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家庭教師田口の視点(2ページ目)

2002年4月10日 21:48:03                                                
 
閑話休題。今年がどうなるかはわかりませんが、例年年末になると、私は、非常に忙しくなります。今は少しのんびりできるので、こうやって皆さんにメッセージを書いているのです。私の目標は、日本一の家庭教師といわれるくらいになること。そのためにも、日本全国に向けた、メッセージを送り続ける必要があるわけです。本を書いて、運よく出版できたのもその一環ですし、今しばらくは、ここから、私を発信していくつもりです。まだ書きたいことは、いっぱいあります。でも年末になったら、また忙しくなって、しばらくこれを書き続けることは、休止しなくてはいけないかもしれません。その際は、お許しください。もっとも、そんなときでも、Eーメールか何かでご催促いただければ、ちょっとがんばって書く気になるかもしれません。
 今は、こうやって、マイペースで書いていますが、いずれ(といっても、ずいぶん先のことになるかもしれません)、書くこともなくなってくるかもしれません。そのときには、この知識を、体系化して、検索しやすい形で、皆さんにご覧いただけるようにするつもりです。それまで、できましたら、この、随筆風に、日々感じたことを記す、という形に合わせていただけたら、幸いです。これはこれで、なかなか、味わいのあるものかと思います。
 私の本では、伸びる子と伸びない子だけに焦点を当てて、記述してきました。ここでは、もっと広い視点から、記していくつもりです。このため、取り上げた一つ一つのテーマが、更なる発展性を示唆しながら、そのすべてを一気に追及していないという嫌いもあります。でも、そういうことをしていると、読むほうも書くほうも肩がこってくるのではないかと思い、あえてこのスタイルにしているのですが、今は、田口の世界への肩ならしくらいに思っていただけたら、幸いです。いわば入門編ということでしょうか。1週間に1遍、いや、1ヶ月に1遍でよいですから、気軽な読み物と思って、お読みください。その知識は、これからのさまざまな場面で生きていくものと思います。ぜひ末永いお付き合いをお願いいたします。

2002年4月12日 12:04:28
 子育て考。私は、一般に、しり上がりに本気になってくるタイプです。しり上がりという言葉は、私の人生そのものについてもいえますし、私の家庭教師という仕事についてもいえます。まだよくわからない世界に関しては、あまり急激に動こうとしません。でもわかりだしたら、だんだん本気になります。いま少しインターネットの世界がわかった気がしてきました。まだ象の鼻かしっぽをとらえて、これを象と思い込んでいる程度かもしれませんが、、、。まあ、初めから何もかもわかったら、面白くもないので、この奥深そうな世界をゆっくり楽しんでいこうと思います。
 さて、私は、通称赤本というやつ(大学の過去問集)を暇なときに読んだりしているのですが、けっこう内容豊かですよ。今日は、そこから題材をとってみましょう(ちょっと話が飛ぶのですが、あなたは、「を」を、うぉ、と発音しますか?それとも、お、と発音しますか?どうも京都の人は、うぉ、と発音するらしいのです。私は、埼玉出身だから、お、と発音しますけどね。これ最近発見したんですけど、もしかしたら、気のせいかもしれませんが、もし本当だったら、不思議ですね。ご興味のある方は、周りの知り合いの方で、確認してみてください。面白いことがわかるかもしれません)。
 九州大学、文系、前期日程の赤本をお持ちの方は、97年の英語の、大きな3番をご覧になってください。本文をそのまま載せると、もしかしたら、著作権の問題があるかもしれないので、内容を、大雑把に紹介いたします。その英文によると、ある研究者(アメリカ人らしいのですが)が、子供たちを、ある部屋に、一人ずつ呼んだらしいのです。そして、おそらくは、目の前にマシュマロ1個を置いて、こういいました。
 「このマシュマロを今すぐ食べてもいいけど、もし、私が、用事に行っている(「用事(使い)に行く」をgo on an errandと、英語でいえたら、あなたの英語力はかなりなものでしょう。でも、受験には、大事なフレーズです)間、待っていてくれたら、2つマシュマロをあげるよ」
 そうして、子供たちの様子を、観察しました。そうしたら、子供たちの行動は、次の3つに分かれました。
 1、研究者が出て行くやいなや、そのおやつ(つまりマシュマロ。アメリカでは、マシュマロが人気あるんでしょうかね)にむしゃぶりついた子。
 2、しばらく我慢してたけど、結局食べてしまった子。
 3、何とかして、最後まで我慢した子。
 ご自分のお子さん、あるいは、ご自分の小さいころをご想像ください。どのタイプに当てはまりますか?
