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今夜の番組チェック

巻頭閑話(2001年)
【01/12/23】 尿素とカルバミドと農薬
【01/12/16】 ウェーラーの尿素合成
【01/12/09】 牛肉と野菜
【01/12/02】 吝嗇2
【01/11/18】 吝嗇
【01/11/12】 残留農薬で太る。
【01/10/23】 「DASH村」で殺菌剤ブラシンが使われた。
【01/10/14】 野依名古屋大学教授のノーベル賞受賞を祝す。
【01/10/07】 スピード違反
【01/09/30】 古傷
【01/09/09】 批判の批判の批判
【01/09/02】 キリの良い数字
【01/08/26】 火災報知器のコスト・ベネフィット
【01/08/19】 「青森のリンゴ」と「愛媛のミカン」
【01/08/19】 人間が犬に噛みつけばニュースになる。
【01/08/05】 予防原則
【01/07/29】 田や畑はその所有者のものである。
【01/06/26】 「昔,日本とアメリカが戦争をしたことがある。」
【01/06/10】 化学と科学
【01/06/03】 安物の酒ほど悪酔いしない。
【01/05/24】 所沢ダイオキシン風評被害裁判(3)
【01/05/18】 所沢ダイオキシン風評被害裁判(2)
【01/05/17】 所沢ダイオキシン風評被害裁判(1)
【01/05/13】 ガーデニング
【01/05/07】 無農薬栽培の犠牲者
【01/04/29】 田植え
【01/04/22】 農学部から「農薬」を冠した研究室が減っている。
【01/04/18】 農薬の残留している野菜を食べて蝶が死んだ。
【01/04/15】 農薬の残留分析法
【01/04/08】 「癌の特効薬みつかる」から「赤ワインは癌を抑える」へ
【01/04/01】 情報公開
【01/03/27】 マウスの3.5日効果
【01/03/14】 点滴チューブの環境ホルモン問題
【01/03/11】 身分詐称
【01/03/04】 安全の論理,必要の論理,自由の論理
【01/02/25】 カエル界の異変
【01/01/21】 ドベネックの樽
【01/01/07】 21世紀の移植医療技術の進歩に期待する。

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インデックス
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2003年

【01/12/23】 尿素とカルバミドと農薬

尿素は極めて安全性の高い化学物質である。ヒトは危険な老廃物を安全な尿素の形に変えて血液に載せ,腎臓で濾過して尿として排泄する。もし尿素の毒性が高ければヒトは生命を維持できない。

尿素は保湿性も優れており,そのため,以前から大抵の化粧品に含まれていた。ただ,「尿素」という表現ではイメージが悪いらしくカルバミドと表記されることが多かった。尿素(NH2-C(=O)-NH2)は形式的には炭酸(HO-C(=O)-OH)のジアミドだからである。しかし,最近は敢えて「尿素入り」を謳う化粧品も増えてきた。尿素はいいものだという正しいイメージを創り上げようとする努力は多とせねばならない。

これを見習って農薬も頑張らねばならない。よく「農薬と同じ成分が掃除機の集塵袋に使われている」などと非難する御仁がいるが,安全性が十分に評価された農薬成分だからこそ安全なのである。逆に,安全性の問題から農薬登録など絶対に取得できないような成分が家庭用品に溢れている。最近の異常とも思える無菌思考も「農薬にはとてもできないような」危険な成分の家庭内での氾濫を招いている。

とにかく,「このエアコンのフィルターには農薬と同じ成分が使われてますから安全です。」といったコマーシャルが流れるような正しい時代になって欲しいものである。

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【01/12/16】 ウェーラーの尿素合成

有機物とは何か。化学では炭素を含む化合物で一酸化炭素,二酸化炭素,炭酸,シアン,シアン酸,チオシアン酸,およびそれらの二量体や塩等以外と定義されている。最も簡単な有機化合物は一般にメタンとされているが,構成原子数ではホルムアルデヒドとアセチレンの方が4個と少ない。

昔は化学的に合成できるのは無機物だけで,有機化合物は合成できないと考えられていた。この考えをうち破ったのはウェーラーである。ウェーラーはアンモニア水にシアンガスを通じると当時典型的な有機物と信じられていた尿素が得られることを確認し,1828年に発表した。それ以降,有機と生物とは完全に切り離された概念になっている。

しかし,日本ではいまだに有機と生物を一体で論じる御仁が多い。おそらく,このような御仁の頭は200年ほど遅れているのだろう。

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【01/12/09】 牛肉と野菜

1980年頃,米国への乗用車の輸出の増加が問題となり日本が輸出自主規制を始めた。その当時の米国の主張は「乗用車を輸出するならもっと牛肉を買え。」であった。いかにも「自由貿易」を標榜する米国らしい主張である。なにしろ,当時米国は日本からの牛肉製品の輸入を禁止しており,マーケットに牛肉を使った日本製レトルトカレーは並んでいなかった。

ワシントンDCには国会近くの最も便利な場所に農務省の立派な建物がある。米国は本来農業国である。そのため,常に何かと難癖をつけて自国の農業を守ろうとする。今回の日本の狂牛病問題も当然のように活用された。現在,日本からは高級霜降り肉どころか,レトルトカレーや牛肉エキス分を用いた製品も輸出できない。

米国はしたたかな国である。日本では中国野菜の輸入が問題になっているが,米国ならインポートトレランスで対応するだろう。自国で登録されていない農薬が使われている農産物は原則輸入禁止という規制である。野菜を分析して登録されていない農薬を見つけ,それを理由に輸入を全面禁止する。そして,インポートトレランスの取得で時間を稼ぎ,その隙に対応する。

各国とも何らかの口実を設けて自国の農業を保護している。インポートトレランスのない日本にも有効な手段がある。諸刃の剣,「風評」である。

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【01/12/02】 吝嗇2

人はその得意分野ではケチである。これはリスク評価の面でもいえる。

人は日常生活でリスク評価をしながら暮らしている。玄関のドアの鍵をピッキングに強いタイプに交換することも,車の運転も,子供を外で遊ばせることもリスクとベネフィットを秤に掛けて判断している。

