏(D)。2ステージ目は、「長生村ブルースバンド」(千賀喜通(G&V)、ドクター稲葉(Steel G)、K.O 小泉(G)、畑井トシマサ(B)、大久保初夏(D)。そして、エース玉井(V&G)。「長生村ブルースバンド」はわたしのギター仲間、千賀喜通氏が中心となって結成されたバンドで、地元千葉で少しづつ演奏範囲を広げている最中。ドラムの初夏嬢以外は皆ぐっと年嵩のいったメンバーたちである。さて、エース玉井君はまだまだ若い成長期のブルースマンながら、出演者もお客さんも年齢層が高い場所に、若い男の子が登場するとそれなりに華やいだ雰囲気になる。その演奏もご常連のお客さんたちにもなかなかのウケで、彼を誘ったわたしにとって、2ステージ目はホッと嬉しいつかの間の休憩タイムともなった。
3ステージ目は再びわたしの「ファイアーショー」。バンドスタイルの演奏に入る前に、ドクター稲葉のスチールギターとのデュオで3曲歌う。ドラム、ベース、サイドギターが加わってバンドスタイルになると、ステージも客席もさらに熱くなる。最後はこの日のプレイヤー全員がステージに出て全員で演奏。お客さんも踊ってくださり、この日のファイアーショーも無事終了。みなさん、どうもありがとう!
(画像提供:千賀喜通氏。画像をクリックすると氏のHP内フォトレポートにリンクします。)
8名ほどの参加。ベーシストの登場を待つ間、わたしが1時間ばかりベースを弾く。ドラムも前半は即席ドラマーが担当。また、ギター、ハモニカ、ボーカル等もまだまだ経験不足という参加者が多いので、少々ガチャガチャしたセッションではあったことは否めない。けれども、ベースを弾くことができたわたしは実はこの日のセッションを大いに楽しみ、これからもどんどんベースで参加しようと思ったのであった。
ソロで、あまり不安のない5曲を演奏。不安の残る数曲を克服して、新レパートリーも加えて、もうすこしゆったりした1ステージを構成しなくては。
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ブルーヒートでの初ソロ。思っていたより上手くいかなかったのでがっかりする。演奏をいくら重ねても、自分が最後まで「開かない」ことが苦しいのだ。なんとなく自分でもすっきりせず、終われない感じ。そこで、聞きにきてくれていたブルースン・カーテンこと、下川氏をステージに呼んでギターを弾いてもらい、2曲歌ってなんとか「借金を返した」という気持ちになる。わたしって、ギターが好きなくせに、結局、ギターを弾かない方が歌えるんだから、なんともまだるっこしい。イヤハヤ、それにしてもシモッチありがとう!そして職場の友人の他、いつも応援してくださるIさんやNさん、ブルース仲間のみんな、ありがとう!
(画像提供:Ms.Edith Petrucci)
ソロのつもりで出かけたところ、バード宮越、ブロウハープ永田の両人がいたので一緒に演奏する。久しぶりの合奏で楽しかった。オーティス・ラッシュの80年代の映像をみながらの演奏後のお喋りも楽しかったが、わたしは終電を気にして先に退去。バードの話によると、サンフランシスコだかロスアンゼルスだかのブルースフェスティバルのトリは「ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース」だったんだそうな。
「ブルースT.A.D.ショータイム」に参加。いの一番に参加表明していたわたしは、実は「Tボーンウォーカー強化月間」として、数週間Tボーンウォーカーを研究(?)していたのである。
ところが、蓋をあけてみると、とんでもないテイタラクで、イメージしていた演奏からは遠くかけ離れてしまった。わたしの演奏の前から、今夜のバンドの音は大きすぎるなぁと気になっていたのだが、わたしのセットの演奏も結局音が大きすぎた。演奏前にメンバーに音量を下げるよう、明確に指示しなかったわたしがいけなかった。とにかく、「あれ?あれ?」といううちに、どんどん暗闇に深く落ち込んでいくような演奏になってしまった。
演奏後、へこんだのは当然だが、こういうとき、何故人はへこむかというと、「おかしいなぁ、もっと上手くできたはずなのに!」と思うからである。しかし、結局は結果が出ない以上、実は、「上手くできるはずだ」と思ったのは勘違いだったのである。そして、演奏においてこういう勘違いが起こるのは、往々にして、練習段階で「音源に合わせて、あるいは、音源を流しっぱなしで弾いたり歌ったりすること」に原因がある。CDに合わせて弾いたり歌ったりしていると、すぐに何だか上手く弾けている気になる。しかし、ここで要注意!練習は楽しみすぎてはいけない。つまらなくても、つらくても、心地よい音源のスイッチを切って、独りでテンポを出して、独りでコードを弾いて、独りでフレージングしなくてはいけなかったんだ!わたしの今回の失敗はまさに練習が楽しすぎたことにあったんだ!
さて、この夜わたしに付き合ってくれたメンバーは、ガッツ山口(V&G)、藤野晴信(B)、リトルシゲル(D)。わたしにTボーンの駅弁スタイルと肩弾きをさせるのはガッツ山口。いつもまともに弾けないので、いつか腕の筋肉を鍛えて成功させてみたい!
(画像提供:トミー増田氏。画像をクリックすると氏のブログにリンクします。)
試行錯誤のソロパフォーマンス。この日もソロでスタートしたものの、聞きにきてくれた芦谷乾太郎氏に途中から参加してもらう。彼がサポートしてくれたことで、いつものファイヤーショーらしく元気になり、その結果として、お客さんにも楽しんでもらえたようだ。やっぱり、元気のないファイヤーショーってのはあり得ないなぁ、と自分でも思う。家でギターを抱えて歌っているのと同じテンションでは、ステージでは絶対に上手く行かない。ギターも100回に2回しか間違わない、くらいでなければ通用しないのかもしれない。イメージしているソロパフォーマンスまで、道は遠いなぁ。
さて、芦谷乾太郎氏はかれこれ長い付き合いになるけれども、常に連絡しあっているわけでもないし、そんなに一緒に演奏もしていないにもかかわらず、ときどきふらりとわたしの演奏を聴きに来てくれる。しかも、なんとなくわたしが心細いような局面に...。わたしのように「ブルース、がんばってます!」というスタンスを取らずに、いつも「いやぁ、全然練習してへんねん」と飄々としているのだが、この夜、番外編では、なんのなんの熱い演奏を披露してくれた。
西武線沿線は、わたしにはあまり馴染みのない地域なのだが、「スプーンフル」は西武池袋線で池袋から2つめの東長崎駅を降りて徒歩5分。古い商店街の外れにあるアットホームなお店。マスターのHATAさんも方々で演奏活動しています。来てくださったご近所のみなさん、ありがとう!またよろしくお願いします!