 ところで、調査は、これだけで終わりませんでした。その子たちのその後を、追跡調査したのです。
 そうしたら、彼らが、中学生になるまでの間に、かなり顕著な違いが現れたというのです。最後の、3番目の子達は、概して、環境適応力があり、周りからの信頼も厚かったのに、その上の2つのタイプの子たちは、すぐ不満をもらしたり、頑固だったりしたそうです。ストレスに比較的弱かったのも、このタイプだと記されていました。それだけではありません。アメリカには、今のセンター試験をイメージされたらよろしいのでしょうか、SATという大学にいこうとする、ほとんどの子が受ける試験があるらしいのですが、このテストで、3番目の子達は、平均して、他の子達より、210点高かったらしいです(800点満点で)。この文章の結論は、理性で感情をコントロールできるかが、その後の子供の性格や学力などに大きな影響を与える、ということのようです。日本にも、三つ子の魂百まで、ということわざがありますが、そういうこともあるのかもしれません。だからといって、中高生になったら、手遅れだ、と即断するのは、早計です。
 私が、このことから学ぶことといったら、ある子の学力を、伸ばそうとするとき、それを永続的なものにするには、同時に、性格を変えていかなくてはいけない場合もあるのではないかということです。
 皆さんは、どんなことをお感じになりましたか?大学の入試問題に出るくらいですから、出所は、信用おけると思うのですが、、、。また、私が、教えてきた子供たちのことを考えてみても、この文章、結構説得力があるようにおもうのですが、、、。
 このことを思い出して、娘が(どういうわけか、ちょうど4歳なのですが、、、)あるおもちゃをほしいといったとき、この話をしたら、最初一生懸命聞いていて、わかってくれたかと思ったのですが、いつもはわかってくれてたのに、このときに限って、でもほしいと言い出して、説得しても説得してもわかってくれず、しまいには、泣き出す始末。で、しょうがないから、「この子嫌い」といって、逃げ出して、私の部屋にこもったら、さらに大きな声で泣き出していました。娘にわかりにくい説明を、翻訳調でしたためかもしれませんが、一種の甘えかと思ったのでほっといたら、翌日、けろっとした顔で、「パパ、いつかおもちゃをかってな」といってきました。私は、「いいよ。でもいくらかわからないと買えないから、値段みといてな。あまり高かったら、すぐに買えないかもしれないから」といったら、納得してくれました。
 上記の失敗から、私が、ちゃんとできているという自信もありませんが、自分の心をコントロールできる子に育てる、という意識で子供とかかわることは、子供の年齢が、いくつになっても重要だと思います。

2002年4月18日 11:03:48
 閑話休題。先日、自転車で家に帰る途中、耳慣れた声で、「先生、先生」と呼ぶ声が聞こえてきました。そちらを見ると、昔教えていた、A くんのお母さんでした。ずいぶんと久しぶりだったので、その後の様子をお聞きしたら、どうやら、K 大学を卒業して、某有名企業で、バリバリ働いている、とのことでした。あの牛みたいに、のんきだった子が、、、と感慨ひとしおでした。その場には、ご主人もいらっしゃって、ご両親とも、誇らしげでした。ご両親がおっしゃるには、私が教えて、数学が、急速に伸びたとのこと。社交辞令かもしれませんが、とても喜んでくださいました。私は、全部伸ばしたつもりだったのですが、、、。
 それはいいのですが、話の途中で、私が教えていた、別のある子をよくご存知だったとのこと。どういうつながりかは、お聞きしませんでしたが、私は、びっくりしてしまいました(もっとも、似たような経験は、何回かあるのですが、、、)。先日も私を紹介してくださる方がいらして、どうも教えることになりそうなのですが、そして、私は、口コミで教えることになるのがとても多いのですが、こういう私の知らないところで、情報網がつながっているのかと思うと、教える1時間もないがしろにできないな、と身の引き締まる思いでした。こういうインターネットなどによる情報発信なども、結局、口コミには、かなわないのかとも思い出しました。こちらのホームページは、半分道楽気分(?)で、マイペースでやっていくつもりです。仕事だとか、義務感だとか、そういうものだけでやっていこうとすると、結局、長続きしないのでは、とも思っています。どういう方が、どういう思いでご覧になっているのか、不安が、常に付きまといますが、、、。一方で、私が、今教えているお宅などからもアクセスがあるわけで、いいかげんなことは書けないな、とも思っています。

