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みなさんも「ノイズアンドファンク」を見たでしょう!僕はちょっと遅ればせながら3月18日に見に行きました。ここで今さらサヴィアンがスゴイなんて当たり前の事を書くつもりはありません。実は僕は何年か前にニューヨークに行くチャンスがあって、ブロードウェイで見たんです。その時サヴィアンも出てました。僕はあの時からこの作品のメッセージに対して、何か引っ掛かっていたんです。まるで「黒人最高!白人なんてクソくらえ!」って言ってるようで(というかある意味言ってるんだけど)ほとんど逆人種差別に感じたんですよ。なんか不愉快な作品だったんです。でも英語でみてたからちゃんとメセージを理解していないかもしれないと思って、ず〜とモヤモヤしていました。来日公演は字幕付きだから、ちゃんと理解できるはず。サヴィアンのタップを見るというより、この作品を再確認するのが僕の一番の目的でした。
公演を見終わって帰りの電車の中で僕はず〜とこの作品について考えていました。そうしているうちに<この作品を受け入れてる自分>と<拒否している自分>の二人が頭の中でぶつかり始めてしまった。このままほっておいたら二重人格になりそうなので、この場で二人の意見を整理しておきたいと思います。前者の自分を仮に<マッチャン>、後者の自分を<モッチャン>としましょう。
マッチャン:結論から言うと、最初に見た時ほと嫌味には受け取れなかったよ。と言うより黒人(そして黒人タップダンサー)が差別されていたことを完璧にハッキリと提示しきった、実に良く出来た作品だと思った。奴隷としてアメリカへ運ばれたところから現在までの歴史の流れも上手く構成できているし。
モッチャン:だけど僕のように古いミュージカル映画を見てタップを始めて、白人寄りのスタイルのタップをやっている人間からすると、見ていてあまり気持ちのよい作品ではなかったな。なんか「お前のやってる事はダサいんだよ」っていわれてるみたいでさ。とくにシャーリ−テンプルやビルロビンソン、ニコラスブラザーズを皮肉っている場面はやっぱりムカついた!言いたい事はわかるけどね。ビルロビンソンは映画の中では小間使いやドアポーイの役をやりながら、実際はハリウッドの大手の会社と契約した高給とりのスターだったわけだし、同じ黒人から見たらマイケルジャクソンと同じぐらい頭くる存在だったんだろうけどさ。だけどね、ビルロビンソンだって好きで小間使いの格好してたんじゃないんだぜ。あの時代は映画の中で黒人が裕福な役をやる事を白人の観客が受け入れない時代だったんだから仕方がなかったんだ。ある映画で、ビルが燕尾服でナイトクラブに登場する場面なんかカットされたんだよ。白人と同じ扱いだから。そんな差別の厳しい時代に白人からも受け入れられたダンサーって大変な事なのにね。ニコラスブラザーズなんて今映像みてもスゴイじゃない。それを<白人に媚びながらニヤけて踊るヤツら>呼ばわりされるのはフェアじゃないと思う。
マッチャン:サヴィアンはさ、自分が尊敬する黒人のHoofer的なタップダンサー(チャックグリーンとかジミ−スライドとか)が白人メディアで無視された事がずっと不満だったんだと思う。上半身の動きとかがなく、リズムを作る事に専念するようなタップダンサーはハリウッドではマニアックすぎて相手にされていなかった事は事実だし、白人が作ったブロードウェイやハリウッドミュージカルでやるタップばかりが「タップダンスだ」という認識ばかりで、Hooferたちの存在は無視されてきたわけじゃない。エンターテイメントとしてのタップだけじゃなくて、もっと心から踊っているタップダンサーがいるんだって事を世間に理解してもらうのがこの作品の目的なんだと思う。そのHoofer的スタイルの天才であるサヴィアンがやってみせたから、すごく説得力があったわけだし。
