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「インターネット討論,地球法廷-食料の安全性と環境」;雑感 (2)サラダの項目にみる残留農薬の議論の虚構性

【00/04/16】

NHKはホームページ【すでに削除】で「インターネット討論,地球法廷-食料の安全性と環境」を開催している。4月3日からは「ステーキセットからみた安全性と経済性」というテーマを具体的に示し,「サラダには環境ホルモンの疑いのある農薬が残留している」,「レモンには発癌性の危険のあるポストハーベスト農薬が大量に使われている」などと記載されている。しかし,そこに示された毒性などの根拠は専門家の批評にはとても耐え得ない素人だましのものにすぎない。ここでは,サラダの項目にみられた農薬の「環境ホルモン作用」の議論についてその具体的な問題点を指摘する。

最初に,この項目の文章表現と論理構成に関心したことを素直に認めておく。NHKの得意技がいかんなく発揮されている。この手の文に慣れていない者なら,たとえうさん臭さを感じてもごまかされてしまうかもしれない。見事な洗脳能力というほかない。おかげで,私の批評も長文となってしまった。

この文でも早く英文訳がみたいものである。「環境ホルモン」をどう訳すか楽しみである。どうみても,外因性内分泌攪乱化学物質とは違った意味で用いている。しかし,NHKが「環境ホルモン」の報道をはじめた2年前ならいざ知らず,今頃この程度の議論しかできないとは恐れ入る。おかげで,2年前に収集した資料をとりださねばならなかった。日本が安全性評価の後進国であることを改めて認識した次第である。

まず,NHKがアップロードしているサラダの項目のうちに農薬の「環境ホルモン作用」関する部分の全文を引用する。この文章についても引用した旨をNHKの「地球法廷」プロジェクト事務局(nuclear-4@nep21.nhk-grp.co.jp)に連絡済みである。

散布された農薬は、日光や微生物などの作用によって分解されますが、一部は農作物に残留することがあります。1997年度に厚生省が行った食品の残留農薬検査によると国産野菜の残留農薬検出率は0.50%、輸入野菜の残留農薬検出率は0.87%となっています。サラダに使われるレタス・トマト・きゅうりから検出された残留農薬の中には内分泌撹乱化学物質、いわゆる環境ホルモンとされているものがあります(いずれも残留基準値以内)。環境ホルモンとは、動物の生体内に取り込まれた場合に、本来その生体内で営まれている正常なホルモン作用に影響を与える物質です。動物の体内であたかもホルモンのような作用を及ぼし攪乱することを通じて、生殖機能を阻害したり、悪性腫瘍を引き起こすなどの悪影響を及ぼしている可能性があることが指摘されています。動物では雄の精子数の減少や雌の卵巣異常などが見つかっています。
環境庁は現在約70の化学物質を内分泌撹乱の疑いがあるとしており、リストを発表しています。うち40種ほどが農薬の有効成分です(現在日本で登録されているもの20種)。環境ホルモンについては、物質と異常の因果関係やメカニズムなど、まだわかっていない事が多くありますが、極めて微量でも生体に作用を及ぼすと考えられています。農薬工業会は、これらの農薬が環境ホルモン作用を示すという科学的根拠が十分ないにも関わらずリストに掲載するのは適切でないとして環境庁に申し入れています。
アメリカ政府は96年に、食品に含まれる毒性評価項目の中に環境ホルモン作用についての項目を追加しました。日本では農水省が農薬登録の試験方法の見直しと環境ホルモン作用の有無の判別のための技術確立を2001年度中に行うとしています。

まず,いわゆる環境ホルモン問題は野生生物とヒトとの問題を峻別して議論しなければ意味がないことを指摘しておく。作物残留の問題であればヒトに対する安全性を議論すべきである。

散布された農薬は、日光や微生物などの作用によって分解されますが、」に関して,分解にもっとも大きく寄与するのは植物自身の代謝能力である。この程度の常識も知らず農薬の残留を論じるとは恐れ入る。また,茎葉処理散布剤をイメージしているのなら,葉の上で微生物などの作用で分解されることなどほとんどない。土壌分解の話と混同しているのだろうか。

一部は農作物に残留することがあります」も理解しがたい表現である。少なくとも散布直後には残留しており,それが徐々に減少していき一定時間経過後に基準値以下となりそのあと検出限界以下となるのにすぎない。茎葉処理では基本的に「一部は必ず農作物に残留している」と考えるのであり,その残留量を考察するのである。検出限界以下であることと「残留がない」ことの区別がつかないとは呆れる。

