[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

タップフェスティバル

 今年(2001年4月)のナショナルタップデイに来日したロバートリード氏が、セントルイスで毎年タップフェスティバルを開催している。アメリカでは、このようなフェスティバルが年間いくつかおこなわれています。

 それらはだいたいがアメリカの大きな都市で開かれ、期間は1〜2週間ぐらい。アメリカのあちこちからタップマスタ−達が集まり、レッスンをしてくれます。そして最後の日の夜に、そのマスターたちのパフォーマンスが見れる。これが一般的なフェスティバルの形体だと思います。

 僕たちがアメリカへ行くといっても、日本での仕事やビザの関係などで、なかなか長期滞在できるものではない。1〜2年滞在して、好きな先生にじっくり習うというのは、仕事をもちながら趣味でやってる人には不可能にちかい。しかしフェスティバルだと、普通の旅行と同じぐらいの期間で参加することができる。それにアメリカの西や東に散らばっている先生が一ケ所に集まってくるので、スゴイ先生たちのレッスンをまとめて受けれるのが一番のメリットである。

 クラスはだいたい朝から夜まで組まれていて、一日一クラスだけ受ける人もいれば、4〜5クラス頑張る人もいたりする。場所は、そのフェスティバルがおこなわれている州の施設だったり、学校だったりします。

 参加してる人たちも、アメリカ全土からはもちろん、世界中から参加しに来てたりします。クラスを受けているうちにだんだん友だちができてきます。アマチュアと割り切って楽しそうに踊っているおばさんもいれば、スポンジのようにすぐ吸収しちゃう子供たちもいるし(これが横にいるとアタマくるのさ[笑]) 地方のスタジオの先生みたいな人もたくさん勉強しに来ています。

  フェステイバルの最高潮はなんといっても最後の夜のパフォーマンスです。なんたって客席のほとんどがタップダンサーなんだから盛り上がらない訳がない。何日間かクラスで教わった先生たちが、舞台の上でその本領を見せてくれるのである。そしてあくる日、習ったステップを書いたノート、友だちになった人の住所、先生たちにサインしてもらったパンフレットやフェスティバルTシャ ツをカバンに詰めて、それぞれの帰路に向かうのであります。

 僕が最初にフェスティバルというものを体験したのは、1987年の6月におこなわれたSAN FRANCISCO JAZZ TAP FESTIVALである。たまたま語学留学してた時で、日本で習った以外は、サンフランシスコの地元のスタジオでレッスンしてたぐらいだったので、このフェスティバルは、そんな僕にとって、自分のタップ感を大きく変えてしまうほどショッキングな体験だった。僕はブレンダバッファリーノ、スティ−ブコンドス、ジャズタップアンサンブルのリーンデイリー、エディーブラウンのクラスを受けた。これがいわゆるジャズタップとの出会いだったのです。みんなそれぞれちがうリズムを持っていて、どこいっても基本のメソッドが同じという、その頃の日本のスタジオでは考えられないレベルでした。無我夢中でクラスを受けていたのに、なぜか僕は初めてタップを楽しんでいる自分に気付きました。それまでのお稽古という観念は、なんか先生は恐くて、「ダメだ〜」「バカか、もう一度!」みたいな言葉が飛び交っていて、「コツは自分で見て盗め」みたいな感じの、ちょっと体育会系の世界のように思っていました。それがアメリカに来て、リズムを楽しむこと、技術で踊る事よりも心で踊ることを教えてくれました。パフォーマンスではブレンダやスティ−ブ以外にも、ニコラスブラザーズやバニーブリッグスも来て、もう2時間興奮しっぱなしでした。このフェスティバルで味をしめた僕は、この後2度ほど、オレゴンでおこなわれたフェスティバルに参加しました。

 たかが10日やそこらで、その先生たちのすべては学べませんし、とたんに上手くなるわけでもありませんが、その短期間に集中して受けたものは、すごく影響力が大きいと思います。そのひとから教わるテクニックやステップ以上に、素晴らしいタップダンサーに接するということに大きな価値があると思います。そこに集まって来たタップダンサーたちの中で時をすごす喜びを感じられます。何か刺激が無くなってしまった人や、自分がやりたいスタイルを探している人、言葉はそれほど問題じゃないから、一度参加してみてはいかがですか?中途半端にニューヨークとかに行くより得るものは大きいかもしれない。

戻る