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 CD「pillow」感想文 impressions



肩の力が抜けてしまう曲だと思いました。
というのもCDをいただいた日、私は、面接で提出する作文を書くのに必死で、どうにもうまく書けずに帰り道、喫茶店で2時間も奮闘したのです。
ところが帰宅し、CDを聞きながら作文に着手したところ、不思議なことに書けるのです!作文が!
という訳で、その節は大変お世話になりました。

(Kさん)



僕は、どっちかっていうと「Made in Home」よりもギター弾き語りの「pillow」のほうが好みです。
人柄が、純粋に出ていて素直でいいなあと思います!

(いながきさとしさん)



「Made in Home」に比べるとのっぺりした印象でしたがギターが不思議な音で録れてます。どうやってるのかこっそり教えてくださいね。

(棟居イズミさん)



「声の音楽」
静かな語りの詩。しんみりとするね。好み。会えない遠くにいる人への思いかな?
「Judy」
静かな語りの詩。しんみりとするね。Judyは実在の人かな?それとも青春時代の思い出の風景の擬人化かな?
「歩き道」
静かな語りの詩。しんみりとするね。透明な夏の日に大好きな人と幸せに歩む充実感。人生の歓びだよね。
「定義」
静かな語りの詩。しんみりとするね。そうだよね。誰にも定義される必要はないよね。この気持ちは。
「akane」
静かな語りの詩。しんみりとするね。一人旅なのかな?
「隧道」
静かな語りの詩。しんみりとするね。一人旅なのかな?
「笑顔」
静かな語りの詩。しんみりとするね。つらいよね。人に自分のつらさを悟られないようする笑顔を作るってのは。
「sleeves」
静かな語りの詩。しんみりとするね。このアルバムで一番の好み。英語の詩。恋人を月夜に想うかな?

(Tommyさん)



CDが届いたとき、ちょうど春の少し暑いくらいの午後でした。
CDをかけた途端、幼稚園から帰ってきた娘が窓からの日差しの中でスヤスヤと寝てしまいました。ステレオから流れ出した唄とギターとその光景が強く印象として残りました。

その後、家で、通勤の途上で、何回か繰り返し聴いたのですが、聴くたびにあの時の景色が蘇えってきて、1曲目の「声の音楽」に戻ってしまいます。たぶん「声の音楽」が一番気に入りました。でも、また月日が立つと別の曲に違う景色がついてくるのかもしれません。あと、最後の曲を聴いたとき、英語のせいかもしれませんが、ふと高野寛が歌ってたトッドラングレンを思い出しました。トッドの唄自体は知らないに等しい私なのですが....誰かのカバーだったらスイマセン。

音楽について何か感想を述べようとすると難しいものですね。さりげなく素敵な唄とギターの息吹をありがとう。

(大槻泰永さん)



アコースティック・ギター1本と声という“後藤勇の身体”の奏でるサウンドは、以前よりもっと密度が濃く、静かな、でも微かに不透明なクリスタルガラス越しに見える風景画が幾枚も眼前を通り過ぎていきました。

以前見たことのある風景も、今では昇華されて、ある確かな輪郭の中に納まり、これまでの着実な歩みを感じさせました。でも底流に流れるものは、以前からまったく変わらず、それが安定感を醸し出している。むしろ、その奥底にあるものが以前よりはっきりと目の前に現れ、それだけ“後藤勇の身体”が見えやすくなった印象を持ちました。端的に言えば、飾りを全て取り去ったときに見えてくるものに忠実であったということなのでしょう。

それでも、さらに新たな可能性に向かっている姿勢も、たとえば「sleeves」などに明らかに看て取れました。あえて日本語ではなく英語で語る何かに可能性を感じているのでしょう。日本語で暮らしている僕らにとって、英語で唄うということは大きな冒険です。たとえば僕がイギリスの詩を英語で読んだときに感じる印象は、イギリスの風土と英語という言語が切り離せないという実感です。音韻の一つをとっても、頭辞と終辞の余韻が響きあう何かに漂う英語独特の情緒がある。もちろんそれが音楽となって唄い出されるときにも、それはいつも耳に残っている。

でも、僕らの日本語の世界というのは、どちらかといえば「縁語」の世界、つまり係り結びや季語などのように、一つ一つの言葉が独特に排列されることで、語りだされた順に世界を織っていく。いわゆる絵巻物の世界が日本語の世界の特徴ではないでしょうか。述語が最後に来るということは、それまでは移り行く風景の余韻を次々と確かめ合いながら、最後にその意味を動詞で締めくくる。僕は「sleeves」を聞いたときに感じたのは、英語の詩ではなく、日本語の持つこうした言葉が綾なす世界のこの色合いの方でした。だからアメリカのフォークソングでもなく、もちろんイギリスのそれでもない。それが新しい可能性を感じさせました。