(画像提供:SPOONFUL)
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「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」の前夜祭、というノリで行われたこの夜のブルースショーは3組の出演。「ファイアー大道ショー」の前に、福島ではいつもホスト役をつとめてくれる「ミッキー扇&ブルースクルーザー」そして「ランブリン前田」。いつもと少し違ったのは、ブルースクルーザーのドラム佐藤勇が欠席のため、郡山からストーブ吉成が参加したこと、また、タッド三浦がわたしのセットにサイドギターでフューチャーされたこと。
ここ数年、福島からは「ブルースクルーザー」をはじめ、何組かのバンド、ミュージシャンが「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」にエントリーし、また、音楽好き「なまず亭」御常連たちも仙台に遊びに出かける。この夜はそんな人たちが集まり、賑やかな夜になった。前回6月のファイアーショーから3ヶ月しか空いていないかったので、お客さんが集まってくれかしらと少々心配していたわたしだったが、郡山や福島近郊からも友人知人が来てくれて、満席。嬉しい限り。
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そんなわけで、わたしはついつい曲目を増やして1時間以上続けて演奏してしまった。ちょっと長過ぎたかもしれない。お客さんも疲れたかな?「ショーというものも『腹八分目』がよい」とも聞くのだが、自分自身が大食なせいか、わたしはついつい過剰サービスになる傾向にあるらしい。「次も来よう、また聞きたいな」という余韻を聴衆に残すのがスマートなやり方で、「ああ、よかったけど、ウッファ、しばらくはもうたくさん!」と思われてはモトモコモナイ、と。ふむふむ、これからは気をつけよう。
さて、この夜の飛び入りは、「ランブリン前田」のところでアイサさん、「ファイアー大道」のところで華さんという2名の女性ボーカル。二人とも迫力満点!また、郡山の清水さんにもアンコールでちょっとギターを弾いてもらった。忙しい中を、久しぶりだから、と立ち寄ってくださった Dr.ヨッシーが花束などをくださる。演奏後はみなさんと歓談。大多数の人たちが退けてから、ランブリン前田にラグタイムの弾き方をちょこっと指南してもらう。また、左手でコードを抑えるときに、小指を自由にしてやって、その小指で高音部にアドリブを噛ますのがカントリースタイルの秘訣と教わり、深く納得したのであった。
(画像提供:なまず亭)
今年で6回目のエントリー。2001年の初参加のときの「記録」を読むと、なんと、当時の演奏曲目は今もメインでやっているレパートリーだ。ううむ、進歩がないのか深化しているのか、どちらなのだろう?このときの自らの写真を見ると、体の厚みが今の半分くらいに見えるが、ギターの構え方がぎこちなくて可笑しい。
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さて、過去5回はいずれもバンドスタイルで参加してきたが、今回はソロでエントリーした。毎年参加希望者が増え続けており、希望者は毎年5月に音源や映像を提出して選抜審査を受ける。今年は約600組のエントリーと聞くが、その倍以上の応募があったらしい。選考基準は公表されておらず、「えっ、この人が選ばれないの?」ということがあり、また、現場で「なんだ、こりゃ!?」という演奏に遭遇することもある。細かく議論すれば白熱しそうなタネも多いのだが、現在のところ、右肩上がりに規模拡大中の市民音楽フェスティバルである。
バンドスタイルのブルース演奏が「勾当台公園」内のステージで行われるのに対して、ソロは街角のまさにストリートで演奏である。それでも、わたしの場所はブルースのメインステージからそう遠くないところにあったのでまずまずであった。しかし、いつもと違う場所であったから、毎年聞きに来てくださる皆さんが、うまくわたしを見つけてくれるかしら、と気になっていたが、わたしの演奏がスタートする10分前くらいから皆さん集合、歩道に腰を下ろして陣取ってくださった。実行委員会の厳しい統制(?)により、演奏はタイムテーブルを遵守しなければならない。お客さんを目前にして、スタートを待つ10分の長いこと、長いこと、「いや〜、みなさん、本当にお待たせしました!」という感じのノリのスタートであった。
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何度かソロでやって、失敗しながら少しづづわかってきたこと。それは、よしんばアコスティックギターを抱えて一人で演奏するにしても、「ファイアー大道にしっとりしみじみしている時間はない」ということだ。ソロレパートリーはどうしてもスローな曲が増えてしまう。家しみじみと歌っているので、ステージでもしみじみ歌いそうになる。家でしっとり弾いているので、ステージでもしっとり弾きそうになる。しかし、ここに落とし穴があったのだ!演奏の現場は家とは違う。全然違う。聴衆がわたしに期待するもの、そしてわたしもそれに応えたいと思うもの、それは「ファイアー大道」の場合は、バンドで演奏するときと同様「明るさ・力強さ」だ。そして、まずはギター1本でも十分なビートと音量を出すことだ。はじめからわかりきったことといえば、わかりきったことだったのだが、ついつい、家で練習しやすい曲(スローなものが多い)を練習して、「はい、練習して来ました」という演奏になってしまっていた。この日、思いがけず大勢の皆さんに囲まれ、声援や拍手をもらいながら、大汗で全身びっしょりのわたしはこんなことを確信していた。
演奏終了後、友人や知人が声を掛けてくれ、また、「今年も待っていたよ」という方もいて心地よい満足感を得る。やはり「よかったですよ」と言われれば何よりも嬉しいもので、「来年も来よう」という気になる。しかし、こんなにたくさんのみなさんが路上で楽しんで聞いてくださるのに、クラブで演奏するととたんに客が減るのは何故だ、どうしてこういう音楽ファンが通常のライブのお客になりえないのか、などと企画・営業の側面から思案するわたしでもあった。
ブルースのメイン会場で「ワイン飲み放題1000円」の権利を取得し、仙台の友人とゴザの上に座ってのんびりする。あちこちから集まっている顔を見知ったミュージシャン仲間と挨拶したりするうちに、わたしの定禅寺ストリートジャズフェスティバル2006は終了した。
(画像提供:Mr. hiro)
午後のストリートでの演奏が終わって夜。午後8時過ぎにスタートしたこの夜の「ヘブン」は、最終的に「ファイアー大道」「TK&ザ・ブルースブラスターズ」「シバ&今ブー」「タッド三浦」の4つの出し物と決定。わたしは、割野康生(Key)、三上寿一(B)、今井卓也(D)と組んだ。三上、今井の両君はよく知ってはいるが、それほど一緒に演奏してはいない。山形在住の割野さんは数年前の定禅寺フェスティバルで知り合ったが、一緒に演奏したことはなかった。というわけで、案外新鮮な取り合わせである。(画像提供:割野康生氏 画像をクリックすると氏のブログにリンクします)
このヘブンというお店は、アンプもマイクで音を拾っているだけあって、わたしがいつも演奏しているクラブとはちょっと違う。「ライブハウス」的である。なんだかとっても音響的である。さて、わたしの持ち時間は25分(だが、若干オーバーした)と、短めではあったが、わたし自身が演奏を楽しんだ。1組目だったので、客席も少々硬かったが、最後の方では随分リラックスしてくださったよう。ピアノ(キーボード)をサポートにつけてのファイアーショーは初めてであったが、わたしは気に入った。ピアノもいいなあ!ピアノを演奏する人が周りに多くないのがネックだが、今後、機会を増やしていきたいと思った。今ブー(今井卓也)とも久しぶりの共演だったが、彼の演奏はまた一つ高いところに到達しているように思われた。ホレボレするような箇所が何度もあった。三上君のベースも、また、久しぶりだったが、大したリハーサルもしていないのに、ピタッと決めてくれた。さすがに日々ブルース力養成に励んでいるだけのことはある。というわけで、若い3名のサポートに大いに触発されたステージとなった。
