[250] 金土日の行状1 投稿者:河野信一郎 投稿日:2001/01/29(Mon) 11:34:10
先週の金土日は忙しかったよ、プライベートで。小出しにするのは面倒なので、この投稿で一括報告しようと思います。
<金曜日>新橋で河野隆司ちゃんへの賞品の映画券を探す。店の人にチケットを裏返してもらって、大分の映画館の名前が入っているかを確認してみると、めったに書いていないことがわかり、困ってしまう。明日の土曜日から封切りのBrotherが1200円で売られていたので、ひっくり返してもらうと、あった大分シネフォーラムという名前。どこにあるのかはぴんとこないが、まあいいや。やってることはやってるんだから。というわけで購入。竹橋の科学技術館の地下のホールに行き、日本映画「溺れる魚」の試写会を見る。けったいだけど面白く、もう一回じっくり見たくなる作品。宍戸ジョーが日活映画のエースのジョー役で出てきたり、吉川ひなのと別れたISAMが、不思議な役ところで出ていたり。CGを使って銃を打つと、弾の軌跡が赤く流れていったりして、日本映画は着実に魅力的に変貌しつつあるということを実感させる作品。あまり期待していなかっただけに、驚く。原作があるということで、早速日曜日に、新潮文庫の新刊「溺れる魚」を購入するが、映画と基本コンセプトは同じだが、映画の脱線ぶりは昔なら原作者が怒り狂うかもしれないほどの代物。2月上旬から封切りですが、是非ものではないけれど、笑わしてくれるので暇つぶしにはいいでしょう。

  Re: 金土日の行状2 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/29(Mon) 12:18:10
<金曜日2>試写会のあと毎日新聞が入っているパレスビルの地下で妻と食事。入らなかったけど、地下に安居酒屋があるのを発見。日本酒が200円台、ビールも300円台、つまみは300円前後。推定するに、朝・毎・読・日経・サンケイの5大紙の中で、一番薄給にあえぐ毎日の記者どもが安くおだをあげるための居酒屋のようで、夜10時まで営業とのこと。こんど試しててみようと決意する。
<土曜日1>
Brotherk封切りと舞台挨拶を見に、今年3度目の雪を踏み分け、有楽町マリオンの9階の丸の内ピカデリー2に午前9時過ぎに到着。定員600名弱の映画館で、10時10分が初回なのだけど、到着段階ですでに入場させ始めている。並べというので、階段に並ぶがなかなか動かない。やな予感、やっと動き始めて入場すると立ち見ですという係員の声。しょうがねえかと、妻と二人で通路にしゃがみこんで、久々に名画座のオールナイト鑑賞の体制をとる。なんと、木曜から並び始めた奴がいたり、大阪から見に来た奴までいる始末。舞台挨拶時には800名が入場していたとひのこと。映画はいつもの北野映画のように、大して面白いストーリーがあるわけではないが、かなり魅力的。今回はハリウッドで撮っているため、拳銃は本物を使用。音も実弾の発射音だそうで、迫力満点。リアルなのは、銃を撃った後、薬莢が床に落ちる音が当たり前のように入っているのがすごい。むやみにやたらにアメリカのギャングを殺し、日本人と黒人とでシマを奪い、最後はマフィアに挑戦するが、敢え無くほぼ全滅してしまうという話しで、ストーリーとしてはたいしたことはない。武ちゃんは、シナリオを自分で書くが、撮影当日まで書き換えていくという。また、そのためもあって、映画の撮り方がストーリー順で、通常の映画のように同一ロケーションの部分をまとめ撮りして後で編集という手法はとらないようだ。
一度、まともなシナリオ・ライターが書いた脚本をベースにして撮らせてみたいと思うのは僕だけだろうか?ともかくまあまのお勧め作なので、隆司ちゃんに安心して鑑賞券を送れると思う。隆司ちゃんへの発送は本日月曜日に行う。見てね。
そのあと、舞台挨拶。珍しく登場するのは男ばっか。真木蔵人、加藤雅也大杉蓮、北野武など。武が大入りなのと、女の客が多いので妙に照れていた。今回はミーハーに徹し、舞台挨拶の写真を撮ったけど、まだ現像していない。上手く撮れていたらポジ写真を送るので、写真集に掲載してね、隆ちゃん。


  Re: 金土日の行状3 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/29(Mon) 12:55:09
<土曜日2>
舞台挨拶を見終わって、ごったがえしている映画館を出ると13時頃になっていた。雪はまだ降り続き、銀座の歩道には雪が積もり始めている。腹減ったというわけで、どこか暖かいものを食べれるところを探す。1年ぐらい前までやっていた名画座の、並木座の近くの三州屋という居酒屋が昼飯を出していたので入ってみると、いたよ昼から宴会をやっている団体が、わあわあ騒いでいる傍で、妻は刺し身定食1000円、僕は魚の照焼き定食800円。めしがめっぽううまい。どんぶりにいっぱい。赤出し風の味噌汁には魚のあらが一切れ入っている。これも新鮮でうまい。漬物の自家製のかぶと白菜の糠漬けで、酒の肴にぴったりの上手さ。刺し身も照焼きもまあまあ。冷え切った体をが暖めて、次は日本橋高島屋へ。
日本橋高島屋では「伊東深水(いとう・しんすい)展」をやっていた。会期は来週の火曜日(2月6日)まで。入場料は800円。10:00−19:00。入り口には娘の朝丘雪路からの花が飾られていた。没後30年の記念展。深水といえば美人画で、師匠はやはり美人画の鏑木清方(かぶらぎ・きよかた)。絵に描いたような日本髪の美人画がずらずらと並べられている。裸の絵もあるのでそこで立ち止まって見入っている爺さんもいる。でも今回驚いたのは、深水の草花鳥虫を描く技術がかなり優れているということ。この会場でそれを認識できた人は少ないと思う。というのは中心となっている美人の絵の方にどうしても目を奪われてしまうからだが、尾形光琳(おがた・こうりん)、酒井包一(さかい・ほういつ)など琳派(りんぱ)の流れを脈々と引き継ぐ、日本画の草花鳥虫を美しく描き出す技術の達者さを会得している。深水の不幸は美人画でしか売れなかったことではないかと思った。妻も同感。これは一度見に行った方がいいですよとお勧めします。
で、じっくり深水を見た後は、新宿の伊勢丹美術館でベルギーの巨匠5人展に。高島屋は百貨店から届いた招待券、こちらはチケット屋で1枚500円で購入したチケット。会期は1月30日までで、料金は1000円。7時半まで。ただし最終日は5時まで。これはまあまあでした。まあ楽しいのは、シュールレアリズムのマグリット。はとの形に空が切り取られた絵を書いたおっさんといえば思い出す人もいるかも。これは会期終了間際だし、1000円だして見るほどのことはないという感じかな。この美術館は絵に直接光をあて、その光が絵をカバーしているガラスに反射して、何を書いているのか見る方にわからなくさせるし、絵は痛むしで、絵画に愛情を持っているのかときどき疑問を感じさせるところがある。渋谷の東急文化村の地下のザ・ミュージアムなんかではこういう照明の問題は一切ないので、職員、文芸員の質の問題ということになりそうです。

