[ 演奏記録 2007年7-12月]


7月1日(日)練馬区・氷川台 FIRE CRACKER
ハモニカのビッグロック大岩氏に相方役を誘われて、初めての店で演奏。毎週土曜日には専門DJがやってきていろいろなレコードをかけるというだけあって、お店に入ると、まずはオーディオ機材類が目に入る。防音対策も完璧とのこと。インテリアもお洒落で大人っぽい。そんなお店、ファイアークラッカーは日曜日に不定期でミニライブをやっている。大岩氏は常連らしく、既に4、5回登場しているそうだ。

ブルースを始めて間もない頃から知っている大岩氏だが、そんな7、8年前、1、2回演奏しただけで、今回は本当に久しぶりにご一緒した。彼の歌とハモニカにギターでバックをつけるのだが、一人でソロをやるよりちょっと緊張した。あまり馴染みのない曲もあったし、低音を切らさないようにと注意しながら、バリエーションを出すのは難しかった。結局、ワンパターンになってしまった。また、コードをちりばめながらソロフレーズを弾くというのも課題である。わたしは自分がメインで歌う演奏が9割以上だから、こんな風にバッキングで演奏依頼されるのは有難いことである。勉強になる。

久しぶりに大岩氏の歌を聞いたような気がするが、甘い声に磨きがかかって、以前と比べてうんと魅力的になったように思った。お客さんも熱心に聞いてくださった。わたしも4曲歌った。

(画像:Fire Cracker サイトより)


7月6日(金)渋谷 BLUE HEAT
コーヒー北村(B)、藤井マサユキ(D)とトリオ編成で。渋谷ブルーヒートの金曜日はあまり大きな音が出せないので、コジンマリしたセットで。トリオ演奏の難しさを感じた夜。

7月7日(土)高田馬場 diglight

下川裕明(G&V)、三上寿一(B)、ブッチ池端(D)と。

昼間、仲間と高田馬場でジャムセッションをした後に寄ってくれたヤマナカさんとユウタさんのお二人、2曲ほどゲストで演奏してもらう。また、ボーカルのるびいさんも飛び入り。

「最近あまり演奏していないレパートリーのアレンジをもう一度考え直して、ステージに幅を持たせなくちゃなぁ」などと考えながらの、久しぶりの、たっぷりの2ステージであった。

(画像提供:たにやん)


7月8日(日)千葉県山武市 寒菊
K.O.小泉(V&G)、BIGROCK大岩(V&Harmonica)、コーヒー北村(B)、長嶺章子(D)と。「サーファーたちの車で渋滞するといけないから」というので、早くに出発したら、予想外にスムーズに車が流れて悠々楽勝の現地到着。ちょっと足を伸ばして、九十九里浜も見学(?)する。

演奏はいつものとおり、午後1時から4時までの3時間。K.O.小泉のボーカルを途中で数曲挟みながら、わたしがメインで歌う1ステージの後、BIGROCK大岩に短い1ステージを仕切ってもらう。このときわたしの代わりに、今回、われわれの車に同乗していた竹林じゅんちゃんをギターに入れる。聞くとまだ24歳だそうだ。これからどんどん上手くなりそうなギタリストだ。

さて、このBIGROCK大岩セットの後、遊びに来てくれていたカモネギ(NEGGY加茂)と久しぶりに15分ほどの短い時間ながらデュオで演奏。わたしの素朴なフィンガーピッキングスタイルに、カモネギが上手い具合にモダンに絡んでくれたので、とてもよい感じ。わたしは気持ちよく歌い、また、お客さんもじっくり聞いてくださったようだ。「ビアレストラン寒菊」は3時間の長丁場なので、いつも何かしらの変化をつけるように工夫するのだが、今回は直前に参加決定したBIGROCK大岩と、ぷらりと寄ってくれたカモネギのお陰で、ショーが単調に陥らずにすんだ。

最後にもう一度全員がステージに上がって最後の1セット。この日はいつのよりお客さんが少なかったものの、皆さん、最後まで聞いてくださった。小1時間ほど休憩の後、帰路に。上りの車移動も思いのほか順調で、わたしも午後8時には帰宅した。


7月15日(日)仙台 HEAVEN

1泊2日の、BLUES T.A.D. 仲間との研修(?)演奏旅行。7名で2台の車に便乗して早朝都内を出発。午後1時過ぎに目標地点、仙台「ヘブン」にて、東北ツアー中のタッド三浦と合流。我々の師匠はスパイダーテツ(V&G)、三上寿一(B)、今井卓也(D)と4人で数日前から東北巡業中で、この日が最終日。我々は昼間のギタークリニックとジャムセッションに参加し、夜の演奏を観戦という予定なのである。

もっとも、わたしはもう一つ仙台に用事があった。毎年参加している仙台定禅寺ストリートジャズフェスティバル(9月8、9日開催)の参加者ミーティングがちょうどこの日だったので、これに出席することにしていたのだ。例年は代理を立てていたのだが、「なんだ、それならせっかくだから一度ミーティングってのにも出てみよう」という次第。仙台「ヘブン」とミーティング場所「せんだいメディアテーク」は歩いて10分弱。「TK&The Blues Blusters」の代表としてミーティング参加の三上君と出かける。この仙台の市民フェスティバル、毎年規模が拡大し、参加者(グループ)も今年は800だとか!家庭的なミーティングを想像していたところ、なんと、実によくオーガナイズされた大会場での総合ミーティングで、わたしはびっくり。出演場所や時間を記したスケジュール表をもらったり、各演奏場所ごとの確認等を手際良くおこない解散。会場では、馴染みの顔もチラホラ。エレクトリックモダンブルースのシマは、例年どおり、「勾当台公園滝前」で、わたしもここでの出演だ。そして、このシマは「ヘブン」のマスター、瀬戸さんが責任統括する場所なので、みんな何となく安心しているのである。

さて、ミーティングを終えて、「ヘブン」に戻って、ジャムセッションに参加。あっという間に、夜のショータイムが近づく。予想してはいたけれど、前座出演と相成る。「ジャムセッションに参加した人間をなるべくたくさん出して、25分で粗相の無いように」と言われる。BLUES T.A.D.最古参メンバーである矢作さん(ブルース金角)とわたしが中心となって作戦を錬る。拙い演奏ながら、BLUES T.A.D. メンバー主体によるオープニングの任、無事終了。このとき、ハモニカの吉田ユーシンさんが立ち寄ってくださっていたので、1曲ほどステージに上がっていただいた。

さて、いよいよ、本編、スパイダーテツとタッド三浦のショータイム。ショーの構成は、1ステージ前半をスパイダーテツが、後半をタッド三浦が主導するという趣向で2ステージ。スパイダーテツ、1曲目から全力投球。弾いて、歌って、盛り上げる。いやはや、天衣無縫、自由自在なギターワークで恐れ入る。若いけれども、十分な経験に裏打ちされた、堅牢なステージング。これに対して、これまた百戦錬磨のタッド三浦が、相変わらずトボケながら客席のハートを掴む。しかし、二人のギターの掛け合いはまことに聴き応えあり。互いに仕掛け、互いに応酬。互いに決して外さない、しかも、スピード間のある見事なキャッチボールなのだ。また、固く引き締まったテツのギタートーンに対して、甘く柔らかなタッドのギタートーン。相手がソロを弾くときの片方のバッキングもそれぞれに個性溢れていて、聞いていてまったく飽きがこない。

ギター好きの人間にはたまらない演奏だったが、そうでない人にも十二分にスリリングで楽しいショーだったはず。実際、客席みんなが笑い、拍手し、歓声を上げ、リラックスしていた。わたしはいつも言っているが、「ブルースはリハーサルをしすぎてキメすぎると面白くも何ともない」。アドリブというのは、ソロパート演奏のことだけではない。ステージ全部がアドリブなのだ。客席が、「次は何をしてくれる?」と期待し、それに応えてプレイヤーが積極的な演奏をする。「じゃあ、つぎはもっと!!」と客席はさらに期待し、それに対して、プレイヤーがやっぱり真っ向勝負で「これでどうだ!!」と来る。これがライブ演奏の、ブルースの醍醐味だ。始めから終わりまで筋書きが決まっているブルースショーなんてつまらない。プレイヤー同士、プレイヤーと客同士、コール&レスポンスがなくっちゃ!もちろん、そんな理想的なステージを展開できる為には、個々のプレイヤーがある一定のレベルに達していなければ土台無理なのだが、この夜のステージの4人は明らかにそのレベルに達して、客席を完全に納得させ満足させたのであった。

そんな素晴らしい演奏ですっかり楽しんだわたしだが、もう一つ嬉しいことが。それは、「多分前座で出るだろうけれど、わたしの選んだメンバーと演奏するわけではないし、時間も短いだろう」と思っていたので、あまり事前に仙台入りのお知らせをしなかったのだが、何人かの知人が「ファイアーさんが来てると聞いて、やって来たよ!」と足を運んでくれたのだ。そして、本当に短い演奏だったけれど、楽しんでくださった。嬉しいことだなぁ!みんなどうもありがとう!!

さて、ショーの終了後、まだ後ろ髪がひかれるまま、Blues T.A.D. の仲間7人と大将タッドの8名は次の目的地、郡山をめざすべく「ヘブン」を辞去。わたしは、仙台のみんなと9月の定禅寺フェスでの再会を期してお別れ。みんな、また会おうね!

(画像提供:仙台市、ヘブン、Mr. Spider Tetsu、千賀喜通氏、下段画像をクリックするとフォトアルバムにリンクします。


7月16日(月・祝)福島・郡山市 WORKSHOP STUDIO

「南東北ブルースサミット」と銘打ったこの企画、郡山のブルースシーンのリーダーである清水良一さんが、BLUES T.A.D. の仲間と郡山のプレヤーの交流の為に今年も開催してくれた。

清水さんは「マックスウェルストリート」「バードランド」と、これまで郡山市内でお店を経営してこられたが、今クラブ経営から離れて音楽活動をしている。喫茶店だったスペースを借りて、中にライブ演奏用機材一式を搬入し、NPO「ワークショップスタジオ」を立ち上げて、このスペースで会員制のスタジオを運営している。今回の「サミット」には、このスタジオを利用して練習している郡山のプレイヤーの方々が集まってくださった。もう10年近いつきあいになるドラムのストーブ吉成はもちろん、去年もお会いした方たちもいる。福島市のなまず亭経由で面識のあったSさんも。そして、近年の郡山ブルースシーンの台風の目(!?)、華ちゃんがいる。

午後3時半くらいから三々五々集まった人間でジャムセッション。清水さんとナナちゃん(清水さんの先のお店、「バードランド」では「ママ」であった)が用意してくれたカレーライスなどを食べつつ、午後6時より5組のライブ演奏開始。わたしも、BLUES T.A.D. の仲間と組んで演奏。楽しみにしていた清水さんの新バンド、ボーカルの華ちゃんが噂には聞いていたが、あっぱれ「ココ・テイラー」に変身していてびっくりする。ブルース三昧の日々を送っているだけあって、旬を迎えている様子。

さて、翌日勤務を控えた東京メンバー一行は、郡山のみなさんと11時前にお別れ。一路東京をめざす。終電も既になくなった午前1時過ぎに都内に到着。その後、ひとりひとりを車で送ってれた二人のドライバー、本当にありがとう&お疲れさまでした。

(画像提供:上段-清水良一氏、下段-千賀喜通氏。それぞれの画像をクリックするとそれぞれのフォトアルバムにリンクします。)


7月21日(金)阿佐ヶ谷 CHECKER BOARD

下川裕明(V&G)、ジャック原(B)の同級生トリオで。ドラムレス。40分の1ステージ。対バンは「COLD SWEAT」。

同じく同級生、芦屋乾太郎氏が聞きにきてくれていたのでイノシシ4匹になって最後に1曲。演奏後、終電まで雑談して分かれる。帰宅していつものようにPCを明けてメールをチェックしたところ、今分かれたばかりの連中から、「『ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバル』で来日中のエディ・テイラーJr.が中野ブライトブラウンに来るらしい」との電文が...。

『ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバル』に絡めて大阪・名古屋・東京と巡業中の「ココ・テイラー&ブルースマシーン」「ルリー・ベル with エディ・テイラーJr.」らの一行は、数日前より、大阪からジャパンツアーを始めており、前日から東京に入っていたのである。前夜は菊田さん以下、「ブルースマシーン」のみなさんが渋谷テラプレインに遊びに来てくれていたのだが、この夜はエディ・テイラーJr.が中野に、という。

実際にシカゴ在住のブルースマンと接したことのある人なら知っているとおり、彼らは別に特別な人たちでもなんでもない。近寄りがたいということもない。最近はシカゴで修行を積んで来た日本人もかなり多いから、我々と彼らの距離は案外近い。実際、今回もKさん、Mちゃんというシカゴに縁のある人たちが、演奏終了後の彼らを口説いて(?)、都内のブルースクラブに連れてきてくれたのである。

さて、前夜も渋谷テラプレインで朝を迎えていたわたしは、この「エディ・テイラーJr.@中野、情報」を得て、しばし逡巡。しかし、数分後には、地下鉄で戻ってきたばかりの道のりを、深夜12時半、今度は自転車で引き返していたのであった。

蛇足ながら、この翌日は「ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバル」。この夜も恐らく「何か」あるだろうと予測して、これまた自転車で日比谷公園に出かける。入り口前でばったりあったH氏の好意で会場に入る。歩くたびに知った顔に出会う。カーニバル終了後、自転車で中野へ。再び菊田さん以下4名が立ち寄ってくれる。この夜、彼らの滞在は短かったが、この数日間を締めくくるに十分な来訪だった。

この週末3日間、わたしは実によく自転車を走らせたけれど、道はどこへでもつながっており、シームレスな移動手段、自転車ってホントにいいなぁ(つらい坂道さえなければ!)と実感したのであった。

(画像上段:トリオ・ザ・イノシシまたはカルテット・ザ・イノシシ、提供Ms. Edith Petrucci。 画像下段:エディ・テイラーJr.を囲んで集合写真とジャムセッションの1コマ、提供Mr. Dekasue, Ms.Meno)


7月25日(金)阿佐ヶ谷 CHECKER BOARD BLUES JAM SESSION
定例ブルースセッション司会進行役。11名の参加。殆どの参加者が常連であったが、初参加のドラムNさんが小気味よいビートを刻んでくれ、セッション全体が盛り上がる。また、中堅どころも早い時間帯から参加してくれたので、演奏が引き締まった。若者たちもどんどん進化している。ぷらりと覗きに来たお客さんも楽しんでくださったようだ。わたしも愉快で、ついつい飲み過ぎた。

7月28日(土)阿佐ヶ谷 CHICAGO
ソロで演奏するつもりで出かけたが、ロンリーパパこと新さんが遊びにきてくれていたので迷わず捕獲(?)。お店のギターで参加してもらう。新さんとは昨年八尾市の店で知り合ったのだが、その後関東に単身赴任が決まって現在埼玉県在住。演奏終了後はマスターの根本さんから、今年のシカゴブルースフェスティバルの様子やシカゴ市内のブルースクラブの近況などを聞く。また、ルリー・ベル20代前半のビデオも見せてもらった。

