NHKインターネット公開中,
「インターネット討論,地球法廷-食料の安全性と環境」;雑感(5)パンの項目にみる小麦における残留農薬の議論の虚妄性【00/05/22】
NHKはホームページ(すでに削除)で「インターネット討論,地球法廷-食料の安全性と環境」を開催している。4月3日からは「ステーキセットからみた安全性と経済性」というテーマを具体的に示し,「サラダには環境ホルモンの疑いのある農薬が残留している」,「レモンには発癌性の危険のあるポストハーベスト農薬が大量に使われている」などと記載されている。しかし,そこに示された毒性などの根拠は専門家の批評にはとても耐え得ない素人だましのものにすぎない。ここでは,パンの項目に記載されている残留農薬の議論についてその誤りを指摘する。
まず,全文を引用する。引用した旨は,地球法廷プロジェクト事務局(forum@www.nhk.or.jp),NHKホームページWebmaster(webmaster@www.nhk.or.jp)に連絡済みである。
1997年度、98年度の厚生省による残留農薬検査では、小麦およびパンから、ポストハーベスト農薬として使用されるマラチオン(殺虫剤)とクロルピリホスメチル(殺虫剤)臭素(殺虫剤)が検出されています。(マラチオンは基準値内、臭素で1件が基準値違反、クロルピリホスメチルは残留基準値はない)マラチオンは内分泌攪乱作用を有すると疑われる化学物質(環境ホルモン)です。日本はパンの原料となる小麦を、アメリカやカナダ、オーストラリアから年間およそ600万トン輸入しています。これらの国では小麦に対し貯蔵、輸送の際の腐敗防止、防虫などの必要性から収穫後にポストハーベスト農薬を使うことが認められています。国際穀物市場では、多国籍商社が世界各地に生産・加工・流通のネットワークを持っています。穀物商社は、農家から買い付けた穀物を国際相場をみながら出荷するため、倉庫に長期貯蔵をすることがあります。それに伴い、ポストハーベスト農薬の散布を行うことがあります。
NHKの主張は「輸入小麦には保存等の必要性からポストハーベスト農薬が多く使われており,国産小麦に比べ農薬の残留がはるかに多く,安全性上の懸念がある。」であろう。しかし,文章をよくみると不思議なことに気付く。国産小麦と輸入小麦の残留量の比較について言及していないのである。これでは論理になっていない。
1997年度、98年度の厚生省による残留農薬検査では、
ここでいう厚生省による残留農薬検査とは(社)日本食品衛生協会の発行している厚生省生活衛生局食品化学科編「食品中の残留農薬」の最新刊を意味しているものと思われる。内容は「平成10年度食品中の残留農薬の1日摂取量調査結果」「平成10年度加工食品中の残留農薬検査結果」「平成9年度食品中の残留農薬検査結果」の3つである。私はまだこの本を入手していない。「1997年度、98年度の」とは小麦については「平成9年度食品中の残留農薬検査結果」を,パンについては「平成10年度加工食品中の残留農薬検査結果」を参照したとの意味であろう。なお,小麦では国産小麦と輸入小麦を分けて分析結果を公表しているが,加工食品では原材料について一切言及していない。また,平成9年度加工食品中の残留農薬検査結果にはパンという項目はなく,おそらく,平成10年度の資料にもパンという項目は存在しないであろう。ポストハーベスト農薬として使用される【中略】臭素 (殺虫剤) が検出されています。
臭素は殺虫剤ではなく,ましてや,ポストハーベスト農薬として使えるはずがない。臭素を分析するのは燻蒸剤として使用した1,2-ジブロモエタン等の臭素化合物の残留をみるためであるが,燻蒸剤はポストハーベストとは異なる種類の防疫剤である。また,臭素はもともと植物にも含まれるため国産品,輸入品を問わず検出されやすい。厚生省による残留農薬検査では、小麦およびパンから、ポストハーベスト農薬として使用されるマラチオン(殺虫剤)とクロルピリホスメチル(殺虫剤)臭素(殺虫剤)が検出されています。
