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●いま安全といわれている農薬も将来危険であることがわかるかもしれない。

この議論はだいたい3種類に分類できる。当初予想もしなかった問題点が見つかる場合,毒性試験の不備による場合,当局が規制の基準を変える場合の3つである。これらを混同しては将来が見えてこない。重要なのは「だから農薬は使うべきではない」との短絡的な結論に陥らないことである。

【01/01/28作成】

この議論が一面の真理をついていることは確かである。しかし,この話はだいたい3種類に分類できる。代表的な例が,フロンサリドマイドクロルピリホスである。

フロンは以前は安全だといわれていたが今は危険な化合物だとわかった。」という。しかし,「フロンは安全だった」というその安全性については今も変わりはない。爆発性や引火性については今も安全であり,経皮毒性や吸入毒性などにも問題はない。問題はオゾン層破壊という当初予想もしなかった問題点が見つかったことにある。

サリドマイドはこれとは異なる。サリドマイドは開発当時の催奇形性試験では陰性と判断されていた。にもかかわらず,実際にはヒトに対し催奇形性があったのである。当時の毒性試験が不備であった一例であるが,いまなら陽性と判断される。その後の試験方法の進歩は著しい。

3つめは当局が規制の基準を変えることである。農薬は日々進歩し,安全性を含めて優秀な農薬が次々と開発されている。より安全な農薬が増えれば,規制当局は安全性の基準を引き上げる。最近の米国でのクロルピリホスの規制もこの実例である。幼児については毒性が高いものとみなして規制を強めた。この場合,実際にクロルピリホスが幼児に影響することが明らかにされたわけではない。そう考えようという規制の強化にすぎない。

これに関連するのだが,当局は新たな規制基準を設定し,そのための試験成績を要求することがある。そのとき農薬会社はその試験にかかる費用と今後販売を続けて得られる利益を天秤に掛ける。その結果,費用がかかりすぎると判断すれば農薬登録を取り下げる。これを「安全性の問題で農薬が禁止された」と喧伝する御仁がいるのは困った問題である。

以上述べた3点とも,確かに「科学の進歩によって」で一括することができる。しかし,これらを混同しては将来が見えてこない。

「フロン」であれば今後全く新しい安全性の問題が発生する可能性があるかが問題となる。環境ホルモンの問題がこれに該当すると考える方がいるかもしれない。しかし,環境ホルモンの問題とは,ヒトでの被曝が次世代に及ぼす影響と環境中で生物に及ぼす影響である。これらは以前から農薬登録に必要な種々の毒性試験や環境毒性試験に組み込まれている。新しい問題が提起された訳ではない。

最近の農薬では易分解性が重視されている。分解物にも注意が必要だが,とにかく環境中で速やかになくなれば環境への影響は少ないだろう考えである。この基本概念が変更される可能性は少ない。今後,種々の生物への影響について詳しい試験が必要になるだろうが,全く新しい安全性上の問題点が発生するとは考えにくい。

安全性試験については日々進歩している。従来の毒性試験の手法が大幅に変更されれば,今までの発癌性や催奇形性などの毒性試験の結果が見直される可能性は十分にありうる。今後,「“ヒトに近いラット”を用いた毒性試験」や「ヒトの細胞や器官を用いた毒性試験」が一般化する可能性は大きい。

しかし,農薬の安全性を考える大原則は「毒性は量の関数」である。安全性試験の最も重要な部分は発癌性試験などでラットなどでの無毒性量を求め,これに種差と個人差に関連する安全係数を乗じてADI,つまり「ヒトが摂取しても問題のないと考えられる量」を求めることにある。今後,遺伝子組換え技術によりヒトの代謝酵素系を持つ実験動物が作出されれば,安全係数はもっと精緻化される。それにより,一部の農薬の規制値は引き下げられるかもしれないし,引き上げられるかもしれない。

では,いままで発癌性がないとされていた化合物が発癌性試験で陽性になったり,催奇形性がないとされていた化合物が催奇形性試験で陽性になったりする可能性はどうだろうか。もちろん,この可能性は十分にある。しかし,「発癌性や催奇形性があるからその農薬を禁止すべきだ。」が素人考えであることは既に「発癌物質を農薬としてはならないのか。」で議論した。これらの毒性もADIに反映させるのが原則である。

MOについては「発癌性はないといわれていたのにもかかわらず,胆嚢癌を発生させることがわかったではないか。」という御仁がいるかもしれない。しかし,MOの胆嚢癌原因説が誤りであることはすでに明らかにされている。

今年,4月1日に放射線による被曝量の規制値が変わる。この状況は「米国における有機リン剤の規制強化」と似ている。現在の放射線業務従事者の実効線量当量限度は1年間に50 mSv(ミリシーベルト)であるが,新基準では5年間の実効線量当量として100 mSvに変更される。これは「現在は5年間に250 mSvの被曝は安全だといわれている。しかし,今年4月以降は危険になってしまう。」という訳ではない。単に基準が変化しただけである。放射線による被曝は如何に少量でも危険であるとの仮定のもとで,ではどの程度なら職業被曝として許容できるかという規制値の考え方が変わったのである。

農薬の毒性試験であれば,新たな試験を要求してその結果をもとに新たな規制を加えるのではなく,既に存在している毒性試験についてその結果の解釈を変更するような事例がこれに該当する。

耐震基準にたとえるなら「昭和56年の基準で建てられた建物は当時は地震に安全だといわれていた。しかし,平成12年の基準以降は危険だといわれている。今の建物だって将来危険なことがわかるに違いない。だから建物は建てるべきではない。」という論理になる。ここでも,「安全だといわれていた」というその安全性には変化はない。

「いま安全といわれている農薬も将来危険であることがわかるかもしれない。」との議論が一面の真理をついていることは確かである。問題は「だから農薬は使うべきではない」との短絡的な結論にある。「頭痛がするのは頭が存在するからである。よって,頭痛をなくすためには頭を切除すれば良い。」と考える医者はいない。

 

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