
2月に1度のファイアー企画、ブルース小編成ナイト。いつもは大勢の出演者でワイワイやっているのだが、今回は、出演者タッド三浦とわたしだけ。たまにはこんなのもいいだろう。それぞれのソロで1ステージづつ、最期に2人で1ステージ。わたしはエレキ(フルアコ)を持参。タッド三浦はリゾネーターギターとラップスチールギター。最近はこれらの楽器を研究中らしい。店のマスター、ハタさんもかねてからスチールギターに関心があるとのことで、演奏後何やら話し込んでいた。一方、わたしはご常連のYさんから、「60年代日本における外国ミュージシャン興行に関する一報告」というようなお話を伺いつつ、同郷(北海道)ゆえに分かり合える地域の話題に興じたのであった。
<画像:タッド三浦、リゾネーターギター演奏中>
札幌市北部にある「北24条」。札幌オリンピック(1972年)開催にあわせて市営地下鉄が操業される以前、「北24条」は市内を走る路面電車の北の終着駅であった。そんなせいで「北24条」は昔から場末な飲屋街として発展している。札幌の有名な歓楽街「すすきの」より、ずっと庶民的な地区である。
「おいしんぼ」はそんな「北24条」の駅のすぐ近く。雑居ビルの2階にある。わたしが店に着くと、もう既にお客さんが溢れている。この夜は、地元のミュージシャンたちも大勢出演するライブイベントナイト。マスターが音楽好きの店には音楽好きが集まるもの。店に置かれたギターを誰か彼かが抱えて歌っているような居酒屋なのだ。
そんなご常連とマスターが、わたしをメインに迎えてイベントにしてくださった。実際には、札幌在住の仲間、久保タクマが取りまとめてくれたのである。彼はいわば「ブルース・T.A.D.」札幌師範代のような存在で、ここ数年、タッド三浦が北海道で演奏するときには常に同行している。わたしの息子のような歳だが、歌もギターもハモニカも素晴らしく、なおかつ、去年初めて会ったときから、何かと「しっかりしてるなぁ!」と感心させられている青年である。そうこうするうちに、今度はサックスの下野タケシも登場。握手で再会。彼もまた、タッド三浦に薫陶を受けているブルースプレイヤー。この長身の好青年は、大変なブルースオタクらしい。この大道、久保、下野の3人で演奏するのかと思っていたら、豪華にもベースも入るという。女性ベーシスト、ベーベ。「三浦さんに怒られてばかりいました..。」とのことで、彼女も昨年タッド三浦と演奏していたのであった。
熱気ムンムンの中、わたしたちは1時間弱の演奏。みなさん、熱心に聞いてくださる。「タッドさんのお弟子さんでしょ?」とご常連から声を掛けられ、マスターからしこたまビールを注いでもらい、演奏後も楽しく歓談。店のママが「トシコ」さんだというのも嬉しくて、写真をパチパチ。また、この夜は、北海道大時代の後輩たちもやってきてくれた。学生として、また教職員としてこの大学に在籍していた10数年、わたしは音楽活動などしていなかったから、今や研究職に就いている後輩たちは「ファイアー」になった「大道さん」を見てびっくりしているのであった。ワハハ!
苫小牧はスケートが盛んな町。アイスホッケーの強豪チームがある。札幌からは普通電車で1時間15分くらいである。この日は下野タケシ(Sax)と二人。
わたしが「マジックサム」と出会ったのはインターネット。「あれ、苫小牧にもブルースバーがある!」早速マスターに連絡を取り、出演の快諾をもらう。「『(トラディショナルな)ブルース(ライブ)』は久しぶりなので楽しみにしていますよ!」とマスターから連絡をもらっていたので、わたしも楽しみに出かける。マスター自身もブルースプレイヤーなのだ。
店は市内飲屋街の一角の「2条プラザ」ビルにある。店の入口には「Black Music MAGIC SAM」という看板。15〜20席のこじんまりとしたバーだが、L字型が2つ繋がったようなカウンターも立派で洒落ている。カウンター内の「Sam's Magic」というネオン管も美しい。ライブ演奏は不定期に行っているらしいが、アンプやPA設の他、アップライトピアノも設置されている。時にはスネアドラムも入るらしい。21年続いているというのだから、ブルースバーとしては老舗のはずだが、どうして今まで聞いたこともなかったのか不思議なくらいである。
さて、1ステージ目はまず下野タケシとのデュオで40分くらい。休憩の後、マスターをギターに迎えて3人で1時間弱。アンコールはリクエストにより「I'd Rather Go Blind」。リクエストをくれたK嬢自らが、ラストコーラスを歌ってくれる。後で聞いたら、彼女も地元でブルースを中心に演奏活動をしているのであった。また、このとき、客席からはIさんもギターとして飛び入り。ほどよく満員の客席と一つになって終了。
マスターのヘンさんはわたしより3つ年上とのこと。初対面なのに気が張らないのは同郷のよしみ?いやいや、それ以上に、なんだか優しい人なのだ。それで結局話に花が咲き、お客さんが三々五々帰路についた後も、ギターのIさんと、大道、下野、マスターで朝を迎えることに。マスターからは事前に店の上階の部屋で寝てくださいと案内されていたのだけれど!朝7時前に元気よく店を辞した、大道、下野の2名。温泉オタクにもなりつつある下野青年は、登別を目指してわたしと逆方向の電車に乗ったが、寝過ごさずに目的地に到着したのだろうか?
ところで、「マジックサム」には、この前夜同様、わたしの北大学大学院時代の懐かしい仲間が聞きにきてくれた。今は大学教授の二人、やはり「ファイアー」になった「おおみっちゃん」にたまげた様子。ワハハ!「おおみっちゃん、思っていたより上手いわ、驚いた。けど、せめてその髪さ、もうちょっとクルクルするとかフワフワするとかしたらいいんでないかい?」とのこと。ワハハ、考えてみます。わざわざ苫小牧市内に宿をとって聞きにきてくれたお二人。ありがとうございました!
苫小牧 MAGIC SAM マスター、HENさんのブログのレポートはここをクリック!
札幌市西区、市営地下鉄東西線「西28丁目」駅を降りてすぐのレストラン。カウンターを含めると40席ほどあるだろうか、開放感のある店内には、フルセットとのドラムが組まれており、バンドで演奏できる環境が整っている。このステージは、同店で定期的に演奏している久保タクマが仕切ってくれたもので、彼の友人、青田テツヤ(B)、タカ(D)の2人が参加して、わたしも久しぶりのバンドスタイルでの演奏となった。
この夜も、わたしの札幌時代の友人、後輩、教え子などが集まって声援してくれる。北海道を離れて今年で12年が経ったが、この間、実家も名古屋に移転していたような状態もあったため、北海道から縁遠くなっていた。わたしが北海道に戻るようになったのは、実は昨年から。名古屋で病気療養していた父が亡くなり、母がその遺骨を持って北海道に戻ったときからである。そんな次第で、今年は久々に「旧交を温める」機会が重なっているのだ。
演奏中、一際大きな拍手をし、熱心に演奏を聞いてくれるテーブル席に美女3人あり。「???」と思いつつ、1ステージ後近づいて挨拶すると、「大道先生!!」と言う。なんと、わたしが札幌市内のO短大で非常勤講師をしていたときの教え子たちであった。「大道先生が東京に行ってから、どうしているのかと思ってインターネットで検索してみたら、『ファイアー』になっていた」とのこと。ワハハ!以来、折にふれてわたしのHPをチェックしてくれていたとのこと。「一度お会いしたくて、この日を楽しみにしていました!」などと言ってくれる。嬉しくて泣けてくるではないか。いい加減な授業をしていたわたしをユルシテください!
ステージ上のわたしは、しばしば「学校の先生みたいだ」と言われるが、仕方がない、本当に先生だったのだ、思い出した!
客席で演奏を聞いてくださっていた札幌在住のミュージシャン、藤森かつおさんのブログにこの夜の言及があります。ここをクリック!
小樽は札幌の外港。北海道では函館と並んで人気の観光都市である。「フリーランス」はそんな港町小樽の老舗ジャズ喫茶。3階建て倉庫を改良したお店は、まるでドラマに登場する喫茶店そのもの。雰囲気バツグンである。
とはいえ、わたしは小樽に縁はなく、今回の演奏も、インターネット経由で自分で開拓したもの。「うちはジャズが主体なので、ブルースでどのくらいお客さんを呼べるかあまり自信はありませんが...」と言いつつも、マスターが引き受けてくださった。バンド編成にならなくとも、久保タクマがいれば何とかなるだろうと、2人で出かけたが、急遽、スネアドラムと改造カホンによるバスドラムをかかえて、ラバさん(桜庭ヨウイチ)が駆けつけてくれた。去年札幌で知り合ったドラマーである。トリオ編成(ギター2、ドラム1)と相成る。
「ここで下手を打つと二度と小樽に足を運べなくなりますので、ガンバリマス..」などとマイクの前で話す言葉はあながちウソではない。初めての店というのはそういうものである。しかも、人づてではなく、自分自身で乗り込んで行くときには力が入るわけだが、曲を続け、歌い続けるに従って、眼前のお客さんたちが体を揺らしたり、微笑んでくださるのが分かる。この夜も、1ステージ目が終わるときには、ステージと客席の間の壁が消えているのを感じることができた。
マスターが写真家ということもあり、小樽写真研究会の方々が真ん前で聞いてくださっていたのだが、その中でSさんがわたしのデジカメで写真を撮ってくださった。熱心に聞いてくださった若いグループは、近郊の朝里川温泉でガラス工房を経営している仲間で大のブルース好きだとか。実際、リーダーはアコスティックギターで演奏活動しているそうだ。他にも、「フェリーに乗るまでですけれど」と仰って、1ステージを楽しんでくださった関西からのツーリング客もあった。最後には手拍子やダンス、そして「ファイアー!」のかけ声も頂戴する。「お店始まって以来の盛り上がりですよ」と、おしぼりやビールを運んでくれた女性にボソリと囁かれて、わたし、デヘヘと喜ぶ。
お客さんは決して多くはなかったけれど、「小樽でもブルース!」の手応えを感じ、新しい出会いに楽しく暖かい心持ちになって、夜の港町を辞したわたしであった。
ブルースファンの若い硝子職人の工房「STUDIO J-45」のHPはここをクリック!
また、工房のリーダー馬場雅己さんのブログにこの夜の言及があります。ここをクリック!