しかし,日常から少しでも離れるとこのリスク評価が全く機能しなくなる。その典型が狂牛病である。私には,日本人のうち1人が死ぬかどうかといったレベルのリスクに対してどうしてあれほどの大騒ぎをするのか不思議でならない。政府としても,その対応に大盤振る舞いをするより,自殺者や交通事故を減らす政策に大切な税金を使う方が合理的である。もちろん,低俗なマスコミがこれを許さないだろうが。個人としても,狂牛病についての怪談めいた情報を集める暇があれば,家の中の階段で転倒する確率を減らす方策を考えるべきである。

兎に角,昨今,私は松屋と吉野屋の経営に貢献するとともに小遣いも節約している。

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【01/11/18】 吝嗇

人はその得意分野ではケチである。主婦であれば,肉や魚の鮮度と値段にはやたらこだわり10円単位で安いかどうか判断する。その一方で,普通の主婦は携帯電話の料金をケチる方策には無関心である。酒を飲めない者ほど2万円の高級ワインを人に送るが,酒飲みの私には2千円のワイン10本の方がありがたい。

とにかく,多くの主婦は高価な無農薬野菜を買うが,ケチな私は決して買わない。

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【01/11/12】 残留農薬で太る。

西田立樹さんの「新・農薬掲示板」によれば,月刊ASCIIに「残留農薬で太る」という記事があったそうだ。私はまだ実際の記事を読んでいないのだが,その発想が笑えた。

偽の健康食品や恐怖本を売りつけるには相手の不安につけ込むのが一番である。そのターゲットは多くの場合女性だから,最大の恐怖は「奇形児を生むこと」になる。かくして,専門家であればだれも信じていない「ベトちゃん・ドクちゃんの恐怖」が喧伝され,「安全な食品」の販売に利用されてきた。ならば,2番目の恐怖も利用しない手はない。その恐怖とはもちろん「太る」である。結婚前の女性にとって,ダイエットは最大の関心事である。

結婚前,結婚後の女性の恐怖と考えていくと,つぎは「老化」だと見当が付く。壮中年からの女性の最大の恐怖は老化だろう。「農薬の残留している食品を食べるとお肌の老化が進む」という宣伝を見かけたらこの記事を思い出していただきたい。

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【01/10/23】 「DASH村」で殺菌剤ブラシンが使われた。

10月21日(日曜日)放送の日本テレビ「鉄腕DASH」で画期的な出来事があった。TOKIOなるグループが「DASH村」で「農家ごっこ」をやる企画で,主人公が農薬を散布する場面が放送されたのである。

この番組の「ダッシュ村」は,アイガモを使って無農薬米に挑戦するという企画なのだが,いままでは無農薬でなんとかしのいできたものの,今回の放送で穂イモチの発生が予想されたためやむを得ず殺菌剤ブラシンを散布する場面が出てきた。しかも,北興のブラシンフロアブルのビンまで大写しにされ,その概要まで肯定的に放送された。これで一般の方にも実感できただろう。収穫ゼロの事態を「平年よりやや劣る」にまで回復させるのが農薬の威力であり,いままでも冷害による米の減収を防いできたことに。

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【01/10/14】 野依名古屋大学教授のノーベル賞受賞を祝す。

昨年,白川筑波大学名誉教授のノーベル賞受賞について書いたとき,白川氏の業績は物性・構造・反応で構成される化学という学問分野の底辺の中心にあるといった。これに対し,野依教授の業績は反応の部分にある。野依教授のエナンチオ面区別反応によりアキラール分子に中心性キラリティーを導入する手法は当時画期的であった。報道では不斉合成というかなり曖昧な表現がされているため,敢えて正確な表現をしてみた。

私は25年前にはすでにその業績を知っていたため,野依教授がいまだ現役で活躍されていたことに驚いている。もちろん,野依教授の業績は偉大だが,日本にはまだ同等レベルの化学の業績が最低3つはありそうな気がしている。

とにかく,今回の受賞で日本の化学の水準の高さが証明されたと思う。今後も,その水準を維持して欲しいものである。NHKの執拗な妨害に抗して。

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【01/10/07】 スピード違反

農薬の擁護論に,「天然物にも発癌性などの毒性の問題がある。農薬だけを厳しく取り締まることに意味はない。」がある。しかしこれだけでは,10 kmのスピード違反で捕まった違反者が,その横を30 kmのスピード違反をしながら無事走り抜けた車を指さして「自分ではなくあの車を捕まえろ。」といっているように聞こえるだろう。しかし,ヒトの寿命の損失を指標として安全性を評価すれば,ディーゼルエンジンの排気ガスやタバコの危険性は農薬の3桁や4桁上のレベルにある。たとえば,蒲生昌志氏の「日本における化学物質のリスクランキング」によればディーゼルエンジンの排気ガスのリスクは損失余命として58日,DDTのリスクは21分と計算されている。農薬の中で例外的に危険性が大きく,それゆえ禁止されたDDTですら危険性はこの程度である。

注意すべきは,仮にDDTを含む野菜があった場合,それを食べ続ければ21分寿命が縮まる訳ではないことである。その野菜に含まれる栄養素やビタミン類などにより寿命が延びる要素と含まれる天然の発癌物質等によって寿命が縮む要素も考慮しなければならない。おそらく,普通の食物に含まれる天然の発癌物質による寿命の損失は年のレベルであろう。それはともかく, DDTを含まない野菜を食べる方が良いに決まっていると思うかもしれない。しかし,その無農薬野菜を買うために車で出かけ,排気ガスを吸っては元も子もない。

結局,たとえ話としては「立ちションベンの疑いで職務質問している横で殺人事件がおこったら殺人犯の方を追いかけろ。」というのが適切であろう。

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【01/09/30】 古傷

このHPに頂いたご意見を拝見していて,こんなことに興味があるのかと思うことがままある。私の意図とは全く異なる部分に関心を持たれているのである。それで,こんな話を思い出した。

