
●環境ホルモン濫訴事件(1) 松井講演に関する見解(総論)環境ホルモン濫訴事件に関し,京都大学松井教授が第7回内分泌撹乱化学物質問題に関する国際シンポジウムにおいて行った講演につき論評する。
【05/10/30作成】
環境ホルモン濫訴事件とは,平成16年12月に開催された「第7回内分泌撹乱化学物質問題に関する国際シンポジウム」のセッション「リスクコミュニケーション」において,京都大学松井三郎教授が「消費者,製造業者,行政,科学者の間で,産業によって製造された内分泌攪乱物質のリスクコミュニケーション」と題する講演(アブストラクトなどは環境省のウェブページから見ることができる)を行い,これに対し産総研の中西準子先生が自分のウェブサイトで論評したところ,松井教授から名誉毀損で訴えられたという,奇々怪々な事件である。
私はこれを「環境ホルモン問題という巨大な利権を失いかけている御用学者の最期のあがき」と受け取ったが,研究者の一人としてこの問題を見過ごしにはできないと考え,若干私見を述べさせていただく。ただ,松井教授から名誉毀損の訴訟を起こされても困るので,論評では過激な表現を避け,浦野紘平教授や常石敬一教授を批判した程度にとどめる。京都大学教授であり環境ホルモン学会の副会長をもつとめる松井教授が,一介の路傍のケミストにすぎぬ私を訴えるとも思えぬが,念のためである。
この事件については「環境ホルモン濫訴事件:中西応援団」なるホームページがあり,経緯と資料が論評とともにまとめられている。私も一応全体に軽く眼を通したが,今回は事前に公表されたアブストラクト,学会発表のスライド(pdf)16枚およびテープからおこされた講演内容をもとに論評することにとどめる。
松井三郎教授にとってリスクコミュニケーションとはなにを意味するのか。
普通の常識ある研究者なら,この講演スライドを一目見て,「この講演のどこがリスクコミュニケーションなのか」と首を傾げるに違いない。いくら甘い評価をしても,リスクコミュニケーションに該当するのは最後のスライド1枚だけである。これに対し,「中西応援団」の多くの方が,「講演があまりにも下手である。」などと指摘しているが,私はそうは思わない。私の感想は「松井教授はこのような講演を行うのに値しない人物(一般的表現だと,うそつき)」である。うまい,まずいの問題でなない。「レストランでカレーライスを注文したら,鰈(かれい)とライスが出てきた。」,そんな状況である。しかも,メニューには「カレーライス」だけが写真入りで記載されている。
この講演の演題は(奇妙な日本語だが)「消費者,製造業者,行政,科学者の間で,産業によって製造された内分泌攪乱物質のリスクコミュニケーション」である。もちろん,「産業によって製造された内分泌攪乱物質」の話など一言もないのだが,リスクコミュニケーションについて「消費者,製造業者,行政,科学者の間で」とわざわざ記載しているのも興味深い。表題にこのように明記すれば,それぞれの間でどのようなリスクコミュニケーションがあるのか講演でその差異を議論しなければならない。そのように考えるのが普通の研究者である。しかし,松井教授にそのような常識は通用しない。リスクコミュニケーションの議論そのものが講演にない。
この演題と講演内容の乖離を,松井教授の研究者としての基本的な資質の欠如といえばそれですむ。だが,「消費者,製造業者,行政,科学者の間で」は,松井教授のリスクコミュニケーションに対する特異な認識を示しているように思える。深読みだが,松井教授は行政と科学者(つまり,自分達)との間のリスクコミュニケーションが最も重要と考え,その一環としてこの講演を引き受けたのではないだろうか。
つまり,「私は京都大学教授で,難しい「いい仕事」をしており,しかも,その仕事は重要なのだから,それを理解して,もっと国民の血税から研究費をまわしてくれ。」とお役人にアピールすること,それが松井教授にとってのリスクコミュニケーションなのだろう。そう考えると,講演内容やその後の言動が理解できる。
松井三郎教授はどのような人物を聴講者として想定し講演を行ったのか。
「内分泌撹乱化学物質問題に関する国際シンポジウム」は一般向けと専門家向けの2つのプログラムに分けられ,初日に一般向け,2〜3日目に専門家向けの口演およびポスターセッションがある。私は一度も出席したことはないのだが,初回からこの形式であったと理解している。当然ながら,専門家向けプログラムは英語で行われる。なお,「国際シンポジウム」なのに,なぜか日本でだけ開催される。