それは逆に言えば、日本語として表現したときにも、ただ情景を詠むという態度から一歩抜け出て、一つの宇宙をその中で表現する可能性を感じたということでもあります。短歌の中にそこにある全ての世界が一気に凝縮されるように。

とにかく、この慌しい僕の世界に1つの清涼剤を与えてくれたことに感謝しています。
これからも、すばらしい作品を期待しています。

(荒川 康さん)



“ギターのアコースティックな響きと、叫ぶでも囁くでもない(押しつけない)歌声が、心地よい。
心地よいが、最初聴いた時、すぐ眠くなった。俺へのとっかかりが掴めなかったから。
でも、後藤勇なりの世界を感じようと、また聴いた。歌詞を追いながら。
途中で、また眠った。でもその時、子供の頃の夢を見た。野原の夢。
3度目(実際に断片では何度も聴いているが)、しっかり捉えようと覚悟して聴いた。
最後まで通して2度聴いた。
彼なりの原風景(野山、ひとけの無い住宅街角、など)と、彼の足音が、確実に響いてくるアルバム。
羨ましいな、とふと思った。彼には遠くに、愛し続ける情景がある。俺は目の前の愛とバトルの世界が強い。
まぁ俺は俺なりにやっていく(生きる)わぁ、という即感。過去も愛したいが、廃墟の様相を増すばかりなら、壊すしかない。
でもホント、後藤勇「pillow」アコースティックな気持ち良さは、かなりいい。
俺が眠くなったのは、退屈したからでは無いのは明白。”

(チバ大三さん)



うーん、ヘヴィだなあ、というのが第一印象。一体何がヘヴィなのだろうか。まず曲調が似通っていてシンプルなバッキングもメロディー運びも同じように聞こえてしまい、ちょっと疲れてしまう。そしてたぶん、これは後藤氏の真面目さゆえだと思うんだけど、遊びとか余裕の部分が少なくて、全力投球の曲を二人きりで、向かい合わせで聞かされているような、そんな息苦しさがあるのだ。

そして、なんて孤独で哀しみに満ちた曲たちなんだろう、と思う。一曲目「声の音楽」、冬の青空にぽっかり浮かんだ白い雲のような、どこか突き抜けたような悲しみ。なんだかニール・ヤングの「ハーベスト」の一曲目の「ウイークエンド」を思い出してしまう。三曲目「歩き道」、たぶん夏の夕暮れの歌なんだろうけど、どうも秋の寂しい夕方を感じてしまう。6曲目「隧道」、トンネル抜けたら温泉があるはずなんだけど、なんだかそのまま、崖から飛び降りちゃうんじゃないか、という気さえしてしまう。
最後のポジティブな曲「sleeves」に救われて終わるんだけど、この曲、素晴らしい佳作なんですが、カバー?ひょっとしてオリジナル?名曲です。

さておき、一つ一つの曲は、それなりに面白いのだから、少しアレンジとかバッキングとかに色彩感を入れて、手癖っぽいメロディにも変化をつけ、ちょっとした余裕をかましたりしてみては、いかがか、とは思う。思うけど、それは後藤氏のやりたいこととは違うのだろう。

たぶん後藤氏は、「pillow」というタイトルのように、ヘヴィだろうが、暑苦しかろうが、肌触りが悪かろうが、枕のようにぴったり触れ合うコトバたちの詩そのものをきちんと歌うことこそが、必要だと思ったに違いない。だから手作りでまるで自分の体温のような手癖のメロディーと、ワンパターンのアルぺジオ、ふと立ち止まる空白、それらがそのコトバたちに必要だったのだろう。
そういう意味でも孤独な作品集だと思う。そしてヘヴィで真面目でワンパターンな作品集だと思う。
そして、それが後藤という人間(全然知らないけどね)そのものなんだと思う。そして自らの表現という意味では、それは一種の成功といってもいいと思う。
でもねえ、後藤さん、できればそれを一曲で表してほしいよね、次は。もっと全然違う後藤さんも見てみたいんですよね。ロック後藤とか、アバンギャルド後藤とか、変態(失礼!)後藤とか、ね。
とりあえず失礼なことばっかり書きましたが、次回作、期待してますよ。では、チャオ。