ロシアがまだソビエト連邦であった頃,NHKがシベリア鉄道の番組を放映した。この番組を自衛隊の関係者は食い入るように見たという。通信用のケーブルを探すためである。シベリアの原野に通信ケーブルを敷設しようとすればシベリア鉄道沿いに作るしかない。玄人なら通信ケーブルをみただけでいろんな情報が得られるらしい。同じ映像を見ても人により時期によりその見方が異なってくることの典型といえる。

に興味のある者と甲虫に興味のある者は同じように山を歩いても見る景色は全く異なる。そして,蝶屋がいちばん多く転ぶ。私の足にもまだ当時の滑落の傷跡が残っている。

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【01/09/09】 批判の批判の批判

人物を評価する上で,その人物が他の人物をどのように批判しているかが優れた判断材料となる。たとえば,「経済評論家」佐高信氏は堺屋太一氏を「2000円札を作る以外に何の経済政策もとらなかった。」と批判している。

しかし,私がいままでで最も感心した批判は,イザヤ・ベンダサンこと山本七平氏が「日本人とユダヤ人」に記載した「日本人は水と安全はただと考えている」に対し,浅見定雄氏が「にせ日本人とユダヤ人」で展開した反論である。水争い,つまり農家が田畑に引く農業用水の争奪が如何に激しかったかを多くの歴史的事実で検証し,日本人が如何に水を貴重と考えていたかを論証して,自らの博学多識を誇るとともに山本氏を完膚無きまでにやっつけたつもりになっているのである。砂漠の民の飲料水と日本での農業用水では意味が違うと思うのだが。

さて,私もこのHPでも多くの人物を批判してきたが,それで私の人物像を理解していただいているであろうか。

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【01/09/02】 キリの良い数字

最近,ある報告書をチェックしていて「TLC分析にはメルクのシリカゲル60F256を用いた」という文を見つけ笑ってしまった。「60F254」でないといけないのだが,ついキリの良い256と書いてしまったのだろう。

もっとも,私もコインロッカーなどで「キリの良い」512番や256番が空いていると,ついそこに荷物を入れてしまう。

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【01/08/26】 火災報知器のコスト・ベネフィット

コスト・ベネフィットの説明では火災報知器の例が有名である。煙感知型の火災報知器はアメリシウム241というα崩壊型の放射性同位元素が組み込まれているため,火災報知器の近くでは放射線被曝を受けるというのである。もちろん,その被曝により癌などに罹る確率は,火事で逃げ遅れて焼死する確率に比べれば無視できるために火災報知器は存在するのである。

この例が分かり易いのは利益を受ける者と被害を被る者が同じ点にある。農薬ではこうはいかない。消費者には農薬の直接の利益はない。しかし,多少季節はずれでも新鮮な野菜が安価に入手できることが消費者の健康にもたらす利益は大きい。

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【01/08/19】 「青森のリンゴ」と「愛媛のミカン」

1991年の台風19号青森のリンゴに大打撃を与えたことはよく知られている。ところが,同じ台風による愛媛でのミカンの被害については全国放送で報道されることはなかった。その被害がリンゴの比ではなかったにもかかわらずである。これはおそらく報道機関の東京集中が原因であろう。関東人にとって青森でのリンゴの被害は四国愛媛のミカンの被害よりはるかに身近である。

放送局が東京に偏在していることには別の弊害もある。地方の情報も思い上がった東京人のバイアスがかかった状態でしか広まらないのである。大阪の情報すら近畿圏以外では東京を通してしか流れない。日本の情報がアメリカの報道機関を通して世界的に発信されるようにである。

地方では評判のよかったふるさと創生資金も「1億円をばら播いて田舎者に勝手に使わせたら無駄使いするするに決まっている。何に使いたいか書いた書類を中央に送らせ,中央で審査すべきだ。」などとワイドショウでコメントしていた評論家がいた。そのような発想こそ税金の無駄遣いを助長していることに気付かぬらしい。

しかし,農薬にとっての問題は「東京の報道機関に勤める一握りの文科系の秀才のバイアス」のかかった情報しか全国に流れないことにある。普通の農家が普通に作物を生産している話などは決して放送に流れることはない。

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【01/08/19】 人間が犬に噛みつけばニュースになる。

犬が人間に噛みついてもニュースにならないが,人間が犬に噛みつけばニュースになる。」という古典的なニュースの定義がある。

そうか。それで有機農法がニュースになるんだ。有機農法は「人間が犬に噛みついたようなもの」だから。などと,私が「東京の報道機関に勤める一握りの文科系の秀才」に噛みついてもニュースにはならないか。

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【01/08/05】 予防原則

反農薬論者のいう所謂「予防原則」とは,個々の毒性試験などの内容を解析する能力のない者が自らの浅薄な思考の結果得た単に好きか嫌いかだけの主張を無理やり押し通すための道具にすぎない。私はそう考えている。

多くの専門家は,木酢液には発癌性の疑いがあり危険だと考えている。ところが,日頃予防原則を唱えている者に限って,「木酢液は予防原則に従って禁止すべきだ。」とは決していわない。これはこの証左の一つである。

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【01/07/29】 田や畑はその所有者のものである。

私は「里山」という言葉が嫌いである。里山には「みんなのもの」というニュアンスが強すぎるからである。

いつ頃から里山などという言葉が使われだしたのだろう。以前は単に雑木林といっていたと思う。とにかく,雑木林は一義的にはその管理者や所有者のものであり,その意味で昔の入会地(いりあいち)という概念こそ相応しい。

雑木林は身近な自然である。私もガキの頃は雑木林で虫を追いかけ回した。いまでも,入って多少昆虫を採集することぐらいは大目に見てもらえるかもしれない。しかし,本来は所有者の許可が必要なはずである。あまり所有権を主張されても困るが。

