
2008年初演奏。この10日前に自転車転倒事故を起こし「右上腕外科頸骨折」中のわたしは、急遽、リトルシゲルをギターに迎えて、ボーカルのみで参戦。
骨折直後は、体の他の部分の打撲傷もあったのだろう、体調思わしくなく、昼間の職場も欠勤したが、演奏活動の方もいくつかの予定をキャンセルして一週間丸々休業した。それでも、怪我から一週間経つと、存外元気を取り戻し、この夜も、ギターこそ弾けなかったが、歌う分には支障なかった。ただ、利き腕が動かないので、何となく体のバランスが取りづらくて、奇妙な感じがした。
メンバーは、先述のリトルシゲルの他、ねもと雅子(B)、バットマン小森(D)。同店での金曜日ノーチャージディ、ギグ。2008年も二月に一度のペースで続けていく予定。よろしくお願いします。
まだギターを右脇に抱え持つことができない。左手にマイクだけ持っていると、何となくステージでの居場所に当惑しそうになる。多分、自分自身で「スタンディングの女性ボーカリスト」という立場にテレがあるからだ。ましてや、女性ボーカリストのステージに期待される「フェロモンな魅力」に全く自信の持てないわたしは、ステージ上の自分の姿を想像して失笑しそうである。実際、後から写真を見て噴き出してしまった。とはいえ、丸腰でステージに上がって困るのは、何も普段ギターで隠しているウエストラインが丸見えになることばかりではない。ギターを持っていれば、自分で曲を始め、終わらせ、テンポもリズムも自分で決められる。ギターはコンダクターの指揮棒だ。わたしのギターの腕前は、まったく大層な代物ではないけれど、これまでまがりなりにも「ファイアー大道ブルースショー」の看板で活動し続けられていられるのは、ギターを抱えたわたしが、この指揮棒を振り回してステージを支配する能力に長けているからだと自覚している。だから、これがないとなると、なんとも心もとない。
それで、この夜は、わたしにとっては信頼の置けるギタリストを2人バックに配置して、後顧の憂いを絶ったのであった。リトルシゲルとガッツ山口、この2人はわたしがブルース修行を始めた頃からの仲間で、主宰タッド三浦の「Blues T.A.D.」の創設以来の同門、しかもギター熟達度はわたしの遥か上である。理想とする演奏スタイルやステージング・マナーなど、暗黙のうちに互いに了解しているので、心理的にもとても楽である。
果たして、この2人のギタリストは、実際、見事な演奏でわたしを盛り立ててくれた。2人がお互いのプレイを聞きながら臨機応変にバッキングパターンを変化させ、2人の間に立って歌うわたしの左右の耳を喜ばせた。また、ソロパートも起承転結がはっきりした演奏で、客席を大いに沸かせた。また、この日のリズム隊、ねもと雅子(B)と藤井雅之(D)もノッていて、前年は一緒に演奏する機会が少なかったねもと雅子も、久しぶりのわたしのレパートリーにぴったり付いて支えてくれた。そして、藤井雅之は反応機敏に作品にメリハリを付け、一曲一曲の輪郭を際立たせてくれた。
そんな次第で、客席のタメ息を誘うような女性ボーカルのステージではなかったものの、結果的には、聞き応えのあるバンド演奏であったと思う。ギターを弾かない分だけ、歌のフレージングに変化をつけられるのだけれど、驚いたことに、ギターを弾いていないと歌詞を思い出せないような場面もあった。不思議である。自分で弾くギターのイントロが歌い出しを条件反射的に誘導しているのかもしれない。また、とある曲のエンディングでは、リトルシゲルにイタズラされ、バンプ(繰り返し)部分をいつもの3倍は歌わされたりする。丸腰のボーカリストってのは、なかなか気の毒なものでもあるなぁ!
さて、この夜、バンドメンバーのプレイヤー魂に火がついたのは、実は、「スラッピー・ドランクス」という新しいバンドが我々の前にゲスト出演していたことにもよる。このバンドは、ギター2、ハモニカ、キーボード、ベース、ドラムの6人編成。中年に至ってから、演奏への情熱が再燃したナイスミドルの皆さんだ。
バンドのリーダー、山中氏とは、前年来のつきあいである。2006年の暮れに、わたしが阿佐ヶ谷の店でソロ演奏したときに、たまたま音楽仲間とのスタジオ練習の後、同店に流れて飲んでいた彼と出会った。複数のオヤジたち(失礼!)が、酔っ払ってブルース談義などをしているので、少々敬遠気味のわたしであったが、その後、山中氏と再会し、同じ年ということもあって意気投合。以来、わたしの演奏をよく聞きに来てくださっていたのだが、その彼が、2008年はとうとう仲間とバンドを編成し、定期的に演奏活動を行うと言う。「それでは」ということで、わたしのショータイムに「高田馬場ディグライト」でオープニングとしてデビューすることに決まったのである。
「スラッピー・ドランクス」の仲間や応援団が多数来場してくださり、彼らの演奏が始まる頃には大入り満員。大声援の中、彼らの40分の演奏は順調に終了。ナイスミドルなメンバーの皆さん、さぞかし会社でもそこそこ偉くなっており、毎日多忙でもあるに違いない。この先、仕事とのバランスを保って、演奏活動を続けて欲しいものである。尤も、同店での演奏予定も既に3月に決まっているとのこと。いずれにしても、中年になってから演奏活動を始めたわたしの存在が、皆さんの刺激になったとすれば、わたしとしても嬉しい限りである。
また、「スラッピー・ドランクス」の大応援団に混じって、JだのSだの、MだのKだのNだの、演奏仲間の姿が目立ったことも、この夜のファイアー大道バンドを発奮させたことは間違いない。皆さん、寄ってくださってありがとう!
<画像上段:「ファイアー大道ショー」画像提供、Ms.minco 等>
<画像下段:「スラッピー・ドランクス」>
ギターにリトルシゲル、ハモニカにマーシー伊藤を迎えて。
前年からリトルシゲルにはサイドギターとして演奏に加わってもらうステージが増えていたのだが、今回の怪我に至ってからも、ずいぶん助けてもらっている。この日も、アコギ1本で、わたしのレパートリー曲を自由自在(!?)に弾きこなして、わたしの歌をサポート。初めて会った10年くらい前から、「若いのに上手いな」とは思っていたが、ここ数年、ぐっと安定感も増して聞き惚れるわたしである。途中で数曲、彼にマイクを預け、彼自身のレパートリーも披露してもらったが、ボトルネックを使った演奏も聞き応え満点。ボーカルにも彼独特の味があり、ヘンに凄んだりして歌う男臭い手法より、わたしは彼のスタイルのほうがずっと好ましいと思っている。とはいえ、手放しに褒めてばかりもいられない。志を同じくする者として、わたしも大いに発奮しなくていけないのであった!
