[ 演奏記録 2009年1-6月]


1月10日(土)練馬区江古田 江古田倶楽部

2009年の演奏始め、ドコ山岡(G)、タッド三浦(B)、バットマン小森(D)と。芸歴の長いタッド三浦が同店初出演というのも驚ろきだが、彼を見たマスター、BGMで彼がギターで参加しているCD「ナット・ダブ/Deep Blues Experience」をかけて歓迎してくれた。というわけで、せっかくなので3曲ほどフロントでも演奏してもらい、同店でのタッド三浦お披露目とも相成った次第。

アットホームな江古田倶楽部、休憩をはさみつつ、たっぷり2時間演奏。リピートして聞きに来てくださるお客さんへの感謝のつもりなのだが、ちょいと長過ぎたかも。演奏後、マスターがわたしのギターについてコメントをくれる。常日頃自分でも強く感じている弱点ゆえ、今年は少しでも改その課題を克服できれば、と思う。


1月11日(日)千葉県佐倉市 サンライズ

昨年秋以来2度目の出演。メンバーは長浜太郎(G&V)、タッド三浦(B)、藤井雅之(D)。成田市在住のカモネギは、勤め先の緊急事態に対応すべく、急遽出演取りやめとなったものの、足りない機材を運びがてら顔を見せてくれる。出演キャンセルを何度も詫びつつ、職場へかけ戻る彼の姿に、働き盛りの30代は大変だなぁとつくづく思う。

ところで、この日は九州から関東方面に遠征中の「佐野マサル&スマイリーボーンズ」がゲスト出演。1日スケジュールが空いたとのことで、急遽、合流してくれたのである。わたしは彼らの演奏を数年前渋谷で聞いたことがあったが、面と向かって互いに挨拶したのは初めてであった。佐野マサル君はまことにギターが上手で、ギター少年たちの憧れの的であろうことは想像に難くない。せっかくの熱演、お客さんがあまり多くなかったのが残念ではあった。

演奏終了後、東京に引き返す「スマイリーボンズ」と別れて、わたしたちは聞きに来てくれていたS氏の車に乗って、彼の住む銚子へ。連休を利用して横浜から放浪して来場のルンバ鈴木も拉致(?)して、房総半島をひたすら東へと向かった。


1月12日(月・祝)千葉県山武市 ビアレストラン寒菊

銚子を出発して約1時間、山武市のビアレストラン寒菊へ。2009年も、例年どおり、計4回の出演が決定しているが、「成人の日」のこの日はその第一回目。いつものように近郊の音楽ファン、ダンスファンのみなさんが集まって満員御礼となる。

長浜、三浦の他、前夜から行動を共にしているドラムのルンバ鈴木が加わり、また、現地にて「ブルースモンキーズ」の若者たちと千賀喜通(G)も合流。楽器を持ち替え、パートを交換しながら、総勢9名で賑やかに3時間のショータイム。最後はステージ前に、馴染みの女性客のみなさんがほとんど全員出てきてステップを踏む。さながら「寒菊婦人会」新年決起大会(?)の様相。ビアレストラン寒菊のご常連のみなさん、今年もよろしくおつきあいください!


1月17日(土)大和市(中央林間) パラダイス本舗

「ちい旦」さんに誘われての演奏。新宿から小田急線の特別快速に乗ったら、案外、あっという間に着いた「中央林間」。マスターは「久保田真琴と夕焼け楽団」のメンバーだった藤田洋介さんとお聞きしていたが、確かにお会いしてみると、昔、音楽雑誌で見たことがあるような気がした。「パラダイス本舗」は街道沿いにポツンとたたずむ一軒家。マスターと奥さんが暖かく迎えてくれた。

ちい旦さんが企画したこの「ブルースナイト」は、「ちい旦(G&V)&アオイタケオ(Harmonica&V)」「ファイアー大道」「リトルシゲル」の3組の出演。わたしは前日に参加表明のあったルンバ鈴木(D)と、当日初顔合わせとなった居相さん(Harmonica)と一緒に演奏。リトルシゲルはソロ演奏の後、居相さんにも加わってもらって数曲披露(彼らは既知の間柄であった)。そして、最後は、マスターも加わり全員でワイワイと。

お店のご常連が集まってくれ、わたしは楽しく演奏させてもらった。また、この夜はアオイタケオさん、居相さんというプレイヤーと知り合うこともできて大満足。考えてみると、わたしはこれまで神奈川県内で演奏したことがなかった!アットホームな「パラダイス本舗」のおかげで、何となく縁遠かったカナガワケンが身近に感じられるようになったみたい。是非またお邪魔します!!