最近は雑木林はおろか水田すら「みんなのもの」というニュアンスで語られ過ぎる風潮がある。水田は水を溜めるから洪水の防止に役に立つ,多様な自然環境も保存すべきだ,などといった主張である。もちろん,これらはそれなりに正しい。しかし,所詮それは米の生産の副次的な産物に過ぎない。それを理由に水田の所有者の意向に反して,「水田存続運動」をすべきではない。もちろん,所有者の利益に繋がるような存続運動なら歓迎されるだろうが。

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【01/06/26】 「昔,日本とアメリカが戦争をしたことがある。」

「昔,日本とアメリカが戦争をしたことがある。」ときいて「それで,相手はどこの国だったの。」と質問した若者がいたそうである。もちろん「日本とアメリカがどこかの国を相手に戦争をした。」と受け取ったのである。昨年,NHKの「食料の安全性と環境」というHPをみていてこれを思い出した。

一般に,人に対する安全性と環境とは対立概念である。冷蔵庫に使われる安全なフロンはオゾン層を破壊し,漏電に安全な塩ビ製の電気配線は燃やせばダイオキシンを発生させる。衝突に対して安全な車は燃費が悪くなり二酸化炭素を多く放出する。

ところが,有機栽培は人に対しては安全で環境にも優しいと信じている無邪気な御仁もいるようだ。有機栽培礼賛者にあうたびに,あの若者とどちらが常識があるのかと考えてしまう。

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【01/06/10】 化学と科学

化学とは明治期以降に使われだしたChemistryの訳語である。それ以前には宇田川榕庵が「舎密開宗」で用いた舎密(せいみ)が使われていた。舎密とは蘭語のChemistryを表すChemieの音写である。

化学の「化」とは変化を表す会意文字である。扁が立っている人,旁が座っている人を示し,この組み合わせで変化を表している。一方,科学の「科」も会意文字であり,扁は禾本科植物,つまり穀物を示し,旁は升(ます),つまり容量を量るための容器を示し,この組み合わせで穀物栽培に必要となる測定技術等を示している。ちなみに,斗の中の点々は穀物の粒を示している。

20世紀は科学の時代であったが,21世紀は「ばけがく」である“(イヒ)学”のみならず,化学物質の人に対する影響を量る“(イ斗)学”と生物系における変化を研究する“(禾ヒ)学”も重要になると私は考えている。

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【01/06/03】 安物の酒ほど悪酔いしない。

ある洋酒会社に勤めていた知人が「安物の酒ほど純粋なエチルアルコールに近く,上等の酒ほど訳の分からない成分が多く含まれている。純粋なエチルアルコールなら悪酔いしにくいから,安物の酒ほど身体には良い。」といっていた。私はこの専門家の意見を根拠に我が家の応接間には安酒しか置いていない。高い酒は書斎に隠してある。

さて,読者諸君はこの専門家の意見をどう思っただろうか。おそらく「上等の酒ほど悪酔いしないに決まっている。」と思ったに違いない。しかし,その根拠はあるだろうか。「上等の酒は悪酔いするほど大量には飲めない。」だけではないだろうか。「上等の酒は悪酔いしない」というのは,単にそうあって欲しいという願望に過ぎないのではないだろうか。

この議論の根底には,「天然物は精製して純粋な化合物にしてしまうと毒性を発現するが,普通は他の天然物の混合物として存在するために,その相互作用で安全になる。」という願望がある。ところが,そういう者にかぎって,「農薬は他の化学物質が存在するとその相互作用で危険性が増加する。」と主張するのである。

昨年のNHK地球法廷のHPに「化学合成したグルタミン酸と天然の昆布のうまみ成分から抽出したグルタミン酸では電子顕微鏡でよく見ると形が違う。」という意見があった。光学異性,つまりL体とラセミ体についての何らかの記載を誤って解釈したのだろうが,これも「化学物質」であるグルタミン酸と「生物」である昆布のうまみ成分とは異なっていて欲しいという願望からでたものであろう。もちろん,この類の願望の典型は「無農薬は安全」である。

単なる願望を事実と思いこむ現象,心理学ではこれを妄想という。

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【01/05/24】 所沢ダイオキシン風評被害裁判(3)

所沢ダイオキシン風評被害裁判の判決の根拠には誤った判断が多々ある。今回は,摂取量と許容量に関する問題点を指摘してこのシリーズを終えたい。ただ,判決骨子を読んだだけで判決文を読んだ訳ではないので,その点で何らかの誤りがあればご容赦願いたい。また,WHOのダイオキシンの耐容1日摂取量の設定根拠については十分調査していない。

今回問題とするのは判決骨子の以下の部分である。

体重40kgの子供が被告研究所が調査したのと同じ様な所沢産ほうれん草を例えば20ないし100g食べた場合に、これに背景摂取量(大気・土壌・水からの摂取量)を加えると、WHOの耐容1日摂取量の厳しい方の数値である1pgTEQ/kgを超えることが認められる。

この摂取量の議論はごく初歩的な誤りというほかない。裁判官には慢性毒性と急性毒性の区別すらついていないようである。ダイオキシンの耐容1日摂取量は慢性毒性を根拠に設定されている。この場合,問題となるのは摂取する総量である。平均値と言い換えてもよい。仮に,ある特定の日に多量に摂取しようとも摂取する平均値が低ければ問題はなく,逆に,たとえ最大値が低くとも毎日食べ続ければ問題となる。また,ダイオキシンの許容量は妊婦,子供などの存在も考慮して一生摂取しても問題がない量として設定されているはずである。一生涯子供であるヒトも一生涯妊婦であり続けるヒトも存在しない。したがって,特定の時期に基準を超えるといった類の議論は意味を持たない。結局,「体重40kgの子供がほうれん草を100g食べた日には基準を超える」などという議論は欺瞞以外の何物でもないのである。

では,正しい議論ではどうなるか。この場合,ダイオキシンの全摂取量に占めるホウレンソウの寄与率が問題となる。すなわち,一般の成人が一日に摂取する平均的なダイオキシンの摂取量に対し,ホウレンソウの一日当たりの平均的な摂取量と所沢のホウレンソウに含まれる平均的なダイオキシン含有量から計算されるホウレンソウ由来のダイオキシン量の比率が問題なのである。