7月29日(日)高田馬場 diglight

BLUES T.A.D. ショータイムに30分枠で出演。ショータイムの前の勉強会から参加していた若者3名(石田G、伊藤B、土本D)にバックを任せる。ベースの伊藤敦君は既に何度も一緒に演奏しているが、他の二人は初めて。

わたしは先日のブルースカーニバル以来、ドラムのフィルが気になって仕方がない。12小節のコードの変わり目、4小節目、8小節目、そして12小節目のターンアラウンドの3箇所で、とりわけギターやハモニカなどがソロ演奏中にフィルが入らないとがっくりくる。8小節目の終わりから9小節目の頭のところは、特に丁寧かつダイナミックに演奏してほしい。ドラムの土本カズトシ君には事前に「失敗してもいいから、思い切ってやってくれ」と言っておいたら、果敢に挑戦してくれていた。

ギターの石田カズヒロ君に至っては、この日初めて演奏を聴いた次第で、海のものとも山のものとも知れないながら、ブルースプレイヤーに育つことを期待するわたしである。どうやらまだ含羞の10代らしいが、演奏後、「お客さんの顔を見て堂々とギターを弾かなきゃだめだよ」と忠告。わたしも息子みたいな若者たちにはずいぶんエラそうな昨今である。ワハハ。

この夜のBLUES T.A.D. ショータイムの他の出演は、「るびい英子」「リトルシゲル」「タッド三浦」。トリのタッドショーでは、お店のオーナー、チャタさんがゲストボーカルで登場。「チェイン・オブ・フールズ」「ムスタングサリー」を披露。コーラス担当の新潟ジニー(?)と二人でのダンス振り付けも楽しく、満員のお客さんを喜ばせる。いつもは渋谷テラプレインで開催しているBLUES T.A.D. ショータイム、初めて高田馬場ディグライトでの開催だったが、一般のお客さんも集まってくださり、楽しい一夜であった。福岡在住のギタリスト福田シンジ君、出張中にぷらりと寄ってくれ、久しぶりの再会となった。

(画像提供:Ms.Minae Haramoto、画像をクリックすると彼女のブログにリンクします)


8月4日(土)豊島区東長崎 SPOONFUL

お店のマスター、HATAさんといろいろ話しているうちに生まれた企画。日頃モダンブルース(バンドスタイル)を主体に活動しているプレイヤーたちによるデュオスタイルでの演奏特集。多くの方に気軽に立ち寄ってもらえるよう、普段のお店のチャージ料金よりもぐっと低い料金設定にしていただいた。

この夜の出演は、「BIGROCK大岩(Harmonica&V)&ドコ山岡(G&V) 」「TAKE-WOO(G&V)&ナベ(V&Cajon)」「ファイアー大道(G&V)&マーシー伊藤(Harmonica)」の3組。「TAKE-WOO&ナベ」の二人はスプーンフル初登場。狭い店内、席がちょうど埋まって、心地よい夜となる。3組の演奏終了後はHATAさんも交えて数曲。こうした企画、これからも2月に一度のペースで続けていく予定である。最小編成のブルースに挑戦する者同士、互いに演奏し、聴いて、触発しあう場にしたいと思っている。

他の出演者が退けた後も、山岡さんと店に残留して歓談。3時頃に解散。暑い一日であった。

<画像提供:Mr. HATA。最上段画像をクリックすると、氏のフォトアルバムにリンクします。>


8月8日(水)札幌  ホントBAR

とうとうやってきた札幌。23才から35才まで、わたしの生活拠点は札幌にあったのだが、この時期、わたしはブルースどころか音楽活動をまったくしていなかったので、札幌のブルースシーンはわたしにとって未知の世界。実家が近くにあるのだから、もっと早くに札幌で演奏してもよかったようなものの、この数年間、大道家は様々な事情で主に名古屋で暮らしていたために、わたしも北広島(札幌市の隣町)の実家に帰る機会がなかった。そんな私生活上の事情もあって、札幌はこの10年間、わたしにとってなんだかとても遠い場所だった。

今回は、事前に下野さん(Sax)とメールで連絡をとっていた。わたしの知っているプレイヤーの中で札幌でも演奏している唯一の人間、師匠のタッド三浦から紹介してもらった札幌在住のプレイヤーだ。下野さんの手配で「クボタクマ(久保拓馬)・ブルース・トリオ」に交ぜてもらったのだ。「札幌に行ったら、下野と久保と演奏したらいい」と師匠に言われていたから、実際に顔を見る前から彼らに親近感を抱いてはいたが、果たして、実際に会ってプレイしてみると、やはり初めて会う気がしなかった。久保拓馬君はわたしの息子みたいに若かったが、成熟したギタープレイヤーで、ボーカルも魅力的だった。下野さんはわたしより一回り若い世代の、しかし一般世間的には働き盛りの30代後半、長身で物静かな印象とは裏腹に、熱くて、やはり、成熟したプレイヤーで、ソロはもちろんのこと、バッキングも素晴らしかった。

ブルースをダシに、自分の楽器で好き勝手にプレイして「ブルースプレイヤー」と自称する人々に会うたびに失望するものだが、この二人に出会ったわたしはとても嬉しかった。本当にブルースが好きな人と、こうした鄙(ひな)で出会うのは感動的なことである。大袈裟な物言いになるけれども、信仰を同じくするキリシタン同士が出会い、お互いの信仰を確かめ合い、それぞれの信仰を更に深くするような感じがする。この日、演奏後、久保拓馬君は始発待ちのわたしに朝までつきあってくれたが、「ホントBAR」のすぐ隣の雑居ビル内の「美味んぼう」という飲み屋につれていってくれた。ここもタッド三浦が演奏している場所で、久保君が「タッドさんの弟子、ファイアーさんですよ」と紹介してくれたので、マスターとご常連が「ああ、そうですか、よく寄ってくれました!」などど喜んでくださる。わたしも「それでは、せっかくですから」などと、店にあったアコスティックギターで数曲唄う。ハモニカも素晴らしい久保君がこれに伴奏してくれる。なんともシアワセな時間であった。

ところで、「ホントBAR」での演奏は、久保、下野、大道の他、ドラムにラバ桜庭、ベースにバディ中原というメンバーになった。バディさんはお客さんだったのだが、予定していたベーシストが急遽参加不可となったため、本来ギタリストのバディさんに登場していただいたのだった。ドラムのラバさんはここのところずっと久保君のバックをやっているらしい。年齢的にはわたしとおなじくらい。同世代というのはそれだけでも安心できる何かがあって、演奏中わたしは目で、ギターで、体でドラマーに合図を出すが、それに素早く反応してくれるのが嬉しかった。

そんな次第で、わたしの札幌初演奏は、札幌に仲間を見つけた感動に終始したわけだが、ブルースシンーンそのものについては、冷静になるまでもなく、なかなか厳しい状況であることは自明であった。「ホントBAR」のマスターは自身としてはオールディーズのバンドを率いているそうだが、久保君に大いに期待している様子で、久保君を中心に札幌のブルースシーンを何とか盛り上げて行きたいと熱く語ってくれた。

<画像提供:Mr. Tomoaki Yamanaka>


8月10日(金)札幌  FUNNY

地下鉄東豊線「豊水すすきの」駅から歩いて1分、弾き語り系のバー「ファニー」。この店にレギュラー出演している久保拓馬君が誘ってくれた。札幌ブルース周辺パトロール中のわたし、喜んで合流。

  拓馬君は「最初から一緒に演りますか?」と訊いてくれたが、わたしは彼のソロ演奏も聴きたかったので、数曲後にステージに呼んでもらうことにした。さて、拓馬君のソロ演奏にはまことに感服した。エプフォンカジノを使い、ベースラインを正確に刻みながらコードワーク、ソロフレーズを絡ませる。モダンなエレキスタイルでのギター1本のオーケストレーションだ。エレキギター1本で遜色なくブルースを聞かせるのは、モダンブルースギターの上級者ならさほど難しくもないだろうが、拓馬君に驚かされたのは、そのモダンなギターオーケストレーションにさらにハモニカを加える点である。忙しく両手を動かしながら、ホルダーをつけてハモニカまで吹くのだから恐れ入った。しかも、ボーカルも十分に魅力的なのだ。後から聞いたら、「以前はギターとハモニカが半々の比率で演奏できていたけれど、最近はギターに比重がかかりすぎてバランスが崩れているのではないかと感じている」とのことだった。さて、真偽のほどはどうなのだろう?わたしとしては完全に脱帽であった。

さて、彼の2曲目「ルート66」の途中で、拓馬君がわたしを紹介しステージに上げてくれる。もちろんわたしはいつものように最初から飛ばしたのであったが、1曲目の「シカゴ・バウンド」を始めたとたん、拓馬君はわたしが望むようにバッキングしてくれた。事前に打ち合わせなど一つもしないが、彼は軽快なシャッフルのベースラインを奇麗に入れてくれる。2曲目、3曲目もまったく裏切られない。また、わたしが自分でベースラインを入れるパターンの曲では、咄嗟にハモニカで伴奏してくれる。彼はわたしの「売りの部分」と「弱点」とを、一瞬のうちに理解してくれたわけで、こうなるとわたしもどんどんノッてくる。そんなわけで、この東京からやってきたという闖入者の演奏を、お客さんたちも大いに楽しんでくださったようだ。

「ファニー」はレギュラー出演者によるライブを毎日やっているわけではないそうだが、飲みにきたお客さんがいつでも弾き語りできるよう、ギターやPAを完全装備している。誰でも壁にかけてあるギターを手に取って、ステージにあがることができるとのこと。そんなこともあり、チャージ料金は少々高めに設定されているようだ。ちなみにマスターはカントリーシンガー、アシスタントのマリさんはフォーク系シンガーとのことだった。

<画像上段:左から、店の看板マリ嬢とマスター恩本氏、店入口、ソロ演奏中の久保拓馬君>
<画像下段:提供、FUNNY。画像をクリックするとお店のブログにリンクします。>


8月11日(土)札幌  ホントBAR
再びの「ホントバー」。この夜のショータイムは、マスターが率いるオールディーズバンド「エイトフォー」の定期演奏日。数日前に「クボタクマ・ブルース・トリオ」に参加したおりに、「今度の土曜日、うちのバンドの演奏日にゲストでもう一度演奏すれば?」とマスターが声をかけてくれたのだ。そんな次第で、わたしと久保拓馬(G&V)君は前夜に引き続き合流。これに下野剛志(Sax)さんも加わって3人のゲスト出演と相成る。

さて、「エイトフォー」の演奏は10時を過ぎて開始。さすがに札幌、終電の時間に関係なく、お客さんが来店し、バンド演奏が始まる!尤も、この日、バンドは夕方郊外の野外イベント(盆踊り?)に出演して帰ってきたばかり。9時から店に待機していたわたしは、バンドの一行が帰着して、慌ただしくステージのセッティングするのを一部始終目撃することになった。ドラム、ベース、ギター2、サックス2、トロンボーン兼パーカッション権ボーカル1、キーボード兼サックス兼ボーカル1、スタンディングのボーカル2、という大所帯だ。お店のテーブルには彼らのレパートリー表が置いてあり、リクエストをカードに書いてバンドに手渡すシステム。わたしも「トゥッティ・フルッティ」と「25 or 6 to 4」をリクエスト。ジャニーズの人気アイドルにそっくりなギタリストが大変達者なギタリストで圧倒される。もう一人のギタリストとベンチャーズメドレーも披露したが「朝日のあたる家」は特に聴きごたえがあった。

さて、わたしたちブルース組のゲストが実際に演奏を始めたのは11時半を回った頃。そんな時間でも来店する地元の人々が多く、わたしは「まるで東京の外人パブみたいだなぁ!」と感心する。さすが「終電に支配されない町、札幌」である。数日前にあったばかりなのに、もう他人とは思えない(?)、大道、久保、下野の3人組、この夜も一緒に演奏できる喜びが、口にせずとも、お互いに感じられるシアワセなひととき。小1時間、主にわたしのボーカルに拓馬君のボーカルを数曲挿んで演奏。ベースとドラムは「エイトフォー」のメンバー。演奏中のわたしたちの指示に的確に反応して、好サポートをしてくれた。

オールディーズナンバーのように、誰もが一度は耳にしたことのある、親しみのある演奏曲目というわけにはいかなかったが、お客さんもわたしたちの演奏を楽しんで聞いてくださった様子。この際、ブルースもヨロシクオネガイシマス!

ゲストのわたしたちのあと、「エイトフォー」メンバーは再びステージに。すべてのリクエストを消化して、この夜のショータイムが終了したのは午前2時半過ぎ。メンバーのみなさんともゆっくりしたかったが、ネットカフェのチェックイン時間さえ迫っているので、わたしはマスターとベースのヒロさんに挨拶した程度で慌ただしく辞去。彼らともまた会えるに違いないので、「ま、いいっか!」という、キワメテ北海道的なノリにて失礼する。

当初、札幌では1日の演奏予定であったけれど、飛び入り、ゲストを含めて3晩演奏することができた。ブルース人口はきわめて少ない札幌のようだけれども、フルサトに仲間を見つけた喜びを実感した数日だった。

<画像上段:左から、ホントバーのある札幌市北24条近辺。わたしも昔はよくウロウロしていた地域。夜のホントバー入口でマスター(右)とベースのヒロさん(左)。画像下段:大道、久保、下野組。>


8月19日(土)14:00-16:00 利尻町交流促進施設どんと「RISHIRI山海音FESTIVAL」
8月19日(土)20:30-25:00 稚内市 BB Music Club 「2周年記念ライブ」
稚内「BB Music Club」とは昨年の秋以来のおつきあい。自身もブルース修行中のマスター、ボス近藤が、夏休みで北海道帰省中のわたしを呼んでくださった。わたしは前日夜にバスで稚内入り。お店に直行し、三々五々集まったお店のバンド「BB BLUES BAND」のメンバーと再会の挨拶、そして早速の音出しと相成った。メンバーに若干の変動があった模様。しかし、春に交通事故で背骨を折ったというドラムの志田さん、相変わらずのナイスグルーブで、「骨折って、ほんと?」という感じである。

開けて翌日、2つのイベントが重なった日。両イベント共通の出演者は「ヤマカワノリヲ」「MOJO HOUSE」「ファイアー大道&BB BLUES BAND」。午前10時半、早朝札幌を車で出発したヤマカワさんとMOJOの一行と店の前で落ち合う。MOJO の二人とは3年前に千葉県栗源町のウッドストックでお会いしているが、ヤマカワさんは初めて。「ギターパンダ」の噂は何度か聞いていたけれど、実際にそのステージを見たことはなかったのである。いずれにせよ、この総勢8名が、この日の2つのイベントの主役である。

稚内から利尻までフェリーで約1時間半。それぞれに睡眠不足の一同、ウトウトしている間に着岸。迎えに来てくださっていた「RISHIRI山海音FESTIVAL」実行委員会の車で会場へ。町立の立派なホールだ。開演前に慌ただしくサウンドチェック、そして本番。自分の出番の後は、観客席でMOJOとヤマカワさんを観戦。MOJOは相変わらず歯切れ良くかっこよい。初めて体験するヤマカワノリヲさん。パンダ姿といい、疑似プレスリー姿といい、驚きと可笑しみとで大ウケ。伸びやかな美声で、演出の面白さだけでなく、じっくり聞かせる曲は感動的でもある。ギターもとても成熟している。本番前、楽屋でラグタイムっぽいギターを弾いているのを耳にした。恐らく、ヤマカワさんにしてみれば、音楽的にやれることは他にもたくさんあるだろうに、ステージでは「ロックンロール」というアイデンティティを堅持していて、軸足が全然ブレていなかった。とても好感が持てた。「看板に偽りが無い」というのは何て潔いことだろう。自己紹介の歌どおり、「一人でもロックンロールでみんなを楽しませる」のであった。

フェスティバル実行委員会の方々の暖かい配慮がカタジケナイほど。もっとゆっくり、最後までご一緒したいところだったのだけれど、わたしたちは夜の「BB MUSIC CLUB 2周年記念ライブ」に間に合わせる為に、稚内にトンボ帰り。帰りのフェリーもやっぱり一同ウトウト。あっという間に稚内に着岸。店に直行。店に着いたら、オープニングの地元のハードロックバンド「アクエリアン」がサウンドチェック中。お客さんも既に見えている。2周年を祝うお花も届いている。これは盛り上がりそうだ!