成田在住のカモネギたかひろの誘いで「成田ふるさとまつり」での演奏に参加した。わたしは初めてお邪魔したので、現地に到着してみるまで、何がどうなっているのかまったく理解していなかったのだが、一日そこで過ごすうちにその概要がわかってきた。
かの有名な成田山新勝寺の門前町として栄えてきた旧市街に対して、国際空港開設以来、新興住宅地として発展してきたJR成田駅の西側が「ニュータウン」と呼ばれているが、「成田ふるさとまつり」はまさにこのニュータウンのお祭り。ニュータウン内の各地区が連合して実行委員会が結成されている。そんな次第で、地元の人々はこの祭りを「成田ニュータウンまつり」とも呼称しているようだ。
さて、このニュータウンの中心赤坂地区の緑溢れる大通りを、約500メートル、歩行者天国にして「祭りゾーン」がつくられている。車を閉め出したこの道路の両車線に、地区、町内会、有志などのによる模擬店がずらりと並んでいる(商業ベースの出店ではないせいか、生ビール300円、焼きそば200円というように、何でも案外安い)。また、この地区には「ボンベルタ」というデパートを中心とする商業施設があり、その前面に「中央ステージ」が組まれ、ここでアンパンマンショー、バンド、ダンスなど、さまざまなイベントが終日行われているのであった。
カモネギに「すべてお任せ」だったので、直前まで誰が来るのか知らないメンバーもいたらしい。例年、彼が率いるバンド「キング・ジョー」が出演していたのだが、今年はメンバーが揃わなかったらしい。いずれにせよ、この日集合したのは、カモネギ(V&G)の他、ファイアー大道(V&G)、白庄司孝(Sax&V)、あぷりこっとじゃむ(K)、コーヒー北村(B)、バットマン小森(D)。そして、これは「成田ブルースクラブバンド」と命名されていた!
わたしたち「成田ブルースクラブバンド」は、メインの「中央ステージ」での演奏の前に、「祭りゾーン」の端にセットされた2つの野外ステージのうちの一方で、まず、4時から1時間弱の演奏を1本行った。このステージではフュージョン、ハードロックなど、いろいろなジャンルの音楽を聞くことになった。今や業界一とも言われる成田市の楽器音響機器販売業者、「サ○ンド○ウス」の重役にして実動部隊のカモネギは、この種の音楽イベントの中心になって動き回っている。放送禁止用語を連発するパンクバンドが雄叫びをあげるたびに、ミキシングマシンの前から「大道さん、勘弁してください!」と誤りにくる。わたし、可笑しかった。
さて、いよいよ「中央ステージ」に移動して、このステージの最後の演奏となる。神奈川から来ているらしい、ビートルズのカバーバンドは完成度が高く、どこかのオールディズの店でプロもしくはセミプロとして活動しているのだろう。制服もコーラスもバッチリ決まっている。客席も大喜びであった。そんなバンドの後だったので、わたしたち「成田ブルースクラブバンド」のメンバーも大いに気合いが入った。どうやら、この「中央ステージ」、必ずしも毎回上がれるというわけではないらしい。10年以上、ほぼ毎年参加しているカモネギも「9年ぶり」の「中央ステージ」ということで、大いに感動し、ステージの上下を動き回り、大熱演であった(尤も、彼の体内に蓄積されていたアルコール量が相当だったせいもあり、演奏終了後、メンバーから少々お小言も頂戴した彼である)!
長い一日だったはずなのだが、意外に時の過ぎるが早く、あっという間の感じであった。何から何までやってくれたカモネギ、お疲れさま、そして、ありがとう。
<画像上:「成田ふるさとまつり」風景>
<画像中:「成田ふるさとまつり」実行委員会のサイトに掲載されたもの。バットマン小森が欠けている!>
<画像下:「成田ブルースクラブバンド」の中央ステージでの演奏風景>
高田馬場ディグライト、八月の「ファイアーブルースショー」は盛りだくさんの内容となった。千葉県茂原市在住の高校生ブルースバンド「ブルースモンキーズ」と名古屋を中心に活動中の女性アコスティックデュオ「レッド・ダート・ブギー・シスターズ」がゲスト。わたしは「フードゥーガールズ」と演奏した。
わたしは翌月、仙台の市民音楽祭「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」に8回目の出場の予定だが、今回は彼ら「ブルースモンキーズ」をサポートメンバーにしている。そんなこともあって、夏休み中の彼らに来てもらい、彼らの演奏を聞かせてもらった。初々しく、なかなかの美男子ぞろいの彼らは、女性客には目で見ても楽しんでもらえる(!?)わけだが、演奏も日進月歩。新加入のドラマーには、この日「フードゥーガールズ」で演奏の長嶺章子がワンポイントレッスン。彼女は去年わたしと一緒に仙台で演奏した経験から、野外ステージでの留意点などをアドバイスしてくれた。9月の仙台での共演が楽しみである。
「レッド・ダート・ブギー・シスターズ(赤土姉妹)」の演奏を聞くのは、今年の4月に名古屋で共演して以来2回目。ひとみ嬢(向かって左)の伸びやかな歌声に、あき嬢(右)のコーラスがぴったりよりそってハーモニーが美しい。また、二人が交互にソロパートを担当するギターアンサンブルも心地よい。わたしにも1970年代にヒットしたアメリカ南部のロック、ポップスが中心なので、わたしにも馴染みの深いものが多く、とにかく楽しめるのである。このデュオとして東京で演奏するのは今回が初めてだったとのこと。これからもどんどん演奏の場を広げて活躍してほしい好感度バツグンのデュオである。
さて、この夜の「フードーガールズ」は、砂金浩子(Sax&V)、田村奈津子(B)、大道敏子(G&V)、長嶺章子(D)の4名。巷に評判の長嶺・田村の強力女性リズム隊の支えで、大道、砂金のフロントの二人、勢いに任せて突っ走る。いさちゃん(砂金)は一緒に演奏するのが2回目だったが、わたしのナンバーでのバッキングも研究してくれているのがわかり嬉しくなる。わたしは、「歌う漫談」気味、ちょっとお喋りが過ぎたかな?
「赤土姉妹」のご友人もたくさん集まってくださり、また、ぶらりと立寄ってくださった方も多く、悪天候とは思えない賑わいでありがたいかぎり。ご来場のみなさん、ありがとうございました。
久しぶりの朝霞「ビーハウス」。バックマン小森(D)が音楽監督(?)をしているこのブルースバーでは、ほぼ1年に1度のペースで「ファイアー大道ブルースショー」を開催してもらっている。
この夜のメンバーは、リトルシゲル(G)、藤野晴信(B)、そして、もちろんバットマン小森(D)。馴染みのプレイヤーだから何の不安もないが、ボヤボヤしていると「大道さん何やってるの!?」と叱られそう。冷静に考えれば、わたしがこういう連中をバックに従えて演奏できるのも、演奏技量以外のモノに依るのであって、久しぶりに彼らと演奏したわたしは、鏡に映った自分の姿に脂汗を流すガマガエルの如く、自分の演奏にタラ〜リ、タラ〜リと汗だくであった。それほど彼らの演奏は素晴らしかった。
音数豊富にして上下するラインが美しい藤野君のベースは、1曲1曲に様々な表情を付けてくれる。それでいて、シンプルなシャッフルナンバーでは力強いベースラインでグルーブをつける。また、バットマンもバシバシとフィルを入れて押し上げてくれるし、イントロ、エンディングの彩も絶妙であった。リトルシゲルのサイドギターは、同じギタリストとして、まことに脱帽もので、ありがたいのと同時に(そんな風に弾けて)羨ましいの一言に尽きる。また、彼がボーカルをとった「ブルース・ビフォー・サンライズ」では雄々しくも繊細なスライド奏法を披露してくれた。
さて、この夜はまた、前夜同様、名古屋から上京してくれた「レッド・ダート・ブギー・シスターズ(赤土姉妹)」がオープニングで演奏してくれた。満席になったお客さんも、彼女たちの演奏を十二分に楽しんでくださった様子。わたしもそうなのだが、リンダ・ロンシュタットの「イッツ・ソー・イージー」やザ・バンドの「ウェイト」などのヒットナンバーが演奏されると、否が応でも一緒に口ずさむ。ひとみ嬢が丁寧に歌い上げる1曲(曲名失念!)には、ジ〜ンとさせられた。
豪雨の中、ビショビショになって上京してくれた名古屋の2人に感謝。そして、彼女たちが東京に連れて来た(?)豪雨にもかかわらず、来場してくださったみなさん、ありがとうございました。
9月になって蒸し暑い毎日が続く。久しぶりにソロで。10曲演奏したが、40分で終了。十分にこなれていない作品では、やっぱりミスをする。スポーツ選手のドキュメンタリーTV番組などを見ていると、「もうこれ以上できないというぐらいの激しい練習をして、初めて、本番で自信がもてる」という発言を耳にするが、これはわたしのソロ活動にぴったり当てはまるなぁ!そして、やはり、何かが足りない。暗中模索、試行錯誤である。
もう一組の出演は「ジャズケロ」。同店での定例ジャムセッションでよく顔を合わせる笹井、奥田のユニットだ。ジャズというより、歌謡曲あり、映画音楽あり、オリジナルありのバラエティ。途中からアメリカ人親子が来店したため、彼ら、急にソワソワして口数が多くなり、何とも愉快なステージになった。
<画像:左ーわたし、右ージャズケロ>
初来店1名を含む9人の参加。ほどよい人数で皆にほどよい演奏回数となる。わたしは普段よりやる気を出して(!)、重たいシェラトンを背負って行ったのだが、ねらっていたフレーズなどが、やはりモノになっていないことが判明。やはりジャムセッションは、具体的な目標を持って参加すると(期待どおりにならないにしても)意味深いものである。
秋の恒例行事となりつつある東北ミニツアー。今回も、タッド三浦、TKとの共同プロモーション(?)により、福島なまず亭、仙台ヘブンでの演奏が決定。その間、第18回開催となる仙台市民音楽フェスティバル「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」に参加する。今回の「ファイアー大道ブルースショー」は、バックバンドが高校生ブルースバンド「ブルースモンキーズ」。彼らはとは折に触れて会ってはいるが、わたしのステージを丸々サポートしてもらうのは初めて。我ながら面白い企画なのである。
「ブルースモンキーズ」のことは、当ホームページでも既に何度か紹介しているが、彼らは高校生になって初めて楽器を手にし、しかもこのとき演奏したのがブルースだったという、今時では珍しい千葉県茂原市在住の16歳。Jポップも、ロックも演奏せず、突然ブルースを演奏し始めたのである。尤も、そんな彼らの背後には近郊のブルース愛好家たちの存在がある。彼ら有志たちが影に日向にこの少年たちを叱咤激励、ブルースの若芽を育んでいるのである。
とりわけ、今回、完全な黒子となって、マネージャー兼運転手兼記録係として一肌脱いでくれたのが千賀喜通さん。「Blues T.A.D.」の仲間である。地元の造園会社の社長でもある千賀さん、ことある毎に彼らの送り迎えをしてあげている。また、この夏休みは、楽器が買いたかったメンバーの一人をアルバイトで雇ってあげたらしい。「きつい作業なのに、泣きごと言わずによく働きましたよ、大した根性です」とのこと。出番までの短い間も「あ、それどうやって弾くの?」などと互いに目をキラキラさせて、いつも楽器をいじっている少年たち。ズボンをどうしてあんなに下げてはかなくてはならないのかは理解できないけれど、遠い昔、音楽が好きで好きでたまらなかった頃のわたしたちを思い出させてくれる少年たちである。
では、以下、2日間の演奏記録を。
13日(土)福島 なまず亭
昨年のこの時期以来、一年ぶりになってしまった福島なまず亭。「ブルースクルーザー」の面々とも久しぶりの再会。ミッキー扇(V&Harmonica)、渋谷研一(B)、早坂洋一(G)の面々。この夜、ホスト役を担ってくれた「ブルースクルーザー」がまずトリオで演奏。ここにタッド三浦がドラムで飛び入り。この後、「ファイアー大道&ブルースモンキーズ」、そして、カントリースタイル弾き語りの「ランブリン前田」、そして、最後にタッド三浦(V&G)とTK(V&Harmonica)が中心になったセッションバンド、という出演順となった。
初めてなまず亭で演奏した時以来、いつも応援に来てくれる「なまず亭女子部」のみんな。今回は「ブルースモンキーズ」をエサにした感もあったけれど(デヘヘ!)、いつものように妙齢の美女たちに集合いただいて嬉しい限り。「ブルースモンキーズ」だけで3曲演奏させた後に、わたしが加わって合計1時間強のステージとなる。
「せっかく来ていただいたのだから」と、ついつい演奏が長くなってしまった次第。その結果、他の出演者の演奏時間が短くなってしまい、演奏終了後、タッド三浦から久々にドカンとカミナリを落とされたのは言うまでもない。こりゃまた、失礼しました!