これに関連して「1997年度に厚生省が行った食品の残留農薬検査によると国産野菜の残留農薬検出率は0.50%、輸入野菜の残留農薬検出率は0.87%となっています。」に関し,このような議論ではしばしば検出率があまりにも重視されるが,これも誤りである。検出限界未満の農薬が存在していることと検出限界以上の農薬が存在していることに本質的な差はない。重要なのは基準値との比較である。ただ,実際に存在しないために検出限界以下となっている農薬が大部分であることも確かである。これは,NHKなどの偉大な功績である。実際には使われない農薬はどこからの反対もなく簡単に残留基準を設定でき,残留基準の数が増えたと進歩的な消費者に褒めてもらえる。おまけに,農薬会社としても「農薬は検出されることさえ例外ですよ」といえ,分析機関も仕事が増えて潤う。私は分析機関のマンパワーと国民の税金とは有効に使うべきだと考えているが,リスク論を理解できるごく少数の者の意見にすぎない。

検出された残留農薬の中には内分泌撹乱化学物質、いわゆる環境ホルモンとされているものがあります」はもちろん正確ではない。環境庁の公開した「内外の文献に内分泌攪乱作用に関し記載されたことのある化合物をその信憑性を考慮せずに単にまとめただけのリスト」に記載があったにすぎない。これについてはあとで議論する。もし反論があるなら,個々の農薬について具体的になぜ環境ホルモンとされているのかという根拠を示す必要がある。それができないなら,これは虚報といえるだろう。

環境ホルモンとは、動物の生体内に取り込まれた場合に、本来その生体内で営まれている正常なホルモン作用に影響を与える物質です。動物の体内であたかもホルモンのような作用を及ぼし攪乱することを通じて、生殖機能を阻害したり、悪性腫瘍を引き起こすなどの悪影響を及ぼしている可能性があることが指摘されています。動物では雄の精子数の減少や雌の卵巣異常などが見つかっています。」はわざと読者に誤解を与えることを意図した文章である。これをみると,あたかも「生殖機能を阻害したり、悪性腫瘍を引き起こすなどの悪影響を及ぼしている」ことや「動物で雄の精子数の減少や雌の卵巣異常などを引き起こす可能性のあること」が実際の毒性試験によって明らかにされている農薬が存在するかのような印象を読者に与えるであろう。もちろん,「ヒトでの精子数の減少」については現在では否定的な見解が多いことはいうまでもない。

もし,これらの可能性があれば現在の精緻な毒性試験で判明している。「生殖機能の阻害」は二世代繁殖毒性試験で検出され,「悪性腫瘍を引き起こすなどの悪影響」は慢毒/発ガン試験で検出される。農薬にはなぜ登録制度があり毒性試験が必要とされているのかという基本的な常識すらない者の妄言といえるだろう。これらを見逃すようでは農薬の登録制度が意味をなさない。「動物で雄の精子数の減少や雌の卵巣異常」も二世代繁殖毒性試験で把握でき,最近の試験なら検査項目にある。

以前,ドーズレスポンスの議論もあった。低濃度の投与でしか現れない毒性が存在するとの話である。しかし,現在ではその可能性はほぼ否定されている。

動物の体内であたかもホルモンのような作用を及ぼし攪乱することを通じて」も基本的な誤りである。NHKでは「環境ホルモン」の定義すら怪しいようだ。NHKがこの奇妙な造語によって科学的議論を混乱させ自らも混乱に陥っていることの象徴かもしれない。外因性内分泌攪乱化学物質(以下,EDCs)は「内分泌系の機能に変化を与え、それによって個体やその子孫あるいは集団(一部の亜集団)に有害な影響を引き起こす外因性の化学物質又は混合物」と定義されている。「生体内のホルモンの合成,貯蔵および放出の異常,ホルモンの輸送あるいはクリアランスの異常,受容体の識別あるいは結合の異常,受容体結合後のシグナル伝達過程の異常など様々な形をとって障害を起こす」のである。「動物の体内であたかもホルモンのような作用を及ぼし攪乱することを通じて」であれば比較的話は簡単である。化学構造が女性ホルモンなどと似ていることだけを根拠にすればよい。NHKは,あとで記載されている農薬が女性ホルモンと構造が似ているとでも信じているのだろうか。一度,化学構造式を調べてみるとよいだろう。たとえ素人でも,メソミルとエストロジェン(エストロン,エストラジオール,エストリオール)の構造の差ぐらいは理解できるであろう。

