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魔術へのアプローチ
魔術へのアプローチ


 修行? 関係ナイね! でも、<あっち側>に対する興味なら、もちろん持っている。ただし、<大人になってから>は、そんな胸の内をなるべく表に出さないようにしている。それが処世術というものだから。(おわり)
 以上が、この小文の大意だが、よろしければ今暫くおつきあいを。つきあってやっても良いゾという奇特なあなたは、たぶん、未だ大人になっていない人、あるいは、とりあえず大人にはなったものの「どーもナニか違うんだよナ」ってな人だろうと思う。何を吸われたか知らないがラーメン鉢の中に突然<宇宙>を観てしまった、みたいな人もあるいは含まれるのかも知れない。

 アレイスター・クロウリーという、良くも悪くも有名な魔術師がいる(いた)。ジミー・ペイジが、オジー・オズボーンが、ケネス・アンガーが、サイキックTVだのコイルだのが好きな人は、名前ぐらいご存じだろう。某惑星KING氏の著作で知ったという人も! 何、そんなモン国書刊行会から出てる本でいくらでも読めるだろうが・・・そう仰る方は、たぶん、続きを読まれてもなーんだ詰まんね、という結果が予想される。予めお断り申し上げておく次第である。
 手っ取り早く、この人の小説中に出てきた<たとえ>を引いてみる。この<たとえ>には元ネタがあるのかも知れないが、少なくとも私は知らない。

 水を張った洗面器がある。否、バスタブの方がいいか? バスタブを想像してほしい。その水面に、とんがりを下に向けた円錐が近づいて来る。とりあえず、美術室にデッサン用の教材として置いてあった石膏製のやつでOKだ。いくら<円錐>が近づいて来たところで、<近づいて>いる限りにおいては、<水面>には何の変化も起こらない。
 ところが、いよいよ、<円錐>の頂点が<水面>に触れたその瞬間、<水面>は点を知覚・認識することになる。<円錐>がさらに深く、ゆっくりと挿入されるに従い、<点>は徐々に大きくなる、つまり面積を持った<円>となる。<円>は面積を拡げていく。
 そしてついに、<円錐>は水の中に深く沈んでしまうことになるが、この<円錐>が<水面>を通過するまさにその刹那、それまで順調に成長を続けていた<円>は、忽然と消えてしまう。

 話中の水面を<人間>に、円錐を<宇宙>あるいは<あっち側の世界から我々に届いたメッセージ>になぞらえてみたらどうだろう。いささかデンパな表現が含まれている点、恐縮ではあるが。

 どだい水面たる我々と、円錐たる宇宙(的なもの)とでは、存在の(または存在する)次元が異なる。だからなるほど、余計なことに興味を持っても、実生活において益するところはまるでなさそうだ。最初から運命づけられた永遠の失恋状態みたいなもので、切なくも馬鹿らしい限りである。
 そんなことよりも、今、真剣に対処しなければならない目の前の現実問題が、誰にでもあるだろう。受験、卒論や卒業制作、電車の中で突然もよおしてきた便意、就職活動、通学途上で見かける度にドキドキしてしまうカワイイ人にどうやってアプローチするか、営業ノルマの達成もしくは達成できないことに対する説得力ある言い訳、油にまみれた換気扇の掃除、夕食の支度、日曜参観、最近態度がデカクなりそろそろ平和な家庭生活を脅かされる心配の出てきた愛人との関係をどうするか、もともと喫煙の素晴らしさを知りもしないくせ簡単にタバコを止めろといういけ好かない主治医の勧告に従うべきか無視するべきか、やっとロータスをマスターしたと思ったら会社の都合でエクセルを使えと言われしかも号令かけた本人は「これからはりなっくすの時代だよ」とほざいている・・・。そこには、なかなか<魔術>の入り込む余地はなさそうに見える。
 さてしかし、翻って、本当にそれだけだろうか? 確かに、やむを得ない事情、<魔術>どころではない状況というのはあり得るし、自ら進んで、積極的な理由をもって<魔術>から足を洗われるケースもあると理解している。だが、<魔術>に関わりを持たない人のすべてが、そのような事情を抱えているとは、私にはとうてい思えない。だとすれば、人々の態度は、何やら不可解じゃないか?
 自分には、一分一秒たりとも無駄に過ごす時間など有り得ない、と言い放つ人がいたとすれば、まず、大嘘つきと思って間違いなく、またそれ故、大人になった以上<こちら側>の世界に益するところのない<魔術>なんぞにかかずらっている暇はないのだ、という言い分には何ら説得力がない。
 そして私は、さらに次の点を強調したい。すなわち、歴史と経済成長のなれの果てに、人間、分けても日本人は、何をするにつけても<大義名分>を必要とするナンギな生物になり果てている、という単純な事実である。しかも、その割に何ら誉められたことをやっていない! 日常と大義名分ジャンキー状態の、可及的速やかな脱領域化が望まれるところである。

 話を戻して、<あっち側>すなわち<円錐世界>へ近づく技法としての<魔術>に、妙な引っかかりなしにアプローチするためには、まず、あなた自身の立派な立派な大義名分をでっち上げてしまうといい。癒し、自己変革、文化史の体験学習、とりあえずは何だって構わないと思う。いずれにせよ、どうせロクなもんじゃない可能性が高いのだから。後に、あなたの(私の)認識が新たな段階を迎える度に、それは面白いように変わるかも知れない。
 件のクロウリー氏も、別の著書の中で「思索は内的な行動でありうんぬん」と仰っている。だとすれば、<魔術>のことを多少なりとも考えはじめているあなたは、ひょっとすると、もう既に<魔術師>なのかも知れない。


(2000年4月1日)
 




参照文献等
クロウリー, 江口訳『ムーンチャイルド』創元推理文庫
クロウリー, 島訳『魔術・理論と実践』国書刊行会



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