この手の文に慣れていない者なら,この文章を「厚生省による残留農薬検査では輸入小麦とその小麦で作ったパンのみからマラチオン,クロルピリホスメチル,臭素が検出されている。これらが検出されたのはポストハーベスト農薬として使用されていたためである。」と読むだろう。そう読まなければあとの文章と整合性がとれない。まず,小麦について検討する。以下に,手元にある95年度と96年度の厚生省による残留農薬検査結果資料を用いて小麦でのマラチオンとクロルピリホスメチルの残留量を示した。
マラチオン(基準値は8.0ppm)
年度 国産・輸入 検査数 検出数 検出範囲(ppm) 検出率 95 国産品 25 7 0.002-0.02 28% 95 輸入品 98 30 0.01-0.75 31% 94 国産品 16 5 0.005-0.018 31% 94 輸入品 62 16 0.01-0.73 25% クロルピリホスメチル(基準値はない)
年度 国産・輸入 検査数 検出数 検出範囲(ppm) 検出率 95 国産品 6 4 0.007-0.018 67% 95 輸入品 83 22 0.008-0.91 27% 94 国産品 5 0 - 0% 94 輸入品 22 7 0.02-0.25 32% マラチオンでは確かに検出された残留量は輸入小麦の方が多い。しかし,NHKの大好きな検出率の議論をすれば「両者にはほとんど差はなく,平成7年度ではむしろ国産の方が検出率が高い。」といえる。
クロルピリホスメチルについても検出された残留量は輸入小麦の方が多いが,8年度国産小麦にも6例中に4例も検出されている。以上のように,NHKは「厚生省による残留農薬検査では、小麦およびパンから、ポストハーベスト農薬として使用されるマラチオン(殺虫剤)とクロルピリホスメチル(殺虫剤)臭素(殺虫剤)が検出されています。」と,あたかも輸入小麦からはマラチオンとクロルピリホスメチルと臭素が検出されているが,国産小麦からは検出されていないかのごとく記載しているが,これは明らかな欺瞞である。また,国産小麦でもマラチオンとクロルピリホスメチルが検出されていることは,たとえポストハーベスト農薬としてこれらを使わなくとも小麦中に残留している可能性のあることを示唆している。もっとも,輸入小麦の残留量についても特に問題となるような量とはいえない。
次に,パンについて議論する。NHKは厚生省の残留農薬検査でパンからマラチオンとクロルピリホスメチルと臭素が検出されたと記載しているが,事実であろうか。まず,パンの臭素は常識があれば分析などしないであろう。マラチオンとクロルピリホスメチルについては,私も厚生省以外の分析データでパンから検出したとする事例を知っているが,厚生省がパンからこれらを検出したというデータは知らない。おそらく,NHKの捏造であろうが確信はない。なお,手元の97年度の厚生省の「加工食品中の残留農薬検査結果」ではマラチオン,クロルピリホスメチルとも全ての加工食品に検出されていない。
マラチオンは内分泌攪乱作用を有すると疑われる化学物質(環境ホルモン)です。
この議論の虚構性については,すでに「雑感(2)のサラダの項目」で明確にした。NHKのいう安全性の論点をもう一度整理しよう。修飾語を除けば「残留農薬検査で、(輸入および国産の双方の)小麦からマラチオンとクロルピリホスメチルと臭素が検出された。パンからもマラチオンとクロルピリホスメチルが検出されたとの(おそらく,厚生省以外の機関の)報告もあるが,原料が輸入小麦か国産小麦かについては明確でない。」となる。あとは,小麦の輸入量とポストハーベスト農薬の一般的説明にすぎない。結局,どこにも安全性の論点などは存在しなかったのである。
インデックス 目次 要点 トップ