  Re: 金土日の行状4 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/29(Mon) 13:19:39
<日曜日>
さすがに疲れた日曜日。昼から出かけることにして、本日は目黒の旧朝香宮邸にある東京都庭園美術館にルネ・ラリック展に。会期は1月31日まで。料金1200円。10時-18時。珍しく、招待券もディスカウント・チケットも入手できず、正規料金を払う。会期末のせいか異常に混んでいる。お姉ちゃんとおばさんと、おばあちゃんと、いやいやつれられてきた男供と。ラリックは宝石、ガラス工芸作家で、1800年台末に何度か行われたパリ万博に展示された日本の美術品に刺激をうけ、ジャポニズムという日本風のデザインで宝石、ガラスを作っていった作家。一見の価値あり。北斉が描いた、北斉漫画を座右の銘にしていたという。2時間じっくり見てへとへとに。
二子玉川で最近はやりの焼肉屋「牛角」に入ってみるが感心せず。近くの焼肉屋「牛鉄」の方が数段満足感あり。皆さん行くなら角ではなく、鉄の方に。

  ルネ・ラリックに関する記事の補足・訂正 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/30(Tue) 16:25:36
「座右の銘」は、この場合は「座右の書」と書いた方が的確でした。補足説明ですが、「北斉漫画」とは北斉が草・花・鳥・山・海・動物・風景など世の中のありとあらゆるもののさまざまな様子をイラスト風に描き、版画として出販した本のことです。これは、映画のタイトルにもなっていましたね。

  文体 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/30(Tue) 17:01:53
お気づきの人はほとんどいないでしょうが、今回の金土日の行状は、月間誌「噂の真相」の田中康夫ちゃんの名物コーナー「ぺログリ日記」のスタイル・文体をまねして書いて見ました。ペログリに関することはないけど、御本人の日記も長野県知事選以来、めっきりペロ・グリ絡みは減ってしまったようです。同時に御本人の日記の中に登場するグルメ案内も少なくなり、山本益弘より信用できる舌と評価眼の持ち主だけに、それだけは残念に思っています。
[249] 黒鳥の湖 投稿者:首藤真理子 投稿日:2001/01/27(Sat) 22:33:27
昨日、仕事仲間15人でツアーを組んでオカマショーを見に行きました。
新宿の歌舞伎町にある『黒鳥の湖』と言うところです。
ニューハーフの綺麗なオネエサン3人、工事中のオネエサン、胸だけ女の
オニイサン、後はダンサーのおにいさん、おねえさん4人でした。
なんとも不思議な所でした。
圧倒的に女性客が多かったです。
お料理とお酒が出て、3時間6300円!
うちのおばさんたちパワフルなのん兵衛ばかりでオカマさんもたじたじ・・
変な社会見学でした。

  Re: 黒鳥の湖 投稿者:藤原隆 - 2001/01/28(Sun) 00:59:54
真理ちゃんも行ったんですか。
実は、ここだけの話ですが、僕も行ったのです。去年。
女房と一緒に。はとバスツアーで。
圧倒されますねぇ。ニューハーフの人には。写真は撮りましたか。
でも、とても楽しいショーですよね。

  真理ちゃ〜ん!ご無沙汰してます。 投稿者:阿部敬一 - 2001/01/28(Sun) 18:37:38
真理ちゃんにあんなことを言われると、ズル休みになんかしちょれません。
真理ちゃん、相変わらずきれいでお元気そうで何よりです。
この前、このHPを古賀秀ちゃんに教えた時、私の机の所で一緒に見ていて、(ここから2人の会話)「え、この首藤さんちゃあ矢野真理ちゃんか」「じゃんじゃぁちゃ」「なつかしのぉー、もおな ええらしかったのぉ」「そうちゃぁ、別嬪さんじゃった」(2人ハモッて)「・・・会いてえのぉー」と言う訳で、今度実家に帰ったら必ず連絡ください。富坂の玉川でちゃんぽんをご馳走します。秀ちゃんには餃子を奢らせます。

それと、古賀氏関連でもう一つ。秀ちゃんいわく、小学校のとき河野信ちゃんに髪の毛引っ張られて、好きな女子の名前を言うように拷問されたそうです。しかたなく彼の白状した女性は・・・誰ともう(真理ちゃんと並ぶ美女)今度教えます。

  黒鳥の湖、秀ちゃん、玉川 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/29(Mon) 11:03:24
<黒鳥の湖>
すげぇ。テレビでは何度か見たことはあるけど、本物をわざわざ見に行ったのですか?それも勇敢(有閑)マダムの団体で。それは盛り上がったことでしょう。六本木にある外人男性ストリップ・バーは女性達が一度は行ってみたいと密かに熱望している場所だと聞いたことがあります。そこにはすでに行っているのかな?それとも、次回の企画にあるのでしょうか?
<秀ちゃん>
古賀の秀ちゃんの髪を引っ張って、好きな子を白状させたなんて。まったく記憶にありません。が、いじめられた方は記憶が鮮明で、いじめた方はそれほど記憶していないというのは一般的な原則ですので、秀ちゃんの言うことは正しいと思います。あらためてお詫びします。許してやってください。
真理ちゃんは同時もきれいだったけど、いまは投稿にもあるようになかなか話しのわかるマダムに変身しております。でも秀ちゃんが好きだった子って
誰だろう?自白を聞き出したはずの僕が覚えていないというのだから、更に申し訳ない。小学校時代に人気があったのは、1.13に出席してくれた鈴木史ちゃん、大石典ちゃん、山本恭子ちゃん、中島裕美ちゃんだったと思うけど、それ以外の人かな?
<玉川>玉川のちゃんぽんと餃子、懐かしいな。毎年正月に帰ってあいてれば入ろうとするのですが、正月明けまで休みのことが多くて、なかなかよれません。10数年前に嫁さんと行ったとき、入り口側のカウンターに坂本一馬君夫妻が先客として座っていたのですが、こっちは秀ちゃんじゃないけれど高校時代には一馬君からいじめられていたのと、久しく会っていなかったため、良く似たおっさんかもしれんと思って黙っていると、彼の方は僕には気づかなかったようでした。市役所に勤める中の弟はそれほど玉川に足繁く通った方ではありませんが、僕は中学、高校時代に吉崎達ちゃんや、結城君、門君とときどき行っていたし、下の弟も超常連だったようです。