「TK&ザ・ブルースブラスターズ」はブルース、R&Bのバンド。ここ最近タッド三浦をギターにフューチャーしていることが多いが、安定した演奏力とTKのボーカル&ハモニカそしてステージングが魅力。この夜も熱い演奏。固定ファンも多く、客席を大いに沸かせた。「シバ&今ブー」は名前では知っていたが、この夜初めて聞いた。ギターとドラムがアグレッシブに掛け合うユニットで、前衛的(?)。後で聞いたら、「(ここまで来るには)二人でずいぶん闘った」とのこと。印象的な音楽だった。そして最後に「タッド三浦」。TK&ザ・ブルースブラスターズと割野さんをサポートメンバーに従える。彼も既に仙台ではお馴染みであり、例のお喋りも快調。また、メンバーにいろいろ仕掛けてはスリリングな演奏を引き出すのも彼の真骨頂。この夜も変化に富んだ演奏を楽しむことができた。
演奏終了後はしばらく店に残って歓談。マスター瀬戸さんが最近入手したという64年製エピフォンを見せてもらったりする。夜も更けて、店を退けたのは2時くらいだっただろうか。仙台、今年もありがとう&お疲れ様でした。
一年ぶりの大阪での演奏は七月下旬に決まったもの。ベースの垣内氏が中心となって3日間のスケジュールを調整してくれた。昨年は中山(D)・加茂(G&V)らの関東組とタッグを組んだが今回は単身で。JR高速バス東海道特急昼便に乗り、気分はもちろん「キー・トゥ・ザ・ハイウェイ」、車中8時間も案外あっという間であった。
初日。ドラマーとして、また、ブルースセッションの主宰としても活躍する岩下恵子嬢の地元、八尾市にあるアットホームなお店ff。サポートメンバーは、彼女のバンドbluez-itから、岩下恵子(D)、ヨシ水野(G)、スイート・ハープ木村(Hp)、そして、大阪駅でわたしをピックアップしてくれた垣内正秀(B)とフェイス金岡(G)の両名。ギターは2ステージの前半をフェイス君、後半をヨシ君にお願いする。 フェイス君とは半年振りくらいの再会。去年の暮れから今春までの数ヶ月、東京で度々一緒に演奏したわけだけれど、相変わらず歯切れのよい快活な、人を魅了するギター。同店での演奏は数年ぶりだそうだ。一方、ヨシ君はbluez-it(ブルーズイット)として同店では既にお馴染みの様子。シカゴコロンビア大学ギター科卒業という経歴を聞いて先入観を持つまでもなく、彼のバッキングを最初の12小節を聴きさえすれば「むむ!」となる(余談ながら、この二日後にヨシ君と恵子嬢との婚約発表あり)。
bluez-itのボーカル担当木村さんには、この日1曲歌っていただき、ハモニカでのバッキングにまわっていただく。ステージではわたしのサポートということで少し押さえ目の演奏をしてくださったように思う。恵子嬢は思い切りのよいドラムでノセてくれる。気持ちがよい。そして、ベースの垣内氏。昨年はじめて会って、今回一年ぶりの再会だったのだが、不思議と他人とは思えない感じがする。
そんな次第で初日とはいえ、ゆったりモード。ご常連たちも三々五々集まってカウンター席を埋めてくださる。演奏後はマスターゆうさんが用意してくださったワンコイン(500円)「串かつ定食」を頂く。串かつ10本と味噌汁、ライス、キャベツ!ライブやセッションのあった夜は、ワンコイン定食として、いろいろなメニューが工夫されるとのこと。アットホームに迎えてくださったご常連のみなさん、マスターゆうさん、ありがとうございました。
(右上画像提供:ff、画像をクリックするとお店のHPにリンクします / 下画像提供:ろんりーパパ )
二日目。心斎橋アメリカ村(原宿みたいな区域)にあるパブ「セラー」でのジャムセッションの前に、四ツ橋「ビートルズ」で月1回のペースで開催されているヨシ水野「ブルースギター教室」に垣内氏とお邪魔する。リズムの取り方の練習の後、今月の課題曲「シカゴ・バウンド」作品分析。ベースラインとコードカッティングにわけてバッキング練習、イントロと途中のソロパートのフレーズ練習等。この曲はわたしのレパートリー筆頭であるから、模範演奏(?)のときに下手クソにならないよう緊張したのであった。さて、この教室の前に「お好み焼き、ねぎ焼き&ビール」で垣内氏から接待(?)を受けていたわたしは、満腹状態が続くまま、教室から流れる皆さんと夜のセッションに移動。「セラー」はわたしの知っている店で言うと、高田馬場「フィドラー」ってな感じだ。6時からスタートのセッションに、次々とプレイヤーが集まってくる。セッションの主宰である恵子嬢はその小さな身体で店の中をヒョイヒョイ動き回って、プレイヤーたちにこまめに挨拶している。「『みんな勝手にやって!』っていう感じなんですよぉ」と言うけれど、ホスト役に徹っする彼女の細やかな配慮は看過できるものではない。また、何かとわたしを気遣ってくれる。江戸っ子なら「おきゃん」と言うところなんだろうけれど、浪速っ子にはなんと形容するべきなのかな。
さて、セッションの間に挿入されるわたしの「ゲスト出演」が始まる頃には人だかりでムンムン。ううん、気合いが入ってくるぞ!さて、この夜のわたしのサポートメンバーは垣内氏の25年来のバンド、Blues Downstairs(ブルースダウンステアーズ)、すなわち、トシ森内(Hp)、平山洋介(G)、前野光治(D)のみなさん。もちろん初顔合わせ。毎度のことではあるが、入念なリハーサルというものに縁がないわたし。この日も事前に10分くらい音出ししたくらいだったが、別に不安はない。実際、演奏が始まると、もちろん小さなハプニングはつきものなのだけれど、わたしはそういうことがあまり気にならない。また、聞いてくれているセッション参加者も拍手や歓声、笑いで盛り上げてくれるので、わたしたち自身も大いに楽しみながら演奏することができた。初めて会ったプレイヤー同士が、聴衆に向かって、一致団結して斬り込んでいくことがブルースの生演奏の醍醐味だとわたしは思っている。わずか数十分の時間だけれど、その間だけはメンバー全員の心が一つになる。演奏しながらそれを感じられたら、大抵はうまくいく。
セッションは11時過ぎに終了。若い男の子たちの参加も多く、達者なギタリストたちが目立つ。そして、若者と年長者の間のコミュニケーションもよく取れているように思われた。とにもかくにも、熱気のあるセッションであった。
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最終日。「ブルースキャンディーズ」なるキャッチフレーズで、田中ナコミ(G&V)、ハウリンYou娘(K&V)らと組んで興行!?フロント女子3名に対して、バックはベースは垣内正秀、ドラムは高野秀樹の両名。高野氏とは半年前に渋谷で知り合って以来の再会。「今度一緒に演奏しましょう」と話していたのが、ここでも実現した。
さて、この夜のハウリンバーのショータイムは二部構成。一部、二部ともにわたしがメインに立っているのだが、一部のフロントは、落合康夫(G)、木寺勝久(Hp)。途中、フェイス金岡(G)とデカスー鈴木(G)がゲストの形で登場してボーカルも披露。一日目、二日目同様、この日もわたしはデカスー、フェイス両君以外の全員と初顔合わせ。でも、なんて果報者なんだろう。三日間、こんなにもたくさんの大阪のブルースプレイヤーたちと一緒に演奏できるなんて!
フェイス君からマイスター落合のことはよく聞かされていたし、他のギタリストからも噂は耳にしていた。だから、会う前から「どんな人だろう!」と、ギター弾きの一人として、わたしの中では関心がひときわ高かったのだ。店に入ると、おお、頭にヘンなもの(象の鼻)をくっつけて、ハウンドドッグ・テイラーを弾いている人がいるではないか。そして、その人こそ、落合氏なのであった!ううむ、恐るべし、大阪...。
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演奏の後、思いがけず落合氏から「バッキングの解釈が似ている」というようなことを言われて嬉しかったのだが、しかし、わたしのギターが「なんぼのものか」、恐らく、落合氏をはじめ、聞きに来てくださっていた人々は(殆どがプレイヤーだった!)すぐに見抜いていたはずだ。このギター弾きは何をどこまでできるのか、できないのか、プレイヤー同士なら自ずと知れる。それだけに、今の自分のできることで勝負するしかない。かっこつけても始まらない。わたしはいつものように突撃した。後からフェイス君に「ファイアーさん、ギターはボロボロになってたけれど、ショー自体はものすごくよかったですよ!」と言われた。そのとおりだなぁ!
