
アイオン!と叫んで風呂屋へ行こう
もう一度探し出したぞ!
――何を?――永遠を。
A.ランボー『地獄の一季』より(堀口大學訳)
永遠を? 探し出した? で、何がそんなに嬉しいのか。・・・・・そんなふうにおっしゃる<永遠癖とはエンもユカリもない人たち>にとって、この駄文は駄文以下のものと思う。どうもお退屈さまでした。
一方、この平べったい世界以外に何ら知覚の対象を持ち得ない<水面>たる我々が、たまさか何かの拍子に、自らを通過していく<円錐>の影を垣間見てしまう。そんな瞬間を愛して止まない皆さん。願わくは病まないでいただきたいと思う。杞憂だろうか? もちろん、そうであれば嬉しい限り。なぜなら、我々が<永遠>に出会う真に奇跡的な刹那こそは、この上なく素晴らしい喜びに満ちていると同時に、あたかも、喧嘩の天才夕焼け番長がふと隙を見せた瞬間、不用意にもらったへなちょこパンチに他愛もなく倒れてしまうように、どこかしら<魔の瞬間>としての性格を帯びているからである。確かに、あの感じは一種の最果てと言える。
「“木を見て森を見ず”と言うが、俺は木だけ見て生きていこうと思う」。けだし名言である。以下は森の遙か彼方での話註)。
1.イメージできない永劫
2.曖昧な二千年紀
3.流れ出す<世界>の素
4.SAINT?
5.戴冠せし息子を探して