<画像上:演奏風景−「ブルースクルーザー」「ランブリン前田」「タッド三浦&TKプラス飛び入りゲストの華嬢」「ファイアー大道&ブルースモンキーズ」>
<画像下:ショータイム終了後、なまず亭女子部とブルースモンキーズの撮影会のヒトコマ>
14日(日)20:10 仙台 定禅寺ストリートジャズフェスティバル 勾当台公園滝前特設ステージ
「第18回仙台定禅寺ストリートジャズフェスティバル」。出演者数、来場者数どれをとっても、いまや堂々全国一のフリー市民フェスティバルだ。ブルース演奏活動を始めて間もないわたしが、当時発足したばかりの「Blues T.A.D.」の仲間と、右も左もわからぬまま、師匠タッド三浦にくっついて、初めて泊りがけで演奏したのが2001年のこのフェスティバルであった。現地までの交通費や宿泊費もかかるし、何よりもエントリーすると「協賛費」というものまで納めなくてはならない。それでも、以来、毎年参加し続けているわたし。参加希望申し込みの5月になると、どうしてもソワソワしてしまう。
今年もわたしは仙台のブルースライブハウス「ヘブン」がサポートする特設ステージ「勾当台公園滝前」と決まった。後日、事務局より「最終日の最終ステージに出演してほしい。最後の乾杯などを含めて50分のナイトステージ、盛り上げてください。」と連絡を受けた。「そういうことならお任せください」と快諾したわけだが、若くてステージ経験も少ない「ブルースモンキーズ」がバックバンドということで、実を言えば、少々不安に思わないでもなかった。
しかし、この夜、実際に演奏を始めると、前夜の福島での演奏から、さらに数段進歩しているモンキーズたち!ラーメンと一緒にソーダ水を飲んでいた、あどけない顔をしたドラムのハルキが、何と堂々と力強くイントロとエンディングを決めたことだろう!その整った顔立ちで女性ファン急増中のシンノスケのベースは、実は、演奏中一番頼りになるのだが、堅実なだけでなく、しっかりとグルーブを作っているではないか!長身のシュンタ、キーの違ったハモニカを吹いてしまったのはご愛嬌、彼のステージ上での明るい印象は大きな武器である。そして、ギターのケイタ、サイドワークをしっかり果たしてくれた。気の毒だったのは、ジャンケンに負けて、ステージに上がれなかったもう一人のギター、ツナキ。「ファイアー大道ブルースバンド」は5人編成でエントリーしていたので、彼はステージの下で待機となったのである。
午後8時、ステージにわたしが上がると、この最終ステージまで残って待っていてくださった客席から、「ファイアー!」の掛け声が上がる。演奏開始10分前だが、みなさん全員、レディー・フォー・ブルースだ。昨年のわたしのステージでサイドギターを弾いてくれたチャーリーと、その友だちのY子嬢もいるようだ。いったいどれだけの人たちが集まってくれていただろう。ステージの上から、夜の野外客席は見えないのだが、毎年聞いてくださる方も集まってくださっているはずだ。地面に腰を落ち着けた人々の後ろに、何列もの人垣ができているのがわかる。「こんばんわ、ファイアー大道です!」と言うと、「わかってる、わかってる!」というような、暖かい大きな拍手と歓声。本当に嬉しいことで、こうなると、わたしも自分にできる最大限のことで感謝の気持ちを表すだけである。
わたしのギタープレイは拙いが、こんなときは、それを恥じる暇もない。一番後ろに立っている人の耳にも届くことだけを考えて弾く。歌も同様、わたしにはテクニックがない。ただ、集まっている一人一人の耳元で心地好く聞こえようにと思う。そして、お喋りは、それを聞いて不快に思う人が一人もいないようにと願う。わたしのステージというのは、ただそれだけであって、人を驚嘆させるような要素はまったくない。それでも、そんなわたしの演奏を「楽しかったですよ!」「また来年も来てくださいよ!」「待ってますよ!」と喜んでくださる方たちがいる。本当に有難いことである。演奏終了後、たくさんの人々に声を掛けらる。握手をしたり、一緒に写真をとったりするうちに、かくして、今年の定禅寺ストリートジャズフェスティバルも終了。汗だくのわたし、やっぱり、来年もきっと来るだろうなと考えていた。
<画像提供:Mr. Takashi Watanabe>
14日(日)21:30 仙台 HEAVEN
「TK&ザ・ブルースブラスターズ」が2ステージ、メインアクトのショータイム。これに地元仙台のブルースバンド「スモーキーヘブン」と「ファイアー大道&ブルースモンキーズ」が幕間に演奏した。
「スモーキーヘブン」はこれまでも定禅寺ストリートジャズフェスティバルで何度も見てきたのだが、今回はストリートで見逃し、また、同店での彼らが演奏が、わたしたちの勾当台滝前の屋外特設ズテージでの演奏と重なったので、結局聞くことができずに残念であった。
わたしたちは屋外での演奏の後、徒歩5分でお店に到着、「TK&ザ・ブルースブラスターズ」のセカンドステージの前に20分程度演奏した。立ち見、座り見も出て、超満員の店内、中にはわたしの演奏を楽しみにしてくださっていた方もいたのだが、同店での演奏はわたしがメインアクトではないのでちょっとしかお聞かせできなかった。この方たちは数十分前のわたしの屋外ステージでの演奏を聞いていないので、少々申し訳なさが残った。
それでも、酸欠状態の店内、「TK&ザ・ブルースブラスターズ」の素晴らしい演奏でみなさん大満足の様子。わたしも久しぶりに見て大興奮。TKのハモニカと歌はもちろん魅力的だが、それ以上に心地よいのは、彼の気っぷの良いステージング。女性ファンはもちろん、男性ファンが多いのもわかる。そして、TKの「伊達な男ぶり」の脇で「オフビートなボケ役」を巧妙に演じているのがタッド三浦で、ここかしこで客席から笑いをとる。毎度同じオチながら、古典落語の域に達しているので、誰もが笑わずにはいられない。この二人のインタープレイは一つのショーとして見応えたっぷりなのである。
そして、彼らの演奏能力の高さが聴衆をぐいぐいと引っ張る。今は郷里山形在住のドラムの今ブー(今井卓哉)、わたしはここのところ仙台でしか会わないけれど、久々に目撃する彼のドラミングは何と軽妙で確実なんだろう!ジャストなタイミングで「あ、わたしたちはまさにこれを待っていた!」というようなフィルが入る。わたしは、タッド三浦の十八番「モージョー・ワーキン」でドラマーを研究する。終盤、もうこれ以上スピードは上げられないほど高速になったときも、今ブーは決して逃げない。一つ前よりもさらに場を盛り上げるべく、真っ向からバチを振る。こんなことができるためには高い技量と強い精神力が必要なはすだ。
ベースの三上寿一は柔和な表情でステップを踏みながら通常はバックに徹しているけれども、ソロが回れば大いにショーマンシップを発揮して聴衆を喜ばせる。その様はとても好感が持てる。そして、この夜のサックスはジ・遠藤。ステージ上ではTKとタッド三浦を立てて、バイプレイヤーに徹しているけれども、要所要所でぴたりとハマった演奏で聴衆を納得させる。5人のメンバーがそれぞれの役割を自覚して演じきる、大人のショータイムなのであった。
計4時間に及ぶこの夜のライブで興奮のルツボと化した「ヘブン」。千賀さんの車で帰路につく5匹のモンキーズたちもを見送った後、わたしは「スモーキーヘブン」のブルースクイーン、アツコママに率いられ、「ブルースブラスターズ」の連中と夜の市中に繰り出し、2008年の東北秋のミニツアーも終了したのであった。
「チャールズ豊田 with ブルースウォーク」を迎えて。豊田さんとはかれこれ長い付き合いなのだが、この夜、久しぶりにご一緒することになった。豊田さんは高田馬場「フィドラー」が「ディグライト」に変わってから、同店での演奏機会を逸していたらしい。ブルースウォークの面々を引き連れての初出演であった。わたしはブルースウォークをバックに、1ステージ目を担当。出張で上京中の札幌の演奏仲間、下野タケシ(Sax)が楽器を持って遊びに来てくれた。一ヶ月ぶりの再会。このあと、豊田さんが2ステージ。最終ステージの終盤で、ステージに呼んでもらい、わたしと下野君、二人も加わって賑々しく盛り上げる。台風13号が関東地方に接近中にもかかわらず、予想以上の来場者に恵まれた夜であった。
ソロで30分強を1ステージ。夕方から眠り込んでしまい、慌てて家を飛び出して演奏。何となく意識が混濁気味(?)で、口の周りの筋肉がよく動かなかった。他の出演は、ブルースホッピーズと森元大輔のみなさん。
「ブルース・ティ・エー・ディ (BLUES T.A.D.)」ショータイム。「るびぃえいこ&キミ望月」のデュオ、「リトルシゲルセット」「ファイアー大道セット」「タッド三浦セット」の4組の出演。わたしは、砂金浩子(Sax)、原本ミンコ(G)、矢作厚生(B)、藤井雅之(D)の編成で演奏した。さて、この夜の最終出演「タッド三浦セット」は大熱演。ギターを弾きまくるタッド三浦を久しぶりに目撃した気がする。リトルシゲル(G)、矢作厚夫(B)、藤井雅之(D)の素晴らしいサポートで、聞き応え満点の演奏内容であった。ここ最近、東京ではこのような、往年の(?)「タッド三浦ショー」は案外見られない。初めて「タッド三浦ショー」を見たときの感動がよみがえる思いであった。
三上寿一(B)、バットマン小森(D)とトリオで。金曜日のノーチャージディ。近隣の店舗からの苦情に苦労するブルースバーは数あるが、金曜日の渋谷ブルーヒートもそんな店の一つ。演奏者は「あまり音量を上げない(上がらない)」ように指示されているが、昨夜は「歌うときに足踏みしないでね」とマスターに言われる。ええっ!?また、張り上げ気味で歌うところも、微妙にPAで出力を絞られているのがステージからもわかる。そりゃぁないぜ、ベイビー!
