●環境ホルモン濫訴事件(6) 松井三郎教授の「ナノ素材の毒性・代謝機構とその環境影響評価」研究京都大学松井三郎教授が「ナノ素材の毒性・代謝機構とその環境影響評価」の課題で研究費を受けて研究を始めたという。しかし,この課題名において松井教授が毒性といっている現象は物質の性質の1つにすぎず,「毒性・代謝機構」や「環境影響評価」は素人の誤用である。この表題を見ただけで松井教授の生命科学者としての能力の低さは歴然である。
【06/08/19作成】
環境ホルモン濫訴事件(「環境ホルモン濫訴事件:中西応援団」の命名に従う)に関連して,本年6月の中西先生の雑感に,京都大学松井三郎教授が「ナノ素材の毒性・代謝機構とその環境影響評価」の課題で研究費を受けて研究を始めたと記載があった。私は,実際の研究内容について調べてみたのだが,ネット検索では見つからなかった。そのため,研究内容を推測してその妥当性を考察してみた。
驢馬(ロバ)が旅に出たところで,馬になって帰ってくるわけではない。私はこの課題を見て,この西洋の諺を思い出した。土木建設が専門だった元工学部教授が,「環境ホルモンの恐怖」といった類いの一般書をいくら読んでも,生命科学者になれるわけではない。もちろん,工学部教授にも一流の生命科学者はいる。しかし,松田教授には生物や化学という学問分野に関する基礎的な部分が根本的に欠落している。
松井教授が毒性といっている現象は物質の性質の1つにすぎない。ナノ素材についてはどのような物質に代謝されるか未だ十分な研究がなされていない。そのような段階で,代謝機構の研究が成立するとは思えない。「毒性・代謝機構」という表現は素人まるだしである。毒性に対応するのは体内動態で,具体的にはADME(吸収,分布,代謝,排泄)とTK/TDをいう。環境影響評価とはダムなどを造るときの議論に用いるのが普通で,「評価」とはリスクアセスメントである。リスクアセスメントの概念を持たない松井教授に環境影響評価が出来るとは信じがたい。おそらく,単なる環境影響と思われるが,環境動態かもしれない。
松井教授のいう「ナノ素材」が具体的に何をいっているかは明確ではない。しかし,松井教授の第7回内分泌撹乱化学物質問題に関する国際シンポジウム(以下,「シンポジウム」;内容は「環境ホルモン濫訴事件:中西応援団」参照)において行った講演などをみると,フラーレンやカーボンナノチューブなどのカーボンナノ素材を意味していると思われる。
では,松井教授が毒性といっているものは何か。シンポジウムでの「環境ホルモンの研究はナノ粒子に生かせる」などの発言からマイクロアレイによる遺伝子発現解析を「毒性」を称しているものと思われる。したがって,フラーレンやカーボンナノチューブを投与したマウスやラットについて「環境ホルモン」と同様の遺伝子発現解析をつもりでいたのだろう。
しかし,これは松井教授が当初予想していたよりはるかに困難な研究となったと思われる。経口投与,静脈注射,皮下注射では均一な分散液の調製は困難である。フラーレンやカーボンナノチューブが明確な遺伝子発現を示すとも考えにくく,たとえ,何らかの遺伝子発現が認められたとしても,そこから何らかの毒物学的問題点を考察出来るとは思えない。そもそも遺伝子発現解析は毒性に関する試験ではない。それは,次の例から理解できるだろう。
松井教授は「環境ホルモンの研究はナノ粒子に生かせる」といった。しかし,松井教授のいう成果を生かせるのは植物中の女性ホルモン活性物質(松井教授がダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議のニュースレター第33号において「植物ホルモン」といっている天然物;一般には「植物エストロジェン」)の解析である。そして,最もふさわしい研究分野は漢方薬である。
種々の漢方薬を投与したネズミについて遺伝子発現解析を行えば,「環境ホルモン」と同様の遺伝子を発現するものも多く見つかるだろう。このように「環境ホルモン」と漢方薬について遺伝子発現のクラスター分析を行えば立派な研究になる。漢方薬について何も解っていないことがよく解り,その毒性を理解する糸口が見つかる。
しかし,「市民派の学者」である松井教授が漢方薬の毒性について議論できるはずがない。たとえ,ある漢方薬に「環境ホルモン」と同様のパターンの遺伝子発現が見つかっても,「この漢方薬は女性ホルモン活性があるから体に良く,種々の遺伝子を活性化させることによって体をその体質から変えていき,ゆっくりだが確実に健康を増進させるという証拠が見つかった。」というに違いない。
すでに,毒性に対応するのは体内動態で,具体的にはADMEとTK/TDだと記載した。ADMEとは,Absorption(吸収),Distribution(分布),Metabolism(代謝)and Excretion(排泄)の略でアドメと発音する。英語でもアドメで通じる。TK/TDは医薬品のPK/PD(PharmacoKinetics-PharmacoDynamics)と同様に血中濃度推移に関する試験だが,毒性試験ではあまり一般的ではないので詳記しない。
一般に,化学物質の代謝において最も重要なのはチトクロームP-450などに代表される肝臓の酸化酵素系である。酸化によって分子に水酸基を導入し,グルクロン酸抱合などによって水溶性を高めて体外に排泄するのが主な解毒機構である。しかし,フラーレンやカーボンナノチューブなどの炭素系ナノ素材がこのような一般的な解毒機構により排泄されるとは思えない。また,これらの化合物では代謝より吸収と分布の方がはるかに重要である。放射性標識化合物を使った経験,実績の全くない松井教授にADME研究など出来る訳はなく,ADME試験なしに代謝機構の研究など成立し得ない。
一般に,環境影響試験とは,藻類生長阻害試験,ミジンコ急性遊泳阻害試験及び魚類急性毒性試験をいうことが多い。農薬ではさらに多くの試験が必要だが,化審法(化学物質審査規制法)ではこの3試験をスクリーニング生態毒性試験といい,最低限必要な試験とされる。松井教授の「環境影響評価」が何を意味するのか,現時点では推測できないが,少なくとも,一般的な用語としての環境影響試験ではなさそうである。
以上,多くの推測を交えたが,「ナノ素材の毒性・代謝機構とその環境影響評価」という研究課題を見ただけで,京都大学松井三郎教授の生命科学者としての能力の低さは歴然である。では,なぜ松井教授は環境ホルモン学会の副会長を務め,重要な研究の代表者に任じられたのだろう。私は,これを環境ホルモン学会設立時の貢献に対する環境省の論功行賞と考えている。
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