では,まず食品由来のダイオキシンだけで,この比率を計算してみよう。

まず,体重50 kgの成人が1日に食べる平均的なホウレンソウ摂取量を20 gとする。この値は農薬の作物残留の登録保留基準設定に用いる第一葉菜類(ほうれんそう,レタス,ねぎ,ブロッコリー等)のフードファクターが65.38 gであることから推定した。調査すれば正確な値が得られるであろうが,概ね妥当な値だと思う。

次に,所沢のホウレンソウに含まれるダイオキシンの平均的な濃度を0.16 pg/gとする。環境総合研究所が測定したと称している分析値は試料が正しく特定されていないため考慮せず,厚生省の測定した値(98年10月公表値)の平均値を使う。蛇足だが,測定値とは試料が正しく特定されてはじめて意味をなすものである。極端な例をあげれば,ハウス栽培のホウレンソウのダイオキシン残留値を示してほとんど残留していないといっても意味はなく,逆に,冬場に成長の極端に遅れたホウレンソウを分析して多いといっても意味はない。

さて,この仮定のもとでホウレンソウ由来のダイオキシン摂取量は0.064 pg/kg/dayと計算される。平均的な日本人のダイオキシン摂取量は2 pg/kg/day程度であるから,その3%程度が増えることになる。これはさほど大きな値ではない。仮に環境総合研究所が捏造したホウレンソウの分析値である0.75 pg/gを考えても15%にしかならない。

次に,被告の持ち出した「背景摂取量(大気・土壌・水からの摂取量)」なるものを考察しよう。もちろん,「背景摂取量」といった奇妙な用語は通常使われないが,仮に「背景」というなら「ホウレンソウ以外」と定義するのが普通だろう。もちろん,そう定義するならこの考え方は正しい。そして,上述の私の計算がまさにそれにほかならない。

しかし,被告が「大気・土壌・水からの摂取量」と定義した「背景摂取量」はほとんど0である。ヒトはほとんど土壌を口にせず,飲料水中のダイオキシン量もごく少ない。大気からの摂取量(通常は,「吸入暴露量」という)については,青山氏が吸入した空気に含まれるダイオキシンが全て体内に移行するという恐るべき概算をしているために若干多くなっているが,それでも経口に比べれば無視できる。ちなみに,吸入による暴露量は,薬物動態学でいうAUC値などからある濃度の空気を吸入することは一日当たりある量の経口摂取と等価であるという換算定数を算出し,それを用いて計算することが多い。

結局,「背景摂取量」とは,正しく計算すると「背景」だけで1 pgを超えるため論理が破綻するが,なにも加えないと1 pgを超えないため,苦し紛れにでっち上げた議論なのである。そして,ある程度の量の「背景」を確保するために,吸入した空気に含まれるダイオキシンが全て体内に移行するという非常識な仮定を作った。タバコの煙を吸ったら,煙はすべて肺に取り込まれ吐く息は透明になるという仮定など,素人でもただの間違いだと気付くであろう。

しかし,裁判官は被告の提出した「背景摂取量」のやや多い計算式で脳の算数に関する部分がキャパシティーを超えてオーバーフローし,思考が停止したものと考えられる。要するに,この裁判官は数字がいっぱい並んでいるから精密な計算をしているだろうと考える程度の人物なのである。

先週の日本農業新聞に原告は控訴する方針であると書かれていた。控訴審では,だれか優秀なブレーンを雇って頑張って欲しいものである。どう見ても原告側の弁護士は無能である。私は科学知識が低いゆえに「無能」といっているのではない。弁護士の科学知識など,もともとたかがしれている。どのような文献などを調べ,だれに相談すればよいかを知らないがゆえに無能といっているのである。しかし,もとより正義は原告の側にある。良いブレーンを付ければ,必ずや完全勝訴を掌中に出来るであろう。

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【01/05/18】 所沢ダイオキシン風評被害裁判(2)

所沢ダイオキシン風評被害裁判の判決理由を読んでいて,宮田秀明教授が測定したハクサイの分析値3.4 pg/gが重要である点に気付いた。お茶の3.80 pg/gに相当する残留は野菜でも認められているというのである。だれが見ても実験ミスと判断するような誤ったデータが判決の重要な根拠とされていることに驚かされる。

ホウレンソウハクサイに面積当たり一定量の農薬を散布し,散布直後にその農薬の残留量を分析すればどちらが残留が多いだろうか。もちろん,ホウレンソウの方がはるかに多い。ホウレンソウとハクサイで重量(pg)としての残留量が同じなら,濃度(pg/g)で表した残留量はハクサイの方が小さくなる。ハクサイの方がはるかに重いからである。しかも,ハクサイでは展開した葉は変質葉(非可食部)とみなされ分析部分から除かれるため,さらに残留値は小さくなる。おそらく,1/20から1/50になるだろう。

ダイオキシンではさらに植物体内での安定性の問題がこれに加わる。ホウレンソウの方がダイオキシンは安定と考えられている。しかし,宮田教授は0.75 pg/gのホウレンソウの4.5倍,お茶に匹敵する残留がハクサイから検出されたという。

お茶で残留の多いのは,表面積に比して軽く,その上,乾燥によって更に軽くなり,そのため濃度(pg/g)で表した残留量が大きくなるためである。要するに表面積と重量の問題で,ハクサイで残留量が小さい理由とお茶で残留量が大きい理由は同じなのである。しかし,宮田教授はお茶とハクサイで残留量は変わらないと曰(のたま)っていらっしゃる。

ハクサイにおける農薬の残留分析はやや特殊である。どこまでを変質葉として除くかによって残留量が大きく変化するためである。そのため,4個のハクサイを縦に4つに切り,その1/4づつを4個集めて細かく切って混ぜ,その一部を3回取ってそれぞれを分析するように定められている。仮に変質葉として除くべき葉をダイオキシン分析に供したとすれば,たとえその分析値が正しいとしても,そのデータは捏造といえるだろう。