<画像提供:ちい旦>


1月21日(水)阿佐ヶ谷チェッカーボード ジャムセッション
常連の参加者が何故か集まらず、静かな夜。旅行中のなまず亭マスター、じょに氏が寄ってくれた。何と言っても、彼こそはチェッカーボードの前身、「ギャングスター」のマスターだったのだ。2曲ほど彼もその美声を披露してくれた。「じょに」などという洒落た(?)ニックネームのせいか、彼に実際に会ったことのない人は、何となく「オシの強い、アクの強い人」を想像するらしい。ところが、実物の彼はお国訛りも優しい、含羞の人である。「『自分探しの旅』に出てきた」などと笑いながら、自分で自分を揶揄していたけれども、それもあながち嘘ではないらしい。いくつになってもそういうブンガクテキなところの見え隠れする人である。そんなじょにと、チェッカーボードの女将ツッチーと、ジュークジョイントナッシュ(小金井)のマスター、ジミケンの3人で、「ときどき、ヨソの店で飲みたくなるよね」と意気投合している様子なのであった。

1月23日(金)渋谷 ブルーヒート

2ヶ月に1回、金曜日のノーチャージディで行っている「ファイアー大道ブルースショー@ブルーヒート」、2009年最初の演奏は、おなじみ藤井雅之(D)の他、石田かずまさ(G)、伊藤敦(B)の若者二人を加えて。石田・伊藤の楽器リペア専門学校の友人たちが応援に来てくれて賑やかな夜となる。

伊藤敦と知り合ったのはもうかれこれ4年くらい前だったろうか。大学の先輩のベーシストに連れられて「BLUES T.A.D.」に来るようになり、あれよあれよという間に、上達してしまった。たいへん無口なので、普段はいるのかいないのかわからないような若者なのだけれど、ステージに上がってベースを弾くとあっと驚かされる。今ではわたしのバックを任せて、まったく不安がない。こういう寡黙な青年(少年?)は家で、ひたすら練習に集中しているのだろうなぁ!

一方、石田かずまさは、伊藤敦より少し遅れて「BLUES T.A.D.」に顔を出すようになった。当時18歳だったらしい。「スティーヴィー・レイ・ボーン」フォロアーということが一聴してわかるギター小僧だったのだが、この彼も気がついてみたら、オーソドックスなブルーステイストを身につけたギタリストになってしまった。恥ずかしがってマイクの前で声も出せなかったのに、最近は堂々と歌う。それどころか、普段の無口で女の子のような優しい印象とは裏腹に、男性的なボーカルスタイルで、初めてそれを聞いたときはびっくりしてひっくり返りそうになったほどだ。イヤハヤ!

演奏終了後、この二人の若者とその友人たちとお喋り。みんなギターを弾く若者たち。血のつながりはないけれども、楽器を弾くことがなによりも好きな子供時代を過ごしたであろう、こういう若者たちこそ、わたしの子供みたいなものではないか。彼らはこの先、実生活でいろいろな変化を経験して、演奏に集中できない時期も迎えるだろうな。悩み多い若者に、わたしは何の役にもたたないのだけれど、彼らがふと思い出したときに「ファイアー大道がまだどこかで演奏していた」という風でありたいなぁと思う。


1月24日(土)高田馬場 ディグライト
「アコギだよ、全員集合!新年会」という企画。千葉県在住のシンガーソングライター、hiroさんの仲間たちが14組集まっての演奏会。

hiroさんに高田馬場ディグライトを紹介したのがわたしだったこともあり、hiroさんがわたしの出演順を最後に設定していた。後半はどんどん店内もリラックスムードだったので、ハマケン、スケサン、与太郎の皆さんにもステージに上がってもらって、一緒に演奏したのであった。

久しぶりにお会いする人、初めてお会いした人など、まさに「新年会」という感じであった。ブルース仲間の集まりなどと比較すると「大人しい」という印象を抱いたのは、ビールをガブガブ飲んでいる人間が少なかったからだろうか。たくさんの出演者をとりまとめてくださったhiroさん、お疲れさまでした!

<画像提供:Ms. mama>


1月25日(水)阿佐ヶ谷チェッカーボード
地味ケンこと中尾ケン(スネアドラム)とデュオで。ソロスタイルの確立に暗中模索中のわたし。ソロではどうしてもグルーブ(勢い)が出ないのが悩みの種。やはり打楽器が入ってくれるとありがたい。わたしの理想としては、大道芸人のように、足がパーカッシヴな貢献をすることなのだが、まだまだそれどころではない。

この日の他の出演はナカヒラミキヒトさん。全身鉄板(?)のリゾネータギターとドスの効いたハスキーボイス。ブルースナンバーの他にも、古い歌謡曲やスタンダードポップスを彼流に料理して演奏。わたしは初めてお聞きしたが、やはり、最初からソロで活動している人というのは独自の世界を持っているものだなぁと思う。それはある意味で、非常に重たい。今わたしがやっている活動とは随分ニュアンスが違う。そんなことをいろいろ考えながら、彼の演奏をじっくり聞く。ギターがとても上手なのだった。


1月30日(金)高田馬場 ディグライト
砂金浩子(V&Sax)、ジャック原(B)、藤井雅之(D)と。サイドギターなしだったので、「もうちょっと何とかしなくては」と思いながらも、気の利いたことがまるでできないままに3セット終了する。

寄ってくれたスラッピー峰氏、カウンターで飲酒中のところを無理やり(?)ステージに上げる。


1月31日(土)阿佐ヶ谷 シカゴ
ソロで。現在のところ、一人で伴奏して歌うことのできるレパートリー10曲を全部試す。どうして同じところで毎回ミスをするのだろう?反復練習不足なんだろう。体調が悪くもないのに、歌の音程が取りずらかったのはどうしてだろう?演奏前に満腹したのがいけなかったのだろうか...。