2002年4月22日 23:45:38
 今日、辞書と図鑑を買ってきました。図鑑は、ともかく、辞書は皆さん購入する機会が多いと思われますので、私の辞書の買い方をお教えいたしましょう。どこかで、私は、本を買うときは、1日がかりで買うこともある、というようなことを書いた覚えがあるのですが、今日はこの2冊に、2時間かけました。いずれもはじめて買うからでは、ありません。むしろ、1年に1、2回は、このようなものを買うことがあると思います。では、なぜすぐに買わないかというと、一つは、使う子供を考えて買わなくてはいけないからということが挙げられますが、もうひとつは、新しい本が出ているかもしれないからということもあると思います。私自身、古語辞典で、見た目やにおい(?)で選んで、使いにくさに困ってしまった、高校生時代の苦い経験があるので(つい最近まで、その辞書は店頭で見かけていましたが、やはり、不評だったのでしょうか、最近は見かけなくなりました)、特に辞書選びには、慎重になります
 まず、ぱらぱらっとみて、というのは、皆さんよくやられるでしょう。問題は、そのあとです。どんな単語でもいいですから、何個か思い浮かべてみてください。そして、それの表記の仕方を、徹底的に調べるのです。ざーっと眺めるというのを、何回してみても、あまりよい結論は得られません。辞書と辞書、辞書と辞書をいくつかの単語について、使う子を思い浮かべながら、比較していくわけです。そうすると、よい辞書と悪い辞書の区別が、おのずとわかってきます。まあ、一度お試しください。
 今日の私の場合で例をとると、小学6年生の、まだ、英語のセンスがみがかれていない子に買ってくる辞書なので、調べやすさに重点を置きました。単語は、まず、every で付き比べていきました。どういうわけか、彼は、英和辞典を持っていた(もらったらしい)のですが、それで調べて、every day の訳が出てこなかったらしいのです。「毎日」という訳は、中学生だったら、すぐもう常識になってしまうようなものですが、彼は、小学6年生の、英語習いたてなので、例文の中に訳がさりげなく載っていても、それをしっかりとらえることができません。熟語として、every day を表記している辞書を別に買わなければいけないと思ったわけです。ところが、店頭で、この語句を調べてみると、意外にも、完全な熟語として表記している辞書はありませんでした。ただ、それに準じた表記をしている辞書が、2,3あったので、それにしぼって、みやすさ、他の単語の説明のしかたなどを、付き比べていきました。何を買ったかですって?ジュニアクラウンという名前でしたっけね。三省堂のクラウンの中学生版です。あらかじめ申し上げておきますが、そのときその子にとってそれが最適と思われたわけで、100%いつもその辞書を買ってくるという保証はありません。もちろんすべての人に、これを勧めようという気は、毛頭ありません。
 いずれ、私のすすめる本、みたいなものを小学生から、高校生、浪人生にいたるまでを対象にして、全教科網羅するような一覧も作ってみるつもりです。できるだけ丁寧なコメントも載せて、、、。エネルギーを必要とするので、いつという確証はできませんが、、、。
 一言申しておきますが、私は、これについて、テキスト代実費以外は、何もいただいていません。当たり前のことですが、念のため、、、。私は、教えてなんぼ、結果を出してなんぼ、と思っています。

2002年4月28日 8:45:57
 私にとって、目先の中間テストや期末テストの点数を1教科あたり2,30点上げるのはそんなに難しいことではありません(どこかの業者の宣伝では、よく見ると全教科で、30点だったりしますが、私は、あくまで、1教科あたりです)。むしろ、プロを称しているのなら当たり前のことだと思います。子供によってさまざまに違いますけど、本人にとって伸び悩む原因になっているものを指摘して、とりあえず短期的に直してあげて、その後、対策を施してあげればいいのですから、、、。でもそれは、本人の能力以上の結果を私が、いわば、出させてしまった、というわけで、これをもって、私の仕事は終わりというわけには、いかないのではないかと思っています。だって、そういう子は、私の手を離れれば、また元に戻ってしまうわけでしょ。通常お母さん方は、点数が時として、飛躍的に(2,30点しか取れなかった子が、80点以上というのは何度も経験しています)上昇したりすると、信じられないといったふうであったりするのですが、そして、ものすごく喜んでくださります。しかし、不良債権ではありませんが、問題は先送りされているわけです。

