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今夜の番組チェック

2/A




 川は、時折流れの向きを変えた。人の流れが向きを変えたからとも、潮の満干の関係ともいわれる。キャラメルが最終的にどこへ行こうとしていたのかは知らんが、そいつは人間の予想を超えてあちこちに現れた。たとえば、この通りを五分ばかり南に下ったところにある湖。広場と言えばおわかりだろう。満月の夜が近づくと、大勢の小さな聖者たちが<湖>の上で輪になって踊ったものだ。<聖者>というのは子どもたちのことだ。水の上を歩く者は、たいがいそう呼ばれることになっている。この場合水ではないが、液体には違いない。図書館へでも行ってちらっと商標史を覗けば、キャラメルが昔からいかに聖なるものに縁のある菓子だったかわかるだろう。金や銀の天使を集めて<おもちゃの缶詰>をもらった、という経験はおありだろうか。
 踊りの輪がひろがるとき、足下では聖者たちのステップに合わせて、滑らかな波紋が止まっているかと思うほどゆっくりひろがっていく。ひろがった波紋は、狭まっていく踊りの輪のすぐ内側で同じように小さくなっていき、ついには消えてなくなる。そうして、水の面は再び鏡のように平らになる。風が吹くと、磨いた鏡のような水面が微かに波立ち、きめ細かな泡が生じた。湖水は茶色でも、泡の色は白かったということだ。万一表面に浮き出た糖分が白く結晶しても品質には何ら問題ない、とする断り書きにも符合している。
 明日にでも一人で広場を訪れてみるといい。ありきたりの白い砂とばかり思っていた何かが、きっとこれまでとは違って見えることだろう。ただし、夜はやめといた方がいい。広場のつもりでたどり着いたところが、何と湖の上。驚くのは結構だが、溺れ死にでもされた日にゃ教えた私も寝覚めが悪い。そう恨めしそうな顔をせんでもらいたいね。まだ死にたくないのなら、あきらめて明日にすることだ。
 まだそうやって取材を装うかね。別にかまわんが、どうせ目的はわかっとる。せっかくだが<湖>には黄金など溶けてはいない。溶けているのはキャラメルだ。

 屋台の後ろに、地面が剥き出しになっている箇所があって、そこにチューリップを植えたがっていた女の子がいた。小さな花壇みたいにしたかったらしい。咲いた咲いたチューリップの花が…って、いつも歌ってたけど、毎日みたいにその歌を歌っていたであろう幼稚園時代のことを尋ねると、いつも話題をはぐらかされた。幼稚園が嫌いだったらしい。
 「だって幼稚だから」
 服をつくってやるけど、どんな柄がいいか。そう持ちかけられたときも、彼女は即座にチューリップがいいと答えた。服といっても、ヘインズのTシャツに好きな柄をプリントしてくれるだけのことだったから、何だつまらないと思って、わたしは相手にしないつもりだった。けど、その子の返事が、わたしたち二人の返事になってしまった。
 「あ、そー。で、そっちのカノジョは?」
 わたし? そうね、ひまわりにする。気が付くと、成り行きで返事をしていた。ソンは約束どおり、次の日ちゃんと現物を持って来てくれた。けど困ったことに、その場で着てみろと言って聞かない。まさか店を手伝わせようってんじゃないでしょうね。わたしたちはパピィの屋台の陰で着替えながらヒソヒソ話したが、それは余計な心配だった。
 「うん。似合ってる似合ってる」
 ソンは、満足げにわたしたち二人を眺めていた。
 それでホッとしたのも束の間。今度は、髪の毛をカットしてあげようと来た。何となく触られるのも嫌だし、第一、無茶苦茶にされたら困るので流石にそればかりは断ろうと思った。でも、プロが切るから心配するなと言われて、やっぱりお願いすることにした。古着屋のおやじが、ヘアメイクのアシスタントか何かをしている女の人と付き合っている、という噂を聞いていたから。
 「どんなヘアスタイルがいい?」