2月6日(金)高田馬場 ディグライト

前週に引き続いての出演。急に決まった演奏だったのだけれど、同年齢の仲間を中心にバンドメンバーが集まった。すなわち、blues'n cuirtain (下川裕明)、パピ岩岸、スラッピー峰、ジャック原、そしてわたし。2年前の「ブルースイノシシ祭り」の昭和34年組。これに、一世代若い藤井雅之が加わってくれた(ちなみに彼は子年)。

ギターとベースの組合わせを変えて、3ステージ。やや雑然とした印象のショータイムになったが、客席にいたアメリカ人のRさん(ギター)、フランス人のMさん(ハモニカ)などにもステージに招いて楽しんでもらった。

蛇足ながら、この店はご近所ということもあり、たびたび残留時間が長くなるのだけれど、この夜も、ご常連のS嬢、店の女将CとスタッフG嬢の4人ですっかり朝までコース。ハープ(ハモニカではない)奏者のS嬢はその道のプロフェッショナル。彼女が同店に預けてあるハープを、この夜、弾かせてもらうことができた。わたし、実は子供の頃、ハープに大変関心があった。母親に「おかあちゃん、ピアノはいやだ、ハープを習わせてくれ!」と頼んだことがあったほどなのだ。しかし、そんな願いはあっさり却下され、いやいやピアノを習わされて、見事に音楽嫌いの小学生になったわたしであったが、この日は、齢五十にして、期せずして、生まれて初めて、憧れのハープを触った記念日と相成ったのであった。

<右画像:本物のハープを抱えて、大満足の図>


2月7日(土)豊島区東長崎 スプーンフル

偶数月の第一土曜日開催の「ブルース小編成ナイト」、2009年第一回目は、リトルシゲル、石田陽介、タッド三浦を迎えて、それぞれソロで演奏。いずれもギター巧者で聞きごたえ十分であった。常々店の名前になっている名曲「スプーンフル」を演奏したいものだと思っていたが、それが実現していなかったのだけれど、この夜、とうとうタッド三浦が披露してくれた。

ご常連の他、HPを見て来てくださった方などで店内ほどよく満席。お名前は聞いていたが、初めてお会いした宮倉由美さんには、ゲストとして3曲ほどボーカルを披露してもらう。店内大興奮。最後はいつものように出演者全員で賑々しく。この企画、今年もどうぞよろしく!


2月12日(木)新宿区荒木町 スーニャ

ギタータッド三浦、ハモニカ円城寺重之と。小粋でお洒落なバー「スーニャ」には特に機材も常設していないので、窓際の1席をつぶし、持ち込みアンプ2台を置いて演奏スペースを確保。マイクとマイクスタンドは店の備品なり。数日前に初めてわたしの演奏を聞いてくれたN嬢が立ち寄ってくれた。


2月15日(日)高田馬場ディグライト

「ブルースT.A.D.ショータイム」に40分枠で出演。門外から、石田陽介(G)、砂金浩子(S)、バットマン小森(D)が参加してくれた。ベースは伊藤敦。メンバーの好演に支えられて、久しぶりに心地好い大量発汗となる。他の出演は、「モージョーママミンコ(ソロ)」「藤井充俊セット」「タッド三浦セット」であった。


2月18日(水)阿佐ヶ谷チェッカーボード
いつもの定例ジャムセッション。2月の担当日。いつものように約10名の参加。常連のベーシスト坂本氏より、「Rocket88」に関する雑学知識ならびにジャッキー・ベンストン版とジェームス・コットン版の違いについて教えてもらう。ふむふむ...。

2月21日(土)仙台ヘブン
   2月22日(日)郡山ワークショップスタジオ
「Blues T.A.D.」関東組と東北プレイヤーとの交歓会。不定期に開催されている。今回の関東からの参加者は、タッド三浦を頭に、ブルースモンキーズの4名(ツナキ、ケイタ、シンノスケ、ハルキ)と千賀、大道。

2日間のプログラムの第一日目は仙台で。「ヘブン」のスタッフでもあるカズマ、イトウの両君と大学生の太田君らとセッション、そして、ライブ演奏。ショータイムには、昨年の「仙台定禅寺ストリートジャズフェスティバル」で知り合ったSさんがご夫君と一緒に来場くださったり、臨月どころか出産日を過ぎたけれどもまだ赤ちゃんが出てこないという、ボーカリストのワカちゃんが大きなお腹で足を運んでくれた。

ちょっと冷え込んだ日であったが、終了後は関東組、全員1台のバンに乗車して郡山へ。仙台の定番食堂「半田屋」に寄り、予定の健康ランドへ。お風呂でゆっくり暖まり、休憩室でわたしはお昼までぐっすり眠った。

<下画像:提供、千賀喜通氏>

2日目は、健康ランドを出発して、やはり「半田屋」に寄り、「ワークショップスタジオ」へ。

考えてみれば、郡山の清水良一さんとはそろそろ10年来の付き合いになる。わたしより、2つ3つ年長の彼。わたしがちょうどブルースを始めた頃、彼もやっぱりギターをもう一度手にしてブルースに取り組み出して間もない時期だった。わたしは東京、彼は郡山だから、年に一度くらいしか会わないのだけれど、ここ数年、驚くほどギターが上手になっている(失礼!)。年も近いし、同じような芸歴(?)なので、わたしはライバルのつもりでいるのだが、ここのところ大きく水をあけられてしまっている!

