
●環境ホルモン濫訴事件(2) 松井講演に関する見解(各論)環境ホルモン濫訴事件に関し,京都大学松井教授が第7回内分泌撹乱化学物質問題に関する国際シンポジウムにおいて行った講演につき論評する。
【05/10/30作成】
環境ホルモン濫訴事件(「環境ホルモン濫訴事件:中西応援団」の命名に従う)に関し,京都大学松井三郎教授が「第7回内分泌撹乱化学物質問題に関する国際シンポジウム」において行った「消費者,製造業者,行政,科学者の間で,産業によって製造された内分泌攪乱物質のリスクコミュニケーション」と題する講演(アブストラクトなどは環境省のウェブページから見ることができる)につき,スライドをもとに論評する。
すでに述べたように,演題と講演内容は全く異なるが,スライドと講演内容も大幅に異なる。特に,結論と思しき最後の3枚のスライドは提示されなかった可能性が高い。しかし,以下,スライドを主として論評する。
No. 1 リスクコミュニケーション(演題?)
この講演の聴衆は,この1枚目のスライドで面食らったに違いない。演題がなく,「リスクコミュニケーション」というセッション名が,まるで演題であるかのごとく書かれ,その一方で,名古屋国際会議場という必要のない記載がある。その上,松井三郎,Saburo Matsui,Kyoto Universityと書かれており,名前と所属だけ(「京都大学」は書かれていない)が英文であり,統一ができていない。一般の方は,細かなことと思われるだろうが,これだけで研究者としての資質を問われかねない。
No. 2からNo. 4 女性ホルモン活性物質の遺伝子発現など
No. 2はマイクロアレイのスライドなのだが,表題がない。No.3とNo.4のスライドは英文で統一されているが,不親切というほかない。このような総論的講 演では,表題に「いいたいこと」を書くべきで,東洋哲学を論じたければそのような表題も許される。実際に,講演ではこのスライドをつかって東洋哲学が語ら れている。これについてはコメントしない。私も,東洋哲学をハッタリに使ったことがある。修士課程の学生の頃だった。
No. 5 屎と尿分離型トイレ
便器の絵だけだが,「合併浄化槽と19世紀形下水道の根本的間違い」と書かれている。しかし,絵と「いいたいこと」が異なっていることには何の問題もない。問題は,「このスライドを出したのは工場から出た化学物質が下水道を通過するから」に始まる支離滅裂な議論にある。インディルビンの話につなげるためのスライドだろうが,つながっていない。
No. 6から No.11 インディルビンとAhR(芳香族炭化水素受容体)
長い話だが自らの業績の誇示以外の意味は見いだせない。
No. 12 ベンゾピレンの酸化活性化
特にコメントはない。
No. 13 表題なし(京都新聞のナノ粒子に関する記事)
これがこの濫訴事件の原因となったスライドである。このスライドと講演内容から,中西氏は「環境ホルモン問題は終わった。次はナノ粒子だ。」との内容である理解し,松井教授はそれに反駁し訴訟までおこしている。
実際の講演内容などからみて,どうみても中西氏に分があるが,ここではその真偽について議論しない。しかし,スライドに分かり易い表題をつけるという常識を身につけている通常の研究者であれば,このような「誤解」はおこりえなかった。即ち,松井教授が「ナノ粒子にも環境ホルモンの可能性」といった表題をつけておけばそれで済んだ。
しかし,なぜ松井教授はこのスライドに表題をつけなかったのだろう。No.13からNo.16のスライドは,それまでのスライドと異なり,明らかに本講演のために新たに作成されたものであり,このスライドにだけ表題のないのは不自然である。
蓋し,松井教授も,この新聞記事から「ナノ粒子にも環境ホルモンの可能性」と書くのは誤りであることぐらいは理解できたのだろう。しかし,このスライドを見る役人とプロの市民に,「(真偽は怪しいが)環境ホルモンは脳に影響を与える。」,「ナノ粒子は脳に蓄積する。」,ゆえに「ナノ粒子も環境ホルモンである。」との三段論法で,「ナノ粒子にも環境ホルモンの可能性がある」と誤解させたい,そのような奸計からこのスライドを作成したと考えられる。
松井教授は,「環境ホルモンの研究はナノ粒子に生かせる。」との趣旨だという。このスライドの前に「環境ホルモンの脳への移行」が紹介されていれば,その議論も多少は成立する。しかし,「ナノ粒子にも環境ホルモンの可能性」と書きたかったが,「環境ホルモンの研究はナノ粒子に生かせる。」と匂わすだけでごまかしたというのが真相だろう。
No. 14 化学物質の生命活動に与える多面性
このスライドには,内分泌攪乱,免疫攪乱,神経攪乱などが「多面性」として例示されている。松井教授の意図は「化学物質には急性毒性の他にいろんな毒性があって恐ろしいものだが,内分泌攪乱に代表される「環境ホルモン活性」が最も重要である。」だろう。
その意図は大仰な表題に如実に示されているが,賢明な諸君は,これが日本語として成立していないことに気付かれたと思う。「化学物質の生命活動に与える影響の多面性」など,「影響の」,「効果の」,「毒性の」といった言葉を補わなければ成立しない。もちろん,松井教授もこのことに気付いている。この項目に対し例示されている「内分泌攪乱」,「免疫攪乱」などには全て英語が付記されているが,最も重要な表題についてのみ英文がない。松井教授が,この表題が英訳できない,つまり,非論理的文章であることに気付かぬ訳はない。また,大仰な「生命活動」という表現や「多面性」という表現にも問題があり,「化学物質」にも問題がある。