(おれおれさん)



他人の音楽をほとんど聞く暇もなく続けている自分です。感想を述べるのは何年ぶりでしょう。ここで、自分の評価基準とは何であろうと考えてみました。

1にボーカル、2に演奏、曲、4に歌詞、5に音質でしょうか。2の演奏と曲が分離していないところが自分でも納得いきませんが自分の中でどうしてもうまく分離できません。他に何か項目はあるでしょうか?(精神はこの場合ボーカルに含まれています)

今3曲めあたりです。非常にいいと思います。クセのないところがちょっとさみしいかなってくらいでは。ニヒルすぎるといいましょうか。でも美しいですね。あとは好みの問題ではないでしょうか。ボーカルは個人的には絶叫ではなくしかもさらけだしているというか。。。能や狂言の発声方法とまではいきませんがあのテの声が好きです。後藤さんのボーカルもかなりいいと思います。その他の項目も文句なしです。

自分と何が違うかな?って考えると音楽と本人に距離がある感じがします。自分はやってる音楽とくぼがほとんど一身同体の感覚でやってるのですが、後藤さんのは音楽を連れ歩いている感じです。でもさわやかに散歩している感じです。私はたぶん一身同体で牢獄でもがいてます。

あまり適切な表現が見つからなくてわかりにくい日本語ですみませんでした。

(水野 千尋さん)



頂いたCD4枚全部聴いてみました。
今回の「pillow」に限らず全体を通して、後藤さんの音楽に対する姿勢が心地よい感じです。

高田渡の「自転車に乗って」のような曲が聴いてみたいかなあ?
カバーでも。

(萩原としみつさん)



全体を通して心静かに落ち着いて聞いていられました。
反面、構成的にもっとメリハリがあるほうが、静かな曲もより生きるのではないかな?とも感じた(現在の心情を表現したことを思えば納得できたけどね)

5曲目のakaneのシンプルさが個人的には好きです。
詩がストレートに入ってきたのはやっぱりシンプルなものかな…

このCDの曲もどんどん生で歌って聞かせる活動を期待してます!
以上簡単ではありますが、高橋的意見でした。

(高橋 和幸さん)



遅くなってごめん。やっと「pillow」聴いたよ。

遅れた分、聴かなきゃって思いが強くなりどうしても構えてしまった。
構えて正座するように音楽を聴くって、最近は無いよね。
聴くうちに正座させられるってのが本道やもんね。
だから今回もなるべく自然体になるように、泡盛を飲みながらダラダラ聴きました。

なんか唄うってことに、かなり意識的になってるなぁって感じた。
それが技巧に向かえばそう伝わるし、気持ちに向かえばそう伝わる。
素直な音楽やってるよなぁ。
その誠実さには好感が持てました。

以前の曲も歌いなおしてるけど、やっぱり第一印象にはかなわないなぁ。
アコースティックバージョンのようにしか聴けなかった。
だからか、今の唄い方になってからの「akane」や「sleeves」が良かったよ。
その音を必然にしてる感じが、強く気持ちまで届くんやね。

後藤の曲って、なんかの時によく鼻歌にでたりする。
それはメロディーが親しみやすいからだと思うんよ。
そんな曲に今の音はしっくりきてるよね。
だから、次の新しい後藤ソングに一番期待してしまうなぁ。

(平野 政則さん)




(Kuwさん)



CD、何度も聴きました。

つぶやきのような・・・、ささやきのような・・・、しっとりした感触の後藤さんの曲、私は好きです。

CDからは、「秋の夜風」の吹いてくるような感じを受けました。
・・・それが、かえちんのココロを癒してくれ、とても、聴いていて心地よいアルバムです。

静かなんだけれども、そっと、あったかく。
色々な人の心の奥までそっと優しく届いて、染み込んでいくような・・・、聴き入ってしまうような・・・、そんな、いいCDだと思いました。

これからも、何度も聴くと思います。

後藤さんの「世界」、堪能したいと思っています。

(ガソリンズ / ムラノ カエさん)



寝る前に聴いてますよ。
なんかよく眠れますよ。わっはっは。
秋らしいしね、落ち着きます。

私は「akane」が良かったな〜。
以前録りおろしで聴いた時より心に染みました。
何故だろうね〜。
でもやっぱあたいは「隧道」ファンだね!ふふ。

(JUNKOさん)



私は、鼻歌やでたらめ歌が大好きで、よく歌うんだけど、そんな時はテンポが大事なんだよね。歩く速さとか、自分の鼓動とかなにかしっくり来るテンポってあるでしょ。
今回はそれを強く感じました。そのせいかもしれないけど、なつかしい音楽、って気がしました。

暑すぎる夏よりこんな風にあいまいな夏の終わりが似合う曲が多かったよね。
それからごとーくんの音楽にいつも感じる湿度が今回も心地よかったなあ。
英語の歌詞であってもそれは変わらず、いつも日本を感じるのは私だけ?