2002年4月29日 23:21:23
 小論文もそう
ですが、物理や数Vなどは、わからない子にとっては、まるで鉄の壁みたいに手ごわい相手のようです。これが難なく、スースーッとわかってしまう人は、よほどの天才でしょう、あるいは、それを教えられている先生がよほど説明の上手な人なのでしょう。中でも、物理は、理系の子の多くを悩ませ続けてきた最右翼といえると思います。よく、根性がない、といって子供を批判する親御さんがいらっしゃいますが、少なくとも、この科目に関しては、この根性論は、成り立たないような気がします。
 このような科目は、何よりも、誰かがわからせてあげる、という作業を、並行して行わなければなりません。むしろ私に言わせれば、理系の科目は、覚える部分(つまり、私がかかわれることのしにくい部分。覚えやすくしてあげる、という手助けはできますが、やはり、覚えるという作業自身は、本人の努力によるところが大きいと思います)が少ない分だけ、成績を比較的上げやすいといえると思います。
 しかし、それでも伸びない、あるいは、一般的に、どの科目も伸びないという子がいるとしたら、それは別の原因を探さなくてはいけません。端的にいえば、彼らは、勉強していないのです。よく、うちの子は、頭が悪いのかしら、と悩まれるお母さん方、あるいは、自分は頭が悪いのかと悩む子に出会ったりしていますが、彼らの勉強の仕方をつぶさに観察すれば、彼らが、いかに勉強したふりをして、自分や周囲を欺いてきたかがわかると思います。もっとも、欺こうとして欺いているのではないのでは、と思えるふしもあり、彼らを一方的に非難できないのでは、と思ったりもしているのですが、、、。むしろ、周りの人間が、その子の実態を、冷静、かつ細やかに、そして、できたら早い時期に、見てあげる必要があるのだと思います。そういうことをされないで、自分の子供の頭の悪さを指摘して妙に納得してしまっている親御さんも、結構多いです。私の前で、バリバリと問題を解くご自分の子を見て、自分の子かと疑ったお母さんもいらっしゃいました。
 最初からやる気のない子は、正直、すぐにやる気にするのは難しいです。私も親御さんも相応の努力を必要とします。ですが、そうでない子の場合、勉強のスタイルとでも言うものを、変えれば、驚くほどの飛躍を期待できる場合があります。
 要領の悪そうな勉強をする子が伸びて、逆に、要領のよさそうな勉強をする子は伸びないといったら、信じていただけるでしょうか。別に、どこかの週刊誌のように、センセーショナルに書き立てようなんてつもりではありません。ただ、今の実感なのです。私が教えてきて、思うのですが、馬鹿みたいに、与えられた問題をすべてやる、という子は大体伸びます(逆に、これはもうわかるからいい、とか、これは難しいしあとまわしにしよう、とか何か小理屈をこねて問題数を減らそうとする子はあまり伸びません)。で、それでも伸びないとしたら、その子は、どこかで、手を抜いているのです。答えあわせを、きちんとしなかった子がいます。答えあわせをしたのですが、よく見ると、本人が解いたものは、それが、あっているか、間違っているかにかかわりなく、丸を付けまくっていた子がいます。答えを丸写しして、やったふりを、「してしまった」子がいます。もしお宅のお子さんが、この可能性があるとしたら、この点を、つぶさにチェックして見られたらと思います。まじめそうで伸びない子には、まず疑われる「症状」です。ちなみに、この欠点は、一度指摘したからといってすぐに直らないかもしれない、むしろその方が多いということも覚えておく必要があると思います。
 よくご自分のお子さんに、要領よく勉強しなさい、とかいってみたり、うちの子は、要領が悪いのかしら、とつぶやいたりするお母さん方を見かけますが、とても危険な感じがします。要領よくというのを勘違いして、とにかく先へ先へ、と進む子が多いように思からです。こういうのを、勉強のうわすべり現象、と私は呼んでいます。私などは、自分が小さいころ、馬鹿だったし、今までずっと馬鹿だと思ってたから、本当にバカっていねいに学校の授業を復習してました。自分は馬鹿だから、こういう勉強しかできない、と思い、わからない英単語があれば、それが、テストに出るかでないかなど気にすることもなく、今に至るまで、忘れずに残っている、というほど、徹底して覚えた記憶がありました。自分は馬鹿だからこんなことをしているけど、きっと本当に賢い子って、どんな勉強をしてるんだろう、だいたいそういう子って、どういう子なんだろうって、よく思ったものでした。