この夜は、近隣の友人や仲間が三々五々集まってくれた。本当にご近所のドコ山岡さんは、奥様を同伴して徒歩で寄ってくれたとのこと。初来店記念に弾き語りで1曲歌ってもらった。早速、お店のご常連のKさんとも意気投合してくださった様子。練馬のブルースシーンも楽しみである。
「スプーンフル」にて、偶数月に開催しているファイアー大道企画、小編成ブルースナイト。この夜は「ハモニカ特集」。「ヒロシ&ヒトシ」「石田夫妻(陽介&律子)」という、ギターとハモニカのデュオが2組と「マーシー伊藤」のハモニカソロ吹き語りが出演した。このほか、お客さんとして聴きにきてくれていたジャズ高橋さんもゲスト出演してもらったので、合計4名のハモニカプレイヤーが登場したのであった。
そもそも今回のテーマは、マーシー伊藤から「今度、オレにも演らせてください。」と言われたことが発端だった。「ソロ吹き語り」も演ってくれるというので、「それでは!」と、このリクエストに応じたのである。普段は寡黙な印象の強いマーシーが、案外流暢なお喋りを披露してくれて、わたしは個人的に大いに楽しませてもらった。聞けば、ソロ演奏を定期的に行っていた時期もあったそうだ。さて、「石田夫妻」は既に何度か聞かせてもらっていたが、「ヒロシ&ヒトシ」なるセットは、ガッツ山口(本名:山口洋)が知人の「ヒトシ」さんを誘って参加したもの。本邦初公開のユニットであった。
わたしの同店での、2月に一度のこの企画、既にリピートして聞きに来てくださる地元のお客さんもあり、ありがたい限り。さらに面白い企画で、皆さんに親しんでもらえるようにしたいもの。発案・企画担当者としては、出演者の皆さんにも、「参加して有意義だった、楽しかった」と思ってもらえるものを目指している。次回の4月はどういう企画でいこうかと、さっそく思案する帰り道であった。
因みに、わたしの骨折した右腕はこの前日あたりから、ずいぶん回復しており、どうにかギターを抱えることができるようになった。しかし、ステージで立ったままどのくらい弾けるのかはっきりしないので、この日もやっぱり歌だけにした。ギターは「ヒロシ」と「石田夫」に担当してもらった。
「東京おとぼけキャッツ」のリーダー、ダディ竹千代さんが昨年新橋にオープンさせたお店「ZZ」。「ファイアー大道ブルースショー」は昨年秋に続いて2回目である。メンバーは、1回目と同様、リトルシゲル(G)、石田律子(H)、三上寿一(B)、藤井雅之(D)。これに、今回は、石田陽介(G)に2ステージ目でゲスト出演してもらうつもりでいたが、1ステージ目から間に合うと言うので、最初から入ってもらった。
わたしはこの日、いよいよギターを弾こうと担いでいったのだが、本番前にちょっと弾いてみて、どうしても右腕に違和感が残り、ステージで十分に動かす自信が持てなかった。そんな次第で、結局は、「(ギターを弾かない)歌うファイアーショー」になったのである。
最初は少々寂しい印象の客席だったが、2ステージ目には来場者も増え、お店の雰囲気もぐっとリラックス。メンバーもきっちりとよい演奏を披露してくれた。尤も、ドラム・ベースの他に、ギター2本とハモニカという編成は、わたしの普段のステージ編成から見れば、かなり贅沢な方。しかし、だからといって、わたしは各プレイヤーに「平等にまんべんなく」ソロを回すような手法は好まないから、ギターとハモニカの3人にしてみれば、ソロの回りが少なくて十分に本領発揮できなかったかもしれない。
演奏終了後は、ダディさんや彼の旧来のご友人らと歓談。芸能界裏話なども少々聞かせていただき、また、励まされたりアドバイスを頂戴したりする。わたしは「出不精」のくせに、飲むと「ながっちり(長尻)」なので、電車の時間を気にしつつも、なかなか席を立つことができず、山手線最終に飛び乗ったのはよいものの、なんとそれは「大崎止まり」の終電で、結局、トホホなエンディングになってしまった。
ところで、この夜は職場の美女たちが聞きに来てくれた。若い女性が客席にいると、ついつい独身の仲間のプレイヤーにせっせと紹介してしまうわたしは、日頃彼らに十分なギャラを払えていないので、「せめて女性を」と考えるアサマシイ心理が働いてしまうのかも...。いやはや、このような「やり手ババア」もしくは「おせっかいババア」のような行動も、以後は慎むようにしたいものである。
先に演奏した対バンの応援団で店内ギュウギュウの満員。タッド三浦のアコスティックギターで1ステージ歌う。みなさん、日頃ブルースにはあまり感心のないような方たちだったが、殆ど帰らずにわたしたちの演奏もよく聞いて行ってくださった。ギターで歌の伴奏をしてくれる人が居ると、どんな曲でも歌えるが、自分で伴奏となると、レパートリーがぐっと狭まるのが悲しいところ。「ギター1本で自在に作品をアレンジして歌う」というソロの理想型、まだまだ遥か前方だ。
水曜日の定期ジャムセッション。参加者があまり多くなかったので、たっぷり演奏。わたしもギターを弾いたり、ドラムを叩いたりする。和やかに楽しみながらのジャムも居心地悪くはないけれど、もう少し「切磋琢磨」な感じも必要かな?みなさん、どしどしご参加ください!
40日ぶりにステージでギターを弾く。弾いている最中は、痛みも感じなかったが、やはり何週間も十分な練習から離れているので、我ながらイヤになるほど「ママならない」。苦笑の連続。それでも、バックのメンバー(リトルシゲルG、根本雅子B、藤井雅之D)が頼もしくサポートしてくれて2ステージ終了。来場者は決して多くなかったが、ご常連の他、初めて来店したお客さんなどで、和やかに。プラリと寄ってくれた仲間のKにも2曲ほどギターを弾いてもらった。
2月20日(水)甲府市 cafe deux「タッド三浦ソロブルースショー」の前座として同行した、山梨3デイズの初日は、山梨市にあるアメリカンテイストのお店、「フォー・リーフ・クローバー」。
19世紀末南西部のアメリカ酒場を「勝手にイメージして日曜大工で作った(店主雨宮氏談)」とのこと。店の前面のデッキも、店内のカウンターも、トイレに続く廊下も、ちょっとした内装品も、とても洒落ている。適度な凹凸と高低のある造りは人を落ち着かせるものだが、それが木造であるから、さらに居心地が良い。近々、店の幅を広げる「日曜大工」をまた始めるとのことであった。
<画像は「Four Leaf Clover」。左より、店入り口、店内風景、タッド三浦、店主雨宮氏。>
2月21日(木)甲斐市 Lady Ella2日目甲府市。昨年秋にも、やはり「タッド三浦ソロブルースショー」の前座でお邪魔した、「カフェ・ドゥー」。隣には同じオーナー、小田切氏が経営する「おたやん」という居酒屋がある。居酒屋の方は学生街にあるような、ざっくばらんな飲み屋なのだが、こちらの「カフェ・ドゥー」の方は、「白」を基調とした無機質的な、ややスノップな空間演出になっている。
特にライブミュージックを聞かせる店ではないが、不定期にさまざまなイベントを行っているらしい。お店に置いてあった写真アルバムを見たところ、アーティスティックな展示会も開催されているようであった。また、最先端のコンピュータミュージックのイベントも既に数回行われているとのことであった。
<画像は「cafe deux」。店内風景と演奏風景>
3日目。ここ数年タッド三浦の山梨での演奏を主催し、今回の3デイズも取りまとめてくださった村松氏のお店、「レディ・エラ」。昨年秋以来、わたしは2度目。