  Re: 黒鳥の湖 投稿者:矢守達朗 - 2001/01/29(Mon) 15:09:49
秀ちゃんの好きだった子って想像がつかないな。そんなこと小学校の頃は一言も言ってなかったな。信ちゃんのいうように鈴木史ちゃん、大石典ちゃん、山本恭子ちゃん、中島裕美ちゃんあたり。それと中野サッチャン。それに同級生じゃないけど、秀ちゃんの家の近所にはのけっこう可愛い子がいたな。

  中野さっちゃん 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/29(Mon) 16:55:30
東京同窓会に一度だけ顔を出して、どこかに行ってしまった中野さっちゃんは今どこにいるのでしょうか?足利君教えてください。山本恭子ちゃんや鈴木史ちゃんを引っ張り出すのに、彼女も参加していたよと言った手前その後の消息も伝えねば思っているのです。

  Re: 中野さっちゃん 投稿者:足利 - 2001/01/30(Tue) 00:01:27
残念ながら承知しておりません。手元の杵高名簿は以前の東京在住時のものです。(一昨年その住所宛に送ったら転居先不明で戻ってきた次第です。)ご主人が奇しくも同じ職場できつき会にさっちゃんと一緒に来たことのある徳丸(溝口)三枝子さんに以前聞いた話では大分に戻ったとのことでした。それ以上はわかりません。
ちなみにその徳丸さんも今回案内したところご主人の都合で郷里、安岐へ引っ越されていました。

  杵築同窓会の女性幹事候補だね。 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/30(Tue) 10:18:18
二人とも大分に帰ったということは、逆に募集中の2003.1.2の杵築同窓会の女性幹事の有力候補ということにもなるね。誰か、連絡先を知っている人はいないものでしょうか?

  Re: 中野さっちゃん 投稿者:田椽 秀孝 - 2001/01/31(Wed) 00:07:37
中野さっちゃんのご主人は、僕の兄貴(6学年上)の中学高校の親友で大内出身の宇都宮さんだと思います。あの頃は、8時20分の眉の愛嬌のある好青年で、「うっちゃん」という愛称でした。よく遊びに来ていて、真っ黒のチャボをもらったりしたのを覚えています。
昨年か一昨年大分に戻った時に、兄のところに挨拶に来てくれたと母から聞きました。その話で中野さっちゃんが奥さんだと始めて知りました。同窓会名簿によると、ご主人のフルネームは宇都宮久男さんのようです。
[248] 画面表示(文字の大きさ)の設定について 投稿者:藤原隆 投稿日:2001/01/27(Sat) 13:16:36
このHPを開いて左の各メニュー表示が2行になっている人は、以下のにより、文字の大きさを変更して下さい。

閲覧ソフトは、たぶん「Microsoft Internet Explorer」と思いますので、 ●一番上の「表示」をクリックして「文字のサイズ」が”小”になってなけでば、”小”に設定する。

まは、話は変わりますが、信ちゃんが言っていた”怪しげなコーナー”「ダンディ専科」を開設しました。
でも決して怪しいものではありません。 (たぶん)

ダンディと思っている人のみが参加できるコーナーです。
ダンディな方からの情報をまってます。

  レディー専科も考えないと 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/29(Mon) 11:06:04
真理ちゃんの「黒鳥の湖」レポートを読むと、近い将来レディー専科というのコーナーも設定してあげた方がいいのではないかとも思ったりして。
[247] 石川伊知郎、東京を満喫す! 投稿者:藤原隆 投稿日:2001/01/27(Sat) 01:44:45
今週の月曜日に、伊知郎の東京出張があった。
日帰り出張をあれこれ理由付けて1泊2日にし?、東京の夜、それも六本木を満喫した。
いつもの”写真編”は、「同窓会等写真集」で見てちょうだい。
メッセージ編は、この掲示板で。頼むよ、伊知郎!!

  伊知郎君、至急レポートを提出せよ 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/29(Mon) 11:09:50
警告
石川伊知郎君
六本木レポートの提出期限が迫っています。至急提出するように。特に1人3次会の話しが聞きたいな。

  Re: 石川伊知郎、東京を満喫す! 投稿者:石川伊知郎 - 2001/01/31(Wed) 16:20:36
1月22日の東京会は満喫させていただきました。
実はあの後すぐに「ここはどこ?わたしはだれ?」状態に立ち戻りまして、ホテルに帰りました。本当です。
また上京の折は皆様温かく迎えてください。

  石川伊知郎、崖っぷちからの生還 投稿者:松村洋一 - 2001/01/31(Wed) 21:14:47
伊知郎、首の皮一枚で助かったのう。というても、六本木の夜じゃのうて、HPの上のことじゃ。メールの警報が間に合うてよかったわ。
変臭長の逆鱗に触れ、ナントカの移り香とか残り香とか怒りの憶測記事書かれては、俺たちもとばっちりくうところやったわ。これを機に編集長に恭順の意を示して、「ちゃんこの豊国」のレポートでもやんなさい。
しかし、「あの後」の「あの」とはどの時点のことかい?

  伊知郎君、かろうじてセーフ 投稿者:河野信一郎 - 2001/02/01(Thu) 20:17:25
めくってめくってNo247にたどり着いたら、入ってるじゃない、短い返信が。しびれを切らして「残り香」を書いたろかと思ったんやけど、それはダンディ専科に気が向いたら投稿することに方針を変更したよ。
あの後というのは、六本木の駅で皆と別れ、合意の上で客引きの姉ちゃん2人に拉致されて、夜の六本木に消えていった後ということだと思うよ。皆がいなくなったことに気づき、危険信号が点滅したのかもしれんね。
ところで、伊知郎君、はやくメンバー登録してね。「初めての人はここをクリック」をクリックするんだよ。
[246] 会計検査す通り 投稿者:阿部敬一 投稿日:2001/01/26(Fri) 12:50:23
やったれェー。心配していた会計検査院ご一行様が安岐町を検査したあと、杵築に寄らずに日出に行くことが今回覧版が回ってきて解りました。と言う訳で早めに復帰します。
それと編集長のメールによるメンバー参加要請は、古賀氏と宮崎氏に伝えました。このHPはみているようです。登録強く勧めます。

  早期復帰熱烈歓迎 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/26(Fri) 12:56:22
早く復帰できてよかったね。秀ちゃんも宮崎君も無理矢理引き摺りこんばょくれ。

  No241の返信も見てね。 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/26(Fri) 16:01:24
No241が次ページにシフトしてしまいましたが、東行寺のいわれについて解説を変身しておりますので、見てください。

  Re: 会計検査す通り 投稿者:矢守達朗 - 2001/01/26(Fri) 16:50:11
編集長の解説を見ました。なるほど、そういえば聞いたことがあるなと納得。

