私見-private opinion-

後藤勇-gotoisamu-

  最近の私見に戻る

2001年6月〜2001年12月

カバー。

先日のカフェライブでは、好きな歌を何曲かカバーさせてもらいました。

インドネシアの「ブンガワン・ソロ」。グサンの名曲。何度か歌ってみて、ようやく「おおらかさ」のようなものがわかってきたような気がします。時間の流れの大きさ。
平田聡「笑顔」。これはもう十五年前ぐらい前の歌だが、今だに擦り切れない歌である。たぶん、このことばはずっと静かにしたたかに力を持ち続けるだろう。
杉浦崇「Sweet」。はじめてライブで聴いて、ついパーカッションを奪って演奏に加わってしまったのは、たぶん縁があったのだろう。自分より下の世代から届けられた挑戦状への私なりの回答。
くるり「ばらの花」。切ないけど、あからさまな叙情には走らず、ちょっとずつ淡々と近づいていくような現代詩。
シュガーフィールズ「ワイパー」。シチューのような歌。暖炉のような歌。今年、この歌に出会えたことを喜びたい。

いい歌には、有名も無名も無い。ただただ美しい。
まだまだ歌いたい歌がある。

(2001年12月23日、重いぞプリンタ)

届く。

先日、カーラジオから、一足早いクリスマスソング特集。「Happy Christmas」。
古いとか時代だとかを感じさせない、懐かしさではなくて今に響く歌声。
John Lennon。

平日、ちょっと早い昼食をとるためカフェへ。席についてパスタを食べていたら、不意に耳に入って来た「Heart Of Gold」。
弱さを自覚してなお、直に胸に届く歌声。
Neil Young。

どこで聴いても、どんなに音が悪くても、揺さぶられる歌。
私はそれが欲しい。

(2001年12月2日、高田とスタバで)

考える。

新しく誰かと出会う度、自分の個性って一体何なんだろう、と考え直させられる。
誰かと一緒でなければできないこともあるけど、一人でなければ進んで行けないところがある。

歌。ことば。音。

大変なのはわかっている。孤独なのはわかっている。
でももう少し、いままでよりもう少し、じっくりやってみよう。
歌とことばと音に、向き合ってみよう。
欲張らなくていい。そうだ。うん。

捨てていかなくちゃいけないものが、ある。

(2001年11月25日、冷え込み)

ライブ。

今年はなぜだか自分でもよくわからないのだが、ライブ三昧である。
以前は、好きなミュージシャンでもなかなかライブには足を運べずにいた。腰が重かったのである。
CDで十分かな、とも考えていた。チケットとるのも大変だし。高いし。ね。

でも、いざライブに行くようになってみると、ライブでなければ出会えない音があるということを痛感する。
例えば、CDではあまり聴くこともないジャズ。ジャズはまさにライブでこそ響いてくる音楽なのだった。
先日の横濱ジャズプロムナードでは、渋さ知らズのステージに飛び上がって踊り、渋谷毅さんのピアノに身体を包まれ、小川美潮さんと金子マリさん歌声に落涙した。

誰もが持っている自分だけの唄を、そのまま一緒に重ねあうのがジャズのようである。
そんなことをふわっと思っている自分が幸せな音に包まれてライブ会場にいる。

つづく。

(2001年10月21日、風呂を沸かし過ぎ)

声を聴いてる。好きな音楽みたいに。

(2001年10月2日、満月が見ていてくれる)

同志。

部屋で昨日のライブの録音を聴いていた。
なんて一生懸命唄っているんだろう、とビックリした。いや、当たり前なのだが(笑)。

どんなに聴いてくれている人が少なくても、だからといって手を抜いてしまうことは恥ずかしいことだ。
たった一人にさえ伝えられないのなら、大勢に伝わることも無い。

幸い、私には「同志」がいた。
石田健さんとは、数年前に彼が私のバンドのライブを聴きに来てくれて、私が彼のバンドを聴きに行ったという、ほんとに少ない接点しか無かったが、私たちはお互いに別の道を歩きながら、今、意外と近いところに立っている、ということを確信していた。
一人で唄うということの「質量」をしっかりと受け止めている人。