村松氏はお店ではバーテンダーに変身(?)するが、どうやら、その情熱の多くをオートバイに捧げているらしい。モータースポーツに疎いわたしが理解した範囲で言えば、村松氏はハーレーダビッドソンに乗っていて、そのハーレーにはかなり手を加えており、オートバイ専門雑誌に取材されたりもしている、というところか。そんな彼を慕って集まってくる若者が多いのだろう、「レディ・エラ」はそのフェミニンな店名に似合わない(失礼!)、男っぽい店である。
さて、3日間、前座演奏だったわたしは、出演時間はとても短く、毎日あっというまに出番が終了。アコスティックギターは、「弦を押さえたり、弦を弾くだけでも消耗しがち」なので、右腕リハビリ中の身としては、できれば使いたくなかったのだが、出発直前に、「アコスティックギターで参加すべし」との指示。親分の意向に逆らうわけにもいかないので、やむなく、アコギを抱えて出かけたが、実は、ケガ以来、アコギは一度も弾いていなかったのであった。
わたしの演奏はあまり出来の良いものではなく、不本意なものにとどまってしまった。また、チャンスがあれば雪辱戦と行きたいところであるが、さて、どうなるであろう。ソロパフォーマンスは、わたしにとって、まだまだ「水物」である。
毎月出演の阿佐ヶ谷シカゴ。先月は骨折直後で出演をキャンセルさせてもらったので、この日が「明けましておめでとうございます」であった。バードランドを持って行った。他の出演はブルガキーズチャンペンスキー。
「BLUES T.A.D. ショータイム」に、K.O.小泉(G)、JAZZ高橋(H)、パピトール岩岸(B)、MR.鈴木(D)と組んで、30分枠で出演。
<画像:左=藤井組、中央=大道組、右=三浦組>
ひな祭りの前夜。「ブルースひな祭り」と題して、大道(G)、石田律子(H)、田村奈津子(B)、長嶺章子(D)のフードゥーガールズがホステス役になり、原本ミンコ(V&G)、イサ(V&S)、わたりべふみ(V&G)のみなさんをゲストに迎え、「女性だけのステージ」。わたしたちフードゥーガールズが3曲演奏した後、ゲストの原本、イサの二人に順にステージに立ってもらう。それぞれ3曲。原本ナンバーはどちらかというと軽いタッチの選曲。有名なインスト曲「Honky Tonk」が彼女の最近の課題らしい。何度か彼女がこの作品を演奏するのを聴いているが、そのたびに向上しているのがわかる。一方、イサ嬢は激情型(?)のマジックサムを主体にした選曲。彼女のステージでのタタズマイにぴったりの印象。わたしは、二人の演奏予定曲を知らされたとき、「それぞれのカラーの違いがわかるようなバッキングやソロパートの演奏ができれば」と思っていたけれど、結局は同じになってしまった。まだまだである。
短い休憩の後、武蔵野ミニーことわたりべふみさんの登場。今回のこの企画を具体化させる段階で、ぜひ、彼女にゲスト出演していただきたくてお願いしたところ、快諾いただいたもの。ふみさんとは、福島なまず亭の店主じょにがここ数年、東京で主催している「キャットフィッシュマーケット(通称、じょに祭り)」でご一緒している。ソロ弾き語りで5、6曲披露してくださっただろうか。
いつも感心させられるのは、小柄なふみさんの小さな手は、見たところは決して「ガッシリ指版を握っている」わけではないのに、1音も途切れることなく、見事なギターワークを聞かせてくれることだ。同じギタリストとして、わたしは興味津々なのだが、ふと見ると、原本ミンコ嬢もカブリツキである!また、ふみさんのファニーボイスが戦前派の女性ブルースシンガーの歌唱法にマッチして、「メンフィスミニーってこういう風に歌っていたのかな?」と、一度も見たことのない人を郷愁させるのである。「わたりべふみコーナー」は、最後の2曲にフードゥーガールズがバックに入って、和気藹々とエンディング。
さらに短い休憩の後、フィナーレはわたしのボーカルでフードゥーガールズ、原本、イサの6名でセッション。予想を越える来場者に恵まれ有難い限り。店のママ、ツッチーにも、来場者への感謝を込めて、1曲歌ってもらう。都内の数あるブルース呑み屋の中でも、数少ない(女性)ママの店、チェッカーボード。ここ何年もひな祭りなどしたことのないわたしだが、この夜は女性プレイヤー仲間と「ブルースひな祭り」ができてよかった!ゲストのみなさん、そして、何よりも、集まってくださったみなさん、ありがとうございました。
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<画像(方々よりのいただき物含):上段ゲスト3人衆(左-原本ミンコ、中央-わたりべふみ、右-イサ)、下段フードゥーガールズ(左-w/わたりべふみ、右-w/原本、イサ&ツッチー)>
「フードゥーガールズ」にゲスト、イサ(V)を迎えて。わたしはセカンドステージの途中で2弦を切るも、諸事情により張り替えることママならず、そのまま演奏続行。ここ数日来、わたしは自宅での練習が比較的順調だったものの、実際のステージではそれがあまり反映されなかったので、なんとも「がっかり」な感じではあったが、これにめげず日々の練習のモチベイションを高く持ち続けようと思った次第。また、久しぶりにカジノを弾いたのだが、思ったより店のフェンダーアンプと相性がよかったので、カジノもまた使ってみようと思った次第。「なんといっても、リズム隊が安定しているのが強みだね。」と、初めてフードゥーガールズを聴いてくれた仲間からコメントされる。長嶺章子(D)、田村奈津子(B)のコンビを土台に、わたしと石田律子(H)がどこまで頑張れるかが鍵なのかもしれない。また、ゲストの投入も好評なので、この先も大いにゲストを迎えて続けていきたい。
荒天の影響もあってか、参加者の出足は遅かったものの、最終的には同店ジャムセッションの常連も三々五々集まって、10名弱のほどよい規模となる。同店ジャムセッション初参加というTさんは、職場のイベント帰りとのことで、エレアコで登場。また、2年ほど前に共演したCさんが、ぷらりとわたしに会いにきてくださった。
13:00−16:00 山武市 ビアレストラン寒菊
年明け早々の演奏を、怪我騒動でキャンセルしていたので、今年度初めての出動。お店に着くと「もう大丈夫ですか?」と皆さんにお気遣いいただく。申し訳ないくらい元気なので恐縮する。わたしの右腕はまだ真っ直ぐ上には上がらないけれども、この程度の不自由はいわゆる「四十肩」「五十肩」のレベルにすぎない。「ええ、もう全然大丈夫なんです、スミマセン!」とわたし。19:30−22:30 銚子市 BOOZY'S SHELTERさて、この日も茂原在住の仲間、千賀喜通さんのお陰で、豊富なゲストに恵まれる。今回のメンバーは大道、タッド三浦(B)、中山幸也(D)の予定であったが、千賀さんがギタリストの森シンジロウさんを連れてきてくださったので、わたしのセットにも急遽入っていただいた。森さんのお名前は知っていたが、お会いするのは初めて。3年ほど前から千葉県いすみ市に居を移し、以来、地元のブルースプレイヤー・愛好家との親交を深めていらっしゃるようだ。
昼下がりの3時間、わたしは始まりと終わりに出演。間の小1時間を、千賀さん仕切りのゲストアワーに。茂原の高校2年生男子ブルースバンド「ブルースモンキーズ」と千賀&森組(「ヘビーメタボリック・ブルースバンド 」という名前らしい)が演奏。森さんはここで歌も3曲ほど披露してくださった。