自分がそういう子を教えてみて、思うのは、彼らが、愚直なほど一つ一つを丁寧に仕上げていっているということでした。ただ、それが異様に速い、というだけで、私の勉強スタイルとそんなに変わらないということを発見して、変に安心したものでした。速いというのは、計算の速さもさることながら、理解の速さが速い(厳密にいうと、正しい勉強法によって速くなった)ということです。正直、計算の速さなんて、学年があがるうちに、比重が落ちてくるので、あまり神経質になる必要はないように思います。じゃあその理解力は、どういうところから醸成されたかというと、小さいころから、ものをよく考える癖があったらしいということです。
 私は小学校のとき、怠けていたせいで、計算が遅いです。でも、中学生から、本気で勉強したので、単純計算以外では、彼らに教えることができるまでの能力が形成されました。自分でこのことにとても興味があるのです。やはり、小学生のときにきちんと勉強してこなかった付けは、そのまま私に降りかかってきているのだなって。でも自分が馬鹿だからというのではなく、あくまで、勉強不足が原因なんだろうって。自分の中には、どうも、できの悪い自分と、比較的できのいい自分が同居してるみたいです。
 そこから類推できることは、どんな子も、もともとおろかに生まれてきた、ということはないのではないか、ということです。誰でも自転車が乗れるように、誰もが、日本語を話せるように、、、。ただし、あとから追いかける人間は、私がそうだったように多少のハンディーを背負うことになりますが、、、。前のどこか(3月14日をご参照ください)で書きましたが、右利きの子の、左手が、右手に追いつく苦労をイメージしていただければ、わかりやすいかと思います。大変ですが、決して不可能ではありません。

2002年5月5日 19:01:27
 ゆとり教育などというのは、誰が考え出した発想なのでしょう。かつて、ゆとりローンなんて言葉もありましたが、どちらも共通点は、目先は楽だけれども、あとでしんどい、ということのようです。ゆとり教育のほうは、目先、週休二日制になって、しかも主要教科の勉強時間が減って、楽になったのですが、それは公立校だけの話で、半分くらいの私立校が、まだ週休一日制を採用している中で、彼らと競争しなくてはならないわけで、結局、学力格差をつけられてしまう、というよりも学力差が拡大するという目にあう可能性大です。ゆとりローンというのも、最初の、月当たりの返済額はすくなくてすむ、というやつで、逆に言うと、だんだん年を経るうちに、その返済額が増えていくわけで、ほとんどの会社が年功序列を採用していた時代はいいですが、だんだんそれが崩れようとしている現在、それどころか、自分が失業してしまうかもしれない、という不安を抱えている現在、この美名のうちにある、実態のありように、なんともいえぬものを感じます。ゆとり教育もゆとりローンも、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれていた、バブルの絶頂期に発想されたものなのでしょう。そのころ日本は絶頂期にあったので、何もそんなに、子供のころから詰め込む必要はないではないかというわけです。私もこの論理には大賛成です。でも、日本の入試制度は、詰め込みだけで乗り切れるほど甘いものではなく、かなりの知的訓練を必要としていることも知らなくてはいけないと思います。世界のトップレベルの教育水準にあった日本が、少しずつその地位を後退させていることも憂慮すべきでしょう。おそらくは、ゆとり教育を生み出した官僚たちは、今の日本のあえいでいる姿は、予想だにしていなかったに違いありません。そのころ、私も、今日の日本の姿は想像だにしていませんでした。ただ、官僚たちの問題は、走り出したら、ストップがきかないということです。諫早湾の例を出すまでもなく、今の実情に合わなくなった、昔作ったプロジェクトであっても、彼らは、必ず、プランどおり実行しなくては気がすまないようです。おかげでこれから学ぶ子、あるいは、教える先生方にその矛盾が押しかぶせられることになるわけです。
 かたい話はこれだけにしましょう。ただ、このことから個人が学ぶことといえば、政府が、あるいは、人々が、あるいは、業者が、美しい言葉を語りだしたとき、そこから、一歩引いてみるというスタンスを、時々持つ必要が、私たちには、あるのではないかということです。私が申し上げていることも、皆さんの実体験と重ね合わせて、お考えいただければ、と思います。
