
●毒性と安全性は鏡の裏表ではない。リスクとハザードの関係と同じである。「毒物」と表記することによって注意を促し安全性を確保しているのはその一例である。
【99/12/18作成】
「中毒研究」などの学術雑誌にはよく「自殺企図で○○を服用するも○○により救命し得た一症例」といった論文が掲載されている。担当する農薬で自殺を企った方があれば,多忙な救急医に頼みこんでこのような論文を書いていただくのが農薬会社の安全性担当者の重要な業務の一つである。次に自殺者が出たときに病院にこの論文のコピーをファックスし対応に役立ててもらうためである。そのため,私の自宅には対応マニュアルとファックスが備えられている。いかに自殺企図であってもそれにより一人でも人命が救えれば夜中や休日に働くことになっても苦ではない。
農薬の数値で表せる毒性は変わらない。しかし,もしこの論文が存在することで今まで助からなかった自殺者が助かるようになったとすれば,これはその農薬の安全性が高まったことにほかならない。農薬の安全性とはこのように不断の努力で高めていくものである。あるサイトで農薬会社は事故を隠し,このような論文の出稿を妨害すると読んだことがある。根拠のない無責任な発言であろうが,もし,そのような企業があるとすれば農薬を製造する資格はない。速やかに消えるべきである。
パラコートという古くからの除草剤がある。非選択性光関与型茎葉処理剤である。何でも枯らし,枯らすには光が必要で,直接茎や葉にかけなければ枯れない除草剤との意味である。晴天なら昼まけば夕方にはほぼ枯れている。しかも,土に落ちれば失活するからすぐに作物を植えられる。おまけに,安価である。最大の欠点は急性毒性の強いことにある。そのため,自殺に用いられることが多く,毒物に指定されている。
現在,パラコートそのものは販売されておらず,毒性の低いダイコートとの混合剤が毒々しい色と強烈な悪臭と強力な催吐剤を加えて販売されている。これらを加えても急性経口毒性などの数値はもちろん変化しないが,安全性は向上している。毒物指定であるため購入が難しいことも安全性に寄与している。つまり,毒性が高いために種々の手段で安全性を高めて販売しているのである。
私は,「毒性」は個々の毒性試験の結果あるいはその推測とそれから判断される生体への種々の影響に関する考察であり,「安全性」とはこれらを含む総合的な概念であると考えている。毒性やハザードはevaluateつまり数値として評価できるが,安全性やリスクはassessつまり総合的に判断するしかないのである。
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