通常の常識があれば,ハクサイで3.4 pg/gが検出されれば,それは異常値ではないかと疑うであろう。異常値の生じる原因の多くは,いわゆるコンタミ(contamination)である。超微量分析では器具のちょっとした洗浄ミスなどから大量のダイオキシンが混入する可能性がある。しかし,仮に異常と考えられる分析値が得られたなら,普通の研究者なら分析をやり直すだろう。だれが見ても異常と考えるような分析値は,かなりの確信がなければ公表できるわけはない。しかし,宮田教授は1つのサンプルを3回測定するという大原則すら実行しなかったと思われる。もし,3回測定したなら3.4〜3.7 pg/gと範囲で示すからである。

一度,宮田教授の作成した正式の分析報告書を見たいものである。報告書なら分析の詳細が記載されているはずである。しかし,正式の報告書など存在しないかもしれない。宮田教授は「市民の側に立つ科学者」のようだから。

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【01/05/17】 所沢ダイオキシン風評被害裁判(1)

所沢ダイオキシン風評被害裁判で原告農民側が敗訴した。朝日放送は優秀な弁護士をそろえて対応したようである。「優秀」とは文科系の典型である裁判官に対し,その狭隘な論理思考レベルにあわせた論理を展開し,誤った方向に思考を導く能力に長けているとの意味である。

再度強調しておく。環境総合研究所の出した分析値は捏造であり,その分析値を正しいものとして展開された議論は虚構に過ぎない。その理由は既に「所沢ダイオキシン報道騒動;素人はこれだから困るよ。」に詳記した。

分析にとって最も重要なのは真度と精度と再現性,特に精度である。2年前,環境総合研究所は精度をどう考えているのかと思いHPを調べて唖然とした。「分析精度は0.0001ppt(十の十六乗分の1)、すなわちppqよりさらに一桁高い精度です。これは世界一の分析精度です。」と書かれていたのである。これは検出限界あるいは定量下限である。要するに環境総合研究所は精度管理どころか精度という術語すら知らなかったのである。その程度の分析機関の出したデータを信用できるはずなどない。そのデタラメな分析値を元に許容量の議論を展開するなど笑止というほかないのだが,裁判官はこの砂上の楼閣の如き議論を容れたようである。

一般に文科系の人間は提出された数値データをその意味も考えず無批判に受け入れる傾向が強いが,文科系の典型である裁判官も「分析値」というものを理解できなかったようだ。「所沢のホウレンソウのダイオキシンの残留量」など頭の中にしか存在し得ないただの概念に過ぎない。実際に100種類の所沢のホウレンソウを分析すれば100倍程度の範囲でばらつきがあるだろう。確かにその中の1つの分析値は真実だろう。しかし,その1つの分析値をもとに所沢のホウレンソウのダイオキシンの残留量を議論したとすれば,それは空論以外の何物でもない。

とにかく,原告には控訴して欲しいものである。次回はもう少しまともな裁判官が担当することに期待して。

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【01/05/13】 ガーデニング

ガーデニングをやっている皆さん,以下を正しいと思いますか。

  • 殺虫剤や殺菌剤は一切使ってはならない。堆肥などの有機肥料で育てた花は健康で強いから病気にかからず虫にも食べられない。
  • 良い花を咲かせるためには決して化学肥料(化成肥料やいわゆる活力液など)を使ってはならない。化学肥料を使うと土はどんどん痩せていき,数年後にはまともな花は一切咲かなくなる。

さて,皆さんはどう考えられるだろうか。
一般に,作物は花卉に比べればはるかに害虫に弱い。本来持っているはずの毒成分を人が食べるために弱めているためである。毒成分とは病害虫に対する防御物質つまり天然農薬のことである。また,農作物では植物体のかなりの部分が収穫物として収奪されるため,花に比べて地中の養分の消費量は多い。

したがって,もし上述の有機農業信奉者の議論が正しいなら,それは「有機農業」より「ガーデニング」に適用する方がはるかに容易であろう。もちろん,vice versa(逆もまた真)である。

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【01/05/07】 無農薬栽培の犠牲者

私の知っている,あるおばあさんの話である。彼女は高齢で高血圧であるため降圧剤を服用していたが,そのため朝は気分がすぐれなかった。友人のおばあさんは親切にも「薬はもともと体に悪いものだから,そんな気分の悪くなるような薬は飲んではいけない。」とアドバイスしてくれた。かくして,そのおばあさんは脳溢血で寝たきりの十数年を過ごし家族にも多くの負担を強いて亡くなった。

私は,あのおばあさんは「無農薬栽培」の犠牲者だと思っている。マスコミの流す「無農薬栽培礼賛」に代表される反科学,反化学物質キャンペーンの犠牲者であると。

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【01/04/29】 田植え

田植えというのは不思議な言葉である。「風呂を沸かす」と同じ表現で「植えるのは苗だろう」といってもしょうがない。

「風呂を沸かす」とは風呂をその本来の機能を発揮できる状態に移行させるために「沸かす」という行為を実行するとの意味であろう。同様に,田植えもイネが植えられているという田がその本来の機能を発揮できる状態に移行させるために「植える」という行為を実行するとの意味に解釈される。つまり,「田」とはイネが植えられている状態が正常な状態であるとの認識のもとに,「田植え」という概念は存在することになる。

しかし,こんなことにこだわっていると時間がいくらあっても足りない。もう,止めよう。

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【01/04/22】 農学部から「農薬」を冠した研究室が減っている。

蛋白質の蛋とは卵の意味である。では,なぜ卵白質といわないのか。卵には隠語としてペニスとテスツスの意味があるためだという。「卵」を象形文字と考えれば理解できるだろう。

最近,農学部から「農薬」を冠した研究室が減っている。農薬には「卵」と同様に好ましくないイメージがあるらしく「生物制御」などの言葉に置き換えられている。国立大学には農薬の研究室はほとんど残っていないらしい。