とはいえ、やむを得ない。金曜日の同店はそういう日なのだ。だからこそ、お客さんからチャージももらわないし、出演者もある意味で「冒険」できる。わたしはこれまで、この「金曜日の渋谷ブルーヒート」で、実際、いろいろ「冒険」させてもらってきた。トリオでの演奏もその一つ。ギター1本だから、コードを響かせながらソロも弾かなくてはならないが、この芸当がわたしには大きな課題なのだ。
ところで、この日、数ヶ月前に知り合ったハモニカ奏者、河合さんが聞きにきてくれたので、数曲飛び入りしてもらった。ほぼ同世代の彼女。やはり40歳を過ぎてからハモニカを吹き始めたそうだ。演奏終了後は美容師としてニューヨークで勤務しつつ、ブルースギターも修行してきたという、羨ましい話のAさんと知り合い、しばし、歓談。何かと「鬼門」な「金曜日の渋谷ブルーヒート」、2ヶ月後の演奏は、またまたリベンジだ。
2度目の演奏となった「江古田倶楽部」。メンバーは、わたしの他、ハモニカの営業のサクマ(佐久間啓介)、ギターのドコ山岡(山岡良治)、ベースの佐々キング。前回同様、佐久間さんが何かと仕切ってくれたステージ。山岡、佐久間のボーカル曲も加えつつ、長めの1ステージということになった。ギターの梶田さんに、終盤、ゲストで入ってもらったりもする。
「江古田倶楽部」は今年で開店31年目なのだそうだ。「マスターが恐い!」という風評を耳にしたことがあるが、実際にお会いすると、そんな感じがまったくなくて拍子抜けするくらい。尤も、ご常連に言わせると、「随分丸くなったんですよ、昔は恐かった」とのこと。近隣在住の音楽好きの溜まり場という感じの店には、遅い時間帯にもぷらりとやって来る人が三々五々あり、やはり、都内中心地にあるブルースバーとは趣が違う。
わたしもこの日は自宅から全行程自転車。約6キロ、40分。途中、一カ所、心臓破りの坂があり、ホトホト苦しかったが、その分、帰路は楽勝というところ。終電を気にしなくて済んだ結果、マスターや先述の梶田さんとの話に花が咲き、結局店を出たのは夜明け前であった。ところで、前回たまたま聞いてくれて、また足を運んでくれたM嬢や、北海道は苫小牧で知り合ったのに、何故かこの店の常連でもあったS嬢などとも再会できた夜。「江古田倶楽部」は地域密着型のフレンドリーな店也。
<画像上:演奏風景を写しわすれ、演奏終了後、ゲストも含めた5人でパチリ>
<画像下:店内風景>
ファイアー大道企画、ブルース小編成ナイト・アット・スプーンフル、10月のテーマは「女性ボーカル特集」。ということで、集まってくれたのは「原本ミンコ」「古賀節子」「砂金浩子」の3名。
原本ミンコはリゾネーターギターでアコスティックブルース。ボトルネック奏法にも磨きがかかり、カズーも首からかけて(洗濯ハンガーでしつらえたホルダー付き)、大いにチャレンジングなステージを展開。今回はハモニカにジャズ高橋を加えてのデュオ編成であったが、この芸域を突き詰めれば、十分ソロでやっていけそう!聴衆にアピールするための「何か」がまだ足りないように思うけれど、コードを弾き、リフやフィルを入れ、ベース音を鳴らしながらのソロフレーズの展開等、見ていてつくづく羨ましくなるギタリストなり。
古賀節子はギターのTバード大谷、カホンの藤井雅之を引き連れてトリオで。この3人組、この日が3回目の演奏とのこと。レパートリーはわたしにはあまり馴染みのないものが多かったのだが、どの曲も相当難しい。意欲的に取り組んでいるのがわかる。曲名は失念したが、60年代米国公民権時代を代表するという1曲、合唱してくれるお客さんもあり、大好評。小粒ながら大美女のせっちゃん、辛さと甘さにさらに磨きをかけて、女性ボーカリストの王道を進んで欲しい歌い手なり。
砂金浩子はギターわたし、タッド三浦ベースをバックに、サックスとボーカル。ダイナ・ワシントン版「After You've Gone」を歌いきった。わたしはコードを追うのに精一杯で、曲を盛り上げたり、変化をつけることもままならず....。長身の彼女、声もサックスも深い響きがする。「曲のアレンジを『サックスのイサ』らしく作り込んで、どんどん自分のステージをやったら?」と勧めたところ、「うん、それもいいけれど、今はまだまだ他の人のバックで修行も必要」という堅実かつ誠実な回答。今後の活躍、乞う御期待、文字どおり(身長どおり!)の大型新人なり。
3人の女性たちのステージの前後に登場し、プロローグとエピローグを担当するのが企画者のわたし。「いい企画でしたよ」とお客さんに言ってもらうのが何より嬉しい。集まってくれた3人の女性たち、ありがとう&おつかれさまでした。
予定していたメンバーが現れなかったり、お客さんの出足が遅かったり、ギターの弦が最初の1曲目1小節目で切れたり、と奇妙な夜であったが、石田律子(ハモニカ)、砂金浩子(サックス)、三上寿一(ベース)、石田陽介(ドラムス!)の熱演でこの夜の演奏も無事終了。充電したはずのデジカメも「電池切れ」になっており、誠に奇妙な夜であった。ちなみに、この夜は、株価が暴落したとのことであった。
初めての店「スーニャ」。地下鉄「四谷三丁目」と「曙橋」の間に位置する、戦前東京の花街、「荒木町」にある。わずか一、二丁の界隈に、飲食店が居並ぶ路地が入り組む様は、同様に戦前東京の花街であった「神楽坂」に似ている。
実は、わたしは毎日通勤の往復時にこの「荒木町」を自転車で走っている。いつ頃だったか、「BLUES」の看板が気になる店を発見し、「SUnya」という店名、以来、何と読むのだろうと首を傾げていた。しかし、相変わらず、朝に夕に、扉の閉まった店の前を自転車でただ通り過ぎていただけだった。が、数ヶ月前、ふと思い立ってコンタクトしてみた。普段は「レコード」でブルースを聞かせているが、不定期の投げ銭形式のライブ演奏もやっているという。後で知ったが、既に、知人も何人か演奏していた。
ハモニカの円城寺重之を誘って初挑戦。この夜の嬉しい驚きは、福島なまず亭のご常連だったドクター・ヨッシーが来てくださったこと。福島の病院から、東京四谷の病院に異動したセンセイ、この日、たまたまわたしのHPを見てくれたそうだ。また、ブルース呑み屋のわりには(失礼!)洒落た店内なので、若い女友達を誘っていたのだが、彼女たちも店の雰囲気を楽しんでくれた様子。若いマスター、セイジさん(写真左)はバーテンダーでもあり、カクテルも多種対応可能。ガチガチのブルースファンが集うというよりも、他の飲食店に寄った後に、都会のサラリーマンたちがぶらりと「ん?ブルース?」と立ち止まるバーのようだ。
さて、演奏自体は必ずしも褒められたものではなかったが、まずは初回を終了。円城寺重之は、実は、わたしのご近所。つまり、彼も、「スーニャ」から遠くないところに住んでいる。というわけで、同店でのデュオ演奏を少し続けさせてもらうことになる。「スーニャ」未体験の方には、「荒木町」で宴会があったおりなどに、思い出して立ち寄っていただければと思う所存なり。
東京は中央線(JR)、ブルース集積地(?)と言われているが、わたしは、阿佐ヶ谷より先には普段あまり足を運ばない。小金井でライブバーを経営しているマスター、ケンさんと知り合ったのは、もう、2年以上前なのかもしれない。「ぜひ、一度お邪魔します!」と言いながら、なかなか伺えずにいた。今年の始め、実は、イノシシ仲間のシモッチ(下川裕明)、ジャック(原)と新年会を兼ねて遊びに行く予定でいたのだが、その数日前、わたしが自転車で転倒して骨折してしまったため中止になっていた。そして、ようやく今回、上述のイノシシ仲間と出かけることができた。