その清水さんが主宰する「ワークショップスタジオ」は、会員制のスタジオおよび活動母体の名前である。これまで、「マックスウェルストリート」「バートランド」と2つのお店を経営して来た彼だが、今は「儲ける」必要のない「ワークショップスタジオ」が気に入っているそうだ。ここ最近のギター上達の理由も、「店を経営していたときよりもずっと時間にもゆとりがあり、練習に集中できる」からだそうだ。

この日、そんな「ワークショップスタジオ」には、ここを拠点に練習し活動している地元のプレイヤーが三々五々集まった。みんなほぼわたし世代の中年層なので、十代のブルースモンキーズの連中がひときわ若々しい。半年ぶりに当地にやってきたモンキーズ、彼らの演奏にみな「また、巧くなったね!」と口を揃える。ショータイムにはお客さんも入ってくださり、文字どおり会員による手作り(床上げ、防音設備、機材等)スタジオが楽しく盛り上がる。ところで、いつも、千葉県松尾の「ビアレストラン寒菊」でお会いするダンス協会のペアが、郡山のダンススタジオ視察を兼ねて、わたしたちのところへも様子をみに立寄ってくださった。

同スタジオのママ的存在のナナさん手作りの「すいとん」も美味しく、「また、近いうちに!」と皆さんとお別れ。翌日、月曜日は学校に戻るモンキーズを、やはり翌日仕事の千賀さんが車で引率して千葉に出発。タッド三浦とわたしは朝まで郡山に残留し、早朝の電車で東京に戻った。

<下画像:提供、千賀喜通氏&清水良一氏>


2月27日(水)阿佐ヶ谷チェッカーボード
現在のところ、同店限定(?)のユニット、「ファイアー&ケン」のデュオ。わたしの弾き語りスタイルの演奏と歌に、中尾ケンがスネアドラムでサポートしてくれる。あまりレパートリーが増えないのが玉にキズ。余裕をもって2ステージできるくらいのレパートリーを持ちたいものだ。演奏の前後は、ケンさんと同店の女将ツッチーと3人で、いつも何かと雑談に花が咲く。この夜も店で呑気にしていたところ、帰りの電車の乗り換えでとてもスリリングな目にあってしまった。

この夜の他の出演者はフォーク系デュオ「乙女ねこ」のお二人であった。


2月29日(土)朝霞ビー・ハウス
2009年最初の朝霞「ビー・ハウス」は、同店音楽監督のバットマン小森、リトルシゲルのお馴染みメンバーと、初共演の藤田雄平(G)君であった。

リトルシゲルはこの日はベース。わたしをはじめ、彼の演奏を聴く機会の多い者は、彼のベースもギターに劣らず「かなりの優れもの」であることは承知しているのだが、同店マスターは、この日、初めて彼のベースを聞いた様子。「ベースもいいね!」などと声をかけているのを耳にする。わたしはバットマンとシゲルのバックで安心して演奏。藤田雄平君とは、どうやら、昨年、渋谷の某ブルース店で来日中のカルロス・ジョンソンを交えてセッションをしたときに遭遇していたらしい。これまで、何度もシカゴを訪れて現地でセッションを重ねてギターの腕を磨いて来たようだ。

ほどよく満席となり、客席とも打ち解けた夜。シゲルや雄平君、そして、飛び入りもしてくれた彼らの友人ヨシノ君ら、好青年たちの歓談風景を横目で見ながら、何となく頼もしくも嬉しく感じるのは、わたしの疑似母性の為せる業であろうか。前夜に引き続き、スリリングな終電乗り換えをして、ホッと最寄駅に辿り着いたのはいいけれど、駐輪中の自転車を忘れてどんどん歩き出し、2つ目の信号で「どうしてわたしは自転車に乗っていないのか?」と気づく。大丈夫か、ファイアー!?


3月7日(土)阿佐ヶ谷 シカゴ
ソロのつもりで出かけたが、円城寺重之(Harmonica)率いる「スタックハウス」の連中も出演者として来店していたので、彼らと一緒に演奏した。しばらく休業状態だった有坂瑞人(D)君と久しぶりに再会。彼がいたので、「ホンキー・トンク」やら「リトル・バイ・リトル(ジミー・ジョンソン版!)」もやってみた。バッチリ合わせてくれたので、楽しくなった。

この夜の他の出演者は「mano」。エレキでソロのパターンだが、歌もギターも素晴らしかった。「ソロだからといって、カントリースタイルを模倣するのも、わたしの場合はうまくいかない」と実感しているわたしには、大いに目標になる演奏だった。


