masaaki-hada homepage

ひとりごと 2002年2月 以前のひとりごとを見る




2/16 厳冬撮影ツーリングから帰着(タンチョウの巻)

鶴見台にて 2/13夕 撮影



 富良野での撮影を終了後一泊、次の日はもう一つの目的であるタンチョウの撮影に釧路湿原・鶴居村と阿寒湖に向かいます。富良野での宿泊はヤングハウスです。会社のレク施設にもなっていて、間違い無く到着はしたのですが、宿は何と富良野スキー場・北の峰ゴンドラの脇でした。目の前がスキー場ですからスキーをするにはもってこいの宿です。今回はスキーできた訳ではないので、下手に滑っては怪我の元。しかし滑っている人を見るとその気になります。カメラを担いで少し滑りました。北海道の雪は軽くて上手い下手はないように良く曲がれます。体でリズムをとってやればスイスイとターンが出来る。越後のドカ雪のように押しのけるような力も要りません。もし曲がるのが苦手な人はここへくればスイスイですよ。カメラを担いでいるとポーズをつけてくれる人もいたり、これは面白い。
寄り道の話しになってしまいますが、私の故郷にも冬鳥越(ふゆとりごえ)というスキー場があって高校の時良く行きました。今では廃線になってしまった電車に乗って行くのですがその頃はリフトもなくて斜面を一歩一歩スキーを履いて歩いて登ったものです。その甲斐あって今の人には苦手な歩行ターンなどひょいと出来る訳です。38豪雪の時はスキー場まで歩いて行ったものです。その後、社会人となってからは上越市近辺で滑っていました。この頃休みはほとんどが赤倉で過ごしました。旅館の雪かきなども時々手伝っていました。

タンチョウのねぐら・雪裡川 音羽橋にて 2/13朝撮影



 早朝宿の食事を済ませてR38号経由で釧路へ向います。この日は−6℃で来た時よりも気温が高くスリップします。どこかのCMですべるのは水、、ナイフの刃のようになれば圧力がましてより滑りやすくなる、、、柔らかいほど氷には優しくて融けることもなくて滑りにくくなる、、、
途中フェンダーに付いたツララをドライバーでたたいて落しながら走りました。まるで鍾乳石が成長するように縞模様になった氷がタイヤハウス一杯になっています。ハンドルを切る度にガーという凄い音を出します。このまま乗っていると舵が切れなくなりそうで2時間位走ったら点検の為駐車が必要でした。その都度前輪のタイヤハウスに詰まった雪塊を工具箱からマイナスドライバーとハンマーを取り出して落しました。他の車を見てもあまり付いていません、富良野方面からの車はほとんど走っていないのでしょう。昨日車の中に置いておいた飲み残しのペットボトルのお茶は凍っていてヒーターでは溶けそうにもありません。結局帰りのフェリーに乗るまで融ける事はありませんでした。

阿寒国際ツルセンターにて撮影


 帯広を過ぎると路面は乾いていて走り易くなりました。海が見えるようになると全く違った景色になります。雪もあまりありません。海は明るい水色で日本海側とは全く違った印象です。この時季新潟から見る海は鉛色の空と同じ色をしていますから、眩しいくらいに輝く冬の海を見るのは初めてで何か得をしたような気分になります。北海道でも日本海側と釧路など太平洋側では全く違う気候なんですね。私のところでは一ヶ月のうち3日晴れれば良い方なのに釧路ではほとんど毎日晴天なのですからでもその分凄い寒い訳です。どちらが過ごしやすいかは別としても留萌よりはまだ新潟の方がましかとも思いました。
釧路に入ると道幅も広くて車も増えてきます。ガソリンスタンドで凍って出なくなったウインドウォッシャー液を取り替えました。新潟のナンバーを見て珍しいのでしょうか、いろいろお話ししました。

 少々安全運転し過ぎと思える位なスピードでしたが午後2時には鶴居村に到着しました。宿に入るには少し時間がありますので、鶴居村のあちこちを走り回る事にしました。道路は全て舗装してあって両側には雪があるものの路面は黒々としたアスファルトが見えています。この時季ですから走っている車は生活道路といえども非常に少ないです。大体走ってもほとんど家が見当たりません。
今日の宿となる「丹頂の家」を確認してからホテルタイトーへ行きました。タンチョウで有名な写真家・和田正宏氏が経営するホテルです。館内にはタンチョウの写真がいっぱい飾ってあってタンチョウを撮る人は誰でも一度は訪問するという事です。
タイトーでは昼飯に自家製ソーセージカレーを食べました。他にメニューはいろいろあるのですが自家製というのが気になった訳です。なにしろこのところ飯らしいものは食べていませんから、何日振りかの贅沢です。