最初にスライドを見た時,私は松井教授の講演は一般向けであると理解していた。日本語の講演で,スライドも日本語だけのものが多かったためである。そのため,「一般人相手にこのスライドはないだろう。」と考えていたが,調べてみると専門家向けだった。専門家向けプログラムでも,セッション6のリスクコミュニケーションだけは例外的に日本語だったようである。それでさらに愕然とした。
このセッションでは5つの講演があったが,他の4つの講演は(日垣隆氏のスライドは見つからなかったが)日本語で統一されており,英語は一言も入っていなかった。しかも,スライドを見るだけで講演の意図も論理の流れも理解でき,想定している聴講者も明確であった。
一方,松井教授のスライドは英語と日本語が混在し,しかも,同じスライドの中でさえ英語と日本語が混在していた。スライド間で,表題の形式や色やフォントが統一されていないことはいうまでもない。松井教授は大学時代に研究者として生きていく上で基礎となる基本的な「躾(しつけ)」を受けなかったものと思われる。
実際の講演では,女性ホルモン活性物質の遺伝子発現の話からインディルビンの話に進み,ナノ粒子の話になって「尻切れとんぼ」のように突然時間切れとなったようである。通常,時間が押してきたら中間の部分を簡単にすませて結論に移るのだが,松井教授には計画性がまるでないようだ。スライドを見る限り,最後の4枚が結論だと思うのだが,ナノ粒子以外のスライドは提示されなかったものと思われる。
一般に,総論的な発表では発表者自身の業績を引用することがよくある。ただ,「うまく落ちをつけてつなげる」とか「典型的な例である」とかいわないと失笑を買う。松井教授が前半の部分を結論部分の3枚のスライド(下記)にどのようにつなげるつもりでいたのか,私にはほとんど理解できない。しかし,この例でも一般則が適用できると思われる。すなわち,何を考えているのか分からない人は,大抵の場合,何も考えていない。
- No. 14 化学物質の生命活動に与える多面性
- No. 15 生命科学者が心配すること
- No. 16 行政判断の間違いと予防的対応
さて,「松井三郎教授はどのような人物を聴講者として想定し講演を行ったのか。」だが,もちろん,環境省のお役人と環境ホルモン学会を支援してくれる「プロの市民」を対象として講演したのである。彼等に「なにか分からないけど,松井先生はすごい仕事をしてるんだな〜。」と思わせることが趣旨であり,理解させるのはどうでの良いことなのだろう。それゆえ,普通の学会で発表した英文スライドを使ったものと推測される。
著者注)
この文章を書いた後,「松井教授のリスクコミュニケーションに対する考えの特殊性」について言及しているウェブページを見つけた。chemist_at_univ さんである。先を越されてしまった。残念。以下もご参照下さい。
●環境ホルモン濫訴事件(2) 松井講演に関する見解(各論)【05/10/30作成】
●環境ホルモン濫訴事件(3) 「環境ホルモン問題」は終わっている。【05/11/08作成】
●環境ホルモン濫訴事件(4) 松井教授の「環境ホルモン」の定義【05/11/20作成】
●環境ホルモン濫訴事件(番外) 非イオン界面活性剤オクチルフェノールとその分解物ノニルフェノールは環境ホルモンである。【05/11/20作成】
●環境ホルモン濫訴事件(5) フォンサール教授の「環境ホルモンは母性を失わせる」の問題点【05/12/04】以下は関連事項です
●なぜNHKは環境ホルモンの報道開始を1年間も延ばしたのか。【00/02/06】
この文章を作成した2000年当時の状況がわかります。
●NHK,「インターネット討論,地球法廷-食料の安全性と環境」;雑感(2)サラダの項目にみる残留農薬の議論の虚構性【00/04/16】
【01/05/18】 所沢ダイオキシン風評被害裁判(2)
所沢ダイオキシン風評被害裁判で摂南大学宮田秀明教授が測定したハクサイの分析値のお話です。本文と直接のつながりはありませんが,「著明な環境ホルモン学者つながり」としてお読み下さい。
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