ところで、「ブルースモンキーズ」とは何ぞや。これは、中学時代バスケットボールに熱中していた少年たちが、1年前に突然楽器を持ちはじめて結成されたブルースバンドだ。何やらその誕生の背後には、「ブルース人口の高齢化・ビジュアル的魅力の皆無」を憂える、地元のブルース・オヤジたちの暗躍(?)も感じとられるのだが、そうした大人たちの思惑はどうであれ、今や少年たち自身のモティベーションの高さ、演奏能力の向上ぶりには驚かされるばかりである。ギターの2少年は森さんにギターを教わってもいるそうだ。しかし、たった1年でわたしの何年分も上手くなってしまう若さを、「憎い!」と感じずにいられるであろうか!?蛇足ながら、彼らは皆、紅顔の美少年でもある。
昼下がりの3時間のショータイム、最後はわたしがボーカルをとりつつ、ゲストプレイヤーをパズルのようにあちこちにはめ込み、ステージに変化を加えて、フィナーレ。隣町まで所用でやってきたという、千葉市在住のギタリスト、サイトーGさんがぷらりと寄ってくださったので、彼もまた(お土産を選んでいる最中にもかかわらず)ステージ上に捕獲(!?)、ギターを数コーラス披露していただいた。毎回、わたしが演奏に出かけるたびに、家族でお出かけくださるIさんら、ご常連の皆さんと、いつも何かとご配慮くださるオーナー夫人、佐瀬さんに感謝。怪我回復祝いに頂戴したお花をしっかり置き忘れてしまい、誠に、スミマセンでした。
<画像提供:千賀喜通氏。画像をクリックすると、氏のフォトアルバムにリンクします。>
上述のビアレストランでの演奏を終えて、一路、銚子へ。この数日まえまでは、一気に春めいた日が続いていたのに、この日は夕方から嵐になってしまった。それでも、銚子でのプロモーター(?)、桜井さんが先導してくれたこともあり、車は1時間半で目的に無事到着。「酔っ払いの隠れ家」という意味の「ブージーズ・シェルター」がそこだ。マスターと再会の挨拶。こじんまりとしているけれど、清潔感溢れるお洒落なショットバー。L字型カウンターの上には、今夜のライブイベント用の軽食が既に用意されている。わたしたちも早速サンドイッチなどを摘みつつ、必要最低限の機材を運び込んでセッティング完了。
ほぼ一年半前の演奏のときはタッド三浦とのデュオであったが、今回は、中山幸也のスネアドラムとシンバルの参加でトリオとなる。タッド三浦はベース担当。わたしが歌とギターだ。3ステージの演奏になったので、途中で数曲タッド三浦の歌とギターも挿入(この間、わたしは必然的にベース担当)。それでも、3ステージプラスアンコールで、わたしのレパートリーは消耗しつくす。
しかし、まあ、どうして、わたしのギターは天衣無縫に羽ばたかないのであろうか。わたしの脳細胞には、どうして豊かなフレーズが浮かび上がらないのだろうか。正味120分のトリオ演奏を、実は、脂汗の中で終了。自分のギターソロに自家中毒を起こしそうになるのである。暴風雨の中を集まってくださった皆さんに十分に楽しんでもらえたならよいのだけれど...。演奏終了後もしばし残留し、マスターやお客さんらと歓談。真夜中に店を辞し、都内に戻ったのは2時を回ったあたりだっただろうか。この日、一日中ドラムを叩き、車を運転したノビちゃん(中山幸也)、ご苦労様でした!
<画像:ブージーズ・シェルター店内風景。L字型カウンターのLの底辺部分に演奏者3人が横並び、L時の背骨部分にお客さんが座る。>
急遽、永井亮一を誘ってデュオで。他の出演は、いつものように、「ブルガキ・チャンペンスキー」。最後は彼らも一緒に1曲演奏。大騒ぎにて終了。
伊藤敦(B)、バットマン小森(D)とトリオで。わたしのギターはミストーン、空ピッキング、タイミング外しなどの連発で、まったく精彩がなかった。歌まで調子が悪く、演奏に集中できていないのが自分でもよくわかった。いやはや、反省しきりの夜。
金曜日の同店の演奏は、音量が出せないということもあり、アンプの出力も少ない。どうもこのアンプとは相性が悪い。というのも、音量よりも、音にノビがないのが気になって仕方がない。それでムキになり、ピッキングがどんどん強くなるのがいけないのだ、と後から考える。次回は、ジタバタしないで、「柔らかく、柔らかく」と念じてみよう。また、当然ながら、演奏前の飲酒はホドホドに気をつけよう。
そんな不如意な夜ではあったが、演奏仲間が一人、また一人と寄ってくれて嬉しい限り。最後に皆にそれぞれのパートで飛び入りしてもらった。演奏終了後は彼らと歓談。BGMでマスターがかけてくれた「ロニー・アール」、初めて知った。達者なギターを聴きながら、ヤケ酒気味のわたしであった。
<画像:演奏風景なし。左-演奏終了後、くさっているわたしを「なんの、なんの」と慰めてくれている来場の仲間たちと。右-一人だけ若いベースの伊藤敦。>
T-bird大谷(G)と組んでデュオで。この夜は「ジャンゴ笹井&ガブリエル奥田」組に誘われて対バン出演したもの。わたし、大谷、笹井、奥田、いずれも毎週水曜日のお店のブルースセッションで顔を合わす仲間。実際、「それじゃ、一緒にやりましょう、ヨロシク!」などという話になったのも、ジャムセッションの時であった。
ジャンゴ笹井は近年「印ケロバンド」にて活動中。わたしがブルースを始めた頃から、いろいろなお店のジャムセッションで顔を合わせている。外見があまりにも若いので、実年齢を知った人には必ず驚かれる彼は、ブルースに限らず、幅広い音楽に親しんでいるのが伺われる。この夜も、ジャズ、ポップス、ブルースとバラエティに富んだ選曲だったが、60年代に爆発的に流行したマカロニウエスタン(イタリア製西部劇)の名曲も披露してくれた。彼の周には、音楽だけでなく、文学的な何かがいつも漂っている。そんな彼がときどき「ブルースは魂だ」というような右翼発言をする。ちょっと不思議な人である。
一方、ガブリエル奥田は比較的最近知り合ったつもりでいたのだが、実は、わたしがギターを再開しロックバンドを組んだいた10年くらい前に、彼に目撃されていたらしい。「ファイアーさん、あの頃、ジミヘンを...」と言われるたびに、身の細る思い。彼自身は「わたしがブルースをやると、ゲーリー・ムーアになっちゃうんですよね」とのことである。お店でのセッションでは、彼がドラムやベースを担当しているのしか見たことがなかったので、この夜、初めて彼のギターと歌を聴いた。ギターもよかったが、何よりもその美声に感服。ムード歌謡に流れないよう、矯正ギブスを嵌めて、本格派男性ブルースボーカリストに仕立てたいという願望がわたしの中で沸き起こる。さあ、どうなることだろう。
さて、わたしとT-bird大谷のコンビは3回目くらい。ギター2本のデュオの場合、バックに回った側が何をするべきなのか、研究の余地を大いに残しつつも大過なく(?)終了。わたしのギターは前々日の演奏よりは随分マシであったように思うが、挑戦したインストナンバーはまだまだである。インストナンバーは「発表会レベル」から脱却して、真に聞き応えのあるモノに仕上げなくては使い物にならないということはわかっているのだが..。
「『ライブ』と張り紙があるから入ってみた」という一見の酔客が場を荒らす。その応対に皆くたびれてしまった感があったが、わたし自身はこの夜の演奏を楽しませてもらった。みなさん、お疲れ様でした。
<画像:左−「大道・大谷組」、中央と右−「笹井・奥田組」>