すでに述べたように「環境庁は現在約70の化学物質を内分泌撹乱の疑いがあるとしており、リストを発表しています。」は悪質な欺瞞である。はたして,NHKの担当者は通常の社会人としての常識を有しているのだろうか。警察が「現在捜査している殺人事件の容疑者約70人のリスト」を公開するはずがない。似たような理由で,環境庁が「内分泌撹乱の疑いがあると考えている化合物のリスト」など公開することはあり得ない。それ以前に,環境庁にはそれを判断するだけの「捜査能力」がなく,「指名手配」などできるはずがない。せいぜい,うわさ話を集めるぐらいの能力しかない。農水省でさえ毒性試験の評価は全て厚生省に任せている。農薬のヒトに対する安全性は厚生省が医薬品以上の安全性の基準で評価しているのである。環境庁に,厚生省によって認可されている医薬品の安全性を云々できる能力などあるはずがない。もちろん,環境に対する安全性については厚生省は関知していないことはいうまでもない。

環境庁のリストに関しその本文には以下の記載がある。
環境庁では1997年3月に専門家からなる研究班を設置し、内外の科学的文献等のレビュー結果及び今後の課題をとりまとめた。その報告では、これまでの内外の文献において内分泌攪乱作用をもつと疑われている物質(群)が約70あるとしている。

これをどう読めばNHKのいう「内分泌撹乱の疑いがあると環境庁が考えている化合物のリスト」になるのだろうか。もちろん,このようなリストを公開すればNHKなどに悪用されることは十分に予想されたはずで,環境庁の軽率さは非難されるべきである。しかし,内容を理解できない素人だからこそ公開したともいえる。

しかし,もし公的な組織が公開するならどのような文献に記載があったか,そして,その文献にはどのような理由でリストアップされているのかを明らかにせねばならない。これは最低限のルールである。「文献に書かれてましたから環境ホルモンのリストに入れました」では農薬会社も反論のしようがない。警察が「近所で殺人犯だと噂されているもののリスト」を公開し,「それでいつ頃どこで誰を殺したというのですか。」と尋ねても「それは知りません。ただの噂ですから。」では困る。農薬工業会の主張もそこにあり「どんな毒性試験結果などのデータをもとにリストに入れたかいってくれ」というのである。至極当然の主張といえる。NHKが「農薬工業会は(中略)適切でないとして環境庁に申し入れています。」とあたかも農薬工業会が理不尽な主張をしているとのニュアンスで書いているのは理解に苦しむ。理不尽なのは環境庁であり,当時の環境庁環境保健部環境安全課の担当者である。

大騒動のあったスチレンオリゴマーにしても環境ホルモンにされた根拠は「ポリスチレン製造の副産物(Dimers: 0.94%, Trimers: 69.5%)を用いて,22日令の雌ラットに単回腹腔内(100, 300, 1000 mg/kg)投与した試験において,1000 mg/kgで膣開口の早期化がみめられた(Dow Chemical, 1978, unpublished)。」という情報にすぎない。投与量と投与経路の意味を理解できる専門家からみれば根拠にはならないような些細な事項である。しかし,根拠がはっきりしていれば反論もできる。スチレン類についても膨大な時間と労力をかけて潔白が証明されている。

アメリカ政府は96年に、食品に含まれる毒性評価項目の中に環境ホルモン作用についての項目を追加しました。」とはいったい具体的にはどの政府機関がどのような企業あるいは機関にどのような義務を課したというのだろう。「アメリカ政府は」というのも素人っぽい。

まず,「食品に含まれる毒性評価項目」という文節がいったい何を意味しているかわからない。仮にこれを「今後は,農薬と食品添加物について毒性評価の一環として環境ホルモン作用についても評価するように定められた。」と読んでも意味をなさない。96年は米国でOur Stolen Futureが発売された年である。「EDCs作用の実態も調査する必要がある」とEPAが判断し,各研究機関にその試験委託を始めた時期にあたる。毒性評価のための方法がある程度固まったのは98年3月の「内分泌攪乱物質のスクリーニングと試験のための諮問委員会(EDSTAC)」でのドラフトレポート完成を待たねばならない。どうみても時期的にあり得ない。要するに「毒性評価」とはいったいどのようなものかという基本的な知識のないNHKのなんらかの誤解に基づく記載なのだが,なにをどう間違えたのだろう。それすら見当がつかない。食品品質保護法(FQPA)と安全飲料水法(SDWA)のつもりなら制定されたのが96年であっただけにすぎない。