「アクエリアン」の見事な演奏の後、「BB BLUES NBAND」の演奏。ボーカルのまことさん、若い頃、札幌の某音楽事務所に所属していたこともあるそうだ。「今の方が、よっぽど楽しいね」とのこと。ブルースというよりは、R&B、フュージョン寄りのサウンドだ。その後、彼らにサポートしてもらって「ファイアーショー」。わたしの後は、宮崎から一人で日本国中を旅をしながら歌っているという金丸文武くんの飛び入りタイム。絶唱タイプのオリジナルだけれど、厭味がない。一生懸命なプレイにお客さんも納得の熱い拍手で応えた。演奏終了後、「いやぁ、勉強になりました、ブルース、何を聞いたらいいでしょうか」と話しかけてくれた。礼儀正しい好青年であった。朝まで一緒に飲んでいたのだけれど、無事に次の目的地に着いたかな?

2周年ライブ、いよいよ後半戦。MOJO HOUSE とヤマカワノリヲさん。今回のヤマカワさんの北海道ツアーにMOJOの二人はずっと同行だったそうだ。同じ「日本晴レコード」のレーベルアーティストだから付き合いは長いのだろう。ヤマカワさんのステージが終わったときには、既に午前1時に近かったが、アンコールに応え、ヤマカワさんはMOJOをステージに招いてさらに2曲演奏してくれた。

やはりミュージシャン同士は、お互いのプレイを披露し合ってこそ自己紹介が完結する。昼からの2回の演奏が終わって、打ち上げの深夜、一同ゆっくり歓談することができた。話が尽きず、結局朝まで店に残った。今回のMOJOとヤマカワさんの北海道ツアーを名古屋から追いかけていたI子さんも最後まで一緒。午前7時半、札幌へと向かうMOJOとヤマカワさん一行を店の前で見送る。数日前、急遽運転手としてスカウトされたヤマちゃん、「ダイジョウブデス」と勇ましく運転席へ。どうぞお元気で、またどこかでお会いしましょう、と互いに挨拶。そんなわたしたちの眼前を、ちょうど夏休みを終えて、この朝始業式を迎えた地元の高校生たちが登校していく。

わたしはこの後、お昼発のバスまでボス近藤のご自宅で休息させてもらった。ボス、今回もお世話になりました。10年後にはプレイヤーとして一本立ちするのが夢だ、というボス。わたしもそうです。お互いに頑張ろうね、とお別れ。そういえば、オフビートで面白い物言いを連発するヤマカワさん、「気をつけます」の他に、「頑張ります」も連発していたっけ...。

<画像上段:左から、利尻島、「山海音フェス」会場、ホール入口、ステージ風景。この画像をクリックすると、フェスティバルの公式サイトにリンクします。画像下段:BB MUSIC CLUB2周年記念ライブ風景(ヤマカワさんの画像のみ「山海音フェス」)。この画像をクリックすると、店のオーナー近藤氏のフォトアルバムにリンクします。>


8月22日(水)阿佐ヶ谷 CHECKER BOARD BLUES JAM SESSION
水曜日の定例ジャムセッション、司会進行役。前日北海道から戻ったばかりのわたし、夜だというのにムシムシと暑い東京・阿佐ヶ谷へ。お盆休み疲れか、夏バテか、参加者がいつもよりずっと少なく、始めから終わりまで、全員でほぼずっと演奏する。まあ、こんな日もあるだろう。わたしはギター&ボーカルは数曲だけで、ベースとドラムを担当する。下手でスミマセン。それにしても蒸し暑い夜。全員、汗だく。「梅雨が長引いた年の夏は酷暑にならず」とテレビでは気象予報士が言っていたのになぁ!

<画像:左、セッション風景。右、店のママ、ツッチー>


8月24日(水)渋谷 BLUE HEAT
ほぼ二月に一度のペースで続けている、渋谷ブルーヒートでの「チャージ無し金曜日ライブ」。この日はハモニカのマーシー伊藤と二人でしめやかに(?)演奏するはずであったが、予期せぬことに、いろいろな人たちがぶらりと立寄ってくださって、賑やかで楽しい夜になった。

何よりも驚いたのは、大阪で活躍のフェイント上岡。東京出張を利用して、義理のお姉さんご夫婦を連れて寄ってくださった。6月の東京公演の折、やむを得ない事情で急遽上京できなかったフェイント、その時のお詫びも兼ねてブルーヒートに立寄った由。そして、お店のスケジュール表を見たところ、わたしファイアー大道が出演だった、というのが事の次第だったらしい。そうであれば、もちろん飛び入りゲスト。お店のギターを借りて、途中から出ていただいた。

また、わたしの「Blues T.A.D.」仲間のハモニカ奏者、ジャズ高橋もぶらりと。マーシーのハモニカを研究に来てくださったようだ。もちろん、高橋さんにもステージ途中で登場いただく。持参したハモニカのキーに限りがあるということなので、最後の方、数曲で。

夏休み気分もそろそろ終わりの今日この頃。観光旅行中の外国の方々の姿も。パリからやってきたという若いカップル、(実は、開演前にお店に電話が入り、たまたまその場に待機していたわたしが電話口に出て、「オー、イエス!ライブ演奏もうすぐ始まります。ハイ、ブルース、ブルース。プリーズ、カムカム!」と対応していたのだが)、インターネットでブルーヒートをみつけたそうだ。彼らの話に寄れば、パリのブルース、ジャズ業界もかなり厳しいらしく、現在、市内のブルースクラブは1軒を残すのみ、とのことであった。ところで、友人Eの伯父さん伯母さんもイタリアから姪を頼って観光旅行中、ぶらりと寄ってくれた。余談ながら、「何もかも『機能している』日本」を大絶賛。また、渋谷、新宿等のイルミネーションの明るさに、「高度最新文明」を感じてホトホト感心したそうである。

また、この夜は、数年前にこのお店で知り合ったNさん、こちらもぶらりと立寄ってくださった。演奏の前はいつだって、「お客さん、来てくれるのかなぁ」と不安なものだが、こんな風にぶらりと寄ってくださるみなさんで、思いがけず賑わう夜もあるわけで、まことに有難いことでした。わたしの演奏に関しては、フェイントの後ろで「I'll Play The Blues For You」でつまらないバッキングをしながら、「これではいかん」と恥じ入った。がんばります。

<画像:左より、ブルーヒート入口夜景、マスター兵頭氏(意外とリラックス中?)、ハモニカのマーシー伊藤(緊張気味?)、フェイント上岡と友人Eとその親戚とパリの恋人たち>


8月25日(土)阿佐ヶ谷 CHICAGO
ソロで。このところ、ソロでやるつもりで出かけて行っても、お店にいる誰かをつかまえて一緒に演奏することが多かったので、この夜は久しぶりに本当のソロ。しかし、未だに不十分だなぁ。情けない。「絶対に間違えない」という自信が持てなければ、完全に客席を支配できないなぁ。ぽろぽろ間違えているようではオヨビデナイんだよなぁ。さて、この夜の他の出演は「ブルガキチャンペンスキー」。また、前夜の演奏で知り合った、フランス人カップル、アルバンとイリス、またまたよってくれて、メルシーボークーな夜であった。

<画像:左ーお店のある界隈、中央ーお店の入口階段、右ーお店の看板娘ミネちゃん(後ろにオーナー根本氏)>


8月31日(金)高田馬場 diglight

8月最後の日。金曜日。8時半をまわった頃から人足が多くなり、満員御礼となる。千葉県長生村から「BLUES QUEEN」の面々がオープニングアクトに乗り込んで来た。全員平成生まれの彼女たち(平均年齢14才とのこと!)、大久保初夏(V&G)と大久保紅葉(V&Harmonica)を中心に、菰田眞紀(B)、大村智美(D)の4人編成でブルースを演奏する。大久保家の二人の姉妹とは彼女たちが幼い頃からしばしば一緒に演奏してきたが、初夏嬢はここのところドラムではなく、ギターを弾き歌ってフロントに立っている。若い人は変化の幅と速度が激しくて、まったく驚かされる。未だ荒削りとはいえ、あと1年もすればどうなるかわかったものではない。まことに期待大の、そして、まことに末恐ろしい正真正銘のギャルブルース軍団であった。

さて、本編のわたしたちは、T-bird大谷(G&V)、石田律子(Harmonica)、コーヒー北村(B)、長嶺章子(D)の布陣。1曲目からトップギアモードで1ステージ目を一気に駆け抜け、2ステージ目前半、やや欲求不満を残しつつ、途中に石田陽介(G)、るびい(V)、そして店のオーナー、ちゃた嬢(V)を飛び入りゲストでステージに招きつつ盛り返し、ラスト曲でメンバー全員にソロを回して客席からヤンヤの歓声、という展開となる(ああ、ヨカッタ、ヤレヤレ!)。メンバーそれぞれ大熱演。何度も見にきてくださっている方々から、初めて聞いてくださる方まで、みなさんに喜んでもらってありがたい限り。毎回、本当にありがとうございます。夏の最後に、最後の曲の、最後のギターソロで弦を切ったわたしであった。

<画像上段:店内風景、客席、そして 「BLUES QUEEN」。画像下段:この夜の「ファイアー大道バンド」の面々。 >


9月5日(水)阿佐ヶ谷 CHECKER BOARD BLUES JAM SESSION
水曜日の定例ジャムセッション、司会進行役。初参加者3名を含めて10名の参加。


9月7日(金)阿佐ヶ谷 CHECKER BOARD
ハモニカのマーシー伊藤とのデュオ。数日前にめずらしくギターの弦6本を全部張り替えていたのだが、その際、ブリッジのマウントを間違えた模様。演奏中に低音弦がブリッジから落ちるわ、チューニングは狂うわ、という失態であった。他の出演は、伊藤やすおさん。アコスティックギター1本でインストを演奏。ご一緒したのは初めてだが、達者なギタリストであった。演奏終了後、聞きに来てくれていたG氏や後からやってきたQ氏などと飲んで、夜明け前に解散と相成ったのであった。


9月8日(土)福島 なまず亭
いよいよ秋の恒例東北2ディズ巡業。第一日目はお馴染み福島の「なまず亭」。今回のわたしの正式メンバーは、田村奈津子(B)と長嶺章子(D)。これに、ボランティアメンバー(?)、K.O.小泉(G)が急遽参加。また、九州ツアーを終了して、福岡から直入りしたタッド三浦も現地にて合流。また、郡山から清水良一さんらも丸々バンド1連帯で聞きにきてくださる。

そんな次第で、お店のプログラムでは「ファイアー大道ショー」というタイトルになっていたものの、実際には、飛び入りオープニングに「マックスウェルストリートバンド」を迎え、「ブルースクルーザー」、「ファイアー大道ショー」、「タッド三浦ショー」と4本立てで続くことになった。

さて、今回のブルースクルーザーはドラムに岡地曙裕さんを迎えていた。わたしは岡地さんのプレイはこれまで見てはいたけれども、至近距離でお会いするのは初めてだった。クルーザーの演奏では、ガッツと迫力のあるドラミングで聞いていて嬉しくなった。ミッキー、シブケン、(早坂)ヨーイチさんの3人は相変わらずの安定したプレイであった。

わたしのところの演奏では、ドラムのアキちゃんが一番受けがよかった。アキちゃんは最近一皮剥けた感じがする。後ろを振り返ると笑顔だったりもする。ナッちゃんは十八番のチョッパーベースをベキベキ披露。小泉さんは私のレパートリーをよくさらってくれていた。そして、わたしはといえば、ギターがハウリングを起こすのが気になって仕方がなかった。最近、他の店でもよくハウリングを起こすので、これは何かいい対処法を講じる必要がある。

そして、最後のタッドショーは、重量級が集まって(タッド、ミッキー、シブケン、岡地)の演奏。演奏終了後はナンダカンダと話に花も咲き、翌日は仙台に向けて早いというのに、とんこつラーメンまで食して、宿に戻ったのは4時過ぎであった。女子3名、美容のため(?)大急ぎで入浴後、就寝した。

<画像:なまず亭での演奏風景>


9月9日(日)仙台定禅寺ストリートジャズフェスティバル「勾当台公園滝前」会場
今年は7回目。去年はソロで出演したわたしだが、今年はまたバンドスタイルに戻った。今回のメンバーは、前日の福島に引き続き、田村奈津子(B)と長嶺章子(D)のリズム隊。これに、現地仙台で合流のチャーリー白方(G)。チャーリーとは6月の船橋(千葉県)でのイベントで知り合った。当時は千葉県在住であったが、その後間もなく仙台に転勤していたのである。ナッちゃんもアキちゃんも彼とは初共演で、もちろん、わたしも一緒にステージに立つのは初めてであった。

土、日の2日間で開催されるこのフェスティバルは、毎年毎年規模が拡大し、今年は2日間で700組が出演したらしい。ステージも市内に45カ所設定されている。わたしが出演したのは、「勾当台公園滝前」で、ここは仙台のライブハウス「ヘブン」が統括しているシマで、ブルース系の出演が多い。わたしたちの枠は午後1時ちょっと過ぎ。好天に恵まれたのは良いのだが、とても暑かった。今年のステージは同じ「勾当台公園滝前」とはいえ、例年と異なり、石畳の階段状にステージが組まれていた。お客さんとの距離がいつもよりずっと遠く、従って、アンプ類も奥まっているので、音に迫力が欠けていたように思う。わたしたちのより後の出番の、「TK&BLUES BRUSTERS」のときに、出演者(タッド三浦)がギターアンプを石畳の下段に下ろしているのを見て、「やられた!」と思う。わたしもそうしたかったのだが、係の人間に交渉するのも面倒だなぁ、などと思ったのがいけなかった。積極的に行くべきだったなぁ、と後から反省。