そういう表現をしている彼とたくさん話をして、少しほっとした。
「あぁ、これでいいのかも」
自分の音を信じて鳴らせば、誰かのどこかが少し震える。

続けよう。

(2001年10月1日、どしゃ降りの上に月が)

勇気が無い。

(2001年9月25日、半月の真下)

戦争。

まず知ろう、と思った。

NHK「週間こどもニュース」でイスラム教とイスラム原理主義と過激派の違い、パキスタンでのイスラム原理主義教育によって生まれたタリバン政権、アフガニスタン市民生活の脆弱さを知る。

これまでの動きをまとめたニュースで、ブッシュ大統領の「世界の国はアメリカに味方するか、テロ組織側につくか、そのどちらかしかない」と云う演説を聞く。

ミュージシャン朝日美穂さんの掲示板で、アメリカ在住のアフガニスタン人の声を記したページの存在を知り、読む。アフガニスタンの貧しさ、地上戦にもつれ込むことの危険性を知る。

アメリカのTV局が放送したテロ犠牲者追悼番組「America A Tribute to Heroes」で、GodやHallelujahやAmericaということばが多く唄われていることに気付く。ピアノを弾きながらJohn Lennonの「Imagine」を唄ったNeil Youngは、そのことを知っていたのだろうか。

今朝のニュースで世論調査の結果、ブッシュ大統領の支持率が90%であることを聞く。

スポーツ新聞を紹介する番組で、サウジアラビアに行く米軍兵士とその妻の会話を知る。その夫婦の会話の中には、すでにこの複雑な問題の本質的な議論があった。

たったひとりの声にも、耳を。

(2001年9月24日、箒で掃除)

夜。

久しぶりに、本当に久しぶりに夜の散歩をしに外へ出た。

サンダル履きで国道沿いを歩く。
月は無いが、ポプラの大きな葉が夏をまだ少し残した風に翻る。

電話をかけた。
留守だった。

また明日。

(2001年9月18日、2台目を購入)

もう。

「あってはならないこと」がちょくちょく「ある」になる。

「ある」と「ない」。
2つのことだけにはっきりと分けられる、ということ。
事実だけが残され、真実は見離されていく。

それは…

表現は
「あってはならないこと」を
呼び覚ますことに
向けられるべきだ。

もっと、もっと。

(2001年9月12日、信じられないことに)

ドラム。

これまでは、本物のドラムの代わりにリズムマシンを使ってドラムパートを録音していたのだが、ふと「自分で叩いてみようか…」と。
ドラムは一時期めやにで叩かせてもらっていたのだが、自分の唄の演奏をしようとは考えてもみなかった。

で、昼過ぎに近くの練習スタジオへ。
ドラムはギターと違って身体全体で演奏する楽器なので、それぞれのタイコの高さや角度、イスの位置まできちんと調整しておかないとならない。
マイクのセッティングを終え、MDの録音ボタンを押してから、無心に叩き続ける。
最初はぎこちなかったリズムが、だんだんと自分らしくなってくる。唄いながら叩いてみる。

それを持ち帰って、自宅でギターとベースを重ねて録音。唄を唄ってからミックスダウン。
「隧道」のもうひとつのバージョンが出来上がる。
何か、自分が叩くドラムをバックに自分が唄っているというのが、今更ながら不思議な感じではあった。
後藤勇が四人いる(笑)。

(2001年9月1日、小さな虫だからいいか)

風呂敷。

駅からの夜道を急ぐ子供。
右手に風呂敷包み、左手に虫カゴ、背中にはシャツの襟首から釣り竿が伸びている。
両手には持ちきれなかったのだろう。
あぁ、ああいう子供だったのだ。思えば。

虫採りが好きで、蛙やザリガニやサワガニやカナヘビやカマキリやイナゴやヤゴやトンボやカブトムシやウスバカゲロウや蜂や、ときにはハエまで追い回していた。
犬や猫やインコにはあんまり興味が無かった。
虫、爬虫類、両生類、その他。
今ではそう遠くも思えない「田舎」で遊んだ夏休み。