その上,どのような意図で書かれた文なのかも皆目わからない。「先進国のアメリカは早くから農薬の環境ホルモン作用の重要性に着目しており農薬について優先的に試験を始めています」とでもいいたいのだろうか。「先進国のアメリカ」では農薬はほとんど重要とは考えられていない。生産量が多く難分解性の化合物が重視されている。1998年頃にはOur Stolen Futureの虚構性の部分がリスク論に基づき正しく評価され,環境ホルモンの議論など実質的には終わっている。

日本では農水省が農薬登録の試験方法の見直しと環境ホルモン作用の有無の判別のための技術確立を2001年度中に行うとしています。」という文章では,ヒトに対する影響の部分と環境に対する影響の部分がごちゃ混ぜになっている。今まで「環境ホルモン作用の有無」は全く試験されていなかったとの誤解を読者に与えることを意図したのだろうか。

まず,ヒトに対する安全性については現在の毒性試験で基本的には足りているとの認識で一致している。さらに,正確さを期してたとえば繁殖毒性試験では精子の数も正確に測定するといった検査項目を少し増やすだけで十分との認識である。「環境ホルモン作用の有無の判別のための技術確立」とはイボニシやワニのお話に代表させる生態系に配慮した事項である。しかし,いままで日本において農薬がその環境ホルモン作用により生物に悪影響を与えたという確実な証拠がいまだにないことにも注意が必要である。魚の雌化などの真の原因も明らかにされつつある。私の記憶でも,カルバリルメダカの孵化に悪影響を与えているという虚偽の報道しか知らない。

余談になるが,カルバリルはイネでは主に秋に東北,北陸,北海道で用いられる。メダカの産卵に影響することは時間的にも空間的にも無理であり,しかも,カルバリルそのものには環境ホルモン作用はおそらくない。あるとすれば,分解物であるα-ナフトールにである。要するに試験方法にも問題があり,評価も環境化学試験の体をなしていない。PEC/PNEC比での評価は常識である。

スチレン類に関して述べたように,これがEDCsとされた最大の理由は毒性試験が存在したことにあった。私は定量的構造活性相関(QSAR)が専門の1つであり,構造式をみただけで,ある程度エストロジェン様活性の有無の見当はつく。しかし,たとえケミストが構造式をみてEDCsの可能性が大きいと判断しても毒性試験の存在しない化学物質ではこじつけようがない。それが,「文献にあったのを並べただけのリスト」に農薬の多い理由である。農薬の毒性データは充実しており,その一部だけを取り出せば「EDCsの可能性がある」などとこじつけるのはたやすい。

当初よりOur Stolen Futureが良い意味でも「よくできた化学怪談話」と評されていた。事実,コルボーンもそれを肯定し英語版では「科学の探偵物語」と表紙に付記している。私は,これを読んで「野球マンガの消える魔球の解説」のようだとの印象を受けた。少なくとも,いまどきこれを科学書だと考えているのはNHKぐらいだろう。

一般に,文科系の人間は機械的な思考をする傾向が強い。そのため,試験管内でおこる現象が実際の生物でも反映されると考えやすい。エームス試験で陽性なら発癌性があるはずだなどの世迷い言をいう御仁までいる。

内分泌攪乱化学物質の検出に関連するビトロ(試験管の段階)での試験の数は多く,その一部で陽性を示す農薬も存在する。しかし,ビトロでの試験は生物の機能のごく一部を反映したものにすぎない。そのため,多くの試験を組み合わせて全体像を探るのである。そうでなければ「群盲象を撫でる」の愚を犯すこととなる。語彙不足で不適当な表現しかできないことをお詫びする。

たとえば,ヒル反応という植物の光合成にとって重要な反応があり,その反応を阻害する除草剤がある。その酵素を阻害する活性が強くとも実際には除草活性の全くないことも多い。ビトロの試験だけで簡単に農薬が見つかればこんなに楽なことはない。われわれはそれで苦労しているのである。機械的な思考しかできない文科系の人間には生物や生態系の複雑さなどは到底実感できないだろう。

この文でも,だれがみても明々白々たる内容の誤りを具体的に指摘し,誤字脱字に類するような記載上の問題点さえ指摘した。しかし,おそらくNHKは一切これを無視するであろう。NHKはもともと「正確な報道」を目指してはいない。NHKの考える独りよがりな「正しい報道」を目指しているのである。NHKは農薬を攻撃することはたとえウソの内容であっても「正義」とでも考えているのだろう。このサラダの項目からはそれを強く感じる。もっとも,こう書けば少しは考えるのではないかとも期待しているのだが。 

 

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