実際のわれわれのステージングはというと、チャーリーもわたしも前に出ようとして、案の定シールドが抜けた。わたしは、出演前に7メートルのシールドを借りていたのに、それでも全然足りなかった。そのような失態も想定の範囲内で、ステージと客席の緊張緩和に役立たないわけではないのだけれど、やはりシールドは抜けない方が良いに決まっている。ワイヤレス導入をいよいよ考えたい気になった。さて、演奏の方は、カンカン照りの昼間の野外なので、殆どをアップテンポの曲で構成。40分はあっという間に終了した。演奏前も演奏後も何人かの方が声を掛けてくださる。そういう方々はもう何度もこのフェスティバルでわたしを見てくれている。そしてフェスティバルには、東京や大阪から来ている方も多く、演奏後すぐに「これ、録画したのでさしあげます。」とテープを下さった方は、数年前にも声を掛けてくださった方であった。一緒に写真撮影を乞われ、「また来年もきっと来てくださいよ」などと言われれば、まことに嬉しいものであって、「はいはい、またきっと来ますから!」と汗でどろどろの顔で答えるわたしであった。

<画像:左右両脇ー演奏風景、中央ー演奏終了後メンバー全員で>


9月9日(日)仙台 HEAVEN

昼間のフェスティバル終了後、今度は、ライブハウス「ヘブン」にて。このお店は、昼間の野外の会場「勾当台公園滝前」から歩いて5分くらい。今年から夜間照明を利用して、8時過ぎまで演奏を続けている野外会場を後に、お店に向かう。「TK&ブルースブラスターズ」がメインアクトで、仙台のブルースバンド「スモーキー・ヘブン」と「ファイアー大道」はオープニングアクトである。

田村奈津子と長嶺章子は午後7時頃の新幹線で東京に戻ったので、夜の部の演奏は、昼間のチャーリー白方(G)と「TK」のところからベースの三上寿一君に加わってもらい、さらには、昨夜知己を得た岡地曙裕氏にドラムをお願いする。岡地さんは先の野外会場で「ブルースクルーザー」で演奏を終えたばかり。この夜、なまず亭のじょに氏とともに「ヘブン」来店の予定だったので、快諾してくださった。途中でW嬢にも飛び入りゲストで1曲歌ってもらい、30分強の演奏は、ここでもあっという間に終了。

本編の「TK&ブルースブラスターズ」はアンコールも含めて2時間ぶっとおしのステージ。このバンドの演奏は何度か聴いているものの、この日も一時も中ダルミのないハイテンションで圧倒的な演奏だった。演奏終了後は、「スモーキー・ヘブン」のリーダー、アツコさんが仙台の仲間を伴って、翌朝のバスや電車でそれぞれに帰郷する我々に最後までつきあってくださる。ところが、わたしは金曜の夜からの飲酒と睡眠不足で、柄にもなくグロッキー状態。皆が歓談している中で、一人眠りに堕ちる。朝7時半に新宿に向けてバスに乗車後も、ほぼ全行程を眠り続けて到着。帰宅して入浴後、さらに昏々と眠り続ける。

かくして、2007年の「福島・仙台2ディズ巡業」も無事終了。今年もみなさん本当にありがとうございました。

<上段画像:左「スモーキー・ヘブン」、中央「ファイアー大道」、右「TK&ブルースブラスターズ」>

<下段画像提供:Mr. Toshikazu Mikami>


9月14日(金)渋谷 BLUE HEAT

渋谷ブルーヒート、金曜日のノーチャージディ。小さめな音量で、1時間強の1ステージを無料で提供する金曜日。お勤め帰り、お買い物帰り(?)の方々に、気軽にブルースの生演奏を楽しんでいただく企画である。わたしがこの金曜日枠に定期的に出演するようになって、かれこれ3、4年になるだろうか。

この日のメンバーは、三上寿一(B)、バットマン小森(D)。トリオで演奏した。わたしはもう5年以上放置していたエピフォンのヘルキャットを久しぶりに引っ張り出し、弾いてみた。ヘルキャットというのはボディに炎がペイントされている、見た目は派手な、いかにも「ファイアー」という感じのノリのセミアコなのだが、弾き慣れないせいもあり、少々往生した。ここ最近、音量を上げての演奏の際に、愛用しているバードランドがハウリングを起こすのをコントロールしきれずヤレヤレと思っていた。そして、ふと、「そういえば...」とこのヘルキャットのことを思い出したのである。尤も、この日の演奏は大きな音を出さないので、バードランドでよかったのだが、ヘルキャットを試してみたかったのである。さしあたりの結論としては、「もう少しジャムセッションなどで弾き続けてみよう」というところ。

11月の同店での演奏(16日)もこのトリオ編成で演奏することに決定。「それでは、次回のチラシ作りのために」と、マスターの兵頭氏がプロモーション用(?)のショットを1枚。3人並んで撮影してもらう。次回のトリオ演奏では、「歌物」の比重を上げてみようかな、と考えたりして最寄のJR駅より自転車にて帰宅。残暑と言うのか言わないのか、9月も折り返しというのに、じっとりと暑苦しい夜だった。

<画像:上段左より、三上、大道、小森。右下、次回演奏プロモーション用写真(?)撮影中の3人。>


9月16日(日)名古屋 SLOW BLUES

名古屋スローブルースにて「ファイアー大道&名古屋サポーター」の演奏。名古屋サポーターの面々は、チャビー小林(G&V)、りの(V)、佐藤健太郎(Keybord)、ストーミー万太郎(B)、羽田均(D)。これに飛び入りで三角伸哉(Harmonica)。主にわたしがボーカルをとったが、チャビー2曲、りの3曲のボーカルコーナーもあり、にぎやかな1ステージとなる。今回のセッティングはチャビーさんがお世話くださった。同じ年というのはいいものである。育った町も、通った学校も違うのに、何となく「同級生」という気安さが生まれるから不思議である。しかも、還暦めざして頑張る気持ちが強化される!

閑話休題、今回の初顔合わせはドラムの羽田さん。お話を伺うと東京出身で、東京のソウルバンド「Teacher & the Soul Expresso」のオリジナルメンバーとのことだった。しばしば東京に演奏に来ているとのことだった。佐藤健太郎君は、昨年名古屋の他店で演奏したおりに、「対バン」のメンバーであったキーボードプレイヤー。ブギウギでゴキゲンなピアノだ。ソロでちょこっと足を使ったりして、ステージを盛り上げてくれる。こういうさりげないショーマンシップ、ファイティングスピリットが嬉しい。りの嬢は、ハリのある美声の持ち主で、年齢はわたしのちょうど半分である。今年の6月に知り合った。将来有望!

さて、ストーミー万太郎氏はわたしの名古屋での演奏ではほぼ毎回参加してくれている。わたしのレパートリーもよくさらってくれているのがよくわかる。チャビーさんはとは、実は、初めて同じステージに立ったが、1曲の中にメジャースケールを上手に組み入れるその手法には、いつも関心させられている。そして、三角伸哉氏。万太郎氏の盟友、ハーピスト。知り合ってそれほど長くはないのに、わたしは何故か弟みたいに接してしまう。この夜も、演奏前の客席に彼を見つけて、「おう!来てたの?ハモニカある?えっ、車の中?すぐ取っておいで!」というような調子。彼のキャリアを考えれば、いつも気安すぎるわたしである。

こうしていろいろな町で演奏して、嬉しいことは、プレイヤー仲間が増えることである。今回一緒に演奏したメンバーも、もともとはお互いに知らない者同志だったわけだけれど、共演したり、「対バン」で一緒になったりするうちに、何となく互いに共感する者同志が集まるのである。今回は客席にもまだ共演したことはないけれども、近いうちに是非一緒に演奏したいプレイヤーが何人も座っていてくれた。「固定のバンド」を持たないわたしの、一番の宝は、こういう緩やかなプレイヤー同士の連帯である。本当にありがたいことである。

ところで、今回の「対バン」だが、何とよく知った、カモネギー率いる、「king Joe」であった。今回の演奏が決まったとき、チャビーさんから「どうやら今回の対バンは東京のバンドらしいですよ」と聞いていたのだが、蓋を開けてみたら、彼らだったのである。そんな次第で、名古屋からの復路、わたしは、「king Joe」の大型ワゴンに便乗して、東京に戻ったのであった。みなさんどうもお疲れさま、そして、名古屋のプレイヤーのみなさん、ありがとうございました。また近いうちにご一緒しましょう!!

<画像:左上、名古屋スローブルースカウンター内。右下、名古屋スローブルース店内、「King Joe」の演奏を聴く客席。>

<最下段画像提供:Ms. Rosepud RIE、演奏風景>


9月22日(土)高田馬場 diglight「第3回ブルース・イノシシ祭り」
「第3回ブルースイノシシ祭り」は東京高田馬場ディグライトで開催。今回の「ブルースイノシシ祭り」には、大阪と郡山から「組」で参加のプレイヤーたちがやってくる。彼らには、「祭り」の前半で1ステージづつ演奏してもらう予定だ。

午後5時前にお店に着くと、約束時間より少し早かったせいもあり、店はまだ閉まっている。店の前で缶ジュースなどを飲んでいると、大阪組がJR高田馬場方面よりやってくる。東京イノシシの原本ミンコ嬢もやってくる。間もなく、オーナーの加藤さんも現れ、一同、早速地下の店内に入って準備。「おお、ええ店なぁ〜」と大阪組。そう、ディグライトもわたしの好きな店の一つ。前オーナー時代からの英国パブ風の内装と、適度に死角のあるレイアウトが魅力なのである。

大阪組がさっそくサウンドチェックに入ると、郡山組も登場。大阪組に続いて、彼らもサウンドチェック。その後、三々五々東京組イノシシも集まり、メインとなるプレイヤー勢揃い。予定を半時間遅らせて、6時半のスタートとなる。

「祭り」開催の挨拶は、いつものように、わたし。この後、ステージでは、さっそく東京組の演奏からスタートした。全員イノシシでかためた東京組は、下川裕明(G&V)、原本ミンコ(G&V)、ミネ山中(G)、ジャック原(B)、渡辺さとし(D)。

引き続き、郡山組。イノシシのストーブ吉成(D)が参加している地元のブルースバンド、「マックスウェルストリートバンド」だ。華(V)、清水良一(G&V)、塚ぴょん塚田(B)、HD赤沢(SAX)。これが東京での初めての演奏とのことで、気合いが入っている。アレンジよく工夫したナンバーもあり、楽しませる。「I'd Rather Go Blind」での華嬢の熱唱には大喝采が巻き起こった。

ショータイムのラストは、イノシシのフェイス金岡(G)が引率してきた(?)大阪組。大阪のブルースクラブ、ハウリンバーの重鎮(!?)たちだ。すなわち、落合康夫(G)、垣内正秀(B)、タブ(H&V)の面々。これに、大阪出身東京在住の松田秀一(H&V)と藤井雅之(D)が合流してチーム結成。フェイスのギターはますます進化しているし、落合センセは相変わらずのキレのよさ、圧倒的な演奏であった。

さて、少々の休憩時間を入れて、9時頃よりジャムセッションに突入。参加表に記名してくれたのは、たにやん(G&V)、おおさき(G)、TAKE-WOO(G&V)、伊東(G)、るびい(V)、新(B)、片倉謙一(B)、KOKOKAYO(H&V)、長浜太郎(G&V)、まーしー(H)、永井亮一(G)、にしで(G&V)、あさの(G&V)、げん(H&V)の面々であった。演奏を辞退した記名者もあったけれど、先のショータイム出演者を含め、ほぼ全員に自己紹介もしてもらいつつ、2回づつほど演奏してもらう。

途中、どんどん音量が上がって、「こりゃ、聞いているみんなは、疲れているのでは?」と思い、少々ステージ上に介入して注意したけれども、あまり効果はなかったかもしれない。結局、ステージに上がると、前のステージよりに負けられないという気持ちから、ついついボリュームも上がってしまうのだ。まあ、仕方がない。この夜、お店のご常連などを含めて、客席にはセッションに参加しないお客さんも相当数いたのだが、みなさん、案外笑顔が続いていたので「許容範囲」と判断した次第。

車で帰路につく郡山組が退場の後もセッションは続き、大阪組による最後の演奏の後、この夜、わたしも初めてギターを抱えて歌った。この日は司会進行役に専念しているつもりだったが、ジャック原が「ファイアーも歌いなよ、最後に一緒にやろう」と言ってくれるので、シモッチ、ファイアー、ジャックの東京イノシシ同級生で2曲幕引きの演奏をすることに。すべての演奏が終わったのが12時15分。長時間、参加のプレイヤーのみなさん、聞きに来てくださったみなさん、ありがとうございました。次回の「第4回ブルースイノシシ祭り」は10月13日、大阪四ツ橋ジュークジョイントで開催です。また、お会いしましょうね!

<画像撮影:Ms. 伊東、画像加工:大道>


9月28日(金)高田馬場 diglight

「ファイアー&タッドwithフレンズ」。ベース三上寿一、ドラム藤井雅之。3ステージをわたしとタッド三浦で歌った。

<画像:左-店の経営陣、中央-三上・大道・三浦演奏風景、右-スライドギターを弾くタッド>


9月29日(土)阿佐ヶ谷 CHICAGO

ソロで。店に着いてみたら、よく知った仲間が他の出演者であった。すなわち、長浜太郎(G&V)、矢作厚生(B)、渡辺大祐(G)。

いわば「身内」のような連中の前だと、「甘え」が出るのだろう。それに何だか妙にテレ臭い。何となく言い訳がましいMCになったり、普段間違えないようなところをポロポロと間違える。ソロパフォーマンスというのは、そのときの精神状態・体力などが如実に反映されるものである。バンドスタイルでは決して経験しないような心持ちに陥ったりする。

わたしは精神的に強い方だと自負しているものの、こんなことではまだまだだなぁと思う。「絶対に崩れないソロパフォーマンス」に必要なのは、ステージに上がる前に「(絶対に間違えないくらい)十分に練習した」と得心している状態であることだと思う。「あ、次のところ、ちょっと怪しいんだよなぁ」などと思っていると、必ず間違えたりリズムが狂ったりする。クラシック音楽の演奏家がわずか数小節の指使いを何時間も練習をするのを見習わなければいけないなぁ。

<画像:演奏中の長浜太郎と矢作厚生>


10月3日(水)阿佐ヶ谷 CHECKER BOARD BLUES JAM SESSION

途中で帰る人もいたものの参加者15名で、小さな店内大いに賑わう。中堅どころが多く集まり落ち着いた演奏で楽しめたのだが、早い段階から近所からの「騒音苦情」。そんなわけで、終始コソコソしたジャムセッションになる。尤も、個人的には、爆音系セッションよりずっと居心地がよかった。

<画像:左-店のママ、ツッチー、中央-演奏風景、右-カウンター席>


10月6日(土)豊島区東長崎 SPOONFUL

2月に一度、原則的に、偶数月の第一土曜日を開催日として企画している「スプーンフル・ブルース・ミニマム(?)特集」。この日は、普段バンドスタイルのモダンブルースを演奏することの多いギター&ボーカルの人間が5人集まり、全員ソロ演奏に挑戦した。すなわち、渡辺大祐、ドコ山岡、ピストル史朗、リトルシゲル、ファイアー大道。

先週以来、家ではずっとアコスティックギターを練習していたにもかかわらず、企画者としてトリで出演のわたしがちょいとズッコケる。いやはや!「まだまだ練習が足りない」の一言に尽きる。マケラレマセン、カツマデハ...