3月8日(日)阿佐ヶ谷 チェッカーボード

「(ちょっと遅い)チェッカーボート・ブルースひな祭り」。昨年も女子出演で固めて企画したが、今年も同様に女子天国で。ただ、今年はフルバンドにはならなかった。ギター2本とサックスが伴奏担当。すなわち、わたし、モージョー・ママ・(原本)ミンコ(G)、砂金浩子(S)の音楽隊。これに、るびい栄子、古賀節子、そして店の女将ツッチーの3人のボーカリストが加わった。

参加者全員が歌も担当するので、1人3曲づつをメドに、歌い手が次々と交代。音楽隊3名、奮闘す。砂金のレパートリー「君去りし後」のコード進行が怪しくて、白旗を振っていたわたしだが、スタート直前にミンコが頭の中のコード進行表をメモにして渡してくれる。さすがである。大いに助けられて、わたしも無事参戦と相成った。わたしが低音のベースパートを担当し、ミンコが高音部分で大いに動く。かなり積極的に弾き込んでいたのが印象的。

さて、この夜は宮倉由美嬢がゲストで登場。パンチのある魅力的なボーカルに、がツンとストラトキャスター。ブルースロック調であるが、とても好感が持てる。それは多分、彼女のサービス精神、ステージ上での責任感のようなものがヒシヒシと伝わって来るからなんだろう。店中を見事に湧かせてくれた。

店のご常連たちがとにかく盛り上げてくださったので、わたしたち「草の根ブルース女子部」も楽しく演奏させてもらったが、それぞれに反省事項は多い。まだまだ拙い演奏だが、「またやろう!」と団結する。ご来場のみなさん、本当に、ありがとうございました!

<画像提供:モージョーママ・ミンコ>


3月11日(水)阿佐ヶ谷 チェッカーボード
定例ブルースジャムセッション。あまりお会いしないプレイヤーが、奇しくも参加者の半数を占め、新鮮な雰囲気で(?)進行。いつもながらの小さな店での、総勢10名による満員の夜であった。

3月13日(金)高田馬場 ディグライト
K.O.小泉(G)、ねもと雅子(B)、藤井雅之(D)と。1ステージをK.O.小泉のボーカルで、2ステージをわたしのボーカルで。「手にギターがつかない」ような状態で、我ながらがっかりする。仕事を終えてからの金曜日の演奏は、案外、難しいものだ。ウォーミングアップ不足なのだと思う。ところで、ドラムの藤井雅之の職場の同僚・友人・子分らが大勢来て、最後まで残ってくださる。何やら訳ありのようだったが、さて、事の仕儀はその後いかが相成ったものやら...。

3月15日(日)高田馬場 ディグライト
「ブルースT.A.D.」ショータイムに、モージョママ・ミンコ(V&G)、るびい栄子(V)と組んで出演。

今回は、わたしはなるべくマイクの前に立たずに、バッキングに徹するつもりだったのだが、やっぱり、最後の最後でチョイと頭を出してしまった。これはもう性分である。音楽の演奏であれ、職場の会議であれ、わたしは「始まり」と「終わり」がピシッとしないイベントが耐えられないのだ。そして、イベントは何であれ、多くの人にとって、一目瞭然、一聴判然、スッキリわかりやすくなければいけないと思っている。何となくモチャモチャしたステージになってしまった昨夜、モージョママ・ミンコとるびい栄子の二人に任せるつもりが、やっぱり最後は介入してしまったわけで、イヤハヤ、ドーモスイマセン!

また、自分の演奏も不十分で、数日にわたり恥かしい思いをした。いかに恥知らずな(これまた!)性分とはいえ、反省せねばなるまい!


3月20日(金・祝)山武市 ビアレストラン寒菊
春のお彼岸の日。車で出かけることの多い「ビアレストラン寒菊」だが、この日は藤井雅之(D)と電車で東京から出かける。最寄駅、「松尾」で銚子の友人たちにピックアップしてもらってレストランへ。店で「ブルースモンキーズ」と合流し、わたしのステージでも、ギターとベースは彼らに担当してもらうつもりであった。

予定どおり、ブルースモンキーズにサポートしてもらいながら、3ステージ。うち、1ステージはまるまるブルースモンキーズで。彼らもすっかり同店では馴染みとなり、彼らからすれば祖父母の世代のご常連たちに可愛がられているようだ。実際、5月に地元で開催されるダンスパーティーに、プロのバンドとともに、伴奏者として演奏依頼されているそうだ。

最後のステージは出演者総出で。ご常連にもパーカッションで参加していただいたが、いつもより出足が悪かったのはご愛嬌か。年4回の同店での演奏、次回は7月の休日、海の日なり。

<画像提供:Mr. Sakurai>


4月4日(土)豊島区東長崎 スプーンフル

「ファイアー大道企画・ブルース小編成ナイト」、今回の出演は「ちい旦小田」「古賀節子w/Tバード大谷(G)、藤井雅之(D)」。2組だったので、時間的に比較的ゆったりと進めることができた。この企画によく参加してくれる石田陽介、第一子誕生後間もないので敢えて誘わなかったのだが、カメラを持ってぶらりと立寄ってくれた。もちろん、最後のセットでギターを弾いてもらう。久しぶりにお会いした「らくだ」さんにも飛び入りしていただいた。