モッチャン:作品の中で「Hoofinはエンターテイメントじゃない、教育だ」って言ってるでしょ。ただの娯楽じゃない、もっと奥の深いモノだって。でも実はコテコテの娯楽である「クレイジーフォーユー」なんかのがお客が入っていて、「ノイズアンドファンク」の方は不入りだったじゃん。喜んだのはディープなタップダンサーだけでさ。「Hooferのタップのが素晴らしいんだぞ!」って言っても結局は「白人のお決まりタップ」に負けてるんじゃない。興行的に勝っている方が上だとは思わないけどさ、多くの人が楽しめる娯楽をバカにしないで欲しいな。誰が見ても楽しめるものを作るのって大変な事だよ。まあ「クレイジーフォーユー」みたいなタップが全てだと思われるのも困るけどさ。
マッチャン:あの作品はべつにブロードウェイのタップを否定してないと思う。ただ「カンカン帽にステッキ持ってタイムステップしているタップだけがタップじゃないんだぜ。俺達みたいなタップダンサーがいるんだよ!」って事をアピールしているだけでしょう。ただそのメッセージの打ち出し方がちょっと攻撃的だってことだけで。以前からこの手のメッセージはあるじゃん!ほら、グレゴリ−ハインズも映画「タップ」でそういうストーリ−があったでしょ。ハインズが生活の為にブロードウェイミュージカルのオーディションを受け、お決まりのちゃちなステップをやらされたあげく、白人の演出家から罵倒される。我慢できずに「こんなの俺のタップじゃない」と飛び出し、自分のタップをやりだすくだりが。メッセージ的にはどちらも同じだが、ただ「ノイズ....」に比べると、インパクトがぬるいけどね。それはサヴィアンよりグレゴリ−のが映画やテレビなど白人メディアの中で仕事をしていた事もあるし、Hooferであるだけじゃなく、映画俳優でありエンターテイナーだったからかもしれないからアレが限界だったんでしょ。時代もあるしね。だから「ノイズアンドファンク」は初めてハッキリその辺の事を打ち出した画期的な作品なんだよ。
モッチャン:まあそう言われりゃ納得できるけどね。でもやっぱりシャーリ−テンプルをオチョくった場面は許せない!真剣にタップに取り組んでいる人たちも素晴らしいけどさ、多くの人たちを楽しませるタップをやってる人たちのが僕は尊敬するわさ。テンプルちゃんとビルロビンソンが踊っている場面とかみんなに見て欲しい!素直に楽しいから!タップって楽しいなって思えるから。
マッチャン:そんないつまでも過去の影ばっかり追っていてもしょうがないでしょ。現代の感覚でタップをクリエイトしているサヴィアンみたいなタップダンサーが出てきた事で、タップに未来が見えたんだから。若者が共鳴しない文化は廃れるよ!
モッチャン:でもさ、これからどこもかしこもサヴィアンもどきが沢山出てくるよ!サヴィアンとかジミ−スライドとかさ、あの域まで達した人だと、好き嫌い別にして見てられるじゃない。心が伝わってくるからさ。でもただ格好つけでバタバタひとりよがりのタップを見せられると思うと憂鬱にならない?
マッチャン:それでいいの!最初は真似でも、そこから自分のスタイルが生まれてきたりするしね。みんなが真似したいと思える程のスターが出てきただけ良かったじゃん。今までそれほど影響を与えるタップのスターがいなかったんだから。とにかく、この来日公演は、日本のタップダンサー達にスゴイ影響を与えたことは間違いないと思う。それはサヴィアンのスタイルが好きとか嫌いとかいう個人の好みを超えて、タップで人の心を動かすことができるという事を立証してくれたから。
モッチャン:なんてお前は心が広いんだ!
マッチャン:なんてお前は心が狭いんだ!
モッチャン:とても同一人物とは思えない。
マッチャン:誰でも二面性を持ってるもんだよ。お前の言ってる事もわかるしね。
モッチャン:やっぱりお前は心が広い。俺はお前で良かった。
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