同店にて隔月開催のファイアー大道企画、「ブルース小編成ナイト」。この夜は「デュオ特集」。ハモニカとギターのコンビ2組(「営業のサクマ&石田よーすけ」「ジョーカー小澤&ジャズ高橋」)と「ファイアー大道&タッド三浦」のエレキギターとスチールギターのコンビとで、計3組の出演。出演予定だったドコ山岡は急病(大人水疱瘡)のため、残念ながら欠席。
こじんまりとした場末の飲み屋に、決して多くはないけれども演奏仲間や店の常連客が集まってくれて、この夜も楽しく終了。今回はそれほど目新しいテーマ(デュオ特集)ではなかったものの、時にはものめずらしいテーマも織り交ぜて、出演者にとっても来場者にとっても、楽しく刺激的な企画として続けていきたい。
リトルシゲル(G),石田律子(H),三上寿一(B),藤井雅之(D)のメンバーで2ステージ。平日でメンバーが早く集まれないので、同店の通常の開演時間を遅らせてもらい8時半スタート。
1ステージ目はアンプの調整が悪く、ほぼ全メンバーから「低音が出すぎ」と警告を受ける!2ステージ目は改善されたと思うが、何ともロック調な音であった。尤も、この日はバンド全体のサウンド自体が音量も大きくロック調であった。演奏がやや荒くなったようにも思う。まあ、そんなこともあるだろう。
2ステージ目の後半に、いつものように仕事帰りに寄ってくれた石田陽介をステージに招く。ギターを彼にあずけて、マイクを握って前に出る。この日は2年ぶりくらいにKさんが聴きに来てくださっていた。お連れくださったUさんは、わたしたちメンバーが皆知っているブルース仲間の知人とのこと。何とも楽しいことである。同店での演奏も慣れてきたので、次回(7月)のステージは、演出も一工夫するつもりである。
「フードゥーガールズ」として。すなわち、大道敏子(G&V)、石田律子(H)、田村奈津子(B)、長嶺章子(D)、そしてこの夜はこの4人に砂金浩子(V&Sax)が加わった。背丈も胴回りの太さも、年齢もマチマチな5人がステージに。
この日は、わたしたちの演奏2ステージの間に「スラッピードランクス」のステージが組まれて、にぎやかな夜になった。ナイスミドルな彼ら、途中でギターアンプのコンセントが抜けるというハプニングで、むしろ店内が和んだり、彼らの応援に駆けつけたご友人たちの掛け声で盛り上がったりと、ヒートアップする。そんな次第で、店内もすっかり暖まり、「フードゥーガールズ」も最終ステージはのびのび演奏。多くの来場者にも恵まれた。
いつもは別々に様々なプレイヤーと演奏しているメンバーが、集まってみたら全員女性だった面白さで「フードゥーガールズ」という名前をつけたのが始まりのこの集団。この先も楽しみながらも切磋琢磨で続けていきたい。
定例ジャムセッション。わたしが月1回のペースで司会進行役をするようになって、もうどのくらいたっただろうか。さて、この夜は参加者少なめではあったが、中堅どころの常連たちが集まっていたので、ボーカル修行中の女性たちはたっぷり歌唱研究に励めたように思う。
4ヶ月ぶりの名古屋スローブルース。今回もチャビー小林氏が諸事取り仕切ってくれた。この夜の出演はわたしのセットを含めて3組。総勢11名の参加で賑やかに。
トップバッター、「レッド・ダート・ブギー・シスターズ(赤土姉妹)」は、アコスティックギターを抱えた女性2人組。ぜひ一度聞いてみたかったので、共演に大満足のわたし。衣裳もさりげなくウエスタンテイストに決めた2人がステージに並んで座っているのを見るだけでも、ほんわりとしてくる。2人ともとても自然な雰囲気・佇まいで好感度バツグン。2人で交互にメインボーカルとコーラスを取り、聞くものを飽きさせない。ギターパートの振り分けもしっかりと安定している。ひとみ嬢(ステージ向かって左、妹分)の声はノビとハリがあって堂々としている。ボトルネック奏法も披露してくれた。一方、あき嬢(ステージ向かって右、姉貴分)が主にステージ進行も担当し、ひとみ嬢のボーカルをギターで支えている。また、演奏される曲は70年代アメリカンロックのエバーグリーンといったものばかりで、わたしも一緒に口ずさむ。ぜひ、また聴きたい2人組みだった。
次は「ファイアー大道組」。柴山聖象(G)、佐藤ケンタロー(K)、ストーミー万太郎(B)、羽田均(D)の名古屋のプレイヤーたちと。柴山聖像君はまもなく、新たな音楽生活のためにニューオリンズに向けて旅だつ。出発前にもう一度会いたかったのである。フュージョン系の難しいギター(!)を弾いてきた彼が、最近はブルースにも大いに関心があるらしい。アメリカでさらに腕を磨くことだろう。ところで、座長のわたしはといえば、演奏時間を超過してしまう。普段はあまりこういうミスをしない方なのだが、はっと時計を見ると1時間15分も演奏してしまっていた。こういうときは、「何かしっくりこないせいで、それを取り戻そうとして演奏が長引く」パターンである。演奏しなくてもよいものが少なくとも2曲あったなぁと思う。いやはや、深く反省。とはいえ、サポートメンバーは皆熱演。ケンタロー君のピアノ主導で3曲歌ったが、積極的で的確な彼のピアノにはいつも助けられる。
わたしの演奏が長すぎて、何とも慌しくスタートしたこの夜の最後の出演者は「アフターアワーズ」。チャビー小林(V&G)、ペコ小林(K&V)、村上聡志(B)、マイケル下山(D)による新編成ユニットとのこと。村上、下山のご両人には始めてお会いしたが、共通の知人もいて、やはり「スモールワールド」を実感する。安定した演奏で聞く側も大いにリラックス。チャビーさんのギターはギブソンES330。彼のサウンドはいつも美しい。このギターでの音作りには年季が入っているんだろうなぁ思う。この日、わたしもP90搭載のカジノを持参していたのだけれど..。さて、このセットにも柴山聖像君、ステージに呼ばれて登場。チャビーさんからの壮行を受ける。
夜行バスの出発時間に急かされて、「アフターアワーズ」の演奏後半に退場のわたし。自分の演奏時間が長すぎたのがいけなかった。しかも、バタバタとお店を辞することになり、共演の皆さんに申し訳ない限り。満席のお客さん、ありがとうございました。次回はきっと、演奏時間を守り、演奏後もゆっくりしたいと思います。
<画像:上段左・中央「ファイアー組」、上段右「赤土姉妹」、下段「アフターアワーズ」>
月一度の演奏の阿佐ヶ谷シカゴ。いつもと違うのは、大阪在住のベーシスト、垣内正秀氏が参加してくれたこと。翌日のソウルイベントライブのために上京中の彼を捕獲し、デュオを編成したのである。そして、この夜がさらにいつもと違ったのは、「原本ミンコ&ベジ谷口」のコンピにも、同店デビューしてもらい、盛り上げてもらったためでもある。
垣内、大道ともに、既に十分なアルコールが体内を巡っていたこともあり、演奏が始まった時には「二日酔い」のような気分。わたしも演奏が少々荒くなり、また予定していた新レパートリーも「こりゃ、失敗しそうだ」ということでとりやめたりしたものの、久しぶりに垣内マー坊と一緒に演奏できて嬉しかったのであった。律子夫人と遊びに寄ってくれた石田陽介君にもチョッコリ登場してもらったり、演奏者、お客さん、みんなでワイワイ楽しく終了。この夜も、「ブルガキーチャンペンスキー」が「対バン」であった。
蛇足ながら、この夜の仲間たちが退けた後、遅くに来店したJと飲むうちに、わたし、終電を逃す。しかし、Jは終電に間に合うというので帰っていった。すると、今度は他店での演奏を終えたTがやってきた。「こりゃ、始発待ちだぁ」と彼と話していたら、隣で飲んでいたK女史が、「じゃ、家においでよ」と誘ってくれる。阿佐ヶ谷から上井草に所を変え、彼女の自宅で再飲。という次第で、この日の前半は確かに「垣内正秀」がテーマだったのだが、深夜以降はまったく違うテーマに移行していたような気がする。予定より12時間遅れて、新宿区の自宅に辿り着いた。