 適当でいいっす、と笑っていたところ、それじゃ困るんだと強い調子で具体的な返事を迫られた。額に汗なんかにじませながらね。秒刻みのスケジュールで動く商社マンじゃあるまいし、露店の古着屋に似合わない嫌にガツガツした態度だった。それで、その日は考えときますと答えるのが精一杯だった。
 帰り道、わたしたちは、ちょっとばかり気が重くなっていた。考えておくというのは、あとで必ず今と違う髪型をリクエストしますから、という意味になってしまうように思えたからだ。もっと大胆なシャギーでどうのとか、ショートボブで大人っぽく変身したいとか、しゃあしゃあとアホらしい台詞を言えってこと? わたしたちは変な髪型の芸能人の名前を順番に挙げてはゲラゲラ笑ったりするうち、すっかり真面目に考える気をなくしてしまい、結局、雑誌の切り抜きでも持って行こうよと簡単に決めてしまった。
 次の日、わたしたちはお互いにどんな写真を持って来たのか秘密にしたまま約束の場所、ソンの古着屋の前に着いた。ひまわりTシャツのわたしとチューリップの彼女は、じゃんけんで先攻後攻を決めた。わたしが勝って、先攻はチューリップ。彼女が持って来たのは、古いロックバンドの写真だった。メンバーの中に一人だけいる女の人を指さして
 「こんなふうにしてください」
 それが、ジェファーソン・エアプレーンのグレース・スリックだったから、以来その子はグレースになった。ちなみに、わたしが持って行ったのは人間じゃなくて人形の写真。以来わたしはジェニーと呼ばれている。

 キオスクでポテトチップスを買い、さらに自販機で缶ビールなり何なりを買ってから、いつもの場所に顔を出す。そんなお決まりのスタイルも六月に入ると少し変わった。一つには、月齢に関係なくアルコールを売る屋台が現れたこと。もう一つの理由としては、子どもたちの紹介でアルバイトをするようになったことがある。もちろん、そこから南へ五分も歩けば、密入国者の屋台群が立ち並ぶエリアに出ることは知っていた。そこでならビール、日本酒、バーボンはもとより、焼酎、老酒、ピスコにウゾーにテキーラに詳細はよ くわからないヤシ酒の類まで、およそ酒と名の付くものなら何でも飲める。食べる方では、ピーナッツのタレで食べさせる串焼きが旨い、千円で腹一杯チゲが食べられるなど噂は聞いていたが、おのぼりさん学生にはちょっと近寄り難い雰囲気だったし、何よりも衛生面が信用ならなかった。
 アルバイトの方は、店番の真似事みたいなものでただ座っているだけでよかったから、やる気のない俺にぴったりだった。実は、子どもたちに紹介してもらったというより、ジェニーとグレースの二人に泣きつかれたというのが本当のところだ。でなければ、いくら楽でもやりはしない。
 その店(と言えるなら)は、パピィの屋台から五十メートルほど離れたところにあり、粗末な布を敷いた上に商品を並べただけのもので、どう見ても店というより花見の場所取りだった。しかも店主のソンは、しょっちゅう工場へ行ってしまうのだ。工場とは近くに停めてあるライトバンのことで、彼にとっては寝室でもあった。古いミシンが積んであった。その中でソン氏は、古着を繕ったり、型紙に合わせてジョキジョキと何やかや生産している訳だ。出来上がった服の何割かは、子どもたちに無料で提供された。何となれば、ソン氏にとって彼らは、何ものにも代え難い格安の専属モデルだったのだから。
 「ただで服つくってあげるんだから、それぐらい頼んでもいいだろう?」
 「それって何て言ったかなぁ。忘れたけど、無報酬だし強要だし、少年ナントカの労働ナントカで犯罪じゃないの」
 「犯罪はヒドイね。はいはい、わかったよ。じゃあ時給六百円なら、どう?」
 おカネのことじゃなくて、とジェニーは俺に訴えた。あいつの子分みたいになるのが我慢できない、と。なぜそんなにまで嫌うのかは理解できなかった。
 バイト料は多くの場合、屋台でおごってもらうという形で受け取っていた。俺たちは、主にエセヒッピーズというヒドイ名前の店を利用していた。子どもたちの踊りを眺めつつ、ちびりちびりと島の焼酎などを舐めた。野趣あふれる風味が、寒い地方で育った俺には何とロマンチックに感じられたことか。