 そういえば、最近よく耳にする、「問題先送り」というときの「先送り」。内容的には、「ゆとり」とほぼ同じ意味のように思われます。「先送り」をきれいな言葉で飾ると、「ゆとり」となるのでしょうか。

2002年5月8日 23:16:58
 閑話休題。先日、この私のパソコンがどうも調子悪いことに気が付きました。自分のホームページのアクセスカウンターがどうも私だけ見られないみたいなのです。自分の作ったホームページを自分だけきちんと見られないなんて、どうにも、皮肉な話です。別に、アクセスカウンターは、見られなかったら見られなかったで、かまわないと思うたちなのですが、どこかに問題あり、という兆候なのか、と思い出したら、気になって仕方なくなりました。
 最初はちょっとした故障かと思って、プロバイダーさんに聞いていろいろ試してみたのですが、どうも原因不明。今まで、賢いパソコンと思って、とても気に入っていただけに、ちょっと、「この不良品」と心の中で思ってしまいました。知り合いのお宅で、見させていただいたら、やはり、私のホームページのアクセスカウンターは正常に見える。私のところだけというプロバイダーさんのお言葉は本当らしいのです。そのお宅のアドバイスでは、もし不良品でとっかえてもらうのなら早いほうがいい、とのこと。それでは、最悪の場合パソコンをとっかえてもらおう、と購入した電気屋さんに勇んでいきました。もう10年以上の長い付き合いをさせていただいている店長に、例によって気安く、これ不良品なんじゃないの、と迫ろうとしたら、店長からにこやかな顔で、「通常、パソコンが不良品ということは考えられません」といわれ、パソコンについて、とても詳しいU さんを、我が家に派遣していただきました。どこがおかしいのかとUさんが操作すると、普通にアクセスカウンターが表示されました。あれ、と思って、Uさんと私のやり方を比べてみたら、私が、とてもしょうもない、一種の操作ミスをしていたことに気づきました。恥ずかしいので、その内容は申し上げられませんが、Uさんいわく、「プロバイダーさんも、まさかそんなことをしてるとは、思いもよらないと思いますよ」。機械を不良品呼ばわりして、大変申し訳なく思った次第です。私の頭のほうこそ、「不良品」だったのかもしれません。
 別に私のおろかさを吹聴するために、この話を持ってきたわけではありません。実は、私自身が、この家庭教師という仕事をしながら、同じような経験を、ちょうど立場が逆転する形で、何度もしているからです。教えている子から電話、あるいは、ファクスが来て、どこそこのどの問題がわからないという内容だったとします。電話やファクスでその場で返答して、わかる場合もあるのですが、わからないときは、いくら電話で答えても、いくらファクスを送ってもわからない場合があります。その場合、直接本人のところに、「ちょっと待ってろ」てな具合で行くわけです。そうしてじかに説明すると、ほんの2、3分でかたが付いたりします。これは、自分では当たり前と思っていることが、初めて学ぶ先方では決してそうではない、などというところから生じるのかもしれません。今回のパソコンの擬似故障によって、改めて、このことを学ばされました。私の教え子たちも、だいたいが、たわいもないところでつかえています。
 こういうことを考えると、じかに教えることの、いかに効率的であるかがわかります。遠方の子にインターネットを通じて指導を、みたいなことも考えてみましたが、やはり、すぐには難しいのでしょう。どなたか、いいアイデアはありませんか?(あと注:現在は、インターネットによる遠隔授業を受け付けています。家庭教師先募集の要項を、詳しくはご覧ください)

2002年5月14日 23:16:11
 今日は、子供が、先生になじめないときどうするか、というお話をいたしましょう。うちには関係ないわ、と他山の石扱いされる方もいらっしゃるかもしれませんが、子供の先生に対するかかわりを考える契機にしていただければと思います。先生からの好かれ嫌われが、評定(つまり通知表の成績)に直結する場合は、意外にも結構多いといえると思います。