<画像:上段-「ミンコ&べジ」の30代コンビ。下段-「大道&垣内」の40代崖っぷちコンビ。>
千葉県我孫子市に、初めて降り立つ。お店「一期」ももちろん初めて。JR常磐線の「天王台」駅を降りて10分ほど歩いて到着。靴を脱いでお店に上がる。板敷きのカウンター席の奥に20畳くらいの座敷がある。お店はまさに「和」の料理店なのだが、わたしが店に到着すると、その座敷の「床の間」あたりに、アンプやマイクを立ててステージが作られていた。
カモネギたかひろは、古くからの仲間だが、成田在住だから日頃はあまり一緒の機会がない。けれども、この夜のような面白い企画を立てては、ときどき呼んでくれる。今回の演奏は、彼の友人であるS女史の紹介によるもの。この店の常連だったS女史が、「ここでもライブ演奏できそうね。」とマスターに話しかけたところ、これまで2回ほど実際にイベントとしてやったことがあると聞き、「それならブルースもいかが?」と提案してくださったそうだ。大手音響機器輸入・卸販売企業に勤めるカモネギは、この種の「手作りライブ」にめっぽう強く、いつもテキパキと現場を作り上げてくれるのだ。
さて、今回この場に集まったのは、わたしとカモネギの他、リトルシゲル(G)と鈴木健(D)。リトルシゲルとカモネギは両人ともギター、ベースの両方に秀でているので、1ステージ目と2ステージ目でパートをスイッチする。通常は日曜定休だそうだが、この夜は完全予約制の「メンバーズ・オンリー」、お集まりの20数名のお客さんたちにブルースを楽しんでいただいた。カモネギのいつもの抱腹絶倒マシンガントークや、お店のアルバイトY君の1曲飛び入りなので賑やかに盛り上がる。出演のわたしたちも幕間に美味しい料理をいただき、ビールもたっぷり飲ませていただいて、ハッピーなひととき。皆さん、ありがとうございました。
<画像:お店の概観、演奏風景、客席、マスターetc.。>
前年に引き続き、「高槻ジャズストリート」に参加。2008年は10周年とのことである。市民ボランティアから成る実行委員会によって運営されるこの無料音楽フェスティバルは毎年ゴールデンウィークの開催だ。
わたしはこれまで、毎年9月上旬に仙台市で開催される「仙台定禅寺ストリートジャズフェスティバル」に過去7回参加している。仙台と高槻のフェスティバルの大きな違いは、仙台では市内の各所に主に野外特設ステージが組まれるのに対して、高槻ではその種の特設ステージの他、市内の既存のパブ、バー、クラブなどをそのまま利用するという点にあるように思う。実際、わたしが前回同様今回も演奏した場所は、「RUSH」というジャズクラブだ。バンドスタイルのブルースが始まると、お客さんがわっとステージ前に山と集まり、後ろのボックス席からはステージが全く見えないほどである。
さて、わたしがこの演奏会場に到着したときは、ちょうど「フェイント上岡&チェリーボーイズ」が出演中。フェイント上岡氏がギターを抱え、大群集の中を練り歩いているところで、目と目が合う。「(わたし、荷物を床に置きつつ)おお、熱演ご苦労はんです!」「(フェイント、ギターを弾きながら)あらあら、無事到着ご苦労はんです!」といったところか。
今回のわたしのサポートメンバーは、昨年と同じ、フェイス金岡(G)、コーヒー北村(B)、藤井雅之(D)の3名。東京からのバスが予定時間を大幅に遅れて到着したため、わたしが店に辿り着いたのは演奏開始30分前くらい。メンバーとの挨拶もそこそこに演奏開始。演奏内容はどうであったろうか。演奏後メンバーと反省を兼ねて、練習方法等諸々語り合う。
ところで、会場では久しぶりに和装の麗人Y嬢や、名古屋在住のI子さん、東京のH姉妹など、思いがけない人々に声をかけられてびっくりするやら嬉しいやら。そして、演奏中は大阪のブルースプレイヤーたちがステージ前方に陣取り、熱い応援で盛り上げてくれたことは言うまでもない。わたしも自分の演奏後はいくつかの会場に立ち寄ったが、何せ、高槻市到着が思いのほか遅くなったため、あまり多くは回れなかったのであった。
<画像右上:大勢の来場者でステージが見えない店内風景>
<画像下:提供-ベジ谷口、「ファイアー大道ブルースバンド」左より北村、藤井、大道、金岡>
田中祥子(Harmonica)、萱野みあ(B)、水野恵子(D)の浪速の女性たちと。萱野・水野の両名とは既に何度か一緒に演奏しているが、田中祥子とは今回初顔合わせ。昨年秋のイベント「イノシシ祭り」で知り合った若いハーピストだ。東京で女子チームで演奏するときには、「フードゥーガールズ」と名乗っているので、この夜は、便宜上、「フードゥーガールズ・関西編」とさせてもらった。さて、実際に音を出してみると、思っていたとおり、みな気合のこもった演奏で、わたしも自ずと力がこもった。演奏中は彼女たちから、文字どおり、エネルギーをもらっているような気がしていた。
連休中でもあり、高槻のフェスティバルの直後でもあり、来場者も多くないだろうと思っていたが、「対バン」出演してくださった「クラブ・オーイェー」の応援団(?)の方々のお陰で大いに賑やかな夜にしていただいた。ちなみに「クラブ・オーイェー」は同店デビューとのこと。フロントギター2名の激しい掛け合い、飛び入り乱入ゲストボーカル等、推定平均年齢47歳の若々しいステージ(!)であった。
<画像提供:Ms.ろほず、上段左-「クラブ・オーイェー」、上段右-「フードゥーガールズ・関西編」>
<下段-「フードゥーガールズ・関西編」左より大道、田中、萱野、水野>
「高槻ジャズストリート」に絡めて帰省中の2人、コーヒー北村(B)、藤井雅之(D)に長岡周平(G)を加えて4人で演奏。長岡周平君とは昨年のイベント「イノシシ祭り」で知り合った。
「対バン」は「bluz-it」、すなわち、水野ヨシ(G)、三木あきら(B)、水野恵子(D)。聞くと、若いベースの三木君が加わって主にトリオで演奏しているのはここ8ヶ月くらいだそうだ。全員がボーカルをとるが、基本的には、ヨシ君のギターが聞かせどころのバンドだ。とはいえ、ベースもドラムも十二分にアグレッシブ、迫力満点であった。
演奏後、「先輩に向かって失礼を承知ながら…」と恐縮されつつ、「ファイアー大道ショーに欠けているもの」の指摘を受ける。ややもすると忘れてしまう、自分の弱点を再認識する。「わたしに面と向かって文句を言う年下は、Kちゃん、あなたと、東京のベーシストM子だけだよ、ハハハ!」などと、わたしも愉快になるけれども、よくよく考えれば「いやぁ、やっぱり、みんなわかってるんだよなぁ!」と痛く反省。実際、この日は一緒に演奏できなかったが、ギターのFにも会うたびに言われるのだ、真に説得力のあるギターを弾けるためにはどうすればよいのか、もっと研究しなければいけない、と。
というわけで、若い者たちにハッパを掛けられた3日間の演奏であった。
ところで、思いがけない再会はまだあって、群馬の高野一郎君(G)がこれから大阪で所帯を持ち、大阪で活動していくとのことだった。千葉での演奏で知り合った北海道出身のK君も、北海道を離れて大阪に移り、ぼちぼちジャムセッションなどで活動を再開したというし、いやはや、ブルースプレイヤー内では「大阪移住」は小さなブームなのかな?