さて、話は少々前後するが、二部はいよいよ、ファイアー、ナコミ、ユウコのフロントショー。3人で交代してヴォーカルをとる。わたしにあわせて、二人もパンツスーツに着替えてくれる。「普段は裸同然のかっこうをして弾いてるんだけど...」などとナコミ女史。そして、「ブルースキャンディーズ」の名付け親(?)の彼女は「ハンター」の曲中にキャンディーズの「可愛い悪魔」を挿入してサービス。わたしとユウコ嬢も加わってサービス。すると客席も「ランちゃ〜ん」だの「スーちゃ〜ん」「ミキちゃ〜ん」だのかけ声を賭けて大サービス!これも一つのコール&レスポンス?さてさて、とはいえ、ブルースショーだもの、ブルース直球勝負しなくちゃ。わたしはもう指も動かなくなりつつあり、フレーズもさらにいっそう枯渇していたものの、ナコミ、ユウコの同士に支えられて全力投球。ナコミちゃん、ユウコちゃん、ありがとう!
三日間のうち複数回聞きに来てくださった方がいたり、前日、前々日一緒に演奏したのに、また応援に来てくださったプレイヤーもいて、本当にありがたいことだった。大阪ブルースシーンをぐっと身近に感じられるようになってとても嬉しい。最後に、マー坊!かっきん、もくとうベースなどの異名を持つ男、垣内正秀氏には三日間専属ベーシストになっていただいたばかりでなく、演奏スケジュールの調整、宿の手配、接待(!)などお世話になった。ありがとう!!
(画像提供:Mr. Wakasa, 画像をクリックすると氏のブログにリンクします)
大阪演奏旅行の余韻も抜けぬまま、セッションの仕切り役に出かける。この日は11名の参加。ピンチヒッターのドラムに初挑戦。まことにシンプルながら、「うまい!」とおだてられてすっかりいい気になりかけたが、あまり迷惑になってもいけないので交代する。ベースも3曲演奏してご満悦。とはいえ、ううむ、もちっと中堅プレイヤーの参加が必要なり。
初めての北海道演奏旅行。道産子とはいえ、北海道に暮らしていた間、ブルースとは無縁の生活をしていたわたしが、今回、稚内「BB Music Club」を拠点に、道北のいくつかの場所で演奏できることになったのは、師匠タッド三浦のツアーへの同行が許されたからである。
初日は、まず、稚内「BB Music Club」。店主の近藤氏には数週間前に彼が上京していたおりに渋谷ブルーヒート(ジャムセッション)でお会いしていたが、実際にお店に行くのはもちろん初めて。一週間前から実家(北海道北広島市)に帰っていたわたしは札幌発の都市間バスで稚内入り。札幌を出てから約5時間半で到着。近藤氏の名刺の住所をたよりに店に辿り着き、名寄経由で稚内入りしていたタッド三浦と合流する。
「BB Music Club」はJR「南稚内」の飲屋街にある。カラオケスナックなどの入った雑居ビルの2階だ。店の内装は木を生かしたアメリカン・カントリー・スタイル。5人掛けのカウンターの他、ゆったりした椅子が約25席。上手にドラムセットとアップライトピアノ、アンプ、PAなどが設置されている。マスター近藤氏は一年前にブルースがやりたくてこの店を開いたという。20代の頃、東京でロックンロールバンドのギタリストとして活動をした経験があるそうだが、その後、結婚し、家族ができたこともあり、音楽活動を中止して地元稚内に戻ったのだそうだ。ところが一年前、どうしても捨てがたかった音楽への情熱が「ブルース」をきっかけに再炎したらしい。
本人は「だから、ブルースは一年生」と言っている。「自分の店でよいブルースショーを開催して地元にブルースを育てたい、そして、自らもブルースプレイヤーとして成長したい」という熱い思いの人である。「一生懸命弾けば弾くほどロックになっちゃう!」などと苦笑しているが、とても達者なギタリスト。現在、ブルースバンドの理想型アンサンブルを求めてエイシス研究中である。
さて、この日のショータイムは2ステージのタッドショーで、それぞれの最初の15分にわたしが登場するという形。サポートメンバーは近藤孝洋(G)、石田誠(Hp)、木村将人(B)、志田透(D)。平日の雨模様の夜だったが、お店のご常連が集まって盛り上げてくださった。
(画像提供:BB MUSIC CLUB, 画像をクリックすると店主近藤氏のブログ、フォトレポートにリンクします)
利尻島「シーラカンス」。タッド三浦、近藤孝洋、わたしの3名で上陸する。フェリーを降りると店の若いオーナーシェフの新谷さんがお仲間と車で迎えに来てくださっている。5分くらい走ってお店に到着。お店は創作西洋料理のおしゃれなレストラン。レストラン8年の歴史で初めての試みという今回のブルースショーを「新しい一歩になれば」と企画してくださったとのこと。立派なポスターも張られていて嬉しい。
変化にとんだ店内の一部がステージに早変わりして、アンプ、PA、マイクスタンドなどが既に設置されている。地元のアコスティックトリオ「サンタクロンボ(三太黒運保)」がオープニングに加わり、「ファイアー(V)&タッド」、「タッド(V)&近藤」の順で演奏することが決定。
スタートしてみると、前座人気(!)で島の若者たちがたくさん集まってくれる。しかも、20代・30代の若者たちが和気藹々と仲が良い。店主新谷さんを筆頭とする年長組のみなさんがリーダーシップを握って、みんなをまとめているようだ。おそらくは、これまでブルースなどにあまり縁のなかった若者たちが大半であっただろうに、熱心に耳を傾けてくださった。
美味しい料理とビールをいただきながら、演奏終了後、音楽に心得のある者が自発的にステージに上がってエピローグ。ブルースに関心の高いギタリストもいて、ターンアラウンドやエンディングの例を一つ二つ伝授したところ、すぐにそれを覚えて練習してくれる。利尻の島にもブルースが根付くことを期待して、我々3名は店を辞したのだった。
(画像は店のHPより拝借したものを筆者がコラージュした。 画像をクリックすると店のHPにリンクします)
(演奏風景画像提供:Mr. Atsushi Nakagawa) ![]()
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稚内から約120キロ南の町。わたしは30年前にこのあたり(留萌管内)の天塩高校を卒業している。そんなこともあって、ドライバーも兼ねた近藤氏が天塩町を通過するときにはスピードダウンしてくれる。ところが、当時、自己の空想・妄想の世界の中に自閉して、他者にほとんど関心を持たずに生きていたせいか、懐かしいはずの天塩町をよく思い出せない。今は鉄道も廃止され、人口も当時よりさらに減少していると聞く。町はひっそりとした印象を受けるが、しかし、そこに至るまでのサロベツの原野の美しさには息をのむ。孤高な北の海岸線はとても印象的だった。
さて、当夜の演奏場所「風来坊」は町のカラオケスナック。とても広い。50−60人は入りそうだ。用意したチケットが完売というだけあって、店内満席となる。初日同様、フルバンド出演だったが、ドラムの志田さんが札幌出張からまだ戻っていない。いざとなったら、スネアで(わたしが!!)タッドショーに参加することに決定。スティックもないので手のひらで三連符を刻む覚悟だけれど、いやはや、大丈夫?「バチがなければ 櫛でひけ」という『風雪流れ旅』の一節を思い出す。アイヤー、アイヤー!