それでも、この夜もわたしは共演者の演奏を大いに楽しんだ。ピストル史朗はダウンホームな味わいのボーカルと、ピストルというよりはマシンガンのようなギターフレーズの不思議なコンビネーションが魅力的。彼の「ミステリートレイン」は初めて聞かせてもらったが、スピード感に溢れ、シャレも効いていてとても聞きごたえがあった。リトルシゲルは、わたしが個人的にファンである。10年前に初めて会った頃からギターが上手いなぁと感心していたわけだが、最近は独特のボーカルスタイルにも磨きがかかり、「ワンアンドオンリー」の域に入っているのではないかと感じた(褒め過ぎか!?)。渡辺、山岡の両名は、出演順が早かったこともあり、ちょっと固かったようだ。

いつものように、マスターのHATAさんが、みなの演奏が終わった後、快く数曲弾き語りを披露してくれ、それがきっかけとなって「番外編ステージ」に移行。聞きに来てくれていた小澤さんも飛び入り。渡辺君はピストル史郎にバックをまかせて、もう一度「スイートホームシカゴ」を演奏。わたしもピストル史郎と一緒に最後の1曲。出演のみなが退けた後も、わたしはしばし残留。お客さんの一人にいろいろと興味深い話をうかがい、午前1時半頃帰路に就いた。


10月8日(月・祝)山武市松尾町 ビアレストラン寒菊
今年最後の「ビアレストラン寒菊」での演奏。リトルシゲル(V&G),藤野晴信(B),中山幸也(D)の布陣で臨む。メンバーの面々、期待通りの熱演・好演でわたしをサポートしてくれる。休憩時間中、「大道さん、(バックの)みなさん素晴らしいね!」と客席から何度も声をかけられる。今年最後の「ファイアー大道ブルースショー」、いつも聞きに来てくださるご常連には十分に楽しんでもらいたかったので、わたしもとても嬉しかった。

いつも現地で合流してサポートしてくれる「千賀喜通&長生村ブルースバンド」がこの日もゲストで出演。また、千賀さんが「ブルース・モンキーズ」なる16歳高校生男子ブルースバンドも連れて来てくれたので、彼らにも数曲披露してもうらう。

「ビアレストラン寒菊」は九十九里の手前、山武市松尾町の醸造元、「寒菊銘醸」が経営するレストラン。「寒菊銘醸」の敷地内にある。ここでは、食事が取れるほか、10年ほど前から製造している「地ビール」を飲むことができる。街道から外れた畑の中にあるので、通りがかりにぷらりと寄ることはできない。「来よう」と思って来なければ来れないのだ。従って、お客さんのほとんどはご常連。その大多数は近郊にお住いの年配の方たちだ。土日祝日の午後、レストランに生バンドが入ることをご存知で、三々五々集まってくださる。尤も、生バンドの演奏があるとは知らずに、酒やビールを買いに来たのがきっかけで、以来演奏のある日に来場するようになったお客さんもある。「ビアレストラン寒菊」は飲食の実費だけで、特にミュージックチャージはとっていない。わたしはここ数年、一年に4回(春夏秋冬)、国民の休日に呼んでいただいて演奏している。

今年度の演奏も無事に終わってホッとしたわたし。来年度も今年同様の頻度で呼んでいただくことになった。ちょっと早いながらも、「よいお年を」などとご常連たちと挨拶を交わして別れた。

<画像提供:Mr. Yoshimichi Chiga>


10月12日(金) 高田馬場 diglight
「チャタッド」のオープニングを急遽申し付かる。この夜、わたしは数人の仲間と大阪に向けて深夜車で出発の予定だったので、慌しく旅支度を整え、カバンを抱えて店に入る。大阪行きの待ち合わせが、この「ディグライト」だったので、演奏後まっすぐ出発することにした。

さて、「チャタッド」というのは、「ディグライト」オーナーである加藤チャタさんがタッド三浦にミソメラたのがきっかけで結成されたユニット。二人の名前をもじって命名されている。「チャタ+(タ)ッド」だ。チャタさんは普段はロックやポップスを歌っているのだけれど、「チャタッド」ではR&Bに挑戦している。大学卒業まで柔道(女子52キロ級)一直線だったというチャタさん、パンチのある伸びやかな美声と元アスリートの機敏な動きが魅力だ。ステージにはバックボーカルとして、日本人のように日本語を話すアメリカ出身のバージニアさん(ステージネーム、しのぶ)もいる。この二人がステージで、あるいは、ステージを降りて披露するちょっとしたアクションやダンスがまた楽しい。今のところ、チャタさんのお店「ディグライト」限定講演だ。

この夜、わたしは彼らのステージに先んじて、2回30分程度の演奏を、サイドギターK.O.小泉(G)で行った。ベースとドラムは「チャタッド」のメンバー、藤野晴信と長嶺章子が担当してくれた。また、「チャタッド」のラスト曲「ダンス天国」ではステージに上がってコーラスをした。楽しかった。が、そんなこんなでザワザワしていたせいか、演奏終了後、仲間と車で関西方面に出発したものの、着替えや洗面道具を入れたカバンを店に置き忘れてしまったのであった。

<画像:左ー「ファイアー大道セット」、中央ー「チャタッド」、右ー「チャタッド」のステージに乱入するファイアー>


10月13日(土) 大阪・四ツ橋 19joint「ブルース・イノシシ祭り」

いよいよ佳境を迎えた「ブルース・イノシシ祭り」。第4回は大阪。今回の現地世話役はフェイス金岡君。3回り目のイノシシだ。彼の補佐は4回り目イノシシ、スタンブルのお杉さま。お店の月一度の定例ジャムセッションに合流という形での開催となった。プログラムとしては、これまでの「祭り」同様、前半2時間が、大阪、東京、名古屋からのイノシシを主体にした3組のバンド演奏。後半3時間がイノシシ、非イノシシ入り混じってのジャムセッション大会であった。

東京からは大道、下川の主催コンビの他、カモネギたかひろ(G&V)、ココカヨ(Harmonica&V)の2頭のイノシシと非イノシシのK.O.小泉(G&V)、藤井雅之(D)、コーヒー北村(B)が参加した。このうち5名は同じ車に乗り、ゆっくり12時間掛けて大阪入り。他の2名は単独で移動となった。ナンバにてたこ焼きとビールで「無事大阪入りの乾杯」をした後、約束時間にお店へ。店の前で現地世話役のフェイス金岡と遭遇する。

店に入ってサウンドチェックを始める頃、間もなく、チャビー小林(G&V)率いる名古屋連隊到着。最近はわたしもあちこちで演奏しているし、他のプレイヤーもどんどん移動して演奏しているので、互いにそれほど「お久しぶり」というわけでもない。それでも名古屋のみんなの顔を見て嬉しくなる。山本セイジ(G)、武田健一(G), りの(D&V)、桑野安芸(G&V)、Rosebud RIE(V)、リョウコ(V)のイノシシたちの他、他の動物であるミッキー(G&V)、森正雄(B&V)が参加した。

大阪からはさすがに大勢のプレイヤーが参加した。よく知ったプレイヤー仲間の他、初めてお会いするプレイヤーもいたし、ジャムセッションには加わらず純粋にお客さんとして参加してくださった方々もあった。大阪の参加者の名前も枚挙したいのだけれど、結局、お名前を聞けなかった方たちもあるので、現地大阪からの参加者については、画像をご覧いただくことにする。隈なく撮影したつもりなので、みなさんのお顔が写っていることを期待する。

とにかく、予想を上回る盛況ぶりで、座りきれない状態だった。さほど広くはない店内に50人くらい集まっていただろうか?来店したものの、あまりの混雑振りに帰ってしまった方たちもあったそうだ。ジャムセッション仕切り役でもあったフェイス君、参加者票を抱えて、交通整理に相当難儀した様子だったが、とにかく頑張ってくれた。そんなフェイス金岡を中心に、ジャムセッションの最後はミッキー(名古屋G)、コウヘイ(大阪B)、藤井雅之(東京D)の4人が締めくくった。

「ブルース・イノシシ祭り」では、開催店の協力のもと、イノシシ特典が設けられている。これまでの開催では、「参加費無料」だったが、今回は「マスターからのお土産」がイノシシ特典となった。11時にプログラム終了と相成った後、イノシシはこのお土産をもらい、飲酒歓談続行、随時解散となった。名古屋組の主力部隊は1泊せずに名古屋に戻るという。後で聞いたところ、午前3時頃、名古屋に到着したらしい。

さて、東京組は数名を除き、「ブルース・イノシシ祭り」終了後、「シカゴロック」なる店を探訪することになる。名前は聞いていたけれども、誰も実際に行ったことがないブルースクラブなのだ。わたしはフェイント上岡を拉致(?)し、藤井君の車で、先発していたシモッチ(下川裕明)らと合流。東京出発前から、興味を示していたシモッチ、店に入ってみるとジャムセッション熱演中!いやはや、ここはまたディープな店だ!!


10月13日(土) 番外編:大阪・南森町 CHICAGOROCK 深夜のJAM SESSION

シカゴ帰りの若いプレイヤーたちが拠点にしているお店なんだろうな、と想像していた。先般来日したルリー・ベルやエディ・テイラー・ジュニアが立ち寄った店だと聞いているし、2年前、わたしがシカゴで出会った若者たちはやたらと「大阪出身」であり、そんな若者たちの中にハモニカ吹きのメノ君がいて、今回も「シカゴロックに行ったら、みんなにヨロシク」と言われていたのだった。米国シカゴの有名安ホテル「東京ホテル」に滞在してブルースクラブ通いをしていた若者たちが、日本に戻ってからは、大阪の「シカゴロック」に集まっているということだろうか?

午前1時頃、南森町のそこに到着すると、地下の店内からあふれ出ている若者たちが階段に腰を下ろしている。なんだかロックのライブハウスみたいだ。階段を下りて中に入ると、店内は細長く狭い。わたしの知っている店に例えると、「阿佐ヶ谷チェッカーボード」に似ている。また、少々不自然なレイアウトの店内空間は、「阿佐ヶ谷シカゴ」に似ている。まるで、シカゴにブルース観光旅行にやってきた人間のように、我々(大道、シモッチ、小泉、新、藤井、ココカヨ)、ポツン、ポツンと腰を掛け、深夜のジャムセッションに耳を傾ける。

わたしも呼ばれて、フェイント上岡と演奏する。ドラムも、ベースも、ハモニカも初めて会う若者たちだった。かなりの音量で演奏したつもりだけれど、それでも、後から「音は小さかったよ」とシモッチに言われた。出音は相当な爆音なのだけれど、元来隣接する2つの部屋の扉を取り払って一繋ぎにしているせいか、後ろのカウンター席に届くまでに適度な消音効果が出ているらしい。

それにしても、みな達者である。参加メンバーが若いということもあるのだろうか、何だかとても先鋭的である。エンターテイメント性が排除され、黙々とソロが続く。普段、そんなセッションに行くと、いの一番に飽きてしまうわたしなのだけれど、ここでは少々事情が違った。長いソロなのだけれど、ダラダラした感じがない。スリルが持続している。また、テレビ出演などで既にかなり有名だというギター少年はじめ、キーボード少年、ドラム少年なども見事な演奏を展開していた。

店は開店から3年目とのこと。何やら、ここで、ブルースニューウェーブが生まれつつあるのかもしれない。この深夜のジャムセッションのリーダー的存在、周平君、お店のマスター、水野けいこちゃん、ヨシ君などと立ち話をしてから、大道、フェイント、藤井の3人は先に辞する。一方、水を得た魚のように、生き生きとしたシモッチは他の東京組と朝までコース。そうそう、それからこの店では、2年前のシカゴブルースフェスティバルツアーで同室になり、その後しばらくシカゴに滞在していた田口弘子さん(現在はハモニカ吹きになっている!)とまたまた偶然再会した。やはり、「シカゴロック」はシカゴ帰りの若者の根城になっているらしい。

<画像:左上-絶好調のシモッチ、中央上-KO&KOKOKAYO、右上-店内カウンター、左下-KO&LONLEY PAPA、中央下-店内後方、右下-FAINT&KEIKO>


10月14日(日) 大阪・心斎橋 BAR BUTTERSCOTCH
前夜のディープな大阪ブルース体験から、明けて翌日。所定時間を30分遅れで宿をチェックアウト。わたしがここのところ大阪でいつも利用している安宿「大阪ハウス」に、今回は5名で宿泊していたのである。この日のうちに東京に戻る他の者たちと別れて、わたしはこの夜の演奏場所「バタースコッチ」を目指す。

「少し早いけれど、午後1時に店に」と言われていたので、約束より10分ほど前にお店の周辺をブラブラしていると、「あ、ファイアー大道さんですね」と自転車に乗った男性に声を掛けられる。店のマスター、弓狩氏であった。マスターに誘われて雑居ビル3階の店内に。とても清潔で綺麗なバーだ。カウンター席とテーブル席があり、合わせると30人は座れそうなスペースである。マスターは雑貨・玩具類のマニアらしく、お店のところどころにそれらが形よく飾られている。ライブ演奏はお店のイベントにからめて年に数回とのこと。この日は店の奥に1坪くらいの演奏スペースが造られていた。ギターアンプ2台、ベースアンプ1台が置かれている。

間もなく、今回、この演奏をセッティングしてくれた神山香代子嬢が登場。サックス奏者であり、また、某音楽学院でサックスの講師もしている彼女とは、今年の3月、田中ナコミさんを介して知り合った。ナコミさんのステージにゲストで呼ばれて4曲演奏したときに、香代子さんがサックスだったのだ。「知り合いのバーが5周年記念ライブを企画しているのですが、出てくれませんか。」という彼女の招きを有難く受けつつ、「10月2週目の土曜日に大阪にいるのですが、その翌日はいかがですか?」とお願いしてみたところ、その日程で構わないとの返事を頂いたのだ。

わたし、マスター、香代子さん3人が揃ったところで、さっそく当夜の段取りが告げられる。わたしのソロ30分。わたし(G&V)とマスター(B)、香代子さん(Sax)の3人で45分。このトリオ演奏の前に、1曲、彼女のお弟子さん2人によるインスト演奏が入る。そして3人で45分のセットには、ハモニカやボーカルのゲストが入る、等。マスターに生ビールをたっぷり振舞っていただきながら、トリオ演奏のリハーサル開始。アンコールも含めて9曲用意する。ゲストボーカルが入る「レイニー・ナイト・イン・ジョージア」も、香代子さんから譜面を借りて即席練習。差し入れのお弁当も頂き、生ビールをさらに流し込んで、準備万端。

6時開場と同時に三々五々、ご常連を中心に席が埋まっていく。前々回大阪に来たときに、時間調整を兼ねて、常宿、「大阪ハウス」の近くの公園でギターを弾いていたことがある。そのとき犬の散歩中の紳士が声を掛けられた。話を伺っていると、ブルースにも明るいその紳士Kさんは音楽関連フェスティバルの実行運営にも係わったことがあるという。共通の知人がいたりして、「へえ、世の中、狭いですね」などと話したのであった。今回、そのKさんに事前に連絡を入れておいたところ、友人を連れて聞きに来てくださった。しかも、香代子さんを紹介すると、彼女とは共通の知人もあるらしいことがわかり、また、この夜のゲストボーカルの京子さんとは旧知の仲とのことであった。まさに「スモール・ワールド」である。

先月亡くなったお店のご常連にマスターの合図で店内の皆で献杯した後、わたしの演奏は7時からスタート。席がすべて埋まっていて嬉しい。初めての方が多いのに、最初からきわめて友好的な客席の雰囲気に助けられ、わたしもエンジン全開。みなさんの笑顔で1ステージ目無事終了。2ステージ目はさらに勢いがつき、ゲストのみなさんを交えて大いに盛り上がる。やんやの拍手を受けて、恥かしそうにベースを演奏するマスター。マスターがご常連から愛されているのがよくわかる。一方、香代子さんは落ち着いたもので、ブリブリ深い音色を吹き込む。彼女もこのお店では大変な人気者で「師匠!」と声援を受けている。「はい、はい」という感じでクールに受ける姿が威風堂々としている。さすがに先生である。

気がつくと、後からに来場して、立ったまま聞いてくださっているお客さんもいる。大きな拍手をもらい、9時半に演奏終了。「ブルースのことはよく知らないけれど、とても興味が出た。とても楽しかった。」と言われるのが一番嬉しい。みなさんともっとゆっくり飲酒歓談したかったけれど、夜行バスを予約済なので予定変更もままならない。後ろ髪を引かれる思いで、慌しくお別れ。「バスの中で食べてください」とサンドイッチを手渡してくれるマスターの奥さん。「地下鉄の駅、わかりますか、こっちですよ」と外まで走って着いてきてくれた香代子さん。「東京でもお会いしましょう」と見送ってくれたブルース好きのMさん。みなさん、本当にありがとうございました。そして、「バタースコッチ(略称バタスコ)」、5周年おめでとうございました!