 あるとき、中間、期末の点数の割りに評定の低かった子に、授業態度のせいではないかと疑い、そう本人に伝えたことがあったのですが、彼女は私のいうことをはじめ信じてくれませんでした。大体テストの点数で決まるのではないの、というのが彼女の言い分です。で、百聞は一見にしかずと思い、私は「君の友達の態度のよさそうな子と、君とで、成績を比べてごらん」と言ってみました。彼女がそうしてみたところ、数学で、自分のほうがいい点をとっているのに、評定のほうは低いというケースに出会ってしまったとのことです。まさかと思っていただけに、ずいぶんとショックだった見たいです。もちろん逆の子もいっぱい知っていますが、いい点を取っているのに、評定が、異常に低いとかいう子は、私からみても、ちょっと粗暴かな、という子に多いみたいです。こういう子に私がどう接してきたかは、また別の機会に触れるつもりです。今回は、格別粗暴にも見えないんだけども、どうも先生との折り合いをつけるのが苦手、という子に焦点を当ててお話いたします。うちの子は、あるいは私は、僕は、先生とうまくやっていける、という子も、いずれ、人生のどこかでぶつかるかもしれない、人間関係のトラブルなどに際して、参考になるかもしれませんので、ちょっと耳を(目を?)傾けてみてください。私が遭遇した、いろんな経験と、私がそのときどうしたかを、皆さんが知っておくことは、何かの折、とっさに判断しなくてはいけないというときに、生きてくるはずだと思います。
 最近も、先生にどうもなじめない、という子を教えはじめました。家庭教師初日、教え始めようとしたら、どうも、彼が学校の先生になじめない、というか、学校そのものに違和感を感じているらしい、ということに気づきました。どうも不満の原因は、一部の先生がたが彼に、きつい、というか、見下したような態度を取るということにあるようです。ほかに、英語の先生が、教え方が下手だからいやだというのもありましたが、こちらは、先ほどの原因に比べれば、それほど深刻ではないように思えました。私は、教えるのを控えて、とりあえず、本人が言うことに、できる限り耳を傾けることにしました。言っておきますが、彼は、そんな問題児と思われるような言動を、私の前で、今まで、数回教えた限りでは、したことはありません。むしろ、人なつこい好青年だといえるでしょう。では、なぜこういう問題がおきたかといいますと、もちろん、先生の、彼に対する接し方に問題があったことは否めませんが、それと同じ程度に、彼自身の、先生に対する姿勢に問題があったためと考えられます。少なくとも、先生のいやらしさを並べ立てても、問題の解決にならないのは、自明の理です。彼の方から変わらなければ、私は学校の先生を説得する立場にないので、事態の進展はありえません。そして、それは、きちんと彼が納得して行動すれば、難しいことではありません。
 私は、まず、先生というものが、どういう気持ちで、彼に接しているか、について、私の想像を話してあげました。
 端的に申し上げますと、先生というのは、こちら側の、つまり、生徒の側の態度の変化にとても敏感だということです。たとえば、こちらが、「先生、今から、僕は勉強態度を変えて、まじめに授業を聞くから、今までのような、偏見に満ちた目で見るのは、やめてください」みたいなことを言って、実行に移したとします。先生は、私の経験では、ほとんど例外なく、今までのいきさつを忘れて、本人の態度の変化に好意をもって対応してくださいます。で、私は、彼に(彼はこんな高校いたくないというところまで、鬱屈(うっくつ)としていました)、「こんな先生の顔をみたくないという君の気持ちはわかる。でも、その気持ちを押し殺して、最初の何回だけかでも、先生に、好意を持っているそぶりをしてごらん。先生は、きっと君の態度の変化にこたえてくれるはずだから」というようなことを言ったと思います。嫌いな先生のために、評定なりを下げられるのは馬鹿らしいです。このやろうと思っても、評定が、一つでもあがると思って、笑顔を向けてごらん、みたいなことも言ったと思います。具体的には、次の3つのアプローチを彼には紹介しました。
1、先ほど、ちらと触れたように、あらかじめ、先生に、授業態度を改めることを宣言して、それを実行に移すこと。これが最もわかりやすく、効果もすぐに現れる方法であるように思います。
2、何も言わずに、突然、態度を改めること。これも有効ですが、先生にわかりにくいので、理解していただくのに時間がかかると思います。
3、授業態度も改めるのですが、それ以上に、その先生の科目のテストで思い切りいい点を取ること。そこから、先生と仲良くする取っ掛かりができると思います。本人に相応の努力が必要になり、もともとの能力もある程度必要と思われますので、とりあえず、という子には向きません。実は、私が、高校のとき、授業中チラッと腕時計をのぞき込んで、先生に思わぬお叱りを受け、偏見をもたれたとき、やったことでした。先生というのは、どうしても、自分の作ったテストでがんばった子には、にこやかな顔をして、「今回がんばったなあ」ぐらいの、言葉はかけてくださるものです。その先生(化学の先生でしたが)からは、その後とても好意をもたれたことを記憶しています。そのときの、先生の態度の急変振りは、私が想像していた以上でした。こちらも、その好意にこたえるべく、化学の勉強は、特にがんばったような記憶があります。好循環というのでしょう。