<画像:上段左より、三木&ヨシ、恵子、大道、下段左より北村、藤井、長岡>
<画像右下:高野カップル>
3ヶ月ぶりの同店での演奏。今回も「タッド三浦ブルースショー(ソロ)」の前座として同行した。
「近いうちに店内の幅を1メートル半拡張する」と、前回お邪魔したときに聞いていたが、今回店内に入ると、果たして、しっかり店内拡張していてビックリ。カウンター席の他に、ボックス席も設えられ、「19世紀末南西部のアメリカ酒場」の雰囲気がますます濃厚になった。「日曜大工」もここまで来ると大変なものである!
今回、師匠タッド三浦はリゾネータ付ギター(俗称ドブロ)を持参。ボトルネック奏法なども披露しつつ、モダンブルーススタイルの時には、わたしが持参したエレキギター(バードランド)を使った。前座演奏のわたしは、途中で師匠にサイドギターで加わってもらった。
<画像:演奏終了後の「フォー・リーフ・クローバー」店内風景>
山梨県ミニツアー2日目。地元若者のリーダー格の村松氏の経営するバー。木造りの内装、壁に吊られた棚にズラリと並んだハードリカー、仄暗い照明。マスターがハーレー乗りのせいなのだろうか、「レディ・エラ」などという名前の割には、まことに男臭い店なのである。
それでも今回は客席に女性が3人も(!)いて、わたしはちょっとホッコリする。この日も、わたしの前座演奏では、タッド三浦にも横でギターを弾いてもらった。やはり完全ソロよりも、グルーブが出て、わたし自身も調子に乗れる。そんなわけで、パフォーマンスとしては、前回の「ファイアー前座コーナー」よりも活気があったはずである。とはいえ、ソロで客席を「0」からヒートアップさせることができるように、早くなりたいものである、トホホ。
さて、師匠はこの日もモダンスタイルと戦前派スタイルをとりまぜてのソロ演奏。こじんまりした同店では、リゾネータギターが完全アンプラグドでその実力(音の大きさ)を発揮。通常のアコスティックギターで、なかなか十分なパワーやグルーブが出せずにモガイテいるわたし、こういうギターを使ってみるのも一案かも、などと考えていた。
<画像右上:宣伝用ポスター(大道作)>
<画像左下:演奏開始前の「レディ・エラ」店内風景>
「CHA-TA-D」(同店オーナーのちゃた嬢とタッド三浦による同店限定ユニット)ショーの前座として、「るびぃえいこ」登場。そのバッキングメンバーとして、わたしも参加した。ギター2本だったのだが、相方ギターのMに任せるのか、わたしがもっと前に出た方がよいのか、何とも決着がつかぬまま、中途半端に終わってしまった感じであった。しかし、るびぃ嬢本人は「セッションの時などより、歌いやすかった」とのこと。いやはや、カタジケナイ。また機会があれば再挑戦してみたい。
久しぶりに長浜太郎のサイドギターで。安心して演奏できるのはよいが、わたし自身が楽をしすぎることになるかな?
数年前に大企業に就職して以来、ハードなサラリーマン生活を送っているエース玉井君がぷらりと寄ってくれたので、2部の最後では彼にギターを託して数曲弾いてもらった。
<画像:左-2部最後の演奏風景、右-エース玉井(左)と長浜太郎(右)>
「TAKE-WOO & THE NG's 」、すなわち、TAKE-WOO(竹内悟)G&V、野間イチロー(B&V) 渡辺さとし(D&V) の3人を「対バン」に迎えて。
「ファイアー組」は、上記バンドよりベースとドラムのリズム隊を借りて、石田律子(Harmonica)、砂金浩子(Saxphone&V)とまず1セット。最終の第3セットにはこれに石田陽介(G)が加わった。最終セットでは、ギターをほとんど石田陽介に任せて、わたしは歌と司会進行に専念。ここ1、2年、折にふれてわたしのバックでギターを弾いてくれる石田陽介なので、イントロ出しやエンディングも安心。
また、久しぶりに共演した渡辺さとし&野間イチローの両君のナイスなサポートも心地よく、ギターを手放した最終セットは、バックのメンバーの演奏をゆとりをもって聞くこともでき、楽しませてももらったのであった。
<画像:左-「ファイアー組」、右-「TAKE-WOO組」>
定例ジャムセッションの司会進行役。初参加2名と常連をあわせて10名の参加。
<画像:セッション風景>
2008年は2月に1度のペースで演奏している、渋谷ブルーヒート、金曜日のノーチャージディ。前回(3月)の「リベンジ」のつもりで、前回と同じメンバーで望む。すなわち、伊藤敦(B)、バットマン小森(D)とのトリオである。
わたしは、この日はまず、アンプのセッティングを、某ギタリストのアドバイスどおりに行う。金曜日は「小音量」と思い込みすぎて、あまりにも音が小さくなるのを避けて、ベースの伊藤君にも「(思っているより)大きめに」と指示する。結局、「演奏そのもの」には関わらない、こんなことがプラスにもなるのである、演奏終了後、ドラムのバットマンに「(ひどかった)前回よりは、今回は随分マシだった」と言われる。やれやれ。
演奏仲間数名の他、ぶらりと立寄った風情のサラリーマンブルースファンなどで、ことのほか客席が賑わって有難い限り。ある種の「鬼門」になっていた同店での演奏、もう1、2度、さらにすっきりクリアーして、遺恨を残さないようにしたいものである。
<画像:最近、またよく使っているエピフォン・カジノ日本製>
ソロで短めの演奏をするつもりでいたが、他の出演者であったキミ望月(G)の相方ギターが欠席ということを知り、「それじゃぁ、一緒にやろう」ということで、急遽「ファイアー&キミ」を編成する。キミ望月は「BLUES T.A.D.」の仲間だから、お互いに手の内はわかっているようなものなのだが、結果としては、なんともガチャガチャした演奏になってしまった。そんな次第で、来月もタグを組んで「リベンジ」に挑戦することとなる。
この夜は「長浜太郎組(トリオ)」も出演。1時間たっぷりのステージで聴きごたえがあった。ところで、大阪在住、和装のブルースマニアY子さんが立寄ってくださった。高円寺で既に一つライブを聴いてきたとのこと。せっかく寄っていただいたのに、演奏のデキがイマイチだったのは残念だった。来月はやっぱり「リベンジ」だ!