<画像:右上ーバタースコッチ、マスター弓狩氏、左下ー演奏終了後、わたし、香代子さん、マスター、マスター夫人>


10月16日(火) 甲府市 CAFE DEUX
東京・新宿から高速バスで2時間、甲府市到着。山梨県内で演奏するのは随分久しぶり。今回、タッド三浦の2晩の演奏の前座を仰せつかり同行することになった。2店ともわたしは初めてお邪魔するところだ。

「カフェ・ドゥ」は、どちらかと言うと無機質的でモダンな内装。壁もカウンターもテーブルも白い。喫茶店でもあり、バーでもある。L字型の店内の奥に、ギターアンプ1台とボーカル用にベースアンプ1台が用意されている。客席はカウンターとゆったりしたテーブル席を併せて20席くらいか。ライブ演奏は不定期に行われているけれど、それほど頻繁ではないらしい。機材の手配はじめ「タッド三浦ショー」にまつわる諸事は、翌日の店「レディー・エラ」のマスター村松氏が担当してくださっている。そんな村松氏の周りには数人のお仲間がいて、タッド三浦の4度目の来訪を歓迎してくださっている。わが師匠は事前に特に何も話をしてくれないし、かといって、現場でも皆さんを丁寧に紹介してくれるわけでもないので、わたしはいつものように「話を割って自己紹介をする」タイミングを見計らう次第。

ところが、話をしてみると、村松マスターらは昨年の「仙台定禅寺ストリートジャズフェスティバル」を訪れていて、その折に、わたしの野外での昼間の演奏と、夜の「ヘブン」での演奏を聞いてくださっていたことがわかった。そして、タッド三浦との付き合いは、彼が非常勤メンバーとして参加している、「TK&ブルースブラスターズ」の山梨の某ホテルでの演奏がきっかけだったということもわかった。ふむ、ふむ、なるほど。

さて、演奏は8時半ころ、わたしからスタート。決して広くはない店内ながら、壁際に座っているお客さんが遠く感じられる。客席との距離を埋めようともがいているうちに30分強のソロ演奏があっというまに終了。ソロパフォーマンス修行途上の身を実感する。引き続き、本編のタッド三浦ソロが休憩を挟んで2ステージ。彼のステージでは客席に笑いも出てほっと一息。演奏終了後はその日の宿となる健康ランドへ移動した。

<画像:左上-「cafe deux」店内、右下-演奏中>


10月17日(木) 甲斐市 LADY ELLA
マスター村松氏にピックアップしてもらい到着した「レディ・エラ」。住宅地の街道沿にある。カウンターとテーブル席を併せて、20席くらいだろうか。仄暗いお店の中はハードリカーがずらりと並んでいる。西部劇でガンマンがバーボンを飲んでいるようなバーだ。村松氏も、カウンターに入ると赤いチェックのチョッキ姿のバーテンダーになるので、雰囲気はますますもってウエスタンな感じである。看板に「SINCE 1977」と書いてあるので、お聞きしたところ、マスターのご母堂が始めたスナックが前身とのこと。20年ほど前から現マスターが「レディ・エラ」を今のようなバーにして経営しているそうだ。

三々五々集まってくれたお客さんたちは年若い男性たちで、前夜「cafe deux」で働いていたA君も出勤前に寄ってくれていた。この夜は、本編タッド三浦の2ステージのそれぞれに15分程度づつわたしが出る。2ステージ目には、地元の若いミュージシャンY君も飛び入りで1曲披露した。日頃ブルースとは殆ど馴染みがないであろうと思われた若者たちに、わたしの演奏が届いたかどうか、最後まで確信が持てなかったのではあるが、現在のわたしが、ギターと歌で、独りでできることをやった夜であった。

演奏終了後は残留しているお客さんやマスターと雑談。お客さんが退けてから、山梨市の「FOUR LEAF CLOVER」という店に行く。今回ボーカル用に使ったベースアンプは、どうやらこのお店のものだったらしい。わたし、タッド、村松マスター、そしてこの店の若いマスターの4人で、さらに雑談は続き、結局、東京行始発高速バスが出る時刻まで、二人のマスターにお付き合いいただいたのであった。石和温泉のある「笛吹市」に関して、何だかずっと頭の中に「?」があったわたしだが、東京に戻って調べてみてようやく、「笛吹市」が近年の町村合併で誕生した新らしい市であることがわかってすっきりした次第。また、余談ながら、村松マスターとタッド三浦の間で次々と繰り広げられる野球や格闘技(プロレス、ボクシング、K1、プライドetc.)の話、面白く拝聴しつつ、見識を深めた(?)わたしである。村松マスター、大変お世話になりました。

<画像提供:Mr. Muramatsu、画像をクリックすると氏のブログにリンクします。>


10月19日(金) 高田馬場 diglight
月1回の「ファイアー大道ショー@ディグライト」。とはいえ、先週は「チャタッド」のオープニングとしても出演したので、2週続きになった。それでも、ご常連が集まってくださり、有難い限り。

さて、この夜はゲストに、円城寺繁之(V&Harmonica)率いる「スタックハウスブルースバンド」を迎えた。「スタックハウス」は、高校同級生コンビの円城寺と深水次郎(B)が中心で、これに最近では藤井充俊(G&V)が加わっている。ドラムは現在確定していない様子で、この夜はバッドマン小森が担当した。

わたしが短めの1セットを終了後、「スタックハウス」の長めの1セット、急遽ラップスチールギターを抱えて参戦したタッド三浦が短めの1セット、そして最後にわたしがもう一度1セット、という、盛りだくさん「バラエティ・ブルースナイト」になった。わたしのサポートメンバーは、リトルシゲル(G&V)、藤野晴信(B)、バットマン小森(D)。最後の最後では、円城寺重之をもう一度わたしのステージに上げてフィナーレ。アンコールも頂いてハッピーエンド。いつも集まってくださる皆さん、ありがとう!!

デジカメ購入以来、ステージに上がっていないときには写真撮影にも忙しいわたくし。この夜は客席も写したので、ご覧あれ。快くポーズを決めてくれた諸氏、写り具合は如何?


10月27日(土)阿佐ヶ谷 CHICAGO
前日発生した台風20号が高速で通り過ぎた土曜日。夕方の暴風雨も演奏が始まる午後9時には沈静化。この夜の出演は、わたしの他、「ブルガキース・チャンペスキー」の若い4人組。わたしはソロだったが、「ブルガキース」の女性ドラマー、スーちゃんがカホンで付き合ってくれた。演奏終了後、「ブルがキーズ」のメンバーや、パラパラと集まってきた常連プレイヤーらと雑談。店を出たときには雨もすっかりあがっていた。

10月28日(日)中野 BRIGHT BROWN
女性プレイヤーだけで固めた「フードゥーガールズ」。わたしの他、石田律子(Harmonica)、田村奈津子(B)、長嶺章子(D)。6月に船橋「月」のイベントに参加した際にこのメンバーで組んで以来である。

メンバーはそれぞれに他の活動の場があるのだけれども、せっかくなので名前も付けた。さて、いざ名前がついてみると、今度は「バンドのカラーをもっと鮮明に」という要求が生まれる。「ファイアー大道ショー」のサポートメンバーというよりも、「フードゥーガールズ」として何か独自のニュアンスが欲しくなる。

わたし自身も、通常の「ファイアー大道ショー」とは一味違うものになればいいなぁと思い、ハモニカが主役となる作品など、普段のステージでは演らないものを数曲取り入れた。しかし、「フードゥーガールズ」の2ステージを「ファイアー大道ショー」からはっきりと差別化するほどの新しいレパートリー、新しいアイデアを準備しきれなかったこともあり、「フードゥーガールズ」のアイデンティティという点に関しては、結果的には今一歩という感じであった。

まあ、あまり性急にならずに、メンバーそれぞれが普段の活動で「できないこと」「していないこと」に挑戦しながら、面白いチームになればと願う次第。現平成時代には、すっかり廃れてしまった(?)「子」のつく名前のわたしたち。とし子、りつ子、なつ子、あき子の昭和なノリの4名で、もう少し試行錯誤してみたい。


11月2日(金)新橋 ZZ
今年4月にオープンした新橋「ZZ」。前回は大阪(神戸)から田中ナコミ(V&G)さんを迎えて6月に演奏。その際、ブッキングはナコミさんが担当したので、わたし名義(?)での同店での演奏は初めてとも言える。80年代の日本のロックバンド「東京おとぼけキャッツ」、名前は知っていたけれども、実は馴染みがなかった。「YOUTUBE」などで最近になって見聞きしているのだが、このお店のオーナー、ダディ竹千代さんはこの「東京おとぼけキャッツ」のリーダーであった。前回、ナコミさんに紹介していただいた。

さて、この夜のサポートメンバーは、リトルシゲル(G&V)、石田律子(Harmonica)、三上寿一(B)、藤井雅之(D)。リズム隊の他にサイドギターとハモニカもいるという、「ファイアーショー」としては、かなり贅沢な部類に入る編成。リトルシゲルは歯切れよく、ストーリー性のあるギターソロも魅力ながら、サイドギターとしても頼もしい限り。巧みなコードワークやリフで作品に起承転結をつけてくれる。また、石田律子はその小動物のような可愛らしい外見とは裏腹に、フロントに立つと的確なフレーズをブリブリ吹く(吸う)。この夜も、彼女のハモニカは客席からたくさんの拍手をもらった。後ろに控えたベースとドラムはまったく崩れる心配がないという次第で、わたしはとても楽をさせてもらったように思う。結局、演奏に一番「甘さ」が残ったのはわたしであった。

オフィス街新橋の新しいお店であるということ、そして、つい前週にも都内で比較的力を込めた(!?)企画ものの演奏をしたばかりとあって、この日もお客さんが来てくださるのかどうか、少々心配であったけれども、始まってみると、ことのほか大勢の方が集まってくださった。久しぶりに聞きに来てくれた友人。いつも顔を出してくれる仲間。前回の演奏を聞いてご友人を連れてきてくださった方。そして、去年一度わたしの演奏を聞いてくださっていて、わたしのHPを探し当てて足を運んでくださった方等等。本当に有難い。

ところで、来場の若い女友だちに「どうしてそんなスーツを来ているの?」と尋ねられる。わたしがパンパンになったスーツを着てフウフウ言っていたからだろう。ラテン音楽が好きな彼女に言わせると、「サルサのプレイヤーはもっとラフな格好だけれど、とてもかっこいいよ」とのこと。わたしは「う〜ん、フォーマルな格好をするのはブルースの伝統なんだよ。」と答えたが、ちょっと違ったかな。ブルースだって現在のプレイヤーは必ずしもスーツなんて着ていないし、サルサのプレイヤーだって60年代まではフォーマルな衣裳であっただろう。恐らく、わたしはこう答えるべきだった。「来場してくださったお客さんに対して感謝の気持ちを表すのに、今のわたしができる『最初の振る舞い』が『スーツを着てステージに立つこと』だと思っているからだよ。」

次回の新橋「ZZ」での演奏は来年2月に今回と同メンバーで決定。同店での演奏、また新しいチャレンジと思って続けてみたい。


11月7日(水)阿佐ヶ谷 CHECKER BOARD BLUES JAM SESSION
10名弱の参加。中堅どころが集まり、彼らを中心にした落ち着いたジャムとなる。わたしもいつもよりはギターを弾いた。試してみたい新レパートリーがもう少しあったのだが、それはまた次回ということに。

11月9日(金)東村山 JUKE JOINT

一年ぶりにお邪魔した、東村山「ジュークジョイント」。建物の外壁が明るい色で塗り直され、また入口ドアの上に、ネオンサインも設置され、とても垢抜けた(失礼!)印象。西武新宿線東村山駅西口から歩いて5分、お店がピカッと光っていて、とてもナイスな感じである。そして、久しぶりにお会いするマスターは、いつもと同様、笑顔で迎えてくれた。

仕事を終え、一度家に帰ってから来るご常連が多いのだろう、9時を回ってから客席が埋まり出す。演奏は9時半スタートだ。この日のサポートメンバーは、リトルシゲル(G&V)、藤野晴信(B)、バットマン小森(D)。藤野晴信は風邪をひいたうえに、左手の小指を怪我しているらしく、満身創痍の様子。椅子に腰掛けての参戦となる。一方、わたしはすこぶる元気なのだが、指板を左手が上手くすべらず、ピックを持つ右手がタイミングを外し気味で、苦戦の幕開け。とはいうものの、安定したバックの演奏に支えられて、どうやら踏みとどまる。リトルシゲルが華のあるギターソロで客席を沸かせてくれたこともあり、わたし、大いに助かる。

デジカメ購入以来フルにそれを活用しているわたしは、この夜、ステージ上からも1枚、客席を取らせてもらい、また休憩中にもあちこちをパチリ。皆さんのスナップショット、如何でしょう?さて、2ステージ演奏終了後、もっとゆっくりしたいけれども、我々バンドメンバーは電車運行スケジュールに完全に支配されている。この夜も慌ただしく、バタバタとご挨拶をして、お店を辞することになった。残念。集まってくださった「ジュークジョイント」ご常連のみなさん、ありがとうございました。来年、また、お邪魔いたします!