最後に、誰かに似てる、っていうのは失礼な気がするんだけど、鈴木博文を思い出させる何かがありました。
もう何年も聞いてないのに、不思議なんだけど…。

(Chikaさん)



まず、サクッと聴いた感想ですが「優しさと懐かしさ」を感じる作品でした。

個人的には最後の「sleeves」が好きです。

僕自身は音楽家ではありませんがほんの少しだけ音楽家の端くれだったのと、少なくとも音楽を大衆に聴かせる仕事をしていた立場として欲を言わせていただきますと、全体のトーンに若干の単調さが感じられました。

あと、もう少し音にこだわってもいいのかな、と思います。
録音の音、ギターとヴォーカルのバランス、など。
僕がエンジニアだったとしたら、もう少し声を立たせるように工夫をするかもしれません。
また、ギターはもう少し張りのある音で、かと言って破裂音がパンパンしないような音作りをすると思います。(ま、これは個人的な音の趣味ですが…)
特に、ピアノとフォルテのときの両者のバランスが気になりました。

簡単に言えば大体こんなところでしょうか。
(とかいって色々とスミマセン…)

(Takeさん)



まずは一聴した感想ということで・・・。

音がパッと耳に入った瞬間、まずイメージしたのは鈴木博文さんのソロ。
後藤さんもお好きですよね?僕も好きです。
不思議なもので後藤さんを直接知ってる所為か、そのイメージとは違う繊細な世界にも驚きました。
(誤解のないように書いときますが普段繊細ではないと言ってるのではないですよ!イメージ。イメージですよ。)

多分想像するに後藤さんの音楽に対する意識の中で「静」と「動」の部分があると思うんです。
今作は「動」を根底に置きつつも「静」でまとめたような感じに聞こえます。
ここからはそれこそ僕の好みになってしまいますけど、もう少しその「壊れた」り「破れた」りした部分が形に見えるといいなあと思ってます。

と生意気なことを書いてますが、まだ少々聴いた段階ですのでお許しください。
またもう少し聴いた上で改めてお便りします。書きこみます。

(潤一郎さん)



聴かせていただきました。
沢山の良質な音楽を沢山聴き続けている人が作った音楽だと思いました。
さりげないギター1本の弾き語りですが、その向こうでぼんやりとそういう背景が見えてくる。
それらはパクリとか取って付けたようなインスタントな影響ではなく、素晴らしい音楽と長い間貪欲に身体全体で向かい合って来た人だけが持ち得るある種の芳醇なムードだと思います。
これは後藤さんが、後藤さんが大好きな音楽達に対してふっと漏らしたお礼の言葉のような音楽だと思いました。
でも、表現者としては、もっと能動的な姿勢も時には必要です。
お礼を言った後にうっかり屁をこくような気概もあってよいかと思います。

(sugar fields / 原 朋信さん)



まず聴いて、得体の知れない安心感に(ホントに安心なのか…)に包まれました。
さっき横になって聴いてて、寝ちゃいました。

@ギターの音が大変心地良い。
A全編通して、テンポが「徒歩」を感じさせる。

以前「落柿」を聴いて電車の窓から見える風景だと感じたように、全編が歩いていて見えるものや、歩きながら考える、感じることを綴った唄のように思えました。
薬でいえば「即効薬」ではなく、長く服用しているうちに体質改善していく「漢方薬」でしょうか。
その場合日頃持ち歩くかどうか、本人の心掛けによるところが大きいのですが…。

その意味では、歌詞を聞き取れてないです。
私がちゃんと唄を聴けていないので、肝心の歌詞が染み渡っていない。
大切なことを言っているぞ、と本能が語ってますが、身体がいうことを聞かないみたいです。
ひとまず現時点での感想でした。

(平田 聡さん)



「声の音楽」
夢の中で、ボーッとした意識の中で思い出している。。。
懐かしさの漂う、自分の希望であったり、願望であったり。
でも、今の現実の中では、やっぱり未だ夢であったよう・・・

