©Webmaster Akira Asakura.
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■ パパ ハイドン! ■ |

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梅雨に入ると、やはり客足も遠のくのだろう。 商店街ではポイントセールと並んで福引をはじめた。梅雨の冷え込みで、あたしの鼻がグズりだした。普段なら素通りするものを、ティッシュ欲しさにハンドルを握る。 「この間はどうも。ささ、一発、出しちゃってください」 ハッピ姿の、スズキ電化センターのオヤジが言った。お前はドヤ街のポンビキか。 カラカラカラ……ポタリ。 「む……。い、一等賞です、なあ……」 ハンドベルが生ぬるく鳴らされた。納得いかん。でも一等賞なんて生まれて初めてだ。ウキウキしながら眼がねのオッサンを見つめた。 オッサンの視線が当て所もなくさまよい、やがて恐る恐る指をさす。その先にあるものは……『超豪華・ラップなしでも新鮮野菜!』、と書かれた最新型の冷蔵庫。 ああ、それ買った。ひと月まえに、オッサンの店で買っただろうよ……。
つまりその、いささかツイてないのです。優柔不断のせいか、幸運と不運も中途半端。自分としては「中途半端を貫いている」と納得してるけど、なんの役にも立たないことも知っていたりする。 自宅に帰り、同居している親に報告した。まずは吉報だけを告げ、ひとしきり自慢。さらに戦利品を告げ、愕然とされる。 「リサイクルショップだ。いや知り合いのバッタ屋に。もしくは近所の近藤さんに」 売り捌くつもりのようです。別にいいけど、よく考えたらはじめての一等賞だ。なんだかペットを手放す気分になった。 「いいよ。そのうち一人暮らしをするから、あたしが使う」 「それまでどこに置くのよ!」 母がキンキン声を上げた。黒い目の奥底から、「そもそも独立自体がムリなのよ」と語っている。そんな気がする。間違いない。 そして8畳間のあたしの部屋に、大きな冷蔵庫が腰を据えた。うむ悪くない。自分の部屋に冷蔵庫……うん、独立した気分。だが邪魔だ。 ひとまず雑貨や衣服などをしまうことにした。ペコンと開けて、CDを出して、バタンと締める。なかなか個性的な生活感がでてきた。変化があって悪くない。でも邪魔だ。 「うるわいわね。静かにしてよ!」 深夜、隣の部屋にいる姉が怒鳴り込んでくる。自分は遅くまで辛気臭いクラッシックを聴いているクセに、なにかとうるさい。いや、うるさいから出戻りにされたのですね……。 原因はやっぱり冷蔵庫。でも扉の音ではなく、あたしの声らしい。夜中に寝返りを打ったとき、ふくらはぎや踵を冷蔵庫のヘリにぶつけてしまう。 「ひぎっ。ぬあぁああぁぁぁぁっ!」 あたしはすぐに寝ちゃうので、そんなに覚えてないのだけれど、どうやら相当呻いているらしい。近所の人からも「珍しい動物でも飼ってるの?」と言われるようになった。 そうこうしているうちに、ある日、緊急の家族会議が招集された。姉の陰謀だった。 あたしはあれこれ言ったものの、9割がたが的外れだと糾弾され、愛しの冷蔵庫は拉致された。はじめはキッチンのと交換するはずだった。でも面倒になったようで、そのまま狭い庭に放り出された。ビニール袋を被せたものの、完全に雨ざらし。それをできるだけ高値で売り払うというから驚いた。お手並み拝見。
大きな低気圧が通過した夕方、カラリと晴れ上がり、サイダーを片手に庭に出た。 「うむ。お前さん、ここでもやっぱり邪魔だなあ」 しげしげと見つめると、風雨にさらされて泥まみれになっている。仕方なしにホースを手に取り、水を噴射。見る間に汚れが取れて、なかなかすがすがしい。さらに小さな虹も浮かび、気づいたら「夏だなあ」と独り言をば。 ついでに庭木にもシャワーを浴びせたときだった。二階から、あの辛気臭い音楽が聞こえてきた。 「まったく。あの仕事も、売れないとどうにもなんないのね」 ブツブツ言いながら水を撒く。 すると物陰から、ちいさなカエルが飛び出した。