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●農薬は人類が始めて出会う物質だから無毒化できない。

哺乳動物が生体異物を代謝,分解し,無毒化する主要な機構は,チトクロームP450が関与する酸化反応とこれに続く抱合反応である。チトクロームP450は分子種毎に得意な分子の部分構造があり,そのためこの機構でほとんど全ての生体異物が無毒化され排泄される。生物は進化の過程でこのような生体異物に対する防御システムを発達させてきた。注意すべきは,生物は天然物も合成化学物質も毒も薬も全く区別しないことである。生物が必要と判断して取り入れる物質以外は全て生体異物である。こう考えれば,ヒトは天然の毒物には対応できるが,新しく合成された化学物質に対応できないといった不思議な議論の矛盾に気付くであろう。

【01/11/18作成】

生物は誕生以来37億年の間にそのとき存在した毒物に対する防御機構を発達させてきたが,農薬やダイオキシンなどの最近の化学物質に対してはまだ対応できていない。」といった机上の空論を展開する御仁がいる。おそらく,この御仁は遺伝子やその本体であるDNAの機能について全く理解していないのだろう。「毒物に対する防御機構を発達させる」とは,新たな遺伝情報を獲得することと同義である。そう考えると,この御仁は遺伝子の存在すら知らないのかもしれない。この程度の御仁が,いっぱしの評論家を気取っているのだから滑稽というほかない。

もし,人類に至る生物が個々の化合物毎に防御機構を発達させてきたのなら,どうみても万を超える遺伝子が必要になる。たとえば,キャベツに含まれる天然農薬,つまり毒成分に限っても主要な物質だけで数百個は存在する。日々の食料に含まれる天然化学物質などの生体異物(xenobiotics)に対応するためには,ヒトは常に万をはるかに超える分解酵素系を体内に準備しなければならない。もちろん,これは理論的にあり得ない。ヒトの遺伝子の総数はたかだか3万に過ぎない。

では,ヒトはどのようにして天然物や残留農薬などの生体異物に対応しているのか。もちろん,個々の代謝酵素系さまざまな物質に対応しているのである。私は農薬の分子構造を見れば動物体内でどのように代謝され排泄されるかを予想し,その代謝経路図を書くことができる。それは,私がどのような代謝酵素系が化学構造式の中のどのような部分構造に働くかを熟知しているためである。要するに,酵素が認識するのは化合物の全体構造ではなく部分構造なのである。それゆえに,あまり出来は良くないものの化学構造式を入力すると代謝経路図を出力するパソコンソフトまで存在する。

哺乳動物における主要な代謝(多くの場合,無毒化)機構は肝ミクロソームに存在するチトクロームP450が関与するものである。一般に,薬物代謝の8割はP450によるといわれている。酸化によって分子に水酸基(OH基)を導入し,グルクロン酸などと抱合して水溶性を高め,尿などとして体外に排泄するのがごく一般的な代謝機構である。

このP450には分子種毎にその酸化できる部分構造に差異があり,これにエステラーゼなどの他の代謝酵素系の反応が加わって,ヒトは無限ともいえる化学物質に対応できる。脂肪や糖やアミノ酸やステロイドなどの生体物質にはそれぞれ個々の代謝や同化の反応系が存在するが,それ以外の生体異物に対する代謝系基本的に同じである。

農薬が動物や植物や土壌中でどのように変化するかをまとめた本も多く,その代表が一昨年英国化学会から出版されたPesticide Metabolic Pathwaysであろう。この本の存在そのものが「農薬は代謝できない」が絵空事であることを示しているのだが,なぜ,このような妄想がまことしやかに流布されているのだろう。これも「生物は元素で出来ていない」の1つの変形だろうか。

 

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