4月10日(金)渋谷ブルーヒート
マーシー伊藤(ハモニカ)、中尾ケン(ドラムス)の3人で。ケンさんは小金井で「ジュークジョイント・ナッシュ」という店を経営しているが、この日はお店を休業して参加。彼のデュオユニット「ステイ・ブルー」で相方を勤めるハモニカ&ボーカリストのドラゴン氏(写真右の左人物)が応援に来てくれる。というわけで、ドラゴン氏にも1曲ゲスト出演してもらった。わたしはこの数週間音楽に集中していなかったので、リハビリの気持ち。お客さんは少なかったけれども、何となく気分も転換。(演奏の出来・不出来とは係わりなく)よい感じであった。


4月18日(土)・19日(日)高田馬場ディグライト
「ねもと雅子&ファイアー大道:ふたりのバースディライブ2009」。わたしがブルース演奏活動を始めた頃には、既に大スター(!?)であったベーシスト、ねもと雅子。彼女とわたしは誕生日が同じである。

2003年にも一度「ふたりのバースディライブ」というのをやった。誕生日をダシに集客するといのもいかがなものかという感じなのだが、数ヶ月前にねもと雅子と会ったときに、「またやろうか?」とわたしが持ちかけたのであった。今回が6年前と違うのは、誕生日イブも含めて2日間連続ライブにしたことである。18日の担当がわたし、19日の担当がねもと雅子ということにした。

第一日目、18日。この夜のオープニングには、blues'n curtain こと下川裕明が友情出演してくれた。彼が集めたメンバーは、リトルシゲル(G)、田村奈津子(B)、藤井雅之(D)。リトル、田村の両名と演奏するのは初めてだったそうだが、彼らの好サポートに高揚してだろうか、ギター炸裂の感あり。聴き応え満点の演奏だった。

一方、わたしとねもと雅子の組は、大阪から参加してくれた水野恵子(D)、田中祥子(H)、そして東京在住の砂子浩子(S)の5人。水野、田中の両名とは、ここ数年、大阪で演奏する機会が多く、一度東京でも一緒に演奏したいと思っていた。そこで、今回、いの一番に誘ってみたところ、快諾の報。誠に嬉しい首尾と相成った次第。

さて、このチームで2ステージ。恵子嬢(水野)、Mリトルショーコ(田中)はそれぞれにボーカルも取るのだが、ステージ上であまり歌い手の交代が続きすぎると散漫な印象を客席に与えるので、今回は、1ステージにそれぞれ1曲づつ披露してもらうにとどめた(同じく歌い手でもある砂子に至っては、今回は完全にサポートにまわってもらった)。2ステージ目には、大阪組の応援に来てくれていた3名のプレイヤーにも、ちょっぴりステージに上がって演奏してもらった。たくさんの方に来場していただき、満員御礼となり、また、大阪組への交通費カンパの精神にもとづくチップもたくさん頂戴した。

第二日目、19日。ねもと雅子が集めたメンバーは、昨夜に引き続き友情出演の下川裕明(V&G)の他、林まゆこ(G)、坂野タカ(V&G)、吉原亜矢子(D)。ねもと、吉原のリズム隊は変わらず、4名のギタリストの組合わせを変えて3セットとした。すなわち、「下川(V)&林」「坂野(V)&林」「大道(V)&坂野」。

吉原、林の両嬢とは初めてご一緒したが、いずれも超強力なプレイヤーで圧倒された。シモッチ(下川)も二人のハードな演奏に煽られてだろうか、前夜に増して、ギター弾きまくりの感あり。アリンス(吉原)は反応よくビシバシとフィルを入れて盛り上げ、まゆこ嬢(林)のギターソロはこれまた激しく軽快で、シモッチとよく絡むのであった。また、2セット目のタカ(坂野)は若干21歳ということだったが、堂々としている。オーティス・ラッシュファンらしい。オーティス・ラッシュは人気の高い人だが、特に若いギタリストにフォロアーが多いように思う。タカ君も今年中にはシカゴへ行く予定だそうだ。

比較的ハードな演奏が2本続いた後でのわたしの出番。誰と演奏しても、結局、いつもどおりのわたしだが、サイドギターに回ったタカ君にはリバーブを押さえてもらう。前夜と比べて、寂しい感の否めない客席ではあったが、かくして、「ふたりのバースディライブ」連続興行も無事終了。演奏に参加してくれたプレイヤーのみなさんと、お店に足を運んでくださったみなさんに心から御礼申し上げます。ありがとうございました!