鮮やかな、黄緑色のストライプがおしゃれなトノサマガエル。いや、待てよ。それはなんのつもりだね。頭の上にある、丸筆の先のようなヘアーは。 ソイツはこちらをチラリと見てから、興味をソソられたのか、のたのたと冷蔵庫に近寄ってゆく。 「やや?!」 その後ろから、もう一匹がぺたんと跳ねた。これは普通のトノサマガエルだ。普通でないのは、さらにその後ろからもやってきたことだ。 先頭のちょび髪ガエルがジッとしていると、二番目のカエルがゆっくりと背中によじ登る。 「お、乙女の前ではしたない!」 妙な憤りを感じたものの、三番目のカエルがよじ登り出すと、グッと息を呑んだ。カエルは後から後からやってきて、ペタペタのたくたとよじ登ってゆく。見る間に一メートルを越え、土台のカエルたちはキュウと潰れた。バカちんだ。 その直後、あたしはひっと声をあげ、じりじりと退いた。 すべてのカエルが、一斉に手足を伸ばした。まるで梯子車のようにリフトをはじめ、つながったままジャンプしやがった。 しかもコッチに向かってくる。あげくに着地のバランスを崩し、中段のカエルから前に向かって倒れてきやがった。 「ぬあぁあぁぁっ!」 生まれて初めて、カエルと正面衝突した。ひんやりネットリが顔中に張り付き、腰が抜けて、泣いた。あげくに夕立の土砂降りがはじまって、涙は流れたが、カエルは張り付いたままだった。
その日を境に、ヤツらは群れでやってくる。 理由こそ分からぬが、目的はわかる。冷蔵庫だ。 なにしろ一日三回、連中はどこからともなく現われて、冷蔵庫の前にグルリと円陣を敷く。新聞や郵便配達、通りすがりの散歩ビトや回覧板を届けに来た近所の人……みんなが気味悪がって覗いてゆく。 「このままだと、草むしりをサボっただけで警察に通報されちゃう!」 母が珍しく真面目に悩んだ。真面目だけに性質が悪く、頭の中でどんな妄想を展開しているのか誰にも分からない。むしろ、知りたくも、ない。 「ただでさえ出戻り娘と出戻り不能娘の巣窟なのよ。あげくにカエルの宴会場だなんて!」 普通の家族なら、ここで大戦が勃発するだろう。ウチの場合はみんなでむむむと唸った。それぞれに、思い当たる節が、まだまだある。もちろん母にもあるので、すぐに黙った。 「ひとまず、冷蔵庫の行き先が決まるまで、使わせてあげたら?」 姉がそう言った。 「なにをいってるのよ! そんなことしたら、賃借人の権利をカサにして、立ち退きどころか既成事実を積み重ねられちゃうじゃない! 保証金や造作物の取り決めだってどうするのよ! あんた、それでも弁護士なの?」 むかし裁判官だった母は、妄想超特急が止まらないので、辟易した父が二階に護送してゆく。判事時代、どんな裁判をやってたのか、ちょっとだけ見てみたい気もする。 「そうだねえ。姉ちゃんの言う通り、ちょっと様子を見てみようか」 ことごとく仲の悪い姉妹で、ひとつの結論に達してしまった。これはこれで、たいへんイヤな予感がする。
カエルたちは、もれなく棲んだ。 ドアに小枝を差し込んで、わずかに開けておく。すると狙い済ましたかのように、側面をひたひたと登り、一番上のドアからはいってゆく。お前たち、何者だよ。 「お城だ。冷蔵庫がお城になったのよ」 姉が言った。 「こ、これは断じて城じゃないわ。ナバロンよ! 要塞よ! 巨大砲台が火を吹いて、パリの灯火が消えるのよ!」 母がツバを飛ばすので、父は大きなオシリを撫でながら寝室に監禁した。あたしたち姉妹は、気を使ってしばらく家に入れなかった。 「なにしてるんだろうね。ずいぶん気持ち良さそうにゲコゲコ歌ってるけど」 「宴会かな。会議かな。それともやっぱり軍備増強かな」 軍隊という意味では、それなりの活躍が見られた。ハエや蚊が、あとかたもなく消え去った。やがて害虫と呼ばれるものたちは、ことごとくウンコに練り上げられ、庭の片隅に転がってゆく。出戻り弁護士の、唯一の趣味がガーデニングであることから、姉だけが喜んでいた。 そんな姉が、ときおり、冷蔵庫に差し入れする姿を見かける。驚いて「なにをあげてるの?」と聞いたら、「絶対に教えない」と舌を出された。頭にきて、その舌をハッシと掴み、数メートルほど引き回してやる。もれなくあたしのジーンズに、姉の靴跡プリントが増えた。