ついにやってきた「ジュークジョイント・ナッシュ」は、雰囲気のある喫茶店のよう。木造の内装が清潔だ。アップライトピアノがある。ブルースに特化した店ではなく、いろいろな音楽を提供している。この夜は、わたしを含めて2組の出演。わたしはマスターのケンさんにスネアドラム担当を命じて(!)いたのだが、それは、他店でのジャムセッションのおりに、彼のドラミングがとってもグルービーであることを知ったからだ。かくして、グルーブの出ないソロ演奏に活路を見出すべく、「ファイアー&ケン」が誕生したのであった。尤も、実際の演奏の時には、下述のハモニカのマーシー伊藤にも加わってもらうことにした。
もう一組は、ブルースンカーテンこと下川裕明(G)、ジャック原(B)、マーシー伊藤(H)、吉藤健二(D)のセット。シモッチやジャックの演奏を聞くのは久しぶりだったので、お客さんは少なかったけれど、わたしは大いに楽しませてもらった。家族に不幸があったジャックだったが、「ぽっかりと今夜だけ自由が利く」と店に現れた。「かえって心持ちが慰まる」と言うのが、わたしたちにとっても慰めになった。
普段、何かと自分より年若いプレイヤーと演奏することが多いわたしだが、シモッチ&ジャックの同級生と一緒になると、同じサークルの高校か大学の仲間のような気がする。そんなこんなで、結局、シモッチを朝まで付き合わせる。シモッチよ、ありがとう。
<画像提供:Mr.ケン>
朝まで飲酒・喫煙・歓談していたツケが回り、苦しみの中を午後に起床。夕方6時の集合時間に間に合うべく、必死の覚悟で家を出る。 何とか所定の時間に佐倉市到着、この日のメンバーと合流。すなわち、長浜太郎(G)、カモネギたかひろ(B)、藤井雅之(D)。これに、ソロで出演するモンキー村上(V&G)も加わった。
この夜、佐倉市は秋祭りの最終日、大変な人出。屋台とそれに群がる人をかき分け、かき分け、「サンライズ」に到着。前夜の小金井の「ジュークジョイント・ナッシュ」同様、雰囲気のよい喫茶店のような店だが、ステージにはドラムセットやアップライトピアノもある。カントリーやブルーグラス、ジャズなどの愛好者が集まるようだ。マスターはギターのコレクターらしく、店の入口やステージに古くて高そうなギターが飾られている。
午後8時スタートで、「長浜太郎ショー」「モンキー村上ショー」「ファイアー大道ショー」の3部構成となる。「成田ふるさと祭り」でお世話になった事務局のMさんが来てくださったり、山武市松尾のビアレストラン寒菊のご常連が足を運んでくれたりする。この店で定期的に演奏を続けているモンキー(村上)から、「こんなに盛り上がったのは初めてでは?」と言われて、初出演のわたしは喜んだが、実は、かなりの数の脳細胞が前日のアルコールで死滅しており、軽い言語障害に陥って弱ってもいたのであった。
<画像提供:Mr.Mano>
いつものようにご常連が集まってくださり、賑やかな休日の九十九里の昼下がり、ビアレストラン寒菊。前日同様、長浜太郎(G)、カモネギたかひろ(B)、藤井雅之(D)と出かけた(スペシャル運手種、A君)。
先月仙台で一緒に演奏して以来、1ヶ月ぶりに「ブルースモンキーズ」とも店で合流。ご近所の彼ら、5人中3名がゲスト出演にやってきてくれたのである。彼らはこの間、修学旅行などを経験した模様。
さて、計7名で、パートを交換しながら4ステージを行う。藤井雅之の積極的なドラムが客席に大いにアピールするので、どのセットも盛り上がる。「ブルースモンキーズ」は既にここではお馴染みだし、ご常連たちには孫のようなものだから、みなさんから暖かく歓迎されている。また、長浜太郎がリーダーになって仕切った3ステージ目は、白熱のギター演奏とボーカルで、客席から盛んな拍手を浴びた。
そんな次第で、座長のわたしは出演の面々に大いに助けられ、この日も無事に「ファイアー大道一座・アット・ビアレストラン寒菊」を終了することができたのであった。ちなみに、この日はほぼ完全復活のわたし、まかない料理と一緒に出してもらう地ビールを美味しくおかわりしたのは言うまでもない。
<画像提供:Mr.Usami>
シンガーソングライターとして活動しているHIROさんに誘われ、彼のマンスリーライブにゲスト出演。藤井雅之がカホンでつきあってくれた。
HIROさんにお会いしたのは、もう3年くらい前になるだろうか。お互いに演奏する音楽ジャンルが違うのでご一緒する機会は決して多くはないのだけれど、ブルースもソロやデュオで演奏すると彼の活動領域にぐんと近くなる。そんな縁で今回も彼のライブにお邪魔した次第。
初めてのお店「asoBIBA(あそびば)」は素敵な若い女性が店長(なっちゃん)。彼女も歌を歌う。HIROさんの伴奏で1曲披露してくれた。お店も店長もアーティスティックな雰囲気で、料理も美味しい。渋谷駅からちょっと離れている(六本木通り、「渋谷二丁目交差点」にある)けれども、小編成のブルース演奏にもピッタリな感じであった。
ところで、この日、聞きに来てくれたルビー栄子さんや、ここで知り合ったAさんなどにも、最後は一緒にステージに上がってもらい、ワイワイやらせていただいたのであった。
<画像提供:Mr. Hiro>
毎月演奏している高田馬場ディグライト。この日のメンバーは、石田陽介(G)、石田律子(H)、伊藤敦(B)、藤井雅之(D)。
この日は夕方から同店で「BLUES T.A.D.(タッド三浦を主宰とするブルース研究会)」を行っていたので、仲間たちがそのまま残留して、夜のわたしのステージを聞いてくれた。そんな次第で、矢作厚生(ブルース金角)とリトル・シゲルが組んで前座をやってくれることになり、また、原本ミンコもスーパー前座(前座の前座!)に立候補してくれた。
わたしの演奏は皆何度もイヤと言うほど聞いているだろうけれど、この夜、サポートメンバーの熱演のおかげで、仲間たちも大いに喜んでくれた様子。妊娠中の石田律子もこれまでと変わりなくブリブリハモニカを吹き、石田陽介がツボを押さえたギターで客席を楽しませ、藤井雅之が起承転結のあるドラミングで背後からステージをリードするのだから、「ファイアー大道の歌もギターも聞き飽きたなぁ!」という聴衆にもばっちりアピールしたようだ。これが「固定メンバーでリハーサルをキチキチやる」ことをしない編成のメリットだなぁと思いつつ、メンバーに感謝。
2部ステージの後半に、若いもう一人のギタリスト、石田君をステージに招く。20歳の石田君はベースの伊藤敦の友人で、時々「BLUES T.A.D.」に参加している。最初に会ったころは18歳だったと思うが、やはり、その頃から比べれば格段に進歩している。さて、わたしはこの石田君をステージに上げた後、陽介がいるので安心してギターを置いて歌に専念。ぶらりと聞きに来てくださったお客さんも含めて、投げ銭もたくさん頂戴し、有難いかぎり。交通費も払えない時もあるが、こうしてメンバーにファイティング・マネーを分配できる時は、何ともホッとするものである。
<画像提供:Ms. Minko>
ソロで演奏するつもりで出かけたが、長浜太郎がギターを持って聞きに来ていたのでデュオで演奏。長浜太郎とは長い付き合いだが、ギター2本だけで演奏するのは久しぶりだったか?太郎も気合十分で、ベースラインを組み入れ、コードもほどよく混ぜあわせ、素晴らしいバッキング。彼の演奏に触発され、わたしも発奮。太郎ほどの技はないものの、攻守(リードとバッキング)交替にも怯まず。汗だくになった40分。ギターアンサンブルの理想型を共有するギタリストと演奏するのは、何と心地好いことだろう。
この夜の演奏が、わたしにとっても如何に心地好いものであったかは、帰宅後すぐにギターを取り出して、練習し始めたことからも明らかなのだった。重心を極力低く保つベースラインとコードワークの組み合わせ、そしてアクセントに加えるリフ、ああ、こういう職人的なバッキングの巧者になりたいものである!
ところで、この週末は、北海道から後輩のS君がわたしの演奏を聞きに来てくれており、3日間皆勤賞であった。辣腕編集者のS君、齢40歳にしてブルース道に入るか?いずれにしても、毎日どうもありがとう、お疲れさまでした!