私はpesticideを殺疫剤と直訳せず農薬という優れた概念を創製した先人に敬意を表しており,この概念が汚されることが残念でならない。昆虫フェロモンや忌避剤や摂食阻害剤には農薬こそが相応しい。ちなみに,英語のagrochemicalsも農薬とは異なる概念である。

私がもう一つ残念なのは,昨今,バイオテクノロジーなどの手法だけがやたら重視され,農薬などの「もの」が軽視される傾向である。遺伝子組換えは手法であって「もの」ではない。重要なのは遺伝子組換え技術を使ってどのような「もの」を作るかである。

もの作りは21世紀も化学を含む産業の基礎である。今後ますます「もの」を元素で構成された「化学物質」として捉えるという基礎教育が重要になってくる。教育関係者には頑張って欲しいものである。NHKの執拗な妨害にめげることなく。

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【01/04/18】 農薬の残留している野菜を食べて蝶が死んだ。

なぜ,文科系の人間には自然を機械的に捉える傾向が強いのだろう。」 に記載した「ある昆虫館が市販の野菜を食べさせて蝶を全滅させてしまった」という植村振作氏が捏造したお話に関連して,甲田由(こうだ・よし)さんから,ではどのような殺虫剤なら残留で虫が死ぬのかという質問をいただいた。

該当するのは「蚕毒が強いので桑畑の近くで散布する場合には風向きなどに十分注意して下さい。」などの注意書きに書かれている農薬である。逆に言えば,このような注意事項の書かれていない殺虫剤なら多少桑の葉にかかっても食べた蚕が死ぬことはない。具体的には,パダンが有名である。

話が少しずれるが,昆虫館にとって一番恐ろしいのは寄生蜂である。蝶の卵や幼虫に卵を産んで寄生する。寄生蜂に注意しないと蝶を全滅させかねない。これは蝶を飼育した経験のある者にとっては常識だが,プラスチックが専門の植村氏が知っているはずはない。注意すれば昆虫館でも小さな蜂が飛び回っているのに気付くはずなのだが。

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【01/04/15】 農薬の残留分析法

環境省の定める農薬の作物残留分析法(いわゆる公定法)は作物残留にかかる登録保留基準が官報に告示される際に同時に掲載される。直近では3月6日の官報号外41号に掲載されている。この分析法は毎回のように追加,改訂,削除などが繰り返されるため,最新版を把握するのが困難であったが,最近,環境省のHPでようやくまとまった形で公開されるようになった。農薬の登録保留基準では野菜や果物がどのように分類され,残留分析ではどの部分を分析するのかも詳記されているので興味のある方は参照するとよいだろう。

ちなみに,基準には「検出されてはならない」もあるが,それは「この公定法で分析した場合に」との意味である。別の高感度の分析方法で分析して「検出されてはならないはずの農薬が検出された」と喧伝した御仁がいたのでご注意願いたい。

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【01/04/08】 「癌の特効薬みつかる」から「赤ワインは癌を抑える」へ

25年ほど前の週刊誌には「癌の特効薬みつかる。」とか「癌の画期的な治療法が開発された。」といった見出しが踊っていた。ときには「これで癌は不治の病ではなくなった。」といった副題までついていた。

では,なぜいまこのような報道が見当たらないのか。人々の医学知識が深まり,この程度のガセネタには振り向きもしなくなったのだろうか。

しかし,一方では「赤ワインは癌を抑える」といった類のフードファディズム記事はむしろ増えている。癌についての最新情報を求めるのではなく,眉唾と知りつつ少しは身体によいかもしれないとの淡い期待で何らかの食品を買い,「癌対策を実行している」と自分に言い聞かせ,ささやかな自己満足に耽る。社会がそんな風潮に変化したのだろうか。

ところで,丸山ワクチンはいまどうなっているのだろう。

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【01/04/01】 情報公開

以下に,インターネットで公開されている99年04月27日の食品衛生調査会毒性・残留農薬部会合同部会議事録でのウニコナゾールPの安全性評価の部分を示す。農薬関連の情報公開がかなり進んでいることを示す分かり易い1例である。

ウニコナゾールPという農薬でございますけれども、これを御覧になりますと、毒性のところでマウスの発がん性試験において高用量群の雄で肝細胞腺腫と肝がんが発生しているという所見でございます。それに対して、いわゆるメカニズム試験というようなもの、つまり雄マウスを用いた薬物代謝酵素誘導試験成績、これで肝での酵素誘導がみられた。それから変異原性試験は大部分が陰性であり、マウスの小核試験で最高用量のみで弱い陽性がみられた。それからラットの肝を用いたex vivoの不定期DNA合成試験、これはin vivoで投与いたしまして、in vitroでDNA合成をみるというものでありますけれども、それは陰性だということで、マウスの肝発がん性に関して本薬のプロモーション作用、いわゆる非遺伝子障害性の作用であるというような評価をしております。

要するに,ウニコナゾールPではマウスで肝に癌が発生しているがヒトに対し発癌性の問題はないと説明しているのである。これだけ理路整然と書けば,素人でも「発癌物質が農薬として登録されている」などといった発言が如何に低次元か理解できるだろう。毒物学を知らなくとも「レベルの差」は何となくわかるはずである。

4月1日に情報公開法が施行される。これを機に農薬関連の情報公開も更に進むだろう。しかし,ごく一部の毒性試験の結果を見ただけで大騒ぎをしていた「環境ホルモン事件」,そして,その毒性試験の結果さえ吟味せずにこれに迎合した「環境庁の環境ホルモンリスト」,これらを考えると暗澹たる気持ちになる。NHKの地球法廷でのOPPの発癌性の議論に代表される次元の低い毒性議論の多さも私を憂鬱にさせる。