母の暴走がどうにか落ち着きはじめたころ、家事手伝いという肩書きのあたしは夕方の買い物を命じられた。 スーパーからの帰り道、ふと姉の姿を見かけた。 「おい、そこなヒト!」 荷物を持ってもらおうと声を掛けた。けどシカトされた。頭に来たので、ケリでも入れようと追いかけた。 姉は、家とは反対方向にある河川敷へと向かう。尾行しているあたしはますます苛立った。スーパーの袋が指に食い込む。大根とペットボトルの仕業だ。 やがて姉は舗装された土手に上がり、そのまま河原へと降りてゆく。 「?」 ちがう興味を覚えた。なんだか事件の匂いがする。ひょっとすると、欲求不満が嵩じたせいで、なにかロクでもないことを企んでいるのだろう。自殺するタマでもないので、きっと八つ当たりか、もしくは……犯行! 旦那を呼び出して、保険金目当ての……。 「ふぅむ。ワクワクしてきた。プロのお手前を拝見」 少し距離を置いて、怪しい弁護士の動向をさぐる。やがてその女≠ェ草むらの近くに腰をおろす。 「犯行現場だ! あのむさ苦しい旦那はどこだ?」 こちらは両手に買い物袋を提げたまま、腰を屈め、円を描くようにソロリと近づく。出戻りのうらぶれた女≠ェ、バックから兇器を出した。枯れ枝だ。枯れ枝? 糸がついている。結婚に失望した女≠ェそれを放り投げた。イカれてる! 川面はずっと先にあり、糸は草むらの中に沈んでいる。しかも旦那はいない。それともこれは、結婚が破綻した家庭にありがちな、会話代わりのサインなのだろうか。 ヒュンと空気を切る音がした。すっかり蜘蛛の巣が張った女≠ヘ、糸を手繰り寄せてなにかをしている。そして空虚な傍らに向かってなにかを喋っている。 「ついにイカれましたか。あんたのハチャメチャ人生そのものだなあ」 草むらで、夕陽に照らされる姉の猫背を見て、なんとなく……笑えた。 でも、そろそろ袋を持つ指先が限界。もはや青紫色に変色している。 「ようよう、そこの姉ちゃん。出戻りだろ。匂いでわかるんだよ」 雑草を踏み抜き、ガサゴソと近寄ると、8割がた腐った女≠ェ眉をひそめた。 「ああ。全人類から見放された哀れなアブラ虫じゃない。金も無ければ便通もないって本当? ほら、そこにいい枝ぶりの木があるでしょう。ヒモでぶら下がるとスルっと出るわよ」 果てしなく頭に来る。だが相手は仮にも弁護士だ。口では敵わないので、止める。 そのとき、姉がヒョイと枝を上げた。糸の先には、細長く切られた木片がついている。そこにバッタがしがみついていた。姉が手繰り寄せても、バッタは微動だにしない。それどころか、木片に、しごく情熱的にオシリをこすりつけている。 姉はバッタをつまみあげ、傍らの虫かごに入れた。すでに5匹の小さなバッタがまんじりとしている。 「差し入れって、これのことか」 あたしは買い物袋を置いて、隣にしゃがんだ。姉は小さくうなづいて、またぞろバッタ釣りをはじめる。 しばし無言のまま時間が流れてゆく。川のせせらぎと、雑草が波打つ、もの静かな世界が拡がる――はずだった。ところが夕暮れ時の空には、スズメ、カラス、カッコウ、ツバメ、ハトポッポが入り乱れてひどいことになっていた。 「じゃあ、アンタもやってごらん」 姉がそういうので、あたしは「いい」と断わった。 「あんたじゃないわよ。このトンチキ」 「トンチキ!?」 心の琴線に、鼻水を垂らされたような不快感。そもそもトンチキって、なに。 姉はバックから小さな釣竿をだすと、隣のヒトに渡した。隣の……カエル! 大人しく座っていたカエルは、姉が差し出す小枝を、いちおう、抱え込むように掴んだ。わけも分からぬ様子で、そのままジッとしている。 「それ、ウチの冷蔵庫に棲んでるヒト?」 「ちがう。ここで知り合ったヒト」 やがてカエルの竿にバッタがかった。でも木片はバッタサイズ。カエルに引き上げられるものではない。 姉が手を貸し、少しばかり竿を立てやる。草の合間からバッタの姿が見えるや否や、カエルが果敢に飛びついた。 「げこ」 ううむ。ますます姉が分からないヒトになった。