  訂正 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/26(Fri) 17:04:39
僕の返信記事短いのに誤字ばっかり。1本目の「早期復帰熱烈歓迎」の最後の行の「引き摺りこんばょくれ」は「引き摺りこんじょくれ」のミス。前にも書いたけどかな入力をしているため、JIS配列だと「し」と「は」が隣り合わせにあるためにミスタッチで発生したものです。
2本目の「No241の返信も見てね。 」の最後の2行の「解説を変身しています」は「解説を返信しています」の変換ミスです。ご容赦ください。
さて、2.23の多村先生と神田神保町を探索するに、糸長君からも出席の意思表示がありました。うまく行けばという条件付きですが。引き続き参加者を募集中です。

  本日は早帰り。 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/26(Fri) 17:07:33
本日は隆司ちゃんへの賞品の映画鑑賞券を探しにこれから新橋に行ってそのあと妻と映画の試写会に行ってまいります。
一仕事終わると、とたんに早帰りし始める私でした。

  Re: プリンスだった敬さん 投稿者:首藤真理子 - 2001/01/27(Sat) 22:16:22
お久しぶりです
お元気そうでなによりです。
私と敬さんは中学1年生の時、同じクラスで席が隣同士でした。
確か2人で学級委員をやったような気がします。
あの頃の敬さんはかわいかった
あっ また信ちゃんから怒られる。
仲根みさちゃんが『敬さんは東小学校のプリンスだったのよ。』
と教えてくれました。
なるほどと思った私でした。

どう? どう? 恥ずかしいでしょ
私も信ちゃんから「小学校の時はアイドルだった」と言われ、
そんなものになった覚えはなく、今度会ったときはアイドルっぽく
しないといけないかなあ とか あまりイメージを壊しても
いけないかなあ とか気を遣ったものです。
杵築にいる敬さんからの発信を楽しみにしています。

  敬さんは喜んでるよ 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/29(Mon) 11:17:51
敬さんが恥ずかしがるわけないでしょ。喜んでるよ。今週は妙に張り切って仕事をしているんで、同僚達から「あいつなんかあったんか」とか言われているはずです。事情を知ってる宮崎君と古賀秀ちゃんはニタニタ笑っていたり、「イースト(東)・アイドル」とかささやいて冷やかしたりして。
しかし、花も嵐も寅次郎の杵築ロケであこがれのジュリーに抱きついてしまったという現スナック恵美のママの中根みさ子ちゃんは、身近にアイドルを作り上げてしまう名人だよね。感心した。

  イースト・プリンス 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/29(Mon) 14:49:00
「イースト・アイドル」ではなく「イースト・プリンス」だね。訂正します。
で、真理ちゃんが、アイドルだった自分を意識して、どうふるまおうか気を使ったと言う件ですか、いいんです、そのまま、そのまま。
今の状態で飾らないのがいいんですよ。
[245] 無題 投稿者:大塚 伊都子 投稿日:2001/01/25(Thu) 22:41:53
239関連で、四角い頭になってしまっているひとたちのために「アサリ・ノーチーズ」の解説をしておかないといけないと再度参戦しています。
ボンゴレは「アサリのスパゲティ」のことなのですが、
イタリア人のウェイターさんは、日本語の「あさり」と「あっさり」を掛けたわけでアサリのスパゲティは、あっさりと食べるものなのでチーズはダメダメ!つまり「アッサリ・ノー・チーズ」だからチーズなしで食べてください。ということだったのです。日本人にギャグを飛ばしたわけではなく、おいしく食べてもらうための心配りだったのですね。

ついでに実際に遭遇した、,時の話題「エコノミークラス・シンドローム」について少し書きます。
飛行機の狭い座席に長時間座っていると、血栓により倒れることがあるというものですが、本当に身近で見てしまうと
それはもうびっくりします。突然バタァと倒れて、血の気がなくなり死んだようになるんだから。
なにせ、最後部座席(トイレのすぐ前)の席だったものだから斜め後で大きな音で倒れられるとびっくりしますよねぇ。
トイレに行こうとして、いきなり立ち上がりトイレの前で倒れるんです。右の通路も左の通路も動かせずに横たわっている人がいるという感じでした。
ちなみに後で「スッチー」に聞いた話ですが、飛行機内で4人出たそうです。まあ皆さん大事には至らなかったようですが・・・・・。
ずっと座ったままの仕事をしている人もなりやすいようですのでご注意ください。

  解説を読んでやっとわかった 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/26(Fri) 11:21:20
あそうか。アッサリ、ノーチーズね。
で、飛行機の話しですが、私は基本的にはビジネスを利用しています。自費で行くときにはエコノミーにするときもありますが、いずれのケースもアイル・サイドつまり通路側を確保します。エコノミークラス・シンドロームが話題になる前から、暇になると機内をうろつき、飲み物をやたら注文し、結果としてトイレにもたびたび行くということを繰り返しておりました。
ビジネスの席がダブル・ブッキングでファーストに昇格するというケースに2度遭遇したのですが、ファーストの椅子は180度水平になりベッドの様になるため快適でした。寝過ぎて1.5流レストラン並みの食事を食べのがしてしまう危険性はありますが...。
[244] 日本一500mlペット・ボトルが売れる店. 投稿者:河野信一郎 投稿日:2001/01/25(Thu) 22:06:17
うちの会社の近くのコミュニティー・ストアはどういうルートで仕入れているのか知らないけれど、通常140円くらいで売られている500mlペットボトルで100円で売られているものが、近隣のサラリーマンどもが通途上や、昼飯帰りに購入しているため、一番売れ筋の伊藤園の金のウーロン茶なんて、朝だけで冷蔵ケースに入れている約100本前後が売り切れ寸前で底に4-5本残っていることがたびたびある状態です。おそらくコンビニとしては日本一ペットボトルを売り捌いている店ではないかと密かに思っております。
でも、日本もアメリカみたいにペットボトルに入った飲料を職場に持ち込んで、喉の渇きをいやすようなスタイルになってきたんだなあと今更ながらに感心したりして。

  関係ないけどインド系統のマナー 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/26(Fri) 12:05:46
この親記事とはまったく関係ないけれど、インド、パキスタン、スリランカあたりのテーブル・マナーのはなし。これは本などで読んだ話しですので真偽は不明です。インドは英国領になっていたため、スプーン、フォーク、ナイフを使いますが、基本的には右手で手でつかんで食べる食べ方をします。お皿は大きな葉で、ご飯とかれーを適当に手で混ぜながら少量を掴み取り、一口で食べるという方法です。で、左手は不浄の手なので絶対に使わず、右手だけで食事をするそうです。なぜ左手を使わないのかという疑問があり、最初はヒンズー教の教えかと思っていたのですが、どうやらそうではなさそうです。
ここから汚い話しになってしまうので、ご容赦ください。
左手はトイレの大の方を処理するときに使う手なのだそうです。直接手で拭き取るということを田舎に行けば行くほどやっていて、その手を近くの葉っぱなのでぬぐうという処理をしているため、以前、たけしの「ここが変だよ日本人」で外人同志でインドは不潔だという大論争をしていた記憶があります。つまり、左手を食事で使わないのは衛生上の問題だということのようです。
そこで気になり始めたのが、インド人のコックが窯で焼いて出すナンというパンの製造過程のことです。両手を使ってぺたぺた延ばしてから焼いています。日本に住んでいるインド人は左手での直接処理の習慣はないのでしょうが、でもなんとなく嫌だなあという気もしてきます。まあ、窯で焼くので殺菌消毒はされているのでしょうがね。

