
ウォール街の行動様式
山田宏哉
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はじめに ウォール街とは
WALL STREET, a street in New
York City extending from Broadway to the East River, (略). At the corner of Wall
and Broad streets is the New York Stock Exchange at the southeast corner, the
building of J.P.Morgan & Co.; (略). Abutting on Wall Street are many of the
greatest financial institutions in America. Because of this concentration the
term “Wall Street” came into popular use as referring to the financial center
of the United States.
–ENCYCLOPEDIA
AMERICAN-
ウォール街(Wall Street)といえば、アメリカ、ニューヨークにある金融経済の世界的な中心地である。地理的にはマンハッタン地区のブロードウェイからイースト川までの約6kmを指すが、アメリカの金融市場の中枢という意味も持っている。
ENCYCLOPEDIA AMERICAN の説明にある、many of the greatest financial institutions
in Americaとは具体的には、ニューヨーク証券取引所やゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、メリルリンチなどの投資銀行(日本では大手証券会社に相当する)やシティ・バンクのシティ・グループ、JPモルガン・チェース、バンク・オブ・アメリカ、チェース・マンハッタンなどの銀行を指していると考えられる。
ウォール街は、アメリカ経済のみならず、世界経済に大きな影響力を持っている。かつて、第一次世界大戦頃までは、イギリスのロンバード街が世界最大の影響力を持つ金融市場だったが、第二次大戦以降は、ウォール街にその地位を譲っている。ウォール街の市場は良くも悪くも規制が少なく(レッセフェール=自由放任)、自由で効率的な市場である。ウォール街の企業文化は、“市場原理主義批判”とか“日本企業も世界水準の経営をしなければならない”とかそういった文脈で間接的に出てくることはあっては、真正面から取り上げられることはあまりなかったのではないだろうか。
1.ウォール街の歴史
そもそも、ウォール街の歴史は起源的には今から約350年前までさかのぼる。アメリカ独立戦争が1775~1783年(独立戦争は1776年)、初代大統領・ワシントンの任期が1789〜1797年だから、アメリカの建国よりもはるかに早いことになる。そのような時期に一体、どのような動機や原因があってウォール街が作られたのか。
チャールズ・R・ガイストの説明によると、「地方商人や貿易業者は投資のためマンハッタン南部のウォールストリート周辺に集まった。ウォールとは1653年にオランダの植民地行政官ピーター・ストイヴェサントによって作られた、この地方のネイティブ・アメリカンからオランダ系の入植者たちを守るための砦を意味している。そこに集まった商人たちは株式や債券の売買をおこない始めた。」(注1)
興味深いのは、ここに登場するのが、イギリスやフランスではなく、オランダ系の入植者である点だ。16世紀末〜17世紀にかけて、大航海時代に名をはせたポルトガル・スペインは衰退に向かい、オランダが毛織物工業を利用して、商業的な世界覇権を握ることになる(注2)。ウォール街が作られたのも、ちょうどこの時期と重なる。もっとも、1664年にはイギリスの植民地となり、ニューアムステルダムはニューヨークと改称される。興味深いことに、これもイギリスがオランダに代わって、世界覇権を握る時期とちょうど重なっている。なお、ウォール街が金融・資本市場として、本格的な活動を始めたのは、1840年代頃のようだ。
2.シティバンクと邦銀の接客対応の違い
金融業務には大きく分けて、個人相手のリテール・ビジネスと法人相手のホールセール・ビジネスがある。ウォール街の金融機関は日本でもおなじみだが、日本で個人相手のリテール・ビジネスをやっているのは
シティバンクとメリルリンチだけである。(注3)
そこでシティバンクと邦銀の接客対応を比較検討することにする。
邦銀(日本の銀行)に預けた場合とシティバンクに預けた場合で比較すると両者のスタンスの違いがよくわかる。それは預金額によって客への対応を差別するか否か、という違いである。
シティバンクは30万円以下の預金者からは“口座管理費用”の名目で毎月2,000円徴収している(注4)。これはとんでもなく高額だ。1万円預けたとしたら、5ヶ月で預金が消えうせてしまう計算だ。もちろん、こんな条件で喜んで預金する人はいないわけで、これはつまり「30万円以下の預金はしないでくれ」という露骨な本音をやわらかく表現しただけの話である。