 私のつまらぬ自慢話を交えながら(?)、こんな話をして、本人に勧めると、だいたい、本人が、それをもとに行動して、事態は好転に向かいます。
 ついでにもうひとつ、私の教えた子で、万引き、泥棒といったあらぬ疑いを、先生から、かけられた子の話をいたしましょう。実際、あらぬ疑いだったのですが、そのため、彼は放課後、こってりしぼられたそうです。その子にも疑いをかけられるべき、相応の行動があったのですが、本人は、先生から信じてもらえないといって、怒りを半分心に秘めながら、ずいぶんしょげていました。勉強は今ひとつですが、けんかとスポーツがむちゃくちゃ得意という、しかも友達が、ほっといても寄ってくるという、おやまの大将肌の子です。小さいころからいつでもクラスは彼を中心に回っていました。一度転校したことがあって、そこでいじめられたら、そのいじめた子を散々な目にあわせて、それで仲良くなった、という子です。彼を敵にまわしたら、誰を敵にまわすよりも苦労をするということを、学校の先生方は、ご存じないようです。本当に、漫画のモデルにもなりそうな子です。並みのスケールの子ではありません。「キーマン」という言葉があります。組織の中で、中心人物となっている人間で、その人間が「こうしよう」といったら大方そちらに進んでしまう、といった存在です。その地位に関係なく力を持った存在です。私は、会社で人事を専門にやっていたこともあり、わかるのですが、クラスをまとめる先生にしても、会社を束ねる経営者などにしても、そのキーマンをいかに見出し、扱うかが、とても重要であるようです。彼はまさしく、超キーマンとも言うべき存在です。私の尊敬する政治家勝海舟(坂本竜馬が師匠としていた人です)は、そういう人間を見出し、扱うのが見事で、まだ下役人だった、西郷隆盛の人物を理解し、薩摩藩の家老格の人に話をしたところ、「あの下役人が、、、」とまったく理解されなかったという、興味深い話があります。後の西郷隆盛の活躍は、だれもご存知のとおりです。
 話を元に戻しましょう。彼は、そういう一般的な尺度を越えた人物ですが、私のこのときのアドバイスは、一般的にも通用するものと思います。
 私は、まず「誰か、君のことをよく知ってくれて、必死に話したら、絶対信じてくれそうな先生はいないか」と聞きました。彼が、「いる」というので、その先生に、洗いざらい、正直に話すことだといいました。その先生は、君を絶対守ってくれるはずだから、と。ただし、これが最後のチャンスというぐらいの真剣な顔をして話すこと(これができない子が意外に多く、先生にいっても無駄、と思い込んでいる子は多いです。何を言うかよりも、どういうかの方が、大事なことも多いということに気づいていないのです。それで、先生の無理解のせいにして、あきらめている子もずいぶんいるはずです。私にその論理は通じません。彼、あるいは、彼女の先生に対する過去のアプローチの仕方を細かく聞きだして、それを修正させて、再度トライをさせると大体うまくいきます)と、付け加えもして、、、。幸い、彼が、この最後の手段をとる前に、真実が明らかになり、彼は、はれて、無実の身になったのですが、私は、今までの経験や知識から、私のアドバイスも有効性を持ちえたと確信しています。少なくとも、彼は、信頼の置ける先生と誠実にかかわることの重要性を認識したと思います。そして、その意味で、ちょっとだけ大人になったような気がします。先生というものは、子供の普段の素行を結構注意深く観察しているものですから、子供が誠実に向き合ったとき、付き合いの長い子であれば、だいたいの気持ちは汲んでくれるものです。まず疑ってかかろうとする警察とは、このあたりが、少し違うように思います。こういう先生がたの、一般的性質は知っておいて損はないと思います。それによって、大幅に評定がアップしたという例も、ずいぶんあります。別に点取り虫を推奨するつもりもありませんが、成績は悪いよりもいいほうがいいし、学校の先生にとっても、問題行動をしそうな子が減るということは、とても歓迎すべきことと思います。もちろん、ご家庭にとっても、、、。




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