11月11日(日)練馬区・氷川台 FIRE CRACKER
練馬区氷川台のソウルバー「ファイアークラッカー」。7月にビッグロック大岩のサポートで出演したのがきっかけとなり、この夜は同店での「ファイアー大道ショー」初回となった。ハモニカにマーシー伊藤、もう一本のギターにTバード大谷を迎えた。わたしのアコスティックバージョンとしては、いつもは一人でやるか、もしくは、もう一人ギターかハモニカのデュオだから、トリオは贅沢な編成とも言える。

マーシー伊藤とはかなり長い付き合いだが、Tバード大谷とはそれほど何度も演奏したことはない。彼とは阿佐ヶ谷チェッカーボードのジャムセッションでよく一緒になる。ダウンホームなギタースタイルの彼。彼のギターに「あっ!」と思ったのは、もう随分以前のことなのだが、その後、あまり姿を見ないと思っていたら、「ブライトライトビッグシティ」よろしく、ニューヨークに行ってしまっていたのであった。その彼が帰国。今年は再会の年であった。通算2年間のニューヨークでの音楽活動だったようである。彼には2曲ボーカルも披露してもらった。

ハモニカとギター、2つの楽器のサポートがあるので、比較的リラックスモードのわたし。Tバード大谷の友人、ミス・テリーも1部と2部それぞれでゲスト出演。決して広くはない店内の客席ががほどよく埋まり、和やかに終了した、同店での第1回ファイアー大道ショーであった。

<画像提供:Mr. Osamu Iwaki, 画像をクリックすると、氏のフォトアルバムにリンクします。>


11月16日(金) 渋谷 BLUE HEAT
渋谷ブルーヒートの金曜日、ノーチャージディ。2月に1度のペースで続けている演奏だ。9月同様、トリオで。すなわち、三上寿一(B)、バットマン小森(D)と。

トリオ編成の場合、わたしは「歌ってはソロを弾き、ソロを弾いては歌う」ということになるのだけれども、ギターソロが変わり映えしないので、自らテンションが下がりそうになるのが難点である。ギタートリオで演奏するギタリストというのは、「弾いても弾いても弾き飽きない」タイプが多いからなぁ。わたしの場合、決してそういうタイプではないから、わたし流のトリオ術を見つけなくてはいけないなぁと思う。

小編成で演奏すると、自分の欠点がくっきりと露呈する。この夜は、アレンジの工夫の足りない新レパートリーのことや、ソロのときに、もっとコードを鳴らすようにすべきこと、などを、またまた反省させられたのであった。それにしても、わたしはこのお店のアンプとどうもウマが合わない。金曜日は近隣のお店との約束で、音量を上げないことになっているのだが、どうも音量だけの問題ではない。どうやっても調節が上手くいかないので、わたしとしては珍しく、リバーブを使用した。


11月17日(土) 阿佐ヶ谷 CHICAGO
月1度の阿佐ヶ谷シカゴ。この夜は、他の出演者のリストに「ブルースホッピーズ」の名前があったので楽しみに出かけた。ここに来店したことがない方のために説明すると、この小さなブルース呑み屋では土日に生演奏が入る。ある一人(一組)のワンマンショーではなく、たいていは3つくらいの出演がある。一組の持ち時間が30〜45分だ。小さな呑み屋だから、編成は基本的にシンプル。わたしは長らく相方ギターとのデュオで演奏していたが、最近はソロで演奏することが多い。また、ソロのつもりで来店し、店にいる誰かを捕まえて一緒に演奏することもある。

さて、この夜は、案の定「ブルースホッピーズ」の3人がいたので、彼らの演奏終了後、エース玉井(G)を捕獲する。彼は就職後、一年近く東京から離れていたので、久しぶりに一緒になったが、サイドギターとしてベースラインを効かせた、重心の低いバッキングをちゃんとこなしてくれた。「演奏のコンセプト」が一致している人と演奏するのは嬉しいものである。

<画像:「ブルースホッピーズ」の3人。左から、和田ちひろ、ジョーカー小澤、エース玉井。>


11月25日(土) 中野 BRIGHT BROWN

今年もやってきた「じょに」。元「阿佐ヶ谷ギャングスター」、そして現「福島なまず亭」のあるじ。「JOHNNY」かと思っていたが、ひらがなで「じょに」というのが本式らしい。わたしは「阿佐ヶ谷ギャングスター」を知らない、東京ブルースシーンの新世代(!)だが、じょにが年に一度東京に帰ってきて主催する「じょに祭り」のお陰で、新旧様々なミュージシャンと知り合うことができている。

2007年のじょに祭りは「BLUES GUMBO YA, YA, YA!」というタイトルが付けられていて、会場の「中野ブライトブラウン」ではガンボが一杯300円でサーブされた。聞くところによると、ガンボは「中野ブライトブラウン」の前身、「高円寺ハーフタイム」の定番メニューだったそうだ。「高円寺ハーフタイム」もやはり知らないわたしは、「ふん、ふん」と頷きつつ素早く完食。具がたくさん入っていてとても美味しかった。

さて、今年はガンボがテーマになっているだけあって、集まった5組の演奏のトリは「ロックンロールガンボ」という、まさにニューオリンズな、セカンドラインな、バンドであった。わたしはニューオリンズの音楽にも文化にも明るくないのだけれど、彼らの演奏を聴いて、なるほど、こんな感じで演奏されるものなのかと納得した次第。

他の出演は、福島からじょにと一緒に南下してきた「ブルースクルーザー」、「東京チェリーボーイズ」、「武蔵野ミニー(わたりべふみ)」、そして「ファイアー大道&フードゥーガールズ」。七夕の彦星と織姫のように、「じょに祭り」で一年に一度だけ会う人もいる。わたりべさんとの再会は2年ぶりくらいだったのだが、それもまた嬉しいことだった。じょに、来年も待ってます!。

番外編

この前日、福島なまず亭のハウスバンド「ミッキー扇&ブルースクルーザー」の単独ライブが高円寺ジロキチにて、ボーカルの入道氏、ギター&ボーカルの小出斉氏をゲストに迎えて、開催された。今回は事前に声が掛かっていなかったので、わたしは呑気に開演直前に出かけたのだが、お店についてしばらくすると、じょにから「ファイアー、『サムバディ・ローン・ミー・ア・ダイム』、歌ってくれないかな?」と言われる。どうやら、じょに、この夜の公演に「Somebody Loan Me A Dime!」などというタイトルを付けていたらしいのだ。ところが、気が付いてみると、この曲をレパートリーにしている人間が、メインアクトの中にも、ゲストの中にもいないとのこと。ううむ、ギターどころか、愛用のピックまで不携帯とあって、ちょっと困ったなぁ、という感じのわたし。出演者の音合わせも既に終了している。とはいえ、もったいぶったところでどうにもならない。飛び入りゲスト、快諾。

1部の演奏中盤で、ミッキーに呼ばれるままに飛び入り。小出さんが快くテレキャスター貸してくださったが、思ったよりストラップが長くて、抱えたギターが普段より10センチは下である。結局、左手首を自由に動かすこともままならず、同じフォームで固まったまま、凡庸なフレーズを下手に弾いたのであった。「ファイアー大道って下手だな」と思われたに違いない。トホホである。どんなときにもスマートにステージに在りたいものである。それでも、ステージでわたしの名前が呼ばれると、それまで同じテーブルに座っていた東京在住福島県人会(?)のみなさんを中心に、大喝采してくれるお客さんもあり、場を盛り上げるためにギター以外の部分で頑張ってみるわたしであった。

この夜は入道さんとも久しぶりにお会いし、また、最近「ブルースクルーザー」の非常勤ドラマーでもある(?)岡地曙裕さんとも9月の仙台以来の再会となる。小出斉さんとはこれまであまりお話しする機会もなかったが、サングラスを外した楽屋の小出さんは、何だかとても優しい表情だった。ステージもこの方がいいのになぁなどと思いながら、下手なギターを弾き終えたわたしは、冷や汗をかきながらお借りしたギターをお返ししたのであった。

2部は「クルーザー」のメンバー、ミッキー扇(Harmonica&V)、早坂洋一(G),渋谷研一(B)もぐっとリラックスした様子で、2人のゲストとともに聞きごたえのある演奏を聞かせてくれた。ギターの洋一さんは、いつもよりブルーススケールを多用していたように思う。力強い岡地さんのドラムとマッチして、わたしは大いに満足した。

<画像最上段中央:「じょに祭り2007」>

<画像中段左:高円寺ジロキチにて、「ブルースクルーザー」演奏スタート前に福島県人会(?)に混ぜてもらって。中段右:飛び入りゲスト出演中のわたし。下段左:メインアクトの「ブルースクルーザー」いずれも画像提供、Ms. Masumi>

ミッキー扇&ブルースクルーザーのブログは ここをクリック


11月30日(金) 高田馬場 diglight
同店での演奏はほぼ月1度のペースなのだが、「フードゥーガールズ」のメンバーでの登場は初めて。この日のメンバー、すなわち、ファイアー大道(G&V)、石田律子(Harmonica)、田村奈津子(B)、長嶺章子(D)。

3ステージを行ったが、セカンドステージでは、ギターを抱えた山中峰雄、石田陽介の二人を招いて賑やかに。両男性軍が大いに盛り上げてくれ、バックのフードゥーガールズものびのびと演奏。いつも顔を見せてくれるお客さんたちも暖かく応援してくださったこともあり、何となく不完全燃焼気味の演奏が続いて、どんよりくすぶっていたメンバーも久しぶりにすっきりした様子であった。

とはいえ、わたしはまたもや「サイドギターのいない場での演奏の在り方」を考えさせられる。理想型は見えているのだけれど、今のわたしには手が届いていないものだ。「フードゥーガールズ」は、わたしにとって、大きなチャレンジだ。

<画像:「フードゥーガールズ」のステージとゲストの男性2名>


12月1日(土) 豊島区・東長崎 SPOONFUL
「ブルース・ミニマム・ナイト」と題して、歌とギターのソロ演奏特集を組んだこの夜。東長崎スプーンフルには、わたしの他、ジョーカー小澤、Tバード・大谷、下川裕明、長浜太郎、ピストル史朗の6名が集まった。一晩の企画としては、大サービス(!?)の出演者数である。

基本的に、同店では、偶数月の第一土曜日を「ファイアー大道企画の日」としている。半年前くらいから始まった企画である。こじんまりした同店は、小規模編成のユニット、もしくは、ソロ演奏に適している。そこで、わたしが考え付いたのが、日頃バンドスタイルで演奏することの多いモダンブルースプレイヤーが、ソロやデュオで演奏するスタイルを開発する、という企画だ。客席からはチャージを頂くのだから、もちろんお客さんに楽しんでいただかねばならないが、演奏する側も、出演者を複数にすることでお互いの演奏を楽しみ切磋琢磨できることを目標にしている。

前回もなかなかの内容となり、わたし自身も大いに楽しんだのだが、これまでこの企画に参加してくれたプレイヤーたちからも概ね好評である。ただ、なるべく多くの方に来場してもらうためにチャージを低く設定している一方で、出演者の数は決して少なくないために、出演者に対しては十分な交通費もままならない状態ではある。企画者としては、今一歩の工夫が必要かもしれない。

さて、この夜も、出演者数がそもそも多いということもあるのだが、店内満席となる。ショーの始まりと終わりはわたしが演奏するようにと、店から依頼されているので、「開会の辞」ならぬ「オープニング演奏」をしたわけだが、いやはや、出演者仲間の前に立つと妙に緊張するのであった。要するに、何をやってもやらなくても、「ああ、コイツのレベルはこのあたりか」ということが一目(耳)瞭然になるからである。それでも、そういう緊張感は決して無益なものではないし、実際、この夜、出演者全員現段階でできる最善を尽くしたように思う。

とりわけ後半に登場した、長浜太郎とピストル史朗の演奏は、この夜一番のパフォーマンスだったようだ。客席からの熱い拍手で、そのことは彼ら自身が一番直接に感じられたに違いない。わたしを含めた他の出演者は、両君の演奏に大いに触発されたのであった。

2月に一度のペースのこの企画。ますます面白くなってきた。来年も「出演者も客席も楽しめる」をモットーに工夫していきたいと思う。来場の若い女友だちが「すごく楽しめた、よい演奏が聴けてよかった、また誘ってね」と言ってくれたのも嬉しいことだった。

<画像:お店の入り口と6名の出演者、そして、客席など>


12月2日(日) 阿佐ヶ谷 CHECKER BOARD
一緒に演奏する予定のマーシー伊藤の欠場により、ソロで演奏。

前日の東長崎での演奏以来、ソロ演奏に関して、いろいろイメージが膨らんだり、進むべき方向が見えてきたような気がしていたのだが、実際の演奏はまだまだ旧態依然としたわたしのスタイル。歌っている途中で、音程がコントロールできなかったり、声がかすれたりして、自分でびっくりする。こんなことは今までめったに経験していない。ちょっと不安になった。

この日は、9月の同店の演奏でもご一緒した「伊藤やすお」さんとの「対バン」。伊藤さんは非常に安定した流暢なアコスティックギタープレイヤー。淀みない美しいコードワーク、お洒落な単音フレーズ、アクセントになるオクターブ奏法など、見て聞いてひきつけられる。レストランなどで演奏しているそうだが、確かに、ダークスーツでも着て弾いていれば、ホテル最上階のラウンジでも仕事がとれそうだ!

