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■ 怪人/円谷教授の日々 ■

  

 

「えー、ただいまご紹介にあずかりました円谷です。

R大で法学部の教授をやっとります。生まれは昭和19年で、飯田橋で鼻をたらしておりました。アハ、アハハハハ。ゴホン。

えー、その後、麻布中学、麻布高校を経て一ツ橋大に進みまして……。は?

それは講師紹介でやったからいい?

ああ、そうですか、いりませんか。不要ですか。

うん。では、さっそく憲法しちゃいましょうか。今日は憲法をやれと言われましたからね。

 え? わたし、そんなにイヤそうな顔をしてますか?

 そうですかねえ、ちゃんと隠しているハズなんですけどね。おかしいな。

 でもね、ハッキリ言ってイヤなんですよ。ハハハ。それなのに、主催者側の田邊くんが、とにかく憲法からはじめてくれとうさぎ堂≠フ大福を持ってくるから、仕方がないのです。

だってみなさん、憲法、知ってます?

普通に生活してたら、憲法なんて知らないでしょ。そうなんですよ。知らなくても生きてゆけるし、問題なく充分に幸せになれるんです。法学部の学生や法曹界にすら嫌われてるんですよ、憲法。面倒くさいんです、ほんと。

 九条を知ってる? はあ、それはまた、大きく出ましたね。

それを学会や憲法調査会でいって御覧なさい。笑われるどころか袋叩きにあいます。すでに財界からニ名、法曹界から七名の死傷者が出ているのです。知りませんでしたか? おかしいですな。するとこれは言っちゃイケなかったのかな。じゃあ、京大の加藤教授が、毛髪を全部抜かれて、コンクリート詰めで大阪南港で発見されたこともご存知ない? はあ、ますます弱りましたな。するとまた、府警の刑事部長が揉み消したのですな。まあ良くあることです。この間だってね、警察汚職を調べていた検察官が数名ほど、渋谷の風俗店に行ったきり……。

なんだね田邊くん。いいから憲法をやれ? ああそう。本庁からクレームが来たの。見られてるなあ。ここにも関係者がいるんだろうなあ。アハ、アハハハハハ。

じゃあ、つまんないですけど、憲法をやりましょうか。

ところでわたし、確かにつまんないと言いましたからね。あとでクレームをつけるなら、主催者に言ってくださいよ。間違えても私の研究室にもぐり込んで、うんことかしないで下さいね。結構されるんですよ、うんこ。どれも明らかに人糞なんですな。面白いから、全部ビーカーにいれて標本にしてるんですけどね。

そう言えば、あとで「恥ずかしいから返してください」なんて来たヤツもいたなあ。赤飯派の活動家の若い女で、なんというかこう、ジーンズの腰のあたりの曲線がアレでしてね。私も年甲斐もなく奮闘しましたよ。いま風に言うと、はっするはっする、ですか。アハ、ハハハハハ。

 ああ、そうだ。憲法でしたな。ゴホン。

 うん。では、分かりやすいようにこうしましょう。みなさんはこれから、うら若き28歳の薬剤師になってもらいます。

田舎は長野の小諸で、あなたは荏原中延で一人暮らしをしています。間取りは1K。三階建ての築5年のアパートです。勤め先は……確か昭和薬科大学付属病院……だったかな。まあ、たとえ話だからどうでもいいですか。

さて、ある晴れたうららかな午後、あなたは可愛らしいレースがあしらわれた薄桃色のパンテーを、ベランダの物干しに干します。もちろん、こざかしくも男物のサルマタを並べ、その間に干すのです。まあ、所詮は小娘の浅知恵ですな。

 そこで犯人役の私が登場します。

外出したはずのあなたは、なぜか部屋に取って返します。これは私にとって、まったくの不意打ちですが、ともかくあなたは私を現行犯で逮捕します。

 さてここで法律の登場です。

 わたしは言います。

『きみは何かを誤解している。私はただ三階のベランダを通りすがっただけである。そのとき、たまたまバランスを崩して洗濯物に捕まっただけなのだ。それに君は司法巡査でも官憲でもないではないか。いいかね。無知でムチムチのあんたに教えてやろう。日本国の最高法規である憲法13条では、【市民の自由は最大に尊重すべし】としているのだ。市民の身体を不当に拘束し、言い掛かりで強迫強要をするのなら、不当逮捕罪、監禁罪、脅迫罪、誣告罪、おまけに名誉毀損と動物虐待で告訴するぞ』