日本の銀行は今のところ、こういう差別をしていない。収支を計算すると30万円以下の預金で口座を作られては銀行の赤字だそうで、実際は少額預金をお断りしたいところのようなのだが、そういうことはしていない。
シティバンクでは逆に2,000万円以上の預金者はゴールド会員に認定され、VIP待遇といって、特別室で種々のサービスを受けることができる(注5)。邦銀の場合、これまた2,000万円くらいの預金では特に改まったサービスを受けることができない。
シティバンクのようなやり方は、一般庶民の反発を買うだろうが、やはり特別扱いされるお金持ちの自尊心をくすぐるようである。日本の銀行はちょうどこの逆である。つまり、シティバンクはお金持ちに優しい銀行であり、日本の銀行は貧乏人に優しい銀行である。また、端的に言って、世界基準の銀行とはお金持ちに優しい銀行を指す。
3.ウォール街文化とは何なのか/日本への課題
結局のところ、ウォール街を貫く行動様式とは、一体どのようなものなのだろうか。加野忠は、ウォール街文化について次のように表現している。
「ウォール街文化とは、ひと言でいえば、次のように説明されるだろう。
<企業内においても市場でも、ビジネスはゲームであり、このゲームが人々を夢中にさせるようなルールを定め、勝者は名誉と巨額の賞金を手にいれ、敗者は闘技場から姿を消す。勝者と敗者の問には無残なほどの違いがあるが、それが創造と革新の意欲をかきたてる>」
(注6)
つまりは、よく言えば、能力と才能次第で、はい上がることができるメリトクラシー(能力主義制度)の社会であり、アメリカン・ドリームの世界である。悪く言えば、非情な弱肉強食の社会であり、他人を蹴落とすことが自分の成功へのパスポートになる世界である。
なお、注意すべきは、このようなウォール街文化は、個人主義のアメリカだからこそ成り立つ部分が大きいということである。つまりは、アメリカ社会には伝統的にウォール街の激しい創造的破壊(シュンペーター)や社会ダーウィニズムを支えるだけの下地があるということである。
「1840年代、株式市場は進化論が人気を得て広がっていく典型例のように見えていた。進化論を初めて唱えたのはイギリスの博物学者エラズマス・ダーウィンだったが、これを世に知らしめたのは孫のチャールズ・ダーウィンだった。市場では、その理論の核となる「自然淘汰と適者生存」という言い回しが流行っていた。
適者生存の市場では、トレーダーたちが株価を操作して他者を出し抜こうとしていた。結果、企業倒産や個人破産がしばしば起こった。ニューヨーク証券取引所(NYSEB)を筆頭に、各地の取引所は資本家や
ロバーロランと呼ばれる人々の戦場となった。ウォールストリートは50年にわたって発展してきたが、いまだに数人の有力なトレーダーたちが支配する領土にすぎなかった。
適者生存という概念は19世紀のアメリカ社会にしっかりと根付いていった。」(注7)
なお、この伝統は現在も継続中であると判断できる。だから、仮にこのような企業文化が理想だと思って、表面的に日本に移植しようと思っても、うまくいかないだろう。それどころか、大変な被害をもたらすだけの可能性が高い。
なぜなら、日本には伝統的に敗者復活の思想があまり根付いておらず、敗者はずっと敗者のままであることが多いからだ。一例として、アメリカでは借金が返済不能になっても、担保を金融機関に支払いさえすれば、担保の資産価値が目減りして焦げ付きを起こしても、それ以上の返済義務は負わないことがあげられる。ところが、日本では例えば土地を担保に10億円借りたとして、返済不能に陥ったとしても、担保の土地を取られるだけでは済まない。もし担保の土地の資産価値が2億円に減っていたとしたら、新たに8億円の返済義務を負う。従って、日本ではバブルの頃に土地稼業で失敗した人たちは二度と表舞台に立つことはできない。ひたすら借金地獄の毎日である。
そのような社会にウォール街の文化を移植したら、敗者である大多数の人間が一部の特権階級の人々にいいように使われつづける(しかも未来への希望は持てない)閉鎖的な社会になることは目に見えている。
かといって、ウォール街水準の企業文化が日本社会に浸透することを防ぐことは不可能だろう。日本企業の代名詞とも言われた終身雇用や年功序列ももはや骨抜き状態であり、各種調査を見る限り、日本人自身、それを望んではいない。ウォール街の良い悪いはともかく敗者(復活)のためのセーフティーネットを整備することが急務である。
(注1)チャールズ・R・ガイスト/『ウォールストリートの歴史』P21 (2,001年 フォレスト出版)
(注2)大塚久雄/『近代欧州経済史入門』参照(1996年 講談社学術文庫)
(注3)財部誠一/『シティバンクとメリルリンチ』P122~124参照 (1,999年 講談社現代新書)
(注4)(注5)財部誠一/『シティバンクとメリルリンチ』P92~96参照
(注6)加野忠/『金融再編』P222 (1,999年 文春新書)
(注7)『ウォールストリートの歴史』P55
その他参照文献
ENCYCLOPEDIA
AMERICAN
『世界年鑑2002』 (共同通信社)
『日本大百科全書』(小学館)
『平凡社大百科辞典』