  週末に行こうと思っているところ 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/26(Fri) 16:30:22
明日の土曜日は北野武監督のBrotherの封切日、舞台挨拶も楽しみで、早起きできれば朝一番に行くつもりです。
先週は、銀座松屋の上で展示していた松平不昧公展にも行ってなかなかよかったのですが、茶道がらみであまりにもおタクすぎるようなので紹介するのを控えておりました。不昧は松江の藩主で、茶道に入れ込んだ江戸時代の大名です。茶道具ばかりでなく、たとえば江戸の画家で、姫路の藩主の弟である
酒井抱一の絵(うまい、美しい、見とれてしまいます。)が3作ほど飾られていたり、不昧の文字、抱一の絵を元にして蒔絵の名人羊遊斉が制作した印篭(これは日本が世界に誇れる芸術品だと思います。)とかが展示されていました。会期は今週の日曜までは大丈夫のはずです。興味がある方はどうぞ。ただし、茶道がらみは茶道を勉強しているおばちゃんが山のように押しかけてくるので混むことは覚悟してください。
松江にはおいしい和菓子が多いのですが、不昧が茶道の関係で京都から職人をつれてきたりしたためだといわれております。

  韓国の話 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/26(Fri) 16:53:40
これは経験した話しではありませんが、赤坂などにある韓国バーに韓国企業からの接待でつれていかれたときにほぼそれに近い体験したことがあるので多分本当のことだと思います。
韓国では、お客さんの取り皿に、招待した方が食べ物を箸で取って上げるというの当たり前の様になっているようです。ただ、日本と違って、取り箸という習慣がないため、自分の使っている箸を使ってそのまま取ってくれるのだそうです。そうされた日本人はありがたいんだけど、なんとなく汚らしくて、かといって食べないと悪いし、という複雑な面持ちで、食べているとのことです。私の経験は、韓国人ホステスがつまみを箸で取ってそのまま客に食べさせるというもので、さすがに彼女が使っていた箸を使うということはありませんが、うなずけました。でも、日本人が田舎の宴席でやる一つのお猪口を杯洗を使いながら、やり取りして酒を酌み交わすというのも日本人以外の人から見ると嫌だなあと感じるのでしょうね。
でもあれで、隆司ちゃんじゃないけど、女の人が口紅のついた猪口を手でふいたりする仕草が良かったりして、杯洗を使おうとしたりすると、いいいいそのままでなんて言って、酌をしてもらって飲んだりするのがいいんだけどね。で、そばに同窓生なんかいると猪口の取り合いになったりして、男はほんとに馬鹿だよね。同窓生とそんな機会にまだ遭遇はしていないけれどね。
[243] 本日は体調不良です 投稿者:河野信一郎 投稿日:2001/01/25(Thu) 11:55:31
昨晩、飲みすぎた上に、夜中まで会社で仕事をしてしまったため、本日は体調不良です。でも仕事はかなりたまっているため、本日のずる休みは不可能で、いやいや会社に出てきております。
何時のまにやら、本HPのアクセス件数が2800件を突破し、3000件達成目前の状態です。
そろそろ大分に戻ったはずの石川伊知郎君は、1月22日の夜、2次会の後で六本木のお嬢さん達に連れさられてしまった後、無事にホテルに戻ってこれたのでしょうか?田椽君が心配して、人質を奪還すべきではないかと騒いだのですが、強制連行ではなく、当人の意志もあっての拉致ということで、松村君も僕も「まあいいんじゃない」と暖かくというか冷たくというか拉致されていく伊知郎君の後ろ姿を見送った次第です。
伊知郎君のHPデビューを心待ちにしていますが、なかなか投稿しないようであれば2次会のときに約束したように「残り香」というノンフィクション・レポートを投稿する用意がありますので、早目に投稿してくださいね。

  我ながら驚いた 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 14:42:20
このHPのワード検索で、僕の名前を入れて検索させてみたら、294件もあるという結果に我ながらビックリしてしまった。返信も含めての本数で現在のNo243から100本つまりNo144の間のことなので、その前まで入れてしまうと500本近くになるかもしれないと思うと、更に驚いてしまった。

  隆司ちゃんへ 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 14:47:49
野球クイズの答えを教えてくれたお礼の商品を映画鑑賞券2枚にすることにし、どんな映画が見たいかをお聞きしているのですが、ご返事がまだありません。なんでもいいということなのか、熟慮中なのか、いらんいらんそんなものと言っているつもりなのか教えてください。

  笑いながら驚いた 投稿者:河野隆司 - 2001/01/25(Thu) 15:16:14
このHPのワード検索で、君の名前を入れて検索させてみたら、294件もあるという結果に他人事ながらビックリしてしまった。返信も含めての本数で現在のNo243から100本つまりNo144の間のことなので、その前まで入れてしまうと500本近くになるかもしれないと思うと、更に笑ってしまった。野球クイズの答えを教えてあげたお礼の商品を映画鑑賞券2枚にすることにし、どんな映画が見たいかを聞かれたのですが、ご返事はまだしてません。なんでもいいということなのか、熟慮中なのか、いらんいらんそんなものと言っているつもりなのか教えてあげます。答えはCのおまかせコースです。

  編集委員、主宰の投稿数 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 18:34:18
その後のチェックの結果、上記の検索結果の件数は必ずしも当人の投稿だけでなく、他の人の投稿の文中にその人の名前が登場している場合にもカウントされているということが判明いたしました。
で、同じ方式で検索してみると、藤原隆主宰は41件、河野隆司編集委員は98件、矢守達朗編集委員も72件、松村洋一編集委員は23件、首藤真理子編集委員は9件という結果になりました。

  阿部敬一編集委員の投稿数 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 18:37:49
一時休暇中の阿部敬一編集委員の投稿数は正確にカウントすると11件でした。

  怪しいコーナーが開設準備中ですよ 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 19:51:32
今日気づいたんだけど、左の見出しのページに「ダンディー専科(工事中)」という怪しいコーナーが開設準備中です。のぞこうとしたらパスワードが必要というメッセージが戻ってきました。来週にはオープンすることになるのでしょうが、期待を持たせるコーナーです。