 ここであなたに法学の知識があればこう言うでしょう。

『刑事訴訟法213条は、一般人の現行犯逮捕権を容認しています』

 なるほど、確かにその通りである。

ところが、である。

 もし憲法33条の一部がなかったら、刑事訴訟法213条は憲法違反で無効になるのであります。憲法33条というのは、つまり、こんな条文であります。

 

『憲法 第33条

何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となってゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない

 

 この条文のせいで、どれだけ多くの人間が涙をのんで警察に突き出されたことか。あの代用監獄たるや、まさにドブネズミの巣窟である。下水道だ。便器の便座がデブのせいでひび割れているのであります。そこに臀部の肉を挟んでみなさい。あの忌まわしいほど痛烈な痛み。しかも便座シートもないと来ている。まったく警察というものは誠にけしからん組織だ。税金の無駄使いだ。親方日の丸だ。

……ともあれ、もし憲法33条に、その忌まわしい一文言がなければ、現行犯逮捕は許されないのであります。なぜなら憲法13条の方が断然強いからであります。さらに憲法はあらゆる法律の頂点に立っております。つまり無敵です。

こういった条文や法律間での力関係を計算して、条文を配置したり適用するテクニックを『条文操作』といいます。これは法律を読んだだけではまったく分かりませんが、実に見事なモザイク模様を織り成しているのです。

弁護士とか検察官というものは、この小さな抜け穴を無理やりこじ開けることで生計を立てているのであります。連中のやってることは、崇高な法律に対する強制わいせつです。イカ臭いのであります。

連中のエゲツなさにつきましては、あとでじっくりと説明するとして、うん……ひとまず法律間での力関係によって、これまでも、いろいろな法律や条文が憲法違反で消えていったのであります。こりゃあ実にいい気味ですな。バカ官僚と大学者気取りのフヌケどもに、ひと泡ふかせられるのであります。ひひ、いひひひひひ。

えー、ところでこの憲法というヤツは、いろいろな種類がありますな。硬性憲法軟性憲法欽定憲法民定憲法明文法不文法などがあり、政治制度と結びつくことにより立憲君主制議会制民主主義社会主義議会制共和主義などがあります。だから言ったでしょ。つまんないって。

まあ、ひらたく言えば、ほとんどの国が憲法をもっているわけであります。ほとんどというのは、軍事政権や独裁政権、内紛のある国では制定されていないことがあります。というか、したくともできない。むしろ、しなくてもいい。やはり、強力で無敵な憲法などが制定されると枕を高くして眠れなくなる人がいる。そんなこんなで、いろんな理由がありますのです。

 ちなみに大英帝国では、憲法的な存在はありますが、明文化された憲法典というのはないのであります。べつにもったいないから見せないのではありません。文書自体が存在せず、文書なんていらない――という態度であります。これは普通法――法学的にはコモン・ローという言い方をします。ようするに、いろんな法律をつくるけど、そのうえには必ず神様のような尊い存在があって、それに反するものは許しませんということですな。

 意味がわかりませんか?

えー、イギリスというのは実に面白い国でしてね。13世紀に世界で初めて憲法らしきものをつくった国≠ナありますが、現在は憲法法典≠ヘ放棄しているのであります。つまり、素敵で素晴らしい世の中を作るのに憲法典なんて不要だね――という英国紳士ぶりであります。というか、ようするに、「憲法を書こうなんてヤツ自体が信用できん」というのがホンネであります。