矢作厚生、タッド三浦、長嶺章子(D)と。矢作厚生とタッド三浦はギターとベースを持ち替えたり、また、タッド三浦はスチールギターに持ち替えたりたりと、いろいろ動きをつけて(?)3ステージ。この日、わたしは昼間の仕事で早朝から千葉の幕張見本市会場をさんざん歩き回った後。疲労していると自分でも苦笑してしまうミスが出る。最初、今ひとつ乗り切れないステージだったが、少しづつ建て直し、最終セットでは、聞きに来てくれていた伊藤(B)、石田(G)、永池(G)らにもステージにあがってもらい、最後はいつものように賑やかに。
客席には、先般知り合ったKさん、Aさんらがお仲間を連れてきてくださった。この夜はスーツ姿の中年紳士も数名ブラリと入店していたが、こういうお客さんもどんどん増えてくれるといいなぁと思うのでだった。
ソロで。6、7曲演奏しただろうか。実験的にやってみたいレパートリも少々残っていたのだが、風邪のせいで、歌に自信が持てなかったので無難にまとめて終了。まだまだ細かいミスが出る。引き続き練習。この夜の他の出演は、ルビー栄子、スリーキングバレッツのみなさんであった。
ほぼ毎月1回、司会進行役を担当しているジャムセッション。先月はお休みしたので久しぶりな感じ。とはいえ、常連参加者たち9名と和やかに楽しむ。わたしは風邪で音程が取れないので歌わず。スタンディングのボーカリストたちに出番が多く作れた。大いに練習になったのであればいいのだが。
「BLUES T.A.D.ショータイム」に、リトルシゲルセットのサイドギターとして急遽演奏。いつもの逆パターンだ。リトルシゲルには「大道さんのギターアンプのセッティングは低音が強すぎる」と指摘されること度々なので、気をつけてみる。演奏時間が短かったこともあるが、歌わないと、近年の「著しい無駄な発汗」現象が生じないことが判明。あたりまえか?バッキングでもっともっといろいろなパターンを繰り出せたら、もっともっと盛り上げられるだろうなぁと思いつつも、この夜、わたし本人は案外楽しくギターを弾いた。この夜の他の出演は、リゾネータギターを抱えカズーをぶら下げた原本ミナエ(ステージネームは「MOJO MAMA MINKO」らしい)。ソロ演奏も意欲的に挑戦中の彼女、音楽的に優れていることは一目瞭然。ギターもとても難しそうなことをやっている。器用な人なだぁとつくづく感心。
最終ステージは、いつものように門弟を組み入れてのタッド三浦ショー。若い石田君(G)と中堅どころのK.O.小泉(G)の2人を起用して、休憩を挟んで2ステージ。2人とも大いに善戦す。また、ルンバ鈴木のドラミングも大変聞き応えがあった。
大久保姉妹率いる「ブルース・クイーン」のライブショーに、郡山在住の「マックスウェル・ストリート・ブルース・バンド」がゲスト出演。両者の間で企画の調整をしたわたしもチョコっと登場して、3セットの夜となる。 「ブルース・クイーン」はメジャーデビュー間近ということで、勢いづいている女子中高生組。ベーシストに変更があったが、R&B、ソウルを主体にしたレパートリーも増えて、ステージングも堂々としている。幼かった数年前の初夏・紅葉しか記憶にない人たちはビックリ仰天。度肝を抜かれる次第なのである。普段、この店でわたしが演奏しているときにはあまり見かけない若い(本当に若い)お客が来て、楽しそうにずっと踊っていたのも印象的であった。
一方、「マックスウェル・ストリート・ブルース・バンド」は40代のプレイヤーを中心に、郡山で研鑽を重ねているバンド。さすがに、「ブルース・クイーン」などと比較すると、「地味」すぎるほど「地味」。救いは(!?)紅一点のボーカル華嬢である。わたしの近辺で、ココ・テイラー風の歌唱法を身につけている唯一の女性ボーカリストだと思う。ココ・テイラーの歌いっぷりが好きか嫌いかの問題はあるにしても、彼女には現在の方向をもっともっと極めて欲しいなぁと、わたしは思っている。バンドメンバーの中で一番年も若くブルース歴も浅い彼女、ステージ上でまだまだ遠慮がちなのだが、そのステージネームの如く、ドカンと大輪の花を咲かせる日が楽しみである。
この夜、わたしはまったくのオマケだったのだが、この機会に、どうしても片倉謙一(B/現在東京赴任中の仙台出身)を引っ張り出して、清水良一(G/郡山)、ストーブ吉成(D/郡山)らの旧友と演奏したかったのである。わたしが毎秋参加している「仙台定禅寺ストリートジャスフェスティバル」の折には、数年前まではよく一緒に演奏したものだったから..。
郡山組の応援団と、若いお客さんたちと、ご常連などで大賑わいの夜。みなさんお疲れさまでした。
<画像提供:千賀喜通氏>
![]()
本年三月以来、8ヶ月ぶりの同店での演奏。タッド三浦と都内から電車に乗って出発、成田でカモネギたかひろの車と合流、銚子市到着まで約3時間半。千葉県は広い!
さて、多少変則的ではあるものの、三浦(D)、加茂(G)のサポートでわたしが歌とギター。途中、加茂がベースに持ち替えたり、三浦ソロ弾き語りコーナーを挟み、9時から12時過ぎまで、4ステージ。
いつもながら清潔でムードのある店内。定額会費制でお客さんは飲み物おかわり自由。普通の飲み屋なら「飲み放題、90分まで」というところだが、同店では、来店時から退出時までずっとこのサービスが続く。呑み助のわたしには天国のように思われる。
L字型のカウンターにそって、ぴったり満席の十数名のお客さんに来場いただいたこの夜。ほぼ月一度のペースで開催されている「ブージーズ・シェルター」のライブ・ナイト。地元の音楽ファンに愛されて、末永く続いて欲しい企画である。
2008年最後の「ビアレストラン寒菊」。地元茂原市在住の高校生男子ブルースバンド「ブルース・モンキーズ」もいつものように現地参加、総勢8名で3時間の演奏であった。
「ファイアー大道ショー」はタッド三浦(G)、カモネギたかひろ(D)、植松真之介(B/ from ブルースモンキーズ)という構成。前日より持病のアキレス腱周囲炎が悪化していたタッド三浦は、終始椅子に腰掛けての演奏になったが、お客さんたちは思いがけず「タッドさん」がやってきたので、喜んでくださったようだ。
わたしはブルースの本場、シカゴ市のサウスサイドにある、(観光客ではない)地元の黒人たちが行き付けるブルースクラブというものを知らないけれど、「ビアレストラン寒菊」に来るたびに、「もしかしたら、(サウスサイドの店って)こんな感じなのかなぁ」と思う。お客さんは殆どが近隣の中高年層。いつもきちんと身づくろいをして来場される。そして、ダンス、ダンス、ダンス!
この一年も4回の「ファイアー大道ブルースショー」を無事に終了。記念に客席をパチリ。「今年もありがとうございました。来年もまたよろしく。よいお年を!」と少し早い年の瀬の挨拶で皆さんとお別れ。来年もまた4回の出演が決定済。2009年も伺います!
今年最後の渋谷ブルーヒート、金曜日ノーチャージディの演奏。三上一寿(B)、長嶺章子(D)と。最近、同店でのアンプ設定はいつも同じにしているつもりなのだが、この夜は妙に音が歪んでしまった。お客さんは少なかった。まあ、そんな日も(多々)あるわね。1ステージ70分というのは、演奏する方も集中力を持続させるのが難しい。変化に乏しいギターフレーズに、自ら食傷気味になりつつ、何とか持ちこたえる。演奏終了後、長嶺章子と飲酒・歓談。終電めざして帰路に就いた彼女を見送り、わたしはさらに店に残留。マスターにリクエストして日頃聞けないCDやレコードを聴く。先般死去された塩次伸二氏のアルバムもいくつかかけてもらった。
地味ケンこと中尾ケンさんをパーカッションに従え(!)、デュオにて演奏。ケンさんは小金井の「ジュークジョイント・ナッシュ」という店のマスターであり、また、ミュージシャンでもある。実際、この夜、わたしのサポートの後、自らのデュオユニット「ステイ・ブルー」で、ハモニカのドラゴン氏とともに演奏。歌とギターが彼の本業である。彼の本業の演奏は、この夜、始めてお聞きした。ジャズやブルースを中心にした演奏だったが、オリジナルもかなりある。「へえ〜、ケンさんって、シンガーソングライターでもあったのね!」とわたし。
「ステイブルー」の応援に見えていたWさん、彼らの同級生とのこと。お住まいも吉祥寺とのことで、三人一緒にいると「三多摩地区文化」の匂いが漂っている。尤も、わたしの勝手な思い込みでもあるけれど、「キチジョージ」「コガネイ」「コクブンジ」なんていう東京の西方在住者にはそこはかとなくアーティスティックな雰囲気が漂っているような気がする。みんなどこかブンカテキなのだ。わたしは18歳で東京に出てきたときから、この「三多摩地区文化」には何となくコンプレックスを抱いている次第である。
さて、この夜、ケンさんのお店に定期的に出演している大内コージさんもぶらりと現れる(強制召喚か?)。「アコギにしなくてよかったぁ」などと冷や汗をかきつつ、しっかり硬直するわたし。いやはや!
<画像:左「ステイブルー」、中央「ファイアー&ケン」、右「三多摩地区同級生」>
隔月開催の「ブルース小編成ナイト・アット・スプーンフル」、2008年度最後の夜。出演は「石田陽介&今野昌」「ちいだん小田」「blues'n cuirtain(下川裕明)」「Blues Kinkaku(矢作厚生)with curitain」のみなさん。いつものように、わたしがイントロダクションとして3曲ほどソロで演奏。毎回毎回、ソロでトップバッターというのは血圧が上がる。バンドで演奏するときには感じることのない緊張。なかなか慣れない。真に自信が持てるまでは、この「居心地の悪さ」は当分続きそう。
さて、「石田陽介&今野昌」は安心して聞いていられるのギターとハモニカのデュオ。今野昌ちゃん(何故か、彼は皆に「ちゃん」づけで呼ばれる)の演奏を久しぶりに聞いた。音色が深くて美しかった。陽介は相変わらず達者なギターさばきで客席を巻き込むのもお手の物。本人たちの事後談によれば、二人とも「フロントマンというよりはサイドマン」というアイデンティティを持っているのだそうだ。なるほど、「主役を喰う勢いの脇役」と言ったところだろう。
「ちいだん小田」と「blues'n cuirtain(下川裕明)」はソロで。ちいだん氏はアコスティックギター。日本語の歌も交えて、彼の音楽生活の幅の広さを感じさせるステージ。コンパクトな編成で演奏することが多いようだが、完全にソロだったのは、この夜が本年最初だったそうだ。左利きのギタリストは、ステージ栄えするなぁ。「かっこいいねぇ」と客席のジャズ高橋(ハモニカ)さん。わたしも賛同。一方、カーテン氏はストラトキャスターを抱えて登場。しかも、この夜初めて使うというアタッチメント(3個!)も繋いで、何やらタクランでいる様子。穏やかなカーテン氏の語り口は、実は「つっこみどころ満載」。他の出演者たちに混ざって、わたしも客席からチャチャを入れる。一年ぶりのソロ演奏だったというカーテン氏、今後もソロに挑戦していくとのことだった。
年功序列の出演順で最後は「Blues Kinkaku(矢作厚生)」。時間がかなり押してしまい、演奏の始めから忙しなくなってしまう。バックにカーテン氏を引き入れてのデュオ演奏だったが、キンカク氏らしい大人な選曲。「サテンドール」「アフター・ユーヴ・ゴーン」など、いきなりサポートに入ったカーテン氏には少々気の毒な演目であった。もっとゆっくりじっくり聞きたいところだったが、時間配分が悪くて申し訳なかった。また、次の機会に是非!
エピローグは、陽介と昌の二人と一緒にわたしが15分程度演奏。2008年皆勤賞で聞いてくださったSさんに感謝。そして、今年をとおして、この企画に参加してくれたプレイヤーの皆さんにもあらためて感謝!