  Re: 主宰の投稿数 投稿者:藤原隆 - 2001/01/25(Thu) 21:03:42
自分の名前の出現数は、78件でした。 41件では無かった。
ちょっと少ないなと思ったので「藤原(阿部)」OR「藤原」で検索しました。

  失礼しました 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 21:08:06
失礼しました。
12.30の参加者名簿に書かれていたメールアドレスを利用して、まだメンバー登録をしていない人に勧誘のメールを送ったのですが、石川伊知郎君のオフィスのメールと、山下巌夫君のメールは宛先不明で戻ってきました。どっか違ってるんだろうね。

  対ロンドン交渉は本日で終了 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 21:27:57
長々と続いて、僕を深夜残業にたびたび追い込んでくれた、紅毛碧眼のエゲレス人との交渉がやっと本日決着いたしました。本当にしぶといので、敵も僕のしぶとさに音を上げていましたが、こっちも本当に消耗してしまいました。高杉晋作君は、エゲレスのやり手大使と互角に交渉し、長英同盟締結の手前まで持ち込んだそうで、大した奴です。
ともかくエゲレス人がいうことをなかなか聞いてくれないもんだから、脅し上げたり、金を少しは上乗せしてやったり、その裏で交渉決裂の際のヘッジのためにメリケン人と折衝したり、スイス人に酒を飲ませて取り込んだりとここ半年はとことん疲れました。ま、バテレン人や南蛮人、オランダ、フレンチ、ロスケとの折衝がなかっただけよかったですがね。
明日からは、もっとゆったりとした気分で仕事にHPに取り組めると思うと、思わず笑みがこぼれてしまいます。
明日からは残業はせず、HPは就業時間内に更新するというスタイルをとることになるかもしれません。

  質問 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 21:49:52
暇になったんで、ホームページをじっと見ていたら、投稿者の文字の色が皆さんは青なのに僕だけ紫色っぽいのはなぜなんだろうと疑問に思い始めました。なぜなんでしょうか、隆ちゃん?

  投稿者名の色が変わる理由がわかった 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 21:57:03
いろいろ実験してみたら原因が分かりました。投稿者名にアンダーバーがついている人は、それをクリックするとその人に直接メールできる仕組みになっているんだけど、その機能を利用するとその投稿者の名前が青から赤に変化し、次に紫色に変化することが分かりました。でも、これはなんか意味があってついている機能なのかな?疑問です。

  Re: 投稿者名の色が変わる理由 投稿者:藤原隆 - 2001/01/25(Thu) 23:53:35
答える前に、分かってしまっては返す回答も必要ないかも。
一番上の「管理用」に入って、管理者がそのように設定できるコーナーがあるんだけど。
それは、あくまでも僕だけ。ごめんなさい。
大した意味は無いけど、メールを送った証を色を変えて表示させている。
(デフォルトでそうなっている)
また、背景の色なんかも変えられるんだよ。
ひとつ、信ちゃんも部屋も作ろうか?
その掲示板管理者にしてあげるから。
そこに好きなだけ、書き込むのもいいかもしれないねぇ。

  僕の部屋を作るのは止めて 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/26(Fri) 11:24:56
僕の部屋を作って、僕の投稿をその中に封じ込めようとしているな。誰も読みにこんかもしれんやろが。独房はだめ、雑居房が好きじゃあ。今のままでいいよ。

  お前はもっと目立ってる 投稿者:松村洋一 - 2001/01/27(Sat) 00:58:45
「河野信一郎」がたったの300件足らず? 「編集長」とか「偏執長」とか「変醜長」とかいうのをいれたら、もっとあるはず。
[242] マナー最終編 投稿者:河野信一郎 投稿日:2001/01/24(Wed) 23:41:24
本日はスイス人の接待帰りで多少酔っ払っています。接待は上野桃太郎で行いました。
伊都ちゃんから誉められたので気をよくして、伊都ちゃんのためだけに書いてみます。
マナーシリーズ(6)食器に口つけてはいけない
予告にあるように主として韓国、中国のルールですが、欧米のルールにも通じることがあります。つまり、コップ、カップ以外は食器に口を直につけるのは御法度ということです。
スープの皿や、ラーメンの器に口を直につけて最後の一滴まで飲み干すという行為は、料理を作ったものにとってはなんとも嬉しいことなのですが、マナーとしては日本以外は×なのです。
韓国は器の位置を手で動かすこじたい下品な行為とされ、日本人がそうした行為をすると、文明(儒教)が完全に届かなかった日本は未開の地でやはりあったと年寄りになればなるほど思うようです。欧米でも食器を移動させるのはウェイターの仕事で、レディース&ジェントルメンは卑しくもそんな行為をすべきではないという暗黙のルールがあるようです。
数年前、新聞で読んだ記憶があるのですが、中国本土から香港に来た婆さんが、香港のホテルでコーヒーを注文し、しきりにミルクと砂糖を混ぜるスプーンでコーヒーをすくって飲んでいた。そばで日本人がコーヒーカップに口をつけて飲んでいるのを見て、その無作法ぶりに我慢できないという顔つきをしていたというのがありました。これはこの中国人のばばあの勝手な思い込みなわけでですが、あの中国人でさえ、もみじに似たスプーンがあればできるだけそれを使おうとするということは注目すべき事実です。

  心の中は提灯行列 投稿者:河野隆司 - 2001/01/25(Thu) 10:57:33
今回は伊都ちゃんのためだけに書くという事ですが、返信はわしがやっちゃうよ。へへん。今回がマナーシリーズの最終編という事やけどオチョーシ者の信ちゃんのことやから、特別編とか番外編とか続マナーシリーズとかまたまたマナーシリーズとか作りそうやな。でもやっぱ、めったに投稿せん人がしてくれるとこっちも嬉しいね。信ちゃんなんか心ん中は提灯行列・花電車、自分で自分を舐めてあげたい状態じゃろね。苦節6ヶ月、病める時も貧しい時も、雨の日も風邪の日も二日酔いの日も、人からなんと言われようが耐えてきた苦労が報われたね。僕もつまらん時もくだらん時も、しょうもねえ時も、誰も相手にせん時も、場つなぎした甲斐があったというもんだ。彼女の文面には、止むに止まれず、居ても立ってもいられず、清水の舞台から吹っ飛ぶ気持ちで投稿した様子が伺えますが、あまり堅苦しく考えず、気楽に投稿できるようになるといいんですが。一度誉められると病みつきになって、言外に隠し味を潜ませる沈着冷静良識派弁士の巨匠松村氏のように(ぼかあこんなに誉めてるのに)急に気が狂ったように投稿するようになるかも。
前置きが長くなったけど親記事の中のもみじに似たスプーンってどんなの?もしかしてれんげの事を東京ではもみじというんかいな。全国共通かな。知らんかった。調子にのるのも銚子に乗るというみたいやし、あんたは銚子どころか一升瓶に乗っちょるけど。んで、韓国の食器やけど、かねの茶碗にかねの箸、あれはいややね。口に持ってくる時鳥肌が立つよ、金属アレルギーの繊細でバリケードな僕としては。それと、あのコーヒカップ、時々口紅の跡が残ってるのが出てきたりするね。あれは、落ちにくい口紅なのか、すぐ落ちる口紅なのか迷っちゃうね。どっちなんだろう。で、女性が一口飲んで指先でスーッとカップの紅を落としている仕草がたまんないね。あれはいいやね。
ともかく、今回のマナーシリーズは大変良かったね。何が良いかって?その間、美術館・博物館情報がお休みだもの。

