誤解編小ネタ集(農薬についてよく聞く誤り)
その他●身土不二と不老不死の妙薬
●日本人の食人思考
●自然の作物だから安全だという傲慢な考え
●身土不二と不老不死の妙薬【00/10/15作成】
最近,輸入農産物の問題に関連して身土不二という思想を持ち出すものがいる。仏教としての用語ではなく,生まれ育った土地でできた食物がもっとも身体によいとの考えである。しかし,たとえば日本でも土壌に砒素やカドミウムを多く含む地域があり,それらの地域の住民にとって砒素やカドミウムを含む作物の方が身体によいとは思えない。沖縄県民にはリンゴは毒であり,北海道民には温州ミカンが体に悪いとも思えない。冬,積雪地帯の住民が生鮮野菜を食べることも身体に良いはずである。中国でも遊牧民は交易によって得た団茶と呼ばれる煉瓦のように固めた茶でビタミン類などを補給していた。などといった表面的な反論はいくらでもできる。
しかし,問題は身土不二が「文科系の人間が頭で考えた思考」にすぎない点にある。これで連想されるのは不老長寿の妙薬と考えられていた丹薬のことである。
丹薬とは7世紀の唐代に流行した「不老不死の妙薬」である。主成分は赤色の硫化水銀であり,愛用した歴代皇帝は水銀中毒で夭逝した。では,なぜこのような危険な化学物質が不老不死の薬と考えられたのか。その理由はきわめて「論理的」である。草根木皮などの腐るものが不老長寿の薬であるはずがなく,金属化合物のような永遠に変わらない物こそそれに相応しいと考えられたのである。しかも,赤は血の色であり生命を象徴する色である。かくして,頭の中だけで考えた「身体によいこと」が死をもたらした。
もちろん,身土不二を自給自足とかリサイクルとか物質循環に置き換えればそれなりの思想にはなる。少なくとも,身土不二と外国産の有機農産物とは矛盾するかといった奇妙な発想に陥らなくとも済む。しかし,具体的な事実の背景のない「頭で考えただけの身体によいこと」の危険性については十分に認識しておく必要があるだろう。
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一般に,死者の肉を喰らうことは野蛮な行為と考えられている。しかし,多くの未開の原住民にとって死者の肉を喰らうのはその死者を敬う行為であった。勇者が戦いで死んだとき,その勇者の力と勇気を自らの身体に取り入れたいと願いその肉を喰らった。アメリカ原住民が敵の肉を喰らったのも敬意を表してであった。そして,この食人の思考は日本人にも色濃く残っている。
卑近な話だが,日本ではマムシはその交尾行動が極めて積極的であるため食べればバイアグラのごとき効果があると信じられている。玄米は水につければ芽が出るから白米より「生命力」に富むとか,普通の卵より有精卵の方が身体に良いというのも典型的な「食人思考」である。
日本人が食事の前に「いただきます」というのは,その食品のために犠牲になった生命を頂戴するとの意味だという。もちろん,これは敬意に値する高級な思想である。しかし,インターネットで有機農産物を取り扱っている業者のHPに頻繁に現れる「食人思考」はあまりに低次元である。日本人にもそろそろ「食人思考」を捨てて「文明人」になって欲しいものである。
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パプアニューギニアで原住民と暮らした探検家の話である。ある時,ヤマイモをすりおろして,とろろにして食べていたところ,生の収穫物をそのまま食べるなど日本人とはなんと野蛮な民族なのだろうと呆れられたという。
日本でも江戸時代には大根下ろしやワサビなどをわずかな例外として野菜などを生で食べる習慣はなかった。自然の食物がごく一部の例外を除いてそのままでは危険であることなど常識だった。生野菜のサラダをごく普通に食べるようになったのは戦後からだと思う。
インターネットの「自然食品」のHPでは「自然の作物だから安全だ」という記載をよく見かける。これは一見,自然を愛する者の声に聞こえる。しかし,私にはこの言葉から自然への畏敬の念は全く感じ取れない。むしろ,自然は人間のために存在するのだという傲慢さを感じてしまう。
パプアニューギニアの原住民の目に「自然の作物は安全だ」という日本人はどう写るのだろう。
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