「Judy」
有体離脱した自分が、自分を見ているような。
オレンジ色に近いセピアのような色の中、車の車窓から流れていく景色。
車を流しながら、思い出していく時間の流れ。

「歩き道」
畳の上に寝転んで、窓際から入る風にボーッと天井を眺めている少年。
ランニングのシャツに短パンの少年。
何かを、探しにいくのか自転車で角を曲がっていく。

「定義」
独り言を良いながら歩く人・・・
自分の中に、色んなこだわりを持っているのか・・・
人は、後から理由をつける動物。
自分の考えや気になることに訳をつけて、自分を落ち着かせている。
ちょっと、暗く感じる曲でした。

「akane」
始めが小さい音で聞きにくいです。
夜中、歩く登山道ってとっても神秘的なんですよ。
動物は動き始め、月の灯りはとっても優しく、物ものを照らす。
全ての周りのものが、小さな声をだし始める。
五感、六感が研ぎ澄まされて、色々なものが感じられる時間。
ほぉーと一息ついて空を見上げる瞬間。
そんな時に、浮かぶ顔って良いよね。

「隧道」
朝は、空がグラデーションの時間が好きです。
通勤通学の前に乗る電車って人の、種別が違う。
日雇いっぽい人や呑んだくれが多かったりして。
仕事以外のときに電車に乗ってどっかに行く時って自分が今の社会から離れているようで、空間がポッカリとくくられている感じ。
色んな事が頭によぎるよね

「笑顔」
友人との輪、昔の友達って会えばその時代に戻れる。
何とも、いつでも笑いあえる友人は良いよね。
そんな、昔の友人の輪が目に浮かびます。
自然に笑えるメンバー。
皆で笑っている情景が浮かんできました。

「sleeves」
風の爽やかな日に、草原に立つ麦藁帽子の女の子。
風になびく、スカート。
手で押さえる帽子。
8曲のなかで一番爽やかで好きです。
英語の歌詞は気にせず浮かぶもの書いてみた。

ざーと、いつものように感じた情景を書いてみました。
オレの今の状態もあるとは思いますが。
夢の中で、ボーッと色んなこと思い出しながら、先を考えているような、そんな感覚を全般的に受けました。
ノンビリと畳にねっころがって聞きます。
ありがとう♪
これからも、感覚にうったえる歌楽しみにしています。

夏の終わりに聞いた感想文でした。

(長谷川 慎さん)



まあこういう場合、例えば曲ごとに感想を並べたりというようなやり方で紙面を埋めることもあったりするのでしょうが、僕は選曲・曲順・間といったものをすべて含めてその人の狙っているもの(=作品)であると思っているのでそういうやり方はせずに、全体をざっと流して聞きながらその印象を書かせて頂きたいと思います。

1曲目「声の音楽」。いきなり始まりました。うん。やはり音が少ないのは良いですね。少ないほど良い。僕もそう思います。だってそういう、自分と向き合ってその"塊"みたいなものを吐き出す作業と音を重ねる作業は全くといっていい程別の作業なのですから。詩にしてもそう。言葉も少ないほど良い。少ないほど残るし伝わる。映画の登場人物と一緒で多すぎると物語の邪魔になって分からなくなる。ペラペラいろんなことをしゃべる奴より、寡黙な奴が一言、洩らす言葉の方が重い。

なんて書いている間に3曲目「歩き道」。猫のことを歌っている歌。後藤勇の歌は曲にもよるかもしれませんが子供の頃の、なんか取り残されたみたいな寂しい感じを、それも夕暮れの、連想させる。その時の何か怖さそして別れみたいなものを含めて。

おっと。4曲目「定義」。さくさくいきますね。曲が短いのも良い。弾き語りだとともすればマスターベーションになりがちな間奏、そういう余計な、無駄なものはどんどん取っ払った方がいい。