化学物質の毒性を考えた場合,ヒトに対する毒性か,野生生物に対する毒性かによって観点が異なる。各個体を考えるか,一定区域での種全体を考えるかの差である。内容を見ると,齧歯類等での毒性試験などから推測されるヒトに対する毒性を主に考えていることは明らかで,表題としては「化学物質の環境ホルモン活性がヒトに及ぼす悪影響」が適当であろう。
この表題の「多面性」 という表現は興味深い。日本人の多面性といった場合,「結婚式は神式で挙げるのに葬式は仏式,クリスマスを盛大に祝ったあと,新年には神社に初詣に出かけ る。」などの例が挙げられる。もちろん,日本人の全てがそうではない。敬虔なキリスト教徒は初詣には出かけないだろうし,イスラム教徒が町内会の秋祭りで 御輿を担ぐこともないだろう。つまり,「日本人の多面性」といった場合,その人の考えるステレオタイプとしての「日本人」が思考の背景にある。
そして,松井教授も典型的日本人として化学物質を捉えている。すなわち,化学物質という名前の化学物質が存在すると無邪気に信じている。もし,化学物質を「種々の化学物質」の意味で使うなら,「多面性」ではなく「多様性」を用いるはずである。また,松井教授は「化学物質とは化学物質の中で有害な化学物質をいう。」という定義の信奉者のように思える。「化学物質の多面性」といった場合,同一の化合物が,一方で生物に対して好ましい影響を与え,他方では悪影響を与えるというのが典型例である。
一方,化学物質の哺乳動物への影響の多面性を 正しく論じることはリスクコミュニケーションにとって重要である。すなわち,特定の化学物質が,さまざまな受容体などを介して種々の反応を起こし,さら に,投与量や投与方法や異種,同種の個体によって異なる影響をもたらすことこそが重要である。最も簡単な多面性は以下に示される。
- 低用量:無影響
- 中用量:可逆的影響(暴露をやめれば戻る)
- 高用量:非可逆的影響(毒性)
このスライドは,主にNo.3のスライドに示された「いくつかの女性ホルモン活性物質について調べたら,個々の化合物について,いろんな遺伝子を活性化するという多面性があった。」という試験結果をもとに総括されたものである。松井教授は,「同じ化合物でも,いろんな遺伝子を発現させるから,いろんな(多面的な)毒性があるはずだ。」と考えているようだ。素人が限られた情報を駆使してどのように妄想を組み立てていくのか,常人の私には解析困難というほかない。
No. 15 生命科学者が心配すること
このスライドには,「ヒトに対し問題となる化合物はライフステージ毎に異なる」と「生態系への影響」について述べられている。松井教授は自らを「生命科学者」と規定していることも興味深い。
前者は,毒物学者にとっての常識である。たとえば,農薬登録に必要とされる種々の毒性試験は,同じ化合物であってもライフステージ毎に異なる毒性を示す可能性があることを前提に構築されている。一方,松井教授が「生命科学者が心配すること」に示したのは,「現在の毒性試験の体系は不十分であり,捉えきれていない毒性項目が存在する。」と同義である。それなら,どのような毒性試験を追加すべきか具体的に示すのが研究者の責務だろう。それがない以上,素人のたわごと,あるいは危険性を煽るだけの言動として一笑に付して差し支えあるまい。
本来,環境ホルモン問題の本質は,「現在の毒性試験の体系では捉えきれていない毒性項目が存在する。」との疑念であり,究極の目標は,新たな毒性試験と新たな規制を提案することにあったはずである。しかし,大騒動が始まってもうすぐ10年,本邦の農薬登録に必要な試験に「環境ホルモン関連試験」が加わったとの事実はなく,現在では議論さえされていない。米国,欧州,OECDなどでの種々のガイドラインでも同様である。この状況は,「環境ホルモン問題はすでに終わっている。」ことを明確に示している。
後者の「生態系への影響」,すなわち,「他の生命の保護責任」については,曖昧すぎて何もいっていないことに等しいため,議論の対象とはしない。
No. 16 行政判断の間違いと予防的対応
極めて甘く判断した場合,リスクコミュニケーションに関する唯一のスライドである。
ごく一般的なalse-negativeとfalse-positiveの説明なのだが,「行政判断の間違い」という記載が気になる。意図は,「私の研究費を減らすのは行政判断の間違い」だろう。
著者注)
以下もご参照下さい。
●環境ホルモン濫訴事件(1) 松井講演に関する見解(総論)【05/10/30作成】
●環境ホルモン濫訴事件(3) 「環境ホルモン問題」は終わっている。【05/11/08作成】
●環境ホルモン濫訴事件(4) 松井教授の「環境ホルモン」の定義【05/11/20作成】
●環境ホルモン濫訴事件(番外) 非イオン界面活性剤オクチルフェノールとその分解物ノニルフェノールは環境ホルモンである。【05/11/20作成】
●環境ホルモン濫訴事件(5) フォンサール教授の「環境ホルモンは母性を失わせる」の問題点【05/12/04】以下は関連事項です
●なぜNHKは環境ホルモンの報道開始を1年間も延ばしたのか。【00/02/06】
この文章を作成した2000年当時の状況がわかります。
●NHK,「インターネット討論,地球法廷-食料の安全性と環境」;雑感(2)サラダの項目にみる残留農薬の議論の虚構性【00/04/16】
【01/05/18】 所沢ダイオキシン風評被害裁判(2)
所沢ダイオキシン風評被害裁判で摂南大学宮田秀明教授が測定したハクサイの分析値のお話です。本文と直接のつながりはありませんが,「著明な環境ホルモン学者つながり」としてお読み下さい。
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