●環境ホルモン濫訴事件(3) 「環境ホルモン問題」は終わっている。環境ホルモン濫訴事件に関し,原告代理人中下裕子弁護士の「本件名誉毀損裁判について」と題するプレス・リリースをもとに,外因性内分泌攪乱化学物質問題と京都大学松井三郎教授が考える「環境ホルモン問題」の差異につき考察する。
【05/11/08作成】
環境ホルモン濫訴事件(「環境ホルモン濫訴事件:中西応援団」の命名に従う)に関し,原告代理人中下裕子弁護士の「本件名誉毀損裁判について」と題するプレス・リリースをもとに,外因性内分泌攪乱化学物質問題と京都大学松井三郎教授が考える「環境ホルモン問題」の差異につき考察する。
外因性内分泌攪乱化学物質(以下,EDCs)の定義とは何か。「内分泌系の機能に変化を与え、それによって個体やその子孫あるいは集団(一部の亜集団)に有害な影響を引き起こす外因性の化学物質又は混合物」であり,「生体内のホルモンの合成,貯蔵および放出の異常,ホルモンの輸送あるいはクリアランスの異常,受容体の識別あるいは結合の異常,受容体結合後のシグナル伝達過程の異常など様々な形をとって障害を起こす」とされている。
環境庁(当時)の悪名高いSPEED'98では,文献だけをもとにこの定義に該当する可能性のある化合物のリストを作成し,多大な血税を注ぎ込んで徹底的な研究がなされた。しかし,哺乳動物に悪影響を与えるような化合物は一切見つからず,その後,税金を使った言い訳としてノニルフェノールとオクチルフェノールが水系環境に影響を与えるとの報告だけがなされた。
また,当初,EDCsに関する最大の問題は低濃度効果(逆U字型特性)にあったが,フォン・サールの実験はいまだに追試できず,この問題は現時点では話題にすらされていない。
では,内分泌を攪乱する化合物はないのかといえば,そうではない。たとえば,大豆イソフラボンを初めとして,多くの化合物が女性ホルモン受容体(ER)に結合し,種々の遺伝子を発現する。ただ,女性ホルモン受容体に結合することは,毒性を意味するものではない。生物はそれほど単純ではない。種々の受容体への結合と遺伝子の発現は「単なる化合物の特性」にすぎず,それだけでは毒性の指標とはならない。しかし,実際にラットを用いた毒性試験の経験のない素人(「生命科学者」を自称する京都大学松井教授が典型だろうが)ほど,受容体との結合などの「単なる化合物の特性」を毒性に結びつけたがる。
一方,たとえ内分泌を攪乱するとしても,それが何らかの毒性を示す量以上ならEDCsとしての規制の必要はない。たとえば,ダイオキシン類はEDCsとしての活性があるが,現在の規制は発癌性を根拠としている。多少ずるい言い方になるが,内分泌攪乱物質とは「内分泌攪乱物質としての規制が必要な化合物」と考えるのが正しい。そして,それに該当する化合物はSPEED'98ではみつからず,その事実が明らかになった時点で内分泌攪乱化学物質問題は終焉を迎えている。
しかし,3年ほど前からだろうか。手にした利権を失いたくない環境ホルモン学者は,独創的かつ奇抜なアイデアを思い付いた。「環境ホルモンの中には,内分泌系を攪乱することなく環境ホルモン作用を示すものがある。」との主張である。もちろん,直接このように表現しているのではないが,要約するとこのように解釈できる報告を環境ホルモン学会の予稿集にみつけた記憶がある。具体的な講演名は思い出せない。
とにかく,この解釈は「内分泌攪乱」という「縛り」を外して,「環境ホルモン研究」を行う上で好都合だったのだろう。多くの環境ホルモン学者が暗黙の了解事項としてこの解釈を取り入れるに至った。さらに,京都大学松井教授は,この解釈を「環境ホルモンとは人に悪影響を及ぼす環境中の化学物質をいう」にまで大きく広げようとしている。実現すれば,環境ホルモン学会にとって偉大な業績というほかない。このことは,下記の乙6号証に明確に示される。もちろん,これは中下裕子弁護士の作成した文章であろうが,松井教授が査読していないはずはなく,見ていないとの主張は通らない。