4月22日(水)阿佐ヶ谷チェッカーボードブルースジャムセッション

総勢13名の参加で賑わう。一時期、若者たちの参加が目立った同店のジャムセッション、この夜はぐっと高齢化。セッションも終盤にガブリエル奥田が吉祥寺から仲間を連れてくる。店内、一気に加熱。ガブリエルは素晴らしい美声の持ち主の美男子だが、彼が歌うとブルースもムード歌謡になるのだ。一堂大いに楽しんだのであった。


4月25日(土)阿佐ヶ谷シカゴ

わたし、リトルシゲル、林正樹の3人の出演者。聞きに来てくれた宮倉由美さんにちょっと飛び入りしてもらう。林さんは「正調ロバートジョンソン」といった演奏を披露。初めてお聞きしたので、すっかり弾き込まれた。


4月26日(日)我孫子 一期

カモネギたかひろがお店と企画してくれたブルースナイト。昨年の同店での演奏からちょうど一年目。昨年同様リトルシゲルが加わり、3人で2ステージ。1ステージはわたしが全曲歌ったが、2ステージ目は、カモネギがPAの他、ドラムセット、ベース、エレキギター、スチールギターなどを持ち込んでいたので、楽器をいろいろとりかえてバラエティに富んだショーに。リトルシゲル弾き語り、カモネギ歌うトークショーなど。おいしい料理もたっぷり頂戴した夜であった。


5月9日(土)阿佐ヶ谷チェッカーボード 「ソロナイト」

ソロ弾き語りスタイルで、わたしを含め、パピ岩岸、トミー増田、KO小泉、宮倉由美の5人が演奏。岩岸、増田、小泉、大道はブルース、宮倉は自作曲を中心に。ブルース組はそれぞれに試行錯誤しながらも好演。わたしは久しぶりにアコスティックギターを使ってズッコケる一方、宮倉由美さんの説得力のある演奏にみな大喜び。急な招集にもかかわらず、参加を快諾してくれた出演者と、立寄ってくださったお客さんに感謝!


5月16日(土)阿佐ヶ谷シカゴ
ソロ弾き語りスタイルで。一つ前の演奏でアコギを使用してズッコケたばかりだったので、安全策として、いつものようにカジノを持参する。わたしの場合、アコギでステージに立つためには、どうやら1週間以上前から毎日この厚みのある楽器を抱えて、太い弦とネックを触っていなければダメらしい。

出演者が4組あったので間奏部分を短くしたり、予定していた10曲中1曲省いたりしたが、基本的にはイメージしていたようになった。ソロ演奏では事前のイメージトレーニングも思いのほか有効かな?さて、この夜の他の出演は「ブルースホッピーズ」「深川慶」「森元大輔」のみなさん。いずれの組も久しぶりだったので、演奏幕間の歓談も含めて、楽しく過ごしたのであった。

<画像提供:深川慶氏>


5月17日(日)高田馬場ディグライト

「Blues T.A.D.」全員参加型のスペシャルショータイム。チーム編成は「緩いローカリティ」に基づき、「埼玉組」「神奈川組」「千葉組」「北海道組」の4セット参加となる。わたしは、もちろん、「北海道組」で、門下では一番新しい方のメンバーであるパピ岩岸のサポートのつもり(だったが、ろくなサポートになっていなかったか...)。

このスペシャル企画も開催第3回目とあってマンネリ化するのではと案じていたけれど、蓋を開けてみると、日頃よく知ったはずの各人のプレーに向上や前進が顕著で、賞賛しつつ楽しむことができてとてもよかった。半年後の次回は「Blues T.A.D.旗揚げ10周年記念号」になるらしい。幹事役を拝命(!)したので、今回をさらに上回る楽しい企画にしたいものである。


5月20日(水)阿佐ヶ谷チェッカーボード ブルースジャムセッション
この夜の参加者は総勢8名。ボーカルを取る人が少ない。ステージでボーカリストになる必要はないけれど、ギターやハモニカを扱うなら、やはり何曲か「持ち歌」を持っているのが自然とわたしには思える。それで、ただただギターだけ弾いている参加者にはそう言っているのだけれど..。

5月23日(土)練馬区 江古田倶楽部

ベースに伊藤敦、ドラムにバットマン小森を迎えてトリオで。同店での演奏も、昨年来、かれこれ3、4回目だろうか。ご常連が集まってくれてアットホームに。2部からは、寄ってくれたドコ山岡も完全フューチャリングとなり、また店内にいたプレイヤーも皆ゲスト登場、ワイワイやる。

演奏終了後も残っているみんなと歓談。自転車で出かけているわたしは終電を心配する必要もないので、完全に江古田住人と化し、朝7時まで摩訶不思議な江古田ワールドに浸ったのであった。 ちなみに、演奏風景を記録しそびれ、専ら歓談風景の画像なり。


5月29日(金)渋谷ブルーヒート
ここ数年、隔月で、月末の金曜日ノーチャージディに登場中のわたし。ここしばらく、トリオで演奏することが続いたが、この夜はソロ弾き語りスタイルに、藤井雅之にカホンで付き合ってもらう。

ギター演奏がなかなか安定しないレパートリーも未だに数曲あり、問題も解消していないのだが、この日は新レパートリーも2曲加えてみた。歌い込みの足りない曲は、ギターも脆くなるのが実感される。演奏後は藤井雅之に、近年のカホン奏法のトレンド(?)などを教えてもらう。

ところで、わたしはソロ演奏のときには、足踏みでビートを出せるようになりたいと思っているのだが、なかなかうまくいかない。途中でリズムを外さずに、1曲中ずっと足踏みするのは容易ではない。それができるようになったら、「ストンプ・ボックス」を使ってみるのも面白いかもしれない。この足踏み用の箱が3000円代で市販されていることも、藤井雅之に教えてもらった。