自分の家とは違う匂いのする親戚の家。
冷蔵庫に入っていた瓶のコーラ。
鳩時計。
お風呂を沸かす音。
タルタルソースの添えられたエビフライ。
楽しいはずなのに急に恋しくなる我が家。

たまらなく「余所」を連れてきてしまう夜。


(2001年8月20日、台風前)

予感。

昨日、買い物に出掛けて。
スーパーの前に自転車を止めて、降り出しそうな空を見上げた。
遠くで花火の始まる音がする。
それを雷と聞き間違える。
ざわざわっ。
そういうときがある。
別れに似たざわつき。
当たらないといいな、と思いながら。
人の死をまた知る。

(2001年8月12日、缶ビールを買って)

夜風。

買ってきたCDを聴きながらいつの間にか眠ってしまった。
今日は日中外出して、夕食にカツカレーを作って食べた。
疲れて満腹になったせいだろうか。

起きたら喉が乾いて仕方ない。冷蔵庫を開けて麦茶を飲む。
今、裏窓の開いた隙間から涼しい風が入ってくる。
秋風、というにはまだ気が早いが。

高原に出掛けて、早起きしたときの風。
葉に露を置いていくしっとりとした空気。
陽が高くなる頃には消えてしまう清々しさ。
身体も気持ちも洗い流してくれるようなこの感じ。
火照った肌を鎮めるような微風。

どこに行こうか。

(2001年8月5日、新品のベース)

現実。

若い男が踏切の前で信号待ちをしている。
携帯電話で「○○さんの門出を祝うパーティだから。ちぃース。」とか云うイマドキの若者風の軽〜い会話をしている。
サンバイザーの色は赤。カラフルなノースリーブのシャツを着ている。無精髭。

しかし、である。

乗っているのは新聞配達のような頑丈そうな自転車。
手に持っている書店の袋からは「小2・読解力」のタイトルが透けて見える。
開かずの踏切がようやく上がると、男は路線バスの間をするりと抜けてセンターライン沿いに走って行った。
二つ折りにしたケータイをシャツの首もとに引っかけて。

実際に街で見かける光景というのは、かくも不可思議なものである。
秩序だった組み合わせや並べ方といったものは通用しない。
たった一人の男が持ち合わせているイメージさえこうなのだ。

「性質の異なる仲良し」「何かが起こるには何の理由も要らないんだ」と云っていたZappa。
私の唄のことばもこんなところがある。
文法的には破綻していても、説得力のあるものを。

庭の藤棚には、今、花が咲いている。

(2001年7月28日、長い午睡)

意志。

昨日ライブをやってみて思ったのだが、私の唄というのはつくづく需要が無いな、と(笑)。
ホールが大きかったこともあるけれど、高田さん家族、平田、荒川さんという友人の他は、3、4人が出たり入ったりという状態で。

確かにライブは、一人でも聴いてくれている人がいれば、それで成立する。
おそらく私の音楽は、万人受けするようなものではないし、気に入ってくれるのは世界で十人ぐらいだろうと想像しているが。

ところで、人間の意志の力というのはスゴイもんだな、と今日「電波少年」の特番を観ていて思った。
できるかできないかは、その意志の強さに比例するのではないか。
いや強いだけではなくて、持ち続けるということも。

私は15年ぐらい前に「音楽50年計画」ということを思い付いた。
慌てて完成とか成熟とか求めずに、その時々の自分の音楽を鳴らし続けていこうと決意した。
そうは云っても時折揺らいだり迷ったりすることもあったりするが、ようやく何とか自分の唄らしいものを唄えるようになりつつあるような気がしている。
昨日のステージで、客席を廻って自分に耳に返ってきた声を聴いて、少し実感できた。
進んでいくと気付かないうちにこぼれてしまうもの。
それはきっときちんと「個」でいないとすくい上げられない。
そんなような気持ちを唄い続けていきたい。

聴いてくれる人が少なくても。
それはそれで。ね。

(2001年7月21日、梅酒サイダー)