しかし、猛スピード(?)で駆けつけてくれた志田さん、みごとに開演に間に合う。志田さんはかつて東京でバンドマン生活を経験したことがあるという。そのドラミングは軽妙にして的確。近藤(G)、石田(Hp)、木村(B)、志田(D)からなるメンバーの要であることは間違いない。わたし、志田さんの到着に心底安堵する。
開演時には満席となった「風来坊」。わたしの前座演奏が終わって、本編、「タッド三浦ショー」へ。必ずしもブルース、否、音楽にさほど関心もなさそうな女性陣もいて、ややスリリングな局面もあったが、大将タッド三浦が巧みに得意の(?)痛快エレキサウンドを交えてステージを構成。客席を支配する。お客さんが踊り出す。女性たちが盛り上がる。しかし、そんな喧噪の中でも、じっと耳を傾けている若い男性グループもあった。田舎町で生まれ育ったわたしが、もし、こんな生バンドの演奏を見たら、きっとそうしていただろうというように、喰い入るようにプレイヤーを見つめる若者が確かにいた。どうやって演奏したらいいんだろう、生演奏とはどういうものなんだろうとたった一人で、悶々としている若者は、小さな町にはきっと他にもいるはず。そういう若者たちにどうすれば「わたしたちがここで演奏している」ことを知らせることができるのだろう、などと考えているうちに夜は更けていった。
(演奏風景画像提供:木村将人氏)
10月2日(月)豊富町 JOKER 1
いよいよ「タッド三浦道北ツアー」、最後の演奏の夜。豊富町「ジョーカー・ワン」も、やはり、日頃は生演奏をしていないスナックだが、今回、会場を引き受けてくださったらしい。マスターの長津さんはリーゼントスタイルのフレンドリーなアニキ。店にはご常連が三々五々集まってくださる。後でわかったのだが、関西から転勤してきたという男性は「豊富町でもブルースライブがあるのか!」と驚いて初めて来店してくださったそうだ。そう、どんなに小さな町でも、きっとどこかにブルースファン、ブルースプレイヤーはいるのだなぁ。![]()
ところで、これはまったくの余談だけれども、今回再認識したのは、「北・北海道には美人が多い」ということだ。来店してくださった若い女性たちは、まあ、みんなキレイなのだ。「博多美人」「秋田美人」など、日本には美人の集まる地域があるようだけれど、「道北美人」もそこに加えていいのじゃない?
さて、この夜もフルバンド出演。わたしの前座演奏は、後から「長過ぎる」と大将からお小言を頂戴することになるものの、無事終了。そして、本編タッドショーでは特に後半が大いに盛り上がる。客席にブルースファンがいることが分かったせいだろうか、自ら、BBキング、T-Bone ウォーカー、バディ・ガイ、アルバート・キングなどを模してサービス満点のステージ。そんなタッド三浦のノリに食らいついてアグレッシブなドラミングを披露する志田透。近藤孝洋も客席に分け入ってショーを盛り立てる。
この夜、あらためて師匠の演奏を聞いて感動したのは、やはり、曲のイントロだし、エンディングに「曖昧さ」がまったくないということだった。普段一緒に演奏していないプレイヤーをバックにするとき「『このくらいなら分かってもらえるだろう』という甘えは禁物」と普段からイヤというほど教わっているものの、わたしの場合、いつもの演奏パターンから脱却できず、新しいパターンで曲を始めたり終えたりすることがなかなかできない。そのせいで、バックのメンバーにその作品の趣を的確に伝えることが不十分になってしまうことも度々ある。気合いと愛嬌でなんとかステージ上はゴマ化しているものの、これではいけないと感じている。今回、師匠の演奏を聞いて「ああ、こういう風にできたらどんなにいいだろう!」と思う局面がいくつもあった。ブルース力の差だ。単身で演奏旅行に出るためには、まだまだクリアーすべきハードルが高いことを再認識したのであった。
最後に、今回のツアーのサポートメンバーをあらためてご紹介しておく。彼らには「BB BULLET BOYS」という立派な名前がついていたことを、後から知った。ゴメンナサイ。右上画像、下右から近藤孝洋(BB MUSIC CLUB店主にしてバンドリーダー、ギター担当)、志田透(ドラム)。上右から木村将人(ベース)、石田誠(ハモニカ。このバンド内ではボーカル担当)。みなさん、共演どうもありがとうございました!そして、今回のツアーへのわたしの前座同行を快諾くださり、諸事お世話くださり、また BB MUSIC CLUB を自由に使わせてくださったボス・近藤には、あらためて感謝いたします。そして、忙しく店を切り盛りしながら、何かと気遣ってくださったタカシ君。本当にありがとう!
(演奏風景画像提供:木村将人氏)
嵐の夜。自転車と電車を乗り継いで、かなりズクズクになって東村山入り。この一ヶ月アウェイ(?)での演奏が続いていたが、この夜は久しぶりに「手の内を知られている」メンバー、矢作厚生(G)、藤野晴信(B)、バットマン小森(D)とのギグ。藤野君の緻密なベースを背中で聞きながら、自分の稚拙なギターに冷や汗を掻いたりもする。荒天にもかかわらず、足を運んでくださったお客さん、暖かい心遣いをくださったマスターに感謝の夜。
銚子在住の桜井氏が企画してくださった2本のギグはタッド三浦とのデュオ。タッド三浦はこれまで何度も銚子で演奏しているが、わたしにとって銚子は初めて。東京駅から都市間バス、利根ライナーで銚子入りし、桜井氏の車で2店を回る。AMEDEOでは1ステージ、BOOZY'S SHELTERでは2ステージ。わたしとタッド三浦とで交代でボーカルを取る。両店ともかっちりとコンパクトでお洒落なバー。大人の雰囲気である。BOOZY'S SHELTERでは、満員のお客さんが熱心に耳を傾けてくださる。わたしはとてもいい気分で演奏することができた。ブッキングのみならず、運転、機材等、諸事お世話くださった桜井さん、ありがとう!お陰様で、わたしの銚子デビューはよい思い出になりました。
(画像提供:桜井敏雄氏、最初のお店AMEDEOでの演奏風景) ![]()
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(画像提供:桜井敏雄氏、二番目のお店BOOZY'S SHELTERでの演奏と店内風景) ![]()
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昼間は東金市のショッピングセンター内のステージで、30分の演奏を2本。現地で大久保初夏(D)・紅葉(Hp&V)の姉妹と、最近彼女たちと一緒に演奏している中学3年生、菰田真紀(B)の3人(長生ブルースシスターズ!)と合流。彼女たちがタッド三浦のサポートをつとめる。当初カモネギ・たかひろがベースを弾く予定だったのだが、仕事の都合で不参加となり、菰田真紀が急遽抜擢(!)されたのである。そのついでに、わたしもサイドギターとして参戦することになったもの。ショッピング客が椅子席で、また、二階から身を乗り出して聞いてくださる。そして、菰田真紀ちゃんはみごとにピンチヒッター役を完遂したのだった。10月8日(日)18:00 茂原市 ふぇるまあた 「茂原ブルースフェスティバル Vol.3」
さて、東金市での演奏を終えて、一行、次は「茂原ブルースフェスティバル」会場、「ふえるまあた」へ。第3回となったこのフェスティバルは、茂原ブルース協会の千賀、畑井、稲葉の3氏が世話人として開催されたもの(この3人の紳士は大久保初夏をドラムに据えて、「長生村ブルースバンド」を結成している)。さて、この夜の参加は、出演順に「ハンドダウン」「KSD BLUES BAND」「Early Summer Blues Band」「千賀喜通&長生村ブルースバンド」「PEE GROOVE BLUES BAND」「ファイアー大道」「TK & The BLUES BLASTERS」の7組。
わたしは「Early Summer Blues Band」にもサイドギターとして参加。そう、これは昼に東金市で演奏した「長生ブルースシスターズ」のこと。ただ、大久保初夏がギターを抱えて歌うので、この夜はドラムを今ブー(今井卓也)が担当。大久保初夏は数年前からドラム以外にギターの練習を続けており、今年はフロントデビューを果たしている。T・ボーン・ヲタクの彼女のレパートリーは今のところ全部T・ボーンだ。ドラムのときはいつでも涼しい顔をしているが、フロントになって初めて緊張するようになったらしい。さて、わたし、昼の演奏同様、ここでも観客には女の子たちのPTA代表のように映っていたであろう!。
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さて、わたしがフロントのセットは40分枠をもらい、大久保初夏(D)、三上寿一(B)、チェンマイ(Hp)そしてスパイダー・テツこと千田哲彦(G)と組むことになった。チェンマイ、スパイダー両氏とは初顔合わせ。数日前に、「スパイダー、チェンマイ両氏がゲストで入る」と主催側から聞かされていたので、わたしは実はとても楽しみにしていたのだ。テツさんは自身のHPでも紹介している62' GIBSON ES-125TDを持って登場!