  訂正 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 11:18:55
御意見番のご指摘のとおり、「もみじ」ではなく「れんげ」でした。「銚子」漢字変換ミスです。
でも、美術館・博物館情報が途絶えたのがよかったという評価はどう解釈すればいいのでしょうか?毎週土日はなんか見に行っているから、このシリーズは当面続くことになると思うんだけど、いかがなものでやんしょうか?
韓国が食器や箸に金属を使う理由は、かつて李氏朝鮮時代に王の暗殺が多発し、貴族階級は毒物に反応しやすいらしい銀の食器・箸を使って、毒をもられても事前に回避しようとしていた。これが、庶民階級に広がり、銀ではないが銀色の金属食器を使うようになったという話しを何かの本で読んだことがあったように思います。

  中国料理の変なルール 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 12:16:33
お客様を招待して料理を出す場合、中国人は大皿に載った料理をすべて食べ尽くさず、少し残すことによって、腹いっぱいになって満足しているよという意思表示にするそうです。全部食べ尽くしてしまうと、もっと食べたかったのに、量が少ないなあという不満を表すことになるのだそうです。
香港やシンガポール、ニューヨークやロンドンのチャイナ・タウンなどで中華のレストランに行くと中国人のウエイターが、まだ料理が残っているのに了解もとらずに平気で下げていくというケースに遭遇した経験がある人もいると思いますが、これはこうした中国の常識によるものの様で、悪意があるわけではないようです。
韓国では儒教文化が根深く社会を覆っているため、たとえば年上の人の前では煙草を絶対に吸わないとか、酒を目上の人の盃に注ぐ場合には、スーツを着ていても左手で右のたもとを押さえるような格好をしてつぐとか、お客さんが来たときには有らん限りの歓待をして迎えるとか行ったことが行われています。戦後の自由教育で儒教文化の痕跡が跡形もなくなってしまった日本人達は中年以上の韓国人にとってはかなりの野蛮人にみえるようです。若者達は別の見方を日本人にしているようですがね。

  みんなが待ってる美術館・博物館情報 投稿者:河野隆司 - 2001/01/25(Thu) 12:55:50
美術館・博物館情報、どんどんやってちょうだい。わちきが『マナーシリーズは大変良かったね。何が良いかって?その間、美術館・博物館情報がお休みだもの。』と書いたのは単なる文章の流れ上そうなった訳で他意はございません。足利ず。みんなもそうじゃそうじゃと喜んでくれると思いました。信ちゃんから美術館・博物館情報をとったら手足をもぎとられたゴキブリと一緒。やっぱ場つなぎにはそれしかない。ほんで、あれはやっぱれんげの事じゃったか、もみじっちゅう言い方が本当にあるんかともった。しかし掬いにくいやろなそれ。しかしまあなんですね、銀の食器で身の安全を謀るとは、キムチなんか入れたら銀が溶け出して中毒になったりして却って悪かったなんてね。で、早速マナーシリーズ番外編が出てきたな。それにしても飲み食いの話がやたら多いなあ。まあ面白えからどんどん続けてくさい。

  言わずもがなですが 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 19:46:14
言わずもがなですが、飲み食いの話しが多いのは、筆者が飲み食いに人一倍関心を持っているためです。ラーメンの話しにすぐ飛びついてくる人もいるしね。

  投稿者:河野信一郎 - 2001/01/26(Fri) 11:41:20
なんかの本で読んだ話しを紹介いたします。スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治するときの話しです。まず川上から箸が流れてきたので、上流に人が住んでいると考え、川上に遡上していくと、毎年ヤマタノオロチに娘を渡している老夫婦に出会うという話しになっていくのですが、流れてきた木がどうして箸と分かったかという事です。現在我々が使っている箸と同じ物なら一目見れば分かるはずなのですが、当時は木の枝を使っていたため分かりずらいとその本の筆者は解説しておりました。答えは当時の箸は現在のような二本箸ではなく、一本の木の枝を曲げてピンセットのようにして、食べ物を挟んで食べていたから、人為的に曲った木の枝をみて箸と分かったというのです。真偽は保証いたしません。
僕の箸使いはクロス箸になってしまうため、きれいなものではありませんが、小学生の頃、てこの支点、力点の授業で、箸は支点が箸の後方の空中にあると言われて、自分の箸使いではなっとくが行かず混乱したことがありました。でも、ピンセットが原点でそれが2本箸に発展していったとすれば、正しい箸の使い方は納得のいくものだなあと、その本を読んだときに再認識させられ、正しい箸使いに矯正しようとし始めたのですが、駄目、それをすると気が散って食事がまずくなってしまいます。お父さん、お母さん方はお子さん達に子供の頃から正しい箸使いを覚えさせるようにしてください。でないと、僕みたいになってしまいますよ。
[241] 読み終えたぞ「世に棲む日々」 投稿者:多村(代行投稿:河野信一郎) 投稿日:2001/01/24(Wed) 16:11:09
さっき昼飯食いに行ったときに、司馬遼太郎の「世に棲む日々」全4巻を読了しました。最後は長州征伐の幕府軍を高杉晋作が打ち破り、幕府軍の本拠にしていた九州の小倉城を分捕って、「一字三星」の長州・毛利藩の旗を立てた後、結核で死んでしまうというシーンで完。晋作の辞世の句は「おもしろき こともなき世を おもしろく」の上の句だけで、下の句は彼の臨終に立ちあった尼僧が「すみなすものは 心なりけり」とつけたそうで、この本のタイトルはこの句からとったということを司馬遼太郎旦那が後書きで書いておりました。何時の間にやら幕末の世界からフェードアウトしていった高杉晋作の痛快な活躍ぶりがよくわかり、愉快な小説でした。

  読み終えたぞ「世に棲む日々」の投稿者 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/24(Wed) 17:34:45
上記の投稿者は私で、多村君の代行入力ではありませんでした。失礼しました。

