和田 浩治(わだ こうじ)
本名:和田 ト夫(ひでお)
生年月日:1944年1月28日
出身地:茨城県水戸市
【略歴】
父・肇はピアニスト。二男二女の二男。東洋音楽学校声楽科在学中の59年10月、15歳で当時人気の石原裕次郎に容貌が似ていることからスカウトされ、日活に入社。同年12月『無言の乱斗』に主役でデビュー。
翌60年、赤木圭一郎、石原裕次郎、小林旭とともにダイヤモンド・ラインを結成し、『六三制愚連隊』『くたばれ愚連隊』などの「愚連隊」シリーズや『素っ飛び小僧』『疾風小僧』『竜巻小僧』などの「小僧」シリーズに主演。いずれもコメディ・タッチの荒唐無稽なアクション映画だったが、年齢の低さもあって小林旭の「渡り鳥」シリーズの少年版という印象が抜けなかった。ほかに『若い突風』『英雄候補生』『俺の故郷は大西部(ウエスタン)』に主演。
主演スターとしては若すぎたことから、これらの映画は現実感に乏しく、コメディ・アクションとしての性格をさらに奇想天外なものへとしていった。翌61年、『東京騎士隊(ナイト)』『無鉄砲大将』『大暴れマドロス野郎』『有難や節・あヽ有難や有難や』などに主演。以上の映画すべてに清水まゆみが共演して、ようやく名コンビぶりをうたわれる。その後『闇に流れる口笛』『俺は死なないぜ』『闘いつヾける男』、清水とのコンビが復活した『峠を渡る若い風』、『海峡、血に染めて』、日活スターが必ず演じるボクサー役にふんした『百万弗を叩き出せ』61、『天使と野郎ども』『抜き射ち三四郎』『俺に賭けた奴ら』62、『灼熱の椅子』『空の下遠い夢』63などに主演。
しかし、このころからヒーローとしての個性が稀薄になりはじめ、脇役が多くなってラインのトップから後退していく。以後、『俺は地獄の部隊長』63、『光る海』64、『三匹の野良犬』『大巨獣ガッパ』66、『東京ナイト』67、『残雪』68、『無頼・殺(バラ)せ』69、『嵐の勇者たち』70などに助演し、『暗黒航路』66、『夜の最前線・女(スケ)狩り』『夜の最前線・東京女地図』69に主演した。
71年、11年余いた日活を退社してフリーとなり、以来、『女房を早死させる方法』71、『起きて転んでまた起きて』72、『非情学園・ワル・ネリカン同期生』74、『愛のなぎさ』76、『悲愁物語』77、『水戸黄門』79などに出演。
テレビはフジ『岡っ引きどぶ』72、東京12『紫頭巾』72、『疾風同心』78、『八丁堀暴れ軍団』79、TBS『江戸を斬るV』77、『春の海鳴り』79、『雪姫隠密道中記』80などのほかTBS『大岡越前』に同心役でレギュラー出演。『ひさしぶりだね』『ふたり道』『おもいやり』などのレコードも出している。71年、歌手の梓みちよと結婚したが、翌72年に離婚。74年11月、田村順子と再婚した。86年7月6日、胃ガンのため死去。42歳の若さだった。
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