そして、実際に演奏をスタートさせてみると、「初顔合わせ」が引き起こす興奮と緊張が適度に高まって、予想どおり、メンバー全員の素晴らしい共鳴が生まれた。初夏ちゃんと三上君のコンビも久しぶりで、二人ともお互いの演奏を楽しんでいるし、わたしもテツさんと組んで嬉しい。噂どおりのテツさんの素晴らしいギター、そして、その若さに似合わないほどの深みのあるボーカル(1曲、歌っていただく)、ハモニカのチェンマイさんも熱演だ。後から、聞いていた仲間やお客さんから「すごく熱の入った演奏だった、鳥肌がたったよ!」と言われ、わたしも初夏ちゃんも大いに喜ぶ。やっぱり、これがブルースの生演奏の醍醐味だよね。
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予定の7組の演奏が終わり、残った参加者で記念撮影をして乾杯。「ふえるまあた」のマスター酒井氏が大皿に料理をふるまってくださる。この「茂原ブルースフェスティバル」、今後もさらに続けて行くとの決意表明も逞しい「茂原ブルース協会」のみなさん、企画・運営の労、お疲れさまでした。
(画像提供:千賀喜通氏、稲葉正雄氏。ここ(千賀氏)とここ(稲葉氏)をクリックすると、両氏のフォトアルバムにリンクします。)
今年最後の「ビアレストラン寒菊」での演奏。午後1時から4時までの3時間の枠の中で、今回は「長生村ブルースバンド」「TK&THE BLUES BLUSTERS」の2組にゲストとして参加してもらう。わたしはタッド三浦(G)、マーシー伊藤(Hp)、三上寿一(B)、今井卓也(D)のサポートでまず1ステージ。この後、「千葉ブルースフェスティバル」に参加のプレイヤーが3時で退去したので、最後のステージはわたしと稲葉(スチールギター)、伊藤(Hp)、畑井(B)の4名でつとめる。また、栃木の女性ボーカルちあき嬢も1曲披露。満席のお客さんには、いろいろな演奏を楽しんでいただけたと思う。来年も4回の演奏が決まった寒菊、今年もありがとう、そして来年もよろしく!10月9日(月・祝)20:30 稲毛 FULL HOUSE
(画像提供:千賀喜通氏、画像をクリックすると氏のフォトアルバムにリンクします。) ![]()
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昼間の演奏を終えて、マーシー伊藤(Hp)と移動。ハモニカとのデュオでこの3日間の千葉ミニツアーの締めくくり。残念ながら、ここでは多くのお客さんには恵まれなかったが、わたし自身は心持ちよく演奏できた。もっとも、ギター&ハモニカの演奏、これからもっと工夫していかなくてはならない。どんなことができるのか、もっと試してみたい。ところで、「フルハウス」は1971年創業(?)の老舗。団塊世代のマスター高山さんとご常連の話を聞きいていると、そのままTVドラマになりそうな気がしてくる、そんなお店です。
ソロで。他の出演は長岡純重さん。もともとアコスティックギターでソロで演奏している人たちに、ギターの腕前でかなうわけがない。「ファイアー大道のソロ」というスタイルを確立したい。考えるところはいろいろあるのだけれど、なかなか形になりきらないのが現状である。
久しぶりのB.HOUSE。朝霞市在住のバットマン小森(D)がコーディネイトしてくれたこの夜のメンバーは、ガッツ山口(G)、仲瀬久幸(B)、町田親弘(Hp)。仲瀬さんとは初顔合わせ、ガッツ君、町田氏とは久しぶり、ということでわたし自身も楽しみながら演奏させてもらった。アンコールの最後には、客席側にいた円城寺重之君にギターで飛び入りしてもらう。ガッツ君がサイドで相変わらず多彩なパターンでバッキングしてくれるのを聞きながら、感心する。一緒に店を出た仲瀬さんとおしゃべりしながら電車に乗っていると、あっというまに最寄駅に着いていた。
矢作厚生(B)、タッド三浦(D)と。矢作、三浦ともに、周知のように、ギター&ボーカルのプレイヤー。しかもトリオということで、変則的な編成ではあったものの、大きな破綻はなかったようだ。終盤に茂原市在住の稲葉さんがスチールギターで3曲ほど参加してくれる。仕事で疲れているところを立ち寄ってくれたプレイヤー仲間、そして、投げ銭(募金?)協力くださったお客さんに感謝。
芦谷乾太郎、下川裕明、ファイアー大道、3人でアコスティックギターで、「大道&芦谷」「芦谷&下川」「下川&大道」のセットで演奏。亥年生まれの同級生にあたる芦谷、下川の両人といると、わたしはなんとなく気持ちがゆったりする。
さて、わたしの実家のある北海道北広島市から所用で上京中のY夫人が聞きに来てくださる。思い起こせば四半世紀前、当時大学院の学生だったわたしを一家の家庭教師として迎えてくださった方だ。Y家の4人の子供たち、今ではもちろん立派な社会人。この夜夫人に同行してくれた末娘Y子も、今は声楽教師である。いつも朗らかなY子は、わたしの頼みに応じて、気難しいことも言わずに1曲「アメイジンググレイス」をアカペラで披露してくれた。
また、仲間の山岡さんも夫人同伴で来店。本編終了後はマスターのハタさんも交えて、みんなでギターを弾いたり歌ったり。「スプーンフル」は、こじんまりとした、けれどもフレンドリーなお店です。
(画像提供Spoonful、画像をクリックするとフォトアルバムにリンクします。)
ソロで。他の出演は「バード宮越」「ブロウハープ with KIMI、バード、北さん」「タクロー三鷹ブギーズ」。出演者、お客さん共に数多く、狭い店内満員。初めて会うミュージシャン、久しぶりのプレイヤーなど色々な人に会えて楽しかった。
マーシー伊藤(Hp)とのデュオ。安定したマーシーのハモニカが脇にあると、一人でマイクの前に立つよりずっと気持ちが楽になる。この夜、一緒に演奏した1時間あまりの時間の中で、ちょっとしたアイデアなども浮かんできたので、これからさらに試行錯誤してみたい。
アコスティックギターやピアノなどでの弾き語りミュージシャンが集まった「アコギだよ、全員集合」にゲストとして出演。仲間を集めていろいろな音楽イベントを企画運営しているhiroさんに誘っていただいた。Hiro さんが係わったライブに以前も参加したことがあったので、何人かの方とは「あ、お久しぶり、お元気でしたか?」という感じだったものの、出演14組のほとんどは初めてお会いする方たちだった。
最近、アコスティックギターでソロ演奏する機会が増えたせいで、こうした新しい出会いが生まれる。出演の中にはまだそれほど音楽キャリアが豊富ではないミュージシャンもいたようだが、大方はみなそれぞれに印象的な作品を持っていて、自分で曲を作ったことのないわたしは大いに感心させられた。「シンガーソングライター」系のライブでは、ときどき、珍妙なオリジナル曲を延々と聴かされて辟易することもあるが、今回の「アコギだよ、全員集合」では、そのようなことは全くなかった。「これがテレビドラマの主題歌でも全然違和感ないなぁ」と思うような作品があり、また、「現行のJポップヒットチャートに入っていてもいいんじゃないか」というような作品があった。この世界はこの世界で、メジャーとマイナーの間で、何かしらのルールが支配しているのだろうと想像した。