<画像:左ー長浜組、中ーファイアー&キミ、右ーY子さんと>
初めてのお店。以前からその存在は知っていたもののの、自宅から少し遠いこともあって、これまで縁がなかった。そんなおり、ハモニカのサクマさんが「ぼくら(「サクマとケンタロ+BB」)のライブにゲストでおいでよ」と誘ってくださり、とうとう足を踏み入れることができた江古田倶楽部。「頑固なブルース親父が経営している(!)」という噂のせいで、何となく殺風景な店内を想像していたのだが、なんのなんの、椅子もカウンターもテーブルも暖かい木造で、洒落すぎてもいず、しかし、適度にきちんとしていて居心地のよい空間。
そんな店の暖かい雰囲気と「サクマとケンタロ+BB」の和やかなチームワークのおかげで、わたしも楽しくゲスト出演。サクマさんは先般の「FIHハーモニカコンテスト2008」で優秀賞(第2位)を獲得したときの演奏曲を披露し、また、芦屋ケンタロさんも新レパートリーに挑戦。そんな二人をかげで支えているキーボードのBB。
ラストは聞きに来てくださっていたお店のご常連なども混ざって和気藹々と。「『江古田倶楽部』で演奏したら?」と薦めてくださっていた平和台在住のKさん、自転車で来てくださった。また、草加市から電車を乗りついて来てくださったM嬢には、写真を取ってもらったり、演奏を録音してもらったばかりでなく、タバコやビールまでご馳走になる。また、同店で演奏活動しているという、もう一人のM嬢とも記念撮影。ちょっとのんびりしすすぎて、新宿から先の地下鉄が無くなってしまい、40分歩いて帰宅したのであった。
<画像左と中央提供ーミカさん。画像右提供ーもう一人のミカさん>
2月に1度のファイアー大道企画、ブルース小編成ナイト。この夜の出演は、初登場の「円城寺重之(G&Harmonica)」、「TK(G&Harmonica)」、「K.O.小泉(G)&ジャズ高橋(Harmonica)」。他には既に同店でお馴染みの「石田陽介(G)&律子(Harmonica)」。
「スタックハウス」では、リーダーとしてボーカル&ハモニカを担当している円城寺重之は、実は、知る人ぞ知るギター弾きでもある。「(出演を誘われて)久しぶりに練習しましたよ!」というアコスティックギターのソロ弾き語りは、本邦初公開(?)とは思えない完成度。「歌とギターとハモニカを全部一緒にはできない」と言って、ハモニカはハモニカだけで吹き語りも披露。やんやの喝采となった。
一方、TKは「TK&ブルースブラスターズ」のリーダー。やはりバンドの中ではハモニカとボーカルの担当だ。R&Bやソウルナンバーも得意とするいつものバンドスタイルの彼とは、まったく異なる印象を与えるソロスタイルを見せてくれた。アコスティックギターを抱え、ホルダーをつけてハモニカを吹き、歌う。このソロ3点セットはなかなか難しいことを、皆知っているので、大いに感心し声援する。ギターはここ数年で覚えたとのこと。ソロとして芸風を広げようとしている意欲と、ステージではどんなことがあろうともイニシアチブを維持して踏みとどまろうとする姿勢に感服。
「K.O.小泉」も日頃のモダンブルースのバンドスタイルとは一味違う芸風を模索中。ハモニカの「ジャズ高橋」と組んで、最近、演奏の機会を増やしているようだ。司会進行のわたしの不注意で、千葉から来ている「K.O.小泉」の出演を一番最後にしてしまったために、慌ただしい演奏をさせてしまった。次の機会にはゆとりを持って演奏できるように配慮させてもらうことで、今回の不手際の容赦を乞う次第。
さて、「石田陽介&律子」のコンビは既に同店ではお馴染み。安定感のある演奏だった。これに対して、最初と最後に登場するわたしが、何とも、情けない演奏であった。アコスティックギター、右手にも左手にも馴染まず、また、集中力もすこぶる散漫で自分でも何故こんなことになっているのか恐ろしくなる始末。そのくせ、演奏終了後は、自転車で参加している数名で終電を気にすることなく、飲み行為には大いに集中したのであった。
ところで、前年の夏に購入以来愛用のデジカメが突然壊れてしまい、いつものように出演者の画像を当HPにアップできなくなってしまった。残念至極である!
2年ぶりに開かれた「ぎばナイト」。富山のシンガー、ぎば嬢の上京に合わせて、同店の常連を中心にシンガーソングライター系のミュージシャンが集まるライブパーティー。わたしは、同門のカモネギに誘われて3、4年前からこの集まりに顔を出すようになった。演奏スタイルが違うこともあり、普段ほとんど会わない皆さんに再会。「あ、Eさん!」「あ、Mさん!」などと誠に久しぶり。わたしは一人で出かけたが、ギターのポン榎戸君(2年ぶりの再会!)、ドラムの佐藤ケンケン(これまた2年ぶり!!)らと即席バンドを編成。ベースには、そこにいたTさんを拉致。この後、少し送れて到着したカモネギのセットでも、サイドギターで参加させてもらった。
ところで、この前夜、友人宅でのパーティーにて鯨飲していたわたし。この日、実は朝からすこぶる体調が悪く、ほぼ半日ベッドの上で寝たきりであった。せっかくのぎば嬢との再会だったけれど、ビール一杯飲むことなく、終電で大人しく帰宅。ライブパーティーっていうのは、ビールがジャンジャン飲める体調でなくちゃダメだ、と痛感した夜であった。
お店の定例ジャムセッション司会進行役。前月同様、初来店の2名を含む10名の参加。若いK君にも久しぶりに会う。ギターがまた上達していた。
ぶらりと寄ってくれた藤井充俊をつかまえて二人で。他の出演は「ブルースホッピーズ」「森元大輔」。
「BLUES T.A.D.(ブルース・ティ・エー・ディー)」のショータイム特別編。「一晩に全員出演」がコンセプト。そこで「BLUES T.A.D.」のメンバーは、それぞれの現住所にしたがって、「京浜組」「埼玉組」「千葉組」「東京組」の4つに振り分けられて演奏することになった。わたしは「東京組」。東京都内在住にもかかわらず、「埼玉組」に編入される者もあって、「ボク、西東京市(東京都)なんだけど、『埼玉組だ』って言われた」のだそうだ。
古参メンバーのガッツ山口がギターをベースに持ち替えて、比較的新しいメンバー、原本ミンコとパピトール岩岸をサポート。ミンコはレパートリーも増えて好調。パピトールのボーカル曲も聞きたかったかな?
- 京浜組―原本(V&G)、岩岸(G)、山口(B)、鈴木(D)
全員男子の硬派カルテットと思ったら、演奏前にメンバー同士でテキーラで乾杯したり、妙にイチャイチャしている。数日前にメンバーでホルモン焼きを食べて義兄弟の杯(?)を交わしたらしい。リトルシゲルがベースを担当して、KO小泉とエース玉井に思う存分ギターを弾かせる。聴き応えのあるステージだった。
- 千葉組―小泉(V&G)、玉井(V&G)、宮本(B)、宮藤(D)
比較的新しいメンバーの多い組で、ドコ山岡がリーダーとなってステージをとりまとめている。バットマン小森は「BLUES T.A.D.」の客員ドラマー。ベースは普段ギターのジョーカー小沢が担当。長島えいこ(るびぃ)はゴージャスなドレス姿で大サービス。このチームは事前に何度か集まっては練習をしたり、酒盛りをしていたらしい。家族が聞きに来てくれたメンバーもあった。
- 埼玉組―山岡(G)、伊東(V&G)、永池(V&G)、高橋(H)、長島(V)、小沢(B)、小森(D)
師匠のタッド三浦がドラム、古参メンバー矢作厚夫がベース。キミ望月をメインにしつつ、他のギタリストも随時登場。わたしはマイクを握って交通整理役。ショータイムの最後のセットでもあったので、後半盛り上げる。
- 東京組―望月(V&G)、大道(V)、永井(V&G)、藤井(V&G)、石田(G)、矢作(B)、伊藤(B)、三浦(D)
毎月顔を合わせている仲間であり、お互いにお互いの演奏はよく聞いているから、わたしは「あまり新鮮味がないんじゃないかなぁ」とも思っていたが、実際にやってみると思いのほか面白かった。皆も「内輪のパーティー」にならぬよう配慮を欠かさなかったように思う。実際、一般のお客さんにも楽しめてもらえたようだ。この先も同様の企画ライブがありそうだが、趣向を凝らしつつ、さらに有意味なショータイムにしていきたいものである。
<加工以前の当夜の画像は、 ここに格納されています。>
キミ望月のサイドギターとして前回のリベンジのつもりでデュオで。わたしは完全に黒子として、声を発さぬのみならず、店のレイアウトの都合上、姿も見えなかったはず。ステージ構成や演奏スタイルなどに悩み深き(?)キミ氏、この夜は40分弱大健闘。苦手というマイクの前でも、いつになく、言葉数が多かった。尤も、「つまんない話をいくらしてもダメだよ」なんて、辛口のわたしではあったのだが、おしなべて、前回よりは2人とも落ち着いて演奏できたと思う。