翌日、母のチキチキ振りが再発した。どうやら近所の人からカエルの合唱がうるさいとクレームが来たようです。 「売るー! 売り飛ばすぅ!」 あわてて父が撫でまわすも無反応。相当、キレていらっしゃいました。カエルつきで売れるか否かと激論が続いたけど、母の「追い出せコンコンちき!」のひと声で押し切られた。だからコンコンちきって、なによ。 ところが、です。その日、ちょうど梅雨明け宣言が出され、不思議なことに、カエルたちは自分で移動をはじめた。それは夕方おそくはじまり――深夜まで続いた……。 「いったい、何匹いたってのよ!!」 はじめはキーキー言っていた母も、もの静かな引越し行列をみているうちに、ごめんなさいねと詫びはじめた。姉は姉でバッタやコウロギをティッシュのように配って歩く。父は母が暴れださぬよう、必死にオシリを撫で続けた。 そして翌朝、いよいよ恐怖のご開帳となった。家族一同そろって、ゴクリと生唾を飲み込む。 あたしが一気呵成にドアを開け放つ。すると――。 「げこ」 バッタやムシの残骸が転がるなか、一匹だけ残っていた。アイツだ。頭にちょんもり毛が生えているマヌケガエル。 「パパ! パパ―ハイドンじゃないの!!」 姉はあたしを突き飛ばし、カエルに向かって手を伸ばす。バカな女だとは思っていたけど、ここまで来ると手に負えない。もうケンカは売らないようにしようと心に決めた。恐いもの……。
その日、出戻りの、売れない弁護士が、荷物を抱えて家を出た。ついでに最後のカエルも持ってった。 ようやくすべてが元通りになった。さっそく大仕事です。あたしは腕をまくって姉の部屋の占領を開始した。 「ここもあたしの。ここもあたしの。ぜんぶあたしの部屋!」 遅れて母がやってきた。血で血を洗う激戦の末、大国のエゴに蹂躙された。ダンボール二個のスペースが、あたしの植民地になった。ひどい……。 それからしばらくして、姉がやってきた。ギョッとしたが、荷物はトートバック一個。ホッとした。 ここでようやく家出の原因が判明して、家族は唖然とした。なんとカエルだったのだ。 パパ−ハイドンという、毛の生えたへんてこガエルは、長年、姉のペットだったそうだ。しかも暑さに弱いパパハイドンを、ヤツは冷蔵庫の中で寝かせていたのだという。 そういえばむかし、冷蔵庫の野菜がグチャグチャになる事件が発生したことがあった。小さい頃から小ざかしい姉が、温度調節を変えてまでカエルを飼ったあげくである。 しかもパパハイドンがメスガエルを囲ったのだという。すっかりウッフンなメスガエルは、姉の旦那のビールジョッキや旦那のラーメンの器に、片っ端から産卵したようである。 「いやあ、そろそろ産むんじゃないかと思ってね。水を張ってあげたら、見事に産んでくれたのよ」 姉が嬉嬉として話す。これではムサい旦那の怒りも尤もだと思った。 はじめからバカげている事件は、終わりまで失笑をさそった。パパハイドンが追いかけて来たのだという。しかもメスに産ませた子どもを連れて! 「じゃあ、あの引越しは、巣立ちだったのね……」 母が妙にしんみりと言った。あげくに涙目になった。 「異議アリ! 弁護人の主張はことごとくウンコであります。そもそもカエルが追いかけてくるわけがないのです。しかも子どもを連れて? 法廷侮辱罪だ! 弁護人はデッチリです!」 拳を振り上げて力説したけど、ほかの方々は、潤んだ目で庭を見つめている。100点満点のバカ家族だ。 このとき、ようやく踏ん切りがついた。さっさと結婚して家を出よう。おかしくなる前に……。 ひとまず壊れた人々は放っておいて、ジュースを買いに外に出た。 「げこ」 玄関前に、小さなトノサマガエルがいた。あたまの上に、ちょんもりと、産毛が生えはじめている。 「チビちゃん! 帰ってきたのね!」 気づいたらペットにしていた。
冷蔵庫は、そのまま庭に置かれた。 そしてあたしの結婚は遠のいてる。 姉がまたしても出戻り、大問題が巻き起こったからだ。 ひとまずヒトのせいにしておく。
― 了 ― |
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