そして、また感心したことは、皆の歌の力が一定レベルに達しているということだ。「歌う」ということは、ある「演技」であって、その作品を自分なりに解釈して他人(お客)に伝える行為だと思うけれど、彼らは、もちろんそのことを当然のこととしている。ところがわたしの周りのブルース畑では、こう言ってはミモフタモナイけれど、歌の下手な人が多すぎる。歌詞が外国語だからなのだろうか、「演技」ということに関してはほとんどの人が不十分だ。否、それ以前の問題として、「ただ歌っている」どころか、「文法的に間違って歌っていることに気づいていない」もしくは「本人が歌詞をまったく理解していない」ことさえある。ブルース畑も本当によくよく反省しなければ、と考えさせられた。
さて、わたしの出番は他の出演者同様20分だったのだが、カモネギーが始めたばかりのスチールギターを抱えてひょっこり現れたので一緒に演奏してもらった。カカドゥというお店はPAを管理するスタッフのいるアコスティック専門のライブハウス。わたしのギターはPAにラインで直結したので、モニターで返してもらうことになっていたはずだが、何故か1曲目はほとんど自分のギターも声も聞こなかった。まるで深海で演奏しているような錯覚で、こんなことは初めてだった。普段と違う音響システムでの演奏というのもよい経験になった。個人的には、ずいぶん前に千葉でご一緒したことのあった「いっきゅう」さんと再会できたのは嬉しいことだった。今回はピアノとのデュオだったが、初めて聞いたときと同様、感服した。
出演(敬称略・出演順):「松尾一志」「&」「星文昭」「ティアラ」「スケサン」「SweetWildFlower」「小林弘和」「ファイアー大道(ゲスト)」「ロッツ」「MOGAMI」「永山恵理(ゲスト)」「だるま食堂」「いっきゅう(ゲスト)」「hiro」
(画像提供:Mr. hiro 画像をクリックすると氏のHPにリンクします。)
「Catfish Market 2006」というイベント名のこの企画、今年で3年目。別名「じょに祭り」である。元・阿佐ヶ谷ギャングスター店主、現・福島なまず亭店主じょにの新旧友人知人が集まって、セッション風に演奏が進む。今年の出演は、福島なまず亭の箱バンド「ブルースクルーザー」の他、鈴木保、たにやん、ジョジョ澤渡、ポニーボーイ野中、小出斉、石川二三夫、福村サトシなどの古参諸氏が登場。歳をとっているのに新参のわたしは、ブルースクルーザーとステージに立つ当初の予定を急遽変更。どうせなら新参者で組んだほうが面白いだろうということで、お客として聞きに来ていた連中(中山幸也、石田陽介、長岡裕二)を呼び集めて演奏した。案外ウケもよかったようだ。
さて、前回、前々回同様、大入り満員酸欠状態の「Catfish Market」は、今年もじょにの「ジョージア・オン・マイ・マインド」熱唱でお開きに。中野まで自転車で来ていたわたしはこれ以上西へ外れると帰りが大変なので、高円寺に向かって流れる福島組とは別れて店に残留。一人減り、二人減りして、店内、最後はわたしだけになったけれど、マスターのスーさんとその後もしばし話しこむ。「ジミー・ジョンソン好き」で意気投合。店を出て自転車を走らせ帰宅すると、午前4時を少し回っていた。
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(画像提供:なまず亭)
「入道 with ブルースクルーザー」のショーにゲストで出演。ここ数年ブルースクルーザー東京公演では、有難いことに、わたしは指名打者(?)をやらせてもらっている。この夜も一部の途中で15分程度の枠をもらい、3曲演奏させてもらった。演奏はあっとい間に終了したが、去年と違って初めからゲスト出演を準備していたので、自分の体に合わないストラップで他人のギターを弾くという不都合がなくて助かった。しかし、そのせいか、ついついいつもの調子で面白可笑しくクルーザーのメンバー紹介までしてしまった。出すぎたことだったかなと後でちょっと反省。さて、いつにもまして気合のこもったブルースクルーザー、ミッキー扇(V&Hp)、早坂洋一(G)、渋谷研一(B)、佐藤イサム(D)の演奏。この4人の演奏に、二部では入道氏が加わる。入道氏は昨年よりもハモニカワークが多かったように思う。そして、歌はまた格別だった。本当に惹きつけられる歌だった。そもそも声が深くて美しい。フレージングが自然で嫌味がない。語りかけるように歌う部分と声を張って歌い上げる部分、そのメリハリが心地よい。おそらく、百戦錬磨の入道氏にしてみれば、こんなことは今や朝飯前なのだろうけれども、いやはや、わたしはこの夜もその歌を聴いてホトホト脱帽した。こんな風に歌えたらどんなにいいだろうと何度も考えさせられた。
今年は1泊二日の旅程だったブルースクルーザー。演奏終了後、ゆっくりする間もなく福島を目指して車に荷物を積み込む。高円寺駅南口で一行を見送り、わたしも帰途に就く。みなさん、今年もお疲れさま、ありがとう。また、来年!
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(画像提供:なまず亭)
ソロ。出演が重なった「ブルースホッピーズ」が客席側から上手なノリで盛り上げてくれる。そして、ハモニカの和田ちひろに2曲手伝ってもらった。他の出演は、彼らの他、森元大輔、木下デミタス一郎。
ジャムセッションの司会進行。8名程度の参加だったので、みなに十分な「出番」ができたように思う。わたしも、ベース、ギター、スネアドラム、をひと回りさせてもらった。三上君(B)とTK(Hp)がエレキギターを抱えてバンドスタイルで唄ったのを見たのは初めてで、「いやあ、みんななかなかやるなぁ!」と感心。こりゃ、わたしも次はハモニカだ、などと興奮する。中堅どころが集まっていたので、セッションも落ち着いていたし、楽しい夜だった。
約半年ぶりのフィドラー。大道、三浦、藤野、小森の他、藤井(G)、小泉(G)、渡辺(G)、伊藤(B)、三上(G)ら仲間がやって来て演奏に加わってくれた。ドラム小森、ベース藤野、サイドギター三浦がサポートに回ってくれる。わたしはこの人々には絶対の信頼を持っている。わたしが何をやってもついて来てくれる。否、むしろ、わたしが何もしなくても(!)成り立ってしまう。だから、一晩に何ステージもやらなくてはいけないようなときにはすこぶる心強い反面、手の内を完全に見透かされてもいるから、わたしの演奏がなんとなく無難になることもある。初顔合わせのメンバーで演奏するときに生まれる、あの「ハイリスク、ハイリターンなスリル」からは遠くなる。それでも、この夜、彼らの非の打ち所のない演奏を背中で聞きながら、「この人たちと演奏できるってのは恵まれたことなんだよなぁ」としみじみ考えたわたしであった。
この夜計5ステージの中で一番面白かったのはベーシストの藤野、三上両君が交互に、一方がベース、一方がギター&ボーカルとして同じステージに立ったことだろう。二人とも最近はギター&ボーカルにも積極的に挑戦中。二人ともギターも達者だ。「ブルース道」は深い。また、若い渡辺、伊藤の両君もどんどん力をつけているし、数週間怠けモードだったわたしは恥ずかしい気がした夜でもあった。
芦谷乾太郎と。しかし、諸事情により遊びに来てくれたサクマさんと店長のハタさんと4人でのセッション風に時は過ぎ、店を辞したのは結局1時くらいだったようだ。
(画像提供:SPOONFUL 画像をクリックすると店のHPにリンクします)
