
FOAボランティア写真館vol.2
2月28日 マダプルのスクールで子供服の選別。アンジャールの病院に5時ごろ訪問。時間があるときはできるだけこちらにいきたいと思います。(岸田太郎)
ハイスクールの学生さん達が手伝ってくれたおかげで、速やかに救援物資の衣料の仕分けが進んだ。インド人はほんと親切であった。炊き出しをついでに頂いてほんとに感謝。でも警察がやけに偉そうなのが気にかかった。(岡田修太郎)
マダプルの学校で子供服を種類別に(セーター、パンツ、シャツ、スカート、靴下など。)仕分ける作業をしました。9:00から2:30までぐらいの作業。お昼は炊き出しを頂く。(出井彩)
ラコンド村での子供への衣料配給。子供たちの名前、年齢などを事前にチェックして、配る時は整列し]て順番にこちらのスタッフがフィッティングしていく。
インド人学生のボランティアが通訳となり日本人ボランティアと協力して救援活動を行っていった。言葉の壁はやはり大きかった。
40度以上の炎天下の中、活動は続いた。
3月5日 JHPのメンバーと共にサイドプール村(人口91人、51人がムスリム、その他ヒンドゥー)にテントを設置。27張りを村の人たち協力をえてたてる。ズラーっと並べて張っただけなので、この先生活上不便であれば彼らが自分達で張りなおしてくれればよいと思う。それにしても、毎日毎日出発が遅すぎ!今日も日中一番暑い時に働き、皆顔がまっ赤赤。朝早く取り掛かって夕方早く仕事を終えるようにすればいいと思う。(中原真己子)
テントを張り終わって、こういうやり方でよかったのか話し合ってた真己子さんとマルシアールさん。NGOとしてどのように村の人たちと接していくか、一方的になってしまってもだめなんだよな。
サイドプール村の人たち。街からも幹線道路からも離れたところにあるので怪我人は街まで通院するのは難しく、子供たちも学校へは行っていない。でもほんとに温かく迎えられたことはあり難かった。
サイドプールのテント張りに同行しました。私は写真係りを担当。最初はテント張りのhow
to が分からず、村の人たちとの話し合いも折り合いがついておらずどうなることかと思ったけど、要領を得てくると進んでいった。はじめはぜんぜん手伝わなかった(一番熱い時に始めたので無理はないが・・・)村人たちも涼しくなってくるとどんどん出てきて手伝ってくれて次々とテントが出来上がっていった。27張りのテントが完成した様子に感動してしまった。その後、プレームさん、Drジャガーニーさん、敏子さんが到着。再び村の人たちを集めてミーティング。(出井彩)
牛さんもたそがれる日没どき、テントを張り終える。今日も一日ほんと暑かった。
3月6日 今日もJHPと共にテントを張りにバダジャール村へ出かけたが・・・。86家族いるこの村に13張りのテントを提供することで話はついていたはず(らしい)なのだが、いざ行ってみると「13張りじゃ足りない」「うちも家が壊れてるのに何でもらえないんだ!」ともめてしまい、やむなくテントを積んだまま退散するというお互いなんとも悲しい結果となってしまった。事前の交渉の甘さに問題あり?でもこの失敗も経験として生かされなければいけないでしょう。(中原真己子)
午後別の村を見に行った。
ラコンド・・・・・モダンバンドラト言う村から移ってきた織物職人のカーストの村。42家族。ショール一枚150ルピー〜200ルピーで下請けしている。広い土地に木枝とビニールシートだけで作ったテントで生活している。水は近くの池に汲みに行くかユニセフの配給を待つかという状況。
FOA、JEN、JHPのメンバーでラコンド村を訪れる。何よりもいろんなことを話し合ってお互いの信頼関係を作ることが大切。村人たちとのミーティングの風景。
FOAのプレム氏、友さん、Drジャガーニーさんとボランティアメンバーたち。それとJENの椎名さん、JHPのたいらくん、ゆうじくん、たろうくん、こんちゃん。それぞれがテント提供のプロジェクトで一緒に行動していた。
ブージでお祭りがあった。朝から人が集まってきて合同会食。ちょっとすごい光景。
FOAの最初のメンバー、中原真己子さん
最初にブージ入りしたメンバーで長期の旅を続けていて地震を知り駆けつけてきたバックパッカー。自ら進んでメンバーを仕切り頼れるお姉さんでした。約一ヶ月の活動の後、西へ向かう。今ごろはもうカナダに到着していることだろう。
FOAのメンバー、岸田太郎さん
ネパール、インドの旅の途中、岡田修太郎に出会いブージへ同行することを決意。正義感が強く、まじめな青年であった。アンジャールの病院へは頻繁に通って患者の方々と友好を深める。クールな一方、お茶目な一面もあり好感が持てる人柄である。2週間であったが大いに活躍して帰っていった。
FOAのメンバー、中川亮平さん
日本での銀行員人生を終え、ブージに駆けつける。個人で募金を募ってFOAにも支援くだっさっている。気さくで何でも話せるお兄さん。短い間ではあったが、自分の目で被災地を見てそしてボランティアとは、支援についてたくさん考えて話してくださった。現在はコロンビア大学の大学院でファイナンス、ビジネスについて勉強中。今も個人での基金は続けていらっしゃる。
FOAのメンバー、佃佳樹さん
彼も長期の旅をしていたバックパッカーでチベットで地震のニュースを知りブージ入りを果たす。主に活動はうちのテントサイトのとなりの子供病院でのお手伝いであった。子供好きでいつも病院では子供たちの面倒を見ていた。食事も寝るテントも違うがよくうちのサイトへ来ていろいろボランティアについて話した。「熱いですね。」が口癖だった。
FOAのメンバー、安倍由夏さん
佃くんと共に子供病院での手伝いの活動が中心だった。病院では赤ん坊の看護から雑用まで何でもこなしてくれたがんばり屋さん。自分のできることは何なのか、思い悩んだりもしていたが一所懸命に何に対しても取り組んでいた。持ち前の愛嬌の良さと素敵な笑顔が印象的な人でした。