乙6号証(反訴原告:中西氏提出書類)
原告代理人中下裕子弁護士の「本件名誉毀損裁判について」と題するプレス・リリースより抜粋2.提訴に至った理由
(2)さらに、中西氏は、「環境ホルモン問題は終わった」と考えておられるようであるが、これは大変な間違いである。松井氏らの研究成果からも、環境ホルモン問題は、複雑ではあるが、人の健康や生態系にとって、決して看過できない重大な問題であることが明らかになっている。したがって、今後も、ますます精力的に研究を進め、有効な対策を講じることが求められている。中西氏のように、国の科学技術のあり方を決定する立場の人が、そのような誤った認識を持ち、その結果、国が政策決定を誤ることになれば、国民の健康や生態系に取り返しのつかない事態も招来しかねない。特に、次世代の子どもたちの発達や健康への悪影響が懸念される。近年、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)などの発達障害やアトピー、喘息などのアレルギー児が増加しているが、その原因のひとつに環境中の化学物質の影響が懸念されているのである。松井氏は、研究者として、国民の一人として、中西氏のこのような誤りを断じて見過ごすことはできないものと考え、貴重な研究時間を割いて、敢えて本件提訴に踏み切ったのである。これは,逆説的であるが興味深い。松井教授が,これを表題のないスライドにして講演会で発表したなら,多くの「まともな研究者」は「環境ホルモン問題は終わった。次は、学習障害などの環境中の化学物質の影響を研究すべきだ。」と受け取るにちがいない。さらに,「環境中の化学物質の人に対する悪影響については,本物の化学や毒物学の専門家に研究費を注ぎ込んでやらせるべきだ。決して,予断と偏見を待ち,毒物学の知識に乏しい松井教授などの環境ホルモン学者にやらせてはいけない。」とも考えるだろう。
要するに,この「「環境ホルモン問題は終わった」との考えは大変な間違いである。」との文章が,「環境ホルモン問題は終わった」ことを雄弁に物語っているのである。
「松井氏らの研究成果からも、環境ホルモン問題は、複雑ではあるが、人の健康や生態系にとって、決して看過できない重大な問題であることが明らかになっている。」についても評論したいのだが,いくら探しても該当する「松井氏らの研究成果」が見つからない。おそらく,この「研究成果」とは松井教授の解釈に基づく「環境ホルモンに関する研究成果」であり,この文章も「環境ホルモン問題は終わった」ことを示しているのだろう。
著者注)
以下もご参照下さい。
●環境ホルモン濫訴事件(1) 松井講演に関する見解(総論)【05/10/30作成】
●環境ホルモン濫訴事件(2) 松井講演に関する見解(各論)【05/10/30作成】
●環境ホルモン濫訴事件(4) 松井教授の「環境ホルモン」の定義【05/11/20作成】
●環境ホルモン濫訴事件(番外) 非イオン界面活性剤オクチルフェノールとその分解物ノニルフェノールは環境ホルモンである。【05/11/20作成】
●環境ホルモン濫訴事件(5) フォンサール教授の「環境ホルモンは母性を失わせる」の問題点【05/12/04】以下は関連事項です
●なぜNHKは環境ホルモンの報道開始を1年間も延ばしたのか。【00/02/06】
この文章を作成した2000年当時の状況がわかります。
●NHK,「インターネット討論,地球法廷-食料の安全性と環境」;雑感(2)サラダの項目にみる残留農薬の議論の虚構性【00/04/16】
【01/05/18】 所沢ダイオキシン風評被害裁判(2)
所沢ダイオキシン風評被害裁判で摂南大学宮田秀明教授が測定したハクサイの分析値のお話です。本文と直接のつながりはありませんが,「著明な環境ホルモン学者つながり」としてお読み下さい。
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