 「ほら、ああやって踊ってくれるのがいちばん有り難いんだよね」
と、雇い主が指さした。
 「釦をはずすと袖口が揺れるでしょう。あのヘンのニュアンス、確かめないとね」
 そこにはジェニーがいて、袖口の揺れ方はともかく、やせっぽちのタケノコみたいな手首がハッとするほど艶めかしかった。着るもののことはまるでわからない。でも、グリーン地に赤い勾玉をばら撒いたような図柄のシャツは、なるほど揺れながら効果的に手首をヨイショしているふうだった。
 ソン氏は、本人曰く<元大手アパレルメーカーのデザイナー>で、<つくりたい服だけつくれるように>退社したということだった。何でもつい先頃まで、自作の服を車検切れ寸前のライトバンに積み込み、あちこちのフリーマーケットへ手当たり次第に持って行ったりしていたとかで、結構大変だったそうだ。年齢は、着ているもののせいもあって、はっきりわからなかったがおそらく当時で二十代後半かもう少しといったところだ。ボロ布に、色の揃わないあり合わせの釦を縫い付けただけとしか思えない<お気に入りの作品>を着込んだ姿は、美大生のようでもあり、フリーターのようでもあり、そのどちらでもないようにも見えた。ところでね、ソンさん。俺は、ときに不用意な質問をしてしまうこと があった。前の会社の販売ルートなりツテなりを活かして、もっと楽に商売すること考えなかったんですか? 相手は一瞬ムッとした表情を見せたが、そこはさすがに大人。使えるけど使いたくないもの、使いたくても使えないもの、まあいろいろだよ。などと苦い顔で答えながら、お代わりをごちそうしてくれるのだった。
 以前、パピィの屋台で子どもたちと知り合ったように、この店で何人かの大人たちと顔見知りになった。パピィのところが閉店したあと、ホッとして一杯引っかけに来るマネジャー。なめし革の財布を開けてビールを注文するための五百円硬貨を探しながら
 「まったく、うちのオーナーも何を考えておいでやら」
と、彼が切り出せば
 「どうなさったんですか」
と、ソン氏が受ける。マネジャー氏自ら、仕事を変わるたびに買い換えるのだと教えてくれた財布は、このときまだ新品同様だった。この男の場合、三杯目ぐらいから絡みはじめるので、俺はいつもそれを目安に退散した。ソン氏は、最後まで礼儀正しくお相手していたようだ。立ったまま延々一時間以上も! さぞ実り多い相談をしていたんだろう。
 <ドク>ことフラクタル氏は、いつも辛いホットドッグとビールを注文した。
 「さっき、そこで宇宙人の洗剤売りにつかまってね。いやあまったくしつこい宇宙人だった。この事業をやっているおかげでBMWのUFOに乗り換えることができたとね、私を勧誘する訳だ。もちろん、宇宙線による目に見えない汚れも、その洗剤ならきれいに落ちるんだそうだ。興味あるんなら紹介してやってもいいよ」
 この人の場合、喋るだけ喋るとさっさと帰ってしまい、十分以上いたことがなかった。たまにもお代わりすると、屋台の主人は露骨に顔をしかめて言ったものだ。
 「困りますねぇ、うちは立ち飲み屋じゃなくてホットドッグ屋なんですから。そうやってアル中のおやじに居座られたんじゃほかのお客さんが来にくくなるし、迷惑なんですけど」
 「黙れ。さっさと持って来んとこの場で裸になるぞ」
 素性の知れない初老の男は、にこにこしながら脅迫(?)する。
 たぶん、店主が本当に追い出したかったのは、ソンとマネジャーの方だったのだろう。

 その屋台に客として初めて顔を出したのは、とある初夏の昼下がり。子どもたちと不思議に仲のいい大学生と一緒だった。何を考えているのかわからない奴だったが、どうすればあんなふうに自然に子どもたちと会話できるのか。何よりも、その点が羨ましかった。
 山本くんって変わってるよな。専攻は? 趣味は? カノジョとかいないの? こんなところで毎日何してるの? 別に、説教を垂れてやろうなどという気は毛頭なかったが、つい、あれこれ余計なことを聞いてしまったようだ。将来は何になりたい? 卒業後の進路とか考えてる?