あれ。終わった。この後すごい間が空く。わざと空けているんだろうなと思ってたら次の曲「akane」が始まる。仕切り直しといったところか。

うん。無音というのは本当は誰もが怖いんです。ただそれを克服した先にはその間を楽しんで弄ぶみたいなそんなちょっとサディスティックな何かがある。確かにそれも行き過ぎるとマスターベーションで独りよがりになってしまうのだけれどもそれさえ越えなければ、いい。いいところで止める。そして残りは聞く人に勝手に想像させる。もうそうなったらこっちのもの。聞く人にとってこっちがバンドではなく弾き語りであるというハンデ?みたいなものも気づけば無くなって陶酔しているはず。この場にいれて良かった!と思っているはず。そんな提供する側の音と聞く側の要求する音のバランス、需要と供給のバランスがいいところに着地した時、そのライブは成功であると。それが弾き語りの醍醐味なんじゃないかなと僕は思う。なんてことを書いていたらちょっとさっきまでの曲とは打って変わりちょっと長めの大作「隧道」だ。この曲はこうせざるを得なかったのだろうな、という気がする。自然とこうなった、みたいな。雰囲気もちょっとシリアスな感じで他とは違う。後藤勇の曲を大きく分けると1.素朴で懐かしい幼少時代。田舎の風景。寂しさ。別れ。夕暮れ。2.内に矢印を向けたシリアスな面。3.メロディ重視のPOP的な曲の3つに分かれるのではないか。違っていたら失礼。

おっと、この次の次「sleeves」で英語の詩だ。やはり英語はインパクトがある(というか耳につく)。詩のリズムが全然違うからね。広がるよね。曲の幅が。方法論として良いと思う。30分、人をひきつけておく作業の中でいい感じで退屈させない。軽さも良い。この曲は評判いいのではないかなと思う。

なんて感じですかね。いかがでしょう。好き勝手にいろんなことを述べさせていただきましたが。

個人的に欲を出すと"低い声で歌っている曲"も聞きたいって感じかな。いや、LOW VOICEではなく、音程は低いんだけど重くしないで抜いた感じであくまで軽く。1曲だけでもあったらもっと幅が広がるんじゃないでしょうか。別に無くても良いと思うけどね。

(石田 健さん)



1曲目の「声の音楽」にかなり驚きました。イイ意味でです。
落ち着いた中にもしっかりしたメロディーラインがあって、半年間の隠遁生活はかなり新しいモノをもたらしたのかなァと思いました。
歌詞では「定義」ですかね。新境地、というと大げさかも知れませんが「〜のだ」という言いまわしがジャストにメロディーにフィットして新鮮でした。後藤さんのキャラとしては異色の言いまわしではないでしょうか?

全体的にイチバン好きな曲は「声の音楽」か「sleeves」ですね。個人的な好みですけど。
どの曲も落ち着いたトーンですがギターの弾き方がかなり凝っているので面白かったです。

(イマムラあつしさん)



さっそく寝る時に聴いたんですよ!しかし思惑どうり眠ってしまいました(笑)

私は後藤さんの音楽好き!全然お世辞でもなんでもないですよ!後藤さんは「私の音楽聴きたい人は1人くらいしかいないんじゃないかと思う」って言ってたけどそんな事ないと思う。
温度や気持ちがすごく伝わってきます。いつも思うけど声が温かみがあってアルトリコーダーみたいな優しい響きがあって好き!(褒め殺してるわけじゃないですよ!)
このCD聴いてると私の中にはないものが確かにある。詞とかも風景浮かぶし。年の功ってのも関係してくるんだと思うけど…(←一言余分か?!)

(吉村阿紀子さん)



余計な形容を省いて省いて本当にいいたい言葉だけでできた文章。このように作られた音楽があるとするならば、それが「pillow」なのでは。

僕は余計で無駄な音があっても構わないのだけど、近頃の後藤は、どんどん研ぎ澄まされていく。たとえば「東京都」がアナログチックに後藤の家の四畳半を思い出させたのと比べて、「Judy」はどんどん遠くへ行ってしまうような感じになる。「歩き道」の中で「早くお家に帰ろう」って言ってるくらいで、どっかへ自由に飛んでいってしまっているのだ。そう自由になっちゃったんだ。

以前は、「東京」に踏みとどまろうって感じの頑固さがあったが、今の音楽は、自由にどこへでも行く、そういう浮遊感が漂っている。以前と全く別物になった「隧道」が端的だ。本当に列車に乗ってどっかへ行ってしまいそうだもの。後藤はどこまで漂っていくのか?「akane」を聴いていると古の日本のようだが、「sleeves」は文字からすれば英語圏だ。

井の中の蛙という。以前の後藤が、「東京」という井に住まっていた蛙だとしたら、今は、川を流れているようだ。ガーとライブやったかと思うとパタッと止めて音楽性を変える。
短期間でどんどんメニューを変えるファミリーレストランだけが生き残ってゆける。そういう時代のなかに身を置きながら、後藤音楽を聴き続ける楽しみを僕は知っているのだ。「エヘン!」

(赤ひげさん)