大人。

少し前になるが、ある番組で心臓外科医の先生が小学生に心臓バイパス手術の模様を見せる、というものがあった。

ちょうど夕飯時であったので、グロテスクな感も無きにしもあらずだったが、子供たちの真剣な表情に目を奪われた。
本気の目であった。

その先生は「本物を見ること」で「命」ということを実感をもって考えてもらおう、と考えていたようである。
カッコいい大人だなぁ。
相手が子供だからといって、わかりやすく口当たりよく甘くしてしまうのではなくて、真剣勝負で挑んでいく潔さ。
おそらく、こんな接し方は世の親御さんたちの間で物議を醸し出すかもしれない。

けれど。

人間対人間という関係にまでさかのぼる。
一緒に下りていく。

(2001年7月16日、タオル必携)

成長。

矢井田瞳さんへの認識を新たにした。
登場した頃の印象は「椎名林檎のコピー」。それ以上のものは感じ取れなかった。
「I'm here saying nothing」を聴いて「もしかしたらポップス職人かも」と思い始めた。
つい最近まではラジオで新曲が流れても「今度のは地味だなぁ」と思っていた。

で、先日テレビで「Over The Distance」を唄うのを観た。
すごく丁寧に唄う人であった。しかも欲の無い自然な唄い方で。
途中、曲調が静かになったところで、マイクを口から離して唄う場面があった。
普通なら見せかけの演出臭さを感じるのだが、それは違う、とすぐに気付いた。
その遠くで鳴っている「音」が欲しかったのだろう。
彼女はそれを直感的に選び取ったのだ。

で、慌てて以前の曲を聴いてみたが、やっぱりそれほどの印象は感じなかった。
aikoさんがまたそうであったように、成長途中にある人を評価するのは難しいなぁ、と思う。

音楽に純粋な気持ちで向き合おうとする若いミュージシャンが、確かにいる。
それは嬉しい誤算である。

(2001年7月15日、下り線不通)

顔。

商店街で買い物をしていたら、十代と思しき若者が「おばあちゃん!」と。
声の先に目をやると、おばあちゃんは孫の顔を少し見上げながら、にこやかな表情になっていった。

自転車で家に戻る途中、自分のおばあちゃんのことを思い出した。
さっきのおばあちゃんと同じように、皺の中から自然に沸き上がってくるような柔和な笑顔が浮かんだ。
おばあちゃんと孫の関係が無くなってしまってから随分と年月が経つ。
次第に自分も年齢を重ねていることに気付く。

いつか、私もあのような顔になりたい。
すぐでなくていいから。

(2001年7月14日、ヤイコ再評価)

ファン。

The Hilltops の杉浦崇さんと共作を始めました。
先日のライブ「match」で競演したのが縁で、打ち上げの席で話していたら、音楽の趣味に共通点が多くて驚いてしまった。
まだ若いのに(笑)実にいろんな音楽を聴いているのだ。

ときどき、知識として音楽を囓っている人がいるけれど、やっぱりその音楽が「好きでたまらない」「置き換えが効かない」というものになっていないとなぁ、という気がするのだ。

彼は大ファンだという「さかな」のCDを置いていってくれた。その白い盤面には、メンバーのサインが書いてある。
好きなんだなー、音楽。
気持ち、よくわかる。

大切に思えるものと出会えること。 それはそれはしあわせなことなのである。

(2001年7月8日、軽くフリスビー)

中古。

猛暑の中、ベースを物色しに楽器店巡り。
「めやに」に参加したときから、平田聡の友人がゴミ捨て場で拾って平田に3千円で譲ったというジャズベースを借りて使っていたのだが、返却してしまったので。

先日も中古で気に入った形のを見つけたのだが、音が今ひとつグッと来なかったので買うのをやめた。
今日もなかなか気に入ったのが無い。
といっても、私の予算は1万円ぐらいで破格過ぎるのだが(笑)。

ことベースに関して云えば、あんまり新品は好きじゃない。
なにかまだ木のボディが鳴り慣れていないというか、全身で音が出ていない感じがするのである。
誰かに弾き込まれてクセの付いたような中古。
これが好き。

あとはリサイクルショップ狙いか。

(2001年7月1日、ザッパROXY驚愕ライブ)


  最近の私見に戻る