 食べ終わってから「美味しかった。」っとコックの人に言ってレジへ行くと、なんと和田正宏氏がおられます。ホームページで拝見して新潟から来ましたと言ったら驚いていらっしゃいました。近くには伊藤タンチョウサンクチュアリがあり行ってみたらということ。この時点ではまだタンチョウの姿を見てないものですからどうしょうか、出来たら明日から撮影できる方が良いなぁ、撮影の準備はまだしてなかったので、、、今日は近くの知り合いの家を訪問することにしました。



 鶴居村にはタンチョウの給餌と見学が出来る場所として、「鶴見台」と故伊藤良孝氏の協力で日本野鳥の会が全国からの募金で設置した「伊藤タンチョウサンクチュアリ」があります。確かその近くと聞いていた、というかどこで知ったのかはハッキリしませんが自分の中ではいつの間にか知り合いになっていた安藤さんを訪ねました。

インターネットを通じていろいろ知ってはいるけどもまだ会った事は無い。彼はヒッコリーウィンドという粋な名前の宿主でミュージシャンでもあります。それよりもイタリアンバイクのオーナーで、一番のきっかけが「北海道ミーティング」ということになります。
客室からはサンクチュアリに来るタンチョウが見学できて、小グループの宿泊にはもってこいです。
その後、二日間の宿となる「丹頂の家」に行きました。丹頂の家は鶴見台のすぐ隣に在り、畳敷きの和室の宿です。既に3人の宿泊客がいて夕食でタンチョウの撮り方の話しをしました。明日は早朝5時起きをして宿で一緒だった松田さんに案内していただき音羽橋での撮影です。

ヒッコリウインド、窓から伊藤サンクチュアリが見えます
丹頂の家・どさんこ馬

 音羽橋は宿主の佐藤氏の運動で出来たもので、雪裡川にかかるタンチョウのねぐらを見れる唯一の場所となっています。薄暗い中、私の車のすぐ脇に2頭のどさんこが寄り添って寒さをしのぐようにして眠っています。呼吸音が聞こえてきます。目を覚まさないように静かにエンジンを回して音羽橋へ向いました。
この日は−12℃位だったでしょうか、川霧は出ていません。着いた時は10台程度の車だったのですが、朝日が昇る頃には20台位になり橋の上はカメラの砲列が出来るほどになりました。上の大きい写真がデジカメで撮影したものですが、デジカメの望遠一杯でこの位にしか撮れません。

松田さん達のレンズは600mmとかいうもので、大砲のようなカメラです。それでやっと表情が判る程度だということですから、これはお金の懸かる趣味です。
大体ここに来る人はプロみたいな人ばかりのようです。現にほんの2日間だけでしたが、タンチョウで有名な写真家に3人もお会い出来ました。「丹頂の家」にはタンチョウの美しさを知り尽くした佐藤氏をたよりに多くの写真家が集まります。
「丹頂の家」には写真のどさんこの他、ワンコロベーという犬も家族の一員です。午後になるとタンチョウ夫婦も訪ねて来てさらに賑やかになります。
朝、音羽橋から帰って朝食を食べて、阿寒国際ツルセンターへ向いました。ここはすぐ近くから撮影出来て普通のカメラでも十分です。

音羽橋
阿寒国際ツルセンターのカメラマン

 最終日の朝、−21℃まで下がりました。今日は小樽まで戻らなくてはなりません。帰り道の釧路湿原はあちこちから霧が上がって、木々には霧氷が着いていました。雪裡川のタンチョウの寝ぐらでもきっと川霧が立ち込めて幻想的だったと思われます。撮影が出来なくて残念な思いですが予定を変更するというのも雪道を考えると出来ません。峠越えもあり少しでも早く出る予定でしたので撮影は諦めました。準備をするとなるとバッテーの保温などビデオの場合結構な時間がかかる為です。初めて丹頂を撮った訳ですが、作品になるようなのは数回は行かないと駄目のようです。傑作の写真を撮るには上のようなカメラが必要なのかも知れません。
夕方には小樽に着き宿泊。小樽雪あかりの路が開催されている小樽運河を観光しました。

 「丹頂の家」 http://www.marimo.or.jp/~tancho/
 ホテルタイトー http://www5.ocn.ne.jp/~taito/
 ヒッコリーウインド http://www.aloha.or.jp/thisis/hickory.htm
 鶴居村のページ http://www.hokkai.or.jp/tsurui/


小樽雪あかりの路4 2002 2/14夕 撮影






Copyright (C) 2002 Masaaki Hada