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メインストリート沿いの美術館と大学





ヒューストン・ファインアート美術館

メインストリートと、近郊の発展
 1920年代、ダウンタウンからMAINを南に進んだところ、ファインアート美術館、メディカルセンター、ハーマンパーク、ライス大学の集まる地域は、ヒューストンの都市計画の中でも印象深いものであるといわれている。
*THE MUSEUM OF FINE ARTS (1001 BISONNET)  ファインアート美術館は、テキサスにおける最初の公共のミュージアムとして、1924年にこの地に建てられた。この時代の建物は、現在のBISONNET側のガラス張りの建物ではなく、今の入り口とは反対側にある、荘厳な白いギリシャのネオクラシカルスタイルの柱をもつ建物であった。1920年代のヒューストンは、このあたりが市街地の端っこだったそうである。

 この美術館の他にも、近隣のMAIN ST.には、美しいゴシックやロマネスクの教会が建ち並んでいる。  その後、何度か増築が必要になっていったが、現在の、BISONNET通りに面した現代的な建物は、ミース・ファン・デル・ローエ(1886-1869)という著名な建築家によるものである。
 ミースは1938年、ベルリンからアメリカに亡命してきた建築家である。ドイツにはこの当時、数多くの優秀な建築家がいたのだが、ヒトラーは、インターナショナルスタイルの建築を、国籍不明のユダヤ的デザインだとみなし、数多くの建築家を弾圧した、ということだ。
 ミースは、アメリカにおいて、鉄とガラス、そしてコンクリートや石の壁を重要な表現要素として使ったスタイルを表現した。今、都市にある四角いビルはミースのデザインの延長上にある、といっても過言ではないくらい、ミースは現代の都市風景に大きな影響を与えた人である、と言われている。
 北側の2階建てのBROWN PAVILIONは、ミースの死後5年後完成した。ヒューストンのなかでもすばらしい現代建築の中の1つであるとされる。

ライス大学のLOVETT HALL

*RICE UNIVERSITY(6100 MAIN ST.)  メインストリート沿いの ライス大学は、綿で材をなした、WILLIAM.M.RICEの寄付金で建てられた、現在南部の有名私立大学である。

 MAINと SUNSET STの交差にある、正門から入ると、1991年のヒューストンサミットの会場として使われたLOVETT HALLがある。
 建築当時はADMINISTRATION BUILDONGという名前の建物で(RICE UNIVERSITYもWILLIAM M RICE INSTITUTE、という名称であった)、LOVETTは最初の校長の名前である。
 現在は、建物をぬけると、広い中庭を4方向から建物が囲んでいる形になっており、大学の敷地全体は、校内を巡回バスが走っているような広いキャンパスになっているが、当時はこの建物だけしかなかった。

 LOVETT HOLLは、1912年ボストンの建築家RALPH ADAMS CRAM によって建てられた。CRAMは、ゴシックリバイバルの第一人者として知られていた建築家だった。しかし、彼はこのお得意のデザインは、暑くて広大なヒューストンには不向きだと考え、20世紀アメリカの折衷主義、ビザンチン、ベネチアン、北イタリアのディテール、で南部にふさわしいのゴシックの類似のものを表現した、とされる。
   蒸し暑くて広大な南部の土地に合うように、建物は、スクリーンのように薄く計画し、アーチや回廊に、風が流れるように考えた。
 現在、この建物は大学のオフィス等に使用されており、もちろんエアコンも入っている。

 LOVETT HOLLの表面には煉瓦、ライムストーン、色のついた大理石を使っている。この建物、は細部まで装飾が行き届いており、石の彫刻にはRICEのイニシャルのRがみられるほか、鳥やリス、花などの自然のもの、あるいは人の顔の彫刻があり、それぞれに表情がみられる。

 余談だが、ライス大学の売店では、ヒューストンサミットの絵はがきを販売していた。当時の日本の首相は海部首相であった。


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