久しぶりにUS製カジノを試そうと出かける。夕刻からバンドのリハーサルでもしていたのだろうか、総勢10名くらいのミュージシャンの団体が二次会のノリで盛り上がっている店内。大変にぎやかである。みなさん、年のころはわたしぐらいかな?ウルサイタイプのお客だ。そんな中で、この日の出演のブルースホッピーズから玉井英輔(G)、和田ちひろ(Hp)を借り出して慌しく演奏を始める。中年女性がギターを抱えて、「ファイアー」と名乗ると、そこは客の側も食らいつきがよいもので、ヤンヤと騒いでくださる。しかし、この手の盛り上げは九割方がヒヤカシであるから、こちらとしては友好的態度を示しつつもナメラレナイことが肝要である。まあ、わたしも今ではどういうお客の前でも動じない度胸だけはついているから30分弱の演奏もコンパクトに終了したが、肝心のUS製カジノ試演のほうは、アンプのセッティングを失敗して歪音になってしまったのが、なんともいっても情けないことであった。
ところで、演奏終了後に「(わたしの)演奏を聴きに来た」という下川ひとなり君が現れた。わたしがステージに立ち始めた頃、2001年から3年間、主にわたしの相方をやってくれていた彼は、起承転結・強弱に富んだドラマチックなソロフレーズが印象的で、バッキングもどんどん上達した。初めて会ったときはまだ大学生だったから、とにかく若いという印象が強いのだが、聞くと来年には三十路を迎えるという。「ギターを弾いていくということ」「ブルースを演奏し続けるということ」等、世代は異なるものの大学で哲学を専攻したわたしたちは、久しぶりに会ったこともあって、またもや朝まで大いに話し込んだのであった。
「BLUES T.A.D.」今年最後のショータイム。一般のお客さんにもたくさん来場いただいて、心地好い夜となる。わたしは今回、ブルースン・カーテンこと、下川裕明氏に相方ギターをお願いした。たまには門外ギタリストにも客員として参加してもらうことで、さらにお互いに刺激しあっていければよいと思う。ベースは片倉謙一、ドラムはウルトラ諸星の両氏。この日の他の出演は「トミー増田セット」「KO小泉セット」「タッド三浦セット」。
フィドラーでの今年最後の演奏。友人・知人・仲間が三々五々集まってくれて、何かと物寂しい平日夜のパブもに、この夜はにぎやかになった。出演は「大道」「三浦」の他、「望月&蓮池」「藤井&小泉」。菅家亜紀さんがわたしのセットでハモニカを吹いてくれた。ベースとドラムは藤野、小森のコンビだが、伊藤君、菅谷君、片倉さんという3人のゲストベースも登場。高田馬場フィドラ、今年もありがとうございました。
(画像提供:Mr. Tadashi Sugaya)
マーシー伊藤(Hp)とのデュオのつもりだったが、対バンの「ドラゴン藤原」のサポートメンバー(三上寿一B、ブッチ池端D)と一緒にバンドスタイルで30分、予定どおりデュオで30分演奏した。持参したのはアコスティックギターだったので、バンドスタイルのセットではドラゴンのギターを借りた。太い弦が張られていた。ギターを弾きながら、時折顔をしかめるドラゴンの秘密を垣間みる(?)。ドラムのブッチ池端は、ずいぶん以前から知っていたが、この日初めて一緒に演奏した。
お店のママ、ツッチーの企画による「Xmas スペシャル・レディースボーカルブルースナイト」。2日間にわたっての女性ボーカル特集。出演は、土屋つかさ(V、両日とも)、古賀節子(V、両日とも)、内藤真理(V、両日とも)、砂金浩子(V&Sax、両日とも)、若林華子(V&Key、両日とも)、ファイアー大道(V&G、両日とも)石田律子(V&Hp、23日のみ)、菅家亜紀(V&D、24日のみ) 。すべてのパートを女性プレイヤーで固められなかったので、石田陽介(B、23日のみ)、三上寿一(B、24日のみ)、中山幸也(D、23日のみ)が黒子として参加した。
参加を依頼されたとき、わたしは自分のレパートリーではない曲を練習する好機と思い、快諾。クリスマス用の曲も含めて、数えてみると14曲、わたしのレパートリーではない曲を演奏した。不十分なところもあったけれど、思ったとおり、よい機会になった。いくつかのバラード曲は自分のレパートリーにしたかったものでもあったし、まったく初めて演奏した数曲もこの先うまく展開させていけそうな気がする。サイドギターがいるわけでなし、わたしの踏ん張り如何にかかっているような曲も多かったので、勉強になった。また、今回の企画で知り合うことができた女性プレイヤーたちもあって、個人的には嬉しいことだった。ところで、わたしは当初歌わない予定だったのだが、結局、歌うことになった。
丸腰の(楽器演奏しない)ボーカル3名は衣装、ヘアースタイルをそろえてエンターテイメント。モータウンのアイドルグループのような出で立ちで、なかなか奇麗であった。また、小柄な石田律子のトナカイ姿も愛くるしい。わたしもサンタクロースの紅い帽子を冠ることになったが、あまりに暑苦しいので、2日目は失礼させてもらった。お客さんはすべてチェッカーボードのおなじみだったので、終始暖かい声援をいただいた。少々、「ぬるま湯」のライブではあったが、これを機会に、出演者一同またそれぞれに粉骨砕身、刻苦勉励していく所存なり。来場くださったみなさん、ありがとうございました。
(画像提供:Mr. Koji Yamada、いずれも23日のもの。上左より、古賀、土屋、内藤。下左より、砂金、若林、大道、石田)
ドラムのなべちゃんこと渡辺さとし氏に誘われての演奏。彼がいっさいの取り仕切りをしたショータイムで、ベースなしのドラムとギター2本の変則トリオ編成となった。もう一人のギターはスティーヴィー・レイ・ボーンスタイルのTAKE-WOO。既に約15年のキャリアをもつなべちゃんはわたしより一回り若い。東京には、若いけれども既にかなりのキャリアをもつ彼のようなブルースプレイヤーが何人かいて、そういう若い彼らはどうやらわたしを「ファイアー大道なんぼのモノぞ」と訝しんでいるフシがあり、また、わたしもそういう彼らを警戒している自分を感じることがある。そんな漠然とした緊張感の漂う環境の中で、「今度一緒に演奏してみましょう」と誘ってもらったのは、わたしとしては有難いことであり、ひとつのトライアルであった。
今回の演奏が決まったときから、わたしはこれはある意味で「他流試合」であると感じていた。ベーシストなしで相方のギタリストとどうやって曲をつくって行くのか。ましてやTAKE-WOOはわたしにとって未知のギタリスト、ブライトブラウンは彼らのホームグラウンドだ。わたしは挑戦者であるから、わたしにとって一つのハードルであるなべちゃんに、カッコつけずに体当たりしたつもりだが、さて、結果はどうであったろう。演奏終了後、聞きにきてくれた友人を加えて、朝まで話すことになったが、お互いに理解できること、理解できないこと、いろいろ考えさせられたのであった。この夜のメンバーと解散してからも演奏や会話の一つ一つが頭の中に残り、しばらくそれが頭から離れなかった。
通常のわたしのエンターテイメントショーとは随分趣が違っていたから、それを期待して来場してくださった方々には申し訳なかったのだが、わたしにとっては忘れられない演奏の一つとなったことは間違いない。2006年を締めくくる最後の演奏は、そんな次第で、決して軽くはない思いが2007年への新たな強い動機付けになるようなものとなった。そういう意味で、わたしは大いに満足したのであった。
(画像提供:Ms. Hana)