 「特に考えてないけど、道端でボロ服売りさばくような生活はしたくない」
 仕方なく、僕は話題を変えた。
 エセヒッピーズは、僕が服をひろげていた場所からものの三十メートルほど南に、通りを挟んで出ていた。気にはなっていたものの、あまりに近過ぎるため逆に行きそびれていた恰好だ。看板はもちろん、屋台全体を埋め尽くすサイケ調のペイント。あちこちに飛んでいるピースマーク。例の、<VICTORY>の<V>をひっくり返した上に否定の縦線を引いて、マルで囲ったあれだ。今の説明はフラクタル先生から教わったそのままだが、確かに屋台には、そんな重たい歴史そのものを根こそぎにしてしまう力があった。そして、何かにつけて熱くなりがちだった当時の自分を心地よくクールダウンしてくれた。それにしても、リアルやネオならうんざりするほど耳にしていたが、エセとはよくぞ言ってくれたものだ。
 「ソンさん青島じゃないんですね」
 山本くんが、まるで僕がハイネケンを飲んでいるのがお気に召さないかのように言ったとき
 「ワオ!」
と、叫んだのは先客の白人。見れば、真夏の犬のようにハフハフ激しい息をしながら、目に涙を浮かべている。店主は落ち着き払って
 「でぃすいずじゃぱにいず」
 なるほど、フレンチマスタードではなく和芥子が使われているのか、と理屈の上では納得したが、出てきたホットドッグを一口食べた途端、トゥハッ! 自分は大声を出していた。
 「俺にもトゥーホットみたいです。おおトゥーマッチ」
 隣で山本くんも鼻柱を押さえて涙ぐんでいた。よし、次からは<からしハーフ>にしよう。僕たちは、痺れる舌をチロチロさせながらうなづき合った。
 雨が降ると、エセヒッピーズに限らず屋台は商売にならなかっただろう? 半分は正解だが、半分は大はずれだ。にわか雨のときなど、通りを歩く人々は我先に駆け込んで来たのだから。もちろん、雨よけ(日よけのつもりだったものも含め事実上雨よけとして機能するもの)があることは必須条件だ。屋台のすぐそばに、粗末なパラソルとテーブルを用意するだけでもいい。一瞬にして満員御礼間違いなしだ。だから、このあたりで店を出している者は、みんないつも空を気にしていた。他人と会えばまず天気を話題にするという習慣。あれは、必ずしもほかに話すことがないからとは限らない。おそらく、かつては何よりも重要な話題だったのだろう。だが時代は移り、多くの人が天気のほかにもっと心配 するべきことを持つようになった。気温の上下よりも、株価や為替レートの上下に影響を受ける類の人間も増えた。それでも、屋台の店主たちは毎日空を見上げる。僕は、そこにしみじみ歴史の皮肉なめぐり合わせを、ある農耕民族の因果を見ずにはいられなかった。
 パピィの屋台の場合、雨の日は近くの百貨店で営業させてもらう取り決めになっていたから、その点では安心だった。パピィにとってではなく、オーナーやマネジャーにとってという意味で。子どもたちにしてみれば、楽しみにしていた遠足が中止になり、父兄参観に切り替えられたようなもので、面白かろうはずがなかった。特に女の子たちは、照る照る坊主をつくるなど雨が降るのを相当嫌がっていた。というのも、その頃既にかなりの見物人を集めるようになっていた<宇宙の力を味方につける踊り>は、店内では無理だったから。
 ある雨の日、普段は誰よりも大きな声で笑うジャニスが、うつむき加減に珍しく小声で嘆いていた。
 「わたしたちがあんまりヘタクソだから、きっと宇宙も味方してくれないんだ」
 百貨店の館内に運び込まれた屋台の前で、サボテン若大将が<弟子>の女の子たちを慰めている場面を、何度か見かけたことがある。慰めている彼自身、いつもの元気がないようだった。
 「別に悪いことしてる訳じゃないんだし、何もそう卑屈になることないよ。こんなときはね、そう、いったん終わってしまばいいの」
 アジサイとカタツムリばかりがはしゃぐ梅雨。喘息持ちにとっては、結構きつい季節なんだそうだ。




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