しかし,それでも更に情報の公開を進めていかなければならないだろう。農薬の議論の質の向上に期待し,低俗な反農薬屋さんが淘汰されることに期待して。

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【01/03/27】 マウスの3.5日効果

一昨年の東海村臨界事故の際,私は被曝した2人は2週間で腸管死すると考えていた。私が第1種放射線取扱主任者免状を取得する際に勉強した「教科書」にそう書かれていたためである。しかし,現実には消化管障害は顕著ではなかった。

哺乳動物が大量の放射線を浴びると細胞分裂の盛んな器官が最も大きな障害を受ける。リンパ球,赤血球,腸腺窩細胞,肺胞上皮細胞などがこれに該当する。このうち,消化管は上皮細胞が定期的に新しい細胞に入れ替わることにより自らを腸内細菌から守っているのだが,被曝により腸腺窩細胞が死滅するとその時点にあった古い細胞の寿命が尽きた時点で細菌の侵入を許し,敗血症で死亡する。これを腸管死あるいは腸死という。

マウスではこの期間が3.5日であることからこの現象は3.5日効果と呼ばれる。ヒトでは2週間に相当する。しかし,今回の中性子被曝ではこの常識は通用しなかった。

最近,東京大学医学部附属病院の中川恵一氏が日本アイソトープ協会のIsotope News(No. 562, 10-13, 2001年3月号)に2人の臨床経過をまとめている。どうも多くの専門家も腸管死を予想していたようだ。この件でも教科書の書き換えが必要なようである。

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【01/03/14】 点滴チューブの環境ホルモン問題

昨日(3月13日)の22時からのNHKニュースで点滴チューブの環境ホルモン問題が取り上げられていた。「なぜNHKは環境ホルモンの報道開始を1年間も延ばしたのか。」に記載したように,5年前から研究者の間では最大の問題とされていた事項である。もちろん,NHKはあたかも最近になって判明した事実であるかのように装い,山形大学附属病院の研究の成果として報道していた。
では,なぜ今頃になってこの報道を始めたのだろう。

  • 新聞報道の先行によりNHKも無視できなくなった。
  • 環境ホルモン問題の関心が薄れてきたので,パニックのおそれがなくなった。
  • 解決手段が見つかった。
  • 重要な問題ではないとの確信が得られた。

こんなところだろうか。邪推するに,この5年間に点滴を受けた患者の追跡調査で「環境ホルモン」の影響と思われる症例が見つからなかったのであろう。少なくとも,NHKの報道姿勢が変化した可能性は皆無のようである。

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【01/03/11】 身分詐称

仮に東京大学文学部の教授が農薬の催奇形性についてコメントしたとしたら,「東大教授も○○には催奇形性があるといった」と報道して良いだろうか。私はこれは明らかな身分詐称だと思う。

昨年,大阪大学理学研究科の植村振作助教授が退官した。高分子物理化学研究室に所属し,プラスチックの構造という生物から最も遠い分野が専門であるにもかかわらず,趣味で野生のサルの奇形などについて研究していた「市民の側に立つ化学者」である。

これからも植村氏は「元阪大助教授」の肩書きを生かして活躍するのだろう。科学的事実より「市民の側に立つこと」を優先させながら。

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【01/03/04】 安全の論理,必要の論理,自由の論理

農薬の擁護論は「安全の論理」と「必要の論理」に大別できる。このHPの雑文も大方このどちらかに分類されるだろう。しかし,私はこれ以外に「自由の論理」があっても良いと考えている。

無農薬栽培では農薬を一切の使ってはいけないという。それなら,殺虫剤である除虫菊粉剤も殺菌剤として登録されている重曹製剤も許されないことになる。液化窒素さえ許されないだろう。畑のモグラを退治するために液化窒素を流し込んで酸欠死させても,その畑でとれる作物の安全性には何の問題もないだろうといった理屈は通らない。「無農薬」とは宗教なのである。

無農薬が宗教である以上,私にはこれを否定する理由はない。信教の自由は守られねばならない。しかしそれなら,農薬を使う普通の栽培も「宗教上の理由で」拒否されるべきではない。無農薬信者が通常の農業を否定するのは困った宗教問題である。

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【01/02/25】 カエル界の異変

昨年の日本農薬学会誌(25, 468-469, 2000)に東京農業大学の満井喬先生が「カエル界の異変」と題する論説を載せている。内容は多くの事例で寄生虫が真犯人であること,イソプレンやDDTが原因であるとの説は誤りであることなどである。興味のある方は一度読んでおくべきだろう。

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【01/01/21】 ドベネックの樽

皆さんはドベネックの要素樽をご存じだろうか。私は中学で習った記憶がある。ドベネックの樽とは,植物の生育を樽の中の水の量にたとえ,各肥料成分を樽を構成する板にたとえた図である。これは,リービッヒの最少養分律の考えを拡大したもので「植物の生育は,関係する種々の要因の中で供給割合の最も少ない因子(制限因子)に支配される。」との実験事実に基づいている。

この樽の図をみれば化学肥料の重要性が中学生にも容易に理解できる。たとえば,マグネシウム(Mg2+)だけが足りない土地ならマグネシウムだけを肥料として補えば良く,マグネシウムを少ししか含まない有機堆肥を入れるのはかえって硝酸態窒素過多によって自然破壊を招きかねないことがわかる。

もっとも, 有機堆肥礼賛者の考えはこのドベネックの樽にはほど遠い。その考えとは,「植物の生育に必要な微量要素とは「ミネラル」である。ミネラルは「有機物」であり,無機金属イオンなどではありえない。有機物である以上,有機肥料でその不足を補うのは当然である。」だろう。

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【01/01/07】 21世紀の移植医療技術の進歩に期待する。

21世紀に実現してほしい科学技術の筆頭は「永久歯を何度でも生えさせる技術の確立」である。このインパクトは大きい。現在の歯医者はほとんど失業し,ごく一部が歯芽移植医として生き残る。大学の歯学部もなくなり,国民の医療費も歯医者の分だけ激減する。結構大きな産業である入れ歯関連産業も壊滅する。

しかし,私はそれまで待てないので今年こそ早めに歯医者に行こう。

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