「ツッチーといっしょ」と題した企画。東京阿佐ヶ谷チェッカーボードの女将、ツッチーこと土屋つかさ嬢をボーカリストに迎え、大道(G)、大谷(G)、原(B)、小森(D)で演奏。ツッチーの親衛隊(?)も阿佐ヶ谷方面から出動してくれて、小金井の熱い夜となる。
事の起こりは、ジュークジョイントナッシュのマスター、ケンさんがチェッカーボードの定例ブルースジャムセッションに遊びに来てくれた折に、ツッチーが呟いた「わたしも偶にはヨソのお店に行きたいな。ファイアーさん、わたしもナッシュさんのお店に連れて行ってくださ〜い」の一言。
「なあんだ、そんなことならお安い御用。それじゃ手ぶらで行くのもナンだから、『ツッチー・ショー』で参上しよう、メンバーはわたしが集めるからご懸念なく。チャージも無しにして、小金井で忘年会を兼ねちゃおう!」という次第に相成ったのである。
ツッチーは数年前から自分でもブルースを歌うようになり、ここ1、2年自分の店チェッカーボードを中心に年に2回程度ショータイムを行っている。毎回、店から人が溢れるほどの大盛況なのだ。もちろん、店の女将としての人気もあるのだけれど、彼女のサービス精神旺盛なステージがみんなの心を掴む。お店の定例ジャムセッションの折も、何となくダラケテきたときには、ツッチーに1、2曲歌ってもらっている。彼女が歌いだすと、ドンヨリしていた空気がパッと晴れるからだ。
さて、互いに初顔合わせのプレイヤーもいたが、小1時間のリハーサルの後、本番。三々五々馴染みの仲間が集まって店内満員。鳥のハネのヒラヒラしたものを被ったツッチー、溌剌とステージング。隣でギターを弾いていて、わたしも嬉しくなる。ステージの真ん中で、覚悟を決めて、潔く、カッコつけず恥かしがらず、堂々としているツッチーに、あらためて感動したわたしであった。
「ツッチー・ショー」の後は、集まってくれたプレイヤー同士でジャムセッション。最後に同店のマスター、ケンさんにも1曲披露してもらい、「阿佐ヶ谷チェッカーボード」と「小金井ジュークジョイントナッシュ」の姉妹提携が非公式ながらも友好的に完了したのであった。集まってくださった皆さん、ツッチーともども御礼申し上げます。写真に写らなかった皆さんは、何卒ご容赦を!
四谷三丁目交差点、北東方面100メートル四方の飲み屋街「荒木町」。小さなバーが軒を連ねる一角にある「ブルースバー、スーニャ」。2回目の演奏のこの夜は、タッド三浦(G)、円城寺重之(Harmonica)と3人で、長短あわせて4セット演奏。ぷらりと寄ってくれた矢作厚夫(ブルースキンカク)氏も帰り際に2曲歌ってくれた。遅い時間帯に、懐かしいTさんもぶらり来店。出張中とのこと。店内のBBキング、Mウォーターズのポスターやヤズーレコードのカードなるものに、密かに反応していたタッド三浦。次回2月の参加も決定。東京のブルースプレイヤー仲間にも、まだちょいと認知度が低いけれど、わたしのご近所ということもあり、ぜひ盛り上げていきたいお店である。
阿佐ヶ谷シカゴでの2008年最後の演奏は、ルビー栄子(長島栄子)の伴奏を兼ねて、ジャズ高橋(Harmonica)と。約40分。完全に一人でルビー嬢の伴奏をするのはなかなか厳しいなぁと思って店に入ったところ、高橋氏を発見してホッとした次第なのであった。さて、この日、他店高田馬場ディグライトの予定表では「ファイアー大道」が出演となっていた!「ええっ!?」と、この事実に驚いたのがこの前日。 運よくスケジュールが空いていたタッド三浦に代行を頼んで、わたしは(自分が予定したとおり)阿佐ヶ谷へ出かけたのである。
とはいえ、万が一、お店のHPを見て、わたしを聞きに来てくださるお客さんもいるかもしれないので、阿佐ヶ谷の演奏終了後、高田馬場へ直行。実は、電車と自転車を使うと、この二つの店の行き来は片道20分程度なのである。
タッド三浦の他、急遽集合してくれていたのは、矢作厚夫(ブルース金角)、竹江芳明(フラッシュ竹江)、伊藤敦、ブッチ池端の面々。ありがたい。その夜の何ステージ目かに、わたし、ちょこっと混ざって演奏。いやはや、皆さん、ありがとうございました。スケジュール管理、気をつけます!
6月に引き続き、2回めの「Blues T.A.D.スペシャルショータイム」。月一度の定例会によく参加する人も、最近ご無沙汰の人も、ゲストも、ワイワイ集まって、6組に分かれてショータイムを行った。
昼間は昼間で、地元千葉県茂原で演奏があった、男子高校生組「ブルースモンキーズ」もやってきた。最近はステージングも堂々として、貫禄さえついてきたようだ。演奏技術も常に右肩上がり。しかも、若くて、可愛い!とくれば、店内の女性たちはみんな一様にミーハーモード(若くて可愛いっていうのは、どうしてこうも人心を動かすのでしょうね)。帰りの電車も慌しく、演奏後も嵐のように去っていった少年たちであった。
わたしは「女子チーム」に、ルビー栄子、モージョーママ・ミンコらと出演。ベース(浦野)とドラム(三浦)、そしてゲストハモニカ(竹江)の殿方は裏方としてサポート。わたしは以前にルビー嬢にもらったスケスケ気味のブラウスを着用。しかし、横を見ると、ルビー&ミンコはさらに挑発的(?)なドレスをヒラヒラさせていた。恐るべし、既婚子持婦人!
この日の他の出演チームは次のとおり。「神奈川チーム:石田(G)、嶋崎(G)、岩岸(B)、鈴木(D)」「千葉中年チーム:宮本(G)、小泉(G)、竹江(H)、藤野(B)、吉藤(D)」「東京チーム:藤井(G)、増田(G)、高橋(H)、永池(B)、諸星(D)」「埼玉チーム:小澤(G)、山岡(G)、伊東(G)、町田(H)、伊藤(B)、小森(D)」
一年の締めくくりにふさわしい総勢30名によるスペシャルショータイム、みんなで大いに楽しんだ夜であった。
<画像提供:Ms. Minko>
冷たい雨の降る夜にもかかわらず、小さなお店の小さなジャムセッション、総勢10名でいつものように賑わった。ほぼ月1回のペースで担当してきた2008年の「司会進行役」も無事終了。ジャムセッション終了後、残留組でお喋りをしていて、危うく終電を逃しそうになる。ジャムセッションは出かけるときはいつもちょっとメンドクサイが、戻ってくるときはいつもタノシイ。帰路は雨も上がっていた。
![]()
![]()
名古屋市は天白区原の「なつかし茶屋 沙冨蘭(サフラン)」。手作りの和食が評判の食事処兼喫茶店。もちろんお酒も飲める。明るく清潔な店内にはアンティークな日本人形(お雛様?)や調度品がさりげなく飾られている。店の奥にはアップライトピアノが一台。これはインテリアではなく、実際に使用するもの。不定期ながら、小編成小音量のライブ演奏をイベントとして行っているそうだ。
今回、同点でのわたしの演奏をアレンジしてくれたのは、名古屋市在住のピアニスト、ケンタロウ(佐藤健太郎)。彼とは3年前に知り合った。確かな演奏力とサービス精神に裏付けられた好感度バツグンのステージングに魅了された。昼間は会社員、夜時々歓楽街ロックンロール・オールディズ専門店のピアノ弾き、というのが彼のおおよその紹介になりそうだ。さて、その彼が今回はウッドベースの渡辺裕子嬢を誘ってわたしを迎えてくれた次第。
彼らには事前にメールで演奏曲目などを知らせてはいたが、結局、わたしのいつものステージ同様、まったくその場で変わってしまう。わたしはこの日、午前中に新宿発名古屋行きのバスに乗ったのだが、店に辿り着いたのが午後6時過ぎ。昨日のうちにケンタロウ氏が運んでくれていたアンプやマイクなど、期待どおりの性能を発揮せず、演奏スタートまでの短い時間、バタバタする。とはいえ、こんなトラブルも日常茶飯事。やりくりつけて演奏開始。
ケンタロウ、裕子両名の友人や、お店が呼んでくださったお客さんなどでほどよく満席。休憩後の2ステージ目には、裕子嬢のサックス吹きのご主人も飛び入り参加、4人になって演奏がさらに活気付く。音響的にイマイチではあったけれど、皆さんが楽しんでくださった様子にホッとする。演奏終了後、美味しい料理をいただき、ビールもたっぷり飲ませていただいて一息。岡崎から来てくださったSさんとも再会、少しゆっくりお話ができた。お店のスタッフを送るユカ店長の車に便乗し、北区の姉の家へ。お店の皆さん、共演のみなさん、ご来場のみなさん、ありがとうございました!
名古屋「スローブルース」。3月以来9ヶ月ぶり。この間、お店は同じビル内の2階から5階に引っ越していたが、カウンターの位置が左右逆になったくらいで、ほとんど店の印象に変化はない。今回も、チャビー小林氏がこの夜のショータイムを仕切ってくれ、前回同様「レッド・ダート・ブギー・シスターズ(赤土姉妹)」と自身のユニット「ながら族」とを共演者に決めていてくれた。わたしのバンドは、これまた、いつものようにベースのストーミー万太郎が手配してくれており、三角伸哉(Harmonica)、庄司聡(G)、平野ケンジ(D)の面々であった。 ![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
「赤土姉妹」は夏に、東京で一度ご一緒したので、今年共演3回目。いつ聞いていも、ひとみ&あきの二人の女性の演奏にはとても好感が持てる。「エンジェル・フロム・モンゴメリー」という、美しいカントリーナンバー、わたしは彼女たちの演奏を通して知ったのだけれど、彼女たちの歌声は、ジョン・プライン&ボニー・レイットの本家本元(?)よりも切なく琴線に触れた。「ながら族」は、チャビー小林(G,V)、草野健(G,V)、ペコ小林(P)、池田ヤング(B)、マイケルトシ(D)。実にかっちりタイトな演奏。チャビーはこの夜、テレキャスターを使用。いつもの330同様、素晴らしい音作りにも関心。はぁ、いつも音作りがいい加減なわたしにはタメイキ。わたしは普段あまりテレキャスターの音が好きではないけれど、まったくそんなことを思い出させない、素晴らしい音だった。チャビーのギターはフレージングももちろんだけれど、とにかく音が深く、クリアーで、美しい。見習わなくては!