5月30日(土)高田馬場ディグライト

ベースに伊藤敦、ドラムに藤井雅之、サイドギターにパピ岩岸という編成で。この日は、この「ファイアー大道バンド」以外に、ディグライト初登場「メガネス」をゲストに迎えて、2組の出演とした。

「メガネス」というのは、数年前に知り合った札幌出身の女性ボーカリスト、リョウちゃん(黒崎さやか)をメインにしたグループ。お気に入りの洋楽を雑食的に料理しているバンドらしい。リョウちゃんのボーカルをきちんと聞いたことがなかったので、よい機会と思い、今回出演をお誘いした。彼女は渋谷ブルーヒートでアルバイトをしているので、ときどき顔を合わせるのだ。彼女は絶妙のタイミングで客席で飲み物のオーダーを取ったりして、なかなかニクい娘でもある!

このバンドのドラムが藤井雅之だと言うことは知っていたが、このバンドのベース、テキーラ監物には、もう随分以前に群馬で会って以来、本当にひしさしぶりに再会することになった。ギターの園田健二君は、いつだったか、リョウちゃんとブルーヒートの店主と朝まで飲酒した折にご一緒している。ややこしい曲をバッキングし、ソロでは「はや弾き」なども披露。後で聞いたところ、10代のある時期は、ひたすらメタル系で訓練したとのことだった。

リョウちゃんのボーカルは、シャウトしたり唸ったりしない。わたしと同じ血が流れているような気がした。ステージでは1曲と1曲のインターバルが長過ぎて、大学生の学祭バンド風なステージングが、わたしから言わせれば、タマにキズ。リョウちゃんの美しく伸びやかな歌を、もっともっと、前面に打ち出した演出で、テンポよく、なおかつ、じっくり聞いてみたいと思った。


6月5日(金)阿佐ヶ谷チェッカーボード
KOKOKAYO率いる「東京JOKERS」とカップリング出演の夜。

彼女たちの小1時間の演奏後、宮倉由美(G&V)、タッド三浦(B)とトリオを組んで1ステージ演奏した。既に自作自演スタイルを確立している由美嬢ではあるが、わたしの横でギターを弾いてくれた。彼女のステージからはいつも強い「ガッツ」が伝わってくる。その潔さがとても好きなわたしである。

<画像:左「東京JOKERS」、右「ファイアーセット」>


6月6日(土)豊島区東長崎スプーンフル

「ファイアー大道企画:ブルース小編成ナイト」のこの夜は、「ギター弾き語りソロ特集」として、パピ岩岸、リトルシゲル、わたし、タッド三浦の4人の出演であった。

パピ岩岸のソロ演奏を聞くのは、先月以来2回目。リトルシゲルのソロはこれまでも何度も聞いているが、この日も安定したプレイ。一方、わたしはミスの多い演奏になる。なかなか安定しない。タッド三浦は、アンコールで「サンハウス!」と言われればそれをやり、また、「ハウンドドッグテイラー!」と言われればそれをやって、現場対応能力を発揮。

残念ながら、同店、年内で看板を下ろすとのこと。8月、10月、12月の3回、この企画も後3回となったが、残りの回数を楽しく企画したいと思う。

<画像:左から出演順、岩岸、シゲル、大道、三浦>


6月20日(土)阿佐ヶ谷シカゴ
アコギを担いで出かけたところ、お店にハモニカの曽我部アヤ嬢を発見。さっそく捕獲の上、二人で元気な演奏(!)をする。この夜は、他に、「深川慶」「長浜太郎」「ジョーカー小澤&KO小泉」とバラエティに富んだ出演者。他の人の演奏を聞くと、やはり刺激を受けるもの。しかも、出演者が皆ブルース一辺倒なのも、わたしとしては、大いに楽しかった。

6月24日(水)阿佐ヶ谷チェッカーボード ブルースジャムセッション
司会進行役で、いつものお店の定例セッション。総勢10名強の参加で賑やかになる。わたしはベースもちょっと弾かせてもらったが、「スプーンフル」では何をどうしていいのかまったくわからず、間違いながらテーマを弾いているだけであった。

6月27日(土)名古屋市 沙富蘭(サフラン)
名古屋市天白区のカフェレストラン「沙富蘭(サフラン)」にて、「アーリー・サマー・フェスティバル」と称して「フラメンコ」と「ブルース」二本立てのショーナイトが「SALYU(サリュ)企画」によって開催された。同店での演奏は、わたしにとっては昨年に続き2回目。

「ブルースショー」のメンバーは、サトウケンタロウ(P)が手配してくれたストーミー万太郎(B)、松石ゲル(D)。一方、「フラメンコ組」は踊り手が2名、歌い手、ギタリスト、カホンの総勢5名であった。演奏後、フラメンコギタリストと歓談。ペルーの民族楽器が今や多くのポピュラーミュージックで使用されるようになったきっかけが、パコ・デルシアによる競演であったということ、以来、フラメンコではよく使われているということを、わたしは初めて知ったのであった。

「フラメンコ」の関連のお客さんが圧倒的に多かったが、「ブルース」も楽しんでくださった様子にホッとした夜。SALYU(サリュ)企画のユカ社長、ありがとうございました。


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