  Re: 読み終えたぞ「世に棲む日々」 投稿者:藤原隆 - 2001/01/24(Wed) 19:26:38
僕も前に読んだんだけど、記憶力が無いため、「あれって吉田松陰がメインじゃなかったかな」と思ったけど、以前の信ちゃんの投稿で、確か松陰は早々と死んだと書いていたような、気もするし。
そこで、yahooの検索で「世に棲む日々」を検索すると、出てくる、でてくる。
その一つに、「高杉晋作のホームページ」があった。以下が、それ。
http://www2.nkansai.ne.jp/users/syura/nenpu/nenpu.html
高杉の奥さんは、雅子だって。うちの女房とおんなじ。
まあ、これは、どげでん、いいけど。
復習がえら、かれの年譜を上のHPで確認しました。

  世に棲む日々は因縁の作品 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/24(Wed) 22:58:07
世に棲む日々というのは藤原(阿部)隆君が吉崎達ちゃん存命の頃に読み始め、達ちゃんに隆ちゃんが「最近司馬遼太郎を読み始めたんやと言ったところ「隆、いまごろ読み始めたんか]と達ちゃんから隆ちゃんが馬鹿にされたいわく付きの作品です。むろん、その当時は僕は司馬遼太郎作品には手を触れていなかったので達ちゃんからはもっと馬鹿にされていたものと思います。
僕は晋作の美人の正妻のお雅を気遣う気持ちと、ぴったりフィットするめかけのおうののかわいらしさ、けなげさがどちらも理解できるだけに小説的なな深みをこの作品に感じています。
僕が映画監督になって、この作品の配役をイメージすると、高杉晋作はその自由奔放ぶりが、釣り馬鹿日誌の社長役の実子で最近、マリアンのバージンをいただいたことで有名になったおっさん。吉田松陰はやはり二世俳優の緒方直人、お雅は松島菜々子、馬鹿で可愛いおうのは釈某子にしてみたいと思っている次第です。

  「世に棲む日々」の最高に面白いシーン 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/24(Wed) 23:54:54
最高に面白いシーンは讃岐の琴平で愛人おうのと一緒に芸者と大騒ぎをしているときに、取り方が来て長州浪人を捕獲しようとするとき、英国に渡る予定で長州藩からせしめた500両を風呂敷きからばらまいて役人共のめを引き付け、愛人おうのととともに窮地を脱したというシーンで、長州人の今の自民党政治、官僚政治に続く、清濁併せ持つ豪気さを尊しとするのルーツはこのあたりにありそうだと思わせるシーンでした。
聴診陣が

  Re: 読み終えたぞ「世に棲む日々」 投稿者:矢守達朗 - 2001/01/25(Thu) 08:54:00
以前、小倉に住んでいた頃「東行寺」に行きました。萩や防府も見学しました。萩や防府は杵築に良く似た街で、路も狭く、妙にねじれた所があったような気がします。萩焼きのぐい飲みを買って、愛用しとります。七色に変わると言われましたが、本当でしょうか?今のところ変色したような気がしないけど。

  萩に行ってみたくなったよ。 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 11:32:19
僕は萩に行ったこともないし、小倉もじっくりうろついたことがないため、この本を読み終えて、行きたくなってしまいました。暇があればね。
で、上の配役の俳優の名前を思い出しましたので、追加しておきます。晋作役は三国連太郎の息子の佐藤浩一、おうの役は釈由美子です。
最後の行に「聴診陣が...」という意味不明のゴミが残っていましたが酔っ払っていたこともあって、何を入れようとしていたのか、記憶が定かでありません。ご容赦ください。

  禿になってみたくなかったよ。 投稿者:河野隆司 - 2001/01/25(Thu) 13:20:46
萩には2度程行きました。最初は学生の頃、一人旅で岡山の津山・落合、隠岐で一泊し、松江・出雲から夜行の鈍行で萩まで来ていろいろ見て廻りました。松下村塾は犬小屋みたいなやつで、あとは指月城・なんか忘れたけど武家屋敷の博物館等一人で行っても面白ねかった。して、「東行寺」っちゅうのは何者?食った事ねえけど。

  東行寺 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/25(Thu) 15:05:39
矢守君が解説しない場合は、明日、僕が解説します。あそこだったよなという記憶はあるのですが、念のため本を確認してから書きます。

  Re: 読み終えたぞ「世に棲む日々」 投稿者:矢守達朗 - 2001/01/25(Thu) 17:11:41
東行寺は高杉晋作のお墓があります。確か、小倉から車で高速に乗り、関門橋を渡り、下関インターを通りすぎたあたりに看板が立っているので、それを目印に次のインターを降りるとすぐです。大した物ではありません。下関の街に戻ると、巌流島もありますが見ないほうがいいです。

  東行寺 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/26(Fri) 11:13:54
東行(「とうぎょう」と読むはずです。)は高杉晋作が勝手に出家し、ちょんまげを切った時に勝手に名乗った僧名です。西行からとって東行としたそうで、いかにも高杉らしいふざけた名前です。
彼が下関で死ぬときに、あの辞世の句を残し、最後に「吉田へ」と行ったのだそうです。吉田は彼の師匠である吉田松陰のことか、それとも彼が創設した日本で始めての非武士階級で構成される軍隊「奇兵隊」の本営があった吉田という場所をさしたのかという議論があったそうですが、地名説がとられ、下関より東北へ6里の吉田の清水山の山頂に埋葬されたそうです。葬儀の参列者は3000名。墓碑は後日すえられ、小さな墓石に「東行墓」と彫られただけのものだったそうです。明治44年に伊藤博文が「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。衆目ガイ然、あえて正視するなし。これわが東行高杉君にあらずや」という碑文が刻まれた碑が建てられたそうです。東行寺はおそらく、この付近に建てられた寺ではないかと思われます。
高杉晋作が生きたのは27年と8カ月、師匠の松陰は27年間であったそうです。高杉が面白いのは、司馬遼太郎によると、西郷隆盛、坂本竜馬と会う機会があったのに一度も会おうとしなかったということです。他の藩の人間を信用しないというところもあったようですし、西郷、坂本とちがい高杉は上士の出身のため、気位い高いところがあり、会いたがらなかったのかもしれません。
話し変わって、巌流島と言えば、15-6年前、アントニオ猪木とマサ斎藤が、観客を入れずに、巌流島の特設リングで、マスコミのみを入れてプロレスの試合をしたことがあったことを思い出しました。

  「日本史を発掘する」 投稿者:松村洋一 - 2001/01/27(Sat) 00:49:33
酔いどれ編集長信之助が「聴診陣が」と書いたのは、たぶん「長州人が」と言いたかったんでしょうね。酔ってたおかげで短くすんでよかった、よかった。

  信之助ではなく信作と名づけてくれ 投稿者:河野信一郎 - 2001/01/29(Mon) 16:52:00
話しの流れから言って、ここは「はぐれ雲」の息子の信之助でんなく、高杉晋作をもじった信作と名づけて欲しかったなあ。

  

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