 さもありなん。日本国憲法のなんとわかり辛いことか。

そもそも我が国の憲法は、読んでびっくり見て失禁。ありゃあ、日本語ではないですな。しかも矛盾が満載であります。ミステリーにしてもひどい出来です。

 ところが、これを分かりやすく明確にすると、困った事態になるのであります。

 例えばこんな事例を考えて見てください。

「ねえあなた、ヨシオの進学のことなんだけど」

「ああ、わかってる。今夜は疲れているんだ。寝かせてくれ」

「ううん、最近のあなた、元気がないわね。ちょっと前までは、春先のイカれたクマのようにあたしを求めてきたのに」

「なにを馬鹿なことをいっとるんだ。あまり私を困らせるな。なにしろ今日は研究室でコッテリ……」

 いや……これはその……うん。ちょっとちがう事例ですな。

き、君、なにを笑っているのかね。こら、笑うのをやめなさい。ちゃんとペンを動かしたまえ。やや、いまのは書かんでよろしい。コラ、書くなと言っとるだろうが。

 ゴホン。

 まあ、そうは言っても、私も日本国民で、法曹界を担う偉い人なのであります。

 ずばり、憲法はないと困る。

 なにしろ飯の種ですからな。

誰にでも分かるようになれば、大学教授が失業して、専門学校がつぶれ、失業問題になる。だから難解でケッコウ。できれば六法の現代語訳もやめて欲しかったですな。お陰で貴重なアルバイト先を失ってしまった。

まったく、いまの法制審の連中ときたら、皮の剥けないバナナ野郎であります。つまり使えないのであります。アハ、アハハハハ。

 は?

いきなりなにかね。

質問?

 日本の平和憲法の国際的貢献について?

 はあ。それでは答えましょう。してます。以上。

 ほかには?

 国際条約と憲法のどちらが優位か?

 なんだね、君、藪から棒に。厄介な問題を持ち込まんでくれたまえ。

それでなくともアムネス・ティーだかという出がらし団体からスナイパーを送り込まれているんだ。昨日だって、外務省条約局の若手がグリンピースに誘拐されたばかりだろう。これで八人目だ。ヘタに答えたら、私の身も危険なのだ。……え? 知らない?

まあ、あの省は人気がありますからなあ。千人殺されたところで、変わりはいくらでも来るしなあ。我々だって、誰が条約局に勤めようが、知ったこっちゃないですしな。国家に奉仕する官僚として、せいぜい国民のために殉職してもらいましょう。

 じゃあ、法務省の人権擁護担当者たちが次々と変死した理由を知っとるかね?

これが笑えるんだ。全員が腹上死だよ。アハ、アハハハハ。高級コールガールにそそのかされて、糖尿や心臓病のクセに、バイアグラを飲んで、ハハハハ、発作を起こして病院に担ぎ込まれ、ハハハ、強心剤を打たれてショック死だ。うひゃ、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。

またこのコールガールがマヌケでな。CIAのエージェントのクセに、間違えてCIAに潜入しているKGBのダブルスパイと接触しちまった。これを知ったイギリスのMI6がソックリさんを送り込んだからケッサクだ。女はさらに間違えた指示を受けて、本当は北朝鮮の工作員を始末するところを、ちょうどお店に来た法務省の連中を片付けちまった。アハハハハーだ。

 なんでそんなことを知っとるかって?

 おい、お前さんたちはなんだ。こら、公演中に舞台に上ってくるヤツがあるか。

 本庁の公安だと。ふ、ふざけるな。わたしがなにをした。

 おい、田邊くん、なんとかしたまえ。

 いやだ。私は汚い便座などには二度と座らんぞ。

 私の話が聞きたいのなら、講演料とうさぎ堂≠フ大福を持ってこい。

 なにをする。バカ、やめろ。いい加減にせんと、ちょーのーりょくを使うぞ。

 みなさん、聞いてください。こんな国の憲法なんて信じちゃダメです。

 より良い明日をつくるためにも、ぜひ憲法を潰し、コイツらを叩きのめすのです。立ち上がりなさい。憲法13条と19条と21条のご加護があるのです!

 こら、君。なにしとる。ペンを置きたまえ。これは書かんでよろしい。

 なに? 13条で「公共の福祉のためには人権が制限できる」だと?

バカ言うな。私はそんなのは認めない。なにしろ私は大学者なのだ。憲法よりも尊い存在なのだ。いわゆるひとつの神である。不文法バンザイ。

 とにかくペンを置いて、早くなんとかしなさい。

ぎゃー。良子ォ、良子さーん。もう浮気しませんから助けてください。なんでもします。これからはムダ毛の処理も喜んで御奉仕しますから……。

 ぎゃあーーーーーーーーーーっ!!」

 

「ということで、次回の講義は無期延期とさせて戴きます。本日は市民講座『憲法とガッチンポー』にご来場を戴き、誠にありがとうございました」

 

―第一講義 了―