さて、わたしのセットは、「赤土姉妹」と「ながら族」が配慮のうえ、たっぷり演奏時間枠を残していてくれたにもかかわらず、1時間をバタバタしてしまった。前回3月もそんな風になってしまったことを思い出す。わかな嬢(V)、リョーコ嬢(V)、ミッキー(G)、デカスー(G)らに次々にステージに上がってもらったりして、久しぶりに会ったみんなの顔を見て、勝手に「忘年会モード」になってしまったわたしの甘さがステージに出てしまったなぁ。アンプのセッティングも悪く、チャビーの美しい音と比べると雲泥の差。と、反省しつつも楽しく過ごした一夜。二日後のお店の定例ジャムセッションに参加表明してみんなとお別れ。この夜も、三角伸哉号に送ってもらう。よその土地では、いつものように自転車が使えなくて、とても不自由なわたし。そういえば、現在名古屋の人であるデカスー氏は、愉快そうに自転車であった!
やってきました、大阪、通天閣の麓、新世界。大阪訪問の折に、一度演奏してみたいと思っていたのが「串やライブ」。お店のHPから「演奏希望」のメールを出したところ、昨年の「ブルースイノシシ祭り」で知り合ったテキーラ(松田)氏から連絡をいただいた。なんと、テキーラ氏が「串やライブ運営委員会会長」だったのだ。そんな次第で、月1度の「串やライブ」12月号に、テキーラ氏のホストバンド「ソウルサラダ」と共演させてもらうことになったのであった。
わたしのメンバーは、フェイス金岡(G)、垣内正秀(B)、白沢宣人(D)の面々。これに、三々五々、応援に来てくれたブルースプレイヤーたちで特設ステージ(!?)前がにわかに賑やかになり、「ソウルサラダ」の演奏終了後、40分強のわたしたちの演奏もあっというまに終わったのであった。途中、群馬県出身現在大阪在住の高野一郎君にちょっとギターを弾いてもらう。来年3月開催の「高野一郎ショー」に誘われて、参加予定のわたし。高野一郎、大阪でもがんばれ!
さて、実際演奏してみての感想。特設ステージが店内の奥、やや窪んだコーナーにあるため、入り口近辺やカウンター席が心理的にも遠く感じられる。もともと居酒屋であるから、串カツを食べに来ているお客さんも、特に生演奏が聞きたくてそこにいるわけではない。また、店側も特にイベントとして大きく宣伝しているわけでもないらしい。来店してみたら、「あれ、なんかバンドが入ってるのね」という感じなのだろう。
もちろん、一般のお客さんの飲食の邪魔をするわけにはいかないが、しかし、楽しい音楽が飲食の邪魔になるはずがない!というわけで、この種の店でも積極的に斬り込むわたしであったが、やっぱり、ギターコードが短かく、音が出ているアンプも客席から遠かったかナ。投げ銭制であったが、結局、応援に来てくれていた仲間がチップをはずんでくれたのであって、イヤハヤ、ありがたいやら申し訳ないやら。みんなおおきにね。演奏終了後はみなで、もちろん、終電ギリギリまで呑んだのであった。
大阪天満宮のすぐ近く、「シカゴロック」。マスターが最近交通事故に逢い、集中治療室に運ばれたと聞いていたので驚いたが、どうやら回復された由。前回お会いした時と見たところ変わりないようだったが、元来あまり頑健ではないらしいのだ。それに、長髪に可愛らしいクリクリした瞳のせいで若く見えるけれども、実は、来年還暦だそうだ。
さて、この夜のメンバーは大阪を中心に活動している女子3名。ハモニカのミシシッピー・リトル・ショーコ、ベースの萱野みあ、ドラムの水野恵子。みな、普段はそれぞれに演奏活動をしているが、ここ3回ほど、わたしが大阪に行った時には、通称「関西フードゥーガールズ」となってサポートにまわってくれている。今回の演奏は「シカゴロック」の常連でもあるショーコが、店側と相談して、諸事手配してくれて実現したもの。
再会を喜ぶ4人の女子、小一時間の音合わせの後、「お客さんがどのくらい来てくれるかしらねぇ」と心配しつつも、事前に軽く乾杯。否、「軽く」のつもりではあったが、久しぶりに3人のブルースレディの顔を見て、すっかり嬉しくなったわたし、ジョッキがどんどん空になってしまったのだった。
お客さんの入りは気になるけれど、この女性たちと演奏できることが嬉しくて、気合十分のわたし、張り切って店に戻ると、なんと、予想に反して客席が埋まっている!お店の入り口に「ファイアー大道&関西フードゥーガールズ」のポスターも貼ってくれているし、他の3人もやる気満々、早速、ステージ開始!
「シカゴロック」はお店の造りが少々変則的で、ステージは店の奥、別室にある。客席とステージはぶち抜いたドア部分でつながっている。そのため、ドラムやベースは客席からは死角になっている。また、音の伝わり方も少々奇妙で、演奏しているわたしたちが聴いている音と客席に届く音が微妙に違う。しかし、細かいことは気にしないのが、度胸が勝負の「フードゥーガールズ」。休憩を挟んで、2ステージ、メンバー全員が最後まで集中力を失わず、同じものに向かって突撃した、ブルースパワー全開の演奏になった。広くはない店内にいつの間にか満員となった客席から、熱い反応が伝わってきた。
わたしたち、女子プレイヤーには、一般的に、力量不足が否めないことが多い。今回のメンバー4名も、必ずしも、卓越した演奏能力に恵まれているわけではない。けれども、わたしは彼女たちと演奏するたびに、深く深く感動する。
水野恵子の主張するドラムは、一時も消極的な「つなぎ」のドラミングをしない。常にアグレッシブ。そして、わたしの指示に鋭く反応して、曲を始め、盛り上げ、終わらせてくれる。、美少女(と言うほどには若くない?)リトルショーコは、見た目にも愛くるしく、ハモニカもどんどん上達して、確実に聴衆のハートをつかむ。ベースの萱野みあは「ブルースのこと、ようわからへん」などと言う風変わりな(失礼!)ベーシストだが、そのガッツあふれるシャッフルリズムには既に定評がある。そして、わたしも大したギター弾きではないけれども、現場で踏ん張ることにかけては人後に落ちないつもり。そんな4人が全力投球できたこの夜。とても幸福だった。
ところで、この夜、なんと、スパイダー・テツが客席に!サングラスに長髪の、何とも怪しい男がカウンターに座っており、「あれっ、スパイダー・テツ!?」と思っていたら、やっぱり彼だった。奥さんと(お忍び?)旅行中とのこと。びっくりしつつ、もちろん、飛び入りしてもらった。
また、この夜は、「シカゴロック」のシキタリどおり、わたしたちの演奏の後、土曜日の深夜ジャムセッションが始まった。スパイダー・テツももちろん参加して、「シカゴロック」初登場と相成った。同店常連のプレイヤーたちも三々五々集まり、この日初めて立ち寄ったという若者たちもフードゥーガールズがステージに引っ張り出してセッションに参加させ、ジャムも大盛況の夜。名残惜しかったのだが、さすがに「朝までジャム」はしんどかろうと、わたしは終電の時刻に店を辞した。店内がずっと込み合っていたので、ゆっくり「フードゥーガールズ」の揃い写真を写すチャンスを失ったのが残念。お酒をたくさんふるまってくれた店長、「もう死にそうです」などと言わずに、頑張ってください。「シカゴロック」どうもありがとう!
<画像上段:「ファイアー大道&関西フードゥーガールズ」、画像下段:ジャムセッション風景>
言わずとしれた、今や大阪ブルース界の代表店、ハウリンバー。「フェイント上岡バンド」「伝説のとっちゃん」という2つの地元のチームにわたしのチームが加わり、「三段腹ブルースナイト」(何というネーミング!)が開催された。
フェイント上岡組は、通常の彼のサポートチーム、「チェリーボーイズ」のドラム橋本真司が欠席だったため、あえてこの名前を使わずにエントリーの由。お馴染みのハウリンYOU娘(Key)、西川HEKO(B)の二人は参戦。さすがのステージ。わたしは彼がストラトを弾くのをあまり見たことがなかったように記憶していたが、ご本人によれば、結構使用頻度は高いのだそうだ。フェイント上岡のギターを褒めるというのも愚かなことだが、この夜もまったくスキのない演奏で、1曲1曲に起承転結があり、久しぶりの彼の演奏を、わたしは大いに楽しませてもらった。遠方から来たわたしのホスト役という意図で一番最初にステージに上がってくれたのだろう。おかげで、高いレベルで引き締まったスタートとなった。
さて、2番手の「伝説のとっちゃん」なるチームは、当日まで、その正体がまったく謎だったのだが、その妙な名前とは裏腹に、女性ボーカルをフィーチャーした非常に若くてスタイリッシュな4人組であった。チームの中心であるボーカルとギターの二人は、60年代のアートロック風のルックスであったが、ルース・ブラウンやルイ・ジョーダンなどを演奏。ボーカルの女性がハモニカで「ジューク」を演奏したときはヤンヤの歓声だった。
そして「ファイアー大道組」。前々日の新世界「串や」での演奏同様、フェイス金岡(G)、垣内正秀(B)、白沢宣人(D)。これに、東京から高槻に転勤したばかりのクレイジー清水(K)が加わり5名。さらに、ゲストにハモニカのマツケン、北海道出身のギターのケンミ君などにも飛び入りしてもらう。少々ラフな演奏になってしまったのは、わたしのせい。一週間前の名古屋「スローブルース」での演奏と同様、またもや、忘年会モードが入ってしまったのだ。おまけに、前日とはうってかわって指が動かなかった。フェイント上岡の前で、ちょっとはマシなギターを弾きたいなどと、邪念を抱いたのもいけなかったのである、イヤハヤ!
この夜は、夏に小樽で演奏したときにお会いしたOさんが、当サイトの演奏日程をチェックして足を運んでくださった。尼崎から北海道へツーリングに来ていて、いよいよ小樽からフェリーにのって帰るというその晩に、わたしの演奏を聞いてくださった方である。嬉しいことだなぁ。他にも、前々日も顔を出してくれた高野一郎君、前日も一緒だった萱野みあ嬢も足を運んでくれたりと、有難い限り。先述のとおり、やや荒っぽいステージになってしまったものの、かくして、大阪塚本「ハウリンバー」にてのわたしの演奏は、2008年の演奏納めとも重なり、感慨深く終了。みなさん、おおきに、ありがとう!
<画像上段:「フェイント上岡バンド」と「伝説のとっちゃん」、画像下段:「ファイアー大道バンド」>