わたしのステージの後半で、数曲彼と一緒に演奏した。達者な彼はうまくわたしの演奏に着いて来てくれ、彩り豊かなフレーズを披露してもくれた。ただ、面白い発見もあった。ブルースそのものの演奏は経験が少ないであろう彼のギターからは、わたしたちにとっては当然のルールと思われていることが表現されない場面もあった。「ブルースギター」というのは、やはりそれなりに確立した一つのジャンルなんだなぁと思った次第。

非常にしめやかな(!)夜ではあったが、久しぶりにNさんが聞きに来てくださった。前回ソロで演奏した後も、「右手親指のベース打ちのリズムが崩れている」と指摘されたのだが、この夜も果たして同じ指摘を受けた。また、「どんなときにもベストの演奏をしなければ、初めて聞きに来たお客に『あ、この人、この程度!』と思われる。それが怖いから、いつでも最善の準備を整えて演奏をしなければならない」と言われる。まったくもって、わたしがいつも考えていることである。それをNさんの口から聞かされるのは、なかなかシビアなことではあったが、Nさんのように、ただチヤホヤするのではなく、具体的に問題点を突いてくれる人のほうが有難いことも事実である。プレイヤー人生、ホメられたり、ケナされたりしながら、良い方向に向かって行きたいものである。

金曜日の夜から3晩演奏が続いて、いろいろ考えさせられた週末であった。

<画像:わたしの演奏に加わってくれた伊藤やすおさん、お店のママ、ツッチーとNさん>


12月12日(水) 阿佐ヶ谷 CHECKER BOARD BLUES JAM SESSION
水曜日の定例ジャムセッション。最近は参加が集合する時間がやや遅滞気味。この夜も出足こそ悪かったものの、狭い店内、初参加のプレイヤーも含めて賑わった。ここで、長く司会進行役を勤めているドラゴン藤原の誕生日とも重なり、お店が用意したお祝いのケーキも登場した。

12月15日(土) 東京中野ブライトブラウン「第5回ブルース・イノシシ祭り」ファイナル
2007年も大詰めの師走。亥年スペシャルとして今年の2月に旗揚げした「ブルース・イノシシ祭り」もいよいよ最終回となった。

亥年4周り目に突入した数人で「えっ、アンタもイノシシなの?」「うん、○○もイノシシだよ」「へえ〜、イノシシ、結構多いね」「うん、そうなんだよ、××もそうだよ」「ほう、じゃ、せっかくだからイノシシ生まれで何かやろうよ、『ブルース・イノシシ祭り』なんて、どう?」というノリで、東京は中野あたりで誕生した企画。やがて名古屋、大阪のイノシシたちとの連携が生まれ、このアヤシゲなタクラミにも「東西プレイヤー同士の交流」なるリッパなハタを掲げることができるようになった。そして、イノシシ以外のプレイヤーたちからも、「いろいろな人と知り合えて楽しい」という、予想以上の好評を得て、結果的には、東京・名古屋・大阪で計5回の開催を見ることができたのであった。

さて、いよいよ最終回のこの夜は、名古屋のイノシシたちが東京中野ブライトブラウンでのフィナーレを盛り上げにやってきてくれた。

純正イノシシのみ3世代で構成された、「名古屋いのしし組」は、りの(V&D)、山本セイジ(V&G)、チャビー小林(V&G)の3人を主軸に、武田健一(V&G)、桑野あき(V&G)、ローズバッド・リエ(V)の6名。ここに名古屋出身東京在住のキーボードプレイヤー、ハマヤンも加わり、賑やかでバリエーションのある1ステージを披露してくれた。わたしは6月の名古屋での「第2回ブルース・イノシシ祭り」以来、既に何度か彼らの演奏を聴いているが、初めて彼らの演奏に接した人たちは大いに感激した模様。

また、大阪イノシシとして年間を通してサポートしてくれたフェイス金岡(G&V)が、Ms.みあ(B)を引き連れてやって来てくれた。彼らと東京の2頭の雌イノシシ、原本ミンコ(G&V)、ココカヨ(V&H)らで編成されたセットも、ジャムセッション前の「ショータイムコーナー」に登場。そして、初回・最終回の開催店となった「中野ブライトブラウン」に因んだイノシシチームも急遽編成。すなわち、店主スー鈴木(G&V)、従業員吉田君(G&V)、常連客鯉沼洋介(G&V)。この3頭のイノシシに、デカスー鈴木がベース、長嶺章子がドラムで助っ人に入った。

約2時間の上述のショータイム後、ジャムセッション。プレイヤー同志、名前と顔が一致するように、交流が広がるようにという意図から、ステージに上がったプレイヤーには、これまでの「祭り」同様、自己紹介もしてもらう。年末の様々なイベントが重なる時期、残念ながら欠席という人があった一方で、一つイベントを終えてから立ち寄ってくれた人、自分たちの演奏が終わった後に顔を出してくれた人があり、計40名ほどの参加で「ブルース・イノシシ祭り」ファイナルは盛会のうちに幕を閉じることができた。ジャムセッションの終了が11時の少し前。最後に、主催者のわたしと下川裕明、そして名古屋開催以来、盟友となったチャビー小林の3人で3曲演奏してエピローグ。集まってくれたみんなに暖かい拍手をもらう。嬉しい気持ち。「祭り」の終了後、この先は還暦を目指すのみの4名(大道・下川・小林・鈴木)で記念撮影(?)。それぞれ三々五々解散するも、わたしはゆっくり残留し、カウンターに最後まで残っていた2匹の若い薩摩犬たちと楽しくビールを飲み続ける。お店を出たのは3時過ぎだっただろうか。

みなさん、一年間お付き合いくださってありがとうございました。



12月22日(土) 名古屋 A Banquet of Goddesses
数ヶ月前にオープンしたばかりという新しいお店「ア・バンケット・オブ・ゴッデセズ」。名古屋市中村区にある。聞くにも言うにもちょいと長い店名だが、「女性が一人でも安心して飲食でき、かつ楽しめる場所を提供したい」という考えから(同店HPより)命名されたそうだ。古代ギリシャはオリンポスの山々を想像させる「女神達の饗宴」という意味だ。名古屋在住のピアニスト、佐藤ケンタロウ君が企画してくれたこの夜の演奏は、期せずして、「ミッキー・カーチス69ツアー」の前座となった。

40分間の「ファイアー大道ブルースショー」のメンバーは、先述の佐藤ケンタロウ(P)の他、柴山セイゾウ(G)、石本勝己(B)、松石ゲル(D)。わたしは、ケンタロウ君以外とは初プレー。皆、オールディーズ、フュージョン、ポップスなどの分野で既にセミプロとして演奏している地元の中堅どころ。ブルースは必ずしも彼らの専門ではないとのことだが、まずは30分程度のリハーサル。音が拡散して細かいニュアンスが掴めなかったけれども、「まあ大丈夫」と確信の後、本番となる。

ステージの下はほぼ「ミッキー・カーチス・ショー」を目的に来てくださっていた方々で埋まっていたのたが、そんな客席からの反応もよくホッとする。また、メンバーもわたしの指示や意図にすばやく対応してくれた。ショータイムは始まってしまうと、あっという間に終わってしまうもの。演奏後は皆で、「お疲れさま」の握手をしつつ、「もう終わっちゃったねぇ!」と苦笑。そして、それぞれがある程度の満足を得た様子にわたしも大いに満足した。

ステージ衣裳からまた普段着に戻って、後はゆっくり「ミッキー・カーチス・ショー」を楽しむ。ロカビリー、ロックンロールからR&B、ビートルズまで、お客さんを楽しませる。テンガロンハットを被ったお客さんたちには、「じゃ、みんな踊るかい?」と言って、カントリーナンバーをサービスする。途中に15分くらいのドラムソロを挟んで、2時間強の1ステージ。「ジョージア・オン・マイ・マインド」を歌うミッキーさんに、デジカメを持って近づくと、しっかりポーズを決めて写ってくださった。

話に聞いていたとおり、ステージを終えたミッキーさんとクレイジーカーチスバンドのみなさんは、気さくで親切な方々であった。この夜は吉良町に宿があるというみなさん、移動までの休憩時間をわれわれとの雑談につきあってくださった。ハイタイド・ハリスと一緒にプレイしていたという、ギターの岩田さんやベースの五十川さん、ピアノの本田さんたち。「今度歌いにいらっしゃいよ」などと言ってくださったり、「ハモニカ持って行くから、吹かせて頂戴よ」などと仰る。ミッキーさんのバックバンド「クレイジーカーチスバンド」ではないときには、みなさん各々都内のライブハウス、ブルースクラブ等で演奏されているとのことだった。

また、ドラムのジミー・スミスさんは、わたしは知らなかったが、BBキングやエラ・フィッツジェラルドのドラマーだったこともあるそうで、ブルース、ジャズと渡り歩いて、日本に演奏に来ているときに、現在の日本人の奥さんと知り合い、以来東京在住とのことだった。「ボクは元々ブルースドラマーなんだ。必要なときはいつでも言ってくれ」との有難いお言葉を頂戴するものの、「バンドにお金を払えないから、演奏旅行はいつも一人で回っている」とわたしが言うと、「ふむふむ」と何やら納得された様子。シカゴのブルースマン的ノリで、バッチリ、フレンドリーに写真にも写ってくださったのであった。

ミッキー・カーチスさん一行をお店でお見送りした後、われわれも引き上げ準備。大先輩たちとの楽しい一時のせいもあり、みな何となく幸せな気分。「また機会を見つけて一緒に演奏しようね」と、若いプレイヤーたちと再び固い握手を交わして別れた夜であった。

<画像左上:演奏前の「ファイアー大道ショー」メンバー、左より松石ゲル(D)、わたし、石本勝己(B)、佐藤ケンタロウ(P)、柴山セイゾウ(G)>
<画像下段:左ミッキー・カーチス・オン・ステージ、中央ジミー・スミスさんとわたし、右ミッキー・カーチスさんを囲んで>

* 当夜撮影した画像は翌夜のものと併せてフォトアルバムに格納してあります。ここをクリックしてご覧ください。


12月23日(日) 名古屋 SLOW BLUES
前夜一緒にプレイした、佐藤ケンタロウ(P)、柴山セイゾウ(G)と再び組んだ夜。ベースにストーミー万太郎、ドラムに藤井雅之が加わり、さらにハモニカの三角伸哉もゲスト参加、最終的には6人がステージに上がって賑々しいショータイムとなった。

単独で演奏旅行する喜びは、「出会いがある」ことだ。ケンタロウ、セイゾウの両君は、以前に「対バン」という形で知り合ったのが縁となり、同じステージに立つようになった。また、万太郎、伸哉の両名も名古屋で演奏するたびに一緒に演奏している。慣れたプレイヤーと演奏するのと違って、ときどき実現する「新しい組み合わせ」は、ステージに立つ側のスリルとサスペンスを直接客席に投げかけることができる「ハイリスク、ハイリターン」手法(?)である。尤も、この夜は、わたしのレパートリーをよく知っているドラムの藤井雅之が東京から来てくれたので、実は、まったく「ハイリスク」ではなかったのであるが...。

さて、この夜のスローブルースでの出し物は、わたしたちの前に、「ブルースガールズ」と「こばちゃん2」の演奏。「ブルースガールズ」はギターのマユ子ちゃんが、「ファイアー大道ショー」に合わせて編成し準備してくれた(!?)女性ブルースバンド。パコちゃんの力強いギターとのブルースロック調ツインリードギタースタイル。「ストレンジブルー」なんかも演奏して楽しませてくれた。ベース友弘美和、ドラム加藤ママの二人がリズム隊であった。「この4人を中核にして、いろいろなゲストプレイヤーを迎えて演奏していきたい」とのことであった。

「こばちゃん2」はチャビー小林(G)とぺコ小林(P)のデュオ。両者ともにボーカルをとる。肩の力を抜いて、リラックスして楽しめる。チャビー氏はギターソロを弾く時に、いつも迫力のパフォーマンスを披露してくれるけれども、実はそのギターサウンドはいつも美しい音で構成されている。伸びのある甘いトーンでの、起承転結のあるフレーズは、わたしの憧れでもある。一方、ペコ嬢は鍵盤のタッチが力強さを増したように思われ、レイ・チャールズのナンバーは聴き応えがあった。そして、この夜は「セクシーイワ」ことボーカルのイワちゃんがこのデュオにゲスト出演して、場内を盛り上げた。歌の魅力のみならず、素敵な衣裳とその早変わり、実は、わたしは「セクシーイワ」初体験だったので、たいへん感激した。イワちゃん、えらい、すごい!

こんな二組の趣向をこらした演奏のおかげで、わたしたち「ファイアー大道組」がステージに上がったときには、既に、大盛り上がりであった。わたしたちのステージは、少々音量が大きく、また、楽器の音数も多いので、既に1時間以上音を聞き続けているお客さんが、一気に疲れてしまわないかどうかが気がかりだったが、たっぷり1時間の演奏に、どうやら客席も最後まで付いてきてくださったようで安心した。ここ数年で知り合いになったプレイヤーたちも客席に集まってくれていて、嬉しさ倍増。また、この前夜、ミッキー・カーチスさんの前座演奏を聞いてくださっていたS女史が、「昨日初めてお聞きして、気になったので、友人を連れてまた聴きに来ましたよ」と来場くださったのも、本当に嬉しいことだった。

アンコールも合わせて1時間15分の演奏終了後は、お店に残留してしばしくつろぐ。バンドサウンドについて、そして自身の演奏について、反省点はいくつかあったが、まずは2007年最後の名古屋演奏をみんなの笑顔で終えることができたことを素直に喜んだわたし。アンコールの前にはステージから客席も撮影させていただいた。名古屋のみなさん、どうもありがとうございました、どうぞよいお年を!

<画像左上:演奏後の「ファイアー大道ショー」メンバー全員で>
<画像中段:左上より「ブルースガールズ」、チャビー小林、ペコ小林、セクシーイワ、「スローブルース」スタッフ、客席のみなさん>
<画像下段:「ファイアー大道ショー」メンバー、左より佐藤ケンタロウ、ストーミー万太郎、わたし、柴山セイゾウ、三角伸哉、藤井雅之>

* 当夜撮影した画像は前夜のものと併せてフォトアルバムに格納してあります。ここをクリックしてご覧ください。


12月28日(金) 高田馬場 diglight
4月から毎月1回のペースで演奏してきた高田馬場ディグライト。2007年最後の同店での演奏は、リトルシゲル(G)、タッド三浦(B)、中山幸也(D)と。2ステージ目は、客席に若いベーシスト伊藤敦を見つけてステージに上げ、タッド三浦にギターを渡し、わたしはハンドマイクでボーカルのみ。やはりギターを抱えてスタンドマイクにへばりついているよりは、客席とのコミュニケーションが取りやすい。エンターテイメント最優先のステージのときなどは、ギターを置いて、マイクを握って客席にぐっと近づくこともあるのだけれど、自分で自分をスタンディングのボーカリストであるとは思っていないせいか、実はけっこう照れくさいものである。この2ステージ目では、尺八プレイヤーの飛び入りもあり、賑やかになった。

ところで、この夜は、わたしの演奏の前に、「ブルース・クイーン」がオープニングアクトを担当してくれた。平均年齢15才の少女たちの、最注目株のブルースバンドだ。小学生天才少女ドラマーと言われた大久保初夏も今や高校生。ドラムスティックをギターに持ち替えて、ステージのフロントに立つようになった。また、彼女の妹、ハモニカと歌の紅葉も今や中学生。幼いときから定評のあるエンターテイメント術にも磨きがかかっている。バンドはこの二人の姉妹を主軸に、ドラム、ベース、ギター、ハモニカのシンプルな編成だが、スタンダードなブルースの他、R&Bにも挑戦したりと、とても意欲的である。夏に聞いた時よりさらに進化していたように思う。まったくもって、若い努力家というのはオソロシイものである。

<画像:左上「ファイアー大道ショー」2ステージ目。右下「ブルース・クインーン」>

* 当夜撮影した画像はフォトアルバムに格納してあります。ここをクリックしてご覧ください。


12月29日(土) 阿佐ヶ谷 CHICAGO
ソロで演奏するつもりで出掛けたが、わたしの前にソロで出演した長浜太郎にサイドギターで入ってもらった。年末も押し迫り、雨も降る中、思いがけず、複数のお客さんが来場くださったので、わたしも張り切ってのびのびやらせてもらった。かくして、毎月1回の同店での演奏、2007年も無事終了と相成った。


12月30日(日) 阿佐ヶ谷 CHECKER BOARD
2007年の演奏納め。「Blues T.A.D.」の仲間中心に声を掛けて、タッド三浦、ガッツ山口、リトルシゲル、望月公廣、原本ミンコ、コーヒー北村が演奏者として集まった。わたしがメインの2ステージの間に、「望月・原本・北村組」が1ステージを行った。これまでしばしばわたしの演奏を聴きに来てくれていたOさんのご子息、瑠之介君も飛び入り。まことにこの先が楽しみな14才ギタリストである。いよいよ押し迫った晦日に、集まってくれた仲間とお客さん、ありがとうございました。


<画像上段:「大道・リトル・ガッツ・三浦組」>
<画像中段:「望月・原本・北村・三浦組」と客席風景>
<画像下段:提供、原本ミンコ>

* 当夜撮影した画像はフォトアルバムに格納してあります。ここをクリックしてご覧ください。


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